ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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皆様、大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
本作も残すところあと数話。お付き合いよろしくお願いいたします。



狩り殺すもの≪ザ・プレデター≫後編

 オーガの剛力によって蹴り飛ばされたローグ。

 しかし、その闘志が折れるなどあり得ぬことだった。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い!

 

 全身を引き裂く様な苦痛が稲妻の如く走り回る。

 

 これほどまでに痛みが全身を走るのは何時ぶりだろうか。

 

 わが師と共にあの腐れ木偶の同族と戦った時か。

 

 わが師の修練によって散々に叩きのめされた時か。 

 

 

「小癪な真似をしてくれたな。もっともそのせいでもう奇跡も使えまい」

 

 

 頭上より聞こえたのは忌々しいオーガの声。こちらは蛙の如く無様にひっくり返っておるのだから、優位を確信するのも当然の話だ。

 

 吾輩が全身を走る苦痛に耐えてこっそりと雑嚢をあさる中、オーガはまるで嬲るような調子で演説を続けた。

 

「ハラミ袋か単なる餌か、そこな森人の小娘共々、新しく集めたゴブリン共の慰み者となるがいい。

貴様らは四肢を砕いてその様子をたっぷり見せてやろう」

 

 最後の言葉は倒れ伏す吾輩やゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶などの男たちに向けて言ったのだろう。

 

 下種な演説が苦痛と戦う怒りに火をつけ、怒りは大切な事を思い出させる。

 

 吾輩が生まれ落ちて己が糞虫であると自覚した瞬間。

 

 あの糞溜めで我が母を嬲っていた糞虫共に抗って私刑に処された時。

 

 その母を劣情にかられ貪り、挙句に己が子を縊り殺しながら、本当の意味で己が糞虫だと思い知らされた時…。

 

 

 痛みは思い出させる、何より大切なものを。

 

 

 

 

 こんなに不愉快極まるのは久方ぶりだ。

 

 あの腐れ木偶の言葉。吾輩の脳髄に氷塊を差し込んだあの言葉。

 

 あの神官の少女と森人の小娘を凌辱するだと? 吾輩の前で? それを…ミテイロダト。

 

 己が身の内がはじけ飛ぶような激情が沸き起こる。

 

 そんな事を許すものか! 下種な木偶の分際で吾輩から「また」奪おうと言うのか!!

 

 吾輩から奪う…。ふざけるなッ あれらは吾輩の仲間(もの)だ!!!!

 

 心臓が燃える様に熱い。全身を包む倦怠の内側で憤激の炎が燃え盛る。

 

 脳裏に浮かんだのは、流れる様に弓を使う妖精弓手の妙技と存外に子供のような笑顔。

 

 脳裏に浮かんだのは、女神官の困ったような笑顔と小さなはずなのに大きく見えた背中。

 

 脳裏に浮かんだのは、半死半生となった森人の冒険者の慟哭。

 

 そして吾輩を産み落とした母の…恐怖と絶望に歪んだ顔。

 この手で縊り殺した我が子の……。

 

 

 

 そうだ、故にこそ誓ったではないか

 

 

 

 

 

 糞虫共を一匹残らず地獄へ叩き落してやる!

 

 邪魔をするものは全員ついでに冥府の底だ!!

 

 身体の奥より、あふれ出た怒りが全身に染みわたっていく。

 

 憎しみと怒りが、堪えようもない憤激が怒涛となって体中に満ち溢れる。

 

 殺せ、殺せ、あのクソを殺せ!

 

 吾輩の中の糞虫共が叫んでいる。クズ共は皆、己を顧みず復讐を望む。

 

 ゆえに吾輩は立つ。刺し貫く様な痛苦に全身を苛まれていようと、全身の骨が悲鳴を上げていようと、立ち上がるのだ。

 

 憎悪と執念で魂を燃やせば、肉体はそれに従うのだ。

 

 殺して、殺して、殺し尽くす‥‥!!

 

 この世に蔓延る糞虫共も、盤外の邪神共も、糞虫もどきの腐れ木偶も、吾輩のこの手で皆殺しだっ!!!!

