ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
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やはり、レスポンスがあるとモチベーション上がりますね。
辺境の陥落より数カ月の後。ついに王国は反撃に出た。王都に向けて進軍する小鬼の大軍団を殲滅すべく、貴族たちは傘下の騎士たちを招集し、冒険者ギルドは高位の冒険者達に参陣を要請した。
魔神王との決戦には劣るものの集まった兵は精鋭ぞろいであった。久々の大戦に貴族達は興奮冷めやらぬ調子であり、小鬼への復讐に燃える志願兵達は鼻息荒く行軍する。
そしてその誰しもが、その日の勝利を疑ってはいなかった。
王国の王都と辺境、その中間ほどに位置する場所にその平原はあった。
僅かな雑木林を覗けば見晴らしがよく、なだらかな広陵が広がる。大軍が展開しやすいその土地は、まさに決戦にはおあつらえ向きであった。
王国軍は王自らが指揮を執る。それを囲むように近衛と大貴族の騎士たちが轡を並べ、突撃の瞬間を待ち構えている。
集まる兵とて並ではない。王の近衛はもとより、大貴族の親衛隊の騎士達も優美な甲冑に身を包み、手にした騎槍や盾には各々の家の紋章が刻まれている。まさに王国の主力とも言える騎士団である。
勿論、冒険者や都市衛兵からの志願兵である歩兵達とて同じであった。
壁のように立ちふさがる歩兵達は、お仕着せの甲冑に身を包み、視界の良い鉄帽子をかぶり、小鬼共の軍勢が地平線より雑多に湧き出してくるのを睨んでいる。
手にした長槍がまるで麦穂の如くそそり立ち、鋭い槍先が血を吸う瞬間を待ちかねているかのように揺れている。
そして何より王国の切り札である勇者の一党が参陣しているのだ。「小鬼如きには過ぎた軍勢」そんな驕りを口にするものも少なくはない。
相対するように広がった軍団はと言えば、まるで対照的であった。小鬼共が生意気に足や胴には木や骨を綴ったと思われる粗末な防具を身に着け、得意げにギャアギャアとやかましく騒いでいる。手にするのは粗く削った長い木(と言っても我らが歩兵の長槍よりもはるかに短い)の先端を削った形だけの長槍だ。
「いかに猿真似しようと所詮は小鬼か」
兵たちの中から嘲るような声が飛ぶ。指揮官はそれを特に咎めさえもしなかった。
何せ粗末な事は事実であるし、頭目であろう上位種さえ殺してしまえば烏合の集になるに決まっている。
歩兵を束ねる指揮官達はおおむねこんな調子であったし、騎士達もさして変わるものではなかった。
士気こそ高かったものの、この時の王国軍は総じて楽観的な雰囲気が漂っていたようだ。
そしてそれが、この先の地獄への道を確かにした。
前進、の号令と共に歩兵達は進み始めた。彼方に聞こえる馬のいななき。騎兵隊が側面を取るために移動したのだろう。
第一列の槍穂が下がる。敵の距離が近くなったのだ。隊列の隙間から見える小鬼共。
ようやく辺境に住んでいた親族の仇が討てる。そんな者たちは珍しくなかった。多分、半分くらいはそういった者たちだったのだろう。もう半分はその悲惨極まる報を聞いて、自分や家族を守るために志願した者達だった。
都市部に住んでいれば、小鬼禍による惨劇などあまり聞くものではない。だが、辺境の開拓村にとっては一番身近な脅威だ。
そんな辺境ですら小鬼で村が消えるのは極まれな話である。そも辺境にはそれ以外にも村が消える理由など事欠かない。
だから、自分の身に降りかかるまではみんな話半分に聞いていたのだろう。だが一度自分の身に降りかかれば、そんな過去など関係ない。この場にいるものは皆、小鬼を不倶戴天の敵と認識していた。
とは言え、それらの決意が油断と侮りを払拭するかと言えば、そうは行かないのが人間の悲しさだった。
勇壮な太鼓の響きと共に、歩調の揃った足音が続く。
ジリジリと歩を進める槍衾に堪りかねたのか、前衛の小鬼達が槍を放り出して逃げ始める。
