「リリカ様、宜しいでしょうか?」
男爵邸の広大な庭で昼寝をしていると私を呼ぶ声がしてきた。
「セバスチャン、私を起こすなんてどうしたの?」
彼はセバスチャン・フィリップ、私の執事だ。20代前半で黒髪黒目のイケメンではないが、取り立てて容姿が悪いわけではない普通の男性。セバスチャンという日本のサブカルチャーでは執事の代表的な名前だったので、面白がって採用した。この辺りは日本人とのハーフならではの拘りだろう。
しかし、私の執事たる彼が私の昼寝を妨げるとは。え、覚醒者が庭で昼寝なんかして大丈夫なのかって?
大丈夫です! 騎士甲冑(バリアジャケット)や携帯用紫外線遮断装置があるし、そもそも男爵邸には紫外線遮断結界が張っているのだ。これらの二重三重の対策のおかげで問題ない。それでも嫌がる者も多く、貴族の中には、古式に則って昼間は棺桶で眠ったりする者もいるらしい。
「それがパルディー公爵閣下から通信が入っています」
「パルディー公爵が?」
パルディー公爵は、封建貴族の中でも最高位の公爵位を持つ大貴族だ。公爵とは軍人時代にできた私の数少ない友人だ。
ちなみに数が少ないのは私が地球人の血を引いているからだ。そもそも異世界の血を引く貴族というのは私以外にはおらず、それだけに目立って敬遠された。
覚醒者である公爵がこの時間に通信を入れてきたのは恐らく時差の関係だろう。帝国には有人惑星は多数存在しているが、一日や一年の長さがそれぞれ異なり、微妙に時差がでるのだ。だから地方星系では有人惑星ごとの時間と帝国標準時間の二つの時間を使う。封建貴族同士で話す場合こういう時差が問題になることがある。
「まぁいいわ」
私は館の通信室に向かう。ブリタニア帝国における通信とは、前世地球での電話とは異なり、恒星間をも繋ぐテレビ電話のような物である。これは超光速通信という恒星間通信技術で、十万光年以上離れた場所でもリアルタイムで通信ができる。
「パルディー公爵、今日は何の用件でしょうか?」
スクリーンには、テレス・フォン・パルディー公爵が映っている。黒髪で肩の辺りまであり、黒い瞳、黄色の肌と日本人に極めて近い外見をしている美少女。ブリタニア人は、地球でいう白人と日本人に近い外見の人々で構成されている。とはいえピンク、緑、青など地球ではあり得ない髪の色の者もいるが、こうした体毛を持つ者は何故か高ランク魔導師の女性が多い。私とテレス、いや貴族の全ては17歳で覚醒者になるので、外見年齢は皆同じだ。
公爵と男爵。帝国の爵位の基準からすればかなりの差であるし、領地の豊かさも凄まじい差だ。帝国有数の大貴族と貧しい領地を抱えた弱小貴族なのだ。その力関係は相当な物であるので、嫌でもこちらが下手に出るしかない。
『ふふっ、私と貴女の間ですからそんなに固くなくても良いですよ。それで用件は帝国標準時間で一週間後に私の誕生日なのでパーティを開くので、宜しければ貴女にも参加して欲しいのです』
「パーティね」
封建貴族がパーティを開くことは珍しくなく、公爵ほどとなると他の貴族よりは多いだろう。
ちなみに私がパルディー公爵以外の貴族から招待されることは珍しい。やはり村八分な扱いだからだろうか? まぁ頻繁に招待されると、それはそれで迷惑だから別に構わないけどね。
「しかし、何時も思うのですが私を招待してもいいの? 私は刑務所の女所長だなんて言われているよ」
笑いを浮かべながら言う。
アークライン星系は、ろくでもない領地だ。誰も住みたがらないから移民もろくにできなくて、以前管理していた代官も苦慮していた。
私はここで発想を転換した。誰も自発的に住みたがらないのなら人間を強制的に連行すればいい、と惑星規模の刑務所というアイデアを考案した。
帝国における犯罪者とは、二種類存在する。一つは、普通に罪を犯した犯罪者。もう一つは、共和主義者などの思想犯。前者は警視庁の管轄で、後者は社会秩序維持局の管轄だ。
この内、死刑囚と思想犯は、総合技術省の特別研究局が処理して、ぶっちゃければ人体実験の材料となるが、ここで問題となるのは死刑にならなかった犯罪者だ。彼等は刑務所で服役することになるのだが、アークライン星系をその刑務所にすることにした。
このアークライン星系は、プラズマという自然災害が猛威をふるっているから一部の地域以外では人間がまともに生活できないし、上空を飛ぶこともできない。つまり、宇宙船などで侵入や脱出が難しいのだ。
勿論、戦艦クラスの強力なディストーション・フィールドがあれば耐えられるが、それは民間の船では望むことはできない。つまり、転送による行き来しかできないし、個人レベルでそれができるのは魔導師だけだ。
ちなみに転送技術は、テロや犯罪に使われるのを防ぐために色々と規制されている。不便ではあるが、規制しないと本当に危ないし、安全には変えられないだろう。
この不便さを刑務所の閉鎖性として活用する。アークライン星系の刑務所は、コンクリートの壁やフェンスなどは存在せず、大気圏に出られないこと自体によって禁固刑として機能している。つまり、この星に12箇所存在するプラズマ災害の受けにくい安全地帯に囚人を収容している。
