ブリタニア帝国記   作:ADONIS+

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ある教会騎士の令嬢(シドゥリ暦525年)

 聖王教会とは、古代ベルカの王の聖王と王族、そしてそれに仕えた騎士を信仰対象としている聖王教の事。ベルカ崩壊で国土と王族を失い、その勢力は見る影もなく衰退しきっている。

 

 時空管理局とは表向き友好的な組織であったが、地球近郊会戦後に、ベルカ聖王家の最後の生き残りであるシドゥリの存在が管理世界に広く知れ渡ったことから混乱状態となった。

 

 古代ベルカの遺産を受け継ぐという名目も、王家の生き残りによって正当性が揺らぎ、シドゥリ率いるブリタニア帝国と敵対関係になった管理局と友好関係であることを疑問視する幹部たちも多い。

 

 実は聖王教会と一纏めにいってもその中には管理局に友好的でない者も多い。それは過去にベルカが、ミッドチルダやその周辺世界と戦争を行っていたという歴史問題や管理局強硬派の過激な行動を嫌ってなどが理由である。そうした者達には、独自にブリタニア帝国との関係回復を目指す動きもあった。

 

「確かにこの三人が使っている術式は、古代ベルカ式魔法です。教会のデータベースでも確認がとれました」

 

 深窓の令嬢。その言葉が似合う金髪の少女『カリム・グラシア』が、リンディ・ハラオウンに話しかける。そこでシドゥリ、フェイト、なのはの映像がモニターに映っていた。

 

「彼女たちの使っている古代ベルカ式魔法は、530年前の古代ベルカに存在していた独自システムを使っています」

 

 映し出されているのは、円陣の中に五個の円を配置し、それを線で結んで、その中心に剣十字が配置された構成で五芒星の魔法陣に似ていた。

 

「これは古代ベルカ式魔法の独自システムで、当時でも極僅かしか使う者がいなかった様で、500年前には既にベルカでは失われています」

 

 当然ながら聖王教会には、そのデータは残っていない。カリムにとっては複雑なことだ。古きベルカの伝統を受け継ぐ聖王教会すらも古代ベルカ式魔法が失われていっているというのに、数年前まで魔法文明すらなかった第97管理外世界が、古代ベルカ式魔法の研究をしているのだ。

 

 彼等がベルカ崩壊で失った物は大きかった。聖王家の血筋だけでなく、技術、魔法さえも。かつて次元世界一の技術を持つとされたベルカも、今では管理局に大きく劣る技術しかもたなかった。

 

 古代ベルカ式魔法もその多くを失い、現在では近代ベルカ式というミッドチルダ式魔法でベルカ式をエミュレートした魔法形式が主流。今ではベルカの騎士といえば近代ベルカ式の使い手を指す。

 

 しかし、近代ベルカ式はミッドチルダ式でベルカ式を模倣しているだけで、彼等は厳密に言えば騎士ではなく魔導師と言えた。曲がりなりにも古代ベルカ式魔法を継承している人間は、カリムやロッサを含めてごく少数に過ぎない。今では古代ベルカ式魔法はレアスキルに分類されるほどに使い手が減少していた。しかも、魔法の大半が失伝している有様。

 

 古代ベルカ式魔法を教授できる人間もほとんどおらず、このままでは遠からず古代ベルカ式魔法は完全に失われる事が予測されていた。だから第97管理外世界の事を聞いたときは、最初は耳を疑ったものだ。

 

 実は聖王教会は、地球連邦に古代ベルカ式魔法のデータ提供を求めていた。これは地球連邦の、管理局への感情をあまり考慮していなかった行動だった。教会も地球連邦を心のどこかで管理外世界と見下していた。聖王教会はここで地球連邦の管理局との確執を思い知ることとなる。

 

 地球連邦は、聖王教会が時空管理局傘下の管理世界の組織で、管理局とは友好関係を持ち協力体制である事は知っていたので、教会は極めて不評だった。だから、あっさりと断られてしまう。

 

 

 

「はあ、あれで良かったのかしら?」

 

