ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE    作:赤狼一号

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結局1万字越えてしまいました。そしてまた後書きが長い(笑) ほんのりギャグ? 回です(笑)


徒党≪パーティー≫

「それで・・・登録、ですか?」

 

 羊皮紙に書かれた達筆な文章を前にして受付嬢がげっそりとした表情で朗読した。ギルドの受付に立つようになって5年ほどたつ。もう立派に熟練(ベテラン)と自称できるほど経験も積んできたつもりだ。

 

にも拘らず受付嬢は茫然として目の前の冒険者志望を見つめた。

 

 聞けば冒険者ギルドに登録する前に途上にあったゴブリンの巣穴を潰して回っていたという。それも一つや二つの話ではなく、数年がかりで仕留めたゴブリンの数はこの街の人口に匹敵するとか。なんとも大胆な寄り道もあったものである。

 

 ギルドの意義や一人で未登録の状態で必然的に単独となる事への危険性とその他の想定されうるトラブルに関しては先ほどさんざん説明した。

 

 とはいえ、ゴブリン退治などギルドを経由したところで塩漬けになりやすい依頼である。たまさか通りがかった冒険者が問題を解決することは数少ない幸運であるが、決して無いわけではない。

 

 故に受付嬢の本音としては危険なゴブリンの巣穴に単独で挑むことを心配している部分の方が大きかった。

 

 ちらりと盗賊もどきの横に立っている冒険者を見た。傷だらけの鉄兜にボロボロの革鎧。その胸に光る銀の認識票は、名誉も栄光も放り捨てて辺境の村々の身近な脅威と戦い続けた証だ。

 

 その「彼」と同じように小鬼禍から小さな村々を救い、悲惨な運命にあった者達を救い出してきた。そんな冒険者を責める気など最初からありはしない。ただ帰ってきてほしいだけだ。

 

 「彼」のお陰でゴブリン退治はある程度はけるものの、いまだ手が足りずに経験に乏しい新人を送り込まねばならないという現実がある。そしてその多くが帰ってこないのだ。

 

 

「ともかく、ゴブリンの被害を減らしてくださってありがとうございました。これからは冒険者として登録される、と言う事でよろしいですね」

 

 盗賊騎士は黙って頷くと腰帯(サッシュ)の中からいくつかの書類を取り出した。

 

 印章付きの推薦状に、公文書もかくやという書体で丁寧に書かれた登録書類(キャラシート)。それだけ見れば良いところの御曹司が武者修行に家を飛び出したかと思うところだ。

 

 そこまで準備してるなら、なんで先に登録を済ませなかったんですか? と詰め寄りたくなるのを抑えて受付嬢は羊皮紙の束を受け取った。

 

 よくよく見ても異様なまでに達筆である。当の本人はお世辞にもそんなやんごとない身分には見えないのになあ、と美麗な書体で書かれた内容を精査しながら思う。

 

 鎖覆いのついたツバ広の鉄帽子(ケトルハット)を被って顔を隠し、おびただしい量の返り血で汚れた黒革の盗賊胴(ブリガンダイン)。腰の剣帯に吊られた小盾と猟刀、腰帯には斧まで差さっている。

 

 どう見ても歴戦の傭兵か冒険者といった風体であり、おおよそ教養とは無縁といった印象しかない。その上本人は一言たりとも喋ろうとしないのだ。

 

 何やら使い古された感のある羊皮紙で邪神の呪いによって喋れぬ上に人に見せられぬ面相という事を事前に説明されてはいるが、それを差し引いてもあまりにもちぐはぐな印象である。

 

 ギルドの紋章官曰く押された印章は間違いなく本物で、使われている紙も神殿に納められた最高品質の代物である。しかも封蝋に押された紋章は貴族で高位冒険者の「沈黙の聖騎士」のものであると言う。

 

 「沈黙の聖騎士」と言えば高位冒険者の中でもかなりの大物であり「最も望ましき騎士」という異名を持つほどである。奇跡が使えぬ聖騎士でありながら、右に出るものはいない強さを誇る武芸の達人だという。

