ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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狩り殺すもの≪ザ・プレデター≫中編

 妖精弓手はとっさに小鬼殺しと盗賊騎士に視線を向ける。

 

 いかな彼らとて、急な事態の変動に動揺してるかもしれぬ。

 

 だが、そんな妖精弓手の予想は見事に裏切られた。

 

「……ふむ、ゴブリンではないのか」

 

 微かに聞こえたため息交じりの声。緊張で頭がどうかしたのでなければ、あれは失望のそれだ。

 

「オーガよ、オーガ!! あんた知らないわけ!?」

 

「知らん」

 

 まさかの即答である。銀等級と言えど全滅を覚悟する強敵を目の前にしているというのに、そんな様子はまるでない。

 

 一方で盗賊騎士を見ればこちらは鎖綴りのせいで表情は分からない。

 

「………」

 

 だが、盗賊騎士が漏らしたのは呻きとも唸り声ともつかぬ声。妖精弓手にはそれが怯懦によるものとは思えなかった。

 

 そんな二人の姿を見て、彼女は自然と己の心が落ち着いて来るのを感じていた。

 

「貴様ら、ワレを…。魔神将より軍を預かるこのワレをッ! 侮っておるのかぁっ!!」

 

「上位種がいるのは分かっていた。貴様も、魔神将とやらも知らん。興味もない」

 

 ゴブリンスレイヤーの簡潔な返答。だがそれは相手を苛立たせただけだった。

 

 オーガの額に青筋が浮かぶ。憤激の咆哮と共に、巨大な金棒の一撃を繰り出した。

 

 ゴブリンスレイヤーも盗賊騎士も俊敏に身を躱す。

 

 外れた金棒が地面の石畳を叩き割り、物凄い量の粉塵を巻き上げる。

 

 一方で火に油を注がれたオーガはまさに憤怒の形相である。

 

「良いだろう。下賤なゴミ虫共め。ならば我が偉力。その身を以て知るが良い!!」

 

 巨大な掌を前に突き出すと、堂々たる声音で詠唱を開始した。

 

「カリブンクルス……」

 

 重い音声が響く中、凄まじい量の火の要素(エレメント)が、その掌中に収束する。渦を巻く炎は火球となり、その熱量を増していく。

 

火球(ファイヤーボール)…」

 

 妖精弓手はカラカラと口の中が乾いていくような感じがした。それは熱がこちらに届いているが故ではない。まばゆいほどに燃え上がる爆炎は、まともに受ければ骨も残らないだろう。

 

「クレスクン……なにぃッ!?」

 

 詠唱を阻んだのは、盗賊騎士のあまりにも滑らかな動作で放たれた数本の矢。

 

 

 

 

 

 オーガは重装とは思えぬ素早さで放たれた矢に瞠目した。短かくはあるが相当に強力な弓によって放たれたのだろう。凄まじい矢勢だ。

 

「だが、無意味」

 

 オーガはあざけるような笑みを浮かべた。

 

 狙いは正確だがそれゆえに読みやすい。故にその進路に障害物を置いてやればいい。己が掌中にて燃え立つ火球などは最適である。

 

 馬鹿め、詠唱中なら動けぬとでも思ったか。

 

 虫けらの如き人間どもならいざ知らず、この身は人食い鬼(オーガ)である。多少動いたところで奇跡を暴走させるような醜態などあり得ぬ。

 

 その矢は標的であるオーガの眼球を貫く前に、その進路上に翳された火球に飛び込んでいった。

 

 たちまち燃え尽きる矢の脆弱なこと。

 

 所詮は虫けらの小手先の手技。オーガたるこの身には物の数ではない。

 

「貴様らゴミ虫の小癪な小技が、通用すると思ったか!!」

 

 堂々たる宣言と共に嘲笑う。

 

 最後の文句を口に出せば、掌中にて熱量を増す火球の奇跡が骨も残さず焼き尽くすだろう。

 

 ふいに妙な風切り音が耳朶に届く、目の前の火球の中に何かが見えた。

 

「ウム?」

 

 瞬間的にオーガの思考が加速する。

 

 回転する何か。いや、これはオーガも見知っているものだ。

 

 それは唐突に、煌々と煌き燃える火球を突き破ってオーガの眼前に現れた。

 

