ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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前話でいきなりPV数頭増えて、感想も皆さん沢山入れてくれて非常に嬉しいです。

なんかだんだん文字数が多くなっていく。今回結局まるまる1シーン次回に回しました。それでも9000字超w
定期的に投稿することを維持したいので、半分だいたい5000字程度次の話を書き貯めてから、投稿していきます。完結まで頑張りますので応援よろしくお願いいたします!


殺すもの≪スレイヤー≫

 

 

 

 

 吾輩は誓った。

 

 

 

 

 あの忌まわしき産声を聞いた日に誓った。

 

 

 我が同胞たる糞虫共から全てを略奪せんと誓った。

 

 妬み、憎み、蔑み、殺せ、と囁く本能の手綱をとり、憎むべきを憎み、呪うべくを呪うと誓った。

 

 この惨たらしい遊戯盤を創り出し、そこに蠢く者たちの悲劇と喜劇を嗤う忌まわしき神々を、呪い続けると誓った。

 

 

 この穢れた魂の内に燃える浅ましき本能が叫ぶのだ。

 

 ≪孕ませ産ませ地に満ちよ。かくて悪徳に栄えあれ≫と。

 

 人間にとっての悪徳は糞虫共(我ら)の自然であり、悪行こそ善行であると。

 

 ならば吾輩は悪を成そう。

 

 愛すべき我が身とその同胞達(糞虫共)を蔑み続けよう。

 

 最も苦痛に満ちた死こそが、奴らにはふさわしいのだ。

 

 奴らの平穏を破壊し、その幸福を打ち砕くのだ。

 

 悪徳こそは我ら(糞虫共)の本懐にして本能。

 

 あまねく糞虫共の中にありて、なお吾輩こそが至上の悪疫たるのだ。

 

 

 

 

 見ているがいい、呪わしき神々どもよ。

 

 この世界に我が物顔で蔓延り、日常に蠢く理不尽として他者を貪り続けるのが我ら(糞虫共)であるというのであれば、吾輩がその忌まわしき理を覆す。

 

 たとえ、この世界にただ独りの異端となろうとも、吾輩は貴様らが架した宿業に叛逆してやる。

 

 

 この手で汚した我が母に誓おう

 

 この手で縊り殺した我が子に誓おう。

 

 すべての忌まわしき神々に誓おう。

 

 そして、我が唯一の信仰を捧げたる我が師へと誓う。

 

 

 

 

 

 必ずこの大悪を成し遂げ、この残酷な世界の叛逆者(ローグ)となるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事は怖いくらい順調に進んだ。田舎者を不意討ちで始末(ホブをバックスタブでクリティカル)できたのは僥倖だったし、泡を食った糞虫共の隙をついて、連中が態勢を立て直す前に殺せるだけ殺そうと、片っ端から撫で斬りにしてやったのだ。

 

 さりとてはとて、欲張りはできないもので、一匹取り逃がしてしまったのは片手落ちであった。

 

 妙に頭の回りそうな糞虫だったが、だんだんと絶望していく様が面白すぎて、ついつい殺すのを後回しにしていたのが仇になった。

 

 やはり、糞虫共のように楽しみばかりに拘泥すると、ロクな事には成らぬという事だ。

 

 「渡り」になる前に、巣穴から仲間の持ち物を漁るために戻ってくるかもしれぬ。

 

 後で毒餌でも撒いておこう。そうでなければ臭いを追って追いかけるまでだ。

 

 どこまで逃げても必ず殺す。

 

 とまれ失敗した事に変わりはない。それも「いかにも糞虫らしい」失敗の仕方ではないか。

 

 まったく以て自分の不出来が腹立たしい。

 

 

 ふと吾輩の視界の端で何かが動く。

 

 襤褸くずのようになった剣士のもとへ、神官らしき女が駆けよっている所だった。

 

 剣士のそばに座り込んだ女神官が何やら祝詞の如きものを唱える。穏やかな光と共に剣士の傷が癒えていく。

 

