ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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 時間あいてしまってすみません。
正味、あまりに希望ない人生に鬱になってました(笑)
戦争やら不景気やらいっぱい嫌になる事はありますが、少しでもそれを和らげるものになれば幸いです。

 いつも誤字脱字を指摘して下さる皆様。本当にありがとうございます。
皆様のおかげで本作の完成度は上がっています。本当に助かっています。
 あと皆様の感想がとてもありがたいです。書き続ける為の原動力になってます。
 活動報告へのコメントやふいに入る評価コメントもいつも本当に励みになります。モチべーション上げて書けるのは皆さんのおかげです。
 さて今回はちょい長くなりましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。


水の街編 再会≪ ファースト・ブラッド≫ 後編

 

 

 

 

 

 神殿の一室に、二人の偉丈夫の姿があった。蜥蜴人を思わせる図抜けた長身に、漆黒の外套の下には黒染めの聖銀の全身甲冑が鈍く耀く。

 右の腰に帯びているのは古に北方の蛮族が使ったとされる髭刃の斧デーンアックスである。常人であれば両手使いの斧もこの長身の腰にあると片手斧に見える。

 だが特筆すべきは左の腰に帯びた長大な直剣であろう。この偉丈夫の体躯と比すれば、常の片手半剣に見えるが、常人ならば十二分に両手剣の寸法である。

 漆黒の外装は精緻な彫刻が刻まれ、牛の舌のごとく鋭く伸びた剣身はともすればやや細身にすら見えた。

 しかしその黒玉の輝きを持つ刃は鞘に収まってなお異様な威圧感がある。

 

 翻ってその片割れは、鍔広の鉄帽子(ケトルハット)を被り、そこから垂れ下がる鎖綴りで顔は見えない。

 黒革の盗賊胴(ブリガンダイン)の上に締めた赤いサッシュには北方蛮族の意匠をもつ手斧を差し、その上から巻かれた剣帯には同じ意匠の片手剣を吊っている。

 

 

『良く戻った』

 

 岩から削り出したような厳つい顔を僅かに緩めて、巨躯の騎士は器用に手言葉を作った。

 それを受けた盗賊めいた風体の騎士が恭しく頭を下げる。鉄帽子ケトルハットから垂れて顔を覆う鎖綴りがジャラリと音を立てる。

 

『わが師よ。見当がつき申した』

『左様か。では、すぐに――気がのらぬか?』

『……』

 

 沈黙の聖騎士は弟子の顔は見えずとも、その色が浮かぬものであることは見逃さなかった。

 どうも、今の仲間たちと共に残った小鬼の掃討に参加できぬことが心の残りらしい。

 小鬼への執着は沈黙の聖騎士とて知らぬわけではなかったが、どうやら此度はそれだけではないらしい。

 驚き半分嬉しさ半分の内心をおくびにも出さず、沈黙の聖騎士が気遣うように盗賊騎士の肩を叩いた。

 

『それほどまでに、彼の者たちが心配か? 彼らとて手練れなのであろう?』

『…………』

 

 その沈黙こそが最も雄弁な返答であった。

 きっと、信じておらぬ訳ではないのだろう。とはいえ、賽の目一つでどうなるか分からないのが冒険だ。

 だが、それとは別にして沈黙の聖騎士の飾らぬ内心を語るのであれば、己が弟子がそれほどまでに気に掛ける相手が出来た事はやはりうれしかった。

 

『彼奴等の髪の毛一筋たりとて邪神共の骰子に委ねたくない……それだけです』

『吾輩の前で、神々を邪神呼ばわりするでない』

 

 子供の悪戯を咎めるように、沈黙の聖騎士が目配せをした。盗賊騎士はそれに答えるようにうやうやしく頭を下げる。同時に、それ以上咎めだてする気も沈黙の聖騎士にはなかった。

 

『鋼を信じよ。貴殿が友の中に見出したる鋼を信ずるのだ。――誓ったであろう?』

 

 盗賊騎士はもう一度、深々と頭を下げた。

 

『それに貴殿に会いたがっておる者もおるしな』

 

 盗賊騎士の鉄帽子が怪訝そうに傾く。その様子に苦笑を浮かべながら、沈黙の聖騎士は二度ほど柏手を打った。

 

「し、失礼いたします」

 

