悟空伝『異界放浪記』   作:Wbook

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なまじ基礎がしっかりしていたばかりにグラントリノにボコられまくり、そしていま悟空にボコられまくっているという哀しみの連鎖


不穏な気配

 デイヴィットの地元、カリフォルニア州には、とある都市伝説が流れていた。数ある都市伝説の中でも、これに関しては異例中の異例で、幾人もの人々が実在を訴えている。

 

 決して少なくない人数の彼らが、口を揃えてこう言うのだ。

 警官隊が蹴散らされ、ヒーローが力尽き、ヴィラン達の魔の手が守る者の居なくなった我々を脅かそうとしたその時。

 

 ——KAMIKAZE(神風)が吹いた、と。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ふわぁぁぁ……」

 

 

 心地の良い陽気。清々しい風が、辺り一面の豊かな緑が放つ香りを一杯に運び、鼻をくすぐる。

 流れる川のせせらぎもまた、のどかさに拍車をかけて、一層眠気を誘う。

 

 

「……なかなか釣れねぇなぁ」

 

 

 釣り糸を垂らして川縁に寝転んだ悟空が、口を開く。

 

 そうは言うものの、悟空は別に不満には思っておらず、この時間を楽しんでいた。腹を満たすだけでいいなら、今頃手っ取り早く手掴みで獲っているところだろう。

 

 今日の修行は休みだ。否、悟空にとってはこれもまた修行かもしれない。根を詰めるばかりが修行ではないということを、彼は頭以上に経験則で理解していた。

 これは何も、今日が初めてではない。

 さらに二年……合計三年に渡り、オールマイトに修行をつけ続けてきたが、こうしてのんびりと一日を過ごした日も少なくはなかった。

 

 まあ、今日は少々事情が異なるのだが。

 

 いつもならオールマイトもまた身体を休めて、今後に備えているところ。

 しかし彼は、今日この場には居なかった。

 

 普段からヒーロー活動に修行にと忙しなく動き回っているオールマイトにはどうしても足りなくなるものがある。

 もちろん全てが満ち足りた人間など存在しないので、一般論的なものは除くとしても、どうしても必要なある物がオールマイト……いや、八木俊典には不足しがちだ。

 

 ——大学の単位である。

 

 オールマイトの本分はヒーロー活動だが、八木俊典の本分は勉学だ。単位を落とすわけにはいかない。

 真の目的は別にあるとしても、オールマイトは表向き留学生としてアメリカを訪れたのだ。それを蔑ろにして良いわけはなかった。なお、相棒(サイドキック)として彼に協力しているデイヴィットもまた他人事では済まず、最近ではヒーロー活動に関しても、ヴィランや災害以上に時間という強敵との戦いにもなっていた。

 

 本来今日も修行の予定だった。しかし、どうしても大学に行かなければ非常に不味い状況になったので、急遽休みとしたのだ。今頃は机に張り付いていることだろう。

 悟空の方もなんとなくそれに倣うように、こうして余暇に浸っている。

 

 

「悟飯のやつも苦労してたからなぁ」

 

 

 オールマイトにこの世界での一般常識を教わった以外の勉強は、チチに運転免許を無理矢理取らされた時にやったのが最後だろう。当時は空も飛べるし筋斗雲もあるのに必要なのか……という釈然としない気持ちもあったが、家族をドライブに連れていったり野菜を納品するときに使ったりとなんだかんだで役には立っていた。

 

 ちなみに、最近はある程度一般常識も学べてきたので、亀仙流修行における勉強の時間は主にオールマイトの自習に当てられている。

 

 

「にしても平和——じゃ、ないみてえだなぁ」

 

 

 あと一歩で寝こけてしまおうかという時に、ふと感じ取れたのは戦闘の気とその周囲のざわめき。悟空もこの世界の事情に明るくなってきてからは、これが何を表すのかは予想が付くようになった。

 なにせ、“毎度”のことなのだから。

 

 

「まったく。しょうがねえなぁ、ここの奴等は」

 

 

 いつか息子が口にしたような文句を言いながら。

 次の瞬間には、そこに悟空の姿はなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 カリフォルニアでもこの周辺の区画は、カジノ街ということに加えて、家族連れや観光客向けのアミューズメントも多いため、人と金とが集まりやすい。

