ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
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後世に「小鬼戦争」と呼ばれた史上最大の小鬼禍の始まりは、恐ろしく
小鬼の上位種達によって率いられた複数の軍団による同時多発的な強襲攻撃が辺境地域に分散していた開拓村落をほぼ全滅させた。辺境の開拓村の中でも規模が小さく、連絡がまばらな村々が最初に狙われ、一夜にして消えた。
そこで得られた「捕虜」によって
事態を不審に思った辺境近くの領地を持つ代官や領主程度の戦力では歯が立たず、偵察に来てそのまま殺害された事も痛手であった。小鬼如きに、と中央に救援を求める事を渋った事もそれに拍車をかけた。
ともあれ王国において「辺境」と呼ばれていた地域はジワジワと「消滅」していった。……いち早く異変を察知して籠城戦を行った唯一の例外を除いて。
小鬼殺しの一党の崩壊。それは辺境の街に衝撃と驚きをもたらした。小鬼王との戦いで相討ちになった、再起不能の重傷を負ったなどなど様々な噂が飛び交った。
口さがないものはほどなく姿を消した女魔術師と駆け落ちしたのだと囁いた。だが、それを本人に揶揄するようなものはいなかった。
同じレイドを共にした戦友と言うのもあるし、なにより辺境最強を自称する冒険者が「自分の前でその話をした奴と決闘する」と明言したからだ。
しばらくは時間が止まったかのようだった。小鬼達の活動もなりを潜め、聴聞と思しき人々が時折、小鬼殺しの一党を尋ねるばかりであった。
その中には勇者の一行の姿もあった。
ところが事件は意外な事で終息に向かった。正しくはそれどころではなくなったのだ。
辺境の街に小鬼による凄惨な襲撃事件の報が矢継ぎ早に訪れるようになってからだった。
最初は連絡の取れない村が増えたという噂程度の話だった。
それが「郊外で小鬼の姿をよく見かけるようになったので調査または駆逐」という依頼の増大とともに、「調査の依頼を出した村を訪れたら廃墟になっていた」「小鬼退治の依頼に出かけた冒険者が誰も帰ってこない」と言う事態が辺境全体で相次ぐようになった。
とは言え、所詮は小鬼如きの事であり、辺境の事である。故に、辺境に所領を持つ貴族たちですらその対応はおざなりであった。
辺境の開拓村や市街はそもそも独立性が高い。故に手を出しても利がない事もそれに拍車をかけた。
そこかしこの村落が口にするにも憚れる悲劇と共に灰燼に帰すまで、そう時間はかからなかった。
そしてそんな報に本来ならば一番敏感な筈の小鬼殺しの冒険者は、拠点である辺境の街から一歩も動かなかった。
正確に言うのであれば「動けなかった」と言うのが公平であろう。
小鬼の偵察の痕跡、それも「前回以上に大規模な群れの存在」を匂わせるもの。広域的な小鬼の活動の活性化。かかる事態を察知した小鬼殺しの冒険者は早々に警告を発していた。
それまでならばさして重く受け止められるものではなかった筈のその警告は、彼が拠点とする辺境の街では重大なものとして受け止められた。
街の者とて、前回の死闘の記憶は新しい。再び襲撃の予兆があるとなれば尚更である。悍ましい小鬼の大軍勢が虎視眈々と街を狙っているのだ。
動こうにもまわりが認める訳がなかった。あれよあれよと言う間に防衛の陣頭指揮を執ることになり、小鬼殺しの冒険者は辺境の街の防衛計画に奔走する事となったのだ。
それほど小鬼殺しにとって、その街も郊外にすむ幼馴染も重いものだったのであろう。
彼の冒険者の来歴を見れば無理もない。辺境のありふれた悲劇である小鬼禍。しかして彼らは共に立ち上がった。再び訪れた「あの時」を打ち砕いてくれた「冒険者」なのだから。
驚くべきことに、小鬼の大攻勢によって辺境が失陥してからもこの街は抵抗を続け、王国、貴族、神殿、の各勢力が大同団結して逆撃を掛ける際の拠点となるまで持ちこたえたのであった。
事実は定かではないが、小鬼皇帝はこの街に小規模な軍勢を貼り付ける事で小鬼殺しの冒険者を拘束しようとしていたとする見方もある。
それが正しいとすれば皮肉である。人類は最後に正しいものを見出し、小鬼皇帝は最初から一番正しい相手を警戒していたのだ。
かくして王都がその前代未聞の異常事態を確信した頃には辺境地域に程近い領主層が全滅に近い状態となっていた。王都の首脳陣が半信半疑の混乱状態から抜け出せたのも、中堅クラスの領地を持っていた貴族の領都が小鬼の大軍に襲撃され、陥落寸前であるという早馬が届いたゆえの事であった。