 手斧? その形を認識した瞬間。オーガの思考は混乱した。

 

 本来であれば燃え尽きて当然の「それ」。

 

 簡素で一見すればなんの変哲もない片手斧。

 

 何故、そんなものが…。いや、我が鋼の皮膚に通ずるはずなど…。

 

 そんな思考を打ち破るように、その片手斧はオーガの眉間に深々と食い込んだ。

 

 常の鋼であれば通らぬはずの尋常ならざる強度の皮膚を貫き、その鋼はより強靭な頭蓋の骨すらも打ち貫く。

 

「グガアァァァァァァァァッ!!!」

 

 遅れて届いた尋常ならざる痛苦は、オーガがこれまで経験したことのないものだった。冷たく焼けつくような鋼の感触。そして脳髄に大木が根を張ったかのような苦痛が走り抜ける。

 

「ア、ガ、ギギギギギギギギ」

 

 耐えがたい激痛と共にありえざる事態への驚愕にオーガの集中が乱れる。異物が通り抜けたことにより、ただでさえ不安定になっていた業火の魔力が完全に制御を失って暴走した。

 

「しまっ……」

 

 手の中の火球が暴発し、顔面を飲み込んで爆炎があたりに飛び散る。

 

「オノレ、下賤な冒険者風情がぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 オーガは生まれてこのかたこれ以上の屈辱を感じたことは無かった。

 

 濁流の如く立ち上る怒りを押し沈めたのは、皮肉なことに頭蓋に突き刺さった鋼による苦痛だった。

 

 はっきりと盗賊騎士を睨みながら、オーガは己の額に突き刺さった斧を引き抜く。抜くときすらも脳髄をズタズタに引き裂かれる様な苦痛があった。

 

 あまりの痛みにオーガはその小さな斧を放り捨てた。

 

 常であれば数刻もたたずに傷が塞がり始めるはずだが、果たしてその傷口から流れ出る血は止まることはない。

 

「その斧オォッ……タダの斧ではァ、ないなアアァッ!」

 

 煙の中、片手斧の柄に浮き彫りされたルーンが淡く光る。

 

 只ならぬ鋼で出来た斧刃が尋常ならざる威力をもってオーガの堅牢な皮膚と頭骨を穿つのであれば、据えられた柄もまた常のものではない。

 

 古びたオーク材の柄など、常であればとうに燃えつきてしまっている筈である。

 

 刻まれた文様こそは古の火除けの呪いであったのだ。でなければ、灼熱の業火に放り込まれて消し炭とならぬはずがない。

 

 痛苦と怒りに顔を歪めたオーガの視線が、ローグを刺し貫くように見る。

 

「わが鋼皮をものともせぬ威力! 癒えぬ傷を与える呪い! よもや、うわさに聞く古き鋼(ウルフバート)かッ!!」

 

 古き鋼(ウルフバート)の名は混沌の勢力では知られたものだった。正確に言えばその持ち主であり、幾多の混沌の兵を屠ってきた怨敵。「沈黙の聖騎士」がである。

 

 伝説の聖剣を携えた「勇者」が伝承上の脅威とするならば、それは幽鬼の如くいつの頃からか立ち現れた脅威であった。

 

 只人でありながらオーガの同胞たちの首級を上げた聖騎士の中の聖騎士。

 

 その騎士の得物として混沌の勢力の血を吸ってきたと言われるのが古き鋼(ウルフバート)だった。

 

 一見すれば只の鋼に見えるが、その切れ味も強度も破格の性能を誇り、どんな強靭な生命力を持つ相手にも癒えぬ傷を与える神器魔剣の類である。

 

「そのような粗末な装い故に、合点がいかなかったが、貴様が音に聞こえし沈黙の聖騎士か」 

 

 オーガの口上に、盗賊めいた騎士はピクリと反応した。弓を捨て、腰のバックラーと猟刀(メッサー)を引き抜く。その構えに怯懦の力みはない。ただ研ぎ澄まされた闘気だけは確かに感じられる。

 

「幾多の我が同胞達を屠ってきた恨み、この場で晴らしてやろう!!!」

 

 いくら雑兵集めのためとはいえ、小鬼などという屑どもの御守に辟易としていたが、とんだ大物が紛れ込んできたものである。

 