それが歩兵達を勇気づけた。知らず進軍の足が速くなる。
――こちらの槍は敵の倍はある。さあ、残酷非道な小鬼共、天罰をくらえ。
歩兵の指揮官の一人がそう思った瞬間、前列が消えた。
「な!?」
指揮官の口から思わず声が漏れる。
しかし、その次には何かぐにゃりとしたものを踏んで、前につんのめった。
踏んだのはどうやら転んだ人間らしかった。よく見ればせいぜい大人のくるぶしが埋まる程度の穴が掘られている。
まるで子供の悪戯程度のそれは小鬼達の長槍もどきで隠されていたのだろう。
「いてええ」
「なんだあ?」
「いててて」
「ばか、踏むな」
「早くどけよ」
隊列のあちらこちらから、悲鳴が漏れる。隊列の前衛で槍を構えていた連中が長槍をあさっての方向に向けたり、落としたりしている。
「すぐに槍を拾えぇぇぇっ」
そう叫ぼうとした瞬間、目の前に粗く削られた木の先端が見えた。
口の中に広がる……土と、血の味。喉奥を抉られる強烈な痛み。光が瞬くようなそれと、嘲るような小鬼の声。
哀れな兵士が最後に見たのは、地獄の始まりであった。
長槍の前衛が崩れた瞬間に踵を返した小鬼達は、歩兵達に襲いかかった。あるものは粗末な槍もどきで貫かれ、そこに塗られた毒でのたうち回りながら死んでいった。
別のものは小鬼を刺した長槍の下を潜ってきた小鬼達に引き倒されてめったやたらに撲殺された。
小鬼が卑劣な罠を使う事を知っているものがいないわけでは無い。だが、大半の人間にとって小鬼など増えすぎた害虫駆除と言う認識であった。勿論、それらが非常に厄介な毒虫である事は分かっている。
だが、それでも「駆除」であって「戦争」ではなかったのだ。
その認識の掛け違いこそ、この戦争中で最も被害を出した原因であった。指揮官達の中には凄惨極まる報を聞いてなお、やはり対岸の火事であり、どこかで小鬼如きにすら対処できぬ辺境への侮蔑すら僅かながらあったように思う。
つまるところ彼らは「傲慢」の対価を自身や家族、そして戦友たちの命であがなう羽目になったのだ。
だが、それを責めるのも如何ばかりか。事実として小鬼とはそういう存在であったし、その時とて混乱し壊乱したのは最前列付近の歩兵だけで、即座に状況を把握して態勢を立て直した第三列や予備隊は反撃したのだ。
そして、それは覿面であった。方陣を組んだ歩兵による槍衾は小鬼どもを串刺しにしたし、援護の弓兵や魔術士部隊による投射攻撃は連中の形ばかりの陣形を混乱させた。そして、その後は大貴族お抱えの騎士連中による派手な突撃。騎兵槍と騎士たちの甲冑に刻まれた結界呪文、それらを連動させたランスチャージの威力たるや、一撃で敵の本陣を突破したのだ。
まさに騎士物語の語りもかくやと言わんばかりの活躍であった。もしも、その本陣に
そう、いなかったのだ。それどころか十重二十重と本陣を囲む軍団の陣容は弓兵や呪術師であり、至近距離から猛烈な勢いで弓や魔法を受けて、騎士たちは身動きが取れなくなっていた。
事態を打開すべく、その中に颯爽と斬り込んだ者達こそ勇者の一行であった。勇者の一行の偉大な魔術師が凄まじい大魔術で、敵の陣の一部を焼き滅ぼし、勇者と剣聖が敵を斬り伏せる。
このまま押し返せる。誰もがそう思った瞬間の事だった。
彼方より、声が木霊する。小高い丘の上。いつの間にかたたずむ一頭の獣の影。
遠方にあるにも関わらずはっきりと見えるその姿は常の狼にしてはあまりに大きい。
「
物悲しく不吉なその咆哮に、応える声。同じく狼の遠吠えが、さざ波のように増えていく応え。丘の上の影が増えていく。
狼たちの重唱。それは狩りの始まりを告げる歌だった。いならぶその影こそは狼に騎乗した小鬼の軍勢。
それもただの小鬼だけではない。大狼に跨った巨大なそれは小鬼英雄ではないか。
「まさか、小鬼英雄の騎兵隊なんて…あり得るはずが」
小鬼の上位種だけの軍団など統率できるのは並の小鬼ではない。
