ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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EXTRA-02

 翌日、二人はサン・マロンの街中にある教会を訪れていた。

 艦隊の病室では狙われる危険があるため、街の教会の一つが丸ごと臨時の病院となっており、今回の事件の怪我人はそこに収容されていた。

 蝋燭の明かりに揺らめく薄暗い礼拝堂の横を抜け、教会の一室に案内される。

「こちらです」

 部屋に入ると、不快な臭いが立ち込めていた。

 人間の肉が焼けた、強烈な死の臭いだった。

 それが、目の前のベッドに横たわる男から発せられている。

 男は体も顔も、全身を包帯で覆われていた。わずかに見える皮膚はぐずぐずに焼け爛れていて、以前は一体どんな容姿だったのかさえ、まるでわからない状態だった。

 

「海上に漂っているのを水兵が偶然発見しました。見ての通り全身重度の火傷を負っており、身元の判断は困難でしたが、シュバリエの勲章を所持していたことから、彼が行方知れずだった花壇騎士様だとわかったのです」

「姿を消したときの足取りは?」タバサが聞いた。

「その日、部屋を出た後はまったくわかっていません。彼は、我々にあまり干渉されないようにするためか、行き先を告げずに外出することも多かったので」

「この火傷は、魔法によるものなのか?」今度はクラウドが尋ねた。

「はい、調べたところ、魔力の強い痕跡が残っていました。かなり強力な魔法でしょう。風メイジの「ライトニング・クラウド」もしくは火メイジのスクウェアクラスでなければこれほどの傷を負わせることはできません。犯人がメイジならかなりの使い手です」

 メイジの扱える魔法には主に火、水、風、土の4つの系統がある。

 それを更にドット、ライン、トライアングル、スクウェアと個人の魔法技能の習熟度に合わせて一般にメイジのランクが決まってくる。

 このうち特に戦闘において強力とされるのが火と風の二つの系統だ。しかし、それでもこれほど重体に追い込むだけ力を持った魔法の使い手は、魔法大国と呼ばれるガリアにおいても多くはないとされていた。

 

「貴族士官に風メイジと火メイジはどれだけいるの?」

「……医療班の水メイジを除けば、ほとんどがその二つの属性です。我々は軍人ですから攻撃に優れた系統の人間が多いのです。クラスはドットからスクウェアまで様々ですが、もし、貴族士官の中に犯人がいたとしても、自分のクラスを偽っている可能性がありますから、特定は困難だと思います」

 その質問は予想していたのだろう。身内へ向けられた疑いの言葉に、ヴィレールは苦い感情を隠せない様子で答えた。

 事前に聞いていたとおり、この状態の花壇騎士から、なんらかの情報を聞き出すのは無理があるようだった。

 

 その時、うめき声が微かに聞こえた。

 か細い、渇いた声。

 花壇騎士からだった。

 クラウドが近づいて、耳を澄ませた。

 

――あ……く……、ま。たのむ、たすけて、ここからだしてくれ

 

「悪魔?」

 ヴィレールを見ると、彼はかぶりを振る。

「時々、こんな調子でうなされるんです。なんのことなのか、我々にもさっぱりです。どうにか話を聞こうにも、この通り水魔法による生命維持がやっとの状態でして……」

「回復の見込みはないのか?」

「ええ……残念ながら。上の命令で延命させているようなものです。彼には気の毒ですがね……」

「彼の捜査資料は残っている?」タバサが鋭い表情で訊いた。

「部屋に水兵たちの聞き取りをしたと思われる手帳が残されていました。しかし、我々も中を拝見しましたが、あまり当てになるものではありませんよ?」

「構わない、渡してほしい」

 クラウドは男を見る。

 

 悪魔、助けて。

 一体、何を見たというのだろう?

