ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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蛇足短編集

 

 

・盗賊無頼~狂信者の冒険譚~

 

 

 

 

 王都より辺境に程近い場所に領地を持つ伯爵のもと奇妙な訴えがあった。

 

 それが街に潜んでいた邪教団を告発するという手紙であった。最初は信じなかったが、その印章こそは見覚えのあるものであった。

 その印章こそは、彼が尊敬し崇拝する沈黙の聖騎士の従士であり、本人も戦士として卓越した力量を持つ。「子鬼殺しの双剣」の片割れである盗賊騎士のものであった。

 

 当人は「騎士を名乗るには。吾輩は未熟!!」と謙遜し、数限りなくあった騎士叙任の誘いを断っていた程だ。そんな謙遜も騎士の美徳であり、それを体現するかの従士殿には師である沈黙の聖騎士卿に及ばぬまでも、熱い尊敬の眼差しを向けるものは多い。

 

 かく言う中堅伯爵もその一人である。辺境と言うには少々王都に近い、領地を持つ貴族。王国では中堅どころの領主騎士の一人であり、沈黙の聖騎士を崇拝する非公式の親衛隊ファンクラブの古参でもある。

 

 そんなこんなで彼としてはその印章を無下には出来ないし、するつもりも無かった。

 何より事は彼の領地で起きているのだ。

 

――そう、全ては一通の怪しい事この上ない手紙から始まった。

 

 

 

 

 

 王都より辺境にほど近い一つの街。

 その薄暗い路地裏に怪しい影がある。()()()の足元には、虚空を見つめる女の姿。

 

「……すべては偉大なる教えと導きの元に」

 

「「「「しかり」」」」

 

 胸元から切り裂かれ、臓腑を露わにした女の遺体を前に、黒い影達が唱和する。

 

 

「くくく、やっとだ」

 

 その中でも、一際小柄な影がローブのフードを脱ぐ。人族の中ではやや小柄な体躯。薄汚いローブに身を包み、焦点の定まらぬ目で嗤うその男は、圃人のようであった。

 

「許せぬ…ああ、決して許してはならない。くけけけ、許すものか!!」

 

 ギョロギョロと眼球を動かしながら哄笑する様はどう見ても正気のそれではない。

 その様子に、今まで女の死骸を切り刻んでいた儀式の遂行役がやや気圧されたように一歩引く。

 

 人間、自分よりもヤバいのを見るとどうにも冷や水を掛けられるらしい。

 

「しかし、なんかやたらと気合が入ってるやつがいるな」

 

 ローブの一人が血の付いたナイフを片手に隣にいたものに話しかける。 

 偉大な神に教えを賜るための儀式。その遂行の場に先ほど合流してきたのがその男だった。すわ侵入者かと騒然と仕掛けたが、どう見ても明らかに正気のそれではない。

 

「しかし、アイツだれの知り合いだ? 見た事ないぞ」

 

 そばにいた別の同輩が呟く。

 

「あれ? お前の知り合いじゃないのか」

「あんなヤバいの居たら忘れないだろ」

「それはそうだ」

「てか怖いよな」

 

 自分たちの所業を棚に上げながら、邪神を信奉する者たちは口々に頷きあう。

 

「「「「「ん? じゃあアイツ一体誰だ?_」」」」」

 

 その場にいたローブの者たちが一斉に圃人の方を見る。圃人がニタリと口を歪ませた。

 

「暗がりに潜めば見逃されると思ったか」

 

 ぽとりと何か玉のようなものがローブの裾からこぼれ落ちる。

 

「喧騒の中に在れば聞こえぬと思ったか」

 

 一つ。

 

「衆生に紛れれば臭わぬと思ったか」

 

 また一つと地面に転がる。

 

「偉大なる信仰の光が届かぬ場所など在りはせぬ」

 

「まさか貴様、秩序の勢力に属するものか!?」

「いや、あんなの秩序が乱れる原因以外の何物でもないだろ」

「どう見ても俺たちより混沌よりだぞ」

「【秩序】て言葉の意味御存じ?」

「ええい、私だってそう思うわ!!!」

 

 しょうもない言い合いもつかの間、混沌の信奉者たちが一斉に襲い掛かる。

 