 

 

 

 

 

 時は僅かに巻き戻る。

 

 盗賊騎士の反撃と女神官による聖壁の奇跡による反抗はゴブリンスレイヤー達に逆擊の機会をもたらした。

 

 妖精弓手や鉱人道士の援護により肉薄した蜥蜴僧侶とその使い魔たちが、オーガの動きを止める。

 

小鬼殺し殿(ゴブリンスレイヤーどの)!!」

 

 蜥蜴僧侶の頼もしい咆哮。

 

 その瞬間にゴブリンスレイヤーは矢の如く動いた。オーガの足の間を潜り抜け、足の腱を狙う。

 

 

  (やいば)が止まる鈍い感触。

 

 「浅い」そう思った瞬間に、ゴブリンスレイヤーの勘が全力で危険を訴えた。

 

 思考が加速する。オーガの金棒が嫌にゆっくりと持ち上がるのを小鬼殺しの冒険者(ゴブリンスレイヤー)は見た。

 

 しかし、直後に身体に走った衝撃は、予想よりもはるかに軽いものだった。

 

 何者かがゴブリンスレイヤーをその場から蹴り出したのだ。

 

 ゴブリンスレイヤーの視界に、黒い盗賊胴(ブリガンダイン)の背中が見える。

 

 己が行く小鬼殺し(こおにごろ)修羅道(しゅらどう)

 

 そこに轡を並べる同志でありながら、どこか正体の知れない盗賊騎士。

 

「……ローグ?」

 

 ゴブリンスレイヤーの脳裏に女神官と三人連れ立って買い物に行った時の事が浮かび上がる。

 

 やたら業物を勧めるローグ。一言もしゃべらぬ盗賊騎士の手妻によってだんだんと欲しそうな眼になっていく女神官。その様子を見ていると何故だか穏やかな気分になったゴブリンスレイヤー。

 

「俺が殺されてゴブリンに奪われても困る」

 

 そう返せば、呆れた様子で手言葉が返ってきた。

 

≪貴殿一人なら、そうかも知らぬが、吾輩と女神官もおる。もし奪われても必ず奪った糞虫共を捻り殺して進ぜよう≫

 

「そうですよゴブリンスレイヤーさん、もう一人じゃないんですから」

 

 女神官の珍しく荒む事の無い朗らかな笑顔。

 

≪貴殿は死なぬ。吾輩が死なせぬ≫

 

「そうか」

 

 そんな回想を打ち破るように、盗賊騎士に凄まじい勢いでオーガの棍棒が叩きつけられる。

 

 きしむ様な金属音と共に辺り一面に眩い火花が飛び散る。

 

 何たる技量の冴え。

 

 恐るべき速度にて振るわれたオーガの棍棒。

 

 その側面に叩き付けられた小盾(バックラー)猟刀(メッサー)が、オーガの一撃を大地に堕とす。

 

 想定外の角度から加わった力によって、オーガの棍棒は標的を外して地面へとめり込んだ。

 

 その粉塵の中。体勢を取り戻したオーガの巨大な武器を相手に、ローグと思しき影が激しく打ち合う。

 

 金属音と重厚な風切りの音、そして星のように舞い踊る火花。嵐の如き剣風を巻き起こしながら一進一退の攻防が続く。オーガの強大にして豪速の棍棒が荒ぶる。その横面をはたく様に叩きつけられる盗賊騎士の猟刀(メッサー)小盾(バックラー)

 

 だが、その膠着も長くは続かなかった。

 

 相手はオーガだ。長身を誇る盗賊騎士や蜥蜴僧侶のさらに倍の身の丈とそれに相応しい剛力を持つ怪物である。

 

 

 一際大きな金属音と派手に飛び散った火花を切り裂いて、空中に弧を描いて何かがゴブリンスレイヤーの視界に、入る。

 

 飴細工のように圧し曲がった猟刀(メッサー)の刀身。激戦を経てなお折れぬ業物が、地面に落ちて甲高い音を立てた。

 

「ローグさん!」

 

 女神官の悲鳴。粉塵の中を切り裂く様にオーガの足が、まるで小石でも蹴飛ばすかのように盗賊騎士の身体を吹き飛ばした。

 

 大柄な体が木の葉のように宙を舞い、ものすごい勢いで瓦礫の山に突っ込んでいく。

 

「ローグっ!!」

 

