ゴブリンスレイヤー THE ROGUE ONE 作:赤狼一号
皆様、新年あけましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願いいたします!
1万字越えてしまった。だいたいシーンを三つほど入れるとこんな感じですね。
小鬼殺し殿
時候の挨拶は省略させて頂く。
北の農村の連中は単なる渡りの一団だったようである。
大した数ではなかった。
帰りに立ち寄った村で耳寄りな話を聞いた。
どうも糞虫の一団が森人の古き砦に住み着いたようである。
巨木の中に作られた要害で数も多いもよう。
女が一人攫われたとの事。
いささか面倒。
手があれば、お知恵を拝借したく候
ローグ
ローグへ
攫われた娘は生きてるかどうかわからん。
無理はするな。見捨てることも視野に入れろ。
古い砦と言ったな、火除けの結界が生きてるか?
砦なら出入りの口は限定されている。
具体的なやり方が思いつかねば知らせろ。
俺もそちらに向かう。
ゴブリンスレイヤー
霜を含んだ早朝の風が涼やかに吹き抜ける。かつては
巨木の内側に蠢き、すべてを食い荒らす害虫。
――まるで白蟻のようではないか。
吾輩は頭に浮かび上がった奇妙な符合を鼻で笑った。
久々に一人で糞虫共を殺した帰りに、とんだ寄り道となったものである。依頼の糞虫共は田舎者もいないような小集団であった故に片手間に鏖殺できたが、こちらはかなりの大所帯であることが予想される。
付近の村人共の話によれば孕み袋も一つあると言う。糞虫共が気まぐれを起こさなければ相応の数に増えているのは間違いない。ゴブリンスレイヤーと共にいくつか糞虫共の巣穴を潰し、その手際を学んだ。故に此度はその成果を試さんと趣向を凝らしているが、果たしてどう転ぶか。
これは吾輩が自らに課した試練なのだ。あの偉大な先達と共に糞虫共を殺戮した経験から何を学び取ったかを確かめねばならない。
なにせ彼の冒険者は同じ手は二度とつかわぬ。使うにしても何かしら応用を利かせる。その自由闊達にして大胆な発想と手法、なんとも心躍るやり方で糞虫共を殺していく様は素直に称賛する。
同時に、これまで吾輩がやっていたことは野蛮な力技にすぎぬと大いに反省させられたものだ。吾輩が手慰みにしていた手話とて、ゴブリンスレイヤーはすぐに覚えて敵地での無言の会話の手段とした。とにかくあの御仁は勤勉であり、使えるものなら何でも使う。
吾輩もあの神官の娘も彼奴にとっては有用な道具なのだろう。実際、彼奴は吾輩達をよく使いこなし、幾多の糞虫共の巣窟を殲滅せしめた。
彼奴と共に潜った糞虫共の巣窟は吾輩にとって実に学びの多き時間であり、この世界に蔓延る糞虫共を驚くべき効率で駆除していく愉快痛快なひと時である。
無論、幾多の営巣地を蹂躙する中で、吾輩も大いに殺戮し糞虫共の駆除に貢献したつもりであるが、かの御仁の大胆な戦法には到底かなわない。
火の秘薬による爆破、入り口からの釣り出しの妙、煙の特性を利用した皆殺し、果ては河の支流から運河を掘っての水攻めなど、新しいやり方や戦法がいくらでも飛び出してくる。彼奴も選択肢が増えて助かる、などとのたまっておった。
――欠点を挙げるとすれば、吾輩に妙に気を遣う事くらいか。
神官の娘は良い。かの娘はこれと言うときには引かぬ意地があり、何のかんのと順応する力がある。それに持ちうる奇跡もかなり使い勝手の良い奇跡が多く、実に有用な冒険者と言えよう。
だが、それを吾輩にまで適用するのはやりすぎである。そもそも吾輩は自分の面倒は自分で見れるし、そうそう簡単には死なぬ。
大体にして吾輩が死ぬときは「この世の
そこまですれば、この呪わしい世界を作り出した神々の身元へ行けるだろうか。それこそ吾輩の唯一の願いである。
