シドゥリ暦604年
「シンシア・スカーレットですか?」
「ええ、リリカは覚えているでしょう?聖ヒルデガルド女学院のクラスメートで、決闘までしたのだから」
私は玉座に座る主君『シドゥリ・エルデルト・フォン・ヴァーブル』陛下の言葉に耳を傾ける。
私の目の前で展開されている空間モニターには、60歳ほどの女が映っていた。あれから40年以上過ぎているが、確かに面影がある。
あの決闘騒ぎは確かに覚えている。学院を卒業する時に、貴族に選ばれなかったシンシアが、私に決闘を仕掛けてきた。それは蛮族の血を引く私が貴族に選ばれたのに、純血の自分が選ばれないのは我慢ならないという逆恨みとしか思えない無茶苦茶な理由だった。ブリタニア至上主義者らしいといえばそうなんだけどね。
魔法資格者とはいえ、正式に貴族になった者に決闘を仕掛けるなど滅多に聞かないことだが、過去の歴史を調べれば一応あるらしい。
その結果は私の圧勝。覚醒者になって、更にナノマシンデバイスを使いこなしていた私は強かった。元々シンシアは空戦S-ランクで私よりも格段に弱かったし、これだけ力の差があればそれも当たり前だ。その場でシンシアを殺しても良かったが、私はそうするまでもないと判断した。
貴族特権から殺人を犯しても逮捕されないが、それもやりすぎると問題になる。殺す価値もない。私にとってシンシアは最早どうでもいい存在でしかなかった。
あの時の私を見る顔に浮かんだシンシアの憎しみの感情は印象的だった。私は負け犬の遠吠えと、特に気にもしていなかったけど…。
「そのシンシアが、教会本部の宝物庫から石仮面を盗み出したのよ」
陛下が忌々しそうにいう。
ここで石仮面について説明されました。それは私が予想していた物と同じ答え。恐らくシンシアは、あの事件で石仮面の秘密に気付いたのでしょう。
「おまけにシンシアは並行世界への転送装置を不正利用して並行世界に逃げ込んだわ」
並行世界の事は貴族の間ではそういう実験が進められているのは噂話で聞き及んでいたので、それほど驚くには価しない。
「しかし陛下、シンシアはどうやってその装置を使ったのですか?」
これは当然の疑問。転送装置は帝国でもかなりの機密の筈で、その様な専門装置など普通は使えない。
「手引きした人間がいたのよ。それに関しては既に始末したわ」
手引きした者を研究所送りではなく即始末ですか…。これは相当頭に来ていたんでしょう。
「既にその並行世界を捜索しているけど、一年経った今でも発見できていないわ。多分魔力波長を変調しているのね」
魔力波長は指紋のように一人一人違う。その為に個人の識別にも使われている。
帝国では魔法資格者の魔力波長を登録することで、それ以外の者との識別をしています。これは魔法犯罪の防止にも活用されており、魔法犯罪抑止の柱の一つです。
その魔力波長は変調が可能だが、そうすると魔力の変換効率が大幅に落ちるうえに、帝国では皇帝の許可無しにそれをする事を法で禁じられています。だから滅多に使われない技術。
確かにそれをされて、魔法が日常的に使われている世界に逃げ込まれたら、探しようがありません。
「ではシンシアの抹殺と石仮面の回収をすれば宜しいのですか?」
「そうよ。シンシアが隠れているから、あちらではできるだけ派手に活動しなさい」
「成る程、畏まりました」
シンシアが憎んでいるであろう私がわざわざ目立つ事で、シンシアを誘き出して始末しろという事でしょう。
確かに相手が隠れていて探すのが難しいなら、挑発して誘き出す方が良い。私にこの任務が回ってきたのも頷けます。
その後、私は任務遂行の為にその並行世界に出向いた。
第一管理世界 ミッドチルダ。時空管理局とミッドチルダ式魔法の発祥の地であるが、現在では治安の悪化が問題となっていた。
その原因は時空管理局の質量兵器廃絶と魔法至上主義であった。極端に先天的な資質に依存したが故に人材不足になり、治安維持に支障がでていた。更により規模の大きい事件を扱う海に人材も予算も搾り取られ、ギリギリの状態だった。
管理局地上本部side
「くそ、またあの小娘か!」
地上本部の事実上のトップのレジアスは苛立っていた。マスコミは地上本部の部隊が犯罪者に歯が立たずに、フリーの騎士が犯罪者を倒した事を報道していた。これでは管理局の面子が丸潰れだ。
「レジアス、今回は仕方がない。相手はAAAランクだったのだろう。陸士隊が勝つのは無理だ」
陸士隊の質は低い。だから高ランク魔導師相手だと蹴散らされるのは日常茶飯事の事。親友のゼストがそう言うも、彼の怒りは収まらない。