 

 吟遊詩人たちがこぞって歌にするほどの有名人であり、騎士達にとっては憧れの存在らしい。熱狂的な支持者も多く下手に偽造などしたら命がいくつあっても足りないとか。

 

 幾多の混沌の勢力の怪物を討ち取った騎士の中の騎士。その従士(スクワイア)であるというのだ。聖騎士志望のものが聞けば地団太を踏んで悔しがるほどの推薦であり、この風体怪しい状態ですら王都の騎士団にもろ手を挙げて歓迎されるだろう。

 

 

 だが、そもそもそれが妙な話で白磁の冒険者への推薦状など聞いた事がない。

 

 大体にして白磁の冒険者と言うものは、田舎の農村から逃げ出した農奴や都市で罪を犯したならず者ですら、ギルドに登録さえすれば成れるのだ。

 

 これはまずもって、街に流入している人口を把握するという意味合いがあるし、困窮した人間が街で非合法な組織に身を落とすくらいなら混沌と戦う傭兵や警備や公衆衛生など公的問題解決を下請けする冒険者になってくれた方がよっぽどいい。

 

 どうせ、そう言った協調性や社会性のない者や、素性の怪しい者はそれ以上の等級には昇格できないし、長生きもできない。ギルドの白磁等級とはそういったふるいの意味もあるのだ。

 

「ゴブリンの巣穴で出会った。腕は悪くない」

 

 端的なゴブリンスレイヤーの言葉は一応紹介しているつもりなのだろう。受付嬢が一番信頼している冒険者の言葉だ。信じたい気持ちもある。そう思いながら、受付嬢はちらりと脇を見た。一緒についているのは先だって送り出した登録したばかりの神官の少女である。

 

「それであなたは、その彼と組む気なのよね」

 

 本気で、という視線を向けると神官の少女は困ったように笑った。だが、無理やり言わされているような顔ではない。

 

「その、助けていただきましたし、放っておけませんので」

 

 いかにも地母神の神官らしい優し気な物言いだが、それゆえに心配である。

 

 そもそも彼女は新人だけでゴブリンの巣穴に潜ると言っていた若い剣士を筆頭とした徒党に誘われてゴブリン退治へと向かった。

 

 リーダーである剣士の言動がどう見ても危なっかしいので、心配になってゴブリンスレイヤーを向かわせたが、まさか全員無事で帰ってきたうえに、とんでもないおまけまで拾って帰ってこようとは・・・。

 

 彼女が欠片にも予想しなかった結末である。頭目の若い剣士と武闘家の少女は冒険者をやめて故郷に帰ったと聞いたが、それでも結末としてはましな方だ。なにせ生きて戻ってきたのだ。

 

 そして徒党が一人も欠けずに帰ってこれたのはこの盗賊じみた格好の騎士のお陰だという。

 

 その恩に絆されたのか否か、神官の少女は彼と徒党を組むという。しかも何やら魔術師の少女までそれをうらやまし気に見ているではないか。端的に言って不安しかない。

 

「失礼ですが、なぜ冒険者に」

 

 盗賊騎士の方におずおずと尋ねる。先ほどの書類を見る限りでは顔を見せられなくても、どこぞで書記官なり代書屋なりで立派に食っていけるだろう。

 

 と言うか冒険者をやりながらでも代書屋をやってくれないだろうか。人手不足のギルドはいつでも良質な下請けを求めている。

 

 それに関しては後で持ち掛けてみましょう、と受付嬢は心の中で決意した。

 

 それは置くとしても、沈黙の聖騎士に推薦状を書かせるほどのコネがあれば、王都の騎士団にだってそのまま紛れ込めるだろう。

 

 なにせこの盗賊騎士は「沈黙の聖騎士」の従士(スクワイア)なのだ。その後見人とつながりを持ちたい伯なり公なりの名家から「指南役」としての引く手も数多あるはずである。

 

