ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
前回も誤字報告ありがとうございました。いやはや汗顔の至りです。
そして温かいコメントの数々本当にありがとうございました。
おかげさまで、また投稿が出来ています。
拝啓、親愛なる兄弟子殿へ
時候の挨拶は略させていただきます。
如何、お過ごしでしょうか。
私は勇者の仲間として、毎日、冒険に明け暮れる日々を過ごしております。
実のところ我々には斥候役がおりませんので、やはり貴方がこの徒党にいれば、と未練がましく考える事も少なくありません。
無論、兄弟子殿を責めるつもりは毛頭ないのです。これはこの未熟な小娘の我がままに過ぎないのですから。
思えば道場破り同然でお師匠様に挑んだ生意気で礼儀知らずな小娘を貴方は一人の剣士として向き合ってくれました。
それを貴方に只一度勝ったところで、慢心して貴方を下に見ていた事も聡明な兄弟子ならばお気づきだったのでしょう。
全く汗顔のいたりとはこの事で、兄弟子殿にはお許し頂いたとはいえ、思い出す度に羞恥が込み上げてまいります。
もし今、あの時の私がいたならま二つにして、愛刀の錆にしているところでしょう。
その後に何度となく剣を合わせましたが、引き分ける日々。
今だから言いますが、日々、成長していく兄弟子殿に置いて行かれないように、必死だったのですよ。
お師匠様の豪快にして精緻な技もさる事ながら、貴方のただひたすらに「先」を求めるあり方は、剣豪小町と言われて天狗になっていたあの頃の私にはとても新鮮でした。
もし、お師匠様に貴方が居なかったなら、私は剣の道の最奥が遥かなりし事は知れても、途方もなく彼方への道を歩むものの在り方は学べなかったと思います。
なにより、私はあの日の事を覚えております。オーガと対峙したあの日、あなたにこの命を救っていただいた。
武者修行と称してお師匠様に挑んだ無礼な小娘を貴方はその身を挺して守ろうとした。
初めての立ち合いであなたに勝った事であなたを侮蔑した傲慢な小娘の為に、命を懸けてくれた。
あの時の私は己一人でなんでも出来るように思っていました。
私に初めて仲間と言うものを教えてくれたのは、兄弟子様だと思っております。
旅立ちの日に、貴方様とは道を分かつことになりました。
それでも、いつの日か貴方の道と私の道が再び交わる日が来ることを願っています。
貴方の生意気な妹弟子 剣聖
石造りの天蓋に閉ざされたその場所は、大河の如き水路を流れる汚水の音、そして無機質と闇に満たされていた。
大都市の地下に広がる広大な空間。さながらそれは「もう一つの水の街」と言っても過言ではなかい。
その闇のなかを進む小さな光がある。先頭を進む盗賊めいた騎士、その後ろには弓を手にした森人、ボロボロの甲冑に身を固めた戦士、光は戦士の腰元から発されていた。
後ろに続くのは小柄な神官、殿を固めるのは大柄な蜥蜴人と鉱人の対象的な二人組である。
水路の両岸に設けられた通路は、小さなカンテラの灯りでは照らしきれぬ程度には広い。
汚物と腐った肉の臭い。地上の都市から排された汚濁が流れ込こみ荒れ狂うその光景は、地上の美しき都市とはまさに正逆の光景であった。故にローグに取ってこの場所な奇妙な懐かしさと、吐き気を催す不快感が同居する場所だった。
その中にでも一際鼻につくのは、闇に蠢く醜いご同輩のそれだ。強烈な汚臭いが腐臭入りまじろうと、それだけはハッキリと分かる。
「いるな」
背後から決然とした声が響く。
明確な痕跡はまだない。だが、糞虫共に鼻が利くものには分かる「臭い」が、ここにはある。
ゴブリンスレイヤーの見立ては正しい。ここは確かに懐かしき故郷の臭いがした。
