ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
オーガを倒した後、疲れ果てた私たちは帰りの馬車で泥のように眠りました。
街へと戻ったローグさんは満身創痍の体を引きずりながら、一人宿へと向かいます。私は、そんなローグさんを放っておけず宿まで送っていきました。
宿は郊外の方にあって、広めの部屋のいたるところに大型の斧や小型の鶴嘴のような戦槌が掛けられて、ちょっとした武器屋さんかと思いました。冒険者の部屋などそんなようなものなのでしょうか。机には調合道具らしきものがごちゃごちゃと置かれ、冒険に関連するもの以外は何も無いようでした。
私に構う事無く、ローグさんは机の上から、大びんに入ったポーションらしきものを拾い上げ、それをラッパ飲みしました。それから器用に一人で添え木を当てて、包帯を駆使して腕を吊ってみせたではありませんか。
その早業と手管は「凄い」と言う以外ありませんでした。ローグさんは手品師か何かの修行もされていたのでしょうか。引き比べて私はと言えば、神官であるというのに、本分たる治療すら手伝う事もできず、情けないやら早業に驚きを通りこして呆れるやら、あの時の私の頭の中はゴブリンが辺り構わず荒らしまわった後のようになっておりました。
してみると、ずっとお一人で戦い、あのようにお一人で手当てをされていたのでしょう。その時も当たり前のような手馴れた治療の技がなんだか寂しく見えました。
そうそう、あとでこの話を妖精弓手さんにすると、なにやらむくれて可愛らしかったです。「手当ぐらい素直に受けなさいよ」とかポツリとこぼして…頬を膨らませていました。妖精弓手さん、ローグさんには真正面から言わないと伝わりませんよ。
言葉は胸に秘めるだけでは何も伝わらないんです。
ローグさんほどではないとは言え、軽くない怪我を負い装備の手入れや修復も必要だった私たちの徒党は数日ほど休みを取ることになりました。久方ぶりの休日、小鬼の殺し方をやきもき考えずに歩ける外出のなんと清々しい事でしょう。しかし、非常識な日常は結局私を開放してはくれませんでした。
最初は妙に背の高い修道士さんが歩いてくるな~と思ったんです。
しかも真っ黒なローブの上からでもその下が筋骨隆々としている事が嫌でもわかりました。ローブのフードを目深にかぶって、腰にはボロボロの真紅の
い、いえね、別に会いたくなかった、とかそういう訳ではないんですよ。本当ですよ。ただ、大冒険の後の休日くらいはゆっくりしたいと言うか、そっとしておいて欲しいと言うか。
とにかく、私は「このまま見なかったことにしろ」と叫ぶ心の中のもう一人の私を殴り倒して、悪魔の誘惑を振り切りました。それで、まあ、きちんと駆け寄ってご挨拶しようとしたんです。近くによってフードの隙間から顔を見た瞬間、正直に白状すると私は誘惑に乗らなかった事を後悔しました。
人間って、信じられないものを見ると一瞬時間が止まるみたいです。頭が理解を拒むと言うのか、なかなか現実を受け入れられなくて、なんとか受け入れずに済む方法はないかと足掻いてしまうのです。まあ当然あるわけないんですけどね。
むしろ、悲鳴を上げなかった自分の事を褒めてあげたかったです。何故か走馬灯のように色んな人の顔が頭に浮かびました。最近仲間になった妖精弓手さん。蜥蜴僧侶さんと鉱人道士さん達に、ギルドでよく会うようになった女魔術士さん。……そしてゴブリンスレイヤーさん。
みんな流石に驚くはずです。知り合いだと思ったフードの中から、夜話の殺人鬼のようなズタ袋の覆面が出てきたら……。正確には麦や穀物を入れる麻袋の目の部分と思しき場所に穴を空けたものです。とはいえ当人には覆面のつもりなのでしょう。
そう言えば最初にあった時に「呪いで二目と見られぬ面相になった」みたいなお話をしてくださいましたっけ。目の部分と思しき袋の穴の奥は不思議と闇に閉ざされ、時折、鬼火の如き眼光が垣間見えます。