 室内に響いた若い女の声だった。束ねた焦げ茶色の髪、灰色がかった瞳、目鼻立ちの整った顔立ち、美女であると言って過言ではない。妙に胸元の深い衣装と体の外周を覆うだけの軽装の甲冑。緊張しているのか妙にぎこちない様子であった。

 

『剣聖殿か……』

 

 手言葉を作ると、目の前の女性が緊張した面持ちで会釈する。

 

「あ、兄弟子殿。師より聞きました。騎士に叙されたそうですね? ……祝着にござりまする」

 

『では仔細は剣聖殿に任せるとしよう。……あとは若いもの同士ゆるりとせよ』

 

 素早く手言葉をつくると、沈黙の聖騎士は踵を返した。初々しいやり取りをもっと見ていたい気持ちもあったが、これ以上は野暮と言うものだろう。

 弟子の殺伐とした在り方に、何か安らぎがもたらされる事を騎士は祈っていた。

 

 

 

 去り行く師の後ろ姿に恭しく頭を垂れながら、ローグは隣で同じように頭を下げる女の気配を感じた。

 

――はて、前にあった時はもっといけ好かない女だと思っていたが…。

 

 頭を上げると、隣に立っていた剣聖がローグを見ていた。鎖綴り越しに目が合うと、女は淑やかに笑みを浮かべた。

 

「改めまして、久方ぶりでこざいますね。兄弟子殿」

 

 緩やかな会釈と共に顔にかかった前髪を、耳に掛けるようにかき上げる。

 それが妙な色香を放って、思わず己のなかの糞虫共が騒ぎすのを盗賊騎士は苦々しく思った。

 それにしても女の七変化とはよく言ったものである。ローグはしばらくあっけにとられていたが、ふと我に返って会釈を返した。

 

『息災なようで何より。剣聖の名に恥じぬ働きと聞き及んでおる』

 

「ひゅいっ!? あ、いや、あの、光栄です」

 

 剣聖は一瞬硬直すると、妙にどもりながらそのまま静かに両手で顔を覆った。

 

「し、し、失礼いたしました」

 

 鍛錬によって鍛えられてなお、たおやかさの残る女の指の間から朱の差した頬が垣間見える。

 

――山猿のような無頼女が、しばらく見ない内に糞虫共が狂喜しそうな美女になったものだ。

 

 この剣聖とは数年前に彼女が道場破り同然の「武者修行」に来た折に立ち会って以来の付き合いである。女だてらに恐ろしい剣の腕で、未熟だった盗賊騎士は土をつけられた苦い思い出がある。

 

 とはいえ、その後に師である沈黙の聖騎士に弟子入りし、しばらくの間、盗賊騎士と競う仲になった。沈黙の聖騎士についてオーガや邪竜の類と戦った時には背中を預けた事もある。

 

『我輩ごときにはもったいない御厚情である』

 

 何がうれしいのか、吾輩の手言葉を見て剣聖は笑った。

 

「相変わらずですね。兄弟子殿」

 

 我が事のように誇らしげにする目の前の女がローグにはいまいち分からなかった。この女の故郷ではそういうものなのだろうか。他人の栄達や幸福を妬むばかりの糞虫共とはずいぶん違う。

 

「此度はご助力に感謝いたします」

『わが師の頼みであれば断るわけにはいかぬ』

 

 はにかみながら会釈する剣聖にローグは簡潔に手言葉を返した。

 

「お手間をおかけしたのは申し訳ありませぬが、その、兄弟子殿がいらっしゃるのは心強いですし」

『……剣の腕は貴殿の方が上であろう』

「それは一番最初の立ち合いだけで、それ以降の立ち合いは全て引き分けであったではないですか!!」

 

 悔し気に俯く剣聖。なるほど確かに屈辱の念があるのは当然であろう。このような風体の怪しい馬の骨だ。しかも中身は糞虫とくれば知らぬと言えど虫酸が走るに違いない。しかも助力を請わねばならぬとあれば猶更であろう。

 

「その……」

 

 冷静さを取り戻した剣聖が、気まずそうに眼を伏せる。

 

『よい。……もとより同道する事に異論はない』

「そ、それは分かっております。ただ、その、申し訳ありません、久々に兄弟子殿にお会いしたので……」

 

 そう言いかけてまた俯くと、しばらく会わぬ間に妙にしおらしくなったような。よもやなにがしかの呪詛でもかけられているのか。

 