その刹那であった。汚水の大河の先にぼんやりと何かが見えた。騒々しい水音に交じる耳障りな「言葉」。混沌に属する者たちの中でも群を脱いて低俗な響き、糞虫共のモノである。
――斬り込むには遠いか。
吾輩はサッシュの上に巻き付けておいた斑な色の組紐を解いた。色とりどりの糸を継足し編まれたそれは、しっかりと編まれているが、どの色もくすんでいる。
だらりと地面にのびた紐の中央は袋状に編みこまれており、端に設けられた指貫穴は小指に引っ掛けるためのものだ。
つまるところそれは何の変哲もない投石紐であった。
前回の反省を生かして、弓手は妖精弓手に任せる事にしたのだ。投石紐であれば、弓と比べて嵩張らぬし壊れるリスクも低い。その分精度に欠けるが、それはゴブリンスレイヤーとの修練で補えたはずである。
中央部の広く編まれた部分に素早く自身の拳より少し小さめの礫を乗せる。ふと礫を乗せる手に何かがのったような気がした。
下水道を流れる風によるものか、何故か細い女の手のように感じたが、先刻の出来事のせいか吾輩の中の糞虫が女を求めているようで腹立たしい。
「あの、ローグさんそれは」
脇にいた女神官が、なにか見てはいけないものを見たような顔をしている。
一瞬、吾輩の葛藤を見抜かれたように思ったが、そうではないらしい。何故か吾輩の肩やら背後の方をちらちらと見ている。
神官の癖であろうか、この投石紐を身に着けているとどうしてか神官や魔道に携わるような連中は挙って同じような視線をする。
『投石紐だ。射手に不安は無い故、弓はいらぬ』
女神官が意外そうな顔で、ローグと妖精弓手を交互に見た。
彼女の視線に気づいた妖精弓手が不思議そうな顔をすると、直後にローグの手にある投石紐を見て怪訝そうな顔をする。
「あんた、それ…なんか」
眉間にしわを作って何やら逡巡した妖精弓手は何かを言いかけ、結局辞めた。
「なんぞ、えらい禍々しい感じがするんじゃが…」
「然り、何やら聞かない方が良い所以がありそうですな」
などと鉱人導士と蜥蜴僧侶が囁きあっているのが聞こえる。
妙な邪推をされているようだが、糞虫共の巣窟で拾った女達の髪を撚り合わせて作った「ごく普通の投石紐」である。
「ローグさん。帰ったら絶対に神殿に行きましょうね」
何故か女神官が有無を言わさぬ笑顔を浮かべている。
『気が向かぬな』
手に感じる礫の重みと、うっすらと体にまとわりつくように香る女の匂い。非業の死を遂げた女達の髪の毛を撚り合わせたそれは頑丈で在りながら不思議なしなやかさを備えている。時折、頬を撫でるような風がなんとも複雑な気分にさせた。ともあれ、やることに変わりはない。
片手で抑えていた礫受けに包まれた部分を放る。刹那、全身を鞭のようにしならせた。
ブワンと風を切る音があって、張り詰めた紐の先端が、風の壁を打ち抜き、雷鳴の如き大音響と共に礫が放たれた。
河の如く流れる下水。その薄闇の先で、派手な破壊音と共に悲鳴が上がる。当たったらしい。では狙いはそのままで良い。
次いで放った礫は、バチャンッ、と水を入れた風船を壁に叩きつけたような音を響かせた後に、何かが水に落ちる音が木霊した。
「あんたやるわね」
弓を引き絞った妖精弓手が声をかけてきた。先ほどとは別の意味で気分の悪そうな顔をしている。森人も夜目は利く種族だ。まして射手であれば視力も人一倍であろう。ゆえに見えてしまったのであろう。臓腑を挽き肉のようにされ、骨を粉砕された複数の糞虫共が、のたうち回っている様を。
「やれやれ派手に始めたものよ」
そういいながら導士が己も投石紐に石を包む。奇襲の戸惑いなど長続きするものではない。すぐに反撃が来るはずだ。