「薄汚い異端者……信仰の光よりは逃れられぬと知れ!」

 

 圃人の男がそう言った瞬間、足元に転がった球体が次々に爆発した。

 

「ぐわぁッ」

「め、眼がぁぁぁぁぁ」

「なんだこれ、目と鼻を突きさすように……」

「――くぁせふじこ」

 

 催涙成分をたっぷり含んだ煙幕の直撃を受けて邪神の信奉者たちがのたうちまわる。

 

「神は辺境に光をもたらしたのだ。ギルドの受付嬢の姿を借りて……」

「何を訳の分からぬ事を言うのだこの狂人め! ここから生きて帰れると思うな」

 

 儀式役の言葉と共に、どこに潜んでいたやら別の信徒たちがわらわらと湧いてくる。

 短剣に棍棒、はてはピッチホークと手に手に武器をもち、出入り口のある場所に立ちふさがる。

 

「この身は信仰の奴隷! 御使い様の猟犬! 偉大な御方々の前座に過ぎぬっっっっ!!!」

 

「俗世に盲いていた頃ならいざ知らず、信仰の光によって目を開かれたこの身に、そんな攻撃など止まって見えるわ」

 

 クケケケケッ! と奇怪な笑い声を上げながら、圃人の男は軽やかな身のこなしで、邪神の神像を足蹴に立つ。

 

「貴様ぁっ!! よくも不敬な真似を」

 

 信者たちの怒号に、気分よさげに顔を歪めると、眼下の信徒たちへ大音声を放った。

 

「間抜けめ! この卑小な身が!! この取るに足らないモノが!!! 偉大なる御方の意思の全てだとでも思ったか!!! 邪悪な教えを盲従する異端者共め!」

 

「――なんか、貴様に邪神がどうのとか、異端者とか言われるのは物凄く納得がいかないのだが!?」

 

「何を訳の分からぬ世迷言を――哀れなるかな無知蒙昧!」

 

 その言葉と共に出入口がいきなり吹き飛ばされた。

 

「中堅伯領衛兵隊である!! 毎夜、邪なる儀式が行われているとの通報を受けた! 神妙に縛につけぃ!!」

 

 奇跡の集中射撃によって吹き飛ばされた入り口から、完全武装の騎士たちがなだれ込んでくる。

 その最前に立つ巨大な影に、儀式役は目を見開いた。

 

「げええ、伯爵家の騎士団…沈黙の聖騎士だと!? 何故ここn――」

 

 儀式役が驚愕に顔を歪めた瞬間、漆黒の刃がその首を斬り飛ばす。

 黒染めにされた聖銀の全身甲冑が返り血で赤く染まる。偉丈夫の恐るべき一太刀は儀式役と共にその両脇の信徒の首も落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――通報、大儀である

 

 漆黒の全身甲冑に身を包んだ偉丈夫の前に膝まづき、圃人の男はうやうやしく頭を下げた。

 

「おお、もったいないお言葉。この身は信仰に従ったまででございます」

 

――相変わらず、自然に吾輩の心を読むのだな

 

「滅相もございません。貴方様が我が身に向けたお言葉を受け取っているのです。偉大なる御使い様の導き手様にお手を煩わせるなど出来ませぬ故」

 

――いつもながら本当に不条理であるな。

 

「これもすべて信仰のなせる業!」

 

「総ては我らが女神の賜物。ああ受付嬢様! 尽きぬお慈悲に感謝いたします!!」

 

――何というか。貴殿は彼の令嬢に辺境の街を追放されたのではなかったか。

 

「しかり」

 

 

 顔を上げると、怪しい含み笑いを浮かべて目玉をせわしなくギョロギョロ動かす。この男こそ、かつて宝箱の不正略取を自白し、辺境の街を追放された圃人盗賊であった。

 

「その時の私は俗世に盲いて罪をおかしました……しかし、それこそが偉大なる存在による計らいであったのです。ああ、私はその時、かの現人神と出会い、啓蒙によって目を開いたのです」

 