――忌まわしき邪神共め。貴様らが全能と嘯くならば、我が願いを叶えるがいい。吾輩が悪党ばかりの糞虫の中ですら、随一の悪漢であるという証左を文字通りその身に刻んでやろう。
それはさて置くとして、ゴブリンスレイヤーは神官の娘や吾輩が死なぬように色々気を回す。我らが危険を負う選択をできるだけしないようにしているのだ。そのくせ、自分の命に関しては無頓着なのだから性質が悪い。ゴブリンスレイヤーに死なれると吾輩が困るのだ。
彼奴はこの世界でも随一の糞虫駆除の名手である。いなくなれば糞虫共を殺しつくす未来がどれほど遠のくか。そんなことでは困る。吾輩の目的はあの糞虫共をこの世から駆逐した先にあるのだ。
それでなくても、この世のどこかに太平楽に息をしている糞虫共がいるという現状は吾輩にとって不愉快極まる事実である。その上、糞虫共の天敵とも言える存在が居なくなるなど、吾輩の仕事が増えるだけで何一つ得などない。故にそういった事態は断固として打破する所存である。
ふと周りを見れば、霧の中に見えるのは黒々とした森だ。地下の巣穴やら遺跡やらで糞虫共を殺戮する仕事に勤しんでいたせいか。どうも高所からの風景が新鮮に感じる。
とはいえ何か感慨が浮かぶわけでもない。人間であればこのような風景に美しさを見るものなのだろう。だが、吾輩の生涯にそんなものは無縁である。
美しきものなど、血と鋼と死より他に何もありはしないのだ。
――なんだか妙な考えをしておるな
吾輩は雑念を頭から振り払い、手にした手鉤を振るった。
がつり、と古い樹木の肌に鋼鉄の手鉤が食い込む。ブーツに固定された鉄爪付きのかんじきで木肌を踏み込み、体重をかけて伸び上がる。
2本の手鉤を使って樹木の壁を登っていく。騒々しいほどの風が吹きすさぶ、この風の音が吾輩が登る音を消してくれるだろう。これもある意味であれば力技であるが、連中の度肝を抜ければ洗練された手法となるのだ。
立派なねぐらにありつき、付近の村から女までさらって、糞虫どもは今頃、幸福の絶頂であろう。すぐに地獄の底に叩き落としてやる。
両方の手鉤と鉄爪付きのかんじきは近隣の木こり小屋から調達したものだ。樵たちが枝打ちで木登りに使う代物で、さすがに頑丈にできていて、乾燥して硬くなった樹皮にもよく刺さった。
両手と両足を順序良く使って巨大な樹木を登攀していく。さぞかし絶景なのだろうが、生憎と吾輩に興味はない。その分、糞虫共の苦悶の表情を心行くまで堪能するとしよう。
頂上が見えてきた。奴らの警戒が薄い早朝に上り始めたが、太陽が随分と高い。もう、昼間に差し掛かってきた頃だろう。
――糞虫共を殺す。殺して、殺して、殺し尽くす。まったくもって楽しみだ。
浮かび上がる喜びと殺戮の衝動を他人の物のように見つめる。こうして自分の衝動に距離を保っておかねば、たやすく怒りや欲望の衝動に押し流される。そうなれば他の糞虫共と同じく無様な死を迎えることになるのがオチだ。
大樹の上の方がにわかに騒がしい。どうやら何匹か見張りがいるようである。吾輩は頂上のぎりぎりにへばりつきながら、できるだけ哀れっぽい声で叫んだ。
「た、助けてくれ、落ちる」
上から足音が聞こえてくる。足音の数からして二匹だろう。
風の音の中にゲスな含み笑いが微かに混じる。間抜けの顔を見に来て鬱憤を晴らそうというのだろう。ことによれば、助けるふりして突き落としてやろうと目論んでいるのかもしれぬ。
やつら糞虫はそういう下種である。故に付けこむ隙となるのだから、まったく因果な話であった。
見張りのものと思しき槍の穂先が見える。その根本を掴むと一気に引っ張った。
「ギェ!?」
槍持ちの糞虫は驚愕の表情を張り付けたまま、遥か下方へと落下していく。
「おいおい、なにやってんだ・・・」