刹那、粗雑な作りの矢がまばらに降ってくる。見よう見まねや新米冒険者から奪った安物を修理したりしたもので精度は良くない。とはいえ矢には変わりなく、まして手製の毒が塗られているので侮って良いものではない。
「……聖壁!」
凛とした宣言と共に光り輝く壁が、飛来した矢玉をはじく。
「ありがとねっ!!」
言いながら妖精弓手が矢を放つ。まるで吸い込まれるように矢は糞虫の射手の左目を貫いた。
「船なんて、ほんとにどうなってんのよ」
早矢の命中を当然のように、二の矢をつがえた妖精弓手が叫ぶ。
近づいてきたのは船と言うよりは筏に近い代物だった。とはいえそれなりにしっかり作られているのか、射撃で多少減らした筈なのに、まだそれなりの数の糞虫共がいる。
蜥蜴僧侶が牙を鎌のような刀へと変化させ、ゴブリンスレイヤーに手渡す。ローグはちらりと視線をゴブリンスレイヤーに流した。平素と変わらぬボロボロの鉄兜がコクリと頷いた。
「……斬り込む」
鉄兜の手から小さな壺のようなものが放たれた。糞虫の一匹にぶつかったそれは内部に収められた細かな粉塵を拡散する。小さい埃のようなそれは、一部の香辛料や乾燥させた毒性生物の粉末を調合したものだ。強力な水溶性のあるそれは、手近な水分である糞虫共の目鼻の粘膜に吸収され、激痛と炎症を引き起こす。
たまりかねた糞虫共が床の上で、己が目鼻をかきむしってのたうち回る。何たる妙手! なんたる絶景! 心の中で快哉を上げる。
ゴブリンスレイヤーはその機を逃さなかった。躊躇なく跳躍して「敵船」へと乗り込む。吾輩も遅れじとその背を追う。
鎖綴りの間から見える驚愕に歪んだ糞虫の顔。本当に醜悪で滑稽な間抜け面である。
――間抜けを晒したまま死ね。
袈裟懸けに振り下ろした剣は容易に糞虫を両断した。ずるりと滑り落ちた上半身が臓腑と共に地面に零れ落ちる。
師より賜った古き鋼の片手剣は、その切れ味にいささかの曇りもない。多少鎧のようなものを着ていたようだが問題はない。返す刃で脇の下から刺し貫く。血を振るう要領で糞虫の死骸を振り捨てると、濃密な血の匂いがあたりを包んでいた。
何故だろう。それがいつもより、ひどく心を躍らせる……。
おもむろに手にした小盾に剣を打ち付けた。
透き通った鋼の音があたりに鳴り響わたる。
――聞け
もう一度それを繰り返せば、今度は奇妙な静寂が支配していた。
――聴け!
腹の奥底より、不思議に湧き上がる何かかがある。
――――鋼が目覚める!!
雷光の如く脳裏に響き渡ったそれを、ローグは形容する言葉を持たなかった。
果たしてそれは音として響いたものか、それともこの不可思議な現象に酩酊する脳髄が見せた幻か……。
いずれにせよ、その「声」はこの汚濁に満ちた空間全体を震わせたように思えた。
そして刃が踊るように動く。この身体と共に…。糞虫共をなで斬りにしていく。
とうの糞虫共はといえば、何の反応もできず切り伏せられている。
それどころか、まわりの者たち全てが嫌にゆっくりと動いているようにすら見える。
戦慄くように震える鋼鉄の刃が肉と骨を寸断する。
飛び上がった水しぶきを切り裂き、宙にある風をも切り裂いて、血濡れの刃は別の糞虫に吸い込まれる。
刹那に感じた手応。鋭利な切っ先は糞虫の醜悪な頭蓋を抜けて、そのまま横にいた二体の首を通り抜けた。
文字通り「通り抜けた」のだ。抵抗などかけらも感じなかったのに、肉を切り裂き、骨を断ち切った繊細な感触だけが残っている。
一間あって、半分になった脳髄と二つの首が気づいたように転げ落ちた。
剣身に滴る血。一筋刃の上を伝うその感触さえもはっきりと感じる。
まるで剣を握る手がそのまま鋼に溶け込んでしまったような、奇妙な錯覚。
