ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
誤字修正にご協力下さった皆様、いつもコメントを下さった皆様、長きにわたり本当にありがとう御座いました!
エピローグ
勝利の宴と言うものはいつとて盛り上がるものである。
それでも街に訪れた危機を打倒したとあっては、やはりその盛り上がりもひとしおであった。
ギルドの酒場の喧騒たるや、常のものではない。
「つ、次は俺の番だ」
荒い息の男が、意を決したように立ち上がる。
視線の先にいた、盗賊めいた騎士が静かにうなずくと、指先で机を叩いた。
瞬間、男に向かって四方八方から何かが飛びかかった。
「ふわぁぁぁっ」
くんくん、きゅうきゅう、と大量の犬達にもみくちゃにされながら、男の顔は恍惚であった。
「つ、次は私も……」
凄まじい形相で鼻から血を垂らしている黒髪の女は、確かギルドの監察官だったはずだ。
いつもの受付嬢は、一足先に鼻血を出して床に倒れ伏し、犬達に鼻先で小突かれている。
だがその顔は、何故か幸せそうに見えた。
――まあ、本人たちが満足そうであるのだから、良いのであろう……。
なにかこう、無理やり何かを飲み下すような顔で、ローグはそっと目を背けた。
――さて、それにしても望外の援軍もあったものだ……。
半ば呆れたように犬どもにだらしなく顔を緩めている冒険者連中を見る。
しかも、こちらに気づいた犬達が一斉に集まってきたからたまらない。
クンクン、キュウキュウ、と騒々しく鼻を鳴らしながら、舐めるわ、体を擦り付けるは、まるで母犬でも見つけた有様であった。
襲い掛かってくるのであれば容赦なく斬り伏せるのだが、どうも敵意はない様子だし、他の冒険者達が犬どもに向ける反応を見るに、どうも助力に来たらしい。
――それに助かったのは事実。
で、あるならば、報いねばならない。
仕事を果たしたのならば、労いと報酬を…。そうでなければ犬は言う事を聞かぬし、訓練も出来ぬ。
吾輩の命令を守って小鬼共を狩り、追い続け、
しかも、きちんと現地の冒険者を使って有利に立ち回ったのであれば、言う事は無い。
――と言うか、なんで冒険者共はデレデレしながら犬どもの機嫌を取っていたのだろうか……。
そんなこんなで揉みくちゃにされる我輩を羨ましげな眼差しで見ていた冒険者たちに、報酬の一環として差し出せばこの有り様である。
何故か女神官だけは「薄々気づいていたどうしても認めがたい事実」を飲み下すような苦い顔をしていたが……。ともあれ、足元に寝そべる犬共の一匹を慣れた手つきで撫でているのを見ると、どうも因縁があるようだ。
――まあ、彼奴は我輩が鍛えた犬どもの中でも特に優秀であったからな。
都の貴族連中の犬舎にあれば、何不自由なく暮らせたであろう。そこより脱して放浪の身になった変わり者だ。
と言うか、同じく流浪の身であった吾輩の下に、彼奴を譲った貴族より丁寧な詫び状が届いたのは驚いた。どうやって居場所を知ったのであろうか。
――うむ、考えるたびに妙な寒気がする……。思えば我が師の元にも、斯様な連中からの書状が矢のように舞い込んで来ていたものだ。
そんな事を思い出しながら、手元の書状に筆を走らせる。
「な、これは小鬼英雄だぞ。これも金貨一枚なのか」
喧騒の中に響く、凛とした女の声。
「小鬼一匹につき金貨一枚、ですからな」
ニヤリと笑みを浮かべるギルドの頭目らしき初老の男。その前で宛が外れたと言わんばかりの女騎士がガックリと項垂れた。
「それに、報酬は金貨だけではありますまい」
そう言いながらギルド長がこちらに視線をよこす。