ニタニタ笑いの顔が見えた瞬間、壁から外した手鉤をそこに向けて振りぬいた。
「うげぇあっ!?」
鋭い鋼鉄の手鉤が糞虫のわき腹から内臓に食い込む。そのまま右に振り抜くと、バランスを崩した糞虫の体が、そのまま木の下へと真っ逆さまに落ちていく。悲鳴は吹きすさぶ風の中に消えていった
――まったく、なんてすばらしい。
そのまま上に体を引き上げる。
「!?」
その瞬間に目が合ったもう一体の見張りに向かって手鉤を投げつけた。鋭い鋼鉄製の鉤が頭蓋を打ち砕き、脳髄を引き裂く。倒れた糞虫はびくびくと痙攣し、動かなくなった。
素早く短剣でかんじきの留め革を切る。かんじきを脱ぎ捨てると、下方に広がる大空洞を見た。
巨木の中をくり抜いた様に形成されたその大広間の各所で、糞虫共が悠長に眠りこけている。どうやら見張り以外の糞虫どもは全員寝ているらしい。
方々に腐敗した食料や、垂れ流しにされた大小便が散らかり、胸が悪くなりそうな汚臭を放っている。その中で倒れ伏す白い何か。考えるまでもなく女だろう。
暗闇の中で長い髪を振り乱し、はるか虚空を見る虚ろな眼。かなり距離がある上に、あちらからは逆光であるはずなのに、女と確かに眼が合ったような気がした。その時、忌まわしい過去の光景が電光のごとく蘇る。
母の眼、吾輩を産み、吾輩が唯一愛し、そして汚した女。絶望と諦観に染まり、それ以外の一切を写さぬ眼。
ぞわぞわと泡立つような不快感が背中を走り抜ける。
ああ、いつ見てもこの光景は、吾輩に大切なものを思い出させてくれる。吾輩は手鉤にロープを結びつけると、そのまま一気に下まで滑り降りた。
いびきをかいて眠りこける
ごぼごぼ、と己の血で溺れ末期の痙攣に震える糞虫を足で押さえつける。
一匹、また一匹と突き刺して、確実に息の根を止めていく。しかし、それにしても数が多い。
このまま皆殺しにするのも悪くないが、流石に途中で起きだすだろう。それはさすがに面倒極まりないし、取り逃す可能性もある。
吾輩は道具入れの中の燃える水の瓶を取り出すと、少しずつ振りまきながら歩き始めた。これもゴブリンスレイヤーに教えてもらった代物だが、素晴らしく使える。あとは火をつけるだけだ。
入口近くに無造作に転がった女の身体。なんの反応もない。いかに無気力の極致とはいえ、なんだか様子がおかしい。
この砦は日の光が入る構造になっており、今は昼である。故にここまで下りれば目に留まっているはずだ。
なのに身じろぎ一つしない。というか見たところ砦の最奥とはいえ、大広間の入口の直ぐ近くであるというのに、何の拘束も見張りもせずに女を放っているのはいささか妙だ。
吾輩は女に近づくと、しゃがんで女の脈をとった。案の定というか、幸運なことに女の息はすでに絶えていた。眼を凝らすと、その体の横から細い紐のようなものが見える。それは天蓋に吊るされた網袋に繋がっていた。
罠、恐らくは警報のようなものだろう。女を助けに来た誰かが、その体を動かした瞬間に作動するという仕掛けである。おおよそ糞虫らしいやり口だ。
ともあれ女が死んでいるのは幸運であると言えよう。吾輩の手間は省けるし、糞虫に汚された余生などそれだけで地獄だ。
それにしても、吾輩はため息をつきたくなった。まったくゴブリンスレイヤーからいろいろ学んだと思っていたが、とんだ思い上がりだったらしい。かの御仁は流石の慧眼であった。確かにあの冒険者の言う通り、入り口をふさいで火をかけるだけで良かったようだ。全く無駄な手間をかけてしまった。
――やはり、貴殿がおらんと締まらんな。
冷静沈着な先達に思いを馳せる。初めて徒党などというものを組んで冒険に出てからというもの、その効率の良さには驚かされるばかりだ。最初はあたふたとしていた女神官でさえ、場数を踏んで糞虫退治の手際も格段に良くなり、なにやら貫禄めいた雰囲気さえ出てきたように感じる。