いや、それは確信と言うべきでさえあった。今、吾輩の身体は鋼は、確かに一つになっていたのだ。
――カルイ、かるい、軽い……。
手の延長たる鋼が意のままに動く。見すぼらしい剣を構えた糞虫を横なぎに薙ぎ払う。
糞虫がとっさに体の真横に剣を立てるが、親指と人差し指で剣を転がすように手首を返す。
糞虫の剣の柄頭をなぞる様に軌道を変えた剣先が、毒蛇のように心臓に食らいつく。抵抗なく肉を貫くそっけない感触と共に僅かに触れた動脈をついでに切り裂いておく。
血が、心臓の鼓動に合わせて濁流のように流れ出し。その糞虫はそのままそこに崩れ落ちた。
流れる血、肉と骨と命を絶つ感触。視界に蠢く糞虫共の姿。鋼の仕事はまだまだこれからだ。
「ローグ」
気が付けば吾輩は臓腑と血の臭気の中にいた。累々と転がる肉塊はかつて糞虫共だったものようだ。
「さすがは古き鋼と言うべきか。凄まじいキレ味じゃ」
感嘆と畏れの入り混じる声で呟いたのは鉱人導士だった。老獪で肝の座った鉱人が何か神妙な面持ちでこちらを見ている。
「まあ、その話はあとじゃな……」
刹那、水面がにわかに泡立つ。隆起した水面と共にそこに浮かぶ死体を一呑みにしたのは、蛇ともワニともつかぬ異形であった。
「なんじゃ、ありゃ! おい鱗の!! ありゃ親戚と違うんかい!!!」
「残念ながら拙僧には、斯様な親戚はござらぬ」
鉱人の言葉を遮るように再び水面が盛り上がる。真っ白いその顔には目がなかった。地下で一生を過ごすものは代を重ねるごとに盲いて、のちに目を捨てるという。
「代わりに他の五感を鋭くするのだ」とは吾輩が師より教えたもうた事の一つである。
「ローグ!」
ゴブリンスレイヤーの声が遠く聞こえる。
もとより長虫モドキに遅れをとる吾輩ではない。この古き鋼の剣であれば一刀のもとに斬り伏せられる。そう、確かな確信があった。
水面より飛沫をあげて現れた白い体表。力強く太いそれは神殿の柱を思わせる。やはり闇深きところを常としているのであろうか、その顔と思しき場所に目はない。
故であろうか。かすかに我が母の匂いを感じて、吾輩の身体は固まった。
眼のなき白面に亀裂が走る。赤々とした口腔とそこに並ぶ鋭い牙が眼前に広がった。
「だあああああッ!!」
刹那、森人のやけくそ気味な雄叫びが聞こえ、身体に衝撃が走った。体ごと飛び込んできた森人とゴブリンスレイヤーが、吾輩を地面に押し倒していた。
「……ッ、大丈夫か?」
平静な響きの声に僅かに荒い息が混じる。
「ちょっと何ボケっとしてるのよ! 死にたいの!?」
甲高い森人の声がそれを打ち消すように響いた。黙って頭を下げ、謝意を表す。だが内心はいまいち腑に落ちぬ。何故、そこまで怒るのだろうか。確かに、この状況で斥候が間抜けを晒して死ぬのは痛手だ。
だが、その間抜けを助けるために命を危険に晒すほうが本末転倒であろう。なにせこの森人は優秀な射手であり、斥候なのだ。
「大丈夫ですか?」
女神官が心配そうにローグの顔を覗き込む。鎖綴り越しでは表情も見え無かろうに、それでもこちらに異変や支障がないかを何とか伺おうとしている。
と言うより先ほどから妙に吾輩の頭の上あたりを見ているのは何なのだろう。
「ほんとに頼むわよ」
森人が腰に手を当ててこちらを見た。益体もない事で死にかけた体たらくは言い訳の仕様もない。仕事は果たさねばならぬ。
怪物は水面を揺らしながら遠ざかっていった。どうやらこちらよりも騒々しい獲物を見つけたらしい。背に何やら光るものがあるのは、ゴブリンスレイヤーの手妻であろう。直後に聞こえた喧騒と悲鳴が、吾輩の仮説を肯定した。まったく抜け目のない。その手練手管にはやはり頭が下がるばかりだ。