 先ほどまで虫の息だった剣士の呼吸の音が大きく安らかなものになった。

 

 はたして吾輩が横入りしたのが早かったのか、嬲られる直前だった女武闘家が奮闘したのか、半死半生の重傷程度でなんとか済んでいたらしい。

 

 女武闘家のほうもだいぶ痛めつけられたようだが、致命傷というほどでもない。

 

 傍に走り寄った女魔術士が、裸身をさらす女武闘家に自分の外套を掛ける。一番重症の剣士の治療を終えた女神官も女武闘家の傍にしゃがみこみ、すぐに奇跡の詠唱を始めた。

 

 直後に小癒の光があたりをわずかに照らし、険しかった女武闘家の顔がいくらか安らぐ。

 

 なんと、驚くべきことに若き冒険者達は誰一人死んではいなかった。誰か一人くらいは死体になっていると思っていたがなんとも意外である。

 

 というか、女3人は死体か慰みものになっていると思ったのだが。

 

 間に合わせる気など一切合切持ち合わせていなかったにも関わらず、吾輩はまことにおあつらえ向きのタイミングで乱入したようだった。どうもこの連中、相当に運が良い。

 

 

 しかも、この連中なぜか回復薬(ポーション)の一つも持っていないらしい。この女神官の奇跡が切れたり分断されたりしたら一体どうするつもりだったのだろう。

 

 ともあれ、どうも本当に骰子の目がうまく出たらしい。なんとも驚くべき事に、この間抜けな連中は立派におとりの役を務めて生き残ったという訳である。

 

 

 

 

 こんな思慮の無い連中でも生き残れるとは。

 

 骰子の目に恵まれた連中のなんと幸福なことだろう。

 

 何とも忌々しい事に、この世界を遊戯盤にしている性悪な神々は平気で斯様な理不尽を行うのだ。

 

 吾輩のように生まれからしてペテンにかけられ、このような糞虫の身の上でこの世に産まれ落ちる者もいれば、この連中のように太平楽に敵地にのこのこやって来て、さんざんっぱら間抜けを晒したとしても、運よく生き延びる輩もいる。

 

 してみれば、神々の理不尽な寵愛ぶりはいっそ妬ましい程だった。

 

 腹の奥底からはむらむらと殺意がわいてくる。いっそこの場で剣士の男を半殺しにして、目の前で女どもを孕み袋にでもすれば溜飲が下がるだろうか。

 

 どうせ相手は傷が治ったとはいえ、相当に体力を消耗した間抜けが数匹だ。

 

 

 

 そこまで考えて、吾輩は手にした山刀(メッサー)をそのまま己の喉首に突き立ててしまいたくなった。

 

 自身の考えたことに虫酸が走る。全くなんて糞虫らしい思考だ。

 

 吾輩の身体の隅々まで流れる忌まわしき血潮。

 

 自身のみを至高とし、強者には媚びへつらい、弱者は蔑み虐げ糧とする。

 

 ただ赴くままに悪徳をなせ、と尽きる事のない欲望に突き動かされ、他者を害する事にのみ抜群の勤勉さと狡知を発揮する。

 

 それは呪わしき神々によってもたらされた忌々しい宿命(ギフト)だ。

 

 湧き上がる衝動の全ては、いつとて隙あらば吾輩を糞虫に堕とそうと唆してくる。

 

 糞虫共は、この衝動に流されるままに日々を生きているのだ。

 

 なんと醜く憐れな生き物だろう。

 

 なんと安楽で妬ましい生き方であろう。

 

 そのような生き物として、ゴブリン(我ら)はこの残酷な世界に蹴り出されたのだ。

 

 

 だが、吾輩にはその生き方はできない。

 

 吾輩の中に焼き付いた記憶が、尽きぬ後悔が、犯した罪が、その生き方を許さぬ。

 

 なぜ吾輩だけが悩み苦しむ。

 

 なぜ吾輩だけが自身を責め苛む。

 

 それは、決して忘れることができぬからだ。

 