 どこの国にも付き物だが、そういう場所ではトラブルも起こりやすく——また、進んでトラブルを持ち込む者も後を絶たない。

 

 

「エクトプラントッ!」

「ぐっ……ごほっ……構うな、カウレディ!?」

 

 

 二人のヒーロー、体内で発電した強力な電撃を武器に戦うエクトプラントと、牛になる“個性”を持つカウレディがそこには居た。

 両者ともに満身創痍。エクトプラントに至っては鉄筋コンクリート製の建造物を突き破るほどの勢いで弾き飛ばされ、もはや戦闘不能に近い。カウレディも致命打は受けていないが、足をやられており、満足に戦える状態ではなかった。

 

 当然、この場にいるのは彼らだけでは無い。

 

 遠巻きに成り行きを眺めながら怯え、あるいは湧き、叫び、三者三様に喧騒を作り出す市民達の輪。建物の屋上などにもその姿は見られ、余すことなく周囲を取り囲んでいる。

 

 中心には——もちろんヴィラン。真っ黒い肌で、表情は無一色。まるで感情というものを感じさせない不気味な巨漢であった。

 

 本来なら危険を避けるために警官達が市民を遠ざけているところだが、ヒーローの到着が遅れたため、先にヴィランに蹴散らされてしまい、その余裕がない。市民の数に比べて余りにも警官の数が不足していた。

 ヴィランが暴れたのはここだけではない。短時間でいくつもの地域を襲撃し、破壊した。そちらにも人員を割いているため、全てをカバーすることは出来なかったのだ。

 

 そしてこの状況は、ヒーローや警察に非があるというより、ヴィランが上手だったというべきものだろう。

 

 ヴィラン出現から五分。ヒーロー到着から僅か十分。到着までの時間は決して遅かった訳ではない。仮にも活躍中のプロヒーロー、実力は折り紙付きだ。

 

 二人の実力派プロヒーローを以ってして、なお圧倒されている。

 

 

「こいつ、普通じゃない……!」

「複数の“個性”……ジョークにしては面白くないわね……!」

 

 

 初めは単純なパワーとスピードを増強するタイプの“個性”だと思っていた。しかし違った。

 

 硬化に、再生……それに筋骨のバネ化。確認できる限りそれだけの“個性”は持っている。

 パワーとスピードでバネ化した筋骨を限界以上の威力で打ち出し、打撃がインパクトする瞬間に硬化。無理な動きに耐えかねて自壊した肉体も再生で補える。そして防御に関しても、硬化と再生を突破出来ず、カウレディとエクトプラントが成す術無く敗れたほどにハイレベルだ。

 

 

「あなた……目的はなんなの、答えなさい!!」

 

 

 もちろん複数の“個性”というのは大きな謎だ。だが、それ以上に不可解なのは目的だ。

 このヴィランは何をするでも無く暴れ回り、敵対する者は迷わず破壊する。だが、言ってしまえばそれだけでしかない。

 “個性”の使用を楽しむヴィランというのも居るが、その手の輩はその誰もが感情を爆発させるものだ。このヴィランにはそれが全くない。

 

 

「やはり、答えんか……うぐっ!?」

「喋らないで、傷に響くわ!」

 

 

 応援に来たヒーローも居るが、戦闘向きの“個性”ではなかったため、警察や消防とともにヴィランの被害に遭った市民の救助や火災の消火に当たっている。あちらも放っておけるほど小さな被害では無く、応援も期待できない。

 

 

「いつもなら、オールマイト辺りが駆けつけてきそうなものだが……」

「無いものねだりね……私たちでなんとかするしかないわ」

 

 

 とはいえ、エクトプラントもカウレディも満足に戦闘が出来る身体ではない。

 

 

「カウレディ、前に出ろ。後方から援護する……!」

「無茶……なんて言ってられないか! せめて時間くらいは稼がないとね……!」

 

 

 ヴィランは健在。どころか、無傷に近い。ここで引くことは出来なかった。

 市民が不安そうに見つめる中で、再びヒーローの戦いが始まろうとした……その時。

 

 そう——KAMIKAZE(神風)が吹き荒れた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「こいつはひでえな……」

