シドゥリ教会本部の宝物庫。そこは教会の保有する聖遺物や、各地から送られる寄付の品などが沢山存在している。
その中にはシドゥリ陛下から管理を任されている国宝も含まれていた。といえば聞こえは良いが、宝物庫の中には色々と物がありすぎて整理と清掃に手間が掛かる。
宝物庫といってもちょっとした美術館クラスの広さだ。
その日も教会の修道士や修道女だけでなく聖ヒルデガルド女学院の二年生と三年生の一部も作業をしていた。定期的に行われるそれは人手を補うために生徒に手伝わせることがあった。
「ふう、これは結構大変だね」
リリカにはこれはやたら気を使う作業だった。なにしろ周りには貴重品が多い。ちょっと失敗して壊してしまいましたでは済まない。下手をするととんでもないことになるので、その辺りは神経を使う。
ここで一人の中年の修道女がとんでもない失敗をした。足下に転がる物に足を取られて転んでしまう。その際に一つのケースを落としてしまい、その衝撃でその中身の仮面が転がった。
「あれ、この仮面は?」
修道女は何となくこの仮面を被ってみることにした。
「特に何もないわね」
ただの仮面だと思った彼女は仮面を直そうと手で触れたが、その手には転んだときにすりむいたのか薄く血が付いていた。
『ビシビシビシビシ』
石の仮面からそんな音して、
『バシッ!』
『ドスドスドスドスドスドスドスドスッ!』
仮面から突き出た、幾つもの骨のような針が、修道女の頭を突き刺した。
「あれは…」
その光景を見ていたリリカは不可解な現象に驚いた。一瞬あの仮面が発光したかのように見えたが、アレは一体? いやそれよりもあの修道女が頭に何本も太い針が深々と刺さってしまっている。あれでは修道女は助からない。あの仮面は特殊な殺人道具か?
異変に気付いた他の修道女や修道士たちが例の修道女の前に集まる。仮面から突き出ていた骨針が元に戻ると倒れていた修道女が起きあがった。
これにはリリカも驚愕した。あれは明らかに致命傷だった筈だ。しかし、自体はそんなリリカの疑問に思う暇も与えなかった。
「ぎゃっああああ!!!!」
あの修道女の近くにいた修道士が噛み付かれた。修道士はまるで生命を吸い取られていくかのようにひからびていく。そしてそれとは反対に修道女は若返っていった。あの修道女は四十代後半程度だったが、今では二十歳程度に見える。これは…。
私はディアボルクを起動させて騎士甲冑を纏う。アレは敵だ。瞬時に私はそう悟った。
私の行動に気付いたのだろう修道女が、いや敵がひからびた修道士を私に投げつけてくる。私はそれを咄嗟にシールド魔法で受け止める。直接受けるのは拙いと本能的に悟ったのかもしれない。
「ぐぅ!?」
なんて力! 全力でないとはいえ、SSランクの私が張ったシールドにここまで負荷を与えるなんて。しかも先程から敵からは魔力反応はない。つまり魔力強化無しの純粋な力ということだ。馬鹿なあり得ない。
あの仮面? そうだあの仮面から突き出た骨針が頭に突き刺さってああなった。あの仮面は一体何なんだ?