 この手に残った感触が、この耳に残った息遣いが、この鼻に残った甘やかな匂いが、忘れえぬ声が、その全てが絶え間なく吾輩を責め立てる。

 

 吾輩はゴブリンだ。

 

 この世界の底に溜まった汚濁をこね回し、残酷さの鋳型でもって型をとり、嫉妬の炎で焼成した醜悪極まる糞虫。

 

 その生はただ悪を成すためだけにある。 

 

 故に吾輩は悪を成す。己が望む悪を。

 

 いつか、この呪われた血統を根絶やしにするその日まで・・・。

 我が同胞(糞虫共)への血と暴虐に満ちた略奪行を以て、この残酷な世界を彩ってやる。

 

 この唾棄すべき種族の歴史の中で、最悪にして最後の悪漢(ローグ)として幕を引いてやる。

 

 我が血に刻まれた衝動のままに、吾輩はこの悪行を楽しむのだ。

 

 吾輩はローグ。

 

 

 ゴブリンの悪漢(ローグ)だ。

 

 

 

 二度三度大きく息を吸って、吾輩は心身を焼き尽すような憎悪の発作を何とか治めた。

 

 入口の方から、かすかな足音と共にぼんやりとした光が見える。

 

 明かり? 恐らくは松明の火だろう。暗闇を切り裂いて、だんだんと近づいてくる小さな炎。

 

 足音の中に混じる甲冑の擦れる音。

 

 冒険者だろうか。

 

 

 唐突に、何とも言えぬ悪寒が後背を走り抜ける。

 

 殺し慣れた者が持つ特有の殺気。まるで匂い立つように強烈なそれは、この場にいる有象無象の間抜け共とは明らかに違う。歴戦の戦士が持つ特有の空気。

 

 間違いなく、「本物」の冒険者だ。

 

 反射的に顔に手をやり、鎖綴りにほつれがないかを確かめた。顔を覆う、二重の鎖綴りの垂れ布には、ほつれや穴の感触はない。

 

 大丈夫だ、少なくとも顔を見られなければ突然襲いかかられることは無い筈だ。看破の奇跡は問答が無ければ使えぬ。

 

 だというのに、この不安感は何だろう。本能が訴えてくるのだ。

 

 あいつは危険だ、と。

 

 気づけば吾輩は山刀の柄を握りなおしていた。

 

 

 燃え盛る松明の火が、薄闇の中にその顔を照らし出す。

 

 顔は面頬(バイザー)付きの兜のためによく見えない。面頬には縦長の覗き間(スリット)がいくつも切られており、ある程度の視界は確保されていそうだ。

 

 頭頂には、色褪せ千切れた房飾り。恐らくは角飾りもあったのだろう。側頭にその痕跡がある。それらを除けば簡素で実用的な品だ。そこかしこに見える傷やへこみが、踏み越えた修羅場の数を物語っている。

 

 胴には胸甲の下に重ね着した革鎧(ハードレザー)鎖帷子(チェインメイル)

 

 足にはしっかりと脛当をつけ、左手には小ぶりな円盾(タージ)を括り付けている。多少の操作性を犠牲にしても腕に括り付けているのは手を空けておくためだろう。

 

 防御の死角が少なく、可動性が良くて比較的軽量な装備。すべてが薄汚れて傷だらけだが、よく手入れをされている。

 

 それでも全身から漂う消しきれない血の匂い。年季の入った血臭は、ここ数日や数か月だけのものではない。その匂いは吾輩もよく知っている。散々嗅いできた糞虫共の血だ。

 

 こいつは糞虫共を相当に殺し慣れている、と吾輩は感心半分に警戒を新たにした。多分に業腹な事であるが、この冒険者にとって見れば吾輩とて殺すべき糞虫の一匹である。

 

 冒険者が片手に握った抜き身の剣が目に入る。ドロドロとした血の塊がこびり付いた刃。そこからも、見知った血の匂いがする。

 

 どうやら先ほど吾輩が取り逃した糞虫を始末してくれたらしい。

 

 