それが人間の面白さというものかもしれぬ、そんな埒も無いことを考えながら、手にした
硬質な音とともに飛んだ火花が燃える水へと落ち、轟轟たる炎となって立ち上がった。
「あ、あなた何をして・・・」
唐突に、部屋の入口から声が聞こえてくる。振り返れば、冒険者と思しき4人の女の姿があった。恐らくは頭目であろう剣を持った女が唖然とした表情で固まっていた。なんとも面倒な事になりそうである。
その時、頭目の影に隠れていた小柄な影が女の死体に走り寄った。
「しっかり、助けに・・」
止める間もなく、
まずい、そんな事を思ったが、すでに遅い。重しをのけられた紐が無情にも外れ、天蓋に吊られていた網袋が地上に落ちて、その中身をぶちまけた。
入っていたのは乾いた骨だ。からん、ころん、とけたたましい音があたりに響き渡る。単純な鳴子。それゆえに効果的である。眠りこけていた糞虫共が即座に飛び起きた。
女の姿を見つけた糞虫共が快哉と怒りの叫びをあげる。
――間抜けめ。
大声で悪態を付きたいのを堪え、目を覚ましてこちらを見た糞虫を叩き切った。真二つになった糞虫の身体が地面に転がり、臓腑がだらしなく零れ落ちる。
すぐさま炎の近くにいる糞虫に向かって燃える水の瓶を投げつけた。
一瞬のうちに糞虫の数匹が火だるまになって転げまわる。火事に気付いたのか、吾輩達に向かうか火を何とかするか、糞虫共が混乱し始めた。
――好機である。
即座に走り出した吾輩の視界に入る、間抜けな冒険者達の姿。置いて逃げるか殺そうかという考えがよぎる。だが、その思考に追いすがるように脳裏に浮かぶのは先ほどの女の姿。
――もう考えることすら面倒だ。
取りあえず後衛らしき冒険者二人を掬い上げるように肩に担ぎ上げ、全速力で走る。
「きゃっ!? え、え、なんで?」
「ちょっ!? なにっ?」
「あっ! 神官! 魔術師!」
「あいつを追って!!」
後ろから冒険者たちが追いかけてくる。その後ろからは火に追われ、女どもの尻を追いかける糞虫共が列をなしている事だろう。
この間抜けな有様を我が師が知れば何と言うか。ゴブリンスレイヤーも呆れて溜め息をつくに違いない。もぞもぞと動く二人の女をしっかりと肩に担いで、吾輩はさらに速度を上げた。
入口への通路で寝ていた連中だろう。数匹のゴブリンが前をふさぐように立つ。
――糞虫共が、邪魔である。
正面の糞虫をそのまま一足飛びに踏みつけ、二人の女を押さえていた手を離して頭上からとびかかってきた2匹の腹を
着地と同時に逃げようとした一体の背中に
回転した刃が糞虫の背中を貫く。
地面に転んだ背中から山刀を引き抜くと、真後ろに振り返って追いかけてきた糞虫の頭を断ち割った。着地の衝撃をもろに受けたのか、カエルの様なうめき声が両肩から聞こえたが、特に気にすることではあるまい。
「あいつ、人を2人も抱えて……嘘でしょっ!?」
追いかけていた
いったいどうしてこうなっているのだろう、必死で足を動かしながら、貴族令嬢は思った。
数日前に
「弓は!」
「無理!!」
森人の砦の巧妙な罠を解除しながら進んだ彼女達。やっと最奥へとたどり着いたと思ったら、なぜか人質を尻目に火をつけている冒険者らしき人影。
問い質すより先に、野伏が人質を確保しようとしたが、それが
見落としていた最後の警報。はや絶望的な戦いが始まる…筈だった。
なんと冒険者らしき偉丈夫は、物凄い勢いで貴族令嬢達に向かって走って来たかと思うと、行き掛けの駄賃とばかりに後衛の二人を攫い、凄まじい速さで走り抜けて行ったのだ。
もう、なにがどうなってるのやら。
目の回りそうな事態の急変に次ぐ急変に、貴族令嬢はとりあえず足を動かすのが精一杯だった。
