ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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プロローグ
Chapter 01


01-1

 

 森の中をアニエスは歩いていた。

 

 時刻は早朝。そのため気温は低く、前方を覆うように霧がたち込めている。

 寒くは無い。だが湿気がある為か、移動しているうちにじめじめと汗が体に纏わりついてむし暑い。

 

 不快だ。

 この不快さはどこから来るのだろうか。

 湿気だけが原因ではない。こんな朝早くから隊を率いて移動している疲れからでもない。

 ひょっとすると、最近になってようやく達成した、復讐の後味の悪さが、いまだ尾を引いているのかもしれないが、本当の所はこんな仕事をよこした上の貴族共に対する憤りからだろう。

 アルビオンから帰ってきたばかりだというのに、またこんな遠方への調査ときた。

 何もしない癖に、こういった面倒事はすべて自分達に押し付けて来るのだから、たまったものではない。

 平民から取り立てられた私のことが、彼らは気に入らないのだ。

 今回の任務だって彼女の部隊が適任とは思えない。

 メイジを何人か手配するべきだったと思う。

 尤も、部下の手前、そんな感情は顔にも出すつもりはない。

 彼女はそれでもこの国の女王に忠誠を誓っているのだから。

 

「静かですね」

 

 同行していた女性隊員の一人がアニエスに話かけてきた。

 彼女が引き連れている隊員は十数名。

 トリステイン女王、アンリエッタによって結成されたこの銃士隊は、全員が女性、しかも平民出身という珍しい形式をとっている。

 隊長のアニエスにいたっては貴族の身分まで獲得している。

 これは長い歴史とメイジによる貴族制度を誇るトリステイン王国の中でも異例のことだった。

 

「報告されていた内容は本当なのでしょうか?私にはとても信じられなかったのですが」

 

「それの確認、調査が我々の任務だ。今は私語を控えろ」

 

「すっすみません」

 

 隊員は慌てて口を噤んだ。

 部下を軽く注意した後、アニエスは歩きながら地図を広げて、現在地を確認した。

 

 トリステインを出発して一日半、移動を再開してから三時間。

 そろそろ到着できるだろう。

 そのうち、森の切れ目が見えてきた。あの先が目的地だ。

 日も少し高くなり、霧が晴れてきた。

 そして――

 

 現れた景色にアニエスは言葉を失う。

 後ろにいる隊員達からどよめきが漏れた。

 

「百聞は一見に如かずというが……」

 

 実際にその光景をみても、それは現実のものとは受け入れがたい。

 だが、その場所で起きていた異変は、アニエスの受けた報告書の通りであった。

 

 ここは、トリステイン王国とその隣国、ガリアの国境に位置する湖、ラグドリアン。

 古より存在する水の精霊の住まう美しく、広大な湖。

 その湖の水は常時の水位の半分以下にまで激減していた。

 

 ・ ・ ・

 

 隊の人間を半分に分け、片方の班を周囲の聞き込みに行かせ、アニエスは残り半分の人間と湖の跡を調べることにした。

 

 報告では、水位が低下したのは四か月程まえで、一晩のうちに景色が一変していたということだった。

 目撃証言はなく、報告書にはなぜこんなことになったのかは全くわからない、というこの湖の近くに住む領主の証言が記載されていた。

 

 昼まで掛かった調査の結果はどれも不可解なことばかりだった。

 まずは水の消失の理由が特定できなかったこと。

 水がどこかに流れ出た可能性を考えて湖跡をくまなく探索したが、どこにもそんな痕跡はなかった。

 さらにそれだけでなく、ラグドリアン湖水中に生息する生物まで、いなくなっていたのだ。岸辺近くには幾らかの水中植物が残るのみだ。

 単に水だけ流れ出たとしたら、そこに取り残される生き物の跡があってもいいはずなのに、水中には魚の一匹たりとも見つからない。

 まるで融けて消えてしまったかのように。

 

 とても人間にできることではない。

 それがアニエスの所感だった。

 ここに来るまでは、メイジの仕業である可能性も考えていた。

 だからこそ、今回の任務は魔法反応を追跡できる同じメイジの人間にやらせるべきだと思っていたのだ。

 

 しかし、ここまで広域に影響を及ぼす魔法など、人間に使えるはずがない。

 伝説にある虚無の系統であれば可能かもしれないが、それ自体がお伽噺で疑わしい。

 

 いや……、実は虚無が実在していることを彼女は知っている。

 だが、アニエスの知っているその“使い手”はこんなことをしない人間である。

 それに、たとえ他に虚無の使い手がいるとしても、こんなことをするメリットはないのではないか。

 

 ならば何が原因なのだろう?