 只人(ヒューム)が使うには中途半端な長さの剣。短い割に身幅が広く重ねも厚い。安くて取り回しがよく、相当な接近戦であっても、短いので相手の体に引っかかる事がない。そこそこ頑丈なので使い勝手も良いのだろう。

 

 実用本位な品だが、所詮は新人冒険者向けの数打ちの安物である。

 

 ある程度の収入のあるベテランが好んで使う程の物ではない。

 

なにせ剣というのは、良品であればあるほど軽くて頑丈でよく切れる。やたらと高いものを使えばいいというものでもなかろうが、性能の劣るものを好んで使うような理由はない。

 

 だがその身にまとう装備、その風格、どう見ても歴戦の冒険者(化け物専門の殺し屋)に見える。

 

 してみると、その場しのぎの間に合わせという事なのであろうか。

 

 

 吾輩の視線に気づいたのか、鉄兜の頭が吾輩の方を向いた。

 

 兜の奥に揺らめく、鬼火のような眼差し。

 

 只人には見えぬであろう薄闇の中であっても、吾輩には、はっきりと見える。

 

 その目を見た瞬間に、感慨とも憂いともつかぬ想いが、胸の内を駆け巡る。

 

 間違いなくこいつは吾輩のご同輩だ。

 

 底知れぬ絶望の果て、燃え立った怒りと憎しみ。その全てを心の奥底に押し込めて生涯を復讐に捧げることを己が魂に誓約した者の眼。

 

 全身に染み付いた同胞(糞虫共)の血の匂いが全てを語っていた。

 

 この冒険者も吾輩と同じく世に蔓延る糞虫(ゴブリン)共を鏖殺せんと誓っているのだろう。

 

 そう考えれば安物の剣を使うことも納得がいった。

 

 糞虫共を殺すだけなら数打ちの安物でも事足りる。いちいち研いだり整備したりする手間を考えれば、いっそ使い捨ててしまった方が効率的だ。

 

さらに、この冒険者が投擲を多用するのであれば、得物に執着しなくていいという事はむしろ利点になる。

 

 もう一つは、恐らくであるがこの冒険者は自身が途上で倒れることも想定している。

 

 その時に糞虫共に装備を奪われても問題が無いように、使い込んでいる割に初心者に毛が生えたような装備なのだろう。

 

 防具とてそうだ。良く考えられてはいるが、鎖帷子や甲冑も聖銀を使えばいくらでも軽量で頑丈なものを仕立てることが出来る。

 

だがそれを奪われてしまったら厄介な糞虫を自ら生み出すことになってしまう。

 

 装備に恵まれて長生きすれば、糞虫は容易に英雄(チャンピオン)(ロード)などの上位種に成り上がる。

 

 吾輩は糞虫共に殺される気など毛頭ないが、万一と言うのは誰にも有りうることだ。その時、糞虫共に身ぐるみを剥がされるなど屈辱以外の何者でもない。

 

 ゆえに一応ではあるが、開けば辺り一帯を焼け野原にするスクロールなどを仕込んである。

 

 ともあれ、この冒険者は吾輩などとは比べ物にならない程、念入りに準備をしている事は分かった。

 

 そしてそれは自身の弱味を良く理解していると言う証左でもあり、それでも必ず最後まで成し遂げると言う決意の表れでもある。

 

 我が師いわく、常の冒険者であれば糞虫共を駆除するのはどうにもこうにも割に合わないと考えるそうだ。

 

 まず依頼の時点でどの程度の驚異か分からない。焼け出されて家畜を盗む程度なのか、はたまた呪術師や田舎者の率いる群れなのか。

 

王や英雄等がいれば、さすがに被害の規模で予測は着く。だが、巣分け直後や渡って来たばかりの小集団であったとしても、上位種の用心棒がいないとは限らない。

 

 その割には辺境の農村からの依頼が主で、報酬も大したものではない。

 

 そんな厄介な割にリターンの少ない相手を、血の匂いが装備に染み付くほど殺してきたのだ。何か特別な思い入れがあろうという事は子供でも分かる。

 

