ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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EXTRA-04

 召喚獣。

 それは術者によって呼び寄せられる、現実と幻想の狭間に存在する怪物たちの総称である。

 マテリアにより召喚される種類は様々であり、その用途も幾つか違いがあるが、彼らを呼び寄せた者が望む目的は基本的に一つだけだ。

 破壊、抹殺、殲滅、ただそれだけである。

 彼らを再び幻想の存在に還す方法は、二つしかない。

 一つは、破壊の対象が大人しく滅ぼされること。

 そしてもう一つは、召喚獣を打ち倒すことである。

 

 ・ ・ ・

 

 その姿は、まさに悪魔と呼ぶに相応しかった。

 人間の何倍も大きいその肉体が、全身から熱気を発し、力を漲らせた筋肉を纏っている。

 瞳孔があると思われる場所は空洞だった。その奥には何処までも深い闇が広がっている。

 額からは二本の巨大な角が生え、横に裂けた口からは鋭い牙を覗かせていた。

 

 地の底から沸くような恐ろしい唸り声で、それが叫んだ。

 

 

 ――――豪ッ――――!!!

 

 

 凄まじい熱が突風となって押し寄せる。

 タバサは、思わず腕で顔を庇う。息が詰まりそうな空間の熱に耐えながら、彼女はクラウドの言っていたこと理解していた。

 対象を異空間に引きずり込み、滅ぼす。

 ――異空間。この地獄の様な焦土の世界を作りだしているのが、あの怪物なのだ。

 おそらく花壇騎士はサヴォア号の戦艦丸ごと、この場所に引きずり込まれたのだ。

 そうであればサヴォア号に他の一人も生存者がいなかったことにも説明がつく。

 何もわからないままこの場所に放り込まれれば、魔法を使うことのできない水兵たち、そして魔法に長けた花壇騎士でさえ、まさに、成す術がなかっただろう。

 この怪物と相対するだけでこの有様なのだ。虫の息とはいえ花壇騎士が生還できたのは奇跡に等しい出来事だったに違いない。

 カチリ、と金属の枷が外れる音が聞こえた。

 横にいたクラウドが背中のホルダーから引き出した大剣を二刀に分裂させていた。

 初めて知った時はタバサも驚いたが、彼は六つの刃を組み合わせた特殊な大剣を扱うのだ。

 六つの大剣、そしてマテリアを組み合わせることで、あらゆる敵に対応できるようになっている。おそらくどんな戦況でも戦い抜けるように。

 

「あれを倒す以外、ここから抜け出す方法はない」

 彼は二刀を身体の両側面で構える。クラウドの語る事実に、タバサの動揺はない。

 花壇騎士や水兵たちと違い、事前にあの怪物の情報を聞いていた彼女には、戦う準備が整っていた。

「弱点は氷の魔法だ。覚えているな?」

「わかってる」

「手筈通りいくぞ、俺が隙を作る。タバサは氷の魔法で止めを刺すんだ」

 タバサは頷いた。

 

 クラウドが荒れた大地を蹴り上げ、走る。

 両の大剣を下段に構え加速した彼を、召喚獣が迎え撃った。

 巨大な腕を持ち上げ、炎の篭もった拳を振り抜く。

 クラウドは加速を落とさず、寸前で身体を捻り、避ける。そのまま召喚獣の足元に潜り込んだ。

 身体を低く沈め――、避けた反動を利用する。

 勢い良く、右の刃で怪物の足目掛けて斬りかかる。

 横薙ぎの一閃。だが、浅い。薄皮一枚、といったところ。

 召喚獣が後ろに大地を蹴り、攻撃を避けたのだ。

 怪物はそのまま距離を取り、大きく飛び上がる。そして追撃の及ばない空から、巨大な火球を連発して吐き出して見せた。

 一つ一つが戦艦の砲弾以上の大きさだ。確実に火メイジのスクウェアクラスを超える威力だろう。

 しかし、着弾点にクラウドはいない。溶岩が炸裂したような火球の爆発を置き去りに、彼は既に前方へと駆けている。

 クラウドが助走を付けて体を大きく捻った。

 

「リミット」

 彼が呟くと、全身から青白い炎のようなオーラが湧き上がる。

 リミット技。マテリアと、クラウドの身体に染み渡った魔力の源――魔晄と呼ぶらしい――その力を借りて解き放つ技だという。

 これを使うとしたら奥の手だ、と以前クラウドは言っていた。

 だから話に聞いてはいただけで、タバサも見るのは初めてだ。

 それだけこの怪物が手強いということか、と考える。

 