 気づけばゴブリンスレイヤーは叫んでいた。盗賊騎士はピクリとも動かない。

 

「ふん、名高き沈黙の聖騎士も所詮は我の敵ではないな!」

 

「よくもっ!!」

 

 怒りに燃えた妖精弓手が凄まじい速射で弓を連射する。放たれた矢がオーガの眼球を貫く。

 

「羽虫が、うっとおしい!!」

 

 だがその矢をものともぜずに振り抜かれたオーガの棍棒が地面を掬い上げる。

 

 巻き上げられた瓦礫が雨のように妖精弓手へと向かう。

 

「きゃぁぁっ」

 

 大量の瓦礫が妖精弓手が居た場所に突き刺さる。

 

「大丈夫か森人」

 

 鉱人道士が叫ぶ。

 

「死ぬかと思ったわよ」

 

 妖精弓手が怒鳴り返す。どうやらとっさに高台から飛び降りたようだ。

 

「そこの小娘」

 

 オーガが女神官をねめつけた。

 

「小癪な真似をしてくれたな。もっともそのせいでもう奇跡も使えまい」

 

 そう言葉を切るとオーガは一層下卑た笑みを浮かべた。

 

「ハラミ袋か単なる餌か、そこな森人の小娘共々、新しく集めたゴブリン共の慰み者となるがいい。

貴様らは四肢を砕いてその様子をたっぷり見せてやろう」

 

 オーガがゴブリンスレイヤー達を見ながら哄笑する。

 

 妖精弓手の顔が一瞬青ざめた。先の森人の冒険者の末路を思い出したのだろう。だがそれでも妖精弓手は気丈にオーガを睨み返した。

 

 ゴブリンスレイヤーの脳裏に呪われた記憶が甦る。自分を床下に潜り込ませた姉の姿。

 

 だがそんな事はさせない。

ゆっくりとオーガに覚られぬように雑嚢に手を伸ばす。もはや切り札を切ることに躊躇などない。

 

それにこのオーガは仲間の仇である。

 

だがゴブリンスレイヤーは失念していた。己と同じ怒りと絶望を胸に抱えるものが、オーガの言葉を聞き流す訳がないことを。

 

 ベキリと石畳が砕ける音がした。

 

「え?」

 

 女神官が驚きの声を上げる。ゴブリンスレイヤーは釣られてそちらを見た。

 

 ギシギシときしみを上げるのは変形した盗賊胴の板金か。鎖綴りの隙間から赤黒い血が流れだしていた。

どす黒い血潮は体のあらゆるところから流れ出し、地面に滴り落ちて赤い水たまりを作る。

 

「貴様…あの程度では死に切れぬと言いたいか」

 

 オーガが歯をきしませながら笑う。

 

 無言の盗賊騎士はよろめきながら、それでも立ち上がった。 

 

「…ローグ」

 

 ゴブリンスレイヤーの問いかけにすら答えない。満身創痍は一目瞭然。にも拘らず、この盗賊騎士は立ち上がった。

 大丈夫か‥‥そう声を掛けようとして、言葉が出なかった。

 

右手はあらぬ方向に曲がり、盗賊胴の胸部が無残にもはじけ飛んでいる。鎖綴りの口元と思われる部分が、血で真っ赤に汚れていた。あの凄まじい攻撃を受け続けて、それだけで済んでいるのが奇跡ともいえるが、重傷であることに変わりはない。

 

 だと言うのに何故。

 

 なぜこれほどまでにこの男は。

 

 ゴブリンスレイヤーは盗賊騎士を真っすぐに見た。本来であれば大敵を前にして敵に非ざるものを観察している暇などない。

 

 だと言うのに思わず目を惹かれてしまったのは…思わぬ共感の情に出会った故であろう。

 

 言葉など一言もない。目すら見えぬ。しかしてその立ち姿は雄弁であった。

その身体より立ち出づるものが、ゴブリンスレイヤーにはハッキリ見えるような気がした。

 

 全身よりあふれ出でる憎悪と憤激。立ち昇る炎の如きそれ。

 

 いささかの怯えも絶望もない。それらの感情をすべて火にくべてしまったのだろうか。憎悪だけが燃え盛っている。

 

 荒い息をつきながら、雑嚢に手を突っ込んだ盗賊騎士がいくつかの小さな壺を掴みだし、鎖綴りを僅かに掻き上げて、それを干す。

 