とっさに「寄りにもよって、なんでそんな殺人鬼めいた格好なんですか?」と反射的に問いただしたくなりましたが、我慢します。もちろん聞きたい事は他にも山ほどありましたよ。「もしかしてそれが私服なんですか?」「それと甲冑以外服は無いんですか?」「これから湖畔の保養地にでも行って、若い男女を殺して回ったりするご予定が?」いろいろな疑問が頭をめぐりましたが、もはや言葉も出ません。
どう見ても若者向けの夜話に出てくる殺人鬼です。その不気味なズタ袋の顔に空いた黒い穴がこちらをじっと見据えて来るじゃないですか! 取りあえず悲鳴を飲み込めた事は褒めて頂いて良いと思います。
「そこで何をしとるか!!」
凛とした誰何の声は女騎士さんでした。余人の介入があった事に安堵する反面、いくら普段着のセンスが救いようが無いとしてもローグさんは大切な仲間です。
誤解? じゃない気もしますが、誤解なんです。多分。きっと。そうならいいな。とりあえず、そのままにしておくわけにもいきません。慈悲深き地母神様。でないと阿鼻叫喚の地獄絵図が実際のモノになるのではないか、と言う危惧を捨てきれない弱い心の私をお許しください。
「あ、あのすみません。その、この人、こんな怪しさしかない格好してますけど、わたしの仲間で……」
女騎士さんはいつもの凛々しい表情からは考えられないくらい、目を剝くと、顔全体で信じられないと言わんばかりの表情を作っています。
もちろん私だって信じないで済むなら幸せです。が、どっこいこれが現実な訳です。
「おまえ、正気か…!?」と言う女騎士さんの声が聞こえてくるような気さえしました、
女騎士さんの全力で胡乱な眼が、上から下まで
ふと、女騎士さんの視線が腰の部分で止まりました。
「…そのサッシュに、その斧……」
何やら考え込むと、女騎士さんは唐突に顔を上げて叫びました。
「まさかお前、盗賊騎士か!?」
「へ?」
あまりにあっさりと看破した女騎士さんの問いに、
「貴様、もう少し格好に気を使った方が良いぞ。まるで夜話に出てくる殺人鬼ではないか」
先ほどとは打って変わって気安い態度でカラカラと笑う女騎士さん。さすが騎士様は怖いもの知らずですね。その時はそんな風に感心したのを覚えています。
『失礼した』
と革手袋に包まれたごつい指が流ちょうに手言葉を作ります。
「ふむ、まあ気にする事でもない。昨今は風変わりな冒険者にも慣れてきた」
慣れた原因は目の前の方と、その相棒なんでしょうが言わぬが花です。
ふと気になって、私は女騎士さんに尋ねました。
「あの、手言葉がお分かりに・・・?」
「え、あ、ああ。せ、騎士たるものの嗜みでな…」
何やら歯切れの悪そうな返答。
そう言えばローグさんの師である「沈黙の聖騎士」様は「騎士の理想を鋳型に神が鋳造された騎士像」とまで言われた掛け値なしの英雄です。聖騎士を目指す女騎士さんにとっては憧れの人なのかもしれません。
こちらの思索など意に介した風もなく、
『ちょうどよかった。貴殿に渡すものがあるのだ』
ごそごそと紅いサッシュの中に手を突っ込むと、何やら封筒のようなものを取り出します。
『貴殿のための手紙だ。受け取って欲しい』
流れるように手言葉と共に、その封筒を女騎士さんへ突き出しました。
「「ふえッ!?」」
目の前で起きた理解不能な事態に、私と女騎士さんの口から悲鳴にも似た声が漏れます。混乱冷めやらぬ頭のまま、女騎士さんを見れば、同じく驚愕を顔に張り付けて絶句しています。封蝋に押し付けられた紋章を物凄い顔で凝視していました。
「な、こ、これは」
女騎士のたどたどしい問いに、
思わず私まで頬が熱くなってきます。ま、まさか恋文なのでしょうか。「ゴブリンスレイヤーさんが小鬼の保護活動を始めるくらいありえませんよ」と心のどこかで冷静な自分が諭す声がしたのは内緒です。
それはそうなのですが、どうせこの朴念仁極まりない方にそんな事は全く期待できないと分かっているのです。それでも、目の前で起きた事態に期待したくなるのが女心と言うものではないでしょうか。
なんて太平楽に考えていたのだから、我ながら呆れます。私も若く、相応に愚かだった。あの方にとって色恋と言うモノはそんなに軽々しい問題ではない事を、あの時はまだ知らなかったのです。