 曰く『総ての冒険者は神のサイコロによって運命を采配される。しかして神はその行く末を見届けるため、受付嬢の姿を借りてこの地上に降臨された』と言うのが彼の主張なのだ。

 

 傍から聞いていれば、こちらの方が異端のように聞こえるし、本人の行動というか形相も混沌の信徒より混沌らしいのだが、その行動は一貫して秩序よりであった。

 

 『神殿の信仰があるのも神のサイによる恩寵である。我らは同じものを信じている。冒険者は秩序の側に立つべし、と言うのもまた同じ』

 

 そう明言して神殿に訪れれば奉仕活動を行い。冒険者として混沌の勢力に対しての諜報活動に血道を上げる。

 どう見ても、秩序の勢力の体現者と言うべき行動なのだ。

 

 そうした行動の全ては『自分に慈悲をかけて啓蒙を説いた現人神たる受付嬢の御心に叶うためである』と公言してはばからない。

 最近では、その信仰への同調者も僅かながら出ているとも聞く。

 

――かのご令嬢も気苦労が多かろうな……。

 

「左様でございます! かの慈悲深き御方は世に理不尽をもたらす悪が跋扈している事に御心を痛めているのです!!」

 

 そう叫ぶと圃人盗賊は目をカッと見開いた。

 

――そう言う話をしているわけでは無いのだが……。

 

「もちろんでございます。一層精進してこの矮小なる身が少しでもご心痛を和らげる一助になればと全霊を賭す所存!!」

 

 何か怪しい薬をキメているようにしか見えないが、この男これが素面である。それどころか、辺境の街を離れてから酒すら口にしてないらしい。

 

――むしろ心痛の原因は……いや、もうなにも言うまい。

 

「この度もご助力頂き感謝申し上げます!! 偉大なる導き手様」

 

 もとはこの男が追放された先で「奉仕活動」の為に潜り込んだ邪教団を潰す為に我が弟子に助力を求めた事が縁らしい。

 そうした無辜の人々を害する混沌の勢力との戦いこそ我が本分。そのための密偵を求めていた所、それならばと我が弟子が送ってよこしたのがこの男である。

 

――弟子よ貴殿が厄介払いのつもりなど欠片もなく能力だけを見て送ってきたのは分かるがもう少し、その、なんとかならなんだのか。

 

 ふと雲一つない空にキョトンと兜を傾ける弟子の姿が見えた気がした。

 

「勿論、我が身は至らぬ身の上、御使様が私に贖罪の機会を下さった事に感謝しております」

 

――そうだな。確かに貴殿はよく役目を果たしておる。

 

「ああ、此度も良き奉仕となりました! 受付嬢様! 尽きぬご慈悲に感謝いたします!!」

 

 そう言って恐らくは辺境の街があるであろう方角へ五体投地する。しばらくして起き上がった男は、ハツラツとした笑顔で去っていった。

 

――辺境の街の御令嬢、貴殿の心痛はまだまだ続きそうであるな

 

 晴れやかな空の下、顔も知らぬ受付嬢の血反吐を吐く姿が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・女魔術師弟のドキドキ職場見学。

 

 

 

 

 

 

 

 喧騒と活気の中に場違いなほどに重いため息が漏れる。大きく上下した豊満な胸元から下がる「嘱託」の札が揺れる。

 

 辺境の町、その中でも一際活気あふれる冒険者ギルド。そのカウンターの内で、何度目かしれぬ溜息をついたのは女魔術師であった。

 

 

「どうしよう……」

 

 思わず漏れ出たつぶやきは苦悩に満ちていた。

 

「どうしたんです……」

 

 見かねて声をかけたのは受付嬢だった。と言うのもここ数日明らかに女魔術師の様子がおかしかったからだ。

 

「その……来るんです」

「来るって何がです?」

「……とうとが」

「はい?」

「いえ、その、弟が……」

 

 物凄く言いずらそうに女魔術師が答えた。

 

「はい??? あの、仲が悪いとかそういう事ですか?」

「とんでもない! うちの弟は昔から、お姉ちゃん、お姉ちゃん、て後をついてきて、賢者の学院にも通っているとっても優秀な子でッ――!!!!」

 