月光の下、一番初めに現れた影が剣をぬく。月光に照らされた刃がなおも漆黒の輝きを放つ。
「小鬼、皇帝…」
誰かが息を呑む音が聞こえる。一瞬の静寂の中に響いたその言葉を誰が言ったかは定かではない。
ただ後の記録によれば「小鬼皇帝」と言う単語が最初に登場したのはこの時だと言われている。
「うわ、嫌な予感してたけど、大当たりかな」
「「「「「「「「「「「GROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOV!!!!!」」」」」」」」」
手に手に武器を振り上げた小鬼英雄達の蛮声。丘の上に現れた軍勢が怒涛となって駆け降りる。
「まあヤバいけど、同時にチャンスでもあるよね。ここであいつをやっつければ良いわけだし」
太平楽な言葉とは裏腹に勇者の声は上ずっていた。
軍勢のその先鋭を走るのは小鬼皇帝。常であれば自分本位な小鬼の上位種が一番危険な先駆けを務めるなどあり得ない。
にも拘らず、黒玉の輝きを放つ長剣を掲げ、軍勢を置き去りにせんばかりの勢いである。
それ故か配下の小鬼英雄達とて尋常の様子ではない。何かに追い立てられるように凄まじい勢いで迫ってくる。
矢じりの如き隊を成したその一団が、魔術師が形成した聖壁に触れようとした瞬間、小鬼皇帝が漆黒の長剣を振り下ろす。ガラスが割れるような音と共に、光り輝く壁が砕け散った。
そのままの勢いで小鬼の騎兵隊は囲まれた騎士の残党を粉砕した。
「奇跡を……」
「斬った!?」
賢者と剣聖があっけにとられたようにつぶやく。そんな二人をしり目に勇者は真っすぐに小鬼皇帝を見据えた。
「なんでそんなに怒っているのさ」
小鬼皇帝の総身から湧きたつ殺気と狂気。その焔の如き情動の根源が抑えきれぬ憤激と憎悪から成るものであると勇者ははっきりと直感した。
なぜならそれは紛れもなく自身に向けられているものだからだ。これまで障害物に対する煩わしさと怒りをぶつけられる事は幾度もあった。
だが自身を矛先として、一個の存在が全身全霊の憎悪を叩きつけてくるなど皆無であった。
勇者はその瞬間、初めて目の前の敵に明確に恐れを抱いた。
……故であろうか。果たして彼女の振るった聖剣は小鬼皇帝の漆黒の長剣を断ち切る事は無かった。
刺すような金属音。魔神将ですら切り裂いた聖なる刃は黒き鋼に受け止められていた。
「なっ!?」
持ち主の勇者ですら驚くような切れ味を見せていた聖剣があっさりと止められていた。並みの名剣名刀のたぐいであれば2.3本束にしてても持ち主ごと真っ二つにできる破格の刃。
その刃が受け止められていた。それどころか人外の膂力でもって押し返されているではないか。
黒玉の輝きを放つその刃は僅かな欠けすらない。
となれば純粋な膂力の勝負、そして「重さ」の勝負だ。力こそ遅れを取るものでは無いものの、勇者の体格は華奢な女性のそれである。
「これは、まずいかも…」
故に純粋な重さの勝負には明らかに目の前の戦士に軍配があがる。
勇者の背に冷たいものが走った。
二合、三合と打ち合うその一撃のすべてに必殺の重さがある。
剣を持った腕の長さはそのまま射程の有利である。
その体躯と研ぎすまされた剣技は、またがる獣にも引けを取らぬ俊敏さを見せる。
「くっ!!」
受けた一撃の重さで剣が痺れそうになる。そして、僅かに体勢が崩れた。
刹那、小鬼皇帝の咆哮。跨る大狼の巨体がうねる。そのうねりと共に繰り出された漆黒の長剣の一撃は聖剣ごと勇者を空中に巻き上げた。
「くっ!」
空中で体制を取り戻すも束の間、返す刀の一撃が勇者の身に迫る。
「勇者ああああっ!!」
横合いから放たれた神速の抜き打ちが、漆黒の刃を撃ち落とした。
「このままでは囲まれる!! 退けッ!!!」
仲間である賢者を馬の上に放り上げた剣聖が、勇者も乗るように促す。
周りを見れば、騎士たちを追い散らした小鬼英雄の騎兵隊が本陣の側面へと疾走していた。それに合わせて囲んでいた呪術師や弓兵たちも置いて行かれない様に後を追いかけていく。