「お手紙…ですか」
「まさか、本当に、現実なのか・・・こんな!!!!」
ぶつぶつと呟きながら、女騎士さんは震える手で手紙を何度も見返しています。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「わひゃぁん、だ、だ、大丈夫だ」
声をかけると女騎士さんが悲鳴のような声を上げたのでビックリしてしまいました。もしかして本当に恋文なのでしょうか。
「ローグ、邪魔して済まなかったな。私は退散しよう。この礼は必ずする。ありがとう」
飛び上がらんばかりに駆け出していく女騎士さんの後ろ姿を私はただ呆然と見送っていました。
一方のローグさんと言えば、恋文を渡したとはとても思えないほど平然としています。
もっとも、この怪しいずだ袋のせいで顔は見えない訳ですが。
それでもなんとなく雰囲気でわかるのはやはり慣れてきたと言う事なのでしょうか。
「あの...」
私が声をかけるとずだ袋の頭が、グリンッとこちらに向き直りました。ここで悲鳴を上げなくなった辺り、やはり私はこの人に慣れてきたんだと感じます。
「あの手紙は一体」
聞いてはいけないと思いつつ、なんとなく「色恋沙汰の手紙ではない」と言う確信もありました。
『かの女騎士が我輩の師に宛てた手紙。その返事である』
なんと言うか、ある意味で予想を裏切らない答えでした。つまるところファンレターのお返事と言う事なのでしょう。
そう思えば、女騎士さんの反応もなにやら理解できるような気がします。
「そう言えばローグさん。怪我の方は大丈夫なのですか?」
私がそう訪ねると、ローグさんは無言で頷きました。直後にぶわんと顔に当たる風の感触。
ローグさんが折れている筈の右手をぐるぐる回して見せるではありませんか。
「わぷっ、わ、わかりましたから。もう大丈夫ですから!」
私が必死にそういうと、ローグさんはピタッと腕を回すのをやめました。
「もう、治りたてで無理をしては行けませんよ」
私の言葉にローグさんはコクリとうなずきます。
普段は頼りになる騎士様なのに、変なところで幼子のよう。やっぱり不思議な方です。
失礼なお話ですが、私はその時、昔地母神の神殿に迷い込んできたワンちゃんの事を思い出してました。
一見、狼と見紛うような立派な体躯と鋭い顔立ち。それにして妙に人懐っこい。
とても大きくて賢い子でしたが、とてもやんちゃで…。
そう言えば、あの子の宝物置き場を掘り返したら人間の子供の頭蓋骨と思しきものがいくつも出てきて、神殿中が大騒ぎになったような事がありましたっけ。
最終的には全て小鬼のものと分かって事なきを得たんですが。
それからあの子なりに何かを学んだんでしょう……。
今度はしっかりと喰いちぎった小鬼の首を見せに来るようになりましたっけ……。シスター達の悲鳴は今でも耳に残っています……。
犬は育てた相手に似ると言いますが…………。
やめましょう。これ以上は誰も幸せにならない気がします。
「そ、そう言えば、今日はどうされたんですか?」
『あの木偶に得物を折られた故、代わりのものがないかと思ってな』
オーガとの壮絶な打ち合いによって折れたローグさんの
そしてもう一つ。どうしてオーガの一撃を受けた時、貴方は笑っていたのでしょうか。
さすがに冒険者の町だけあってこの街の武器商店はかなり大きいみたいです。
ゴブリンスレイヤーさんの甲冑や私の鎖帷子もこちらで面倒を見てもらっています。
ローグさんもなかなか注文の煩いお客さんなようで、あの気難しそうな武器屋の店主さんが四苦八苦して、私に助けを求める様な視線を投げかけてきたことは一度や二度ではありません。と言うより最近では私の顔を見るとあからさまにホッとした顔をするのは何故なんでしょうか。
「王都の武器屋じゃねーんだぞここは。そんなにホイホイ、ドワーフが鍛えた武器なんぞでまわらねえよ」
げんなりとした様子で答えたのは武器商店のおじ様です。
「そう言えばローグさん。この間ドワーフの鍛えた片手剣を買っていらしたと思うんですが」