 なぜか唐突に早口になった女魔術師による「うちの弟がこんなに可愛い」と言う惚気話に気おされながら、受付嬢は何とか憂い顔のワケを聞き出した。

 

 曰く、弟に見栄を張りたい一心で「毎日キラキラな冒険者生活を送って、高名な冒険者の懐刀として信頼され、同業者たちを束ねてギルドにも一目置かれる存在になった」と毎月、少なくない額の仕送りと共に手紙を送っていたら、どうも家族に妙な誤解をされたらしい。

 

「だからって、そ、その愛人として囲われてるんじゃないか、と言うのは酷いと思うんですよ!」

 

 顔を真っ赤にしながら女魔術師が宣う。もじもじと片方の肘を抑える。どうやら「某山賊めいた騎士に囲われている」と言う不名誉な噂自体に対しては満更でもないようである。

 たわわに揺れる豊かな山脈が、ギルドの制服の胸元がはちきれんばかりに押し上げる。

 

――正直もっともな心配なんですよね。

 

 と言うか本人の状態を見たら、疑いが確信に変わるのではないだろうか。

 

「そりゃまあ確かに、うら若い女の子がいきなり沢山仕送りしてくるようになったら、ご家族としても心配になりますよね……」

 

 正直なところ、年若い駆け出しの冒険者が先達の囲い者のようになるのは珍しい話ではなかったりする。もちろん、言葉巧みにだまして貪るだけ貪って捨てるような悪質な例はギルドとしても捨て置けない。

 

 とはいえ大半は先達への憧れが恋愛に発展する場合が多いし、そこから婚姻に至る例もままある。

 それで駆け出しの死亡率が下がり、ベテランが育成に注力するようになってくれるのであれば、ギルドとしてもありがたい側面があった。

 

「だから、それで、様子見もかねて弟が見学に来るって言ってるんですよ……変な見栄張るんじゃなかった……」

 

 うわー、と頭を抱える女魔術師。しかし、なぜそこまで悲観するのかいまいち釈然としない。

 

「うーん? 確かに冒険者生活の部分は誇張があるかもしれませんけど、それ以外は概ね事実じゃないですか。そんなに問題あります?」

「誇張しかないじゃないですか!?」

 

 女魔術師が唐突に頭を上げる。なんだか今日はだいぶ情緒が不安定なようだ。

 

「そうは言いますけど、ゴブリンスレイヤーさんもローグさんも最近では辺境以外でも名が知られていると言いますし……」

「それは、まあそうですけど」

 

 そう言うと女魔術師はちらりと酒場のテーブルの一角を見た。酒場のテーブルに短剣を突き立ててペン軸を削っては走らせているのは、件の盗賊めいた騎士である。

 

「と言うかローグさんてなんか昔から都周辺ではそこそこ(コアな層には)名が通っていたようですし……」

 

 そのコアなファン層のおかげで幾度も胃壁が吹き飛びそうになったわけですし、と言う言葉を飲み込む。

 さすがにその件に関してはローグの責任ではない。

 

「それにギルドだって一目置いてる代書屋ギルドの副首領(と言うか実質的には首領)ですよね」

「からかわないで下さいよ。私なんてちょっとローグの手伝いをしてるだけで、そんな大層なものじゃ……」

 

――あの、対ウルトラ厄ネタ満載スーパー問題児ローグさん特攻の交渉人という時点でギルドとしては一目も二目も置いてるんですが……まして、人手不足解消にも役に立ってますし……。

 

 ここ最近は彼女の影響と推薦もあって「嘱託」の札を下げる冒険者も増えたほどだ。

 冒険者たちが、ギルドの事務的な雑務を請け負う事で、ギルドのシステムがそれとなく伝わったこともあって、一般的な依頼の受注や報告の際のトラブルも減ったくらいだ。

 当然、その貢献はギルドとしても高く評価している。と言うか正直もう、彼女に関しては半分くらい正規の職員だと思っている。

 

――お前だけは絶対に逃がさん。

 

 受付嬢はちらりと女魔術師を見た。

 視線の先の女魔術師が、唐突に背中を震わせた。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いやなぜか妙な寒気が……」

 

 はたで見ていた同僚は後に語る。

 