 

 ・ ・ ・

 

「本当だ、信じてくれよ!」

「だから、落ち着けって、ヨハン、ここは病室だぞ」

 教会の廊下を歩いていると、どこからか騒ぐ声が聞こえた。

「なんだ?」

「今回の件で怪我を負った水兵が集められた部屋です。神聖な教会で、これだから平民は……」 

 苛立ちながら声の方に向かうヴィレールについていく。そこは広い石畳の部屋の中だった。藁を敷いて、たくさんの怪我人が雑魚寝している。一般の怪我人はここに集められているようだ。

 

「お前たち、うるさいぞ!ここを何処だと思っている!」

 騒ぎの原因と思われる一団に、ヴィレールが怒鳴りつけた。

「す、すみません、士官さま、ヨハンの奴がちょっとおかしくなっちまったみたいで」

「俺は正気だ!本当に見たんだ。だから、信じてくれよ」

 困り果てた友人の横で、ヨハンという若い水兵はなおも主張しようとする。

 辛抱が切れたヴィレールが杖で強制的に黙らせようとするのを、タバサが止めた。

 

「何を見たの?」

「へ、へぇ、貴族さま。俺はグロワール号に配属されていました」

 話を聞いてもらえてほっとしたような表情で、ヨハンが言った。グロワール号は、確か今回の事件で爆破された戦艦のひとつだ。

 ちょうど昨日、リュシーが祈りを捧げていた場所である。

「俺は艦が爆発したとき、海に飛び込んだおかげでなんとか助かりました。岸まで泳ぎ着いて。でもその時、そこからサヴォア号が爆発したのが丁度見えたんです」

「サヴォア号?」

「グロワール号のすぐ後に爆破された艦です」

 苛々しながら、横からヴィレールが説明した。

「その時は、同時に二つの艦が狙われましてね。今回の事件において最も被害が出たのがその2隻だったんです。当時現場は酷く混乱しましたよ。グロワール号はこの平民の他にも、何人か生存者がいましたが、サヴォア号は誰一人生還できていません。」

「サヴォア号は甲板のあたりから火が噴きだしていました。ああ、あっちもやられたんだなと思って。それで……それで俺、見ちまったんです」

「何を?」

 ヨハンは震えながら言った。

「……船の中から、炎の中から、何か、大きな影が起き上がったんです。あれは人じゃなかった。もっともっと恐ろしい、何か……そう、まるで悪魔みたいでした。それで、次の瞬間にはサヴォア号が木端微塵に吹っ飛んじまったんです。それが恐ろしくて俺は、気絶しちまったんだ」

「冗談はよせ、ヨハン。お前以外にもサヴォア号が爆発したのを目撃した奴はいたが、誰もそんなもの見やしなかった。きっとお前は恐ろしい幻を見たんだ」

「嘘じゃねぇ、本当なんだ。信じてくださいよ、貴族さま」

「わかった、ありがとう」

 タバサがそう言って杖を揺らすと、ヨハンは横になって静かな寝息を立て始めた。

 “眠り”の魔法を使ったのだ。ようやく騒ぎが落ち着き、ヨハンの友人の感謝の言葉と共に三人はその場を後にした。

 

「まさか、水兵の戯言を信じるのですか?」

 そう質問するヴィレールに、タバサは返事をしなかった。

「だって……まさかそんな、“悪魔”だなんて。確かにあの花壇騎士さまも似たようなことをうわごとで呟いていましたが、そんなもの、常識で考えているはずないじゃないですか」

 

 悪魔……。

 クラウドは昨日見たある映像を思い出していた。

 炎。佇む大きな影。

「タバサ、少し別行動をとらせてほしい」

 クラウドがそう声をかけると、タバサはこちらに顔を向けた。

 わずかな変化ではあるが、どうやら不機嫌な様子だった。

 こんな細かい表情に気が付けるくらいには、彼女と親しくなれたのだろうか、と場違いな事を思った。

「昨日自分で言ったこと、忘れたの?」

「すまない。けど、少し気になることがあるんだ。それを調べたい」

「それは必要なこと?」

 タバサが半眼で睨む。

「ああ、おそらくな。なんなら今日は塩漬け肉にパンを賭けてもいい」

「私が食べ物につられると思わないで」

「そうか、シルフィードと同じで結構食べるほうだと思ったんだが」

「……一緒にしないで欲しい」

 タバサは小さく溜息をついた。

「わかった。わたしはこのまま、花壇騎士の捜査資料を調べにいく。あなたは用が済んだら艦に戻っていて。くれぐれも無理はしないで」

 そう言ってタバサは先にヴィレールと一緒に教会を出て行った。

 

「……無茶をするのはタバサの方じゃないのか」

 どうにも、彼女は他人を頼らず、一人でなんとかしようという気概がある。

 まあ、それは自分も同じか、とクラウドは自嘲する。

 結局のところ似た者同士なのだろう。

 