「ああ、そうだったな……」
そう言ってこちらを見た女騎士の目には何やら禍々しい光。
――しかし、まあ我が師は清廉の極みであるというのに、なにゆえかこのような邪教徒じみた輩を引きよせる。
そう言えば都でわが師と共に吾輩を歓待した件の貴族も、同種の輩であったように思う。
――まあ、崇拝の念を持つことは当然としても、もう少しこう……なんとかならないのであろうか。
『ご苦労であったな』
吾輩の前にそっと小鬼英雄の首をおいた女騎士に手元の書類を渡す。まるで聖遺物でもおしいただくように胸元に抱きしめ、「クフフフフ」と怪しい笑みを浮かべながら、颯爽と踵を返し、もと来た道を歩いていく。
こちらを伺っていた重剣士が、疲れきった目で、どこか遠くを見つめていた。
参戦した冒険者たちに金貨一枚と糞虫一匹につき金貨一枚。そこに加えて約束した我が師への
まったくもって壮観である。
故であろうか、いつもならなんとも思わない喧騒が、妙に心地よい。
常ならぬ泡銭に浮かれて、いつも以上に飲んだくれる冒険者共がうらやましく見えるほどだ。
――小鬼殺しが奢るのは最初の一杯だと思うが……それもどこまで覚えているやら。
「――お疲れ様」
ふと視線を上げれば、目に入ってくるのは豊満な胸元。その間で揺れる「嘱託」の札。
赤い髪に眼鏡をかけた気の強そうな顔が妙に紅い。まあこのような乱痴気騒ぎの最中だ。酒の一杯も飲んだのであろう。
「今日やらなくても良いんじゃない?」
そう言う女の視線の先には、したためている最中の手紙があった。
『そうはいかぬ。彼奴等は約定を果たした。報いねばならぬ』
――吾輩は糞虫共とは違う。
奴らは愚かゆえにすぐに裏切る。それ故に、
「あんた変なところで真面目よね」
常の勝ち気な表情とは変わって、物柔らかな笑みが妙に艶めかしい。
腹の奥底の糞虫共が騒めいて、うっとおしい。だが、不思議と邪険にする気も起きぬのは何故だろう。
「じゃあ、あたしも貰ってもいい? 報酬」
悪戯っぽく笑いながら、女魔術師がふわりと隣へ腰かけた。微かに香る甘やかな女の匂い……。
――襲え、ひん剥いてしまえ、この顔を絶望に歪めたくはないか。
忌々しい糞虫共の叫びを、押し殺しながら、吾輩は筆を動かす手を止めた。
『構わん。此度はよくやってくれた』
冒険者達の重い尻を蹴り上げた最後の一手こそ、この女の提示した参戦報酬に他ならなかった。
なによりそれが出来るだけの先立つものがあったのは、この娘が
――金であろうか? 武具と言うのは考えにくいが……。
魔法使いの杖は持ち合わせがないが、わび状をもらった貴族に融通するように頼んでもいい。
「あんたなんか変な事考えてるでしょ」
どこか呆れたような顔で隣の女が眉間に皴を寄せる。
「まあ、いいわ」
しかたなさそうに溜息をつくと、女はそっと吾輩の筆を持つ手に己の手を重ねた。
「……今日は休んで。一番頑張ったんだもん。……それが私の報酬」
そう言うと華が咲くような笑み。
『……』
美しかった。一時、我が呪わしき運命も我が母すらも忘れるほどに、それは……。
『……分かった』
「じゃあ、あたしはあの子を介抱してくるから」
そう言って、女魔術師は床に伸びている受付嬢を見やった。
『……報酬は考えておけ』
吾輩が手言葉を作ると女魔術師は怪訝な顔をした。
「あたしの報酬は……」
『諫言は報酬にならん』
女魔術師が何かを言いかけたが、吾輩は構わずに手言葉を続けた。
『吾輩が報いたいのだ……お前に』
「え、あ、あの……うん」
顔を伏せた女の頬は、薔薇よりも紅く染まっていた。
信じられなかった。全て上手くいった。予想外の援軍のおかげもあって、彼が予想したよりも死傷者も少なかった。