 あの眼光は彼女の信頼する小鬼殺しの冒険者と同種のものであった、と……。

 

 

 

 少年魔術師は緊張した面持ちで、盗賊めいた騎士の前に対峙した。

 

『貴殿が女魔術師の弟御か』

 

 手元の羊皮紙にサラサラと字を書く。

 

『我が名はローグ。仔細あってしゃべる事が出来ぬ』

「姉からお話は()()()聞かされております……。その、お会いできて光栄です」

『吾輩にかしこまる必要はない。貴殿の姉上には世話になっておる』

 

 少年魔術師は少しだけホッとしたような顔をすると、すっと深呼吸をした。

 

「それで……その、ローグ、様は姉をどうするつもりなのですか」

 

 少年魔術師が物凄く言いにくそうに本題を切り出した。

 言われた盗賊騎士の方はキョトンとしたように鉄帽子を傾ける。

 

『? 貴殿の姉には今まで通り、吾輩の手助けをしてもらうつもりだが』

「そういう意味ではなく……姉について、責任を取るつもりはあるのかと言う事です!」

 

 意を決したように少年魔術師が言い切る。

 

「ちょっと!?」

 

 慌てて立ち上がった女魔術師に少年魔術師はキッと向き直った。

 

「姉ちゃん! 父さんも母さんも心配しているのはそこなんだよ。あの子、頭は良いけど、うっかりだしちょろい所はあるから――て言ってたし!!」

「待ってよ!? 二人ともそんな風に思ってたの!?」

「――そこに関しては正直ボクも心配だった!!」

「あんたまでっ!?」

 

 女魔術師ががっくりとうなだれる。事の次第を見守っていた盗賊騎士がサラサラと筆を滑らせた。

 

『この娘の先に関しては吾輩が保証しよう。心配であるなら書面にしたためても良い』

「つまり姉の将来に関しては責任を持つと……?」

『無論』

「ふわっ!?」

 

 女魔術師が悲鳴のような声を上げる。盗賊騎士は女魔術師に向けて手言葉を作った。

 

『言ったはずだぞ。貴殿には報いたい、と』

「いや、あの、それはそうだけど、そう言う意味じゃないと……」

 

 顔を真っ赤にしてもごもごと言いつのる女魔術師に、盗賊騎士は構わず手言葉を連ねた。

 

『約定は守る。たとえ我が命が尽きようともな――』

 

 それを見た瞬間、女魔術師の顔が真剣なものになる。そっと盗賊騎士の大きな手に自分の手を乗せた。

 

「本当にそのつもりがあるなら……必ず戻ってきて、私の隣に。それ以上何もいらないから――」

 

 女魔術師が懇願するように言う。

 

『そんな当たり前の事では報酬にならんと――』

「アタシには当たり前じゃないわよ!!」

 

 手言葉を遮るように女魔術師が叫んだ。

 

「――オーガに殺されかけたって聞いた時、心臓が止まるかと思った……」

 

 盗賊騎士のたくましい胸に、小さな拳がぶつかる。

 

「冒険するな、て言う気はないわ……。それでも……必ず帰ってくるって約束して――」

 

 盗賊騎士が女魔術師の前に膝まづいた。

 

『貴殿がそれを望むならば……。誓うとしよう。我が師の名に懸けて』

 

 その手言葉を見て、女魔術師はコクリと頷いて華の咲くような笑みを浮かべた。

 

 

「あー、姉ちゃん。話はまとまった?」

 

 空気のように二人を見守っていた少年魔術師が、やや呆れたような顔で声を出した。

 

「ふみゃあっ!?」

 

 女魔術師が弾かれた様に盗賊騎士から飛びのく。

 その様子を見て、少年魔術師は妙に生暖かい笑みを姉に向けた。

 

「とりあえず二人の仲は分かったから――」

「あ、あんた、絶対になんか誤解をしてるわ!?」

 

 女魔術師の叫びを無視して少年魔術師が盗賊騎士へと向き直る。

 

「ローグ様。姉をお願い致します」

『しかと承った』

 

 盗賊騎士(ローグ)が精緻な筆跡で応える。

 

