ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
と言うか本当に頭が上がりません。本作が読めるものに仕上がっているのも皆さんのおかげです(-_-;)
そして、感想コメントを入れてくれた皆々様、いつも本当に励まされているます。
なるべく、全てに返信するようにしてますが、漏れてしまっていたらご容赦ください。
本当に長い間、皆さまに支えられてここまで来ました。
あと少しですが、よろしくお付き合いください。
騎士とは小さな王であり、王とは大きな騎士である。
そして良き騎士とは、往々にして騎士を殺すことに長けているものである。
~とある高名な騎士の寄稿文より~
「次が来る」
冷静な声が女神官の意識を戦場へと引き戻した。
彼方より響くのは獣の咆哮。
「騎兵が来るぞ!!」
斥候役の冒険者の警告。どよめきと共に緊張があたりに走る。
「お前ら、所定の位置までずらかるぞ!!」
ベテラン冒険者達が口々に撤退を促す。
狼の背にまたがった小鬼の騎兵。
それとても、小鬼殺しの冒険者の見通した一手であった。
「よーし、立てろぉぉぉっ!!」
冒険者達が長大な棒杭のついた柵を起こす。麦穂を濾す千刃の篩の如きそれへ。小鬼を乗せた狼たちはまっすぐに突っ込んだ。
突き落とされて地面に転がる者、串刺しになって絶命するもの、そして串刺しになりながらなお進んでくるもの。
「あ、く、くそ、来るな」
片足を貫かれた狼が、鋭い牙を剥き出しにしながら腰を抜かした冒険者に迫る。
「あ、だめ!!」
女神官がとっさに助けに向かおうとするが、間に合わない。直後の惨劇を予想して女神官は目を閉じた。
直後、断末魔の叫びが響き渡る。
「あ、あれ?」
口腔を貫かれた狼が息絶えていた。そこに刺さっているのは中途半端な長さの剣。
投げたのは当然、小鬼殺しだった。
「すまねえ、助かった」
「…立て。すぐに次が来る」
その冒険者が落とした槍を拾ったゴブリンスレイヤーが狼の上の小鬼を突き落とす。
引き抜きざまに、落とした冒険者の方へ槍を放る。
「おっと、おいっ! 後ろ!!」
主を失った狼が向き直って、ゴブリンスレイヤーに襲い掛かった。
「……!?」
振り向きざまに振り下ろしたやや長めの片手斧が、狼の頭骨をリンゴを割るように叩き割った。
「ゴブリンスレイヤーさん、大丈夫ですか!?」
「切れ味が良すぎて慣れんな……」
ボロボロの鉄兜の奥から、珍しく戸惑いの混じった呟きが漏れる。
「おい、アレ!!」
誰かが叫んだのが聞こえる。
遠間であると言うのに見える巨体……それはホブより大柄で、頑強な体躯をしていた。
「小鬼英雄……」
単体でも銀等級の冒険者が徒党で挑む相手である。それが少なくとも十数体はいる。
「……女神官!」
珍しく慌てた小鬼殺しの声。ふと足元に何かが触れたと思った瞬間、目の前に牙の並んだ口腔が現れた。
「……くっ!!」
とっさに構えた杖に牙が食い込む。小鬼英雄に意識を取られていた隙に、狼から降りて身を低くしていた小鬼騎兵達に近づかれていたようだ。
狼の後ろで小鬼がニタニタといやらしい笑みを浮かべる。
「GRRR……」
「ひっ!!」
顔に迫るギザギザの短剣。その剣身に見える液体は毒であろう。その威力は常日頃から言い聞かされていたし、凄惨な犠牲者の成れの果てを見た事もある。
彼方に再び獣の咆哮が響く、恐らくは敵の増援。どうやら絶体絶命の様だった。
ただし、目の前の狼が文字通り狼狽えなければ……。
「え?」
女神官の頭を飛び越えて、何かが狼に襲い掛かる。
狼と見まごうような頑強な体躯のそれは、瞬く間に小鬼の騎獣の首をへし折った。