だからこそ、それがいまいち現実だと信じ切れずにいる。
「偶然なんかじゃないですよ」
女神官がそう笑った。確かにそうなのかもしれない。
ふと女魔術師と語らう盗賊めいた騎士の姿が目に入る。
――俺の時は誰も来なかった。
その思いは今も消えてはいない。だが、それでも……あの時を覆したものがいる。
「そうかもしれないな」
「!…そうですよ」
女神官が柔らかな笑みを浮かべた。
「あの、ゴブリンスレイヤーさん……」
「なんだ」
「私も…報酬、貰っても良いですか」
女神官がおずおずとした口調で言う。
「…構わん」
ゴブリンスレイヤーに否やなどあろうはずはなかった。この娘にもずいぶん助けられてきたのだ。
「あの、兜を外してもらっても良いですか?」
それからは大騒ぎだった。兜を脱いだゴブリンスレイヤーの顔を一目拝もうとてんやわんやの大騒ぎ。
賭けが外れたと悔しがるもの、なんだか見たことあるようなと怪訝な顔をするもの、皆、興味津々でこちらを見てくる。
「しかし、もう一人はいったいどんな顔してるんだろうな」
誰かの呟きに、視線が一斉に盗賊騎士の方へ向く。
「おい、あいつは」
「彼はどうもひどい傷を負っているようでね、遠慮してあげてくれないかな」
ゴブリンスレイヤーが声をかける前に、凛々しい女の声が響いた。
「お前は……」
「彼には借りがあるからね」
鋼鉄等級の徒党、その頭目である令嬢剣士がそっと片目を瞑る。その声を受けて、盗賊騎士を見ていた者たちの間からひそひそと声が上がった。
「確かに聞いた事があるぞ」
「火傷だっけ」
「いや、向こう傷だらけで顔が埋まってるって」
「顔が小鬼そっくりだって聞いたぞ」
「逆にイケメン過ぎて見た奴が全員惚れるとか」
「顔見た奴は全員始末してるとかじゃなかったっけ」
「いやいや、あいつは目から怪光線が出る体質で鉄帽子と鎖綴りで封印しないと辺り一面火の海になる」
「と言うか……あいつにちょっかい掛けたら、騎士連中に殺されるだろ」
「「「「「「それは、そう」」」」」」
などなど、各々、酔いに任せて言いたい放題であった。明らかに真偽の程が怪しい話まで混じっている。
全員、大分酒が廻っているようであるし、酔漢と言うのは得てしてこのようなものだ。
そんな事を考えていると、ふと視界に影が差す。
見上げれば件の偉丈夫が目の前に立っていた。
「……邪魔したか?」
鎖綴りが無言で左右に揺れる。思えば自分も最初はこの鎖綴りの奥が気になっていた。
だが、共に小鬼の巣窟を潰し、ゴブリン達を皆殺しにする内に、そんな事は段々気にならなくなっていて……。
『貴殿、存外若々しいのだな』
ふいに革手袋に包まれた手が動いた。
「……そう言えば、顔を見せるのは初めてだったな」
思えば、あれだけ背中を預けて共に戦ってきたと言うのに互いの顔すら知らなかったのだ。それも奇妙と言えば奇妙な話なのだろう。
『まあ、顔は見えずとも貴殿と言う人間は見えた故な。さして、気にせなんだが……』
そう手言葉を作る。そこに込められた敬意のようなものがなんともこそばゆい。
「俺は……」
この目の前の騎士の事をどれだけ知っているのだろか。優れた戦士であり、高名な騎士の弟子。そして自分と同じかそれ以上に小鬼を憎んでいる……。
――幼い頃、憧れた冒険者の姿。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
『どうした?』
目の前の鉄帽子が僅かに小首を傾げる。なにがだ、と聞こうとして、小鬼殺しは己が笑っている事に気づいた。