マスコミだけでなく、海の連中にもその事で嫌みを言われたが、そもそもこんな事になっているのは、海が人材も戦力も金も散々搾り取ったからだ。それを棚に上げて、こちらを馬鹿にする連中にも苛つくのも当然だ。
「それで確保した犯人は?」
「いつも通りだ。命に別状は無いが、もう魔導師としては使い物にならない」
「…またか」
リリカはこの世界では殺人をすると色々と面倒なことになるので、非殺傷設定で敵を倒した後でリンカーコアを破壊して使用不能にしていた。
実は管理局は魔導師として役に立つ者ならば、社会奉仕として元犯罪者を管理局で働かせていた。魔導師として役に立つなら犯罪者でも使うのが管理局だ。反面魔導資質の低い者や非魔導師は容赦なく処断されていた。この辺りに格差があり、これを疑問視する者も少なくない。
そんな管理局からしてみれば、リリカのやっている事はたまったものではなかった。折角有望な魔導師を確保しても使い物にならない。当然ながら、役に立たない彼等は減罪されずに裁かれる。図らずも管理局の戦力確保を妨害しているリリカは管理局では受けが悪い。
『魔導師殺し』
それがリリカの通り名であり、特に高ランク魔導師が多い本局では危険視されていた。
だが管理局でもリリカは手を出すにはリスクが高いという問題があった。現代では貴重な古代ベルカ式魔法の使い手にして、最低でもSSS+ランクの強さを持ち、更に死者蘇生というとんでもないレアスキル(反魂の術はレアスキルとして認識されている)を持つ彼女が本気で管理局に敵対すれば、その被害は想像できない。
次元世界全体を見てもSSS-ランク以上の者は10人もいないと言うのに、リリカはその中でも最強クラスの実力者。魔法至上主義の管理局にとって理想の存在でもあり、最大の驚異。それ故に迂闊に手を出せない。
噂ではリリカを襲った管理局の特殊部隊が蹴散らされた挙げ句、魔導師を引退する羽目になったらしい。
「あんな小娘の好き勝手にさせるとはな」
「仕方あるまい管理局法に特に違反しているわけではない」
たまたま犯罪に遭遇した一般の魔導師や騎士が犯罪者を倒すのは特に違法ではない。これを規制すると自分の身を守ることができなくなるからだ。自衛権と微妙に絡むのでこの辺りは曖昧になっていた。
またリンカーコアを破壊することも実は禁止されていない。管理世界ではリンカーコアは未知の領域で、それはよく知られていない。リンカーコアの破壊や修復などできないので、こういう事態を法が想定していない。そうである以上、リリカが敵対する魔導師のリンカーコアを破壊しても法的には問題ない。
これを取り締まるには法を改正せねばならないが、地上本部の権限が低い現状ではそれは無理だった。
リリカside
「やれやれ、少し失敗したかな?」
リリカは死屍累々と横たわる襲撃者たちを見て愚痴る。
リリカの死者蘇生の力を知った次元世界の者達の中には、非合法な手段でリリカを捕らえようとする者が少なくなかった。無論そうした無法の輩は、リリカの力で蹴散らしていた。一騎当千を誇るブリタニアの貴族の本領発揮だ。ついでに見せしめに片っ端から魔導師人生を潰している。
死者蘇生の魔法を使ったのは拙かったかもしれない。もともと反魂の術はブリタニア帝国に秘術といっても実際は、シドゥリがフェイトを手に入れる為に開発した小道具程度に過ぎない。その目的が達成させた後は、その重要度が下がっていた。
帝国にとって重要なのが覚醒の法を秘匿する事。これが漏れれば覚醒者の統制が取れなくなる。それに比べたら覚醒者にしか使えない反魂の術は、精々乱用は控えた方がいいという程度の物に過ぎない。
その為、その魔法に興味を持ったリリカが、シドゥリにその魔法を教えて欲しいと頼むと、シドゥリはあっさりと教えていた。勿論、帝国本土で乱用してはならないと釘を刺されてはいた。
この次元世界は帝国とは全く関係のない並行世界にすぎないから、極端な話覚醒の法を乱用して日常茶飯事に死者が蘇って社会が混乱してもどうでも良い。まぁ覚醒の法は誰でも使える魔法ではないので、そうはならないと思うけど。
「ターゲットならば兎も角、無関係な有象無象風情が、この私の手を煩わせるとは…」
リリカがこの世界で目立つ行動をしているのはシンシアを誘き出すためだ。だが、こうも突っかかる者が多いと、本来の任務にも支障が出てしまう。目障り極まりない。ここは予定を前倒しするべきでしょう。
「仕方ないわね。管理世界での捜索は暫く控えて、管理外世界を探しましょう」
後書き
自衛権やリンカーコアに関する管理局法はこの並行世界の設定です。そうでもないと話の都合上面倒ですから。