王国首脳陣は直ちに現地に調査官を派遣。その想像を絶する凄惨な虐殺と破壊の爪痕に心を病み、血反吐を吐くような文言が散りばめられた上奏文に王国中が震撼した。
それに呼応するように王都や大貴族の領都で魔神王を奉ずる者たちの残党や邪教徒が大規模な活動を開始。矢次早の凶報に賢王と言えども初動の対応は遅れざるを得なかった。
信じがたい事ではあったが、小鬼の首魁とみられる個体は配下の軍団を完全に統制し、他勢力の動きを完全に利用していた。と言うより、この時期の同時多発的な破壊活動は小鬼の王が他勢力に対して協力を持ちかけた故ではないかと言う説もある。
その真偽は別にしても、この時小鬼共を率いていた個体は絶対的な戦闘能力と小鬼王すら顎で使うような異常な統率能力を持っていた事は疑うべくもなかった。報告書によれば、小鬼の上位種と思しき個体に高ランク冒険者のパーティや腕利きの騎士が瞬殺され、その動揺を突かれて惨敗した例も数多く報告されている。
小鬼王を超えた統率力、小鬼英雄を超えた強さ、それまでの小鬼達とは一線を画す存在で有ることに確信を持つものは少なかった。なにより小鬼と言う存在に対して大概の者が無知だったのだ。他の分かりやすい脅威に比べて余りにも落差がある。
これは辺境の小村落や未熟な冒険者達、そうした小さな悲劇を対岸の火事と無視し続けた我々へ神々が下した罰なのであろうか。捨て置かれた名もなき犠牲者達の報復なのであろうか。
ただ一つ確かな事はこれより先は小鬼禍を他人事だと思える者は誰ひとりとして居なくなったと言う事だ。
迎撃に向かった貴族や各種族の軍勢、勇気ある冒険者達、襲われた住人達、蹂躙された人々の姿は「凄惨」と言う言葉すら足りない。凌辱された女性たちのさらに悲惨な最期。
辺境にそれほど遠くない場所にある街や村が震え上がり、故郷を捨てて王都を目指すありさまだった。
そして、それらの脆弱なキャラバンが悪辣な小鬼達の食指を動かさぬ筈はなく、街道上はどこもかしこも血に染まった。
その悍ましき所業は、記すことすら憚られる。
吹き抜ける夜風に一掴みの牧草が舞う。
小鬼殺しの冒険者を含めて幾多の冒険者達が拠点とする辺境の街。その郊外に位置する牧場のほど近くを一人の少女が歩いていた。
腰に下げたランタンが闇夜の中に揺れる。白い神官の装いがランタンに照らされ、その華奢な身体を浮き立たせた。両手で錫杖を握り、時折立ち止まっては不安げにあたりを見回す。細い金髪の髪の裾から見える表情はかたい。
どうも見回りの頭数が足りてないらしい。
こんな夜更けに女一人でこうも人気のない場所を歩く愚かさが、それにはなんとも都合がよかった。
飛び地のように点在する草むらに身をかがめ、女神官を伺うそれ。
緑色の肌に子供ほどの背丈のそれは、この旨そうで虐め甲斐のありそうな獲物をどうすれば独り占めできるか考えていた。
小鬼は偵察であった。彼の組する群れが、この街を細かく見張るように
手を出さず頻繁に偵察に行けと言う面倒ばかりで旨味のない話で、群れの連中は不満たらたらであった。
だが来てみれば郊外には旨そうな女がいるではないか。
――あんな弱そうな女なら自分一人でも襲える
地面に這いずって距離を詰めながら湧き上がる欲望と期待で下半身が固くなる。
その時、突然風向きが変わり、彼の方へ女の匂いが漂って来た。
――鳥の骨みたいな痩せっぽちだが、女の独特の甘い匂いがする。
「!!!?」
その中に混じる臭いに小鬼は戦慄した。明らかな上位種の臭い。そいつが
何よりも恐ろしいのは小鬼がその相手の事を
そいつの残酷さを知っていた。そいつが
――危なかった。
手をかけたらどんな目に遭わされるか……。ともあれ、自分はそんな有象無象のバカではない。ハズレに手を出さなくても、あの恐ろしい奴は言う事を聞くものには気前がいい。
「――見つけたぞ」
地の底から響くような声が、背後に聞こえた。
振り返ろうとした瞬間、冷たいものが小鬼の肺を刺し貫いた。
「GA!?」
全身を駆け抜ける鋭い苦痛。喉奥から血反吐がこみ上げ、ゴボゴボと音を立てる。
背中に足がかけられ、小鬼の身体を貫いていたものが引き抜かれる。振り返りざまに目に入ってきたのは只人が使うにしては短い剣。その切っ先から滴る血潮。そして、小汚い装備に身を包んだ冒険者。
鋼の胸当て、その下に着込んだボロボロの皮鎧、そして汚い房飾りのついた鉄兜。だがその奥にある眼は、鬼火のように燃える眼は……。
――あの恐ろしいやつとそっくりの……!!