「俺の顔など見たところで、どうしようもないと思っていたが、今はその気持ちが少しだけ分かる」
『見たいのか……吾輩の顔が』
盗賊騎士のまとう空気が僅かに重くなった。正直に言えば、やはり興味はあるのだろう。だが、それは目の前の騎士を苦悩させてまで果たしたいものではない。
「お前はそれを望まないのだろう?」
『知れた事よ。恥をさらす趣味はない』
よどみのない答え。だが、心なしか鎖綴りの奥の顔が、安堵したように見えた。
いつかこの鎖綴りの奥を見る時、自分はどうするのだろう。
その時が来るのが、少し恐ろしくもある。だが、それでもまだ
だから、まだ何も決まってはいない。それが何故だか不思議と心強い。
「……俺も」
ゴブリンスレイヤーは鎖綴りの顔をしっかりと見た。
「少しであるが、お前の事が分かった気がする」
『……』
「お前は、強い」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、盗賊騎士は戸惑っているようだった。
「小鬼を殺すのが、多分、得意なのだろう……」
『然り』
「そして俺たちの
盗賊騎士は言われた言葉を反芻しているようだった。
「俺たちは小鬼を殺す」
盗賊騎士が静かにうなずく。
「他の事は、小鬼共を片付けてから考えればいい」
『貴殿は……それで良いのか』
盗賊騎士の手言葉は珍しく、なにか迷っているようだった。
「今はそれでいい……。
盗賊騎士が深く頷いた。
『それで……どう殺す?』
帰ってきた手言葉は、決然としたものだった。
先の事は分からない。それでも、これが今の俺たちなのだ……。
きっとこれからも小鬼を殺し続けるだろう。
その果てに何が待ち受けているかは分からない。ともあれ、それが「冒険をする」と言う事なのであろう。
何ともなれば、俺たちは冒険者なのだ。
【サプリメントEND1】
〜ANOTHER BLOOD〜
香しきは腐臭。血は魂の通貨とするならば、それは悪しき魂の対価だ。喰い破った首筋から命の灯火の温もりに舌鼓を打つ。
貪るようにその血潮を飲み下すと、そのまま首を喰いちぎり身体を地面に吐き捨てた。
血飛沫と共に地に転がったのは、白目を剥いた小鬼の首。
葡萄酒の革袋よろしく傾け、残りの血を飲み干すと、身体も放り捨てた。
狂おしいほどの渇きが癒えるほんの一時、その甘美たるや筆舌に尽くしがたい。
いつとてこの忌まわしき魂を蝕む呪いが囁く。
―――この種を喰い尽くせ
それに対しての吾輩の答えは決まっていた。
――望むところだ。
「ちょっとお行儀わるくなーい?」
からかうような声に、ギロリとそちらに視線を向ければ、邪神どものお気に入りがヘラヘラと笑っていた。
「役目は果たした。見張りを始末すれば良いのであろう?」
そう言って顎を杓った先には、首の折れた糞虫共の死骸がある。
「それに関してはゴクロー様でした」
勇者が素直に頭を下げる。妙なところで童のように振る舞う。
この小娘のやり辛いところだ。
―――もっといけ好かない女なら良かったものを…。
「ん? なになにボクに見とれちゃった? 食欲掻き立てちゃった感じ? いやいや美人で申し訳ない」
―――前言撤回、やはり鬱陶しい。
「…笑止」
とりあえず眼の前で、得意げに侘しい胸を張る小娘を鼻で笑う。顔は整っていることは認めよう。
だがその体つきは貧相であった。
規格外の戦闘能力と引き換えに邪神どもの贄とされてしまったが如き慎ましさだ。
「ねえ、なんかいま物凄くバカにしたでしょ?」
いや、むしろ真実そうなのだとすれば、いっそ哀れですらある。
「さっきから、すっごい失礼なこと考えてるよね??」
勇者がジトッとした目でこちらを見る。