 考えつくのは先住の魔法。

 そして、この湖に遥か昔から住んでいたあの大いなる存在だ。

 

 そう……、今回の件で最も異常なことは水の精霊がいなくなったことだった。

 銃士隊の調査では調べることができなかったが、水の精霊と深い関わりを持っていたモンモランシ家から報告を受けていた。

 あの貴族の一族は精霊と古い契約をしていたから独自に調べたのだろう。

 以前の湖の増水の一件が解決して以来、ようやく精霊との関係が回復の兆しを見せていたというのに、つくづく不運なものだとも思う。

 精霊はラグドリアン湖の水位を操れたと聞いているので、今回の異変にかの精霊が関わっていることは間違いないだろう。

 しかし、始祖ブリミルの降臨より前からこの地に留まり続けたあの大精霊に一体何があったのか。アニエスにそれ以上の推測はできなかった。

 

 

「隊長」

 

 聞き込みに行かせていた隊員の一人が戻ってきた。

 

「何かわかったか?」

「はい、どうやら以前から異変の予兆はあったようです。水位が下がるよりも前から、時々、湖面が光る現象が目撃されていたそうです」

「湖が、光る?」

「ええ、聞いた話によると夜な夜な湖から不思議な、その、緑色の光が放たれるとか。信憑性に欠ける話だった為か報告書には記載されていませんが、かなりの目撃者がいたようです」

「それはいつごろからだ?」

「どれも半年ほど前からです。住民は水の精霊が怒っているのだ、と皆恐れていたようですね」

 

 半年というとアルビオンとトリステインの戦争の最中の頃だ。

 宮庭の動向などに気を取られ過ぎて、領主のメイジ達は自分達の領地の異変などに気付いていなかったのだろう。

 

「どちらにせよここ最近ということか」

「それともう一つ。……こちらは直接関係があるのかわからないのですが」

 

 少し悩む様子みせた後、隊員は続ける。

 

「ガリア領側の農村で、凶暴化したオーク鬼の退治をしたメイジと剣士の二人組がいたらしいんです」

「それがどうかしたのか?特に不思議なことでもない気がするが」

「それ自体は村が国に依頼をしていたことのようなので問題ないのですが……、それとは別に、その二人は湖について調べていたようなのです。」

 

「……我々よりも先に?」

「ええ、湖の水がなくなった直後だったそうです。といっても疑えるようなところはそこだけしかありませんが……」

 

 アニエスは顔に手を当てて考え込む。

 この件を調べていたものがいる。しかも自分達よりも早くに。

 湖を境界にはさんだガリア王国の人間かもしれないが、あちらが国として調査を始めるとしたら自分達と同じように隊を編成して大勢で調べにくるはずだ。

 

 アニエス達の行動は国の書類上の手間を考えるとこれでも早かったほうなのだ。

 これ以上の早さでこの件関われるとしたら、国が関係しない個人か、それとも今回の件を起こしたものではないか?

 

 ガリアとなると国外だ。行方を追うのは難しいかもしれない。

 しかし、確かに、引っ掛かる。少なくとも、何か知っている可能性はある。

 

「一応気にかけておこう。そいつらの人相はわかっているのか?」

 

「ええ……メイジの方は大きな杖を持った青髪の少女。もう一人は、身の丈ほどの大きさの大剣を携えた若い男だったそうです――」

 

 

01-2

 

 

「ちょっとあなた大丈夫?」

 

ジェシカがその不思議な二人組の片割れに話しかけたのは、昼下がりの馬車の中だった。

 

「いや……大丈夫だ」

「そんな顔で言っても説得力ないよ?」

 