 手からこぼれた小さな壺が地面に落ちて砕け散る。色とりどりの破片は色付けされていた故だろう。回復薬、気付け、強壮剤のあたりか。

 

 その手がやにわに動いて手言葉を作る。

 

『奴、我、殺す、策あり』

 

 片手のみのたどたどしいものではあったが、そこに込められていた必殺の意思は紛う事なきものだ。

 

 鎖綴り故に表情は見えぬ。しかし全身より立ち上るような殺意の焔をその場にいた全員が幻視していた。

 

「…やるぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、ローグを除く仲間たちが驚愕の視線を向けた。ゴブリンスレイヤーには自身ですら理解しきれぬが確信めいたものがある。

 

 今だその正体の知れぬ盗賊騎士。しかし一つ確かな事がある。これまでかの盗賊騎士は行動でそれを証明してきた。

 

 

 すなわち盗賊騎士(ローグ)が殺すと宣言した。ゆえに結果は至極明瞭。何をどう転がそうとも相手は死ぬのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーは緩やかに歩き始めたローグの左手が、器用にも作戦のあらましを簡潔に伝えるのを見た。

 

 作戦と言うにはあまりに無謀で、ただの博打でしかない手はず。

 

 だが、ゴブリンスレイヤーに否と言う選択肢はない。

 

 ローグが唐突にあらぬ方向に曲がった自身の利き腕を無理やり元の場所に直した。乾いた音がわずかに広間に響く。相当な苦痛であるはずなのに呻き声一つ上げはしない。

 

 

 それでも満身創痍であることは間違いない。であるにも関わらずその歩みは痛々しさよりも恐ろしさを感じさえした。

 

 その総身から立ち上る凄絶なまでの殺意が、天蓋を焼き焦がさんばかりに燃え盛る巨大な焔を幻視させる。

 

「まだ、やる気とは誉めてやろう。だが、愚かだ」

 

 余裕を持ったオーガの言葉を一顧だにせず、ローグは俊足を以て迫った。途中地面に落ちた古き鋼の斧を右腕で掬い上げる。

 

 だが、折れたる腕の悲しさか。手よりすっぽ抜けた斧は空中へと跳ね上がった。

 その様子を見たオーガが嘲笑と共に巨大な棍棒を振り下ろす。

 

「それが奥の手か道化め!!」

 

 無慈悲なオーガの一撃。だが、その瞬間にローグの体が消えた。

 

「なっ!? ぐがァッ!!」

 

 膝で歩くが如き低重心でオーガの懐へと飛び込んだローグが蛙のように飛び上がる。

 強靭な両足の跳躍の勢いをそのままに、左手の小盾(バックラー)、その中心の鋼鉄製の護拳(センターボス)が弾丸のようにオーガの顎先をかち上げた。

 

 だが、それで終わりではない。

 

「が、あ、アア、ギギギャァァァァァッ!!!!!!」

 

 盗賊騎士は着地した瞬間に持っていた小盾の縁を、これでもかとばかりにオーガの小指に叩きつけたのだ。

 

 爪を砕きその下の骨を砕く一撃。たまらず膝をついたオーガを見て、ゴブリンスレイヤーは走り出していた。

 

 道は出来ている。あとは武器。そうして見ると空中高く跳ね上げられた片手斧が重力に従って落ちてきている。

 

 そのまま全力疾走したゴブリンスレイヤーは盗賊騎士の背中に足をかける。

 一歩、二歩、三、踏み出した瞬間に土台となったローグが大きく背中を跳ね上げる。

 

 その背を蹴ったゴブリンスレイヤーの手に収まるように鋼鉄の片手斧。ゴブリンスレイヤーが空中でそれを受けると、オーガの頭はそのはるか下にある。

 

 ふと顔を上げたオーガが信じられないものを見たような顔で硬直する。

 

「…馬鹿め」

 

 うっそりとした呟きと共に、ゴブリンスレイヤーは斧の柄を両手で握りしめ、オーガの額に叩き込んだ。先ほど、剣で切り付けた瞬間とは比較にならぬ程、斧は容易にオーガの頭骨を突き破り脳髄へと到達した。

 