「このような辺境で退屈な草刈りに回されたと思っていたが、面白い。我が武名の糧となれッ!!」

 

 堂々たる宣言とともに、オーガは再び詠唱を開始した。

 

 

 

 

 見かけ通りの木偶め、とローグは胸の内で吐き捨てた。

 

 たかだか斧の一本や二本で勘違いするとはなんと粗末な見識。よりにもよって吾輩如きと我が偉大なる師を混同しようとは。

 

「本物」は吾輩の如き脆弱で醜悪な存在ではない。

 

 糞虫共を殺し終わったと思ったら、とんだおまけがいたものである。

 

 吾輩はこの木偶の坊がなかなかに厄介な存在であることを知っている。

 

 なにせ我が師と互角の戦いを繰り広げたとんでもない手練れの同族である。その場には吾輩もいたからよく覚えている。

 

 紡がれる業火の詠唱。魔力によって精製された火球がオーガの掌の上で膨れ上がっていく。

 

 一発目は気を逸らすことが出来たが、二発目はそうはいかないだろう。

 

 灼熱に燃え上がる危機を前にして、ローグは高速で頭を回転させた。

 

 直撃を食らえば唯では済まない。さりとてかわすには、近すぎる。

 

 黒革の盗賊胴(ブリガンダイン)の下、麻の鎧下に粗末な綿のシャツを着こんでなお、背中を流れる汗の感触が感じられた。

 

 退かば死ぬ。避けるは無望。ならば、一矢報いねば。道は攻めるのみ。

 

 そう決心し、走り出そうとしたローグの目の前に、真っ白なローブの背中が躍り出た。

 

 いと高き地母神よ…、すり抜け様に聞こえたのは少女の詠唱。

 

 ローグを庇う様にその正面に立ったのは女神官であった。

 

「…ヤクタ」

 

 無駄なことを、とオーガの眼に嘲りの光が浮かぶのをローグは見逃さなかった。

 

 腹立たしいことに、それはローグも同意見である。

 

 詠唱からして女神官が使おうとしているのは「聖壁」の奇跡であろう。

 

 女神官の力ではその壁を以てオーガの業火を相手にするには無謀である。奇跡の闘いは心の闘いなのだ。

 

 迫りくる業火を前にして恐怖し心が折れれば、奇跡ごと容易く灰燼に帰す。

 

 わざわざ死に飛び込んでくることもなかろうに。どちらかが生き残れるならまだしも共倒れでは無駄死にである。

 

 はたして予想どおり目の前に顕現した光の壁が、火球の奇跡を押しとどめた。だが、これで終わりではない。

 

 オーガの魔術の重圧に女神官が後ずさる。聖壁の奇跡が打ち破られるのも時間の問題だ。

 

 それをしめすように光の壁の各所にひびが入り始める。

 

 しかし、女神官はそれ以上引くことはなかった。迫りくる灼熱の炎をしっかり見据え、再び詠唱を繰り返した。

 

「いと、慈悲深き、地母神よ…」

 

 歯を食いしばるように僅かな声で詠唱が絞り出されていく。

 

 吾輩の中の糞虫(本能)共がしきりに逃げろと喚き叫ぶ。

 

 黙れクズ共。貴様らの戯言に耳を貸すなどあり得ぬ。

 

 それに、この小さな背中の後ろ以外にもはや逃げ場などないのだ。

 

「どうか……大地の力で…お守りください」

 

 少女の力強い詠唱。噛み締める様な女神官の詠唱(願い)に地母神が応え、ひび割れた防壁の内に更なる防壁が顕現する。

 

 二重の詠唱により、先ほどよりも力強い光に満ちた壁は、業火の奇跡を耐え抜いた。

 

 役目をはたして安堵したのか、女神官の体から力が抜ける。

 

 そのまま地面に倒れこみそうになるのをローグは受け止めた。

 

 軽い、まるで小鳥のようだ。このまま少しでも力を入れれば容易く手折れてしまうだろう。

 

「あとは任せて」

 

 吾輩達を庇う様に前に立ったのは妖精弓手であった。

 

「先駆けお見事」

 

 囁きながら横を通り過ぎたのは盗賊騎士と並ぶ体躯の持ち主。蜥蜴僧侶である。

 