鎖覆い付きの
「どう見ても盗賊にしか見えない」という特徴から言っても目の前を走る盗賊もどきこそ、村人が言っていた先行した冒険者だろう。
だが意図を訊こうにも相手は全速力で走っている。何より後ろからは下卑た笑みを浮かべたゴブリンどもが大挙して押し寄せてきている。
と言うか、あの盗賊もどき。白磁の冒険者にあるまじき重装備の割にやたらと足が速い。軽装の野伏が未だに距離を縮められないのは一体どういう事なのだ。
文句を言おうにも、追い付かない事には文字通り話にならない。
「待ちなさい!」
小柄な野伏が叫びながらペースを上げる。さすがに身軽なだけあって足も速い。
ふと目の前が明るくなる。出口だ! そう思った瞬間先に向かった
「野伏!? うわっ」
足を速めようとした頭目の足元がつるりと滑る。なにかヌルヌルとしたものが地面に撒かれていたらしい。独特の揮発性の匂い。
「この匂い・・・メディアの油!?」
何かが後ろから貴族令嬢に抱き着いてきた。下種な鳴き声と、ぬらりとした唾液の感触。ゴブリンだ。
「この、放せっ」
馬乗りになった小鬼を振り落とそうとした瞬間、小鬼の首が無くなっていた。
切断面から断続的に噴き出る鮮血がゴブリンの体を伝って、地面に流れ落ちる。血を滴らせ、鈍く光る山刀と冒険者もどきの長身。
とっさに剣を抜こうとするが、次の瞬間には貴族令嬢はがっしりとした腕の中にいた。
「ふえ!?」
先ほどの冒険者もどきが貴族令嬢を抱え上げているのだ。
「え、え、え!?」
混乱する貴族令嬢の体が宙を舞ったのは次の瞬間だった。
この盗賊もどき、事もあろうに、まるで麦の袋でも放り投げるように投げやがったのだ。
「ぐえあっ!!」
おなかの下で見知った声がカエルの様な悲鳴を上げる。
「う~~重い」
などと失礼な事をのたまいながら、貴族令嬢の胸の下で悶えていたのは野伏だった。
「あ、あんた無事で・・・」
「リーダー! 大丈夫!!」
そう言って貴族令嬢を助け起こしたのは森人の魔術師と
「あんたたちまで・・・あいつは」
「あたし達を下ろしたら、すぐリーダーたちの方へ」
魔術師がそう言うと、痛そうに腰をさすっていた。どうやらここにも被害者がいるらしい。とは言えこっちにもミスに巻き込んだ負い目がある。
「そう・・・と、とにかくあたし達も戦うわよ」
もうもうと立ち込める煙の中。入り口の前に仁王立ちして並み居るゴブリンどもを切り捨てていく謎の冒険者。その後ろ姿を見ながら、貴族令嬢は仲間たちを叱咤した。
その盗賊もどきの冒険者の剣と盾の技は、盗賊じみた外見からは想像できないほどに洗練されていた。巧妙にして大胆な技の数々によって、ゴブリン達が次々と臓腑をまき散らしながら倒れ伏す。
まるで麦でも刈り取るようにゴブリン共を切り伏せながら、盗賊もどきの騎士は逆に奥へと斬り進もうとしているではないか。
とは言え数が多い。駆け付けた貴族令嬢は横に回ろうとしていたゴブリン達を切り捨てた。
「ねえ、あんた! 何か手があるのっ!!」
貴族令嬢が盗賊もどきに向かって怒鳴ると、盗賊もどきは黙って入り口の少し奥を
「あそこ・・メディアの油・・・そうか!?」
「魔術師、あそこに火矢!!」
「了解」
森人の魔術師が詠唱を開始する。
「≪サジタ・・・インフラマエ・・ラディウス≫」
赤々とした炎の矢がまっすぐに指定された場所を射抜く。轟轟と燃え上がった炎の壁にゴブリンたちが悲鳴を上げた。最前線の鉄帽子が炎に焦がされる。
「僧侶、あいつの前に聖壁を!!」
「はい!」
僧侶の詠唱によって光の壁が彼の前に立ち現れる。盗賊もどきの冒険者は聖壁をこつこつとノックすると、その一枚向こうで炎と煙によってもだえ苦しむゴブリン達を無言で見据えた。
「なにやってんの、早く逃げてっ!!」
