愉快幽界なんでもアリ。
そんな言葉をかつて残したのは、果たして誰だったか。
内なる千怪からすぐに「おれだ、おれ」と返事が来るが、気にも留めずにゆらりぶらりと幽界を歩いていく。
辿り着いた目当ての場所は、時が流れ落ちる滝壺に囲まれた縦穴。
今の時代にも、今までの時代にも存在していない。しかし、今この世界に確かに存在している。そんな奇妙な、とある人物の、幽界とはちょっと違う精神世界。
その人物の依代のような存在である少年の幽界を通じて、案外簡単に辿り着けた。
尤も、常人ならば途中で道に迷って諦めて、夢に呑まれて眠りこけるのが関の山。幽界干渉の達人ともいうべき彼――白神の千夜ならではの神業だ。
「こんばんは」
「……驚いたな。おれの霊次元に侵入できるものがいるとは」
千夜が声を掛けると、この精神世界の主である蛍火のような印象を受ける明るい緑髪の男は、言葉の文面程の驚いた素振りは見せず、ゆっくりと振り返り、千夜を正面から見返した。
少年にも、成年にも、壮年にも、老年にも見えるのは、彼の精神の不安定さゆえか。それでも存在の揺るがない確信の強さも併せ持つ、歪さ。
なるほど、確かにどこか危うい。それが千夜の、緑髪の男への第一印象だった。
「知り合いに君のことを聞いてね。会ってみたくなって、会いに来たんだ」
「その、おれを知っているやつというのも気になるが……お前は誰だ?」
警戒心も露わに、緑髪の男は千夜に問う。特に隠す理由も無いので、千夜はすぐに答えた。
「私は千夜。幽界の散歩と迷子が趣味の暇人さ」
すると、男は「そうか」と一度小さく頷いてから、目を丸くして驚いた。
「…………は? 趣味が迷子??」
まるで、理解できないほどの馬鹿か間抜けを見たかのような驚きようだ。失敬なことだ、迷子も慣れれば楽しいというのに。
「どこへ行くにも行き当たりばったり、目的地以外の場所をぶらぶら旅して回ってるんだ」
千夜が補足しても、男の呆れたような表情は変わらない。少しは感心してくれてもいいだろうに。
随分と呆れられてはいるが、彼の緊張と警戒心はいい具合に解れたことだろう。
「余程の暇人だな。金と時間を持て余す権力者と見た」
「いいや。時間を持て余しているだけの暇人さ」
「それで、そのただの暇人が、態々おれに会いに来て、何の用だ?」
「特に何も。ただ、君と話がしたくて来ただけだよ、フルトゥナ」
緑髪の男――フルトゥナの名を、千夜は何気なく、まるで初対面の知人の子供の名を呼ぶように口にした。
すると、フルトゥナの眼光が鋭く怜悧なものへと戻った。だが、最初のような強い警戒心は感じられない。寧ろ、全てを見透かそうとするほどの旺盛な好奇心が感じられた。
「……そういえば、さっき『おれのことを聞いて来た』と言っていたが、おれのことを知っているそいつも何者だ?」
「時の万里眼、闇の占い師、八卦猫。色んな幽界をその眼力で見通すことができて、それで色々物知りな方でもある」
敢えて好奇心をくすぐるような言葉を選んで八卦猫について教えると、フルトゥナはたいそう興味深いという様子を素直に見せていた。
知りたがりの子供にも、旺盛な知識欲に正直な青年にも、知を極めんとする学者にも見える。どれもが彼の性質で、どれかが彼の本質なのだろう。
「幽界……とは、霊次元のことか?」
「さぁ、どうだろうな。私はその霊次元のことを知らないし」
「霊次元とは……」
話の流れの中、ふとしたことで、フルトゥナは自らの知識を語り出した。語り出して止まらなくなった。
専門用語を容赦無く多用する未知の言葉と情報の濁流に翻弄され、霊次元なるものについてフルトゥナが語り終えた頃には、千夜は頭を両手で抱えて蹲っていた。
「……大丈夫か?」
「頭が割れそうなぐらい痛い」
下手に分かりそうな言葉や日常的な言葉が混ざっているだけに、何とか理解しようと長らく碌に使っていない頭を使ってしまったのが仇となった。慣れないことは、迂闊にするもんじゃない。