「勇者、
見かねたのか、仲裁に入ってきたのは妹弟子にあたる女。
「……興味深い」
勇者の後ろから静かな声が響く。猫の耳のようなフードを被った小娘がこちらをじっと見ていた。
「何がだ?」
実のところ、この小娘が一番良く分からない相手だった。何かに付けて我輩を観察したがる。
確かに吸血鬼となった糞虫など珍しい事この上無いだろう。
それはそれとして、この小娘と言い、我が妹弟子と言い、実力相応に身体つきも恵まれている。
引き比べれば、勇者の貧相さが際立つのは言うまでもない。……やはり邪神共に戦闘能力の成長と引き換えに収奪されたのではなかろうか。
「ねえ、今またボクのこと、すっっっごくバカにしたでしょ!?」
勇者が妙に顔をひきつらせながら宣う。あいも変わらず大した勘働きである。
「吸血鬼は愛する者の血を求めると言うが、それは嘘らしい」
ハリセンボンのように膨れ顔になる勇者を一顧だにせず、賢者がとんでもないことを宣った。
「なっ……け、賢者。い、いったいなにを!?」
妹弟子が丘に上がった魚のように口をパクパクとさせる。
魚の真似事をするのが昨今の流行りなのであろうか。
――愛する者。
ふと脳裏に浮かんだのは、金の髪と憂いを帯びた顔の女。この糞虫の執着は愛などではない。……歪んだ欲望でしか無いのだ。
「
妹弟子が心配そうにこちらを覗き込む。普段は颯爽としているが、この娘は時折こういう顔をする。
「大事ない。確かに愛するものかどうかなど関係無かろう。所詮は吸血鬼などダニに過ぎぬ。そんな情緒などありはせぬ」
―――誰がダニよ!
偶発的な事故とは言え、吾輩にこの奇妙に宿命をもたらした
賢者はと言えば、何故だか妙に感心したような顔をしている。
「なるほど…やはり興味深い」
「そも糞虫共に愛などと言う感情などあるわけ無かろう」
自嘲と共に吐き捨てた吾輩の言葉を受けて、賢者が不思議そうに首を傾げた。妹弟子が何故か複雑そうな顔でこちらを見る。
「あなたは小鬼にしては人間味がありすぎるように見える」
じっとこちらの顔を見ながら、賢者が平静に宣った。まったくもって本当にやり辛い。
「それに、吸血鬼の呪いは魂を変質させる」
そう言われれば確かに
ともあれ今のところ糞虫共が餌に見えると言う以外には精神的にさしたる変化は無い。少なくとも吾輩が認識する限りにおいては……。
――愛する者。吾輩が執着するもの……。
ふと、物憂げな表情の妹弟子が目に入った。
「大体にして、左様ならば真っ先に此奴を狙うはずではないか」
何となく思い浮かんだ考えを口にする。
「へ?」
「「!?」」
そう言って、再び妹弟子に視線を向けると何故かポカンと口を開けたまま固まっていた。勇者と賢者が信じられないものを見る表情でこちらを見ている。
ふと思い立った事を口にしたのだが、何か疑問に思うような事があったのだろうか。
「みゃっ!?」
唐突に妹弟子が奇声をあげて、両手で顔を覆った。白い指の隙間から見える頬がやけに朱いのは何故だろう。
「……あれはズルいと思う」
「興味深い」
その後、しばらく妹弟子は何故か吾輩と目を合わせるのを異様に避けるようになった……。
解せぬ。
【サプリメントEND2】
〜BEAST SOUL〜
小高い丘の下に広がる平野。そこに蠢く影は数えるほどすら馬鹿らしい。広陵の陰に隠された兵団こそは、まさしく小鬼将軍の伏せた伏兵であった。
小鬼如きと慢心する王国軍は今頃囮の軍勢を蹴散らして悦に入っているところであろう。
有象無象の兵卒どもは勿論として体格の良い上位種や呪術師の姿も見える。
なるほどいまこの伏兵が奇襲をかければ、いかな王国の精鋭騎士団とて分が悪いやもしれぬ。
