ブリタニア帝国。その国は次元世界が管理局崩壊により混乱状態となった現在でも繁栄していた。
管理局崩壊後は、旧管理世界の内戦を余所に、帝国では軍縮を行い民生の更なる向上が進められていた。外敵であった管理局が崩壊したために、軍はその規模を維持する必要が無くなった。勿論、軍部の反対はあったものの。何のためにそれだけの規模の軍を維持するのか?という至極当然の意見に軍部は沈黙した。
軍縮が進んだ現在の帝国は、かつてのような大艦隊を持ってはいない。しかし予算を馬鹿食いする軍備を縮小できたことで財政はより健全化している。
軍の規模が縮小されても、貴族の集まった特殊部隊『ローゼンリッター部隊』は特に代わりはなかった。これは元々その数が少ないという事もあるが、貴族になる者の数が毎年ある程度安定しているからだった。
そしてそんな貴族候補達はというと…。
「はあ、平和だね~」
何時も通りの平凡な日常に、リリカが少々だらけていた。先日の事件以降は平和な生活が続いていた。
「あらリリカ平和ボケ?もっとしゃきっとしないといけないよ」
これは親友のエリスの言葉。
「そうだね。まあ審査が近いしね」
私は昨日誕生日を迎えて今は17歳だ。17歳になると審査対象になる。そうなると貴族に選ばれる生徒も出てくるが、最終的に選ぶのは総大司教猊下だからこればかりはどうしようもない。
私達も二年生だから、みんな審査でピリピリしている。
「ねえ、リリカ聞いた?今日第一皇妃のナノハ陛下が、この学校の視察に来られるらしいわ」
「ナノハ様が…」
だらけていたリリカは、エリスの話にやや驚く。
『ナノハ・メルフィード・フォン・ヴァーブル』
覚醒者にして、ブリタニア帝国の第一皇妃陛下。現在皇帝陛下は第一と第二の二人の皇妃陛下を迎えており、ナノハ様はその序列第一位に位置する方です。
ナノハ様は、私の母のハヤテと同じ世界の同じ地域の出身という事もあり、割と仲が良かった。あと何故か皇帝陛下が母に会いに来ていた事がありました。
ふと思うのですが、母は何者でしょうか? そもそも移民の際に皇帝陛下に便宜を図って貰ったのも、普通では考えられません。古代ベルカの遺産『夜天の書』の現マスターであるのは知っていますが、本当にそれだけなのかな?
そもそも帝国では夜天の書自体はそれほど価値がありません。その製造技術はベルカ時代にはすでに確立されていたし、ユニゾンシステムや守護騎士システムも、その気になればいくらでも量産可能だから考古学的な価値しかないはず。
「でも本当に急な話だよね。いきなり決まったらしいよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
帝国の皇族の公務は色々と考えられて計画されているので、こういう飛び込みの公務は珍しい。とはいえ例の事件からまだ数日しかたっていないから、あの事件が原因かもしれない。
「皆さんも知っているかもしれませんが、突然ですが先日の修道女の連続殺人事件の件で第一皇妃陛下が当学院に視察に来られるので、くれぐれも失礼の無いように」
ホームルームに入り、そこで教師が予想通り第一皇妃陛下の視察に触れていた。
「それとミス・ヤガミは皇妃陛下の謁見が許されましたので、後で教会の貴賓室に来るように。他の皆さんは皇妃陛下の出迎えの為に正装の準備に取り掛かってください」
その言葉に私は耳を疑う。私に謁見となれば、やはり先日の事件のことだろうか? 確かに教会本部で何人もの修道士や修道女が殺害された事件でしたが、皇妃様が自ら出てくるものではない。そういうのは警察だの教会関係者が対処するはず。
となるとあの「仮面」が関係しているのかな? でも皇族が出てきたとなると話が大きすぎる。これは下手な対応をすると物理的に首が飛ぶかもしれない。
そして学院の生徒と教師達が校門前に集結する。生徒数が少ない学校とはいえこうして一箇所に集まるとそれなりに人が多く感じる。
校門前に到着する黒い高級車。護衛の騎士ザフィーラがまず外に出て、それからナノハ様が出てきた。守ることに長けた盾の守護獣のザフィーラは護衛としては優秀です。そしてシグナム、ヴィータ、シャマルが車から降りる。
ナノハ様を囲むように三人の騎士と一頭の守護獣がいます。彼等はヴォルケンリッターといって夜天の書の守護騎士であり、私の母ハヤテの騎士です。
何でシグナム達がナノハ様と一緒にいるのかって? 彼女たちはナノハ様の護衛という仕事についているんです。
元々母が移民してからは、職探しに苦労していたらしいです。さすがに無職じゃ拙いからね。そこで持ち前の戦闘能力を活かせる職業を皇帝陛下が紹介されて、現在ではナノハ様の護衛という仕事をしています。
ナノハ様は帝国の要人ですから護衛は必要で、シグナム達を護衛に付けているのです。その所為で八神家に帰ることができない日も多いんですね。
「ふん、ナノハ陛下か」
シンシアが不機嫌そうに言う。プリタニア至上主義の彼女にとって、異世界人の皇妃など気に入らないのだろう。
シンシアの皇帝陛下に対する唯一の不満が、ブリタニア出身者ではなく異世界出身者を皇妃に迎えたことだ。一般には地球やその他の世界との友好の為と謳っていたが、それで納得するものではなかった。
異世界出身の皇妃は、帝国でも賛否両論があるが皇帝陛下が選んだことだから受け入れている者が大半である。