「霊次元で肉体の痛みなどあるまい。魂が肉体に縛られているが故の錯覚だ」
フルトゥナは大層呆れた様子でそう言った。
そう言われて、千夜はフルトゥナの言う霊次元と、自分の知る幽界との繋がりを、直感的に悟った。
「知っているさ、物の例えだよ。けど、なんとなく分かりそうなところだけは分かったような気がする。多分、霊次元と幽界は微妙に違うけど、大体同じだ」
「ふむ。それでは、今度はお前の知る幽界についても話してもらおうか」
「そうだね。幽界というのは――」
結局、この日はお互いの知識と認識の擦り合わせと確認だけで終わってしまった。
何十年か何百年かぶりかの本格的な頭脳労働は魂まで疲れ果てそうだったが、結果的にフルトゥナとの距離は縮まったので、そう悪いことでもなかった。
▽
フルトゥナとの初遭遇以来、千夜はある少年の幽界を通じて彼のいる霊次元へとちょくちょく遊びに行っては雑談をするようになっていた。
「やぁ、こんばんは」
「また来たのか……」
千夜の挨拶にフルトゥナが辟易しているように、千夜が彼の霊次元を訪れる頻度は非常に高い。加えて、フルトゥナは生前の人付き合いが非常に希薄であったらしく、度々やって来ては、会話をしなければ決して帰ろうとしない千夜の存在を心底鬱陶しがっていた。
「そんな顔をしないでくれよ」
口に咥えた煙管を手に持って、煙を吐き出す。すっかり習慣であり肉体にも魂にも染みついた癖。
幽界では味も匂いも何も無いが、千夜は敢えてこうすることを好んでいた。当初はフルトゥナの所を訪れる時には控えていたが、暫く経てばそういう遠慮も無くなっていた。
「霊次元で煙など吸って、意味があるのか?」
嫌がるでもなく、迷惑がるでもなく、無表情にフルトゥナが問う。
最初は「霊次元に持ち込めるほどの縁のあるその品はいったいなんだ」と興味津々だったが――どうやら彼は煙管も煙草も葉巻も知らないらしい――次からは気にも留めなくなっていた。
一度興味を失った物に対して再び関心を懐くとは、どういう風の吹き回しか、或いは単なる気紛れか。どちらにせよ、話のタネになるなら悪くない。
「気分。こうしていると落ち着くんだ。現実でも、幽界でも」
「不毛だな。霊体に態々肉体の慣習を持ち込むなど」
「人生、このくらいの遊びがあった方がいいのさ。君には何かないのか? そういう遊びが」
「無いな。目下、研究以外に興味はない」
「研究……か。何の研究をしてるんだ?」
偶然にも、核心に迫る機会が訪れた。
八卦猫に曰く、この星どころか宇宙の存在すらも歪めかねない目的を持った、野心も野望も無い、純粋過ぎる無欲な特異点の始原。
彼を見極めてほしい、と八卦猫は言っていたが、はてさて、宇宙を滅ぼしかねない野心無き目的とはいかなるものか。見当がつかないだけに、千夜もそこには興味があった。
「宇宙になること」
あまりにも予想外の返答に、思考が止まる。
内容は極めて単純で、言葉として意味を理解することはできる。だが、その意図を推し量ることが全くできないものだった。
「……は? え? 宇宙??」
「そうだ。ヒトの認識宇宙、大雑把に『この世界』と言い換えてもいい。おれはそれになる」
「えぇと……それは、具体的に何をどうするつもりなんだ? 私にはさっぱりわからない」
「ふっ。凡人には理解より以前に、発想自体がありえないか」
「そりゃまぁ、私は凡庸どころか馬鹿の類だろうし」
千夜が素っ頓狂に聞き返すのも、理解が及ばず問い返すのも、フルトゥナには織り込み済みだったらしい。どこか自慢げな笑みを浮かべて、フルトゥナは自身の研究を大いに誇っていた。
「おれに宇宙の全てを知ることはできない。だったら、おれが宇宙の全てになればいい」
「………………は???」