ちなみに、この星にいる囚人は男女別に分けていて、異性の囚人が同じ地域にいるという状況にならないようにしている。刑務所はあくまで囚人を服役させる場所であり、カップルがいちゃいちゃする場所ではないのだ。
このことからアークライン星系を刑務所星系と呼ぶ者もいる。実際ここにいるのは囚人と中央から派遣された看守、そして私に仕える執事ぐらいなもので、後はメイドロボなどのロボットしかいない。
通常、封建貴族は領地からの税収で生活しているが、私の場合は国や他の封建貴族から支払われる囚人管理の報酬が大きな収入となっている。かなり異色だが、そうでもしないと領地運営ができない。
もちろん帝国でこんな事をする地方領主はこれまでおらず、前代未聞のことだったので、皇帝陛下にうかがいを立てておいた。
本来なら、地方領主は所領の統治に関してはかなりの権限を与えられているので許可を貰う必要はないのだが、あまりにも型破りなので尋ねざるをえなかった。だから皇帝陛下と帝国宰相ローデス公にお尋ねしたが、意外にも私の提案は好評でした。
実は、帝国でも刑務所は問題になっていた。囚人が逃げ出さないように壁などがいるし、管理に手間がかかる。最も頭が痛いのは刑務所を建築しようとすると周辺住民が嫌がることだが、これはイメージが良くないから仕方ない。
でも犯罪者は出てくるもの。帝国では国家反逆罪などの国家単位の犯罪でない限り、犯罪は現地の領主が対応する。つまりただの殺人、窃盗、強姦辺りならば地方裁判所で裁くし、服役も然りだ。だから各領地では刑務所があって囚人が服役していたが、それらをアークライン星系で引き取る事にした。
食事にしては、食料プラントで肉や作物などを製造している。私の家畜に関しても血は私が頂き、肉の大半は囚人達が消費していた。
そんな私を領主ではなく刑務所の所長だと陰口をいう者もいる。そんな所長(笑)と呼ばれている私ですが、やっていることといえば刑務所の見回りです。
実は私の領地は男ばかりなんです。囚人は男限定で引き受けているし、看守も男ばかり。囚人が男ばかりなのは女と一緒にして問題が起きないようにしているからだ。そんな中で美少女が見回りをするのは結構刺激があるんでしょうね。まぁ私も胸元が空いたドレス姿で見回ることが多いけど。
私も母親の若い頃に似て容姿はいいし、高ランクの女性魔導師の特徴として容姿やスタイルが良い場合が多いというのがあるが、その点では私もそれなりに自信がある。女に飢えて欲情する男の視線が刺激的であるが、実際に私の襲いかかる男は少ない。帝国には貴族の強大な権力と強さを知らない者はいない。
それでも時々バカが出るがそうした者は抹殺している。正当防衛だし、平民が貴族に刃向かうなど許されることではないのだ。
『かまいません。貴女は貴族ですから十分に資格はあります』
「まぁ確かにそうですね。では出席するとしましょう」
文句を言う者は平民なら叩き潰せばいいし、貴族ならば表だって他の貴族と対立しない。
帝国では貴族同士は協力し合うものだ、と教えられていて、少なくとも貴族間の対立や足の引っ張り合いは好まれていないのだ。そういうことをやっている者は下手をすると処分されるだろう。
この場合、冷遇されている私よりも、なまじ恵まれた立場にいる分だけ他の貴族のダメージがでかい。だから貴族達は内心はどうあれあからさまな対立は避ける。
『では招待状を転送致しますわ』
「ええ」
話が終わり、通信が切れる。
「さて、セバスチャンというわけだからパーティに出席するわ」
私は、後ろに控えていた執事に声をかけた。
「かしこまりました。ではドレスとアクセサリーの準備を致しましょう」
そつがないこの執事の事だからドレスやアクセサリーも無難な物になるだろう。私はあまり着飾るのは好まないが、貴族である以上それは仕方ない。
帝国における貴族は、全員が美少女から選ばれる。少なくとも容姿の悪い者が選ばれたという話は聞いた事がない。つまり女性しかおらず、どうしても貴族文化=女性文化となってしまうので化粧品、香水、衣装、装飾品などが貴族の間では人気となるのだ。
これは権力を持ち金銭的に裕福な女性の常と言えるだろう。といっても帝国では金やダイヤなどの宝石類は宇宙開発をし過ぎたせいで価値が崩壊している。加工なども機械でいくらでもできるのでそれらの価値は低い。でも光り物の見栄えが良いのは確かなので現在でも重宝されてはいる。
ちなみに帝国における貴族文化は、古代ベルカの貴族文化が原型となっている。これはシドゥリが前世では貴族文化にそれほど詳しくなく、というよりも当時の日本人から見れば貴族は旧時代の遺物という扱いで、欧州辺りで探せば見つけられる物という扱いだった。これでは地球の貴族文化に詳しくなくて当たり前で、そうなると古代ベルカを元にするより他になかった。
幸い仮にも王族であったシドゥリはその辺りに精通しており、更にデータも蒐集していたのでそれをアレンジすれば良かった。
そうして貴族文化が創られていったわけであるが、監察軍の活動で三千世界との交流が進んでいる現在、様々な世界に触れるだろうから帝国も影響を受けるだろう。文化とは普遍ではなく時代と共に変化していくものだから。