 あるいはそれを嫌ったのか。いずれにしろ、相当な理由があるのは間違いない。問題はそれが、家出した名家のご落胤だったり、継承争いの隠れ蓑として冒険者を選んでいる場合だ。これはのちのち大きなトラブルの種になりかねないので聞いておく必要がある。

 

 盗賊騎士は一枚の羊皮紙を所望した。そこにさらさらと簡潔に書いて筆を止めた。やはり凄まじい達筆である。先ほどの書類も本人が書いたもので間違いないだろう。

 

『ゴブリンを殺すためである』

 

 どこかで見たことのある理由。ちらりと後ろで控えているゴブリンスレイヤーを見た。だが、それだけで納得するわけにはいかない。目の前の相手はゴブリンスレイヤーじゃないのだ。

 

「ご、ゴブリン、ですか。ほかの邪竜や魔人などではなく?」

 

 盗賊騎士が黙って自分が書いた羊皮紙をとるとサラサラと何やら書き加えた。

 

『あの糞虫共がこの地上から消え失せるまで殺し続ける。殺して、殺して、この世のどこにも糞虫共が居なくなるまで』

 

 鉄帽子の頭が上がる。鎖綴りの奥、広いツバのせいで暗く閉ざされた眼のある場所。受付嬢はそこに鬼火のごとく燃える執念を見た気がした。

 

 淡々と書かれた文章、その中に垣間見える灼けつくほどの執念。受付嬢は背骨が凍り付くほどの恐怖を感じた。その文の端々に絶望と憎悪が渦を巻き、押し殺した憤激が燃え立つ瞬間を待ちながらくすぶっているようにさえ見える。

 

 ふと隣に立つ冒険者の姿が重なって見えた。この二人は本当によく似ている。ゴブリンの話をするとき「彼」もそういう雰囲気がそこかしこに見えていた。

 

 受付嬢は思わずため息がこぼれそうになった。ここまで憎悪するに足る何かがあったという事だ。もはや復讐以外では和らげることのできない痛みが心を蝕んでいるのだ。

 

 冒険者ギルドにはいろいろな人間がくる。

 

 その中に何人かは必ずいるのだ。肉親が混沌の軍勢に殺された。冒険者だった兄弟が無残な死を遂げた。思いを寄せていたあの人が・・・。

 

 未来への希望と冒険への期待に眼を煌めかせる若者達がいる中で、そんな理由で復讐心を滾らせてギルドの門を叩く者は少なくない。そうして大概の者達は帰ってはこないのだ。

 

「分かりました。ゴブリン被害は辺境の村々にとっては死活問題です。積極的にゴブリンと戦ってくれる冒険者さんはギルドとしてもありがたいです・・・・・・だから、あなたも必ず帰ってきてくださいね」

 

 受付嬢は盗賊騎士に向かってニッコリと笑った。

 

「ゴブリンスレイヤーさん。申し訳ありませんが、しばらくこの方と一緒に冒険してあげてくれませんか。この方もゴブリン退治をメインにされるようなので」

 

 そしてゴブリンスレイヤーに視線を移すと受付嬢はしっかりと頭を下げ、彼にお願いをした。

 

「・・・・・・」

 

 ゴブリンスレイヤーは珍しく悩んでいるようだった。

 

「あ、あの別に無理にと・・・」

 

「分かった」

 

 受付嬢の声を遮るように、ゴブリンスレイヤーは答えた。監視にはちょうどいい、とくぐもった呟きが続いたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。

 

 受付嬢が盗賊騎士の方を見ると、答えはもう書かれていた。

 

 

『むしろ願ってもない申し出である。吾輩としては大いに結構』

 

 かくして辺境の街にゴブリンスレイヤー以上に「なんか物凄く変なの」「白磁等級詐欺」と称される白磁等級冒険者とゴブリン退治を専門とする風変わりな徒党が爆誕したのであった。

 