「さて、艦隊付き神官の寺院は、何処にあるんだったか……」

 

 ・ ・ ・ 

 

 艦隊付き神官の寺院は戦艦の並んだ桟橋の下の突き当りにあった。

 街中からは少し離れた場所で、先程の教会と比べると、ひどく粗末な造りだった。

 素焼きの赤煉瓦の隙間から、冬の風が音を立てて入り込み、屋内なのに寒々とした空気が流れていた。

 リュシーは礼拝堂に飾られたたくさんの燭台に火を灯している最中だった。薄暗い寺院の中で蝋燭の火が隙間風に揺れている。

 

「始祖の降臨祭が近いですから、この寺院でもこうして、質素ではありますが飾り付けをしているのです。艦隊の方々は休みを返上して働いていらっしゃいますからね。せめて気持ちだけでも和らげればいいのですが」 

 始祖の降臨祭とは、およそ六千年前にメイジの祖であると言われる始祖ブリミルが初めてこの世界――ハルケギニアに降り立ったとされる日を祝う催しである。

 この祝日は十日間ほど続き、その間人々は仕事を休み、始祖を祝う行事が続くとのことだった。

 そういえば、先程の教会でも飾り付けがされていたな、とクラウドは街の教会に入った時の様子を思い出していた。

 

「あなたは祈りを捧げないのですか?」

 リュシーは作業を中断すると、彼女の横に黙って立っていたクラウドに質問した。

「遠い異国の出身でな。そういったものと縁がなかったんだ」

「まあ、そうだったんですか。では、今からでも神を信じてみてはどうですか。神の前で全ての人間は平等です。きっとあなたの抱える苦しみも、受け入れてくださるでしょう」

「……興味ないね。悲しみも苦しみも、自分で背負える。俺は例えどんなものであれ、自分の意思を何かに委ねるつもりはないんだ」

 それは過去に全ての意志を放棄してしまった自身への戒めだった。

 自分で考えて、自分で生きたい。それが、2年半クラウドが抱えてきた願いだったからだ。

「自らがその罪をすべて背負う……。それは神への冒涜、というよりはあなたの強さなのでしょうか。そういった考え方もあるのですね。ですが、それをみだりに公言しない方が良いですよ。この国ではブリミル教を信仰しない人は異端とみなされてしまいますから」

「覚えておこう」

 肩を竦めて返事をするクラウドにリュシーは優しくほほ笑んだ。

 

「それで、ミスタ・ストライフ。貴方一人でこんな所にいらっしゃって、わたくしに何の御用でしょうか」

「あんたがこの爆破事件の当初に犯行を疑われていたと聞いてな。その理由を直接聞いてみたいと思ったんだ」

 クラウドがタバサと別れてリュシーに会いに来たのは、あくまで個人的な判断だった。

 初めて会ったときに感じた違和感。その正体を探るためだった。

 

「わたくしを疑っておいでなのですか」

「それを判断するために来たんだ」

「本人を前に、ずいぶん率直にものを述べますね」

「裏で調べられるより、直接聞かれたほうがマシだろうと思ったんだがな」

 冗談めかして、クラウドが首を傾げた。リュシーはふ、と軽い笑みを溢す。

「そうですね、実際に気が楽です。いいでしょう、こちらへ、どうぞ」

 彼女はクラウドを礼拝堂の奥へ誘った。

 

・ ・ ・

 

「まず、既にご存じかと思いますが、わたくしは元から神官だったわけではありません。とある一件で貴族の名を無くし、出家したものにございます」

 場所を礼拝堂の奥にある小部屋へ移し、リュシーはそう話を切り出した。

「その一件、とは?」

「わたくしの父は、現ガリア王ジョゼフ侯の弟君、オルレアン殿下に仕えておりました」

 クラウドは記憶を探る。オルレアン。その名前はラグドリアン湖で聞いた。たしかタバサの過去の話の中で出てきた、彼女の失った名前ではなかっただろうか。

「ミスタ・ストライフはこの国の方ではないので、ご存じないかもしれませんね。前王が亡くなられたとき、この国では王族の間で激しい対立が起こったのです。結果王位を継いだのが今のジョゼフ王なのです。そしてその弟君であるオルレアン殿下はその最中に狩猟中の事故で亡くなっています。……はたして、それが本当に“事故”だったのかはわかりませんが、その後宮廷ではオルレアン派の貴族に粛清の嵐が吹き荒れました。そして……わたくしの父もその粛清に巻き込まれた一人だったのです」