「でも! あいつが!!」
「殿は私がやる!!」
そう言って、己が背に差したもう一振りの長刀を抜いた。その刃が姿を見せた瞬間、目の前の小鬼が僅かに顔をしかめたような気がした。
遥か東の果て、悍ましき伝承と共に伝えられしその名を「魂喰」と言った。師よろしく刀を集めるのが趣味の剣聖とて普段であれば触る事すら憚るその刀は、使用者の魂を食らって強さを増す、文字通りの妖刀である。
「だめだよっ!!」
勇者が真剣な顔で怒鳴る。対して、剣聖の顔はどこか穏やかであった。悲しみの枯れ果てた末の穏やかさ。
どこか果敢なさすら感じさせるそれが、不吉なものを感じさせる。
唐突に、勇者の脳裏に彼女の兄弟子が小鬼を討伐に行って消息を絶ったと言う報せを受けた時のことがよぎった。
文を抱き締めて泣き崩れた顔はいつもの凛とした表情などかけらもなかった。
数日程ふさぎ込んでいた彼女が、突然、一振りの刀と共に勇者たちの前に現れた時から、彼女はこんな目をしていた。
「……お前さっき、あれが怒ってると言ってたな」
「え?」
剣聖はそう言って、小鬼皇帝を見た。
「私もな―――奴らに怒りがあるのだ」
魂喰の刃が薄紫に光る。剣聖の表情が一変して般若のそれに代わった。
「剣聖、まだあの人の事……」
「賢者を頼んだぞ」
何か言葉を紡ごうとした勇者を遮って、剣聖が馬の尻を叩いた。
「剣聖! 待って!!」
馬から飛び降りようとした勇者の背を何かが掴んだ。
「勇者、彼女の好きにさせてあげて」
「賢者! でもっっ!!!」
そう怒鳴り返そうとして、勇者は何も言えなくなった。賢者が泣いていた。いつも無感情にすら見えるほど冷静な少女が、ただはらはらと涙を流していた。
「これは八つ当たりなのだろうな」
怪しげな薄紫の光を放つ刀を片手に、剣聖はそう呟いた。
「あの人は敵討ちとか望む人じゃないから」
無造作な動きで背後から忍び寄ってきた小鬼を叩き切る。袈裟懸けに滑り落ちた小鬼の上半身が地面に内臓をぶちまけ、続いて下半身が崩れ落ちる。血反吐を吐いて痙攣する小鬼を紫色の靄が包み込んだ。
「でも私は未熟だからさ」
そう言いながら振るった斬撃は数歩先で弓を引こうとした二体の小鬼を弓ごと両断した。
段々と彼女を包んでいく薄紫の靄が、斬り捨てた小鬼達から「なにか」を吸い取るように脈打つ。
「だから―――御首頂戴いたす!」
剣聖は刀を八相に構えた。一瞬、小鬼皇帝が不快げに顔を歪めた気がした。
ジリジリと間合いを測る。担ぐように剣を構えた小鬼皇帝が静かにこちらを見ていた。
――こいつ、剣を知っている?
構えこそありふれたものであるが、その落ち着きが気になった。
無論、小鬼とて上位種ともなれば無闇矢鱈と襲いかかってくるわけでは無い。状況を見る程度の姑息さはある。
だが基本的には力押しの傾向が強い。なにせ彼らの腕力は只人よりもずっと強い。それこそ生半な技などねじ伏せてしまえるほどに……。
そうした相手につけ込むことこそ真の技術であるが、こいつはそれを知っている。
それどころか、こちらの間合いに一歩届かぬところを測っている……ように見えるのだ。
――常の刀なら千日手であろうな
剣聖は其の場から動かずに剣を振るった。刀身に纏わりついた薄紫の光が鞭のように延びる。
「GR…」
その斬撃を小鬼皇帝が忌々しそうに切り払う。
妖気による斬撃。それこそがこの刀を妖刀足らしめている権能である。単純に間合いの長さは有利である。まして通常の長大な刀身と違ってこの妖気の刃には重量がない。常の刀の感覚で
小さく、より無駄なく。抉るような斬撃の乱舞。一撃、一撃に胴を両断するような威力はない。
だが手足を飛ばし、臓腑に斬り込む程度の威力はある、動きを鈍らせるなら、追い詰めて殺すなら、それで十分なのだ。
「GRRRRR……」
小鬼皇帝の口から苛立ちの混じった唸りが漏れる。その長身に似合わぬ俊敏さで妖気の斬撃を叩き落とした。