どのみちアレは放置できない。近くにいた修道女たちは皆殺されるか逃げるかしている。ならば…。
「斬!」
私は瞬時に敵に詰め寄り、ディアボルクの一閃で敵の首を切り落とす。これは切断に特化した攻撃魔法だ。その切れ味はひと味違う。
「なっ!?」
しかし、首を切ったから切断面から血が吹き出ているが、首から血管が伸びて胴体と繋がり即座に繋がった。
「ウルルルルル…」
それが獣のように唸り声を上げる。
「はあああっ!!」
ディアボルクで敵を袈裟斬して肩から腹部まで切り裂くが、そこで柄を捕まれる。
「くっ!!」
慌てて引き抜こうとしたがビクともしない。相変わらず魔力反応がないのにとんでもない力だ。身体能力の強化に優れた古代ベルカ式魔法の高ランク騎士である私を圧倒するとは…。
不死身。いやアレはまさか? 血を吸い取る、人間離れした力、異常なまでの再生能力。間違いない、ならば…。
「アマテラス!」
宝物庫で発動する紫外線を発生させる私のオリジナル魔法。至近距離から紫外線を浴びたそれは一瞬で崩壊した。
一般に地上に降り注ぐ紫外線と同程度のそれは普通の人間には無害だ。直射日光を浴びても平気なように。
しかし、敵には致命的だった。
「……ふう、片づいたようね」
予想通りあれは覚醒者と同類の存在のようだ。紫外線を浴びて身体が崩壊した。だがこれは拙い。現在宝物庫の周囲は大騒ぎとなっている。私も教会内で攻撃魔法を使っているから説明を求められる筈だ。
思考に耽っていた私は先程から向けられていた視線に気付きつつも無視していた。
「つまりあの戦闘は自衛のためであったと?」
「はい、その通りです」
あの後、教皇聖下に呼び出されて事情説明をさせられた。あれだけの騒ぎだそれも当然だろう。
「まさか、あの石仮面を起動させるとはね」
聖下がぼやいている。
「それと紫外線を発生させる魔法を使ったそうね?」
「はい、状況が状況でしたのでやむを得ず」
元々あの魔法は、覚醒者の弱点の研究で作った物。
「まぁ紫外線を発生させる道具は兎も角、魔法に関しては禁止されてはいないけどね」
頭を抑えつつもそう言う聖下が不機嫌なのは一目瞭然。
それも無理もないだろう。教会本部で修道女が数人の修道女や修道士を殺した挙げ句、生徒に正当防衛で殺されるなんてかなりの不祥事だ。おまけにその生徒が教会内で紫外線を発生させる魔法を使った。
今回私がやったのは法の穴を付いた方法だ。今回の事で紫外線規制法は改正させて魔法も禁止されるだろうが、少なくとも今回の事は不問になる筈だ。とはいえ教会や帝国から不評を買うことになりかねないので私にとってはリスクがでかすぎたが、あれを使わなかったらこちらがやばかった。
魔法が使えないただの修道女、しかも成り立てに過ぎなかったのにあの能力は驚異だった。大体首を切り落としても死なないヤツをどうやって殺すのか?
「まぁいいわ。アレを早期に倒したことは評価にあたいします。でも今回見聞きした事は一切他言無用よ。これは他の者もそうだけどね」
確かに、それでもアレを始末したことは評価される筈だ。私が始末したためにアレが野放しになる最悪の事態は避けられたから。
今回一件で教会は強力な箝口令を敷いた。事件はあの修道女の連続殺傷事件として扱われることになる。
それでもシドゥリ教会本部で起こったそれは不祥事であるが、元々帝国内のマスコミは情報省と教会が管理している。だから一般にはあまり広まらなかった。
「ふう、取り敢えず首は繋がったわね」
結局、功罪を相殺する形で今回のことは不問となった。これで貴族への道が途絶えてしまうのではないかと気になっていた。
仮面から頭に突き刺さった骨針やはりあれに何か秘密があるのだろう。覚醒の法と何らかの関係があるのは分かるが、あれは覚醒者に通じる能力をもっていたものの、理性を失い暴走していた。
いきなり周囲の人間を襲うなど私の知る覚醒者とは余りにも違いすぎる。まるで覚醒者の失敗作のような感じだ。
あの仮面は一体なんだ? 聖下の言動からやはりあれの事をご存じだったのだろう。だが深く追求できなかった。私にそんな権限は無かったし、不況を買うのは分かり切っている。
「関わらない方が得策ね。余計な検索をすれば自滅するだけだし」
余計な事をするべきではない。リリカはそう考えてあの事件のことは気にしないことにした。
解説
■斬(ざん)
リリカの使用する近接攻撃魔法。高密度な魔力を乗せた斬撃で、その点では紫電一閃と共通している。切れ味の強化に特化した魔法で、元々優れた切断能力を持つディアボルクと合わせて、高い切断力を持つ一撃。
■アマテラス
リリカのオリジナルの紫外線発生魔法。周囲に紫外線を撒き散らすという物で、通常はあまり意味の無い魔法であるが、覚醒者には驚異となる魔法である。後日、デバイスに保存されていた魔法プログラムを消去する事になる。名前の由来は日本の太陽神。
後書き
今回は、シドゥリの入手した石仮面のその後に触れてみました。石仮面の保管は教会本部が担当しています。