「あ、あ、あなた!?」
下敷きになった小鬼の首を喰い千切るその姿…。何故だか恐ろしく見覚えのあるその光景に、女神官は思わず叫んだ。
そんな彼女の姿を気にするでもなく、その「犬」は勝鬨を上げた。刹那、どこからともなく現れた大量の犬達が小鬼とそれを乗せる狼たちに襲い掛かる。
「いや、まさか、そんなはずは…」
この不可思議な光景に、
「期、なり」
刹那、地の底から響くような声が背後から聞こえた。
据わった眼。そこに燃える完全に正気を振り切った光。女神官は振り返った事を後悔した。
「各々方、手柄首ぞっ!!!!」
普段通りの凛々しい女騎士の声音。それが何故か今回ばかりは名状しがたき異様な雰囲気を帯びていた。
剣が差す先は小鬼にしては異様な巨躯の一団。ホブの軍団とその中核であろう小鬼英雄達だった。
「「「「「手柄アアアアアアッッッッッッ!!!」」」」」
明らかに異様な蛮声を上げて、冒険者の一団が突撃していった。重厚な甲冑に盾を見るにあれは「騎士」と呼ばれる方々ではないだろうか……。
と言うかなんかギルド長らしき人物が混じっていたような気がするのはきっと気のせいだろう。女騎士に追従する重剣士が、なにか助けを求める眼をしていた気がするのも全て気のせいである。気のせいったら気のせいなのだ。
重厚な甲冑と重篤な狂気をまとった戦士たちが、血に飢えたサメのように戦場を駆ける後ろ姿を女神官はなんとも複雑な気持ちで見送った。ぶっちゃけ、あんな狂気度カンストしてるような人達とお近づきになれる勇気は彼女には無い……。
直後に小鬼英雄たちの悲鳴が響き渡ったのを聞いて…もうこれでいいや、と女神官は思った。
「……あれは、何と言えばいいのだろう」
珍しく困惑した小鬼殺しの冒険者の声。
「なんだろうなあ……」
応えた槍使いの顔も、凄まじく引きつっている。
「そう言えば、ローグさんはどこへ行かれたのですか?」
女神官はしれっと話題を変えると、先刻から思っていた疑問を口にした。
てっきり斥候役に同行していると思っていたが、撤退してきた者達の中には見かけなかった。
「確かに、野郎、どこで油売ってやがるんだ?」
女神官と槍使いの視線がボロボロの鉄兜に向けられる。
「……小鬼王は必ず仕留める」
僅かな間があって、返ってきたのはいつもと同じ決然とした声だった。
「あん?」
ゴブリンスレイヤーの唐突な言葉に、槍使いが怪訝に眉を顰める。
「俺は自分を過信しない。……だから一番確実な手を打った」
「は?」
「え?」
低く静かに囁かれた言葉には、一分の迷いもない。
にも拘らず、聞こえてきたのは信じられない言葉だった。いつもの小鬼殺しであれば、必ず自分で仕留めようとするはずだった。
――もしくは、あの人に……。
そこまで考えて、女神官の中で全てがつながった。
「ゴブリンスレイヤー、てめえ……」
槍使いがあっけにとられたように小鬼殺しの冒険者を見た。
「なんだ?」
「なんでもねえ!」
少しばかりの溜息と共に、妙に面白くなさそうな顔をする。
「……ケッ、なんか変わったな、お前」
「そうか?」
「とりあえず、たまには俺の冒険にも付き合えや」
「それは報酬か?」
「そ・れ・も・報・酬・だッ!!」
「…わかった」
俺のほうが付き合いなげーのに、と槍使いがなにやら呟いている。どうもご機嫌斜めのようだ。
「何故笑っている?」
ゴブリンスレイヤーが少しゲンナリとした声で言った。
「なんでですかね。きっと素敵な事があったからだと思います」
女神官は大輪の笑みでそれに応えた。
――フザケルナ! なんなのだあのキチガイ共はッ!!!