 その青年は壁に力なく寄り掛かっている。ツンツンした金髪に整った顔立ち。しかしその顔は青ざめ、器量良しな面構えが無残な有様となっていた。隣では青年の連れであろう短い青髪の、赤い縁のある眼鏡をかけた少女が本を閉じてこちらのやり取りを観察している。少女は無表情だったがその顔はどこか困っているような、青年を心配しているような色が(少なくともジェシカには)見える気がした。

 

 ジェシカは馬車がゴトゴトと動く度に吐きそうになるのを耐えている青年の様子に、ある見当をつける。

 

「ひょっとして……乗り物酔い?」

「……」

 

 黙り込んでしまった。どうやら図星だったらしい。

 

 ・ ・ ・

 

「すまない助かった」

 

 ジェシカに酔い止めを貰って幾らか楽になったらしい青年が感謝の意を述べた。青髪の少女の方も今はまた読書に戻っていた。

 

「いいよ。旅は道連れ……とかっていうしね。ふふっ、でも確かに乗り物酔いなんて格好つかないね」

「昔から乗り物には弱くてな……。特にこういった揺れが直に伝わるのはだめなんだ」

 

 かすかに、青年が苦笑した。表情があまり表に出てこないタイプの人だなとジェシカは思った。

 ジェシカ達は馬車の荷台に乗っている。荷物の運搬の他に珍しく人の乗車も扱っているらしく、荷台は小屋のように広い。他にも2.3人の商人らしき人達が積み荷と並んで座っていた。

 ジェシカもお使いの帰りで、頼んで一緒に乗せてもらったのだが、しばらくして気分悪そうにしていた珍しい格好の青年に気付き、思わず声をかけてしまった、というのが最初の流れだった。

 

「そんなに駄目なら、なんでわざわざ乗ろうとしたの」

「歩いていくには距離があったから……」

 

ちらりと少女の方を見る。少女が会話に参加する意志はなさそうだ。

 

「説得されて、覚悟して乗り込んだんだが、無理だった。こういう乗り物も自分で動かすならまた違うんだけどな……、さっき御者に運転を変わってもらえないか頼んだけど断られたよ」

「ははっ、なにそれ。当り前じゃないの」

 

 ジェシカが思わず笑っていると青年は懐から地図を取り出していた。

 地図を広げる様子は手馴れて見える。乗り物には弱いのに旅にはなれているのだろうか。

 

「ところで、この馬車は北西に向かっているんだよな?」

「そうだよ。終着はトリスタニア」

「たしか……、そう、トリステイン。その国の首都だったか」

「うん?ひょっとして、トリステインに来るのは初めて?」

「……ああ、俺はそうだ。だからここら辺の事には詳しくない」

 

 青年は少し話しにくそうに答えた。何か事情があるようだ。

 

「ふ~ん」

 

 ジェシカは少し興味を抱いた。

 この二人は、どうしてこんな馬車なんかに乗ろうと思ったのだろう。

 そもそもジェシカがこの二人組に話しかけようと思った理由がそれだ。

 このような馬車に同乗させてもらう人間はたいてい旅の商人か、自分のような買い出しに遠出した町に店を構える人間のどちらかであり、青年はどちらにも見えなかった。商人用の馬車を移動に利用する傭兵や貴族などめったにいないからだ。

 

 そう。ジェシカはもう一人、青髪の少女の方にも強く注目していた。

 彼女の服装……高価な衣の白いシャツにスカート、そして背中から羽織るマントは、まさしくトリステイン魔法学院の制服だった。つまり彼女はメイジ、貴族である。

 そしてなにより、ジェシカは彼女の顔に見覚えがあった。

 

 確か、ミス・ヴァリエールがうちの店で給仕として働いてた時、彼女をひやかしに来た魔法学院の学生達の中にこの少女がいたはずだ。名前は……何だっけ。お人形さんにつけるような珍しい名前だったはず。

 とても静かな雰囲気の少女だった。一緒に来てた赤い髪のグラマラスな女性にかいがいしく世話を焼かれていて。あの日、店の中でその赤い髪の女性に絡んできた貴族の一派にすごい魔法をぶつけていたから、強く印象に残っている。

 

 そんな彼女がなぜこんな荷馬車を利用しているのか、この二人はどんな関係なのか、単純な貴族と従者……という感じでもなさそうだ。そう考えるとむくむくとジェシカの中で好奇心が湧いてくる。こういった内緒話が彼女は大好きなのだ。さっそく、会話途中のこの青年の素情から尋ねてみることに決めた。