『貴殿も随分と寛大であるな。吾輩如き些事ではないか』

「些事などではございませぬっ!!」

 

 剣聖は大声で否定した。直後に顔を赤らめながら俯いた。

 

「……その、失礼いたしました」

 

 

「あの~旧交を温めてるところ悪いんだけど、そろそろ僕らの事も紹介してくれないかな」

「剣聖。気持ちは分からないでもないが、話を進めてほしい」

 

 そう言って割って入ってきたのは二人の女だった。年のころは剣聖と同じくらいであろう。栗色の髪に黄色いリボンで束ね、ぱっちりとした目は好奇心の光であふれていた。たがそれより目をひくのは腰に携えた剣のだならぬ雰囲気。ここまでくれば正体に見当はつく。

 

 本人はと言えば悪戯っぽく笑いながら、しどろもどろの剣聖になにやら耳打ちしている。何を言われているのが分からんが、剣聖の顔が耳まで赤く染まっていく。

 もう一人は魔法使いのようだった。

 ローブを身にまとい手には大きな杖。魔法使いの典型のような格好である。

 

 三人とも趣向は違えで立派な美女である。街を歩いていればまず間違いなく若い男達が放っておかないだろう。

 

『此奴が勇者か』

「左様です。勇者。賢者も、紹介が遅れて済まなかったな。私が武者修行の折に世話になったローグ殿だ。沈黙の聖騎士様により騎士となられた」

 

 大きく咳払いをして、剣聖が二人の女に吾輩を紹介する。最後の辺りが妙に誇らしげなのは何だったのであろうか。

 

「よろしくお願いする」

「よろしくね〜!」

 

 気軽な調子で答えながら、目の前の少女は太陽の如き笑みを浮かべた。

 まだあどけなさの残る顔の少女。だが、ととのった顔立ち、そして迸る才気、そして腰に帯びたる神器。世界の命運を左右する英雄に相応しい存在。

 そうあれかしとかの邪神共に贔屓された妬ましきもの。

 

――気に入らぬ

 

 吾輩は忌々しい邪神共の気に入りのおもちゃを見た。

 なるほど自信に溢れた顔だ。相応の実績も積んできたのであろう。人々の信頼を当然のものと言える。

 

 だが、そんなことは関係ない。盤外で賽を振るう邪神共の気に入りと言うだけで虫酸が走る。

 吾輩の中の糞虫共がしきりに叫ぶ。裸にひん剥いて糞虫共の巣窟に放り込んでやれ、あの自信に満ちた顔がどう歪むのか見ものだ。

 

 ビキリと手の中で何かが鳴る。思えば机の端を握りつぶしていたらしい。

 

「兄弟子殿?」

 

 心配そうな顔で剣聖がこちらを覗き込む。裏切れ、いたぶれ、殺せ、この顔をゆがませろ。

――かの時の我が母のように。

 

 心がすうと静かになる。暗闇の中にはっきりと殺意の炎がともる。そうだ。これは全て我が母のためだ。その安寧のため。我が贖罪の……。

 

『大事ない……』

 

 

「……それで今回の黒幕の手がかりを見つけたと聞いた」

 

 唐突に静かな声音で呼びかけられる。声の主は典型的な魔法使いの装束を着込んだ少女、賢者である。

 

「ねえねえ、どうやって見つけるの? 勘?」

 

 勇者が面白そうに便乗する。

 

『あいにく貴殿のように賽の目に恵まれぬのでな』

 

 おもむろにサッシュから一房の髪の束を取り出す。

 

「兄弟子、何を――」

 

 それを見た剣聖が何かを察したらしく、そのまま押し黙った。血と何かで薄汚れて色あせ、僅かに残った頭皮。凄惨な暴力と残酷な運命の残り香。

 

 地下下水道で見つけた哀れな女の遺髪。その匂いは先日の扉の先の通路にも転々と残されていた。おそらくは犠牲者となった女が暴れ、もがき、生きるために転々と残した痕跡の一つなのだろう。

 

「……騎士殿」

 

 何故かローグの頭の上の方を凝視していた賢者が、まっすぐこちらに視線を向ける。

 

「それは大切にしてあげてほしい」

「「?」」

 

 ほかの二人が怪訝そうな顔をする中、ローグは無言でうなずいた。

 

「それで――痕跡が辿れるって事かい?」

 