「うがぁぁっァァァァ! うぎギギぎぎギギッ!!」

 

 目と鼻からおびただしい量の血を噴き出しながら、オーガが懐に着地したゴブリンスレイヤーに掴みかかろうと迫る。

 

 

「助太刀いたす!!!」

 

 

 刹那、凄まじい咆哮が上がると同時に、大柄な影がゴブリンスレイヤーの背後に立ち、突き出されたオーガの腕を受け止めた。

 

 いつの間にか近づいていた蜥蜴僧侶が、盗賊騎士と共にオーガの巨大な腕を押し返していた。

 

 盗賊騎士と蜥蜴僧侶が踏みしめる石畳が砕け散る。その全身を二回りも膨らませながら、全霊の怪力をもって膠着を作り出す。

 

 そのすきにゴブリンスレイヤーは真横に転がってその場を脱する。

 

「…………ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

「AHHHHHHHHHH!!!!」

 

 すさまじい勢いで隆起した筋肉から血が噴き出し、盗賊騎士の折れた右の腕からは骨が見えている。だがその状態を物ともせずに、二人の益荒男はオーガを前方に引き倒した。

 

 声なき咆哮を上げ、盗賊騎士はそのままオーガの髭を掴むとその額に向かって己の頭を叩きつけた。

 鐘を打つような音があたりに木霊し、鉄帽子の鋼鉄製のひさしから火花がきらめく。

 

「うぎッ! うぐッ! ギギギギギギッ!!」

 

 ゴブリンスレイヤーが撃ち込んだ古き鋼の斧 (やいば)を楔にして、盗賊騎士はオーガの頭蓋を叩き割り、破片を押し広げた。

 

「GRRRRRR」

 

 鎖綴りがオーガの角に掛かるそのまま露出した脳髄に顔を近づける。

 

 おびただしい血と共に、肉の千切れる音が響く。

 

「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっっっ!!!」

 

 べちゃりと肉片が地面に落ちる。盗賊騎士が脳髄を喰いちぎったのだ。

 

「あ、あ、あんた何してんのよ!!」

 

 高台に上がった妖精弓手が叫びと共に矢を放つ。強靭な大弓から放たれた矢が、脳髄を容赦なく貫いた。

 

 だが、盗賊騎士は構わず、オーガの脳髄に喰らいつく。

 

「ローグさん……うっ」

 

 その場を見ていた女神官が顔を背けてえずく。

 

 ゴブリンスレイヤーは黙って自身の中途半端な剣を抜いた。

 ローグの背後に近づくとそのまま剣を突き出した。

 

「ローグ、もう終わった」

 

 柄まで脳髄に埋まった剣をこねくり回して引き抜く。

 びくりと巨体が断末魔の痙攣をおこす。

 

 だが、それ以上は動かなかった。妖精弓手、蜥蜴僧侶、鉱人道士と言った面々も集まってきた。

 

「ローグ殿、とりあえず手当をされては如何がだろうか」

 

 蜥蜴僧侶が穏やかに言う。

 

「あんた、何考えてんのよ!!」

 

 その言葉を断ち切るように大声を上げたのは妖精弓手だった。

 

「おい、落ち着かんかい」

 

 鉱人道士がとりなそうとするが、まるで聞く様子はない。

 

 

「そんな変なもの食べて、お腹壊したらどうすんのよ!!!!」

 

「そこなんですか・・・」

 

 女神官が顔をひくつかせながら呟く。

 

「む? 森人どのには馴染みが無いかもしれんが、拙僧らからすれば、殺した敵の心臓を食らうのはごくありふれた習俗ですぞ」

 

「うげぇ、まあ神へ贄にするくらいなら分からんでもないがの」

 

 鉱人道士が呆れたような眼で蜥蜴僧侶の方を見た。

 

「うーむ、前にあった獣人(パットフット)の戦士には理解をしめしてもらえたのだが‥‥」

 

「だいたい、今回は脳みそでしょうが」

 

「あの、そういう問題ではないとおもうんですが‥‥」

 

『では首級と共に心臓も貰い受けるとしよう』

 

「もう好きにしてください。首でも心臓でも持っていけばいいんです」

 

 盗賊騎士が片手で器用に手言葉を作ると女神官が呆れたような眼をした。

 