「“破晄撃”!」

 振り下ろした右の刃で一撃、次いで左の刃でもう一撃。視覚化できるほど強烈な斬撃の波が両の大剣から放たれた。

 空間を切り裂く波は、宙に浮かび身動きの取れない召喚獣に直撃する。

 一撃目がガードした左腕を大きく抉り、反動で翻った顔面に二撃目が当たる。空洞の瞳孔を掠め、片角を切断していた。

 

 怪物が墜落、地面に強く叩きつけられる。

 そのタイミングを狙って、タバサは魔法を解き放った。

「『ウインディ・アイシクル』!」

 風と水を掛け合わせた氷の矢の群れで襲い掛かる。

 だが、その矢は目前に来たところで召喚獣のかざした右手によってあっさり蒸発してしまった。

「ッ!?」

 怪物が即座の防御から、一転、大口を開けタバサに火球を放つ。

 攻撃が通じないことに驚き硬直した彼女は逃げ遅れるが、寸前でクラウドに抱かかえられて難を逃れた。

 

「読みが甘かったな」

 両の大剣を一旦背中のホルダーに収めたクラウドがタバサを抱え、面白そうに言う。

「話が違う。攻撃が通じない」

 むっとして言い返してしまう。本当はまず感謝するべきだったのに。それが出来なかったのは今の、この状態のせいだ。冷静さを取り繕ってはいたが、彼に両腕で抱えられたこの格好はなんだか恥ずかしい。

「そう簡単な相手じゃない。もう少しダメージを与えなきゃダメだ」

 

 ぶちぶち、と嫌な音。召喚獣が己の左腕を切断していた。

 クラウドに傷を負わされた腕を使い物にならないと判断し、自ら切り離したのだろう。

 召喚獣の咆哮が周囲を貫く。直後に、呼応するように火柱が複数立ち上がり、異空間の炎が一箇所に――怪物の下に集まり始める。

 

「“地獄の火炎”あの召喚獣の切り札だ」

 増幅していく魔力と、何より肌で感じる急激な熱量の上昇に、タバサの中で不安が広がる。

 本当にあんな怪物相手に私の魔法が通じるのだろうか。

 未知の敵相手では私の力など、まるで歯が立たないのではないか、そんな考えが離れない。

 

「『ウォール』」

 タバサを降ろしたクラウドが魔法を使った。淡い緑色の膜が二人を覆う。

 『バリア』のマテリアの上級魔法。魔法、打撃に関わらずあらゆる衝撃を和らげる防御の魔法だ。

 

「最悪これで防げるだろう。まともに喰らえばひとたまりもないが、これを凌げば攻撃のチャンスはある」

 クラウドがタバサを見詰める。この灼熱地獄の中で何処までも清涼な空気を保ったままの瞳。彼女を信頼している眼だった。それを見て、タバサは自分の気持ちが落ち着いていくのがわかった。

 

「頼んだぞ」

 クラウドの跳躍と同時に、怪物が地面を踏み込んだ。その衝撃で大地が割れ、裂け目から勢いよく炎が噴出す。その火炎を全て纏い、怪物――召喚獣イフリートは文字通り炎の化身となった。

 召喚獣が右腕を振り下ろすと、爪跡のように奔る炎がクラウド目掛けて襲いかかる。それをかろうじて避けると、炎を纏い突進して来た召喚獣と衝突した。

 空間ごと押し寄せる爆炎にクラウドが飲み込まれる。

「クラウド!」

 タバサが叫ぶ刹那、青白いオーラを纏ったクラウドが火炎を切り裂いて飛び出した。

 

「おおおおおおおお!」

 召喚獣の拳を躱す。

 重力と遠心力で自らが刃と化したかのように身体を回転させ、両手の大剣を加速させる。

 召喚獣の手首、肘関節、腕の付け根、首筋、胴、膝、足首。

 刃の通りやすい肉体の稼動部を一瞬の間に切り刻んだ。

 軸を痛め付けられたその巨体が、力なく膝をつく。

 

「今だ!」

 合図とともに、タバサは渾身の魔力を放った。

 

『“ジャベリン”!』

 

 巨大な氷柱が召喚獣の顔面を貫いた。

 怪物が顔を右手で覆い、苦痛の悲鳴を上げる。

 貫かれた箇所から淡い緑の閃光が迸る。召喚獣の中に蓄えられた魔力が外部に放出しているのだ。

 

――畳み掛ける!