 

 

 さて厄介な事になった、と吾輩は心の内でため息をついた。

 

 一目で分かるほどの並々ならぬ殺意と執念。恐らく相当に腕の立つ相手だ。相応に実戦も積み、ある程度自分なりの定石も心得ている。

 

 先刻の間抜け共の幸運ぶりと引き比べて、わが身のなんと間の悪いことだろう。まさか、こんな所でご同輩と鉢合わせしようとは・・・。

 

 

 そも吾輩が鎧兜に身を包んで顔を隠しているのも、この手の揉め事を避けるためである。

 

吾輩にとって冒険者という連中は、糞虫共の仇敵であり、言わば吾輩の仕事の一部を肩代わりしてくれる奇特な連中である。好んでやり合いたい相手ではない。

 

やり合ったところで、得るものは何一つない。そのうえ、我が師のように本物の冒険者と言う連中はすべからく危険である。

 

 それでなくとも吾輩は、際限なく増える糞虫共を片っ端から地獄に叩き落とすのに忙しいのだ。益の無い面倒事などご免こうむる。

 

 ところが、問題は吾輩はそうは考えていても、あちらはその限りではないという事だ。もし仮に吾輩の他に糞虫を殺す糞虫と出会ったとしよう。吾輩は間違いなく殺してから真偽の程を考える。

 

 故に答えは明確であった。ばれたらまず間違いなく戦いになるだろう。それも吾輩にとっては全く利益にならないどころか、どちらが勝っても糞虫共を殺す手が減るという最悪の結果になる。

 

 まあ、吾輩の正体を看破すればという事になるが。

 

 つまるところ問題となるのは結局そこなのだ。超常的な勘やら偶然(クリティカル)で正体が露見しないことを祈るしかない。

 

 さりとて吾輩が祈る先など、我が師くらいしかないわけだが。

 

 

 「冒険者か」

 

 ボロボロの鉄兜の奥から、くぐもった声が響く。おどろいた事に随分と若い声だ。

 

もっとも吾輩とて小鬼であるのだから、ただ年の数だけを比べれば大した差はないだろう。下手をすればあちらの方が年上かもしれぬ。森人や鉱人などは言うまでもないが、人間の時間は小鬼よりずっと長いのだ。

 

 吾輩が頷くと、鉄兜の視線が値踏みするように上下に動いた。

 

 刺し貫くような視線を感じる。鎧兜に身を固め、顔も手足も露出している部分は一つもない。

 

 容易にばれることはないはずだ、そう考えはしても全く安心できない。それほどの執念と情熱を、この眼に見たのだ。

 

 なにか底知れぬ力によって看破されてしまいそうな気がして、先ほどから背中に冷たい汗が走っている。

 

 看破されれば、戦いになるだろう。

 

あの間抜け共は戦力にならないとしても、わずかでも注意を逸らされれば、この戦士を相手には致命的だ。

 

 上背は吾輩のほうが頭一つ高い。手足の長さから言っても間合いの有利は吾輩にあるだろう。だが、目の前の相手は何をしてくるかわからない。

 

 久しく感じていなかった、強弓を引き絞るが如き重圧と緊張。

 

 何故だか分からないが、油断すれば死ぬ、しなくても五分と五分、そんな確信めいた危機感が先ほどから煩いほどに警鐘を鳴らしている。

 

 僅かな時間であったが、永遠にも等しき睨み合いの末、口を開いたのは冒険者の方だった。

 

「怪我はしているのか」

 

 吾輩は首を横に振って、剣士の方に視線を向け、次いで女武闘家のそばについていた女神官の方へ眼を向ける。

 

「・・・神官か」

 

 唐突に呼ばれた女神官が、びくりと肩を震わせた。

 

「あ、あの、奇跡をかけましたので」

 

 女神官が消えりそうな声で答える。

 

 白い肌をさらす女武闘家を鉄兜の冒険者がじっと見据えた。

 