いよいよ話が大事になってきた。どうやら先程の言葉は比喩の類ではなく言葉通りの意味だったということだけは、辛うじて分かった。
あまりのスケールに千夜は圧倒され、最早理解が追いつかないことを悟って、ただただフルトゥナの言葉に耳を傾けるのみとなった。
そこから暫くはまた言葉の濁流が迸り、千夜はそれに翻弄されながらも流されるままに呑まれぬよう、懸命に意識を繋いだ。
「――つまり、単純な発想の転換だ。人間には限界があるのなら、人間を超えたものになってしまえばいい。そして、おれは今ある宇宙を喰らい、新しい宇宙になる方法を見つけた。そうすれば、おれは宇宙となり、宇宙の全てを知ることができるようになる」
最後にフルトゥナは、今まで述べて来た理論を、極めて簡潔にまとめた。最初からそう言って欲しかったと、千夜は心から思った。しかし、そんな些細な不満は、すぐに意識から消えた。
フルトゥナが罪悪感も躊躇いも何もなく、今ある宇宙を――この世界を犠牲にしようとしていることも、気掛かりではある。だが、それ以上に、千夜にはどうしても見過ごせないことがあった。
「人ではなくなってまで……君は、そうしたいのか?」
人間であることを辞めて、人間ではない何かになる。
フルトゥナはそれを、当たり前の大前提としている。彼は今肉体を持たない霊魂に近い存在ではあるが、それでもその本質は人間だ。そのことはきっと本人も分かっている。
「ああ。別に、人間であることに執着は無い」
さらりと、事も無げに、何の感慨も未練も無く、フルトゥナは答えた。
そうしたいほどの欲望や野心があるから……ではない。
そうすればやりたいことができるようになるという、体を鍛えたり勉強したりするような感覚で、フルトゥナは人間を辞めようとしているのだ。
千夜には、とても見過ごせないことだった。
「けど、思い入れぐらいはあるんじゃないのか?」
半ば自分自身の願望も籠った言葉が、口を突いて出た。
せめてそうであってほしい、という願いは――
「……黙れ。貴様に何が分かる。人間ではない貴様に」
――案外、真実であったらしい。
フルトゥナは自分の生前について話したがらなかったが、師匠、兄弟子、自分の弟子たちについては、ぽろりと零すことがあった。恐らくは彼らこそが、フルトゥナが今も人間としての自分であり続けられている理由なのだろう。
フルトゥナに人間でないことを見抜かれていたことには驚きはない。恐らく、2度目に会った時にはもう気付かれていただろうという気もする。
彼は霊力と霊魂の研究の第一人者である霊学者(というらしい)。千夜の霊体を見て、その存在が人間とは異なるものであると気付けて、何ら不思議はあるまい。寧ろ、人間ではない化け物だと分かった上で、それでもごく普通に接してくれていたという事実が、千夜には嬉しかった。
だから、伝えたいと思った。
自分の知る、全てを。
「おれも、人間だったんだ」
「なに?」
「元々は人間で、けど……色々あって、人間じゃなくなったんだ」
千夜の告白に、さしものフルトゥナも目を白黒させていたが、やがて険しい目つきで、千夜を隅々まで値踏みするように凝視した。
「……嘘ではないようだ」
「本当のことだ」
間髪を置かずに答える。
暫し見つめ合った後、フルトゥナは「はっ」と息を吐くように小さく笑った。
「なんだ、自分は辛い思いをして後悔しているから、同じ過ちは正してやろうというのか?」
常人とは一線を画すような感性と発想力を持ちながら、それでいて、一般的な感受性や社会常識に理解もある。自分は他者とは違うと豪語しても、他人の心情を論理的に解析しようとする。
彼の持つ歪さ。その奥底にこそ、彼の「宇宙になりたい」という衝動の原因があることは、なんとなくだが分かる。
1つは知的好奇心、知識欲。あともう1つは何なのか、残念ながら千夜にもわかりそうになかった。それでも、伝えたいことがある。