 先ほどとは打って変わって神妙な様子で勇者が訪ねる。やはり犠牲者が出ている以上は思う所はあるらしい。

 

『いくら姿を隠そうと、溝鼠は臭いで分かるものだ』

 

 そっけなく作られた手言葉は、されど決然としたものだった。

 

 

 

 

 

 

 都市の地下を流れる下水道その網の目のような通路の最奥に位置する場所に、その影はあった。黒尽くめのローブは、今度こそ邪教徒のそれであろう。

 地上の都市を歩いていたら間違いなく「止まれ!!」と声を掛けられるであろうことは請け合いである。

 ぶつぶつと何かを呟きながら、怪しき儀式道具のおかれた魔法陣にせっせと祈りを捧げている。

 

 そんな健気な信徒の姿を哀れに思ったかは定かではないが、邪神官の脳裏に待ちわびた声が響いたのはその時であった。

 

『無知なるもの、知を求めるものよ、血をいとわぬものよ、汝の献身は確かに受けよう』

 

「!? 我が神よついにそのお声を賜るとは……」

 

 感極まる邪神官をよそに、知識神の言葉は淡々と続いた。

 

『――我が信徒よ。汝は運が無かった。敵にすべきでないものを敵に回したのだ』

 

「!? わが神よ、いったい何を……「そこまでだっ!!」――なにぃッ!?」

 

 突如に響いた年若い女のものと思われる大音声。

 

「お、おい勇者。声をかけては奇襲の意味がだな……」

 

 慌てたような女の声がそれに続く。

 

「勇者だと!? 貴様が神託にあった……」

 

 姦しいやり取りに邪神官の意識が逸れた。まさにその刹那、雷鳴の如き打擲音が響き渡る。 

 直後に聞こえた風切の音を置き去りに、何かが体にめり込んだ。

 

「おぐあっ!?」

 

 唐突な衝撃と骨が打ち砕かれた苦痛が、邪神官の精神を混乱させる。己が体に投擲された何かを認識する前に闇の奥より何かが見える。

 鍔広のケトルハット、顔面を覆う鎖綴り、そして黒革の盗賊胴。その手に握られた小盾(バックラー)の護拳が薄闇の中で鈍く光る。

 

「ギザマァ」

 

 絞り出した誰何の声より早く、影は一瞬倒れ込むようにして、猛烈な勢いで走り出した。

 

「待て!? ナニミョ…グエァッ!!!」

 

 石畳を蹴り割る轟音と共に、瞬く間に突き出された半球状の金属護拳が邪神官の視界を塞いだ。破城槌をまともに受けたかのような衝撃で視界が揺れる。

 同時に襲い来る焼け付くような痛みが、叩きつけられた金属護拳が聖銀製である事を物語っていた。

 

「グべッ!!」

 

 吐き出した血反吐共に白い何かがバラバラと零れ落ちる。血だまりの中に浮かぶのは折れ砕けた歯。その惨状を作り出した小盾(バックラー)の陰にいる憎むべき下手人を見ようとした瞬間、邪神官は腹部に違和感を感じた。

 

「オッ、ガッ!?」

 

 己の腹に生えたそれは、まごう事なき鋼の刃であった。盾の裏に構えた剣を勢いのままに突き出したのだろう。渦巻きのような模様の見えるその地肌には覚えがある。そして、この後に襲い来るであろう苦痛も……。刹那、氷の大樹が根をはるような激痛が邪神官の肉体を貫いた。

 

「ギャァァァァアアッアアアアアッ!!!!」

 

 口腔から吐き出される有らん限りの悲鳴。邪神官はそれが己のモノである事に少しの間気づかなかった。

 時を引き延ばしたるが如き錯覚、全身に根を張るような苦痛、血潮を根こそぎ引き抜かれたような虚脱感。個々の特性はあれど、古き鋼に鍛造されし武器には共通する権能。

 その力は単純ゆえに強烈極まる。すなわち「いかなる時も折れず曲がらず、癒えぬ苦痛と出血を強いる」のだ。

 

 偉大なる神の御業か、邪神官の脳裏に突如として閃いた覚えなき博学。その博識をもってしても筆舌に尽くし難いほどの苦痛であった。

 

「な、な、何故ここがぁ……!?」

 

「う~ん勘っ!……て言いたいところだけどね。今回は優秀な斥候役が着いたのさ」

 

 軽い調子でのたまいながら、先ほどの少女がニコニコと笑う。腰に差した長剣から感じる神聖な気配、そばに控える東洋風の長刀を手にした女や、魔女の風貌を裏切らぬただなら魔力の持ち主。

 

――こ奴らが我が神の怨敵ッ!!!

