ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
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『行くのだな。我が弟子よ。我が誇りよ』
『師よ。偉大なる我が師よ。与えたもうた全てに感謝いたします。鍛えたもうた全てに感謝いたします。そして、導きたもうた今までの道行きに感謝を……』
『吾輩の教えを己がものとしたのは貴殿の力だ。それが誇らしい』
『過分なお言葉は、この身に相応しくありませぬ。師の歩まれる信仰と言う道ばかりは、ついぞ目を向けようとしなかった不孝者であります故……』
『神を信じられなくとも良い。友を信じられなくとも良い。己以外を信じられなくともよい。己すら信じられぬなら……その手の中の鋼を信じよ。ただ鋼のみを信ずるのだ……。今はそれでよい』
『神などより我が師の教えを信じます。友などより我が師の
『手にあるばかりが鋼ではない。執念の炎に身を焼き、苦難を以て打ち鍛えられし魂こそ真なる鋼なのだ』
『我が醜悪な魂を焼き滅ぼしたとて、必ずや鋼となりましょう』
『己が手中の鋼を信ずるように、己の中の鋼を信じよ。そしていつの日か、誰かの中に鋼を見出し、それを信ずることが出来るよう……その日が来ることを、吾輩はいつとて祈っておるよ』
『……尽きぬご高配とお慈悲に感謝を』
~とある師弟の旅立ちの朝~
冒険者達が集う辺境の街。その郊外に位置する牧場から、さらに森にほど近い平原。
上りゆく朝日に照らされて茜色に輝く空が牧草地を照らしていた。
カコーン、と澄んだ木材の音が静寂を打ち破り、それはだんだんと激しさを増しながら木霊する。
朱く燃える朝焼けの中、木剣で打ち合う二つの影があった。
ボロボロの鉄兜に薄汚れた甲冑姿こそは、
「………ッッッ!」
絞るような呻きと共に、ローグの手にした木剣の刃が凄まじい速度でゴブリンスレイヤーに迫る。
「むぅッ!」
相手の剣を持つ
刹那、ガーンとけたたましい金属音がなり、左腕に括りつけた盾ごと体を弾き飛ばされそうになる。
――盾を打たせれば流るるままに、己が芯は崩すな……。
先ほど受けた講釈の断片がゴブリンスレイヤーの脳裏をよぎった。盾を持つ腕を己が体に巻き付けるように脱力しながら、右に持った木剣を振り上げる。
そこに反応したのかローグの盾が僅かに開く。
「!!!」
地に沈み込むように大股で踏み込んだゴブリンスレイヤーは、木剣の切っ先で己が盾の表面を撫でるように水平に切り上げた。右から打つと見せかけたフェイント。単純であるがそれ故に早い。
「……っ!?」
目の前の盗賊じみた騎士から僅かな呻きが漏れる。ゴブリンスレイヤーの手には確かな手ごたえがあった。
『大変結構』
小盾を裏についた鉤(小盾の裏にはベルトや剣の鞘に引っかけるための平たい鉤がついている)で腰のベルトに引っかけながら、盗賊騎士が器用に手言葉を作る。
「そう、なのか?」
わずかに息を切らしながら、ゴブリンスレイヤーは己が木剣の切っ先を見た。
本来であれば、無防備な太腿の内側に直撃するはずの剣先は、とっさに手首を返したローグの木剣に阻まれていた。
反射による小手先の動きであるはずなのに、ゴブリンスレイヤーの切っ先は微動だにせぬ。
身に着けた技の冴えもさる事ながら、彼の全力の一撃を受け止めてなお微動だにせぬ強靭な筋力。
目の前の冒険者が驚嘆すべき戦士である事を、ゴブリンスレイヤーは再確認させられた。
『糞虫が多少上等になった程度では避けられぬだろう』
そう手言葉を作る盗賊騎士は、鎖綴りで顔は見えぬものの、全体に余裕が感じられる。
やはり、この盗賊めいた騎士はこうした正面からの立ち合いには、滅法強かった。
「そうか」
オーガと真正面から打ち合うような勇士からの賛辞だと言うのに、ゴブリンスレイヤーの胸には何か引っかかるものがあった。
否、それは誤魔化しだ。ゴブリンスレイヤーにはその原因に明らかに心当たりがある。
「傷は大丈夫なのか?」
そう問えば、目の前の冒険者は、ぐるぐるとこれ見よがしに腕を回して見せた。
『休養は十分にとった故な』
そして、そんな手言葉を作る。確かにオーガとの戦いの傷は癒えているようであったが、その負傷の原因こそは、ゴブリンスレイヤーの窮地を庇ってのものである。
