ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
あと少してお付き合い戴ければ幸いです。
冒険者達の集う辺境の都市。その郊外に広がる平原は常ならぬ喧騒と緊迫のただ中にあった。
森の畔より姿を見せるのは、数百の小鬼の軍勢。普通であれば子供の背丈ほどもない小鬼であるが、その残酷さと数が脅威である事は言うまでもない。だが、此度はそれ以上に大柄な影がそれも複数見えた。
経験を積んだ小鬼は姿を変える。術者や田舎者と言った上位種の中でも
「一体何匹いやがんだ」
誰が言ったのだろうか。恐れ交じりの一言は小鬼の軍勢を阻まんとここに集った冒険者全ての総意であった。
常であれば徒党ごとに行動する冒険者たちも此度ばかりは、集団戦にて挑む構えであった。
装備も年恰好もバラバラの冒険者達が皆一様に緊張感だけは共有している。
街を蹂躙とせんと目論む小鬼王。率いる軍勢数百匹。
最下位の小鬼の雑兵どもは言わずもがな、
まさに王と呼ぶにふさわしき大軍勢である。辺境の開拓村など飲み込むのは朝飯前だ。郊外の牧場など一呑みにするだろう。
家畜で滋養をつけられ、奪われた女を慰み物にして、さらに数を増やして、手が付けられなくなる。
そうなった時に徹底抗戦を選ぶ冒険者がどれ程いるだろう。大抵の冒険者は近隣の街に避難し、嵐が過ぎるのを震えて待つ。
如何に黄金等級が相応と言われる小鬼王とその郎党も、高位冒険者や軍隊を派遣されれば、流石に分が悪いだろう。
そうして相応しい力を持つ者が問題を解決してくれるのを待てば良い。
街を見捨てて逃げるのはむしろ賢明な判断と言える。冒険者は自己責任の世界。街に雇われているならいざ知らず、わざわざ危険に飛び込んだところで、なんの補償もありはしない。怪我などすれば大損害であるし、まして命を落とせば言わずもがな、だ。
大体にして小鬼風情に無様に命を散らして誰が褒めてくれると言うのか。誰が歌ってくれると言うのか。
巷に流れる変人冒険者たちの勲もすべては物珍しさ以上のものはない。
しかし彼らはこの場に立っていた。街に侵攻する小鬼の軍勢を前に迎え撃たんとして集ったのが彼等だ。
郊外の平野に柵を作るように展開し、各々得意な武器を同じくする者たちで隊伍を組む。緊張した表情で斥候のもたらした陣容を聞く。
「小鬼英雄を含む上位種多数。雑兵は数百の規模」
もたらされた報告に息を呑み、どよめきが上がる。むろんこの中に「たかが小鬼」と侮るものなどいない。しかし、複数の小鬼英雄ですら苦労すると言うのに、軍勢と小鬼王と言う特殊な個体までいるのだ。
その上、捕まれば嬲り殺されるだけでは済まない。女性の冒険者が不安そうに自らの身体を抱き締める。
「おいおい、しけた面すんなよお前ら」
妙に明るい声が、落ち沈みかけた空気を切り裂く。
皆が声のした方へ視線を送った。
「な、なんだよ」
いきなり多数の目に見詰められてか、槍を担いだ美丈夫が気まずそうに頬をかく。辺境最強を自称するその冒険者は、自称に違わぬ技量の持ち主である事を知らぬものはこの街にはいない。
「尤も最近は歯ごたえのある奴が増えてきたから、その看板も持ってかれちまうかもしれねえ」
殊勝な言葉とは裏腹の好戦的な笑みを浮かべ、美丈夫が言葉を紡ぐ。有象無象の冒険者たちから縋るような視線を受けて、なおさら気分を良くしたようだった。