しかし、異世界の血を嫌う者は少数派ながらも存在しており、そのため護衛を付けているのだ。とはいえシグナムたちが護衛で十分かと言われれば少し不安はあるのだ。勿論、並の一般人などは蹴散らせるだろうが、帝国の魔法資格者は精鋭揃いであるし、貴族が相手であればまず勝てない。
しかし貴族は皆立場があるので、非常事態ならばともかく通常は護衛に回せない。とはいえナノハ様自身も強力な覚醒者であるから、同じ覚醒者でもそう容易くは害することはできない。それを考えれば、護衛はシグナム達が妥当かな。
ナノハ様はシドゥリ教会の司教に案内されて、教会を回っていくそうです。皇族は紛れもない貴賓なので教会もかなり気を使っています。身分制度が存在する帝国では皇族は神聖不可侵な存在です。それが彼等の拠り所。
貴族は皇帝陛下を初めとする皇族に仕えるために平民から選ばれ力と地位を与えられる。それがこの国の根本。
地球の多くの国では破綻した身分制度だけど、このブリタニアでは未だに健在している。
それは覚醒者というシステムがそれを支えているのか? それとも優秀なAIが支えているのかは分かりませんが。
ナノハside
「ミコトさん、石仮面の情報操作は問題ないの? 先日の事件は皇帝陛下も懸念していたわ」
わざわざ私が教会本部に来たのはそれの確認のため。仮にも皇族である私達は暇ではない。今回も事もシドゥリ様の手が空いていなかったから、スケジュールに余裕のあった私が来た。
「ええ、それに関しては問題ないわ。箝口令を出しているし、石仮面の吸血鬼と直接交戦した生徒にも口止めをしています」
「リリカか。ほんの少し前は小さかったのに、もう立派な騎士になっているんだね」
あの子にはハヤテちゃんとの関係で何回かあった。
「そうですね。長生きをするとその辺りの感覚がズレて来ますからね」
ミコトさんがしみじみと言っています。確かにこの人も500歳以上ですから、そういう経験も多いでしょう。
私はまた40代ですが、覚醒者なのでその気になれば何百年でも生きられます。そうなればそういう経験も自然と付くのでしょうね。
「いずれにしても、リリカは石仮面の秘密に気付いているはずだし、何か手をうたなければなりません。シドゥリ様はリリカをこちらに取り込む事を考えているようです」
「つまり、覚醒者にするという訳ですか?」
「ええ、リリカは優秀だから口封じに始末するのは惜しいから」
「そうですか。ではそうしましょう」
石仮面は覚醒の法の原型とも言えるものです。シドゥリはベルカ時代にこちらの次元世界に流れ着いたそれを研究して覚醒の法を開発した。帝国ではそれは秘匿され、シドゥリが一から開発したと誤解される表現で伝えられています。
確かにあれを使えば覚醒者と同等の能力を得られます。理性が低下することさえ目をつぶればですが。強力な力を与える反面理性が低下して暴走する可能性が大きいとなれば危険極まりない。
しかし、石仮面は貴重な遺産です。だから破壊するのではなくシドゥリ教会本部に預けていたわけですが、今回の件で秘密が漏洩するかもしれません。下手をすれば、不老不死や力を求めて石仮面に手を出す者も出るでしょう。
それにリリカが紫外線発生魔法を使ったのも問題。確かにそれは禁止されていないが、明らかに拙い。今は帝国上層部では紫外線規制法の改正が検討されています。
これまで紫外線を発生させる魔法を作る者は皆無だったので、気付かなかった法の穴でした。
それらのことを考えるとリリカを取り込んでおき、手元に置いておく必要があります。幸い、リリカは貴族候補だから貴族に取り立てるのは簡単です。
リリカside
貴賓室に入室した私ですが、部屋には既に皇妃陛下と教皇聖下がおられました。二人とも今の私には雲の上の存在です。
「リリカ久しぶりだね」
「はい、ナノハ様」
ナノハ様は微笑む。
「それで今日リリカに来て貰ったのは先日の事件について直接話を聞きたいからなんだ」
「はい、あの時は…」
私はナノハ様に促され、以前教皇聖下に話した事を言った。
「…そう、では仮面の秘密には気付いているんだね?」
「はい」
「分かっていると思うけどあれは国家機密なので他言は無用です。それとあの魔法に関しては近々法改正により規制させますから、デバイスのデータを含めて今の内に消去してね」
「はい、わかりました」
あの魔法の削除は予想できた事だ。だから特に問題はない。
「最後にリリカに良い知らせがあるの」
そういってナノハ様は教皇聖下に視線を向ける。
「リリカ、実は貴女に覚醒の法を施すことが決定しました。実行は明日の夜、それまでに身を清めておきなさい」
猊下のその言葉に私は驚愕する。
それは私が貴族に選ばれたという事だ。あまりにも唐突な話ですが、喜ばしいこと。年間平均で四百人ほど出る貴族候補生も実際に貴族に選ばれるのは二百名ほどだから半数近くは落ちる。
私の学年にも既に覚醒の法を施されて者はいますが、いざ自分がそうなると喜びを隠せません。
「おめでとうリリカ、次は立派な貴族となった貴女と会うのを楽しみにしているわ」
「はい、ナノハ様。ありがとうごさいます」
本当に喜ばしいことです。家に帰ったら母に早速知らせるとしましょう。
解説
帝国の尊称は、皇帝と皇妃が陛下、皇女が殿下、軍の将官や宰相が閣下、教皇が聖下となっています。ナノハとフェイトは皇妃なので陛下の尊称がついている。