妖気の刃を撃ち落とすあの長剣は見かけ通り尋常のものではない。それ以上にその技量が驚嘆に値すべきものだ。
―――なんで。
だがその時、剣聖の心によぎったのは未知の驚きではなかった。
―――なんで。
違和感。ジワジワと心に染み込んでくるこの違和感は何だろう。
ついに直接剣を交える間合いとなる。それこそ剣聖の狙い通りであり、妖刀の権能による小手先の応酬とは違う剣術による真っ向勝負。
体格差を考えればそこに持ち込む事こそ勝負の分かれ目だった。
―――違う。
だからこそ、際限なく湧き上がる違和感から剣聖は必死で眼を逸らそうとした。
―――私は、この剣を
「あっ」
答えに捉われた瞬間、呆けたように思考が真っ白になった。
「GROOV!!」
そしてその瞬間を見逃すほど、目の前の相手は甘く無かった。
嫌にゆっくりと時間が流れる。手にした妖刀でとっさに受けようと前に出す。だが、その一撃は小手先の防御で止まるようなものではない。
黒玉の輝きをもつ刃が、月光を受けて閃いた。
「
何故その言葉を出したのか、自分でも
致命の一撃が手にした妖刀に触れた刹那、頬を流れ落ちた熱いものが、涙なのだと彼女は気づいた。
熱く冷たいものが己が身体を通り抜けた感触がして、彼女の意識は闇に閉ざされた。
月が満ちていた。倒れ伏したその女を見下して小鬼皇帝は忌々しげに唸った。
傍らには刀身の中程から砕け散った刀がある。その刀を包んでいた薄紫の妖気は今はなく、ただの金属の欠片が地面に散らばっていた。
宿の主の命を吸い絶大な力を与える。ありふれた妖刀魔剣の類であるが、その中でも恐ろしく強力なそれ、故にこそ小鬼皇帝には不愉快この上ないものだった。
――自らこの糞虫のものになろうとした愚かな女。あの魔女と同じ愚か極まる女。
故にこそ蛭の如き妖刀風情にくれてやる気などない。
小鬼が己のものを他者に分け与えるなどあり得ぬ。
小鬼皇帝は女の身体を抱えあげると、主である騎士を失い所在なさげにうろついている馬を捕まえた。
馬の背に女を乗せると落ちないように手綱で身体を固定し、そのまま小鬼の皇帝は馬の尻を叩く。馬は人族の本陣へと走り出していく。
遠ざかっていく馬の背中。そこに揺られる小さな背を、小鬼皇帝は静かに見つめた。
――いまだ
彼方に消えゆくまで、小鬼皇帝はその場を微動だにしなかった。
およそ糞虫らしからぬ事をしていると言うのに、不思議と後悔はない。その訳が彼には理解できなかった。きっと天頂に輝く月すらも預かり知らぬ事だろう。
クン、といつの間にか傍らにいた大狼が小鬼皇帝の脇に頭を擦り付ける。
小鬼皇帝はその背を撫でながら、ただ黙って天を見上げた。
静まり返った地上を照らす冷たく静かな光。
ひしゃげた騎士の甲冑、折れた長槍、兜の中で絶望に顔を歪めた骸。
虐殺された兵士たちの虚ろな眼が、おなじ月を見ていた。
味方の陣地へと帰還した勇者たちが、小鬼皇帝の本当の狙いを知るのはその数日後の事だった。
前線に兵を送って手薄になった各国の主要都市をそれぞれ数百の小鬼を率いて浸透した小鬼王達が襲撃したのだ。幸い王都の守りを担っていた高位冒険者達によって撃退されたが、それでも都市に残された凄惨な爪痕は、小鬼を侮った者達とその脅威を知ろうともしなかった者達へ等しく教訓を残した。
――小鬼とは、それ以外の全てのものにとっての呪いなのだと。
史上最大にして最悪の小鬼禍。そしてそれこそが、皮肉なことに、かつて魔神王と戦った時と同じく全ての人族を大同団結させる呼び水となったのだった。
ちなみに魂喰は元ネタは獣の槍です(笑)
あっさりぶっ壊しましたけど師匠の剣のおかげです。
てかあれがないと勇者にさっくり殺られてますw
一応年内の完結を目指しています。
評価コメントや感想には本当にいつも助けてもらっています。
ここすきとかも実は見てます(笑)
さて今年もあとわずかとなりましたが、皆さま応援いただければ幸いです。
これからもよろしくお願いします。