その様子を三歩後ろを付き従うように、眺めながら微笑むのは、豊満な肉体の魔女である。煙草をくゆらせながら、微笑む様はなんとも妖艶であった。小鬼共には垂涎の的であろう。そんな美女が泰然と槍使いの軽口を楽しんでいるのだ。それがなんとも頼もしい。
不安げにしていた女冒険者たちの顔にほんの少し笑顔がもどる。
その様子を横目に見ながら、槍使いはいっそう頼もしく声を張り上げた。
「お前ら忘れてるようだがな、俺たちの大将は小鬼を殺す事にかけちゃ右に出る奴はいねえ。それに関しちゃこの俺も辺境最強の看板を謹んで進呈するってもんだ」
そう自信ありげにのたまいながら、槍使いは一人の冒険者の背中をどやしつけて前に押し出した。
ボロボロの鉄兜。傷だらけの胸当ての下には皮鎧と鎖帷子が見える。腕には
「ゴブリンスレイヤー?」
「今回の指揮はあいつがやるのか…!?」
「あんなうす汚い冒険者が指揮官なのか?」
「黙ってろ小僧! 確かに、あいつなら……」
ぼそぼそと冒険者たちの中から声が上がる。だが、その表情は先ほどまでよりも明るい。少なくともこの辺境の街で冒険者をしているものであれば、この変わり者の冒険者が何人であるか知らないものはいない。
「……いつから俺が指揮を執ることになったんだ?」
兜の奥で、うっそりとした呟きがあった。
「……
「……そうか」
槍使いが小声で答えると、
「それで、もう一人の殺人鬼みてえなのはどうしたんだよ」
「あいつはココには来ない」
「なにいっ!?」
サラリ返された言葉に、槍使いの表情が目を見開く。厳かに答えた鉄兜のその奥にある表情はやはり見えなかった。
時は遡り、数日前。
ゴブリンスレイヤーがその痕跡を見つけた時、彼の背には久しく感じていなかった戦慄が走った。
下宿している牧場の程近くの林で見つけた複数の足跡。
小集団の斥候による偵察。巧妙に隠蔽されたその中には上位種らしきものも混ざっている。
偵察にそこまで数を揃えて手出しをさせないだけの統率力はただのホブや呪術師ではありえない。まして小鬼英雄ですらもないだろう。大規模な群れとそれらを操るだけの狡猾さを持っている小鬼の上位種。
「小鬼王……」
我知らず呟いた結果こそ最悪の可能性であり、同時に最も高い可能性だった。
それ自体が本来であれば、金等級冒険者のお出ましを願うような相手だ。
まず間違いなく配下のゴブリンは数百を超える。付き従う上位種の数も少なくはないだろう。
辺境とはいえ一個の「都市」を滅ぼすだけの規模は十分にある。
そしてその足掛かりとして狙うには、この牧場は絶好の場所だった。軍勢の腹を満たすだけの家畜(にく)があり、数を増やすための女(牧場娘)までいる。
時は一刻を争う。
何としても幼馴染とその叔父を逃がさなければならない。
ゴブリンスレイヤーは決然とした足取りで母屋へと向かった。
「嫌だから」
幼馴染はさらりと答えた。笑顔のはずなのに何故か有無を言わせぬものがある。
「だってさ、君は行くんだよね?」
幼馴染である牧場娘が豊かな胸をテーブルに押し付けたまま、あきらめたように言った。
「ああ」
ゴブリンスレイヤーの応えは短い。決して気圧されたわけではないのだが、それでも彼女の意思の硬さは十分に分かった。
「それとも……」
そう言いかけて、牧場娘が黙って首を振る。優しい娘である彼女の事だ。ゴブリンスレイヤーも一緒に逃げてくれる? そう言いかけたのだろうか。やはり優しい娘だ。幼馴染として彼の命を案じてくれているのだろう。それでも、彼にはやらなければいけない事があった。
「それに、ここは貴方が帰ってくる場所だし、困るな」