あっけらかんと振舞っているが、目の前の盗賊めいた騎士は、あの時オーガに殺されかけたのだ。それを許した己の無力への苛立ちが、ゴブリンスレイヤーの胸に澱のように溜まっていた。
オーガ。尋常の冒険者なら、無残な最期を遂げてしかるべきですらあった。だがそうはならなかった。沈黙の聖騎士なる高名な冒険者に鍛えられ、並々ならぬ武術の冴えと、隆々とした肉体に恥じぬ怪力、そしてその身中に燃え盛る憤怒と憎悪と執念が、陰惨な運命を打ち砕いたのだ。
もし「打ちどころが悪かったら?」「オーガがもっと慢心していなかったら?」この男がいまもこうしてこの場にいる事は無かったろう。
それを考えると、見えない手で腸を、やわりと掴まれるような不快感がある。
一歩間違えれば死んでいたのだ。だと言うのに、目の前の冒険者は恨み言一つ言う素振りもない。ゴブリンスレイヤーとて、己が逆の立場であっても仲間を責めるなど考えもしなかったろう。
しかし、それと「失う」ことへの恐れは別の話だった。かつて「失った」傷は今も癒えてはいない。その「痛み」は、忘れる事など出来はしないのだ。
それが故に、剣術の訓練を願い出たのはゴブリンスレイヤーの方からであった。己が無力を少しでも埋める為とはいえ、頼った相手は当の本人だ。厚顔無恥も甚だしい願いを、盗賊騎士は一も二もなく快諾した。
「……迷惑をかけるな」
ゴブリンスレイヤーの呟きに、鍔広のケトルハットが、小首を傾げるように横に傾いた。
『迷惑? 貴殿が糞虫共を殺す手立てを増やす事を、どうして吾輩が厭うのだ?』
疑問を意味するしぐさと共に、盗賊騎士が手言葉を続けた。
『やはり、基礎があるせいか。貴殿は筋が良い』
「……そうか」
なぜだろう。手言葉で作られた無骨な言葉が、妙に
相変わらず鎖綴りがジャラジャラと鳴るばかりで、その奥の顔は見えない。だが、無骨な手の仕草の一つ一つが、不思議と嘘を感じさせなかった。
――あるいは、本心だと信じたいのか……。
『かわりに投擲を教えると言う約定だ。不公平な取引ではあるまい』
妙に楽し気な手言葉が不思議な稚気を感じさせる。このオトコは時々こういう所がある。
確かに投擲を教えるとしたのは事実だ。文武百般に通じているこの騎士が、騎乗と投擲だけはいまいちだと自己申告を受けた時は、手言葉の解釈を間違えたかと真剣に悩んだほどだ。
「俺が教えることなど差してないような気もするが、それでも全力を尽くそう」
『吾輩は貴殿に学ぶ事ばかりだ』
鍔広のケトルハットの庇が下がり、鎖綴りがまたジャラリと音を立てる。
敬意のようなものを向けられているのは、ハッキリわかった。最初はそれに困惑していたが、最近は妙に背なをくすぐるような感覚がある。それは奇妙ではあるが、悪い感触ではなかった。
ゴブリンスレイヤーは、はるか昔に己が心の奥底に沈めた筈の何かが、少しずつ浮上してくるのを感じていた。
「……っ!!!!」
そしてそれを拒絶する。そんな資格などありはしないのだ。
――お前は無力だった。それを忘れるな。
己の胸中でもう一人の自分が冷ややかに呟く。そうだ。無力であった罪は消えない。
それでも、気づけば絶望と憎悪の中に沈めた筈のものを目の前の男に見てしまう。幼き頃に見た夢を……。
遥かな世界を旅し、魔王やドラゴンと戦う冒険者と言う夢を見てしまう。
それは、幼き時に姉と共に蹂躙されたはずのものだった。はるか昔に心の奥底に沈めた筈の……。
今この瞬間も声なき己が攻めたてる。仲間を守れぬ己の無力を。いまだ小鬼を根絶できぬ怠惰をせめ立てる。
だからと言って、目の前の騎士を「己の為に」遠ざける事など出来るだろうか。これほどの冒険者が己を頼りにし、無邪気に畏敬の念を向けてくるのだ……。
――全く理解に苦しむが……。
たとえ、その見当違いな尊敬に応える事は出来ないとしても、裏切ることなど以ての外だ。
『それでは貴殿、もう一度最初からだ』
盗賊騎士がまた盾を構える。いささかの揺らぎもない巌の如き構え。ここから毒蛇の如き瞬撃が繰り出されるのだ。
「望むところだ」
ゴブリンスレイヤーは己が剣を構えなおす。上背のある相手と戦うなら距離を詰めろ、これも散々叩きこまれたことだ。今度は己から懐へ踏み込もうと、ゴブリンスレイヤーは地を蹴った。