貴族令嬢が大声で叫ぶ。その声を受けたのか煙の中で鉄帽子の頭が振り返る。
まるで何事もないと言わんばかりに、ソイツは火の粉や煤が舞う回廊の中を歩き始めた。
焔にまかれた古の砦がバキバキと悲鳴をあげる。やきもきする貴族令嬢の心情を差し置いて、まるで物見遊山でもしているかのように焔の中を歩く。
ゴブリン共の断末魔の重奏と天を焦がさんばかりに燃え立つ焔を背にしたその姿は、不思議なほどによく似合っていた。
血と煤で汚れたその甲冑はまるで吟遊詩人の歌に出てくる悪辣な盗賊騎士そのものだ。
にも拘らず、難攻不落の要害から単身危機に陥った自分たちを助け出し、卓越した技量を以て多勢を切って捨てる。その活躍こそ彼女が幼いころに憧れた騎士物語そのものだった。
「あ、あんた。いったいなにもの・・・」
貴族令嬢が唖然とした表情で尋ねると、その盗賊騎士は一片の羊皮紙を差し出した。
『吾輩はローグ。とある邪神に掛けられた呪いのせいで喋る事ができぬ。
顔を隠しているのも二目と見られぬ見苦しい面相ゆえである。
吾輩は冒険者だ』
盗賊騎士は首元に掛けた白磁の認識票を見せた。
「「「「あんたみたいな
黄昏の中に、4人の女の声が響き渡る。いろいろと台無しであった。
手紙の返事をしたためてから数日、ローグはまだギルドに戻っていないようだった。
最近あらわれるようになったゴブリンが農作物を盗んで困るという依頼。規模からして小規模であろうことは予想できたため、奴は一人で向かった。
まさかその帰路で大規模の巣窟を引き当てるとは、さすがに予想の範囲外だった。安全を期すならば一度退くのが正しいのだろう。
だが奴は退かなかった。森人の砦に住み着いたというゴブリン退治に一人で挑んだのだ。
――思えば奴は、ローグは不思議な奴だった。
初めて会った時から感じる違和感は未だぬぐえていない。
だが、実際行動を共にして見れば、少々ちぐはぐな印象はあるものの、怪しすぎるという程でも無い。せいぜいが変わった背景を持つ冒険者という程度で、常ならば大して興味など持たないはずである。
持たないはずなのに、なぜだか最初から奴の事は妙に気になった。
それから奴と組んでいくつものゴブリンの巣窟を討伐した。少なくとも他の冒険者達とは違い、奴が俺と同じくらいに執念を燃やしてゴブリンと戦っていることは分かった。
自分とあの盗賊騎士は似ていると人は言う。だがその実は真逆だ。
奴はゴブリンの巣穴にもできる限り良質な装備を持っていく。俺としてはそれは望ましくないことだが、あえてそれに異を唱える事はしていない。と言うか、俺たち冒険者は全てが自己責任。己の裁量で何を持っていこうとそいつの自由だ。俺に止める権利はない。
それに、少なくとも俺より先に奴が死ぬとは到底思えなかった。
――戦士としての俺の技量は大したことは無い。
それに引き比べて奴の戦うことに対しての技量は卓越している。他の銀等級である重剣士や槍使いに匹敵する技量があるのではないかと思う。
だが事あるごとに、俺にさえ良質な武器を持っていけと買ってくるのは少々困る。
ローグは不思議な男だ。妙に俺の事を気に掛ける。「絶対に死なさんからもっとましな武器を使え」などとのたまう。
もちろん、俺も徒党を組んでいる奴をむざむざと死なせる気は無い。だがそれは奴が死ぬと、奴の装備を得たゴブリンが上位種となる可能性が高いからだ。
だが、俺は違う。俺は決して強くない。賢くもない。人より特別なことは何一つない。死んで装備を奪われても良い様に選んでる。それでも、気に食わんと言うのだ。
何故だ、と尋ねたら、ゴブリンどもを殺せるからだ、と答えた。
多分本音なのだろう。それとも、奴なりに気を遣っているのだろうか。
俺には良く分からない。