 女魔術師が武闘家の体を外套ごと抱きしめ、きっと鉄兜を睨みつけた。杖もない魔術師の割には随分と威勢がいい。何か隠し玉でもあるのだろうか。

 

「あ、あのあんまり見ないであげてください」

 

 何やら勘違いをしたのか、女神官が視界を遮るように女武闘家の前にたつ。恐らくこの冒険者は毒を食らっていないかを確かめたいのだろう。

 

「刺されたり、切られたりしていないか」

 

「え? あ、あの、はい」

 

「ゴブリン共は毒を使う。かすり傷一つでも全身に回ったら助からない」

 

 女神官が真っ青になって、先ほど治療した剣士のもとに走っていく。剣士は意識こそ失っているものの、嘔吐や痙攣などはない。

 

「大丈夫!? 気分悪くない!!」

 

 女魔導士が慌てて、女武闘家の肩をゆする。

 

 むしろ、頭がガクガク揺さぶられて、ゴリゴリと地面に当たってるが痛くないのだろうか。

 

「いててて、ちょ、あたし、大丈夫だから・・・やめて」

 

 女武闘家が悲鳴を上げて女魔導士の手を止める。

 

 それにしても糞虫共の毒は大したものだ。自身の糞尿やらそこらの毒草やらを適当に混ぜているだけだというのに凄まじい威力がある。

 

 体格の良い人間であってもかすり傷一つで動きが鈍る。全身に回れば解毒薬を使用しても死ぬ。

 

 しかも、それを誰に教えられることなく調合して見せるのだ。

 

 強力ゆえに嘔吐や吐血、痙攣など一見して毒物によるものだとわかる症状が強く出る。

 

 糞虫共は、そうやって犠牲者が苦しみのた打ち回るのを見るのが好きなのだ。

 

 愚かで考えの足りない糞虫共だが、学習能力とそういった事に関する直感だけは妙に働く。

 

 他者を傷つけることに関しては抜群の創造性を発揮するのだ。まあその糞虫が自分の作った毒でのたうち回るのを見るのは、素晴らしく面白いのだが・・・。

 

 そういった楽しみの話は置くとして、現時点で痙攣などの目に見える症状は出ていない。

 

 毒を食らった可能性は低いだろう。

 

 鉄兜の冒険者も同じ結論に達したのか、吾輩の方へと視線を向けた。

 

「奥にはまだいるのか?」

 

 巣穴の奥に目をやりながら、冒険者が尋ねた。

 

 吾輩が首を横に振ると、冒険者はしばらく何やら考え込むように薄暗い巣穴の奥を見つめ、次いで女魔術師を目を向けた。

 

「な、なによ」

 

 顔の見えぬ鉄兜にねめつけられ、女魔術師が気まずそうに視線をそらした。

 

「彼は仲間(パーティー)か?」

 

「へ?」

 

 唐突な問いに女魔術師が間抜けた声を出す。冒険者は構わず先ほどの言葉を繰り返した。

 

 吾輩は自身の心臓の鼓動がひときわ大きく鳴るのを聞いた。

 

 何を訝った。

 何を感づいた。

 

 口の中がからからに乾いていく。本当に顔を全て覆い隠していてよかった。たとえこの醜い面相を焼き潰していたとしても、動揺を見取られていたであろう。

 

「彼は、徒党(パーティー)か?」

 

 鉄兜の狭間が吾輩の方へ向けられた。狭間の奥は深淵の闇だ。

 

 だが吾輩の目は、その奥に燃える鬼火の如き眼光がはっきりと見える。

 

「別に、違うけど・・・」

 

 呆気にとられたような、女魔術師の声。吾輩は手にした小盾(バックラー)山刀(メッサ-)の感触を確かめた。

 

 どう攻めてくる。松明で目つぶしからの剣撃か、それとも全く予想だにしない隠し玉か。

 

「ここは暗い」

 

 相も変らぬ平静を保った冒険者の声。手にした松明の炎が一瞬揺れ、薄闇のなかにボロボロの鉄兜が、幽鬼のように浮かび上がる。

 