辺境の街を責める小鬼達の軍団、その頭目である小鬼王は地団太を踏みたいのを何とかこらえて心の内で悪態をついた。
全てが上手くいっていた筈だった。ここからさらなる栄光と飛躍が始まるはずだった。
だと言うのに、目の前で起きている事はと言えば真逆なのだから、腹立たしい。
瞬く間に起きた一連の出来事は、まるで悪夢だ。
思えば孕み袋どもを使った「盾」があっさりと無力化された事がケチのつき始めだった。
もとよりこの街になにやら不穏な匂いがあるのは分かっていたのだ。故に偵察させる傍らで近隣の有象無象共を併呑して数も増やした。
そうして温存しておいたとっておきの
小鬼英雄に圧倒されているところへ横合いから騎兵で殴りつける。いかに忌々しい冒険者たちと言えど、これで蹂躙できる筈だったのだ!
盾には対処できていたとしても、小癪で愚かな人間どもは、有象無象のクズ共の中に才知にたけた賢い王がいる事など想像すらしていない。それが、彼が描いた勝利の絵図だった。
――全て、全てが上手くいっていたと言うのに……!!
女の絶望と自身の欲望が絡み合う未来に
だが、ここに至っても冒険者達は強固だった。手に手に槍を持ち隊伍を組んで陣形を作る。
にわか作りとはいえ、集団の槍衾だ。まともに突っ込めば串刺しにされる。
回り込もうとした騎兵たちに矢玉が降り注ぎ、軽装備の冒険者達が足の止まった騎兵たちに襲い掛かる。
――おかしい。
冒険者と言うものは群れる。とはいえ、それは数人の小集団であり、大量の手駒をけしかければ圧倒できるはずだった。
だと言うのに冒険者達は強固だった。ほころびかけたところを立て直している誰かがいる。
そしてそいつは、こちらの手の内を知り尽くしているような気がした。
――忌々しい冒険者ども、何を企んでる。
何よりの違和感は冒険者達が「食い止めている」事だった。明らかに何か時間を稼いでいるような気がする。
そう思った瞬間、妙に不吉な遠吠えが響き渡った。彼らを執拗に狙う「犬」の話をふと思い出した。他の群れから渡って来たクズ共の一人が、そんな話をしていた気がする。唐突に森に出た仲間が戻らなくなる。何かに見張られているような気がする。
――何を愚かな…。
そう吐き捨てようとした瞬間、
百頭を超える狼やら犬どもの群れ。それが冒険者達を今まさに襲撃しようとした騎兵の横腹に文字通り喰らいついた。
乗っていた狼ごと噛み倒されるもの。狼の上からさらわれて、瞬く間に四肢を引き裂かれるもの。
瞬く間に殺戮されていく。その上、今度は明らかに重装の冒険者共がいきなり狂乱して小鬼英雄共に襲い掛かったからたまらない。
明らかに正気の欠片もないにも関わらず、精緻な連携を取りつつ、小鬼英雄たちの首を叩き落していく。
――こんなはずではなかった
――ふざけるなっ!!
直後に湧き上がったのは、理不尽きわまりない運命と忌まわしい冒険者共への怒りだ。
――この復讐は必ずしてやる!!!
脳裏に滾る抑えきれぬ怒りは、活力をもたらす。
偉大なる王に土をつけると言う大罪、その償いは必ず果たされなければならない。
――だが、その為には……まず、逃げねば。
とにもかくにもこの場を生き残る事が先決だ。冒険者どもの注意が有象無象共に向いているうちにこの場を離れよう。
そうと決まれば行動は早かった。
走る、走る。木々の中を走る。木々を抜けた先の洞穴には、念のために残しておいた
――とにかく、生き残らねば!