 リュシーは目を伏せ、悲しげに語る。

「父が処刑された後、わたくしの一家は全ての財産を奪われ、家族は散り散りになりました。なにもかも嫌になったわたくしは、世に関わることが嫌になって出家しました。

ですから……その出自が原因で今回の事件において真っ先に疑われることになったのです。

何度も魔法をかけられ、嘘をついていないか調べられました。でも、わたくしはただ、静かに暮らしたい、ただの神官なのです」

 そこまで一息に話すと、彼女は疲れたように小さな溜息をついた。

 地位を奪われ、世を嘆いて出家した女性。リュシーの語る話に、少なくとも嘘は無いように思えた。彼女の話から、そのオルレアンという人物がおそらくはタバサの父親であり、かなり地位の高い人物であることがわかった。しかしリュシーはタバサがオルレアンの娘であることに気づいていないようだ。直接オルレアンを見ることの少ない、低い地位にある貴族だったのかもしれない。

「今回の事件は、新教徒が関わっているのではないかという話を耳にします。……信仰が違う、仕えている主君が違う。どうしてそれだけの違いで争いが起こるのでしょうね」

 

「それは違うな、根本はもっと別にある」

「……どういう意味でしょうか?」

 唐突なクラウドの言葉に、リュシーが反応する。

「俺の仲間にバレットという男がいる。そいつは知り合った頃、反体制派な活動をしていて、時に考え無しの行動をしても、自分を正当化して誤魔化していた。だが、そいつの本当の動機は綺麗なものではなかった。故郷を滅ぼされ、家族や仲間たちを殺された復讐こそが、そいつの本当の原動力だったんだ」

「表向きの理由と本音はまったく違う、ということですか?」

「人間の争いの根源はお互いの膨れ上がった“感情”なんだ。ただ、それはそのまま表に吐き出すにはあまりに醜すぎるから、自分を正当化することで隠し、誤魔化している……。だから、信仰や忠誠といった綺麗な言葉は、格好の言い訳になる。でも、結局は全て同じだ。やったら、やりかえす。その繰り返ししかない」

「信仰や忠誠ではなく、互いに憎しみあうからこそ争いになる。争っている人たちはそれに気づけないと?」

「憎しみだけじゃない。恐怖、欲望、怒り……様々な“感情”がきっかけになる。“感情”の発端は時に国の主だったり、民衆だったりもする。“感情”は人から人に拡大し、言葉に変換され、より複雑にされていく。それが大きくなると、“戦争”になる。そして、やがて人は争いの原因はなんだったのか、その当事者たちさえも、すっかりそれを忘れてしまうんだ」

「では、例えば、互いの“感情”と向き合うことができれば、争いは起こらないのでしょうか?」

 納得いかない様子のリュシーに、クラウドは首を振った。

「無理だろう。人は人でいる限り感情とは離れられない。例えば、あんたはこの国に対する“憎しみ”を、本当に捨て切れていると言えるか?」

 長い沈黙があった。リュシーは悲しげな表情でクラウドを見る。

 

「やはり、わたくしを疑っているのですね」

「そうは言っていない。ただ、人間は、自分の中に沢山のものをしまっている。沢山のものを忘れてしまえる。自分の本当の感情に気付かないで無意識のうちに行動してしまうことだってある」

「さっきから聞いていればまるで自分は関係ない、というような態度ですね。あなた自身はそんな感情に左右されないと言い切れるのですか?」

「それは……」

 リュシーのその言葉は図星だった。実際クラウドもバレットの行ったテロ活動に一部加担し、多くの人命を奪っているのだ。関係ないどころの話ではない。

 そして、その後は、さらに重い罪も。

 クラウドの表情にリュシーがはっとして言葉を返した。

「すみません……少し深入りしすぎたでしょうか」

「いや、いいんだ。その通りだ」

 クラウドは目を瞑る。

「……そうだな、多分俺は、そういった感情の連鎖に疲れてしまったんだと思う」

 クラウドだけでなく、クラウドのいた世界の人々も、あのライフストリームに浄化された大地を見た後はそう感じたのではないだろうか。地上に吹き出した生命の本流は、争い、野望、悲しみ、全てを押し流した。その後には、何もなかった。ただ、罪の意識だけがあった。