「随分と夜目が利くようだな」

 

 その奥に燃える眼が、静かに吾輩を見つめていた。

 

「俺はギルドから、新人だけでゴブリン退治に行ったパーティの様子を見てくるように頼まれた」

 

 くぐもった声。一つ一つを確かめるようにゆっくりとした口調。吾輩は背中にいやな汗が流れるのを感じた。

 

「だが、お前の装備は新人には見えない」

 

 冒険者が唐突に女魔術師に視線を戻す。

 

「途中立ち寄った村で、先に冒険者が入った話を聞いたか」

 

「そりゃ、聞いてないけど」

 

 女魔術師は気圧されたように視線を逸らした。

 

「あ、あんた、一体なんなのよ」

 

 急に剣呑な雰囲気になったことに困惑しながら、女魔術師が呟く。

 

「俺は小鬼を殺すもの(ゴブリンスレイヤー)。冒険者だ」

 

 その名を聞いた瞬間、吾輩は己が歯を砕かんばかりに噛み締めた。

 

 呪わしき神々め! これも宿業だとでものたまう心算か・・・!!

 

 

 

 旗色は非常に悪い。冒険者は何事かを思案しているようだった。疑いを持たれている事はもはや間違いないだろう。

 

 まったく、楽が出来たと思ったら最後にとんだ災難が控えていたものだ。どうすべきだろうか、いっそこちらから戦端を開くか、様々な考えが吾輩の脳裏を駆け巡る。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」

 

 唐突に女魔術師が叫んだ。吾輩と鉄兜の視線が、同時に女魔術士のほうへ向く。

 

「う、あ、その…」

 

 視線に気圧されたのか、女魔術士は直ぐに押し黙った。

 

 だが、すぐに先ほどと同じように、鉄兜の冒険者をにらみ返した。

 

 しばらくにらみ合いを続けている二人。だが、しょんぼりと目を逸らしたのは女魔術師の方だった。

 

 鉄兜の冒険者が微かなため息を漏らす。

 

「・・なんだ?」

 

 冒険者がくぐもった声で呟いた。

 

「そ、そいつは・・・た、助けてくれたの」

 

 何かをこらえる様に女魔術士は言葉を吐き出した。

 

「たかがゴブリンって油断して・・・殺されかかった・・・馬鹿なあたし達を・・・・・・助けに来てくれたのよ」

 

 女魔術師の眼鏡の奥に涙が浮かんでいく。いささか過剰な飛躍のように思える、と言うか明らかに彼女は取り乱していた。

 

 表面上は気丈に振る舞っていても、つい先ほどまで殺されかけた上に凌辱されかけたのだ。正常な判断が出来なくても無理はない。

 

「・・・助けに戻ってきてくれたんだからっ!!」

 

 ぼろぼろと涙をこぼしながら女魔術師が叫んだ。

 

 もちろん吾輩にはそんなつもりは毛頭なかった。

 

 吾輩は誰も救えない。悪漢が救う者などあるものか。

 

「そうか」

 

 鉄兜の冒険者は一言呟くと、もう一度吾輩を見た。相変わらず、何を考えているのか、まったく伺い知れない不気味さがある。

 

 しばらくして、小鬼を殺すもの(ゴブリンスレイヤー)と名乗った冒険者は洞窟の奥へと歩き出した。

 

 納得したのだろうか。

 

 正直言って、先ほどから目まぐるしく変わる事態に流され続けている感があるのだが、ともあれ面倒が減ったのなら喜ばしい。

 

 冒険者が突然振り向いた。

 

 やはり奇襲かと小盾に手をかけ、振り向きざまの一撃を警戒する。

 

「取りこぼしがいるとまずい」

 

 鉄兜の奥から響いたのはそんな言葉だった。

 

「一応、確かめてくる」

 

 至極もっともな事を言うと、冒険者は手にした片手剣で糞虫共の死骸を一匹づつ突き刺しながら、闇深い洞窟の奥へと進んでいく。

 