そう言って穏やかにほほ笑んだ。その態度とは裏腹に彼女の肩が小刻みに揺れている。
当然だ。自分と同じく小鬼に故郷を滅ぼされた身だ。自分の傍らで小鬼の凄惨な本能の犠牲者の話など飽きるほどに伝え聞かせてきた。
目をそむけたくなるほどやるせない話の、残虐な悲話の主人公に、今度は自分がなるかもしれないのだ。
戦士でも冒険者でもない。唯の牛飼いの少女が。
それでも、彼女は逃げるとは言わなかった。いつものように少しだけ困ったような笑みを浮かべながら、
彼女はそこに座っていた。
「君は帰ってくるんでしょ・・・」
牛飼い娘の問いにゴブリンスレイヤーは言葉を返せなかった。だが、彼女はそれを肯定と受け取ったようだ。
「なら、私はここで待ってるから」
そう言って、彼女はまたほほ笑んだ。その微笑みが、脳裏に焼き付いた姉の笑みと重なって、ゴブリンスレイヤーの心をかき乱した。
心のどこかで、冷静な自分が言っていた。お前は決して英雄ではない。彼女を連れて逃げろ、分の悪い賭けをするな。くだらない意地を捨てて、遠くに逃げてささやかな幸せを掴めばいい。
そんな自分に応えるのは何時とてあの日の自分だった。あの日無力だった自分。姉を助けられなかった自分。目の前で小鬼共に嬲り殺しにされるのをただ見ていた無力な子供。
最初から答えは決まっている。やるべき事など一つきりだ。
「分かった」
分の悪い賭けであろうと、かけがえのないものが賭かっているのだとしても、
降りる事など許されるわけが無いのだ自分が
「ゴブリンどもは…皆殺しだ」
ゴブリンスレイヤーがその足で向かったのは街のはずれにある大き目な宿であった。
華美とは言わぬまでも整った風格が、腕利き共が挙って利用したがる理由なのか。
腕のいい冒険者で無ければおいそれと泊まれぬ値段の宿だ。
(尤も滞在費は顔も知らぬ貴族が金貨の袋を送ってきたと言うのだから、彼の沈黙の聖騎士の威光は弟子と言えど下にはおかせぬらしい。)
迎え入れられたのは多少広めな事以外は普通の部屋だった。巨大な三日月刃を持った斧槍などが無造作に転がっていなければであるが。
『ゴブリンか?』
ゴブリンスレイヤーの姿を見るなり、片手間に作られた手言葉の意味は明瞭であった。
どうも武装の手入れをしていたらしく、がっしりとした作りの丸テーブルの上にはナイフやダガーが並んでいる。その横には油の入ったフラスクといくつかの砥石や油を拭くためのぼろ布が並んでいる。
「・・・ゴブリンだ」
最初の一言こそ即答できたものの、ゴブリンスレイヤーにとってつなぐ言葉こそが重いものだった。
「頼みがある」
言葉とともに傷だらけの鉄兜の頭を下げる。
これには盗賊騎士も少々面食らったようで。武器に砥石を掛ける手を止めて、ゴブリンスレイヤーを真っすぐに見据えた。
頭に麦袋を被っているとは言え、常と変わらぬ闇に閉ざされた中に不思議とはっきりとした意思の光のみが感じ取れる目線。それが何故だか今日ばかりは妙に怖い。
責められるように感じるのは、己の中の後ろめたさが見せる幻影であろうか。
ゴブリンスレイヤーは己の中の不可思議な恐れを認知した。助力が得られない事への恐れは確かにある。ただそれ以上に、目の前の冒険者の手が拒絶の言葉を形作るのが恐ろしいのは何か灯りかけていた微かな灯火が消えてしまいそうな気がするからだ。
果たして盗賊騎士は拒絶の手言葉を作らなかった。その代わりに先を話すようにと手で促す。
「…すまない」