 バレットは現在「償いの旅」と称して世界のあちこちで人々の手助けをしている。

 短絡的な思考に走りがちなのがあの男の短所ではあるが、悪い奴ではないことをクラウドは良く知っているつもりだ。今頃はどこかで油田でも掘っているのではないだろうか。

「いろいろ済まなかったな。妙な話をしてしまった」

「いいんですよ。人の悩みを神に代わって聞くのが、わたくし達神官の仕事ですから。でも、なんだかわたくしの方が説法を聞いた気分でした。可笑しいですね」

 リュシーが力なくほほ笑む。

 窓の外はいつの間にかすっかり夜になっていた。

 それを見て、潮時だろう、とクラウドは立ち上がった。

 

「そろそろ戻る。いい加減にしないとタバサに文句を言われそうだからな」

「あの騎士様ですか。本当に仲がよろしいのですね。わたくしにはあなた方が、貴族と従者、と言うよりは本物の兄妹の様に見えました。お二人はどういった関係でお知り合いになられたのですか?」

「いろいろだ。連れて行ってくれと頼んだのは俺の方だけどな」

 寺院を後にしようと部屋の扉まで歩いたところで、ふと、クラウドは立ち止まって振り返る。

 

「そう、もう一つ、聞きたいことがあった」

「なんでしょうか?」

「あんたは“悪魔”がいると思うか?」

「それは、一体どういう意味でしょうか?」

「別に意味はない。ただ、それが本当にいるかどうか、どう思っているかを教えてほしい」

「……見たことはございません。ですが、何処にいるかは知っています」

 短い間の後、リュシーは目を伏せて、自分の胸に手を置いた。

「ここに、心の中に、悪魔はいるのです。先程の話もありますが、人は時に心の中に知らず知らず邪悪なものを生み出してしまうことがあります。わたくしはそれを乗り越える為、こうして神官となり、神を信じることにしたのです」

 彼女は顎を上げると、真正面からクラウドを見た。

「ミスタ。ストライフ。あなたはわたくしの中に“悪魔”がいるとお考えですか?」

 どこまでも清廉潔白な眼差しが見つめてくる。

 

――ジッ

 また、ノイズ。

 

 彼女の瞳を見た途端、どこか頭の奥で鋭い痛みを感じた。

 その痛みが、クラウドに何かが違う、と指摘している。

 それを表に出さず、クラウドは首を振った。

「それは俺が判断することじゃない。ただ、個人的な意見を言うのであれば、少なくとも、俺は“あんたが”犯人だとは思っていないよ」

 そう言ってクラウドは寺院を後にした。

 

 ・ ・ ・

 

「彼女は、黒だ」

 オルレアン号の船室に帰って早々、クラウドはタバサにそう告げた。

「根拠は?」

「無い、勘だ」

 その瞬間、タバサは干し肉にパンどころか、クラウドの皿に載っていた食べ物を全て掻っ攫った。

「ごはん抜き」

「悪かったよ……」

 なめてんのか、という眼つきでもぐもぐ口を動かしながら睨むタバサに、クラウドは力なく言った。

「確かに、根拠はない。だけど、なんとなくだがわかったんだ。彼女は何かを隠している。いや、偽っているというべきか。最初に会ったときから何か違和感があったんだ」

「……」

 溜息をひとつ吐くと、タバサは杖を振った。すると、周囲の雑音が消える。

 周囲の音を遮断する『サイレント』の呪文である。

 ついで『ディテクト・マジック』で周囲を調べ、盗み聞きされていないことを確認すると、タバサは口を開いた。

 

「彼女が怪しいということはわかっている」

 その言葉に、逆にクラウドが驚いた。

「タバサも疑っていたのか」

「私も同じ。最初に会ったとき、彼女は『綺麗すぎる』と感じた。この混乱した艦隊の中に身を置いていながら、彼女の信仰に対する一途さは、迷いがなさ過ぎて、不自然に見えた。だから私はこれまで、彼女にいたる道筋を探していた」

 堂にいったタバサの観察眼に感心するクラウドだったが、そこでん?と首を傾げた。

「それなら、どうして俺の食事を奪った」

「あれは、ノリ」

「………」

 悪びれる様子の無いタバサに、クラウドはがっくりと来た。

 まあ、彼女の意図を無視して勝手に動いてしまったのだから、結果的に悪いのは自分なのだろう。クラウドは食事の件はしかたなく諦めて、話の続きを促すことにした。

 