 リンディが退室してからカリムは溜息を吐く。カリムはリンディにすべてを話してはいない。あの映像にあの方が映っていたこと、この独自システムはあの方が作ったという事を。

 

『シドゥリ・エルデルト・フォン・ヴァーブル殿下』

 

 かの御方は、ベルカ聖王家歴代の王族の中でも最強の騎士として、ベルカ屈指の英雄として極めて有名な偉人だ。

 

 ベルカの民のため、兄の為に国を去った悲劇の聖王女。英雄としての活躍とその後の悲劇により、一際高い人気を誇り、現在も広く信仰の対象となっている人物。

 

 例えるならば、日本の源義経やフランスのジャンヌ・ダルクみたいな感じで、次元世界で根強い人気がある。その為、シドゥリ殿下が生存しているという情報は、ミッドチルダ北部のベルカ自治領を初めとしたベルカの末裔たちを狂喜させたものだ。

 

 これにはシドゥリの兄であった聖王の存在が大きかった。聖王はシドゥリを貶めるのではなく、その偉業を称えて、国のために、そして自分の為に身を引いたシドゥリを大々的に称賛した。

 

 それは聖王のせめてもの罪滅ぼしであったのだろう。王位を奪い、ベルカから追いやってしまった妹の名誉だけは守りたかったのだ。それが五百年以上もたって、当のベルカが滅んでから思わぬ影響を与えるとは、誰も想像していなかった。

 

 聖王教会は、現在シドゥリ殿下が第97管理外世界におられるということを管理局に知られたくなかった。だから、その事にあえてふれなかった。

 

 シドゥリ殿下にもしものことがあれば、それこそベルカ聖王家の正統なる血筋が永遠に途絶えてしまう。聖王を信仰する教会にとって、それは何より恐れるものだった。なまじ一度失ったが故に、その執着は並でない。

 

「シャッハ貴女はどう思いますか?」

「騎士カリム妥当な判断かと、この状況で管理局を無条件で信頼するのは危険です」

 

 自分の幼なじみで護衛を務めるシャッハは、カリムの行動を肯定した。

 

 管理局はブリタニア帝国との問題を隠蔽しているが、あれだけ大規模な騒ぎだ、完璧に隠しきれる訳がない。教会の上層部に位置する彼等には粗方の情報は伝わっている。その事にあえて触れないのは、管理局との関係を気にしてのこともあるが、信者達の動揺を心配してのことだった。

 

 ベルカ聖王家最後の生き残りであるシドゥリ殿下が皇帝であるブリタニア帝国と管理局が敵対しているとなると、聖王教会が管理局と協力体制をとっている事に信者達が疑問視する筈だ。

 

 おまけにあれ以来、管理局と教会との関係もギクシャクしてきた。管理局はブリタニア帝国の出現で教会に不信感を持つようになった。要するに帝国と教会が繋がっていると疑われていた。

 

 実際には関係がないのだが、疑われても仕方がない状況なだけに、こうなってくると教会の方でも管理局を信頼できるとは言えなくなる。

 

「しかし殿下が第97管理外世界におられるのであれば、一度お会いしたいものですが…」

 

 信者達の多くは、シドゥリ殿下に聖王として即位して貰い、ベルカ再興をして貰いたいと思っていたが、カリムはそれは絶対に無理だろうと考えている。シドゥリ殿下は、現在ではブリタニア帝国の皇帝だ。その立場は決して軽くはない。

 

 そもそも圧倒的な技術力を持つ超大国の皇帝と、国土が次元震で消滅してとっくに滅びた国の王のどちらを取るかと言われれば、答えは決まっている。それでも信者としては、合って話してみたいと思うのは当然だろう。だがカリムは自らの立場がしがらみとなっており、シドゥリ殿下にお会いできないでいた。

 

 現在の管理局、聖王教会、ブリタニア帝国、第97管理外世界これらの関係は複雑だ。責任ある立場として不用意な事はできない。

 

「何事もなければ良いのですが…」

 

 カリムは言いしれぬ不安を感じていた。

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