ともあれ、危機は去った。この先はいかに我が母の残り香があろうとも、障害となるならば切り払わねばならぬ。ともすればそれこそが、我が母の臥所を安んじる事に繋がるのだ。その意図は知らぬ。本能的に獲物の匂いを感じ取ったやもしれぬ。だが、仔細など関係ないのだ。我が道を阻むならば、ただ切り伏せるのみである。
「……行けるか?」
ゴブリンスレイヤーが静かに呟く。
淡々とした確認。女神官が何かを言おうとするが、吾輩は即座に手で制す。
吾輩は確かな頷きをもってそれに応えた。
とはいえ、先の恥さらしな一件を除けば、あとの行程は順調そのものと言えた。途中2、3の糞虫の集団に出くわしたものの、石礫と弓で大概は何とかなった。
たとえ白兵戦となっても、蜥蜴人の僧侶を含めて前衛をこなせるのものが三名もいるのだ。糞虫共の10や20などものの数ではない。
「あんたさ、さっきから何を探してるの?」
森人が訝し気な顔で聞いてくる。形の整った顔が近づいてきて、吾輩は思わず鎖綴りの奥で舌打ちしそうになった。
この森人、弓の腕の割には抜けたところがある癖に、妙に勘がいい。
「ローグさん、妖精弓手さん!」
さて、どう答えたものかと思案していると、女神官が前方を指差した。燭台に照らされた部屋の奥に、何やら磔にされている人影らしきものが見える。
女神官が、伺う様に吾輩を見る。どうも罠の可能性を疑ってはいるものの、救助に赴きたいらしい。
「何か仕掛けられているかもしれん。全員で行く」
ゴブリンスレイヤーの呟きに従い、全員が心なしか距離を詰める。
腐った泥濘の匂いの中に、一瞬それ以外の腐臭が混じる。全員を手で制し、すぐさまもと来た方角を差す。
剣を抜き放ち扉を確保しようとしたした瞬間に、無常にも扉が閉められた。
分厚い木材と鉄で補強された頑強な扉。ここまで質量差があると多少の怪力では歯が立たない。
扉の下から妙な刺激臭が入ってくる。
――毒気か。
前段の船の連中と言い此度の連中は随分と準備が良いらしい。
「ふえ、モガッ!!」
だがそういう意味ではこちらとて負けてはない。
すぐさま、雑納からさらし布を取り出して、女神官の口元に押し付ける。
吾輩の行動に全てを察したゴブリンスレイヤーが、手早く取り出した袋を鉱人導士に投げる。
「……石灰と火山の土だ。混ぜて使え」
やはりこのあたりの機転は本当に面白い。糞虫共に図られたのは業腹だが、入り口の一つしかない部屋での籠城戦は悪い手段ではない。もう少し人手があればなお良いが贅沢はいえまい。こちらもバリケードに使えそうなものを扉へと寄せ、転がっている石礫を集めていくつかの山を作る。
ふと、躯を組み合わせた人形から、髪の束がずり落ちた。ふわりと周囲に広がる女の髪の匂い。血と肉の匂いも僅かに残っているそれを、拾い上げてサッシュにしまい込んだ。
「あんたそれどうする気よ」
半眼になった妖精弓手が問いかけてきた。なんだか妙に批判的な意図を感じるのだが、何故だろうか。
『弔う』
「えっ!? うん、まあ、ならいいけど」
片手間に返すと妖精弓手は釈然としない面もちではあったが引き下がった。一房焼くなり無縁墓所に入れれば良いだろう。残りはしっかりと活用させてもらうつもりだ。女の髪と言うのは頑丈である。いくらでも使いようはある。
そうこうしている内に毒気が薄らいできた。傍ら扉の向こうが俄かに騒がしくなってくる。糞虫共の下卑た歓声と扉を打ち据える音。
その中に混じる他より重い足音は、上位種が混じっている証であろう。相手にとって不足はない。
今頃、扉の外では罠に掛かった獲物を蹂躙する妄想でもしているのだろう。太平楽な事だ。
――そのまま苦痛と共に死ぬがいい。