「ちょいと休んでおれ」

 

 ひょうたん片手に触媒を探る鉱人道士。

 

「よくやったな、助かった。女神官を頼む」

 

 うっそりと口にしたのはゴブリンスレイヤーであった。

 

 

 矢継ぎ早にかけられる言葉。ねぎらいと称賛の言葉。

 

「ローグさん、怪我はありませんか」

 

 女神官がローグの腕の中で弱弱しくささやく。気力が枯渇しているのであろう。

 

『無謀な事を……貴殿は前に出るべきではない』

 

 手早く手言葉を作る。だが、彼女は黙って首を振った。

 

「オーガの魔法は強力です。後ろに下がっていては仲間(あなた)を守れません」

 

 女神官の言葉は冷静で淡々とした声音だった。だが、その言葉には並々ならぬ決意と信念が込められていた。

 

 杖を握る手はまだ震えている。奇跡を使い果たし、この先自身を守るものは何一つなくなったというのに…。なぜだか、足手まといだとは思えない。

 

 吾輩は目の前の小さな神官を見た。

 

 今、守るといったのかこの女は…。賽の目が悪ければ糞虫共に嬲られるより他ない脆弱な生き物が…。

 

 これまで吾輩を「守る」と言ったのは、我が師だけだった。

 

 無論、我が師の強さは吾輩など足元にも及ばぬ。

 

 我が師の背は、その強さに見合った大きな背だった。

 

 だが、この小娘は…。触れれば容易く手折れそうな小さな背が、いま吾輩を守り通したのだ。

 

 「仲間」という言葉の意味は知っていた。人族がそれをどんな時に使うかも分かっている。

 

 だが、それは吾輩にとっては虚しい響きしか持たぬ言葉のはずだった。糞虫(ゴブリン)にとって仲間など道具か攻撃してこない敵くらいの認識である。

 

 だと言うのに、目の前の小娘は吾輩のために自身の奇跡(カード)をすべて切り、この骰子の目(吾輩)に全てを賭けたのだ。

 

 それは、なんだかひどく奇妙な気分だった。

 

 白い神官服を視界に入れながら思う。

 

 それが何なのかはまだ解らぬ。

 

 だが、なんとなく悪い気分では無い。

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーが鉄兜をトカゲ僧侶に向けた。

 

「竜牙兵を…手は多い方が良い」

 

「承った小鬼殺し殿!!」

 

 ゴブリンスレイヤーの命令一下。戦闘が再開した。

 

 蜥蜴僧侶が矢継ぎ早に詠唱し、巨竜の牙より研ぎだしたような湾刀と骨の従僕を召喚する。

 

 鉱人道士が奇跡の詠唱を始め、その間隙を妖精弓手が援護する。

 

 援護と言っても、ただの脅しではない。その正確無比な早矢はオーガの片目を見事に射貫いた。

 

「小癪な真似を…ヌッ!?」

  

 苦虫を嚙み潰したようなオーガに向けて、魔術の石礫が打ちかかる。鉱人道士の奇跡。

 

「石打の手妻如きが、我を打ち倒せると思ったか!!!」

 

 オーガが吠える。

 

 次の瞬間、竜牙兵と蜥蜴僧侶がオーガに向かって切り込んだ。

 

 だが、それもオーガの金棒に防がれてしまう。

 

「いまだ! 小鬼殺し殿」

 

 体勢を低くして、両者の間をすり抜けたゴブリンスレイヤーの剣が、オーガの足の腱を狙う。

 

 いかな巨体といえども、足の支えを寸断され膝をつく一撃である。

 

 しかし、ローグの脳裏にゴブリンスレイヤーの簡素な剣がよぎる。

 

 「あれ」では、通らぬ。

 

 そう思ったのも束の間。体勢を崩さなかったオーガが、長大な金棒を振り上げた。

 

「猪口才な!!!」

 

 振り向きざまの一撃がゴブリンスレイヤーを狙う。

 

 会心の一撃であればあるほど、その直後は大きな隙になる。それでなくともオーガの得物は長く、避けるのは容易い事ではない。

 

 氾濫した河川の如く展開する状況の中、ローグの思考が加速する。

 

 ゴブリンスレイヤーにとり、オーガの致命の一撃(クリティカル)は文字通りの意味となるだろう。

 

 ならば、今度は我輩の番と言うわけである。彼奴に死んでもらっては吾輩が困るのだ。

 

 貴殿(ゴブリンスレイヤー)は死なぬ。吾輩(ローグ)が死なせぬ!