「いいや、おれは後悔していないし、この身体になったことも間違いだったとは思わない。おれがこうなったから、出会えたもの、得られたものがあるし……おれをこうした人の想いも知っていて、それも分かるから」
「だったら何故止める?」
胸を張って人間ではなくなった自分のことを語る千夜に、フルトゥナは益々怪訝そうな表情になる。『そう言うのなら、他人が人間をやめるのを引き留めるのは筋違いだろう?』という彼の内心が透けて見えるようだ。
今度はすぐには答えず、少し過去を思い返した。
千夜は物心ついた頃には、父親の進言によって霊力改造人間となり、人間としても闇としても桁外れの大霊力と、肉体を自由自在に変形させる能力を得た。
それから、その力を正しく御して使いこなすための修業が始まって……色々な、本当に色々なことがあった。記憶を失っていた時期だってあった。
いいことよりも、悪いことの方がずっと多いと――そう思っていた頃が、確かにあった。
「後悔しなくなるまでに、たくさんの辛いことが、苦しいことがあったから。それがとても悲しくて、死にたくなるほど後悔したことがあるから。人外の力を捨てて、人間になりたいとも思っていたからだ」
――おれは、しあわせになっちゃいけないんだ――
そんな風に思い詰めて、自分で自分を追い詰めていたこともあった。
今では、もうそんな風に思わない。自分に力を与えてくれた人、自分を受け入れてくれた人、自分を認めてくれた人、出会ってきたすべての人々と闇たちに、心の底から感謝している。
だからこそ、少しでも伝えておきたかった。彼らに救われるまでに自分が味わった悲しさ、苦しさ、寂しさ、辛さを。
しかし、千夜の言葉を聞いてもフルトゥナは全く揺るがず、それどころか、怒りも露わに千夜を睨み返した。
「おれが、そうなるとでも?」
お前は凡人だからそうなった。おれは天才だからそうはならない。
そんな傲慢さと、それとはまた違う別の感情。傲慢なだけだったら、いつものように先程のように、千夜の凡庸さを鼻で嗤って終わりだったろう。
答えは、フルトゥナの生前――人生にこそあるのだろう。
フルトゥナの心は固く閉ざされていて、千夜の幽界干渉でさえも、彼の心の内や過去の記憶を垣間見ることはできなかった。きっと、これからもできないだろう。
どうせ人から変わり果てるなら、せめて、すべてを救う者になりたい――そんなことを志していた時期もあった。今も、フルトゥナを救いたいと思っている。
だが、千の手を差し伸べても、悉く拒絶されるのでは、そもそも差し伸べられる手を求められていないのでは、流石の“白神”千夜にもお手上げだ。
「分からない。けど……そうなってしまうこともあるってことだけは、伝えたかったんだ」
諦めにも似た祈るような言葉で、話を締めくくる。
千夜は、自分ではフルトゥナを救うことはできないと悟った。
しかし同時に、フルトゥナには救いがあるという、直観的な確信があった。
500年近く――すぐに内なる千怪から『ざっと数えても450年だぞ』とツッコミが入る(うるさいよ)――歩き続け、多くの人と闇に関わり、時には救って時には懲らしめた、千夜の莫大な経験と膨大な霊力と絶大な運命力、それらが複合して生まれた第六感ともいうべき直観力。
フルトゥナを罰するのも、救うのも、自分の役目ではない。そして、今まだその時ではない。
だけど、いつかきっと、誰かが……――
「ならば失せろ。次にここへ現れたら、貴様らの魂も喰らってやる」
閉ざした心に無闇に踏み込もうとした外敵に、フルトゥナは怒りを露わに警告する。
幽界での遊びなら負けない自信があるが、それではきっと、フルトゥナの神経を逆撫でしてしまうだけだろう。フルトゥナは本当に遊びの分からないやつだということぐらいは分かっているつもりだ。
自分の役目はここまでだ。これ以上の深入りは、きっと、彼の運命を乱してしまう。