 

 

 あちこちから煙や火の手が上がり、救急車両のサイレンがそこかしこから響いてくる。

 

 

「……あそこだな」

 

 

 普通の人々より明らかに強い気が三つ。気の昂りから、戦闘中なのが分かる。取り分け大きい悪の気が一つ、それより小さいのが一つ。そして、もう一つは……。

 

 

「気が小さくなっていく……やべえな、早く行った方が良さそうだ!」

 

 

 人類の動体視力を置き去りにする速度でその場から搔き消え、現場へと向かう。しかし、ただ戦闘に混ざるという訳にはいかなかった。

 悟空はこれまでも何度か悪人を退治してきたが、デイヴィットの忠告もあって、派手には動いていない。

 

 

「ゴクウさん、あなたの力はこの世界では“個性”以外の理由で説明することができません。少なくとも、一眼見ただけでは。目立ち過ぎれば、世間はきっとあなたを放っておいてはくれないはずだ。……しかしあなたは、悪人を前に見て見ぬ振りは出来ないでしょう? だから、これだけは必ず守ってください」

 

 

 ——誰にも見られてはいけない。

 

 どんな無茶だという話だが、それは透明人間と孫悟空以外に向けた台詞。デイヴィットにはそれが分かっていたからこその忠告だ。

 オールマイトの鍛え抜かれた動体視力でも捉えられない超スピードは、一般人や並のヒーローから見れば消えているのと変わらない。

 

 だが今回はそう簡単にいきそうもなかった。

 

 とても一瞬で決着をつけられそうな相手とは思えない。尋常ではないヴィランの気が、それを予感させた。

 歪……その一言に尽きるのに、不自然なほど無機質な気配。

 

 有り体に言えば、不気味極まりない。

 

 

「まるでセルみてえだ……。けど、あいつとは全然違う」

 

 

 気の大きさは当然雲泥の差だが、いくつも混じり合ったような気はセルと似ている。

 とはいえ、セルに比べればあまりに不安定すぎた。似ているといえば似ているのに、根底では全く違っている。

 

 

「あいつだな、よぉし! かめはめ……」

 

 

 舞空術で空から接近していた悟空は、ヴィランの真上に到着した。市民やヒーローの目はヴィランに集中しており、誰も上空には注目していない。

 

 

「波ぁっ!!」

 

 

 真上に向けて放ったかめはめ波を推進力に、悟空はヴィラン目掛けて目にも留まらぬ速度で急降下していき。

 

 

「ッ!!?!」

 

 

 ヴィランの頭頂に、強かな一撃を叩き込んだ。

 同時に騒めきが起こる。目の前で見ていたヒーローですら、何かが落下してきたという以外、捉えることは叶わなかった。

 

 

「今度はなにっ!?」

 

 

 発動型の“個性”である硬化を使うことも出来ず、ヴィランはアスファルトに打ち付けられる。だが、頭部が埋まるほどの一撃をもらいながらも、ヴィランは何事もなかったかのように立ち上がり、ダメージも再生の“個性”で回復してしまう。

 

 悟空はといえば拳を叩きつけた勢いで壁に張り付き、再度ヴィランに飛び掛かる。

 

 懐へ潜った悟空は腕に渾身の力を込めて。

 

 

「はぁぁっ!!」

 

 

 鳩尾に渾身のボディブローをねじ込み、周囲に衝撃を伝え、突風とともに舞空術でヴィランを上空へと連れて行く。

 そうして、誰の目にも届かない高度まで達すると。

 

 

「おめぇ、やっぱ強えな。オラでもすぐには倒せそうにねえ。だからよぉ」

「??!」

「——ちょっと場所を変えさせてもらうぞ!」

 

 

 空中で身体の自由が効かないヴィランを他所に、悟空はその身を翻すと。

 

 

「でぇやぁぁぁああああああっ!!!!」

 

 

 ヴィランの腕を掴み取り、思い切り遠くへと投げ飛ばした。

 

 目標は誰もいない荒野。そこなら誰も巻き込むことなく、誰かに姿を見られる心配もない。

 ヴィランを投げ飛ばした悟空もまた、それを追いかけてその場から離れた。

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