 

 となれば、眼の前の斥候が只者の筈ない。只人に非ざる偉丈夫にして、恐るべき武勇の冴え。何よりこの身を貫く尋常の鋼ではあり得ぬ程の出血と痛苦。そのような武器を当たり前のように振るうものなど多くはない。

 

「う、古の鋼(ウルフバート)。貴様は沈黙のッ――」

 

 言いながら体を変異させる。偉大なる神の恩寵によるものだ。偉大なる知識が己の体に流れ込むのを感じる。外なる英知は肉体すらも啓蒙するのだ。

 

「ウゴケマイ…タダでは死なぬゾ」

「兄弟子殿!?」

 

 変異する肉が鋼の刃をギリギリと締め付ける。刹那に上がった女の緊迫した声を、目の前の騎士が手で制す。

 

「余裕ノツモリカ!! このまま取り込んでくれr……何ッッ!?」

 

 暴虐的に膨れ上がる肉体が、無知なる敵対者を飲み込まんとする刹那、()()()()()()()()()()

 

「!? グッ、ギィィぃぃ」

 

 人外の硬皮も筋肉も物ともせずに、古き鋼の刃が邪神官の肉を切り上げていく。切れ味もさる事ながら、変異した邪神官を持ち上げかねない恐るべき膂力。は只人のそれではありえない。

 

「――溝鼠、どんな心地だ?」

 

 俯いていたケトルハットから漏れ出でたのは、馴染みのある混沌の言語であった。地べたを這うような低い囁きと共に、漏れいでた憎悪と憤怒。燃え立つ焔の如きそれは、目の前の偉丈夫をなお巨体に錯覚させた。

 

「ギ!?、ギザマァ、ナニモッッッ!?」

 

 言葉は最後まで続かなかった。敵対者の顔を隠す鎖綴りの深淵。その中に見えた鬼火が、邪神官の意識を凍り付かせた。

 双眸に燃え盛る殺意。その理由が邪神官には理解できない。だが、それを悠長に問うている暇はない。

 

 

――聞け

 

 俄かに混乱した脳裏を揺らす。不可思議な金打声。

 

――聴け!

 

 不思議なその響きは、果たして己が体に食い込む鋼より発されていた。

 

「ナ、ナンナノダ、コレハ!?」

 

 

――――鋼が目覚める!!

 

 

 剛力と共に、突如、刃が()()()()()()。灼熱の氷が体を通り抜けるが如き不可思議な感触。刃が邪神官の身体を逆袈裟に切り抜けていた。

 

「アッ、ガッ、キサマァァァァッ!!」

 

 とっさに邪神官は変異しきった片腕を振るった。石畳が砕け散り、埃が煙幕のように舞う。

 

「ニゲルナァァァッッッッ!!!」

 

 立ち上る土煙に視界が阻まれ、苛立ち紛れに構わず薙ぎ払う。壁面が砕け散る。だが、肉や骨の手ごたえはない。

 腕の重みに引っ張られて、邪神官の体が僅かによろめく。

 その時、視界の遥か下方で、何かが煌めく。

 

「グギャッ!」

 

 刹那、小盾が再び邪神官の顔にめり込んだ。重心を低く、地を擦るような足運びで邪神官の死角に滑り込んだ、彼の騎士は反撃の機会をうかがっていたのだ。

 

 盾の表面に打ち重ねられた聖銀が顔を焼く。だが、苦痛よりも怒りの方が大きかった。

 

「小癪ゥゥゥッ!!」

 

 変形した巨腕でもって、目の前の騎士を叩き潰す。

 

――その筈だった。それが、これはなんだ?