 ちょっと得体のしれない感じであるが頼りになりそうな冒険者が「彼」とともにゴブリンの巣穴に潜ってくれる。それだけで十分嬉しい。そんなことを考えていたのだが、受付嬢は後にこの考えを大いに後悔する羽目になる。まあ、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 紅い夕陽が血の様に辺りを染めていた。深い森の中の洞穴。その前に子供ほどの影が立っている。ゴブリンだ。

 

 付近の村から家畜をさらったという小鬼の巣穴。それがこの洞窟である。

 

 そこからほど近い雑木林の中に彼らは潜んでいた。ローグと名乗った盗賊騎士とゴブリンスレイヤーと名乗った銀等級、そして女神官の3人である。

 

 女神官は自分の服の匂いを嗅いで、思わず顔を顰めた。

 

「あの、ほんとにこれ、必要だったんですか?」

 

「奴らは鼻が利く」

 

 ゴブリンスレイヤーが端的に答えた。彼らが塗ったというのは盗賊騎士が作ったという匂い消しの軟膏で、ゴブリンの脂肪と内臓を煮出して野草と混ぜたという代物。どう考えても正気の沙汰とは思えない。

 

 もっとも先ほど淡々と答えたゴブリンスレイヤーときたら「そういうのもあるのか」と妙に感心したような様子でのたまう始末であったのを女神官は忘れていない。

 

 

 彼女は固唾をのんで二人の冒険者の後姿を見つめていた。

 

 一人はボロボロの鉄兜と革鎧の上に胸甲を重ね着した冒険者であり、今一人はツバ広の鉄帽子(ケトルハット)に黒革の盗賊胴(ブリガンダイン)を着込んだ冒険者。

 

 二人の冒険者は短弓に矢をつがえ、弓を持つ手の指で矢を押さえている。

 

 盗賊騎士が引くのは東方風の半月弓(リカーブボウ)で弓本体は短いながら、その弓力は女神官では両手を使っても引けぬほど強い。

 

 盗賊騎士曰く、並みのゴブリンの膂力では引けぬし田舎者(ホブ)なら手が合わぬからすぐ壊す、という事だ。ゴブリンスレイヤーが新しい武器を持っていくのを好まないのに対して、盗賊騎士の方は使う武器にはかなり拘る。

 

 それに対してゴブリンスレイヤーは文句をいう事はない。彼曰く「人には人のやり方がある」と殊更に盗賊騎士のやり方にケチをつける様な事はなかった。

 

 良質な武器防具が生き残る可能性を高めるのは真実であるし、最後は回収するなり破壊するなりすれば良いと尻拭いをする気なのだろう。

  

 なんだかんだで優しい人なんですよね、と女神官はゴブリンスレイヤーの背中を見ながら思った。

 

 

 

『標的、前、2』

 

『右、狙う』

 

『左』

 

 簡潔な手話によるやり取りの後、流れるような動きで二人の冒険者は弦を引く。直後に乾いた弓弦の音とともに放たれた矢は過たず小鬼の胸郭を貫いた。

 

 見張りと思しきゴブリン2体が血反吐を吐いて崩れ落ちる。ゴブリンスレイヤーが素早く駆け寄って止めを刺す。盗賊騎士はその間ずっといつでも放てるように弓を構えていた。

 

『排除』

 

 入口を確保して流れるような手つきで弓の弦を外して近くに隠す。このほとんど一言もしゃべらぬ冒険譚にもはや慣れ始めてきた感がある。

 

『貴殿がいてくれると助かる』

 

 そう手話で伝えられたことに絆されて、この盗賊じみた騎士と共に冒険をすることに決めた。

 

 勿論、それは手話を使えるからなのだが、それを説明した時の女魔術師の目が妙に怖かった事を覚えている。そのあと手話を教えるように詰め寄られたのはもっと怖かった。

 

 ともあれ、なぜかゴブリンについては異様に言葉が汚くなるこの冒険者はギルドに入ってからも嵐の中心だった。

 

 そもそも女神官達の徒党に出会った時も、ギルド登録のために辺境の街に向かっていたが、行き掛けの駄賃とばかりに道々のゴブリンの巣穴を襲撃して回っていたというのが理由だという。