 

「あなた、商人じゃないよね。傭兵さんなの?」

 

 青年の横に立てかけられている大剣を指しながら言った。

 身の丈程もありそうな分厚い大剣だ。無骨でおそろしく幅が広い。用途はわからないが表面には細かい切れ込みが走っていて、素人目にも作りこまれたものだとわかった。

 

「昔は、今は違う」

「じゃあ、今は、従者?」

「まあ、そうなるのか。その前は配達屋をやっていた。もっとも今は休業中だが」

「配達屋ねえ……全然そんな風には見えないけど」

「別に信じてくれなくていいさ」

「ふうん、じゃあ王軍に志願しようってわけじゃないんだね」

「王軍?」

「知らないか。ほら、今戦争が終わったばかりで国が疲弊してるじゃない。だから新たに軍を編成し直そうとしているわけ。なんでも平民からも積極的に登用しようって動きもあるらしいよ」

 

 先の戦争でトリステイン王国は勝利こそしたものの、軍部は大きな損傷を受けている。ハルケギニア各地で情勢が不安定な今、再編は早急とも言えた。また女王アンリエッタの貴族不信から、平民を取り立てようと動きも国内で活発だった。

 

「悪いが、興味無いな」青年は本気でそんな雰囲気で言った。

 

 そろそろ核心に触れてみようか、とジェシカは考える。

 

「じゃあ、何しにトリステインに?その子と一緒に魔法学院に行くの?」

 

 少女に聞こえないように耳元に近づいてぼそっと聞いた。

 

「どうしてそれを?」

 

 青年は驚いたように瞬きする。それはジェシカが近づいて来たことに対しての動揺ではないようで、お店で看板娘をやっている彼女としてはちょっと面白くない。

 

「そりゃね。あの服、魔法学院の制服だもん。ねえ、あの子どうしてこんな馬車に乗っているの?貴方と一体どういう関係?」

「いや……」

 

 言い淀む青年にさらに追い込みをかけようとして、その先を言うことが出来なかった。馬車が大きく揺れて止まったからだ。

 

「あれ、何?」

 

 突然止まった馬車に他の乗客も困惑しているようだった。

 ここはまだ平野の真ん中だ。トリステインに着くにはまだ早い。

 荷台は四方を簡易的な布で覆っている為、周りの様子がわからない状態にある。

 ――前方から馬の悲鳴が響いた。

 

「動かないで」

 

 ジェシカが立ちあがって外を確認しようとした時、青髪の少女が初めて言葉を発した。

 

「囲まれている」

 

 青年の方も酔いに悩ませられていた時と打って変わって真剣な表情になっている。

 まさか、とジェシカも何が起こっているのか予測した。

 その時、悲鳴を上げながら御者が荷馬車の中に転がり込んできた。

 

「おまえら、動くな!」

 

 銀髪の女が御者に続いて現れ、馬車の人間に向かって叫んだ。

 手に何か持っている。

 刃物ではない、杖だ。

 この人、メイジ――。

 

「よおし、そのままだ。積み荷は全ていただくよ」

 

 女は、にやりと笑った。

 

 ・ ・ ・

 

「ちんたらやってないでさっさと終わらせな!」

 

 メイジの女が叫ぶ。青髪の少女は杖を奪われており、ジェシカも青年もおとなしく従い縄で縛られていた。両手と両足を硬く結ばれて動けそうにない。

 青髪の少女も杖を奪われてはさすがに抵抗できないのだろう。

 

 女の部下と思われる男たちが杖を構えてなにやら呟くと、荷台に乗せてあった荷物が独りでに浮かんで外に運び出されていった。荷物はそのまま、いつのまにか横に並んでいた別の馬車の荷台に運ばれていく。

 

「ちくしょう……」

 

 悔しそうに縛られている商人らしき男の一人が呻く。せっかく仕入れた商品を目の前で奪われていくのだ。酒場のオーナーの娘であるジェシカにはその気持ちがよくわかる。ジェシカ自身も、自分の荷物が目の前で宙に浮き、運ばれていくのを眺めていることしかできなかった。