 

 果たして腕の感触は軽かった。いや、腕そのものが妙に軽い。

 邪神官が怪訝そうに再生した眼球を己が腕にむける。

 

「ハ?」

 

 拍動に合わせて体液を吹き出す断面。斬り飛ばされた肉塊が、僅かに遅れて地面に落ちる。

 鈍く光るその剣身は止まることなく。邪神官の方を向いた。

 体ごと叩きつけるように迫った盗賊めいた騎士が、邪神官のまだ変化していない下半身を貫き、地面に刺し止める。

 

「ギャァァァァァァァ!?」

 

 男子としての本能的な激痛と衝撃が、邪神官の意識を知識の神の微睡みから引き剥がす。

 

 そのまま胸倉をつかまれたかと思うと、鋭く研がれた鉄帽子の鍔が、邪神官の頭を叩き割った。剥き出しの獣性と暴力。だがそれすらなお塗り潰すほどの怒りと憎しみは、邪神官の精神をこの期に及んで困惑させた。

 

――こんなはずではなかった、なぜ、ナニモノ

 

 混乱と驚愕が邪神官の精神をかき乱す。あの恨み重なる剣の乙女の膝元まで忍び込み、邪神召喚の準備を整えたまでは上手くいっていた筈だった。

 目の前の怒り狂う獣の如き騎士の怒りの理由が分からない。混沌の言語を使うものが己が前に立つ理由が分からない。

 

「溝鼠風情が――我が母の臥所を騒がすな」

 

 押し殺すようなその呟きを聞いた瞬間に、邪神官に流れ込んだ知識神の片鱗が答えを囁いた。

 

「!? まさか貴様、あの女の――!?」

 

 とすれば、何と滑稽なのか。かの女を売女(ばいた)と罵った事は数あれど、本当に混沌の子を産み落としてそれを篭絡しているとは……。

 

「トスレバ猶更、生カシテ返サヌ!!!」

 

 体内に残る魔力をすべて絞りだし、身に降りた神の片鱗をこちら側に引っ張り込む。膨大な知識と力の奔流に意識がかき消されていく。差し止められていた下半身を引き抜こうとすると、グンと引っ張られる

 

「…………屈辱極まる事にな」

 

「ガッ!? ウギギギギギ」

 

 再びの外なる神と接続し、その肉体を顕現させんとする邪神官を押しとどめる様に。その柄を抑えるのは先ほどの騎士であった。

 

「吾輩は前座だ――間抜けめ」

 

「な、に……!?」

 

 押し殺した囁きが嘲笑する。その時、邪神官の脳裏に吹き荒れていた膨大な知識の嵐の中が一瞬にして答えを導き出した。そう、この身の怨敵は、目の前の相手ではない。

 

――では、それはいま何をしているのか? 

 

「盛り上がってるとこ悪いんだけど、ボクの事、忘れないでほしいなぁ?」

 

 邪神官の疑問に答えるように、天真爛漫な声が同時に木霊する。薄れゆく意識の中で、邪神官は最大の敵と認識していた筈の相手への注意を完全に外していたことに気づいた。

 

 そして、気づいた時には完全に手遅れだった。

 

 ――我が神よ、ここまで思し召しに……。

 

 刹那に見えたのは、凰の如く外套をひらめかせた少女の姿と振り上げられた聖剣。その忌々しき刃の輝きであった。

 

「勇者、参上。……なんてね♪」

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れが、水の街を流れる水路を紅く染めていた。燃えるような石造りの街並の中を歩く偉丈夫と少女達の影がある。

 

「囮にしたのー? ひどくなーい?」

 

 石造りの街の中を勇者の軽薄な声が木霊した。

 

『我輩は斥候。とどめは貴殿。予定通りではないか。まして貴殿が敵中にて茶会を催すがごとき仕事ぶりであろうと我輩はかけらも斟酌せぬ。我が役は果たした』

 

「あ、兄弟子殿。お言葉は分かりますが、もう少し、その、手心を・・・」

 

 剣聖が顔を引きつらせながら、ローグに向かって懇願する。

 

「もしかしてボクがすっとろいのが悪いって言ってる?」

 

 直接的には言葉にしてはいないが、ニュアンスはそういう事だろう。

 

「えっ!? あ、いや、その……んむ? ゆ、勇者ッ! 貴殿、て、手言葉が分かるのか!?」

「ん~、勘!」

「か、勘!? ……お主なあ」

「まあまあ、良いじゃないの。なんだかんだ言っていいコンビって事でしょ?」

 

 図々しくまとめた勇者が、馴れ馴れしく吾輩の隣を歩く。

 