「それで、タバサの方は何かわかったのか?」

そう聞くと、タバサは擦り切れた皮の表紙の手帳を食卓の上に置いた。

「これは?」

「花壇騎士の手帳。頼んでもらってきた」

 手に取ってぱらぱらと捲ってみると、中は黒いインクでびっしりと文字が書き込まれていた。ところどころ、まだクラウドが読めない部分もあったが、どうやら軍艦の関係者への聞き取りの内容が書かれているようだ。

「彼は水兵、貴族に関わらず、様々な人間に話を聞いて回っていたらしい。そして、その証言から艦に火を点けたと思われる人間をある程度特定していた」

 

 内容をよく読めば、爆破を犯したと思われる水兵のリスト、さらにはその友人達の証言などがかなり詳細に書かれている。どうやら前任の花壇騎士は内偵向きの人間だったようだ。

 しかし、それだけではやはり以前から言われていた新教徒による犯行が疑いを強めるだけで、花壇騎士を倒すほどの実力を持った犯人の姿も、ましてやリュシーの姿などどこにも見えてこない。

 

「タバサはこれの、どこが気になったんだ」

「これを書いた人はとても優秀、しかも用心深い」

「?」

 首を傾げるクラウドから再び花壇騎士の手帳を預かると、タバサはそれをテーブルの上に置く。そしてびっしりと文字の書かれたページを広げると、自分の杖の先でトン、と軽く叩いた。

 すると、紙面上で変化が起こる、紙面にこびり付いた黒いインクが独りでに動き出したのだ。

 クラウドが驚きに目を広げる間に、紙面ではぐるぐるとインクが踊り、やがて今まで書かれていた文章とはまったく別の文を形作っていた。

「こんなこともできるのか……」

 タバサが言うにはこの魔法は水系統に属するものらしい。

「水の系統魔法の簡単な応用。貴族士官達もこの手帳を調べていたけど、この仕掛けには気づけなかった。あなたが以前言ったように、この世界の魔法は私たちの生活に様々な形で関わっている。でも、この世界に暮らしていてもそれに気づけない人は多い。だから時に盲点になってしまう。この花壇騎士はそれをよく理解していたと思う」

 貴族士官達が気付けなかったのは魔法とは威力や破壊に優れた物ほど優秀と考えるものが多いかったからかもしれない。だが、魔法とは見た目の派手さだけが全てなのではない。こうした秘匿の技術の中にこそ真の意味があるのかもしれない。クラウドはこの世界の魔法文明の深さの一端を思い知った気分になった。

「それより、見て」

 タバサに促される。

 花壇騎士の隠していた手記には次のようなことが書かれていた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 船上にて爆破犯が見つかったとの報を聞いた。

 駆け付けた時には、桟橋に倒れた水兵の周りを士官達が取り囲んでいた。

 どうやら自殺したらしい。残念ながら一足遅かった。

 

 男はサヴォア号所属の水兵だった。

 後に彼の友人らに話を聞いたところ、周囲からは真面目な印象の青年だったという。

 

 当日は火薬庫の当直歩哨だったそうで、明け方警備が緩む時間を狙って爆破を企てたようである。

 貴族士官達がなんとか捕えようとして失敗し、新教徒であることを大声で名乗り、頭を撃ち抜いたそうだ。おそらく、新教徒の仕業として処理されるのだろう。

 

 だが私はそのとき気付いたのだ。死んだ男の瞳に何か妙な光が残っていたことを。

 明らかに、魔力の光。

 水の系統を操る私は、その正体に思い当たった。

 

制約(ギアス)」の魔法である。

 水系統の魔法に長けていなければ扱えない、高度な魔法だ。

 これまで疑われてきた新教徒の平民や、単なる貴族の妾の子程度のメイジでは習得することすら難しい。これは、今一度捜査を洗いなおす必要がある。

 

 だが、この事実を公表することはできない。

 それは「制約」が禁術とされる魔法に該当することも一つだが、問題はその魔法の凶悪すぎる効果にある。

 公表すれば間違いなく、大きな混乱が起こるだろう。

 誰しも自分が自分の意思で行動していない、などという苦しみに悩まされたくはあるまい。

 今はこうして密かに手記に書き残しておくだけとする。

 