その軍団がついに移動を開始した。つまりそれは、安全な本陣にこもる小鬼将軍の周りを囲う防壁が無くなったことを意味する。
いかに策士と言えど「指揮官率先など小鬼が選ぶ訳が無い」。自らは安全な後方で何かあれば逃げられる場所に陣取る。そうした小鬼殺しの読みは当たっていた。
無論、それでも供回りだけで多勢に無勢である。小鬼殺し単独で挑むならば文字通りの愚行であったろう。
そう、
「しからば、今宵の月を教えてやるとしよう」
蒼く輝く満月が垣間見える。……それだけで十分だった。
ざわり、と全身が総毛立つ。身体の奥底から爆発的に湧き上がった力が全身から溢れ出す。
汚れた魂を内側から喰い破り、魂の内に巣食った獣が顕現するのだ。口中に溢れ出した力は鋭い犬歯として、指先からは鉤爪として、毛穴という毛穴からは針のような毛皮として、変貌していく骨格がゴキゴキと音を立てる。
それは人のように直立しながら、その容貌は獣であった。夜の如き黒い毛皮、鋭い牙の並ぶ大きな口、鉤爪、黄金の瞳。
しかして人狼、または狼人間。冬と夜と死を喰らう獣。
半人半獣の狼は、満ちたる月をねめつけると、まずは歓喜の咆哮をあげた。 天を貫くように響き渡ったそれに追従するように、そこかしこより遠吠えが返ってくる。
「では、征こうか」
「ああ」
地に伏せれば、ガシャりと装具が音を立てる。鉱人の手により特注されたそれらは、体躯の変化をものともしない。誂えたように伸縮するのだ。
小鬼殺しの冒険者が、慣れた動作で地を蹴った。ひらりとまたがったのは、地に伏せた人狼の広い背。
背にかかる重みが心地よい。もはや慣れ親しんだ我が半身の重みである。
彼方より響くは吾輩と魂を同じくする者たちの声。四方に伏せたる我が軍勢が牙を剥く時を待っている。
故に咆哮をもって答える。狩りの始まりを告げる歓喜の唄。
「いつも通りだ」
決然とした声が響く。
「然り」
あの日、我が魂に住みついた獣は、この身に架せられた忌まわしき運命の縛鎖を喰い千切った。
もう何処にだって行ける。何処までも行けるのだ。
この身にかかる重みと共に……。
数刻後、小鬼達のけたたましい悲鳴が響き渡り。勝どきが夜空を震わせた。
吟遊詩人達は謳う。巨大な狼に跨った冒険者の唄を…。
大狼の軍団を引き連れて小鬼の大軍勢を蹂躙し、ある時は邪教団の陰謀を打ち砕き、吸血鬼の王を討ち取る。
それは獣と冒険者の物語。風変わりな英雄譚。小鬼殺しの狼騎士の物語。
「時に我が半身よ、貴殿いい加減、連れ合いは決めたのか」
「……」
「迷うならば、いっそ全員娶れば良かろう」
「……気軽に言うな。それはあまりにも不誠実だ」
「貴殿らが納得していれば問題あるまい」
「…馬鹿を言うな」
「そう、固く考えずとも良いと思うがな」
「お前は、身を固めるつもりはないのか」
「貴殿と共に糞虫共を狩り尽くした後に考えよう」
「おい……その答えはズルくないか?」
「狼に連れ合いはただ独り。……それだけの事よ」
【TRUE END】
〜THE ROUGE ONE〜
その日は意外な程にアッサリと訪れた。
「その顔……ゴブリン」
「……左様」
いつかこのような日が来ることは分かっていた事だ。
にも関わらず、なぜ今日までここに在り続けたのであろうか。
「こうなればもはや「……ふむ、それがお前の呪いか」なに?」
小鬼殺しが平静な声音で宣う。
「あれほど小鬼を憎んでいたのはその為か…」
鉄兜のせいでその顔は見えないものの、何やら得心を得たような様子で独りごちる。
――何故、納得する!? と言うかもう少し驚きとか無いのか!?