「ねえ、君さえよければ、僕たちと冒険しない?」

「ゆ、勇者!?」

「剣聖も喜ぶし、賢者はどう?」

「問題ない。彼は有能」

「ほらほら、みんな良いって」

『吾輩は断る』

「あ、兄弟子殿……」

 剣聖が上目遣いにこちらを見る。まるで捨てられた子犬のようだ。まったく、本当にどうしたと言うのだろう。

最後に会った時から妙にしおらしくなっているせいで、吾輩の内の糞虫共が騒ぎ出して、苛立ちが増す。

 

「断るのは僕が嫌いだから?」

『そんな下らない理由ではない』

「ふーん、そっか。大好きなんだね。いまの仲間が」

 

 まるで、太陽の如き笑顔を浮かべた勇者がそう宣う。

 

『……』

「あ、いま鼻で笑ったでしょ!? 僕そういうの分かるんだから」

『正しく我が意が伝わっているようで何よりだ』

 

 

 邪神共のお気に入りが、お笑い種をいう。そんな只人の如き感傷など或るものか。「あれら」は吾輩の仲間ものだ。それ以上でも以下でもない。他の何人にも渡すものか。まして、その命運を邪神共の骰に預けるなど……。

 

「今度あった時は素顔がみたかったり」

『残念ながら期待にはそいかねる』

 

――そのときは貴殿が死ぬときだ

 

「んーそれは嫌だからいいや」

 

 ローグの心の内を見透かしたように勇者は答えた。

 

「兄弟子殿……」

 

 剣聖が伏し目がちに吾輩の袖を引く。大方、此度はさして活躍の無かった事を気に病んでいたのだろう。

 さもありなん。元より目の前の剣士は道中の雑魚どもを蹴散らした程度を誇るような性根ではない。

 

「やはり私と同じ道を行くのは嫌ですか?」

『?』

 

 出てきた言葉は吾輩の想像とは別の言葉だった。だがその声音は真剣であり、その少し潤んだ瞳はまっすぐにこちらを見ていた。己の中でいきり立つ糞虫共とは反対に、吾輩は何故か妙な居心地の悪さを感じていた。

 

『それは違う』

 

 故にとっさに形どられたのは、否定の言葉であった。

 

「ならば、何故? 貴方ほどの剣腕がありながら、小鬼退治など……」

 

 一瞬、激しさを増した剣聖の声が、自制を取り戻して尻すぼむ。そして、俯いた娘はその後の言葉をかみ殺しているようだった。

 

「……失礼を」

 

 絞り出すような謝罪の言葉を吾輩は手で制した。何もこやつが詫びるような話ではないのだ。と言うか、本来であれば光栄さに膝をついて礼を述べるべきなのだろう。だが、それは出来ない。

 否、もし仮に吾輩にこの呪わしき宿業が無かったとしたら、諸手を上げて同道したと思う。

 だが、そうはならなかった。この娘に神聖な使命があるように、吾輩には悍ましき誓願(せいがん)があるのだ。

 

『足るか足らぬかは吾輩が決める。そして吾輩はまだ殺し足らぬ』

 

――そしてこの宿業に果てなど無い。

 

 手言葉を見た娘の手から、力が抜ける。

 

「差し出た事を申しました……お許しを」

 

 そう言いながら、剣聖は深々と頭を下げた。しばらくして頭を上げた娘は寂しげに笑い。吾輩の旅路の成功を祈った。

 その顔を目にして、吾輩は何故か答えあぐねた。本来であれば、鷹揚に許すような答えをすればよいのであろう。そして腹の内で快哉を上げる糞虫共に内心で舌打ちをする。それで終わりだ。……その筈だった。何故かそれで終わらせる事を躊躇わせる何かかがある。

 

「兄弟子殿?」

 

 吾輩からの答えが無い事に対して、妹弟子が訝しむような、それでいて伺うような顔をする。

 

『此度の事は貸しておく』

「え?」

 

 妹弟子はあっけにとられた顔をしていた。

 

『いずれ貴殿に助力を求めるやもしれぬ』

「それは、その……」

 

 何か期待するような困惑するような妹弟子の顔。

 

『その時は貴殿を頼っても良いな? 妹弟子よ』

「……はい! 兄弟子殿!!」

 

 そう続ければ、返ってきたのは太陽のような温かい笑みであった。

 

 偉大なる師と共にオーガを征伐した日。その日も泥まみれになりながら、この妹弟子は同じ笑みを浮かべていた。

 いずれ歩みだす己だけの旅路。そこに道づれを加えるという事を戯れに考えるようになったのは、思えばその時からであった。

 