 「制約」が関わっているとなると、軍部の人間はもはや誰も信用できない。

 それが「制約」という魔法の性質だからである。

 ここからは私一人で行動することになるだろう。

 だが、もう手品のタネは知れた。

 犯人にはそう時間もかからずたどり着くことができるだろう。

 私は、王政府からの任務を忠実に遂行するだけだ。

 

 しかし、今回の事件、どうやら思ったよりも根が深そうだ――。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

制約(ギアス)?」

「大昔に禁じられた水系統の魔法。端的に言えば対象を思うままに動かす傀儡にできる」

 タバサはその魔法の詳細を話す。

「術をかけた対象に任意の条件、実行する時間や場所を設定し、条件を満たした時に詠唱者が望む行動をとらせることができる。しかも制約(ギアス)が発動するまでその呪文にかかっているかどうかは術をかけられた本人にも気づくことはできない」

「知らない間に操られる……」

 クラウドは苦い顔になる。自分の意志とは無関係に、誰かに利用される恐怖。それを知っていたからだ。

 

――おまえは人形だ、クラウド

 

 記憶の底から湧き上がる男の言葉をクラウドはなんとか振り払った。

「今回の事件で、犯行を特定できなかったのは、この魔法が使われていたため。水兵や士官に密かに接触し、“制約”をかけ、彼らに火薬庫を爆破させていた」

「つまり、この魔法が犯人――リュシーが使った犯行の手口だと?」

「思い出して、彼女の仕事は艦隊付きの神官。そして、艦隊で働く人たちの声に耳を傾けること」

「告解か」

 タバサは頷いた。

「神へ、自らの罪を告白しにきた人たちに“制約”の魔法をかける。告解の内容が外に漏れることはないから秘密は完璧に守られる。そうして、ターゲットの艦隊で働く人間に艦隊爆破の犯行を実行させていたと考えれば……辻褄は合う。ここは推測でしか語れないけど、大きく間違ってはいないはず」

 クラウドはしばし考えた後、疑問を口にした。

 

「花壇騎士はこの事実を掴んでいた。それなのに、どうして返り討ちにあったんだ」

「そう、私もそこが気にかかる」

 タバサは頷いた後、続ける。

「この手帳に書かれているとおり、事件の犯人が“制約”の魔法を使っているとすれば、犯人は水メイジということになる。なのに、教会で見た花壇騎士は重度の火傷を負わされていた。そこが矛盾している」

「どうして?」

「この世界のメイジはどんなに鍛錬を重ねても、極められるのは一つの系統だけ。“制約”を扱えるほど水魔法に長けた犯人が、火か風のスクウェアクラスの魔法を扱うことはできない」

「複数犯の可能性は?」

「“制約”は誰にも知られないからこそ最も効果を発揮できる魔法、複数犯では、秘密が漏れてしまう可能性が高い。仮に、“制約”の魔法でスクウェアメイジを操っていたとしても、それだけ優秀な駒を花壇騎士と対決させてしまうのはリスクがありすぎる」

「それなら、一体どうやって?」

「そこで、引っ掛かってくるのが、『悪魔』という言葉」

 そう、それは意識の無い花壇騎士がうなされながら発した言葉だ。リュシーに聞いた時はあまり良い反応を得ることはできなかったが。

 

「確か、教会にいた水兵も同じことを言っていたな。“悪魔”か、心当たりがあるのか?」

 タバサは首を横に振った。

「水兵の話からゴーレムの可能性を考えたけど、それは土メイジの領域。ますます矛盾してしまう。今の所、私の知識の中に該当する手段はない」

 残念そうに語るタバサを見て、クラウドは考えた。

 彼女は幼いながら、この世界の魔法について、非常に多くの知識を持っている。その正確さは、短い付き合いながらも一緒に行動してきた中でクラウドはよく理解していたつもりだった。だから、彼女にもわからないことは、この世界においても未知の魔法である可能性はかなり高いということだ。そういう意味でもこれ以上のことを調べるのは難しいだろう。

 だが、そこで考えを逆転させる。

 自分なら、どうするだろう。元々このハルケギニアに属さないクラウドだからこそとれる手段というものがあるのではないだろうか。

 そこまで考えて、一つだけ、その方法を思いついた。

 

「あるかもしれないぞ。“悪魔”について知る方法が」

 顔を上げて、クラウドが言った。

 

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