 

 ギルドの受付嬢曰く村にふらりと現れた冒険者が解決してくれた、と取り下げられたゴブリン退治の依頼がここ数年妙に増えていたらしい。

 

 そういえば身に覚えのないゴブリン退治を感謝されたことが何度かあったな、とゴブリンスレイヤーもぼやいていた。まさかの数年がかりの寄り道の話を聞いたときは、正直言って女神官も少し呆れたものである。

 

 

 

 武器は良いものを長く使うローグとゴブリンから奪ったものか安物を使い捨てるゴブリンスレイヤー。当然ながら二人の考え方は真逆と言っていい。

 

 吾輩が死なせぬからもう少しまともな剣を使えとのたまうローグとゴブリンに取られたら困るから使わないと譲らないゴブリンスレイヤー。万事こんな調子だが不思議と喧嘩にはならない。

 

 根本的にはゴブリン共(糞虫共)は皆殺しだ、と物騒な結論に至ってお互いのやり方を尊重するからだろうか。なんだか長年連れ添った恋人同士の痴話喧嘩を見ているような妙に虚しい気分にさせられる。

 

 ギルドの一部冒涜的な趣味の連中からは喜ばれているらしいが、そんなことは女神官には関係ない。ないったらないのである。

 

 そういう具合で間を取り持つには苦労はしなかったものの「なんか変な奴らのお守り」として女神官が妙に生暖かい同情の視線を向けられるようになったのもこの頃からであった。

 

 

 二人の冒険者が入口の横に付く。女神官は松明をもって隊列の真ん中、最後尾はゴブリンスレイヤーで盗賊騎士が先頭だ。

 

『止まれ』

 

 先頭を進んでいた盗賊騎士が歩みを止める。どうやら隠し穴を見つけたらしい。

 

『潰すか』

 

『いや、ここでやる』

 

 盗賊騎士が担いでいた荷物を下ろした。麻布で作られた簡素な肩掛けのカバンにたっぷりと詰め込まれているのは鉱人(ドワーフ)謹製の火の秘薬である。

 

『火』

 

 女神官に向けてゴブリンスレイヤーが合図を送る。女神官は黙ってうなずくと慎重な手つきで発火具を取り出し、導火線に火をつけた。火花とともに硫黄の匂いのする煙が立ち上る。

 

『走れ』

 

 そのまま踵を返して走る。神官の錫杖を肩に担ぎ、後ろは振り返らず一目散。なんだか逃げ足だけは早くなりましたね、と女神官は心の内でぼやく。

 

 隠し穴から出てきたのか、追手のゴブリン達の声が聞こえたのはその直後であった。

 

 振り返ると殿に付いた盗賊騎士が小物入れから何かをばらまいた。踏みつけたゴブリンが悲鳴を上げて飛び上がる。後続の連中が仲間の醜態を笑ったり二の足を踏むのを確認して盗賊騎士は悠々とした足取りであった。

 

 絶対楽しんでますよね、と盗賊騎士の様子をちらちら見ていた女神官は心の中で思った。前に見かけた時に油に漬けてから天日で干していた三角錐の棘を持つ木の実。ブーツなどの足底の強固な靴を履いていればどうという事もないが、裸足のゴブリン達には堪ったものでは無かろう。

 

 後ろを走る盗賊騎士はゴブリンスレイヤーより頭一つ背の高い偉丈夫で武器の扱いも得意であるにも関らず、そういう嫌がらせのような手段を好んで使った。

 

 実際、有効なのだから文句を言えない。それにこの風変わりな冒険者には女神官が遅れたり転んだりした時にひっ抱えて運んでいく優しさもある。そのあと放り捨てるように投げるのは勘弁してほしいが・・・。

 

 麦の袋でもあるまいし、毎回投げられてはたまらない。それが嫌さに足が速くなったようなものだ、と女神官は胸の内で呟く。

 