「うーん、見せつけるねえ」

 

「な!? ゆ、勇者、こ、これはだな」

 

 顔を朱に染めて妙に慌てふためく妹弟子。まったくもって「女三人集まれば姦しい」などと言うが、物静かな賢者を除いても二人でも十分騒々しい。

 ふと件の賢者の方に目をやれば、そんな二人を静かに見つめている。しかし、その口元が微かに歪んでるのが見えた。

 やはり、女三人集まれば姦しいようである。

 

 

「うん? お迎えがいるようだね」

 

 相も変わらず軽薄な口調で勇者が目線を動かした。地下下水道の入り口に立つ影が見える。

 

 

 夕焼けの中、地下下水道の入り口に一人の冒険者が待っていた。ボロボロの鉄兜に補修の目立つ革鎧。胸に輝く銀の認識票が無ければ、中古装備に身を包んだ駆け出しを疑う程だ。

 

 勇者は興味深そうなゴブリンスレイヤーを観察すると、妙に癪に障る笑みを浮かべた。

 

「じゃあ僕らはココで失礼するよ。なんだか馬に蹴られそうだしね」

「何言ってるんだお前は。兄弟子殿。またいずれ……」

 

 妙に名残惜し気に言い添えると剣聖は何度も振り返って頭を下げた。対照的に賢者は軽く会釈を返すと、勇者の背を追って歩き出した。

 何とも妙な連中だった気がする。だがまあ最悪な旅路と言う程ではなかった。

 

『糞虫共はどうなった』

 

 簡潔な手言葉で、吾輩は小鬼殺しの冒険者へ訪ねた。最も答えなど最初からすでに分かっている。目の前にいるのはその名を裏切らぬ男だ。

 

「皆殺しだ。……そちらはどうなった?」

『他愛なし。元より下水を這いまわる溝鼠相手には、いささか大仰な顔ぶれであった』

 

 ボロボロの鉄兜は何を言うでもなく頷いた。

 

「お前の技で奴らを始末できた」

『……もう貴殿の技だ。見事な手並みであったな』

 

 何やら奇妙な沈黙があたりを支配する。

 

『貴殿が、我輩あらずとも糞虫共を討ち果たすであろうことはわかっていた』

「そうか」

『吾輩は貴殿がいた方が仕事がはかどる。それに、邪神共のサイの目に貴殿らの運命を託すなど我慢ならんのだ』

「……そうか」

 

 短く言って、ゴブリンスレイヤーは踵を返した。一歩踏み出して、ボロボロの鉄兜がこちらに振り向いた。

 

「どうした? 神殿に報告に行くのではないのか」

 

 その言葉を受けて、何故か遠い昔に忘れ去った暖かい何かを思い出したような気がした。

 

 

 

 

 

 

――わが師へ顛末を伝え、水の街での仕事は終わった。

 

 そして、吾輩は一足先に街を出た。この身を我が母の視界に晒さぬように……。 

 元よりその資格などありはしない。故にこれが今生の別れとなろう。そうあるべきなのだ。この醜い出来損ないを生み出した事など、忘れてしまえばよい。

 そして、願わくば、その御心が安んじられんこと。

 

 

 




~ダクソ風武器解説~
名伏したる刃ネイムレス・エッジ
 黒玉に輝く鋼を鍛えて作られた騎士剣(ロングソード)
 並の騎士剣より遥かに長大なそれは、まさに沈黙の聖騎士の佩剣に相応しい。
 何人もその剣の名を知らず、鞘より出る時は立ちふさがる全てを切り開くという。

 沈黙の聖騎士が信仰するという「名を知られぬ神」よりもたらされたとも噂される神器魔剣。 
 古に厳かなる神ありき。死と裁定を司るその神は戦を好んだ。
 神は、黒玉に輝く剣を佩いていたという。
 しかして神がその名を呟くのは、裁定を下すときのみ。その裁定は覆る事なき死であり、終にその刃の名を知るものは尽く絶えた。

 ただその鋼は後に「黒玉鋼ガルヴォルン」と呼ばれ、全ての鍛冶屋が狂おしくも夢に見る鋼と言われている。




時間をかけた割に、我ながらもの凄く駆け足になってますね。何としても完結させたい。その一念だけで走っています。皆さんの感想がその燃料です。いつも本当にありがとうございます。あともう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
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