想像していた反応と違いすぎて、困惑する。
直ぐに警戒するか殺し合いになると思っていたと言うのに、なぜ斯様な状態なのであろう。
他のメンツを見れば、驚きこそあるものの直後の小鬼殺しの言葉になるほどと言わんばかりの顔をしている。
――何故だ!? 緊張感無さ過ぎであろう!!
そんな我輩の内心など知る由もなく、小鬼殺しが鉄兜を森人弓手に向けた。
「邪神の呪いを解く方法に心当たりはあるか?」
「うえ? あ、うーん、ちょっと心当たりは無いけど、古代の遺跡とかになら」
耳をヘタリと垂れながら、森人が答える。
――もとよりこの呪わしき宿業より逃れられるとは思っておらぬ。
「遺跡か……。前に俺に冒険に付き合えと言っていたな」
小鬼殺しが森人に向けて静かに言葉を紡ぐ。
「先に俺の冒険に付き合って貰うぞ」
冷静なそれでいて決然とした意思を感じさせる言葉。
「もちろん!!」
森人が花の咲くような笑みを浮かべた。
「無論、儂らも一緒に行くぞい!」
「然り、然り。まだ見ぬ遺跡とは心が踊りますな」
至極当然のように鉱人導師と蜥蜴僧侶が宣う。
女神官に目をやれば、黙って花の如き笑みを浮かべた。
――何故なのだろうか、それが妙に暖かい。
そのまま流されてしまいたい程に、だが、それだけはできなかった。
「貴殿ら、吾輩がこの醜き見た目通りの存在であるとは思わぬのか……」
血反吐を吐くような我輩の言葉に、眼の前の連中は「ナニ言ってんだコイツ?」と言う視線で応えた。
「……お前が小鬼だと言う事か?」
ただ一人、小鬼殺しを除いては……。
――そうだ、貴殿はそうでなくてはならぬ……。
糞虫風情が夢を見ていられる時間は終わった。どれほど心地良かろうと否応なく覚めるが故に夢なのだ。
「……お前のようなゴブリンがいるか」
「」
予想外にあっさり両断されて言葉も出なかった。
「窮地にあって裏切らず、仲間を守る小鬼を俺は知らん」
そう続けた小鬼殺しの言葉には些かの揺らぎもない。
「なれば我輩は何だと言うのだ……」
そうこぼした吾輩に、小鬼殺しは僅かに小首を傾げた。
「お前はお前だろう」
その言葉が、心の臓を貫くように響いたのは何故だろう。
「お前はお前の意思で小鬼を殺す事を選び、そしてそれを続けている……俺にとってはそれだけが真実だ」
――この愚か者め。
そう嘲りたい気持ちと何か眩しいものを見る気持ちが混在する。
――吾輩は醜きものだ
――吾輩は糞虫共を殺し尽くすものだ
――吾輩は遍く小鬼に悪を成すものだ
吾輩はローグ。ただの
カラリ、コロリ、と何処かで骰子の転がる音がした。
連載開始から5年。ささっと完結させる、事を目的にしながらとても時間がかかりました。
途中間が空きながらも、ここまでこれたのは皆さんのおかげです。
ここでひとまずローグの物語は終わりです。まだ続けて欲しいと言うありがたいお言葉も頂きましたが、ここで一区切りケジメとさせて頂きます。
誤字修正にご協力下さった皆様、いつも感想やコメントを入れてくれた皆様、今まで本当にありがとうございました。
これまでエターしてしまう事が結構あった私ですが、皆さんのお陰でどうにかこうして完結まで漕ぎ着けることが出来ました。
典型的な復讐ものの主人公として始めた当初ですが、それなりにキャラ立ちしてくれて驚いたり、ヒロインとして意外なキャラクターが意外に動いてくれてとても勉強になりました。
お恥ずかしい話ですが、本作が二次創作連載で完結第一号となりました。それでもこの作品がそうなった事が喜ばしくあります。
今まで応援して下さった皆々様、本当にありがとうございました!!!