辺境の街の冒険者ギルド。今日とてその場所は人と喧騒に満ち満ちていた。ある者は今日の冒険の計画を話し合い。ある者は自主的な休日を決め込み、受付に併設された酒場で朝からジョッキを傾ける。
景気のいい話もあれば悪い話もある。多種多様な喧騒の飛び交う酒場の戸が唐突に開かれた。
「「「「「「「「……」」」」」」」」
喧騒が一瞬で静まり返った。盗賊の如き甲冑の騎士と薄汚れた鎧兜の冒険者、その後ろをまるで見えない綱でも持っているかのように堂々と入ってくる女神官の姿があった。
「ありゃ小鬼殺しの…」
「また小鬼を獲物にか」
「代書屋ギルドの頭目まで」
「おう頭目、副頭目のねーちゃんが探してたぜ…」
潮が満ちるように、酒場の中に喧騒が戻った。大小のささやきは悪意と言うよりは、困惑と興味、あとは業務連絡の類である。
「あ、猛獣使いの神官ちゃんだ」
「可愛いのに貫禄出て来たよなあ」
「若いのに猛獣引き連れて登場たぁ、肝が据わってるぜ」
酔漢どものからかいも、軽いじゃれあいのようなものである。最初は戸惑っていた女神官も今では歯牙にもかけない。さりとてすまし顔で無視を決め込むでもなく、ただ困ったように笑うばかりである。
「しかしまあ、あの子も成長したもんだ」
「前は言う事を聞かねえデカい犬に引きずり回される飼い主、てな具合だったしなあ」
「それがあんなに立派になってなあ」
「まあ、胸の方は相変わらずだけどな」
「「「「HA!HA!HA!HA!HA!HA! はッ!?」」」」
いつの間にかテーブルの前に立っていた女神官に気がついて、酔漢たちは一瞬にして凍りついた。まだあどけなさの残る少女の顔には、侮蔑や不快感の色など欠片もない。むしろ花の咲くような笑みすら浮かべている。ただ一点、その目は一切笑っていなかった。それが一層恐ろしい。
「……けしかけますよ?」
「「「ひぇっ!?」」」
地を這うような低音の呟きに、酔漢どもの赤ら顔が揃いも揃って青ざめた。
「あ、あの女神官ちゃ、いや、神官様、その、俺たちそんなつもりじゃ…」
「ちょっとからかおうと思っただけで…」
「せ、拙者は別に…」
「た、頼む俺には女房と子供ができる予定が!!」
「そんなの未定だろうが」
慌てふためいた酔漢どもが、我先にと床に這いつくばって許しを請う。
「あ、あの……冗談のつもり、だったんですが……」
「「「「はい?」」」」」
女神官が罰の悪そうな顔でのたまった。
「じょーだん?」
「ジョーダン?」
「上段……ひと思いに唐竹割に…」
「するわけないじゃないですか!! あ、あの、皆さんいくら何でも真に受けすぎですよ!!」
もう、わたしをなんだと思ってるんですか、そう言って可愛らしく頬を膨らませると、女神官はその場を去っていった。
「……あそこまで含めて、可愛いんだよなあ」
「「「分かる!」」」
女神官の後ろ姿を見つめながら一人が呟いた戯言に、残りの酔漢たちが一斉に頷く。主に非常識なパーティメンバー達のせいで、新人にしては妙に名が売れてしまった女神官。そのファン層は非常にディープであった。
「ギルドへようこそ、ゴブリンスレイヤーさん」
酔漢共の喧騒をよそに、奥のカウンターへと進んできたゴブリンスレイヤーを受付嬢は満面の笑みで出迎えた。
「……ゴブリンだ」
うっそりとしたささやきが鉄兜から漏れる。いつも通りの反応に受付嬢は困ったように笑うと、ゴブリンスレイヤーに頭を下げた。
「申し訳ありませんが、本日はゴブリンの依頼はすべて受けていただいた後なんですよ」
「? ……ゴブリンだ」
僅かに小首をかしげて、問い直すゴブリンスレイヤー。そんな彼の姿に、素朴な愛らしさを感じながら、受付嬢はもう一度笑顔で答えた。
「申し訳ありませんが、聞き間違いとかではなく、本当にないんですよ」
目の前の徒党が恐ろしいペースで討伐しているのに加えて、実のところ、最近ゴブリンの依頼は割とスムーズに片付くものが多かった。
現地の獣とかち合ったのか、巣穴を探索したらほとんど殺された後だったり、群れがいても妙に弱体化していたと言う報告は少なくない。派遣された新人冒険者が巣穴を探索しても、もぬけの殻であったため、困惑してギルドに相談に来る事すらあった。
奇妙と言えば奇妙だが、魔物同士の勢力争いは実のところそんなに珍しくないのだ。混沌の種族は基本的に残忍で自己中心的な性格の種族が多い。