「ローグ!! あんたも絶対になんか誤解してるでしょ!!」

『こなたの去就に責を持つ。誤解などあろうはずあるまい』

 

 慣れた様子で手言葉を作る盗賊騎士に女魔術師が地団太を踏む。

 

「だからそれが誤解だって――」

 

 そう言いかけた女魔術師の耳もとで少年魔術師は何やら囁いた。

 

「姉さん、いろいろと大変だと思うけど、孫の顔を見せるのは式の後にしてね」

「ふみゃぁぁぁっ!!!!????」

「それでは皆さん。お騒がせしました」

 

 真っ赤になって煙を吹いている女魔術師を後目に、少年は冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

 

「しかし、ほんとに物語みたいな話だったな。冒険者として出会った平民の女の子と騎士の中の騎士を継ぐものか――いや、これホントに父さんたち信じてくれるかな……」

 

 故郷へと戻る馬車の車上。少年魔術師は一人途方に暮れて溜息をつく。

 おそらく姉は知るまいが、賢者の学院では、卒業後の輝かしい将来を蹴飛ばして冒険者となり大成した伝説の先輩として名を残している。

 と言うか、吟遊詩人たちに歌われるロマンスの主人物が自分の身内なのは流石に誇らしさよりも面映ゆさが勝つ。

 だがそれ以上に気丈ながら優しく面倒見の良い姉が騙されてはいないか、それが家族の共通の心配事だった。

 とは言うものもの流石に突拍子もない噂のほとんどが真実だったのは驚いた。

 この目で見なければ信用できなかったであろう。子供向けのおとぎ話のような話である。

 

「――義兄さん。て呼んで良いのかな」

 

 寡黙な騎士の姿を思い出して独り言ちる。

 

 もはや王都ですら謡われつつある辺境英雄譚の片割れであり、幼いころから聞かされた騎士物語。そのモデルとなった人物の数少ない弟子である。未だに現実味がわかない。

 と言うか王都の魔術学院に学費その他の援助に名乗り出た謎の貴族はもしやその関連なのであろうか。

 姉からの手紙を受けて、新手の詐欺師に騙されていまいか本気で心配していたころに来た貴族の印章付きの手紙。

 貴族の申し出であるため無下に出来ずに受けたが、おかげで少年魔術師自身にご落胤疑惑が出たのは辟易した。

 

「でも……本気で姉さんの事を考えてるみたいだったな」

 

 顔こそは見えなかったが、女魔術師に対しての盗賊騎士の態度には庇護者としての責任感以上のものがあるように見えた。

 幼い頃から優しかった姉。憧れだった姉が、家族以外の相手に明らかな愛情の熱を向けるのを見るのは、気恥ずかしくもあり、少し寂しくもある。

 

「でも、幸せそうだった――」

 

 ワタワタと慌てながら、それでも盗賊騎士の傍で過ごす姉は充実しているように見えた。

 

「姉さんをお願いします。……義兄上」

 

 荷馬車の荷台の上から見る空は深く蒼く、どこまでも晴れ渡っていた。

 

 

 

 

 




 ちなみに圃人をお師匠様の元に送ったローグには当然一切の悪意はないです。
 というか「いざとなれば捨て石にできるし、ぼろ雑巾のように使い倒してください!」と純粋な善意? で送り出しています。

 
 女魔法使いちゃんと弟さんのネタに関しては、実のところ彼女が生存したあたりからうっすら考えてはいました。
 まあ、ぶっちゃけ、彼女がゴブスレさんとメインヒロインの座を争うほど強キャラになろうとはまったく考えていませんでした(笑)

 とにもかくにも出そう短編は楽しんで頂けましたでしょうか?
 この作品は短編を除けば、初の完結作品なので、わりと感慨深い作品でもあります。


 今年は完結という目標も達成できて、いろいろと実りある一年でした。それもこれも皆さまが応援してくれたおかげだと思っています。
 現在、連載中のオリジナルの方もほぼ完結しておりますので、そちらの方も年明けにからばりばり投稿していきたいと思います。
 まあオリジナルはかなり未熟ですので、皆さまのご意見頂戴できましたら幸いです。 
 これからも二次・オリジナル含めて活動していきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
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