 証拠に鎖帷子を着込んで走っているというのに顎が出なくなった。

 

 ふと前を見れば、出口に着いたゴブリンスレイヤーが、地面に膝を着いて弓を構えている。

 

「ローグさんッ!」

 

 女神官が叫びながら脇による。すぐ横を矢がすり抜け、後ろを走ってくるゴブリンから悲鳴が上がる。立て続けに矢が放たれ、そのたびに後ろからゴブリンの悲鳴が聞こえた。

 

 女神官は洞窟を出ると最後尾の盗賊騎士はもう弓を手に取って弦を張りなおしていた。矢継ぎ早に弓を射ち放ってゴブリンたちを寄せ付けない。

 

「い、いと慈悲深き地母神よ・・」

 

 女神官は息を整えながら、詠唱を始める。使うのは聖壁の呪文。なるべく入口より奥を意識して精神を集中する。この二人の怒涛のゴブリン退治に付き合ったせいで、女神官は早々と新たな奇跡を授かっていた。

 

「・・・どうか大地の御力でお守りください」

 

 清らかな光と共に透明の光の壁が立ち現れる。追手のゴブリンが壁にぶつかり、苛立たし気に光の壁を叩く。

 

 ずんっ、と一瞬の閃光と爆音とともに地面が揺れたのはその直後の事であった。

 

「完全に崩落してますね・・・」

 

 洞窟の入口があった所は土砂と瓦礫で埋まっており、ゴブリン達の姿はもう見えなかった。

 

「ふむ、火の秘薬は完全に閉じ込めるほど力を増すというが・・・使えるな」

 

 ゴブリンスレイヤーが誰に言うでもなく呟き、ローグが無言でうなずいた。

 

「・・・やりすぎです!」

 

 涙目になった女神官の声が、黄昏時の紫がかった空に木霊した。

 

 ゴブリンスレイヤーと盗賊騎士ローグ、そして女神官。この誰がどう見ても凸凹なパーティが結成されてから早数週間が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あんたたちとんでもないことするわね」

 

 『臨時』と書かれたカードを首から提げた女魔術士が受付の向こうでわずかに後ずさった。

 

「わたしが考えたわけじゃありません!!」

 

 女神官が据わった目で叫ぶ。

 

 なんだか、この子少しの間にえらく荒んだわね、と女魔術士は心の中で呟いた。それもその筈で、一人でも異様なペースでゴブリンを退治していたというゴブリンスレイヤー。それが「同類」と奇跡の補助を得て、この短期間に尋常ではない数のゴブリン退治を請け負っている。

 

 最初に徒党に誘われなかった時はショックを受けもしたが、そもそも威力よりも手数が必要なゴブリン退治は、魔術を2回しか使えない彼女にとってはかなり不利である。

 

 そんな事を説明されれば、悔しいながらも引き下がらざるを得ない。

 

 それにやはり、殺されかけたこともあって女魔術士もゴブリンは怖かった。同じくらいの目にあったというのに女神官がゴブリン退治について行っているのはやはり凄いと思う。

 

 気弱そうに見えて芯が強いのだ、と女魔術士は素直に尊敬した。何よりあの絶体絶命の瞬間、幸運を活かすことが出来たのはやはり女神官の勇気があったからだろう。

 

 とはいえ冒険に行かねば強くはなれない。いっそ槍でも練習しようかしら、と女魔術師は毎日ギルドの受付に来ては玉砕していく辺境最強を自称する銀等級の姿を思い浮かべた。まあ、それでも一朝一夕にという訳にはいくまい。

 

 というかどちらにしろ、洞窟で杖を折られてしまった彼女は新しい杖が買えるまでは冒険にも出られないのだ。そして、杖は武器の中では高級な部類に入る剣よりも遥かに高額である。

 

 故にこうしてギルドの臨時受付やら代書屋の手伝いなどをしているのだが・・・。

 

「あ、そうだ。ちょっとローグ。あんた宛に公文書の作成依頼来てるわよ」

 