 しかしどうしようもない。ここはまだトリスタニアまで距離がある場所なので、助けは望めないし、姿を現している賊4人は、全員が杖を持っているのだ。

 

 この世界、ハルケギニアには主に二種類の人間がいる。魔法を使える人間と、魔法を使えない人間だ。その二つは身分の差であり、力の差でもある。

 魔法を使えない人間にあらがう術などありはしない。そう天地がひっくり返ったとしても。

 メイジの盗賊団。いや、ここには4人しかいないため、断言することはできないが、おそらくはトリステインとアルビオンの戦争後に雇用がなくなった貴族崩れの連中が徒党を組んだのだろう。

 ジェシカはこの時期、国周辺の治安の悪化を失念していたことに今更ながら悔やんだ。

 

「これで全部かい?」

「へぇ、引き上げですかい?」

「ああ、だがちょっと待ちな」

 

 そう言うと、頭らしき女メイジは青髪の少女の方へと近づいてきた。

 

「やあ、嬢ちゃん、こんなところでまた会うなんてね」

 

 知り合いなのだろうか。だが、少女の表情は変わらない。

 

「まったく、相変わらず何考えているのかわからない顔しやがって。忘れたとは言わせないよ。こっちは人攫いの商売の邪魔された挙句、あんたのせいで、あたしは牢屋にぶち込まれたんだ。まあその後、戦争のごたごたにまぎれて抜け出してやったんだけどね」

 

 ぐい、少女の顎をつかんでそばに寄せる。

 

「あの風竜はどうした。まさかまたこの中に化けて紛れてるんじゃないだろうね。いや……それはないか。あれはあんたの使い魔だろうし、もしいたらこんな簡単に捕まっちゃいないだろうしね」

「……」

 

 少女の青い瞳が鋭く女メイジを睨んだ。女メイジの口がにやりと歪む。

 

「……おやぁ、悪いことを聞いちまったかい?まあいい、あんたはあたしが直接始末してあげる。おい、他は任せたよ」

「ええ、姉御……。あ、ちょっと待って下せえ」

 

 部下の一人が縛られているジェシカ達の方へ近づいてきた。

 

「おいお前、随分いい剣を持ってるじゃねぇか。こりゃあ高く売れそうだ」

 男は青年に話しかけ、その横に立てかけてある大剣に触れようとする。だが。

 

「さわるな」

 

 その言葉で場の空気が凍る

 この青年は、一体何を言い出すのだ。

 

「てめぇ……自分の立場わかってんのか?」

 首に杖が突きつけられる。

 それでも青年は表情を変えない。

 

「よし、まずお前から殺してやろう。運が悪かったな。ははっ、恨むんならメイジに楯突いたてめぇの口を呪いな」

「6人……」

「は?」

「お前たちの人数だ」

 何を、と男が言いかけた瞬間だった。

 

 ぶちり!と何かが無理やり切れる音と共に、青年の腕を縛っていた縄が解けた。

 いや、解けたのではない。驚くべきことに、青年は硬く縛られた縄を自らの力だけで()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 目の前で驚愕している男をよそに、瞬時に腕だけで体を持ち上げると縛られている両足を男めがけて思いきり下に叩きつける。

 

 岩が砕けるような音が響き、

 馬車全体が大きく揺れ、

 男の頭が荷台の床と共に陥没した。

 一撃で、泡を吹いて気絶している。

 木くずが舞い、誰もが息を飲む中、青年だけが動き続けていた。

 今度は腕で足を回転させると、横にある大剣の刃が足をかすめ、縄が切れる。

 完全に解放された青年は左手で剣を掴み、とうとう立ち上がる。そしてそのまま一番近くにいる銀髪の女メイジにかかっていった。

 

「このっ……!」

 しかしこの時には女メイジにも準備ができていた。杖を素早く構え、口早にルーンを唱える。それは熟練した優秀なメイジでなければできない動きだ。彼女の行動は間違っていない。間違っていたのは大剣を振るのと、魔法を放つのでは後者の方が早いと考えていたことだろう。

 

 予想を覆し、青年は剣を使わなかった。女メイジの鼻めがけて、遠慮ない拳を喰らわしたのだ。

 