蜥蜴僧侶と女神官の詠唱の声が聞こえる。聖壁の奇跡と竜牙兵であろう。城門が破られる直前で第二の城壁と援軍の登場と相成ったわけだ。
扉が軋みを上げ、打ち砕かれた隙間から糞虫共の悍ましい顔が見えた。女神官と妖精弓手、二人の女の匂いに酔いしれているのか、口からは唾液が零れ落ちている。いつみても見苦しい面構えだ。
森人の手にした弓が鳴る。放たれた矢は出来たばかりの亀裂を抜けてその先の糞虫の頭蓋を貫いた。
「……今回は俺たちがいく。後衛を頼む」
吾輩が三枚目の防壁と言うわけだ。腰から剣を引き抜いて地面に刺す。古き鋼の長剣は石畳をものともせずに貫いた。
ゴブリンスレイヤーがチラリと長剣に視線を送り次に吾輩を見た。どうやらこの采配は先ほどの吾輩の醜態を案じての事もあるようだ。
ともあれそれに異論はない。吾輩は黙って投石紐に礫を包む。
ついに糞虫共の暴虐に耐えかねたか、扉が砕けた。ゴブリンスレイヤーが剣を抜き、蜥蜴僧侶が竜牙を刀に変化させる。
それを皮切りにまずは一投。投石紐を一回しに礫を放つ。
空気を撃ち穿つ雷鳴の如き大音声がして、放たれた礫は扉を乗り越えた糞虫の胴体を貫通し、その後ろの一匹の胸椎を打ち砕いた。臓腑をまき散らして倒れた糞虫に躓いて、血のあぶくを吹いたもう一体が地面に倒れ込む。
ちらりとゴブリンスレイヤーが後ろを振り返り、吾輩の方を見た。吾輩は何故だかその姿に頷きを返していた。
「……行くぞ」
うっそりとした声と共に、ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶が敵中へと走った。一匹また一匹と糞虫共を切り伏せていく。さすがに手練れである。蜥蜴僧侶は長身の割に俊敏で、手にした牙刀が臓腑を貪るように切り裂いた。
ゴブリンスレイヤーも負けじと剣を振るう。気のせいか、さして業物でもない筈の剣が、いつにも増して切れる。
小鬼の持つ槍の背を滑らせる、流れるように喉笛を切り裂いた。
気のせいなどではない。夕日と共に剣を振るった時間は確かに結実していた。
最適化され、精密になった一つ一つの動作。故に動きが
気勢を削がれた小鬼共がたじろぐ。
その刹那、門から乗り出した何かが巨大な棍棒で竜牙兵を叩き潰した。並の糞虫共など比べ物にならぬほどの堂々たる体躯は、
「……
本来であれば、上位等級の冒険者が徒党を組んで対処する相手だ。
だが、それでも――オーガほどではない。
ゴブリンスレイヤーの脳裏に浮かぶのは、過日の絶望的な風景。そしてそこに立ち向かった背中。
その背を知っていればこそ、ハナから
壁を蹴って死角に回り込むと、喉笛に向けて剣を突き出した。
剣先に感じる確かな感触とくぐもった悲鳴。それがゴブリンスレイヤーの心胆を冷やす。
――まずい
剣先には喉を貫かれた小鬼。そして、
「!?」
己が足元にいた同胞を盾にした小鬼
ゴブリンスレイヤーは、その顔に下卑た笑みを浮かぶのを確かに見た。同時に巨大な棍棒が己に向けて迫るのが見える……。
「ゴブリンスレイヤーさんっ!!!」
地下空洞に響くのは女神官の悲鳴にも似た叫び。
直後の衝撃と痛みを想起して、ゴブリンスレイヤーの体が一瞬強張る。
空を穿つ雷鳴の如き大音声が響いたのは、まさにその刹那であった。
先ほどまで棍棒を構えていた筈の
その胸郭には常人の両手を二つ並べたほどの丸い窪み。床に散らばった粉々に砕けた石の欠片。雷鳴の如き大音声は、簡素な投石紐の突端が音の壁を打ち破った時に生じたものであろう。
誰の仕業かなど問うまでもない。ゴブリンスレイヤーの背後を憎々し気に睨む
――貴殿を守ることに痛痒など在りえぬ。
脳裏に浮かぶのは、過日の騎士が作って見せた手言葉。
いつとて彼は有言を実行するのだ。