 吾輩はしばし冒険者の言葉の意味を考えていた。

 

 なぜ、あんなごく当たり前の事を口に出したのであろうか。

 

 もしかして、気を遣われたのであろうか、そんな埒のない考えが頭をよぎる。

 

 確かに皆殺しにしたと言われて、わざわざ確かめに行くなど「お前の技量は信用ならん」と言っているようなものだろう。

 

 とはいえ、こちらは初対面の正体の知れぬ冒険者(ならず者)ではないか。信用など出来なくて当然である。人間というのは妙な所に気を使う。

 

 先ほどの一触即発の空気から一転、なんだか妙な成り行きとなったものである。

 

 ともあれ、この女魔術師には借りが出来てしまった。いずれ何かの形で報わなければならない。

 

 

 糞虫共に囚われた女に関してはあの冒険者が何とかしてくれるだろう。

 

 しかし、よりにもよって小鬼を殺すもの(ゴブリンスレイヤー)とは・・・まったく面白い冒険者もいたものである。

 

 

 今回は吾輩が仕事を奪ってしまった形になったが、あのご同輩なら糞虫共をどう殺すのか。

 

 なにか吾輩では考えもつかぬような斬新な方法で糞虫共を惨殺してくれるのではなかろうか、ふとそんな考えが心に浮かぶ。

 

 怖いもの見たさで首を突っ込めば面倒ではすまぬ。それは先ほど十分すぎるほど思い知った。

 

 

 にも拘らず、あの小鬼を殺すもの(ゴブリンスレイヤー)という冒険者は吾輩を惹きつける何かがある。

 

 単純に同好の士というばかりではない。恐ろしく独創的な殺しを見せてくれるだけでなく、吾輩を更なる高みへと引き上げる重要な因子となりうる。そんな予感がするのだ。

 

 人間など我が師を除けば、さして興味も持たなかった。だが、あの冒険者だけはこれ以上なく興味を掻き立てられる。

 

 

 

 

 それが、たとえ吾輩自身の滅びに繋がるものであったとしても。

 

 

 

 




 
 コメントくれた皆様ありがとうございました。とっても励みになりました。というか皆さんいろんな予想をされるので驚きました。なんかもう最終決戦やんけといか、まだ戦わせなくても、という意見が多くてちょっとほっとしてます。

 という訳で、微妙に難を逃れたローグさんです。というかいくらゴブスレさんでもゴブリンの巣穴の中で唯怪しいっぽいって理由だけで、いきなり冒険者らしき相手に切りかかったりはしませんがな。

 今回の話ではローグさんの内面にかなりフォーカスを当てています。やはりゴブリンですので妬むしちょっとしたことで切れます。でも我慢したり矛先を逸らしたりして、表に出さないようにしています。でも発想がゴブリンです。

 今回はローグさんが女に手を出さない動機をつらつら書いていきました。いかがだったでしょうか。今回はさわりだけで後々詳しい話もやっていく予定です。でも基本的には話を進めるのが優先。原作一巻のラストまでを目指していきます。

 基本的にはローグはゴブスレさんのシャドウ。つまり二人は真逆の存在ですが同じような行動をとり、同じように世界に絶望して戦うことを決意した。

 そういう相似性を持たせるというのが当初の目的だったので最初からこういう設定でした。

 いやまあいくら転生者でいきなりヒャッハーするのに抵抗があるっていっても、人間環境に流される生き物ですから相当な理由が無ければ身体的な欲求や衝動に逆らえない。という想定で書いてます。転生者云々は所詮はきっかけに過ぎないといという訳です。

 というか本当にゴブリン殺したいだけったら群れ乗っとりして他のゴブリン襲わせてけばいいんですよ。強ければいくらでもへつらってくるので困らないし、他の群れと戦争している過程でもガンガン死んでいくわけですし。

 ちなみに作中でも書きましたが、ローグさん物凄く冒険者に偏見があります。冒険者とは殺しのプロだと思っているので、プロっぽくない奴は偽物の冒険者だと思ってます。


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