「ぐぅあああ!」

 悲鳴を上げて、女メイジは荷台の外に吹き飛ぶ。

 

「姉御ぉ!」

「てめぇ、よくも!」

 

 荷台の外で反応できずにいた残りの二人が怒りから青年に杖を向け、今度こそ間髪入れず、杖先から勢い良く火の玉を吐き出した。

 もうだめだ、とジェシカが思った瞬間、

 ごう!と、荷台の内側から外に向けて突風が吹き荒れた。

 

「きゃああああああ!」

 

 強風は布で覆っただけの簡易的な屋根を吹き飛ばし、メイジ達の放った火の魔法をすべてかき消した。

 今度は何なの!?と顔を上げるとあの青髪の少女だった。

 青年が縄を解いたのだろう。解放された少女は即座に杖を取り返し、ジェシカ達を守る為に魔法を使ったのだ。平民であるジェシカでさえわかる強力な風の魔法を瞬時に展開した彼女はやはり優れた使い手なのだと思った。

 

 そしてその間にも青年は魔法を放ったメイジ二人に向かって飛んでいた。

 

「んなっ」

 メイジ達が絶句した時には青年は彼らの目の前に到達していた。

 

「遅い」

 ぐわん、と手に持った大剣が、大きくしなる。

 

「ぐああぁぁ!」

 斬る、というよりは砕くといった方が正しい音と悲鳴を響かせ、その二人は吹き飛んだ。

 

「すごい……」

 一連の動作を見ていたジェシカは息をのむ。

 天地がひっくり返っても適うはずがないと思っていたことが今目の前で覆されているのだ。

 青髪の少女の方はともかくとしても、魔法もなしにあっという間にメイジ達を蹴散らしてしまったあの青年は、一体何者なのだろう。

 

 

「そこまでだよ!」

 

 姿を見せていなかった残りのメイジ二人と、先ほど殴り飛ばされた女メイジが青年と少女に杖を向ける。どうやら本当にメイジだけの集団らしい。

 

「ぐっ、動くんじゃないよ。動いた瞬間殺す」

 

 青年と少女の周りを囲う形になりながらよろよろと女メイジが睨みつけた。綺麗だった銀髪が無残に乱れ、鼻から垂れる血を片手で押さえている。

 

「なめた真似しやがって……。お前、メイジ殺しか?容赦なく女のあたしを殴りやがって」

 

「いい恰好だな」

 

「ふざけるな、畜生!せっかく出てこれたのに、こんなところで捕まってたまるか……!撃てぇ!」

 

 女が叫ぶと同時に三つの杖が光り、女からは風の刃、残る二人のメイジから火の玉が、一斉に放たれた。

 今度こそ終わりだとジェシカは思ったが、二人に取り乱した様子はない。

 魔法が向かってくる中、青年は大剣を持ち上げ、額の前で柄を構えると、まるで祈るような動作で叫んだ。

 

『ウォール!』

 

 青年の周囲に淡いグリーンの膜の様なものが突如現れ、青年と少女を包んだ。

 メイジ達の放った魔法がその膜にぶつかると、まるで時間が遅くなったようにスローモーションになり、さらには突き進もうとすればするほど魔法の玉はみるみる小さくなっていく。

 そしてとどめに大剣の横払いが残る全てをかき消してしまった。

 

「なっ!魔法!?」

 メイジ殺しであったとしても所詮は平民なのだから魔法など使えるはずがないと思っていたメイジ達は完全に虚を突かれていた。目の前の相手が常識からかけ離れた存在であることにようやく気付いたのだ。

 体の固まったその瞬間を、青年と少女は逃さない。

 青年は火メイジ二人に、少女は女メイジへと駆ける。

 なすすべなく、火メイジ二人は文字通り蹴散らされ、

 女メイジはその手から杖を吹き飛ばされていた。

 

「これで終わり」

 少女が杖先を女メイジの喉元に差した。

 

「あ、あ……」

 信じられないといった表情で眼を剥き、残された女メイジは膝をついた。それは、この場でその光景を見ていた者達の総意でもあった。おそらく青髪の少女だけが相手なら女メイジは遅れをとることはなかったはずだ。それを全て、あの青年が覆してしまった。呆然とするしかないだろう。それほど目の前で起きたことはこの世界の常識とはかけ離れていた。