口をついて出た謝罪の言葉は、これから話す難事に巻き込むためだろうか。それとも、それでも共に戦ってくれと頼むためだろうか。ゴブリンスレイヤーは己の問いに答える事が出来なかった。
「郊外の牧場に小鬼の偵察の痕跡があった・・・」
ゴブリンスレイヤーは小鬼王の痕跡を発見した事を説明した。
元々小鬼殺しに並々ならぬ執念を燃やしている相手である。
事態の理解は早かった。
『小鬼王...なるほど。であれば群れの規模は?』
「正確な数は分からないが恐らく数百は下らないはずだ」
『上位種どももあらかた揃っておるだろう。それも一匹や二匹ではあるまい』
「恐らくは……」
『それで、貴殿はどうするつもりだ?』
「たとえ何百いようと俺のやることは変わらない。小鬼共は皆殺しだ」
『小鬼王。軍勢もいるとあれば、貴殿と言えど容易い相手ではあるまい』
「その通りだ。だから手伝って欲しい」
盗賊騎士からの答えはない。先程まで雄弁であった両の手がいまは指先一つ動かない。
ゴブリンスレイヤーは心の内でどこか衝撃を受けていた己を発見した。目の前の手が2つ返事で了承を形作る。心のどこかでそんな都合のよい未来を想像してはいなかったろうか。
「分かっている。これは割に合わない仕事だ」
ゴブリンスレイヤーはそれでも目の前の相手に落胆する気にはなれなかった。これまで共に幾多のゴブリンを殺してきた。しかし、それも生きていればこそだ。
「小鬼王は俺が刺し違えててでも仕留める。お前には…」
ゴブリンスレイヤーの言葉を遮るように、バンッと重い音がなる。盗賊騎士の手が机を叩いたのだ。
『承服できぬ…』
作られた手言葉をゴブリンスレイヤーは一瞬理解できなかった。
『そういう話であれば、吾輩は断る』
続く手言葉に希望を打ち砕かれた気がした。心のどこかで期待していたのだ。
目の前の盗賊騎士であれば二つ返事で了承してくれることを。あの時与えられなかった助けが、今こそ与えられることを。心の奥底で見ていた身勝手な夢を、いきなり眼前に引き摺り出されたような気がした。
オーク材の頑丈な天板に薄く手形を作ったその手は、そこに置かれていた油の瓶を粉砕していた。無骨な皮手袋に油とそれ以外のシミが黒く広がっていく。
それがまるで、己の心のように見えて、ゴブリンスレイヤーはしばし押し黙った。
「お前が言う事はもっともだ……済まなかったこの話は忘れ…『いかに貴殿と言えど、小鬼王の首は譲れん』なに?」
なればこそ、遮るように作られた手言葉の衝撃は一層大きなものであった。
『些事は全て貴殿に任せる。だが、かの糞虫の首は我輩のものだ。何れの邪神に叙せられた冠かは知らぬが、素っ首ごと叩き落としてくれよう』
信じられぬものを見た。叶うならば今すぐ己の頬をつねりたかった。己に与えられるはずのなかったものが、とうの昔に与えられなかったものが与えられようとしている。
「…手ごわい相手だ。割にも合わん」
そんな事を目の前の相手が理解しているのは先刻承知の事だ。それでもゴブリンスレイヤーは聞かずにいれなかった。
『それはあの糞虫共がこの地上で息をしている事を見逃す理由になるのか?』
その答えに迷いは見えなかった。ゴブリンスレイヤーは再び頭を深く下げた。そんなことしか出来ぬ己の矮小さにうんざりした。
「すまん、感謝する」
『それで...どう殺す?』
常と変わらぬ応えを返す盗賊騎士が、妙に誇らしかった。
ここから駆け足ですが終わらせて行きたいと思います!
とにかく完結させるという目的を第一に!
今まで応援してくださった皆様。あともう少しだけお付き合い下さい。