ただ、立ち去る前に、せめてこれだけは。
「君は優しいな、フルトゥナ」
「は?」
「おれは馬鹿なのに、今日まで愛想を尽かせず、付き合ってくれて」
千夜の言葉がよっぽど予想外だったようで、フルトゥナは怒気を霧散させて、呆然と千夜を見つめていた。
怒られたままで別れるのは気まずかったから、千夜としても嬉しい形となった。
フルトゥナに背を向け、自身の幽界へと遷移する――
「馬鹿は馬鹿でも、馬鹿正直は嫌いじゃない」
――直前、フルトゥナが千夜の背に、そんな言葉を投げかけた。しかしそれは、千夜にだけ向けられたものではない。きっと、フルトゥナの目に浮かぶ誰かにも向けられたものなのだろう。
「とにかく、そろそろおれも、この七度目の現世でいよいよ忙しくなる。お前のような馬鹿とはもう付き合ってられん」
千夜が振り返るより先に、フルトゥナは少々慌てて言葉を紡いだ。先程までの怒りは無いが、突き放すような硬さと冷たさがあった。
「そうか……」
振り返らず、千夜はフルトゥナの霊次元去った。
▽
フルトゥナの霊次元から去り、依代のような立場の少年の幽界からも離れて、千夜はそのまま覚醒せずに幽界を通じて八卦猫を呼び、事の顛末を報告した。
「千夜、お前さまはあの男をどう見るにゃ?」
「……寂しい男だと、そう思ったよ」
千夜の答えに、八卦猫は静かに頷くと、以後はフルトゥナへの干渉を戒められた。
彼の運命が動き出す時が近い、これからはお前が近づいては運命にどんな歪みが生じるか分かったのではない、とのことだった。
せめて悪いことにはならないようにと、幽界から醒めた現実の世界で、千夜は静かに祈った。
その後、フルトゥナの話を聞いたのは、星を呑み込むほどの大霊力を感じた、その日のこと。八卦猫に呼び出されて、八卦猫の庵で迅火と共に「いざという時」のために備えていた時のことだった。
二重の“魂の輪”が弾けて消えた夜空を見上げること暫し、漸く、八卦猫が口を開いた。
「“星呑み”未遂のフルトゥナ……彼の永い永い魂の旅の寄り道も、これでおしまいにゃ」
どうやら、億に一つの『最悪の事態』は避けられたらしい。いざという時は、白神と妖狐、この世界における最強の大霊力を誇る2人で強引にでも、あの“魂の輪”を跳ね除け捻じ伏せる予定だったが、そうはならなかった。
そのことに安堵する一方、それはフルトゥナという存在が、この世からいなくなったことを意味しているのも、千夜には分かった。
「寄り道、ですか」
「その寄り道が終わったら、どうなるんだ?」
迅火の呟きに続いて、千夜は八卦猫に問うた。八卦猫は静かに頷いた。
「旅に出るにゃ。次に生まれ変わるその時、その場所へ。それが巡り巡って、今の世に、7度目の旅に還って来るのにゃ」
魂の生まれ変わり、輪廻転生。仮にも仏門に帰依していたので、千夜もその概念は知っていた。
何百年も生きていると、初対面なのに懐かしい人、見覚えのある知らない人と出会うこともあって、体感的にも知っていた。しかし、それが実際にあるものとして語られるのは、不思議な気分だった。
「そうか……いなくなってしまったけど、いなかったことには……ならないんだな」
「フルトゥナがそこにいたという事実は、特異点となっていた少年以外にも、お前さまにも刻まれているのにゃ。千夜、お前さまが忘れない限り、フルトゥナも、お前さまが今まで出会ったみんなも、いなかったことになどならないにゃ」
「……そうだったな。ありがとう、八卦猫」
おれの心には、いつもみんながいてくれる。おれを笑わせてくれる。何百年と経った今でも、それは変わらない。
フルトゥナ、君とはみんなのような縁を結べなかったけど。君自身はもう、この世にはいないだろうけど。
またいつか、会えて、友達になれたらいいな。
後に、千夜が桶谷風太という少年と出会うことになるが、それはまた、別のお話。