 そう言って女魔術士は羊皮紙の束を盗賊めいた格好の騎士に手渡した。盗賊騎士は無言でうなずくと感謝を意味する手言葉を作る。

 

「べ、べつに良いのよ! ほら、し、仕事仲間なんだし!!」

 

 どぎまぎしながら彼女が答えると、盗賊騎士はあっさり了承を意味する手言葉を返した。当然と言えば当然なのだが、あまりにもそっけない反応ではないだろうか。

 

 なんだか釈然としないものを感じるわ、と女魔術士は心の内で呟いた。

 

 そもそもの発端はギルドから認識票をもらった盗賊騎士が当然のように代書屋を始めた事にある。その手伝いを女魔術士に頼んできたのだ。

 

 一日中座り仕事で肩は凝るが、安全な上にそこそこ稼ぎになるのもあって女魔術士は二つ返事で承知した。というのは半分建前で、頼りにされて嬉しかったというのが本音だった。

 

 じろり、と盗賊騎士の方を睨む。実のところ代書屋の手伝いとはこの風変わりな冒険者の手伝いなのだ。女魔術士も賢者の学院で学んできたため、字の読み書きはできる。

 

 加えてこの盗賊もどきは異様な達筆である上に公文書の書式にまでなぜか詳しいが、喋る事は出来ないと言う代書屋としては致命的な弱点がある。したがって代読は別の者が行う必要があった。

 

 当然ながら冒険者が多くを占めるこの街では、田舎から出てきて字の読み書きも満足にできないという者が多い。

 

 必然、近況報告の手紙から恋文、訴訟や結婚の許可を求める文などの体裁重視の書面まで、代読代筆の代書屋業は大きな行列ができる盛況ぶりであった。

 

 特に司教付きの書記官も裸足の達筆と、見目麗しい若い娘が代読をするとなれば人気が出るのも当然であった。むさくるしい盗賊もどきに頼むには抵抗のある恋文も若くて賢そうな女子が代筆するとなれば頼もうとも思う。

 

 不思議なことにどれだけ風体が怪しかろうと文字が奇麗であれば相応な教養を持っていると人は思うものだ。むしろ世捨て人の風情であると判官贔屓な評価さえある。

 

 その上、人手不足の冒険者ギルドは血に飢えたサメのように読み書きができる暇人を探している。

 

 ローグ達が冒険に出かけて代書屋業もある程度はけてきたと思ったら、なんだか妙にいい笑顔の受付嬢にカウンターの裏に引っ張り込まれたのも当然と言えば当然の成り行きであった。

 

 聞けばそのまま正規の職員になる冒険者も多いらしい。まあいろいろな理由で腰を落ち着けたくなる冒険者の気持ちは女魔術師にも何となくわかる。

 

 正直に言えば故郷に帰って行った徒党の仲間たちを見て、自分もどうするか悩んだ日もあった。

 

 それでも、この街に残っているのは「まだやれる」と思う気持ちが残っているからだ。

 

 してみれば、あの盗賊騎士がゴブリン退治に誘わなかったのもそういう迷いを察したからなのかもしれない。

 

 少なくとも彼女は迷いを抱えたまま冒険に出ればどんな目に遭うか想像できないほど愚かではない。何はともあれ代書屋によって現金収入があるので、先を考える余裕は十分にあった。

 

「それにしても・・・とりあえずお風呂に入ってきなさいな」

 

「え? あ・・・へぅ」

 

 煤と泥で汚れた女神官の顔が一気に赤くなる。なんだかんだ言って泥臭い冒険に馴染んでいるらしい。パタパタと走っていく女神官の背中を見送りながら、女魔術師は受付に頬杖を突いた。

 

「借り作ってばっかりだな・・・あたし」

 

 女魔術士は誰に言うでもなく呟く。やはり視線を向けるのは盗賊騎士の方だった。

 

 大事にされているのだと思えば悪い気分はしない。だが、これはきっとそういう事では無いのだろう。やはりそこまで盲目にはなれなかった。

 