振り上げられた刃が煌めく。
「一つ」
声と共に体の感覚が消えた。
不可思議な方向に見える己の体。切断面から流れ出る血。
薄れゆく意識の中で小鬼の脳裏に、一月ほど前の記憶が駆け巡っていた。
――思えばそいつは最初から全てが異質だった。
「貴様ら糞虫には単純な問いの方が良かろう? 服従か、苦渋の死か、選べ。選ばぬならば―――後悔して死ぬがいい」
傲慢さと嗜虐を伴った声こそ、常の同属と変わらぬものがある。だが、その眼は……。
灰の奥底に燻る残り火のように、なにか異様なものを秘めた眼。その眼差しが身体の奥底を凍りつかせる。
「フ、フザケルナ!?」
ゆえにそう激昂したのは一種の防衛反応だったのだろう。
それに小鬼英雄である己の強さに自信があったのだろう。事実、小鬼英雄は強かった。群れを乗っ取ろうとした間抜けな田舎者を叩きのめし、馬鹿な冒険者どもを返り討ちにして、お零れにも預かった。その時頂いた女の味はよく覚えている。小鬼如きに、と屈辱と恐怖で顔を歪ませる様は最高の見世物だった。
要するに有象無象の
それ故に叩きのめすにしても、懐柔するにしても、取り込む事を第一にするはずだ、などと考えていたのだろう。
そんな阿呆が一瞬で達磨のようにされた時は唖然としたものだった。
「!?」
――手足?
無造作に転がった手足。剣を抜いたのすら見えなかった。ただ黒く耀く刃から滴る血が、現実離れした早業が現実であることを示していた。
その答えのような激痛を自覚したのか、阿呆が唐突に悲鳴を上げた。
芋虫のように転がりまわるそれを見下ろして、その同胞は確かに嗤った。
「愚かだな糞虫」
冷徹な声に混じる愉悦。まわりの同胞共は困惑し、恐怖しているのか、身動ぎもしない。小鬼自身、今一つ状況が理解できていなかった。
「さて、貴様らこの愚か者をどうしたい?」
その問いが響いた瞬間。最初は何が起きているか理解できなかった屑どもの顔に、嗜虐の笑みが浮かんだ。
まさに愚問だった。答えなど聞くまでもない。傲慢な愚か者が晒した無様。そんなものを前にしてやることなど最初から決まっていた。
薄暗い闇の中、響く悲鳴とそれをかき消すような哄笑。
そして、それを見つめるあの同胞の眼。この世の全てを焼き尽くすような熱と氷のように冷たい光が同居する恐ろしい眼。
同胞たちの嘲り。無様な阿呆が上げる愉快な悲鳴。
それらが段々と聞こえなくなって――深い深い闇の中に落ちていく。最後にあの鬼火のような眼だけが……。
月明りの中、小鬼殺しは目の前の小鬼が本当に死んでいるか、念入りに確かめた。
この群れは大した規模ではない。問題はそんな連中を統率して偵察に専念させるだけの存在が背後に控えていると言う事である。
もう、奪われるわけにはいかない。失うことを見過ごすのは御免だった。
最初でも最後でもない夜が、静かに更けていく。
人族からすれば遥か果てにある古びた城塞。その大広間にある玉座とも祭壇ともつかぬそれに彼は腰を下ろした。
その大広間に続々と流入してきているのは、上位から下位までの多様な小鬼達である。其れだけではない。
怪しげな風貌の邪教徒達がいる。巨大な体躯を誇るオーガ達がいる。それらは一様にその玉座に座る彼を見ていた。
――かつて魔神の王が座った玉座に糞虫風情が座るとは
何人も予想しえなかったであろうな、と彼は独り言ちた。
かつて魔神を奉じた者たちの残党、邪神を祭ろう者たち。どいつもこいつも最初はいけ高々に協力してやるから従えと抜かしたものだった。