唯一つ分かるのは、奴が一分一秒でも早く巣穴を潰したいと思っている事だ。一匹でも多くのゴブリンを殺したいと望んでいる事だ。
別に理解をしようとしているわけじゃない。だが、奴について考えれば考えるほどその狂気じみた執念と決意を持っていることが読み取れた。
奴はゴブリン共に殺される気は全くない。それは驕りや油断というものではなく、もっと執念や信念に近いものだ。
すなわち、ゴブリン共を皆殺しにするまでは絶対に死なない。それが可能であると心の底から信じているのだ。
俺は自分を信じていない。姉さんを助けられなかった無力な俺自身を信じる事など出来ない。だから、いつかどこかのゴブリンの巣穴で息絶えることも想定している。
だが、奴は違う。奴は己を信じている。必ずゴブリン共を根絶やしに出来る、自分はそういう存在になるのだ、と強く決意しているのだろう。あるいは俺がもっと強ければ、そういう風に考えられたのかもしれない。
――だが、俺はそうじゃない。
それでもゴブリンは殺さなければならない。
そうしなければ村が消える。村を消したゴブリンはさらに多くの村を焼き、女を犯し、人を殺す。だから、俺はゴブリン共を皆殺しにする。俺が強いか弱いかなど関係ない。
ただ、やるべきだからやるのだ。
そうすると奴はその狂気じみた執念に苛まれながら、それを心の底から楽しんでいるように見える。その生き方が、俺には少しだけ羨ましい。
一方で俺の勘は何故か奴に対して警鐘を鳴らし続けている。その半面、安堵のようなものも同時に感じていた。果てのない道をたった一人で歩き続けていく中で気づけば同じ道を歩んでいる者がいる。
「ゴブリンスレイヤーさん」
顔を上げると受付嬢がにこやかに微笑みながら後ろを指さしていた。
気が付けば、ギルドの入口に見知った盗賊まがいの姿が立っていた。
『糞虫共は皆殺しにしたが、どうにもこうにも無様を晒してしまった。やはり貴殿がいないと駄目らしい』
血と煤にまみれた盗賊騎士が、そんな手話を作る。
やはりこいつは不思議な男だ。いつだって変わることは無い。
俺は気づけば自然と手話を形作っていた。
『ゴブリンだ』
奴の答えは簡潔だった。
『それで・・・どう殺す?』
女神官さんはこの後合流しました(笑) そろそろ、「ヒロインはゴブリンスレイヤー」タグをつけても許されるような気がしてきた今日この頃です。
昨年から連載開始した本作品ですが、皆さんの応援のお陰でありがたいことにランキングにもちらほら乗ることが出来ました。
皆さん本当にありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします!
さあ、この後は長い後書きなので苦手な方はバックしましょう(笑)
冒頭、ローグが木登りに使っている「かんじき」は雪山で使うアイゼンのようなものをイメージして頂ければ幸いです。実際の木こりさんも靴に着ける爪のような器具を使って木に登る方もいらっしゃるようです。
イメージ的にはダブルアックスで氷壁登頂している感じですね。もっとクライミングあれこれ的な事を掛けたらよかったんですが、たまにボルダリング行く程度なので全然わかりません。
手鉤は主に切った丸太を引きずるのに使用されます。漁船なんかでマグロを引いたりするのにも使うそうです。基本的に木登りには使いませんw
面白いもので、日本も海外もこういう道具はある程度似通った形をしてます。
今回の話はゴブリンスレイヤーさんやらいろんな人の心理描写が多めです。結構人間関係の移り変わりが早いような気がします。本来なら関係性の変化を丁寧に描いた方が作品としての質は上がるのは重々承知の上です。
そこをグダグダ書くと多分私の心がくじけるのでとにもかくにも話を進めて完結を目指します。