痛みに呻く
その隙にゴブリンスレイヤーは態勢を立て直す。
直後、
数瞬前をなぞるが如き展開。刹那に視野に捉えたのは、勢いを増して打ち下ろされる棍棒。勝利を確信した
――受けるな
頭の奥底で声なき声が響く。
――止めようと思うな、入れ
瞬間。声に導かれるままに体が動いた。半歩外へと踏み込むと同時に、掲げた剣と盾、が小鬼英雄の棍棒に吸い付くようにそれを撫でつける。
「お見事」
蜥蜴僧侶の感嘆が遠く聞こえた。
完璧なタイミングでいなされた小鬼英雄の棍棒はゴブリンスレイヤーのすぐ横の石畳みに叩き落された。
全ては、かの時の盗賊騎士の背をなぞるが如く……。
小鬼英雄の目が驚愕に見開かれる。
そしてその隙を見逃すゴブリンスレイヤーではない。
腰の捻りと共に、刃が小鬼英雄の棍棒を逆しまに擦り上がる。そのまま太腿の付根へと吸い込まれた。
ボトリ、と簡素な下履きから蛇の頭のような肉片がこぼれ落ちる。
ゴブリンスレイヤーの剣は小鬼英雄の醜い一物を削ぎ落していた。
「GYAAAAAaaaaaaaaa!!!!」
雷霆に打たれたようにびくりと痙攣する小鬼英雄の体。同時にその口から凄まじい悲鳴がこぼれ出る。
だらしなく開いた口から白い泡を噴出し、小鬼英雄は石畳へと崩れ落ちた。
「――21」
ゴブリンスレイヤーは無言でその口腔に剣先を当て、そのまま一気に体重を掛ける。
中途半端な長さの剣身が鍔元まで埋まった。柔らかな口蓋を刺し貫いた切っ先が脳髄へと侵入する。
小鬼英雄の体がもう一度大きく跳ねた。
刹那、剣先をねじるように引き抜く。
口腔からおびただしい量の血を吹き出しながら、小鬼英雄は完全に地面に崩れ落ちた。
息を荒げながら、ゴブリンスレイヤーは周囲を睥睨する。頭目を失ってすっかり消沈したのか、怯えた表情で後ずさる小鬼達。
だがこれで情けをかけるような甘さなどとうの昔に死に絶えた。故に残りの連中も皆殺し以外の選択肢など無い。
「!?」
逃げる小鬼の背を追う為に踏み出した脚は、言う事を聞かなかった。膝から力が抜けてその場に立ちすくむ。やはり小鬼英雄の一撃を撃ち落としたのは相当の負担だったらしい。
その姿を見て小鬼たちが一目散に走りだす
――逃げられる。
そう考えた瞬間に、巨大な何かが彼の脇を通り抜けるのを感じた。
――そうだ。たとえ俺「は」追えなくとも「あいつ」が逃がさない。
眼前に広がる見知った背中。そしてその手に携えられた古に鍛えられし鋼鉄の刃。
薄暗がりの中ですら鈍い煌めきを放つそれは、確かに現世の理を超える何かの息吹を感じさせる。
そして、その刃が閃いた瞬間にゴブリンスレイヤーは一振りの長剣を幻視した。
躍動する強靭な肉体。その突端にある剣。全てが渾然一体となり、一筋の光になる。
直後に首や手足が舞い踊るように宙へ跳び、吹き上がった鮮血が雨のように降り注ぐ。
松明の明かりの中で架かる幽かな虹。それが何故だか妙に美しく見えた気がした。
「……キレイ」
何やら女神官が恍惚とした顔で呟いている気がするが、きっと気のせいであろう。
なんだかこの娘も随分と変わった気がするが、果たしてその変化は良いものなのだろうか。
「……深追いはするな」
幻想的な殺戮を繰り広げる盗賊騎士にゴブリンスレイヤーは辛うじてそう呟いた。果たして言葉が届いていたかは定かではないが、かの騎士は小鬼達を追って風のように走り去った。
元より敗走する小鬼に気を取られて不覚を取ると思っていた訳ではない。だが、何故か止めねばそのままどこか遠くへ消えてしまいそうな気がした。
共に追えぬ自身の不甲斐なさ故にそう思うのだろうか、自分でも良く分からない。
――何様のつもりだ? お前はいつからそんなご立派な英雄になった?