 

「そんな……こんな……!」

 青年が大剣を肩に背負いながら近づいてくる。

 

「さっきあんたの仲間が言った言葉、覚えているか?」

 感情の色を見せず、たんたんと大剣を持ち上げて言い放った。

 

()()()()()()()

 

 ・・・・・・・・・

 

「……で、どうしてこうなったの?」

「こうして、自分で運転するほうが楽だからな」

 

 いや、そうじゃなくて……とジェシカは力なく項垂れた。

 盗賊達を締め上げ乗せて、再び移動を開始した荷馬車の上。目の前では何故か青年は馬車の運転をし、その隣で青髪の少女が山ほど積まれたハシバミ草をついばんでいるという奇異な光景が展開されていた。どうでもいいけど、そんなに食べてお腹壊さないのだろうか。

 あの後、メイジの盗賊団を一網打尽にした二人に感謝する商人達が、何かお礼をと言い出して、彼らが要求したものがその二つだったのだ。

 

 青年はあれ程乗り物酔いに悩まされていたというのに、手綱を持った途端ぴたりとそれが治まっていた。自分が乗り物を運転するなら酔わない、というのは冗談でもなんでもなく本当のことだったらしい。変な乗り物酔いもあったものである。

 しかも、実際に運転させてみるとこれが上手なのだ。御者の経験があるのかと聞いてみれば黄色い鳥になら乗ったことがあると返答が返ってきた。意味不明だった。

 

 本当に、この人一体何者なんだろうか。

 生身でメイジ達を圧倒したと思ったら、なにやらよくわからない魔法を使っていたし。

 でもあんな魔法、今まで見たことも聞いたこともない。

 平民なのかメイジなのかという以前に、ハルケギニアの人間なのだろうか。

 メイジであるこの少女と一緒にいることも含めてますますわからなくなる始末だ。

 だからこそ、いろいろと尋ねてみたいこともあったのだが――。

 

「タバサ、口元に残っているぞ」

「んっ……」

 

 青年は少女の名前を呼び、口元を布で拭ってあげていた。少女――タバサちゃん、でいいのか――は、されるがままにジッとしている。

 タバサは無表情を装っていたが、よく観察すると頬がほんのりと赤みをさしていた。恥ずかしかったのだろうか。それを見て思わず吹き出してしまいそうになった。まるで、年の離れた兄妹みたい。

 

 ――まあ、いいか。

 この二人の事について気になることはたくさんあるけど、助けられたこともあるし、今はもう詮索はやめるとしよう。

 しかし、となれば、だ。

 

「ねぇお二人さん、今夜の宿は決めてあるのかい?よかったらウチに泊まっていかない?」

「まだ何も考えていないが、宿屋なのか?」

「いんや、あたしん家は酒場だよ。魅惑の妖精亭っていうパパの店でね、サービス良いってトリスタニアでも評判なんだよ。で、その一環として宿屋もやってるの。どう、私としても貴方達に何かお礼したいし、安くしとくよ?」

 

 決してタダとは言わないのはさすが商人の娘である。

 

「だそうだ。タバサどうする?」

「別に構わない。貴方が良ければ」

 

 青年はしばらく考えた様子を見せた後、頷いた。なんでもない仕草も、なぜか様になって見える。顔も良いし、服装さえ合えば貴族だといっても通じるのではないかとジェシカは思った。

 

「そうだな、長く滞在するつもりはないが、トリスタニアにいる間拠点は欲しいし、その言葉に甘えさせてもらうことにしよう」

 

「決まりだね。お兄さん……っとまだ名前を聞いてなかったね。あたしはジェシカ。そっちの子はタバサちゃんでいいんだよね。お兄さんの名前は?」

 

 ジェシカが青年の顔を覗いて尋ねる。整った顔の奥で空のように青い瞳が瞬いた。

 

 

「クラウド、クラウド・ストライフだ」

 

 

 彼は短く、そう答えた。

 




11/29 時系列に矛盾する記述を修正しました。
湖の水位が低下したのは(×数日前)→(〇四か月程前)
執筆した当初は見切り発車だったこともあり、気付いていませんでした……申し訳ございません。
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