己さえ生き残れば何とでもやりようはある。生き残ってしまえば、実質己の勝ちなのだ。
いままで、それはそうやって「勝利」してきた。
無様に命乞いをして、馬鹿な冒険者をだましてやった。あの時の様にまたやり直せばいい。
巣窟にかえり、女たちを集めてまた数を増やし、より強力な軍団を仕立て上げる、
そして必ず、この屈辱の報いを受けさせてやるのだ。
それこそが世の正しき摂理であり、己に与えられた当然の権利なのだ。
過たず、彼は己の宿命を確信していた。必ず再起して栄光を取り戻すと言う宿命を……。
。
ふと、開けた木々の隙間から彼方に上る煙が見えた。
―――あの方角は……。
風に乗って、流れてくる肉の焼ける臭い。不吉で不快な予感を掻き立てられる。
歩む足の勢いが落ちる。今まで迷いの無かった足取りが、今では妙に重い。
―――そんな、まさか……。
果たして、目に飛び込んで来た景色は想像以上のものであった。
彼の粗末な宮殿前に林立する「それ」は、常なれば、むしろ手を叩いて喜ぶような調度品だった。それが己が血を分けた
とめどなく流れる血潮。わずかに聞こえる苦痛の呻き。立ち木の枝を払い、先を削って尖らせただけの粗末な杭に、モズの早贄のように突き刺された生贄達。
その悍ましい街路樹の林を
協奏する断末魔のたどたどしい痙攣と呻き。それすら楽しむ余裕は今の彼にはない。
哀れな弱者のもがき苦しむ様と、惨めたらしく死んでいく光景。常であればこれほど興奮し、愉快な気持ちになる見世物はない。
だが、忌々しい事にこの杭の先に刺さっているのは彼の子供達なのだ。その王国の再起の為に、彼に奉仕し面倒ごとを請け負う
―――このような非道があるだろうか?
その瞬間、彼の描いていた再起の夢が粉微塵に砕け散ったことを悟った。
非道である。不当である。理不尽である。赦されざる行いである。
彼の腹の底に沸き起こったのは怒りだ。先ほどの敗戦の屈辱すらこれに比べれば霞む。
何より腹立たしいのは、この素晴らしい遊戯をしこたま楽しんだ輩がいると言う事だ。
このクズ共を殺すのであれば、それを楽しむ権利は自分にこそあるはずだった。
―――王として、この不当かつ卑劣極まりない仕打ちに対して報復せねば。
自慢の両手斧を握る手に力が入る。
「待ちかねたぞ。てっきり歓迎の準備が無駄になるかとおもったではないか」
唐突に響いた声。彼は一瞬で理解した。
―――反逆者。
どこに隠れていたかは知らないが、卑劣な
木の陰から出てきたのは、大柄な同族だった。
まるで忌々しい冒険者のような格好。顔は鎖綴りのせいで見えないが、先ほどの響きは確かに混沌の言語だ。
分不相応に上等そうな武器まで持っているが、なんだか古びていてみすぼらしい。己が手の両手斧と比べれば数段落ちるだろう。
「田舎者…いや英雄か。どうあれ、その程度で王であるこの俺に逆らうとは…」
手にした両手斧はかつて蛮人の戦士から女を盾に奪い取った代物である。たかが孕み袋ごときの為に隙を見せる愚か者にはもったいない。
見たところ相手は甲冑こそ着込んでいるものの、そちらも薄汚く見すぼらしい。手にした小盾と簡素な片手剣も簡素で剛健そうな造りではあるが、それだけだ。
》「今、その剣を差し出してこの王に頭を垂れるなら、命だけは助けてやろう」
小鬼の王は出来るだけ寛大に聞こえるようにねこ撫で声を出した。無論、そんなつもりは毛頭ない。剣を手放した瞬間、手にした斧で真二つにしてやるつもりだった。
有象無象のクズの分際でこの身に逆らった罪は万死に値する。
「王などとは……」
薄汚い同胞が言葉を紡ぐ、嘲るような含み笑いと共に両手の武器を地面に下ろしていく。
「思いあがったな、糞虫風情がっ!!!」
――聞け
――聴け!
――――鋼が目覚める!!