ゴブリン自体も例に漏れず、非常に残酷で利己的だ。故に勢力争いなど珍しくもないし、戦いに負けて飛散したり、疫病で全滅する事自体は珍しい事ではないらしい。
何ともなれば、ゴブリンとはこの世界において最弱の怪物と言う立ち位置なのだから。
「……ゴブリンはないのか」
珍しくしばらく逡巡すると、ゴブリンスレイヤーはその場で踵を返そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!! お願いしたい事があるんです!」
カウンターから走り出てた受付嬢は、必死でゴブリンスレイヤーの服の裾をつかんだ。
「昇進試験の立ち会い?」
「ええ、実はもともとの方が急遽都合がつかなくなってしまいまして……」
そう言って受付嬢は上目遣いでゴブリンスレイヤーを見た。平素より数段早い心臓の鼓動。それが声音に出ていなかっただろうか。
――断られたら、どうしましょう。
己の中の不安や緊張を振り払うように受付嬢は深々と頭を下げる。
最近の大きな懸念であったウルトラ朴念仁こと盗賊もどきの昇格審査(と言うより昇格通知だが)もなんとか片付き、残りの昇格審査を終えようとした矢先のトラブルであった。
一難去ってまた一難、とばかりに目が座りかけた受付嬢の脳裏に名案が閃いたのだ。
と言うより「自分でギルドに入ってきた」と言うのが正しいだろう。
昇格審査は生活が懸かっているだけあってトラブルも多い。脅迫や自棄になっての実力行使に訴える者がいないわけではない。故に立ち合いの冒険者は特に信頼を置ける者でなければ頼めない。
そこへ、お目当てのゴブリン退治の依頼が無くて暇になったゴブリンスレイヤーに代役を依頼した、と言うのが事の次第である。
「…………」
「あの、やっぱりその、お忙しいですか?」
相変わらず鉄兜の奥の表情はうかがい知れない。だが、どうも決めあぐねているらしい。
ふと、兜の庇が同行していた盗賊もどきの方をわずかに向く。
「………ふむ。分かった。引き受けよう」
「本当ですか!?」
少しの間の思案の後に帰ってきた答えは了承だった。どうもあの盗賊めいた騎士が決め手になったように見えて、少々複雑である。とは言え、それで受けてくれた嬉しさ頼もしさが消えるわけでもない。
「ありがとうございます。ゴブリンスレイヤーさん!」
花の咲くような笑みと共に出た声音は、必要以上に弾みすぎていなかったろうか。受付嬢は逸る心音を感じながら、ゴブリンスレイヤーにもう一度、満面の笑みを向けた。
とまあ、ここまでなら日常の中でちょっとした幸せに恵まれた話で済んだのだ。だが、残念な事に彼女の賽の目が奮っていたのはそこまでだったらしい。
突然、何を思ったのか盗賊騎士が進み出てると、カウンターの羊皮紙に端正な文字を書き連ねた。
『貴殿らには迷惑をかけた。差支えなければ、吾輩も協力しよう』
「はひ?」
思わず間の抜けた声をこぼした受付嬢を誰も責めることは出来ないだろう。なにせ、意外な人物からの意外すぎる申し出があったのだ。
「え、あ、その」
善意である。まぎれもない善意なのだろう。それに、目の前の盗賊騎士とて信頼のおける冒険者だ。心強い事に変わりはない。むしろ、
「あ、あ、ありがとうございます。それでは、その、よろしくお願いいたします」
何とも釈然としないものを必死で飲み込んで、受付嬢は盗賊もどきに向かって精一杯の笑顔を向けた。盗賊めいた冒険者の鉄帽子が厳かな会釈を返す。
「もしも時が戻せるのであれば、この時の私を張り倒してでも止めました」後年になって、疲れ切った様子でそう語る受付嬢の目は、完全に荒み切っていたと言う。
ダクソ風武器開設
【古き鋼の片手斧】
「古き鋼」で作られた言う北方蛮族の意匠を持つ片手斧。
古いオークの木で作られた柄には古の言葉で火除けの呪文が刻まれている。
古の神より問われし「鋼の秘密」を解きたる者のみが鍛えられる武器。
その刃は鋭く強く、癒えぬ傷と出血を強いる。
大斧と対で作られたと言われ、それを持つ者は片割れを持つ者の居場所や状態が分かると言う。
また片方を投擲すれば、もう片方の元へ帰ってくるとすら言われている。
遅かれ、早かれ、彼らは必ず互いの元へ還る。いかに彼方に放たれたとしても。
縁とは、互いの寄る辺である事に他ならないのだから。