 あの盗賊騎士はどうやら洞窟で庇った借りを返しているつもりらしいが、いくら何でもやりすぎではなかろうか。

 

 勿論、代書屋を始めた理由の全てが自分の為だと自惚れるつもりも女魔術士にはない。

 

 それでも、少しは期待したいと思うのが人情だろう。

 

 受付からは、さっそく羊皮紙の束に筆を走らせる盗賊騎士の姿が見える。厚手の皮手袋に羽ペンを持って器用に走らせる盗賊騎士を見つめながら、女魔術師は人知れずため息をこぼした。

 

 その憂いを含んだ横顔を見たギルドの冒険者たちの間で、女魔術士の代読の人気がさらに上がったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 手話を使ってのクリアリング。中世ファンタジーな雰囲気で疑似クリアリングができて大満足です。

ちなみに辺境の街の人口は3000から6000程度を想定しています。

 後半はなぜだか砂糖多めな感じになってしまいました。まあそれもこれも女魔術士が眼鏡で巨乳で幸薄いっていう属性山盛りなのが悪い。

 それにしてもどんなにフラグを立てようとまったく発展する可能性がなさそうな主人公は楽で良いですね(笑)


 弓についてですがローグが使っているのはモンゴルなどで使われていた小ぶりなリカーブボウで全長110㎝ちょいで弓力が30㎏ほどです。

 アニメ版でゴブスレさんが使っている弓も矢速及び弾道などから見ておそらく弓力25㎏ぐらいのある程度強めの弓でしょう。

 現実で考えるとすごく強い弓に感じるかもしれませんが、狩猟弓の目安がだいたい60ポンド約28㎏で壇ノ浦で「平家の奴らに噂されると恥ずかしいし」と義経が取りに行った弓が弓力30㎏ぐらいと言われています。ちなみにイングランドでは「昨今の若い奴らは軟弱で90㎏の弓が弾ける奴がいなくなった」のようなセリフが残っているほど。

 ちなみに現実の弓での最大弓力がクロスボウを除いてイングランドロングボウで75㎏から90㎏と言われています。

 和弓も戦国期の弓足軽の弓力は65㎏程あったと言わています。和弓はそれ以上に力の伝導効率が優れており、同じ弓力のロングボウと比べて初速が高いそうです。まあ、引いてる人の技量もあるのでなんとも言えませんが。

 日常的に数時間以上のトレーニングができる環境が普通だった専業狩猟者や戦士階級の場合、現代人が考えられないような「常識」があるわけです。よって、両者ともに使う弓は作中ではあまり強くない弓という認識です。

 弓は振り回せれば何とかなる刀剣や棒の類と違って、かなりフィジカル的なハードルの高い武器です。史実でも乗馬と並んで弓は特殊技能に分類されました(弓を扱える部族を傭兵に雇うなど)

 筋肉の協調運動と筋力そのものが無いと引けません。まして弓の反発力を最大限運用するためにはかなり高度な身体操作を必要とされます。つまり、棒を振って目の前の立ち木に当てるより、弓をまともに前に飛ばすほうがより長時間の訓練を必要としするわけです。

 まして、的に当てることを考えるとなおさら。リアル重視のファンタジーの鉄則で長弓兵と殴り合いをしてはいけないというのがあります。先に述べたように70㎏超の弓を数百回引けるようなフィジカルお化けで、リアルシオマネキのような腕をしているわけで陣地構築で手斧や鉈などの刃物も使い慣れてます。弓兵なんて近づけばw とは近接特化の装備でフィジカルお化けである騎士階級(または歴戦の傭兵)のみが許される言葉ですね。

 原作の設定ではゴブリンは子供程度の膂力しかない(その割には結構な太さの杖をへし折ったり、兜の角折ったりしてますが)ので、アニメなどを見ても丸木の小さな弓を使っています。ゴブリンスレイヤーさんがさらっと矢を切り落としているのも、能力が高いのに加えて矢速がたいしたことないというのもあるでしょう。


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