一陣の夜風と共に、金属を打ち付け合うが如き響が、聞こえた気がした。
その小鬼が手にしているのは、古く素朴な拵えであるが、上質な鋼で作られた剣。ただそれだけの筈だ。己の持つ両手斧には遠く及ばぬ品のはずである。
であるはずなのに、その鋼の異様な輝きはなんであろうか。触れざるはずなのに身を斬るような異常な殺気はなんなのだろう。
剣を肩に担ぐように構え、小盾を前に突き出す。たったそれだけの動きであると言うのに、巨大な城壁が立ちはだかったかの如き圧迫を感じる。
ここに至って小鬼の王は自らの計画が完膚なきまでに破綻した事を理解した。
薄汚い鎧を着込んだ冒険者に率いられた冒険者の軍勢も、異様なまでに獰猛でこちらの言う事など文字通り歯牙にもかけぬ犬共も、あのキチガイじみた連中すらも、全てはおとりであったのだ。
―――ただこの時、この瞬間に、追い詰めるための……。
心臓がバクバクと不穏を告げる。その姿は小鬼の上位種、
「なんだと?」
その手が地面に置かれたかと思うと、勢いよく跳ね上がる。何かが光ったのが見えて、小鬼の王は思わず己が双刃の斧を体の前に出した。
金属同士がぶつかる音がして何かが落ちる。一本の投げナイフが地面に落ちていた。
「貴様っ!?」
言葉を言い切る前に、小盾を前に掲げて剣を振りかぶる冒険者もどきの姿が見える。
その一撃をとっさに斧で受け止める。
「おのれ、逆らうか!!」
冒険者もどきに向かってそう怒鳴ろうとした刹那、澄んだ音共に地面に何かが落ちた。
――冠、王冠、俺様の王冠。
その物体についた紅い何か、ぬらりと額から流れ落ちたそれは、見知った色をしていた。
――おれの、血?
受け止めた筈なのに……そんな言葉が脳裏をよぎるもつかの間、氷のような怖気が背中を走りぬける。とっさに真一文字に両手斧を振りぬく。
――早いっ! 重っ……化け物めッ!!!
2度、3度、金属と金属がぶつかり合う甲高い音、飛び散る火花、その火花の中に映る鎖綴りの兜。
繰り出す剣撃は鋭く重い。唐竹割に再び頭部を狙った一撃を柄の真ん中で何とか受ける。
「舐めるなあっっ!!!」
渾身の力で柄を押し込む。
「何っっ!?」
その力が何か妙な手妻で上方へカチ上げられる。
互いに両腕を上げた奇妙な態勢。
――それでは貴様も攻撃できま……!?
小鬼王の胸板に何かが触れていた。
「うげぇっ!?」
小鬼英雄の棍棒で撃たれたかのような衝撃と共に、小鬼の王は己の体が宙に浮く。景色が唐突に前方に流れていく。刹那に見えた足底。
「ごはッ」
衝撃と共に、体の中の空気が全て押し出される。あばらどころか胸の骨が全て砕けているのではないだろうか。
今更ながら蹴られた事を理解した。とっさに後ろに飛び下がろうとしなければ、今の一撃で胸を蹴り砕かれていたかもしれない。
―――なんだ……これは。
「ま、まて、まてっ!!!」
「こ、このオレと手を組め! いや、俺がお前の配下になる!!! そうすればこの世に敵など……」
必死でまくしたてる。それは、一瞬動きを止めると、確かに嗤った。
「黙れ糞虫! もはや骰は投げられ、
地より轟くかのような声。その中に燃える怒りと憎しみ。それが小鬼王には理解できなかった。
鋭い剣と小盾を手に迫りくる冒険者のような小鬼。その鬼火の如き双眸。
そこに燃えるのは、怒りと、憎しみと、何より見知ったもの……。
―――愉悦だ。
愚かで惨めな獲物を嬲り殺すと言う興奮と期待に胸を躍らせるその表情を小鬼の王は何より見知っていた。
小鬼の王は生まれて初めて目にした邪悪に戦慄した。
―――これはなんだ? この目の前にいるひどく悍ましいものは?