『あれは吾輩には軽すぎる。そもゴブリンスレイヤーのために見繕ったのに吾輩が使っては元も子も無かろう』
「聖銀の武器はお使いにならないんですか?」
『あれもいささか軽くてな、吾輩の好みではない』
「そういうものですか」
『吾輩が信ずるのは鋼のみ』
流暢に形作られた手言葉の中には、信念めいた重みがありました。武器だけは良いものを使う、と言うのがローグさんの拘りらしく、こうやって毎回店主さんを困らせていました。
もちろんローグさんの方にも理由があって、力の強く体の大きなローグさんが使うと下手な武器だとすぐに壊れてしまうようなのです。
「何をしている...」
「あ、ゴブリンスレイヤーさん」
振り返れば、見知った鉄兜が目に入ります。
いつも通りの鉄兜に布の平服を着た姿は、なんとも奇抜です。とは言え殺人鬼めいた格好のローグさんと話していたせいか、そこまで違和感と言うか驚きがありません。
「そう言えばどうされたんですか」
「武器を買いにきた」
そんな私の問いにゴブリンスレイヤーさんはいつもの通り、静かに答えました。
「ドワーフの鍛えた鋼か聖銀の武器はあるか?」
「え?」
「め、珍しいじゃねえか。おめえがそんな武器欲しがるなんてよ。どこぞの盗賊もどきに当てられたか」
「俺のではない。今日は下見をと思ったのだが、丁度良かった」
鍛冶屋さんの軽口も柳に風と言った調子でゴブリンスレイヤーさんがローグさんに向き直りました。
「ローグ、お前はどんな武器が良い?」
ローグさんがきょとんとしているとゴブリンスレイヤーさんはやや気まずそうに、
「お前が武器を失くしたのは俺にも責任がある」
『貴殿を死なせぬのは我輩の勝手だ。貴殿が頓着するほどの事ではない』
「そうか」
『我輩は糞虫どもを滅ぼす。貴殿がいれば仕事が捗る。ならば貴殿を守ることに痛痒などありえぬ』
「………」
なんだかゴブリンスレイヤーさんの背が心持ち沈んだように見えました。
「盾ならあるぜ」
沈黙を破ったのは武器屋さんの一言でした。
「頑丈な樫の古木から切り出した板にミスリルの薄板を打ち重ねたバックラーだ。お前さん好みの品だと思うぜ。お前さん以前盾は消耗品だって抜かしてたろ」
どうやらそのために用意していたようです。
「…いくらだ?」
ゴブリンスレイヤーさんは全く迷いませんでした。
『なれば、貴殿に甘えるとしよう』
簡潔な言葉とは裏腹に、ローグさんはとても嬉しそうでした。
そんな二人を見ていた私もとっても幸せな気分になれた一日でした。
そんな一日が本当に大切で……。「ずっと続いて欲しい」と、私は願っていたのです。
長らく更新空けてしまって申し訳ありませんでした。完結まであともう少し、皆さんもう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
さてさて今回は女神官さんの回想でした。一体どのくらいの未来なのかは秘密です。
ちなみにローグの体格(ゴブスレさんより頭一つ高いので190~200㎝くらい)だと標準的な長さの剣でも「短めな剣」になります。ゴブスレさんが好んで使う剣だと感覚としては長めの短剣くらいですね。
だから割と本人的な「軽くて取り回しの良いもの」を使ってるつもりだったりします(笑)
しかも標準的なゴブリンはとてもちょうど良い位置に首があるので、
スパスパ首を飛ばすわけです。
因みに師匠である沈黙の聖騎士様はローグよりさらにでかい(蜥蜴僧侶さん(角無し)と同じくらい)ので、オーガに混血と間違えられた事があります。
オーガ「いずれの氏族の戯れかは知らぬが裏切りの血め」
沈黙聖騎士「?」
オーガ「混血とは言え、貴様もオーガの戦士。楽しませてもらうぞ」
沈黙の聖騎士『ローグ。混じりっけなしの人間とオーガの違いも判らぬ痴れ者は吾輩一人で十分。手出し無用(オコ』
ローグ(え? 師匠、オーガの混血じゃなくて本当に人間だったのであるか……!?)
その後オーガは沈黙の聖騎士にズンバラリンされました。
ちなみにゴブスレさんのお師匠さんには大笑いされたそうです。