「おお、では拙僧が摘ってしんぜよう」

 

 まるでリンゴでも取りに行くかのように牙の刀を片手に歩いていく蜥蜴僧侶の後ろ姿を、女神官があきれ顔で見送っていた。

 

「…賑やかだな」

 

 ゴブリンスレイヤーが誰に言うでもなく呟く。

 

「そうですね」

 

 女神官が朗らかに笑った。

 

「賑やかなのは嫌ですか?」

 

「俺は一人なのが当たり前だった」

 

 ゴブリンスレイヤーはうっそりと答えた。

 

「だが、最近悪くないような気もしている」

 

「そうですか」

 

 ゴブリンスレイヤーの答えを聞いて、女神官は花が咲く様な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 押っ取り刀で駆け付けてきた森人達にあとを任せ、ゴブリンスレイヤー達は帰路に就いた。荷台に乗ったオーガの首級を見て、御者がぎょっとした顔をしていた。

 

「大体、無理しすぎなのよあんた。ゴブリンスレイヤーやこの子の事を信頼しているのは分かったから、

もっとあたしたちの事も頼りなさいな」

 

 血みどろになった鎖綴りに指を突き付けながら、妖精弓手はがみがみとローグを叱った。

 

「あれに物怖じせんところは素直にすごいと思うのう」

 

 その様子を横目に鉱人道士がボソッと呟いた。

 

「道士殿は恐れるのですか? かの御仁を」

 

「ああ、恐れておる。と言ってもわしが恐れているのは彼奴の古き鋼よ。鋼の英知をもたらした神は戦いを好むと聞く」

 

「かの御仁の戦いぶりはそのせいだと?」

 

「さあ、そうかもしれぬし、そうではないかもしれぬ。どちらにしろ面白い連中よ」

 

「然り、然り」

 

 鉱人道士と蜥蜴僧侶は互いに笑いあった。

 

「さて、そろそろ助けてやるかの」

 

 そう言うと鉱人道士は妖精弓手に声をかけた。

 

「おい、金床のもうそのくらいにしとかんかい。そんなにギャンギャン吠えられては治るものも治らんわい」

 

「金床って言うんじゃないわよ。ヒゲダルマ!!」

 

「なんじゃと!」

 

「なによ!」

 

「やれやれ、騒々しさが倍になり申したな」

 

 蜥蜴僧侶がゴブリンスレイヤーに水を向けると女神官が口元に指を立てて目くばせした。

 

 良く見ればうつむいたゴブリンスレイヤーと盗賊騎士の体が緩やかに上下している。

 

 蜥蜴僧侶は珍しいものを見たという顔をすると、やいのやいの言い合ってる鉱人(ドワーフ)と森人へ視線を向けた。

 

 

「お二方とも、そろそろ静かにされよ。御仁を休ませてやらねば」

 

「む?」

 

「あら? まあがんばったものね」

 

 妖精弓手は盗賊騎士の方を見てしかたなさそうにほほ笑んだ。

 

「あんたたち、いつもこんなのばっかりなの?」

 

 妖精弓手が女神官の方を見る。

 

「今日はちょっと大変でした」

 

 女神官はそう言うと、困ったように笑い返す。

 

「あれで、ちょっとって……。あなたも結構とんでもないわよね」

 

「そ、そんなことは…」

 

 妖精弓手のジトっとした視線に耐えられなくなったのか、女神官が目を反らす。

 そんな女神官を見て妖精弓手がクスリと笑った。

 

「いつか、あたしが本当の冒険に連れてってあげるわ。わいわい大騒ぎして、ワクワクして、今まで知らなかった何かを見つける…そんな冒険にね」

 

「はい、楽しみにしてます。きっとお二人も」

 

 花の咲く様な笑みを浮かべた二人の乙女は、眠りこける男二人を優し気に見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか結構難産でした。ほとんど7割くらい書きあがった状態で、右往左往している情けなさ。やはり自分の未熟さを感じます。まあ読みに来てる方は美麗な文章ではなく性癖にガッツリ嵌ったので仕方なく読んでいるのは重々承知ですが、
それはそれとして反省する今日この頃。
劇場版はまだ見てないんですが、またゴブスレ界隈の二次創作が元気になってくれると嬉しいです。

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