「ああ、我らは同胞ではないか。赦してくれ。慈悲をかけてくれ」
地面に両手斧を置き、這いつくばる。屈辱的だが、ここで死なぬ為に手段など選んではいられない。だが、その小鬼は嘲りを全く隠すことなく鼻で笑った。
「赦し? 糞虫としてこの世に生まれ落ちた事をいったい誰に赦しを求めるつもりだ? 我らに似合いの赦しなどただ一つより他にあるまい」
嗜虐的な笑みがさらに深くなる。我らに命乞いなど無意味だと分かっていた。間抜けな人間でもあるまいし、当然の話だ。小鬼にとって間抜けの命乞いなど殺しをさらに味わい深くするスパイスのようなものだ。
小鬼の王は地面に這いつくばったまま、土を握りしめた。
「卑劣な
起きざまに相手の顔に土を投げつける。両手で斧を振り上げ、そのまま相手の頭蓋へと打ち下ろした。
間抜けな蛮人より奪った代物であるその両手斧。その重厚な鋼が相手を苦も無く真二つにする。無様な反逆者の巨体がマキのように地面に倒れ、土煙を上げた。
勝った。この賢き王は卑劣で恐ろしい叛逆者を打倒したのだ。
確かに、そのはずだった。彼の頭の中では……。
―――間抜けな愚か者。いい気味だ…。
熱に浮かされたような思考の中に愉悦が広がる。
口いっぱいに広がる血の匂い、彼方に聞こえる鐘のような音。体が動かない。視界がくらい。
―――何故……?
半分以上塞がれた視界の端にひしゃげた己の手が見える。口のなかに砂利のような感触がして、それを地面に吐き出す。
血反吐と共に見えたのは、黄ばんだ牙の欠片。
―――何故だ…? このオレは、勝ったはず……。
記憶が駆け巡る。己の出生。命乞いで見逃した間抜けな冒険者。その冒険者の肉の味。間抜けな冒険者から取り上げた宝と、その妻の味。軍勢を揃え、頂点への夢をひた走っていた筈だ。それが、この街を狙ったのがけちのつき始めだった。そして、小癪な冒険者に負けて、そして……。
―――目つぶしをして、真っ二つに……。
そんな儚い計画は斧を握った手と共に打ち砕かれていた。凄まじい速度で突き出された小盾が振り上げた手を砕き、同時に切り上げられた刃が斧を天高く弾き飛ばす。そして刃も返さず、鋼の柄頭が……。
最初の一撃は眼窩を砕き、そのまま鼻をへし折った。次は前歯と下顎。
鋼の柄頭で砕かれたか、それを握る拳で砕かれたか、もはや定かではない。
―――イタイ、イタイ、何故、カッタノニ……。
それはただの一つも言葉にならなかった。
ただ機械的に打ち下ろされる鉄槌が己の顔面を破壊していく事になんの抵抗もできない。
薄れゆく意識の中で小鬼の王は己の首元に冷たい感触を感じた。
「首を寄越せ。代わりに王国をくれてやる」
狂気と愉悦に満ちたその声が、それが何より恐ろしい。
―――死ねば天上の王国へと送られる。
只人の神官であったか、愚かな孕み袋が焦点の定まらぬ眼で呟いていた戯言。
かつてせせら笑ったその言葉が、その愚かなメスが、眼の前の騎士の背後で笑っているような気がした。
残虐な喜びを隠そうともしない。神聖にして不可侵であるこの命を刈り取ろうとしている。
眼前に佇む残酷で無慈悲な眼の前の者こそ、まさしくこう言うのであろう。
―――なんたる悪党
「……首尾は?」
みすぼらしい甲冑。ところどころにへばりついた返り血。まさに一仕事をおえた盗賊と言わんばかりの装いである。
その盗賊めいた冒険者が何かを小鬼殺しの足元に放り投げる。
まるで骰子の如く地に転がったその首はまさしく小鬼の上位種のものだった。
出目などもはや確かめるまでも無かった。
『糞虫共は、皆殺しだ』
燃えるような夕日の中で、事もなげに作られた手言葉が妙に眩しく見えた。
からり、ころり、と何処で骰の転がる音がした。
分かる人は気づいてたと思いますが、終盤のローグのセリフはリチャード三世からオマージュしたセリフがたくさんあります(笑)。
最後の最後もこんな調子で、やりたい事を無理くり詰め込んだせいで、冗長になったり、むりやりになった部分もあったと思います。
でも、全部含めてこの作品です。とりあえずやりたい事全部突っ込む。てのをやったらこんな有様になってしまいました。
それでも楽しんで頂けた方々からは、熱い応援の言葉をいただいて、とても励みになりました。
さて、長々と書いてしまいしたが……まだちょっとだけ続きます。
一応エピローグとIFエンド集を書きましたので乞うご期待。