尤も全員、至極丁寧に立場を解らせてやったわけだが……。
ともあれ連中にとっては世が乱れる事は利ではあった。故に協力のみを持ちかけてくる連中とて居ないわけではなかった。
黒幕ぶってこちらを利用しようと言う連中も少なくなかった。そうした連中は忌々しい勇者の注意を引き付けてくれた最もありがたい間抜け共だ。
なればこそもとよりそれらを取り込むつもりなど毛頭無かった……。
無かったのだが、世には変わり者がいるのもまた事実だった。どう言うわけだかこちらに加わりたがる連中が出てきたのだ。
数は少ないものの、オーガやら邪教徒やら狂気を召した鉱人やらのいる寄り合い所帯になった事だけはいまいち腑に落ちぬところだ。
とまれ隙あらば己の欲望に酔っ払う糞虫共以外の駒の方が扱いやすいこともまた事実。糞虫共をかき集めることにも大いに役立ってくれた。
やがて、集まった糞虫共の中から粗末な冠を被ったもの共が前に出て、跪く。王を名乗る糞虫共。どいつもこいつも卑屈な薄ら笑いを浮かべながら、その眼には「なんとか利用して己一人が甘い汁をすすろう」と言う姑息な企みが見えた。
しかし、それ以上にその眼を覆うものがある。
――恐怖だ。
支配は恐怖によって成される。それがこの醜悪な種族の唯一無二の善政だ。
「従がうものには、多くをくれてやろう」
その言葉を受けて、糞虫共の目に欲望と期待の光が宿る。浅ましい欲望の光。下卑た歓喜の声が広がっていく。
「逆らうものは……絶望して死ぬがいい」
言葉に答えるように響いたのは、狼の声。糞虫共がビクリと肩を震わせ、不安気に辺りを見回す。
連なるような咆哮が、遺跡を囲むように響きを満たしていく。透き通るような大狼の謡が最後の軍団の到着を告げていた。
師の元を離れて、幾度の冬を越したろうか。辺境中をかき集めて作った「軍団」は成った。これより戦争を始めるのだ。この呪わしき遊戯盤を叩き壊すための最終戦争を……。
とある辺境の街を除いた辺境周辺の小村落や開拓村、点在する開拓者達。それら全てを死と暴虐が飲み込むだろう。そうしてやっと全てが始まる。この忌まわしき生が発した時より始めるべきだった事が、終わらせるべきであった事が、ようやく始まるのだ。
小鬼は己の腰に佩いた剣を引き抜くと、居並ぶ有象無象共を見た。そして、黒玉の如く輝く刃を見やる。それを振り下ろした。
「愉しめ」
居並ぶ邪悪な顔に一様に歪んだ笑いが浮かんだ。答えの代わりに哄笑を上げて、小鬼たちがその場から出立していく。
彼らの目指す先は辺境の村落。その中でも街との連絡もまばらな小さな村々。それらを飲み込んで数を増やし、浸透する。小鬼風情と侮っている者達を喰らい尽くすのだ。
――盤外の邪神共。この道化芝居をせいぜい楽しむが良い
「我らが皇帝に栄あれっ!!」
唐突に隻腕のオーガが面白げに叫ぶ。皇帝!皇帝!皇帝!さざなみのように広がる連呼が城塞全体を震わせた。
その夜こそ、後に「小鬼戦争」と呼ばれた史上最大の小鬼禍の始まりであり、至上最悪の帝国が産声を上げた夜であった。
カラリ、コロリとどこかで骰子の転がる音がした。
今回はちょっと語りの部分が多すぎたかもしれません。
お付き合いしてくださった皆様ありがとうございました。
本当に皆様のコメントの一つ一つが力になってます。
ちょっと駆け足かもしれませんが、IFBADなのであんまり長くやりたくないのもありして
ご容赦頂ければ幸いです。