 

 加速した思考の中で「なにか」が燦然と燃え立つ。

 

 ゆえに、そこから先の行動に一点の迷いもなかった。

 

 全力で走り、ゴブリンスレイヤーを蹴り飛ばし、その位置を入れ替わった。

 

 怒りに燃えるオーガの眼。凄まじい勢いで迫るその金棒の一撃を静かに見据える。

 

 そして僅かに感じたゴブリンスレイヤーの困惑の眼差し………。

 

 

 喉奥を締め上げる様な声なき咆哮と共に、全霊の力を以て、ローグは両手の武器をオーガの金棒に叩きつけた。

 

 諸手から総身に走り抜ける凄まじい衝撃。

 

 鋼鉄と鋼鉄のぶつかり合いによる火花が、仄暗い闇の中に星のように煌めいた。

 

 全身にかかる恐ろしい重圧。それを己の全体重とその全ての筋力を以て流す。わずかでも力が足りねば、角度を誤れば、超質量の鉄塊は盗賊騎士をたやすく挽肉へと変えただろう。

 

「なるほど…流石は沈黙の聖騎士。この我の一撃を逸らすとは見上げた武勇」

 

 オーガが愉快そうに眼を細める。

 

「だが、終わりではないぞ」

 

 言うが早いか暴風の如く金棒を振りまわす。目も眩むような数合。その全てが必殺の威力を持つ一撃だ。

 

 刃を交える度にローグの手にするバックラーと猟刀(メッサー)が甲高い音を立て、星屑の如き火花を散らす。

 

 もはや、師と混同される事に憤っている余裕などない。両手の得物を以て軌道を逸らさねば、躱すことすら叶わぬ猛攻である。

 

 己の武器が悲鳴を上げている。値の割に上質なものを厳選したとは言え、師から賜った片手斧よろしく破格の性能を持つ訳では無いのだ。

 

 ローグの鎖綴りに閉ざされた顔が、苦し気に歪む。

 

 何をやっているんだ、さっさと媚びへつらって命乞いをしろ! 

 

 何故こんな愚かなことを!?

 

 幻聴のように喚きたてるのは、己の中の糞虫共。薄汚い戯言に反吐が出そうだ。

 

 なぜこんなにも意地になって己の命を懸けているのだろうか。今まで不利になれば退くことが無かった訳ではない。

 

 ふとローグの脳裏に先刻の女神官の背中が思い浮かんだ。そしてボロボロの鉄兜を被った冒険者の姿。糞虫共を殺すことに執念を燃やす「本物の冒険者」。

 

 この残酷極まる世界の中で道行を共にすることになった者たち。

 

 そう言えば、誰かを「死なせぬ」為に戦うのはこれが初めてだった。

 

「ローグさん!!」

 

 そう叫んだのは女神官だろうか。

 

 右手に持った猟刀(メッサー)の刀身が悲鳴のような音を立て折れ飛んだ。

 

 まずい、そう思った瞬間には巨大な足が眼前に迫っていた。

 

 凄まじい衝撃。体が空中へと浮かぶ。

 

 流れ行く風景の中に、体勢を立て直したゴブリンスレイヤーの姿が見える。

 

 

 貴殿は死なぬ。吾輩が死なせぬ。

 

 

 己の顔に浮かんだ表情が笑みであることに、盗賊騎士は気づいていなかった。

 

 

 

 

 




オーガの強さをちゃんと描写出来てると良いんですが。
今回は微妙に女神官さんの見せ場でしたが、かっこよく書けてましたでしょうか。

次回はとうとう決着です。

 誤字修正を協力して下さる方、コメント入れてくださる方、両方やってくださる方、皆さん本当にいつも有難うございます。

 皆さんの協力があって書けているなと思います心から。
あんまりお待たせしたくないと思いつつ、納得できる内容にしたいと言うジレンマ。

最終回まであと少しですので、皆様お付き合いお願いいたします。

 




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