ふと脳裏に木霊するのは「先生」の言葉。そうだ、さんざん思い知ったはずだ。己は英雄などではないのだと、この残酷な世界において容易く死ぬ弱者に過ぎないことを……。
俄かに小鬼の断末魔の悲鳴が木霊する。しばらくして、血の滴る剣を片手に盗賊めいた騎士が姿を現した。小鬼の衣服の破片と思しきぼろ布で剣身を拭うと、用の済んだそれを乱雑に放り捨てる。
『少し取り逃がした』
手言葉を作ると、ローグがサッシュの内側から、頭皮ごと引き剥がしたと思しき髪の束を取り出した。干からびた肉と皮が僅かにこびり付いた女の髪をじっと見つめると、小鬼たちが逃げた方向を振り返った。
「あ、あんた、いつまで持ってるのよそれ」
妖精弓手が信じられないようなものを見る顔で、盗賊騎士に言った。
「ローグさん。あの、きちんと神殿で供養しましょうね? 絶対ですよ!?」
何やら慌てた様子の女神官がそれに加わる。俄かに姦しくなったが、それほど大騒ぎするほどのものだろうか。
ゴブリンスレイヤーとて最低限の弔いは必要だとは思う。しかし、二人の様子は何やらそれ以上のものがあるようにも見える。ローグは気にした風もなく髪の毛を再びサッシュにしまい込むと、ゴブリンスレイヤーに向かって振り返った。
『重畳なり。良き手並みであった』
形作られた称賛の言葉が妙にこそばゆい。己の無力は分かっていた。それでも、目の前の騎士の手言葉は、何故か幼いころに北方の蛮族の冒険譚を聞いた時の気持ちを思い出させた。
今や遠く、朧気となってなお輝く、数少ない幸福な頃の思い出を……。
ダクソ風武器解説
【遺髪の投石紐】
小鬼の巣穴で非業の死を遂げた女達の髪を結合わせた投石紐。
いく房もの髪で編みこまれたそれは、色あせてボロボロだが不思議と切れることはない。
そこから放たれる礫は、骨を蝕み肉を腐らせる呪詛を纏う。
非業の末に闇に囚われたそれらは、全ての怨讐を同じ深闇を彷徨う幼子に託した。
そうして、物言わず佇むのだ。ただ、健気な愛し子の傍らに――。
なんかデザインはリアルよりなのに、設定だけファンタジーな武器が多いですね。
ローグさんや沈黙の聖騎士周りはそんな装備が多いので、そんなイメージをしてもらえると嬉しいです(モチロン頑張って描写しますが)
ちなみに、ローグさんが投石紐持ってるときは、顔の見えない女達の亡霊が寄ってたかって
ローグさんをよしよしヾ(・ω・`)してます(笑)
なんとなく見えてるエルフさんや神官チームはドン引きしいるのはそのためです。
ちなみに「古き鋼シリーズ」の「止まらぬ出血」や「骨を蝕み肉を腐らせる礫の呪い」など永続ダメージデバフがついてる装備がちょいちょいありますが、
基本的にその場を生きて逃れた奴がいないので、今のところあまり役に立ってませんw