タバサは続けてルーンを唱える。

 

「ウインディ・アイシクル!!」

 彼女が作り出した氷の矢の群れが全身を串刺しにする。

 断末魔を上げた召喚獣は、そのまま炎を巻き上げて爆散し、消滅した。

 

「よくやったな」

 いつの間にか傍に来ていたクラウドがタバサに言った。

 その言葉が、今の彼女には何よりも嬉しかった。

 

 ・ ・ ・ 

 

 召喚獣が消滅すると異空間は影のように揺らめいて消え去った。

 熱に湿った肌が急激に冷えていく感覚が、タバサの身体に伝わってくる。冬の寒さだ。

 辺りには、寺院の礼拝堂が戻って来ていた。元の場所へと帰ってきたのだ。

 からん、と軽い音を立て、魔力を失った赤いマテリアが地面に転がった。クラウドがそれを屈んで拾う。

 

「さすがですね。あなた方ならあれを倒すと思っていました」

 礼拝堂の奥から女の声が聞こえた。現れたのはリュシーだった。

 しかし、昼間と雰囲気が全く違う。

 束ねた髪を下ろした彼女に、あの穏やかだった表情はなく、刺すような鋭く冷たい視線をこちらに向けている。

 全身から憎悪を放っている、そんな印象を受ける。まるで別人だった。

 

「やはり、あんただったんだな」

 クラウドの言葉に動じた様子もなく、リュシーは落ち着いて返事を返した。

「いつから、お二人は疑われていたのですか?」

「初めて会った時からだ」

「あなたは、綺麗すぎた」

「成程……」

 二人の発言にリュシーは目を閉じて首を振り、溜息を吐いた。

 

「あんたと会話した時、俺はいつも妙な違和感を覚えていた。何かが一致していないという感覚。最初は勘違いかと思った。でもそうじゃない、俺は無意識にわかっていたんだ。あんたが別人に成りすましていることを。そして、今ここで会ってはっきりした。あんたは自分を偽っていたんだな。その『制約』の魔法を使って」

 クラウドは他人の記憶を覗くことができるという。その力があったからこそ、花壇騎士の記憶から悪魔の正体を突き止め、こうしてリュシーの前に立つことができた。だが、彼が実際にその能力を使ったのは花壇騎士の記憶を見たときだけのはずだ。それなのに、クラウドはその前からリュシーが怪しいと気づいていた節がある。北花壇騎士として長年培ってきた観察眼で気づいたタバサとは違い、この世界にきて間もないクラウドがなぜ、彼女を疑うことができたのか。

 おそらく、彼の能力が無意識にリュシーが犯人であると訴えていたのではないだろうか。

 クラウドの問いに、リュシーは静かに頷いた。

 

「そうです。鏡に映った自分に向けて、わたくしは『制約』の魔法を使いました。自分自身に何重も……。そうすることで己さえ偽り、捜査の目から逃れてきたのです。ですが、皮肉ですね。その偽りの仮面が結果的にわたくしを追い詰めることになってしまうなんて」

「花壇騎士をやったのも貴方の仕業だった」

「あの方にはわたくしの正体がばれかけていました」

 感情の揺らぎを見せないまま、リュシーは語る。

 

「いつ気がついたのかわかりませんが、騎士様はわたくしをずっと監視していました。彼がわたくしを疑っているのは間違いなくて……。だから目的を果たすために、どうしてもあの方を排除する必要があったのです」

「それで召喚獣を使ったのか」

「あれは召喚獣というのですね。そうです。騎士様はわたくしが尻尾を出す機会を探っていたので、自らサヴォア号に乗り込み、騎士様をおびき寄せました。そしてそこで“召喚獣”を呼び寄せたのです。呼び寄せた後で、わたくしは海に飛び込みました。あの時は同時にグロワール号も操った貴族士官を使って爆破しましたからね。混乱に乗じてその魔石を回収し、そして寺院に戻ったわたくしのことを気に留める人間は、誰一人としていませんでした」

 

「どうやって、こいつを手に入れた」

 召喚獣を呼んだ赤いマテリアをかざし、クラウドは問い詰める。

「ここへ来る道中、ラグドリアン湖に立ち寄ったときに拾いました」

 またラグドリアンか、とクラウドが舌打ちするのが聞こえた。

「これを使ったのは三回目です。ひとつが今、もう一つがサヴォア号、そして一番最初は拾った時です。とても強力な魔力を感じ取り、まるで導かれるように拾いました。そのとき亜人に襲われてとっさに使ったのがきっかけで、それの扱い方を知りました。ひょっとするとわたくしの復讐に使えるかも知れない、そう思ったのです」

「復讐……」

「ええ、そうです。復讐です」

 リュシーは嗤う。寒気がするような静かな笑みだった。

 

「今回の事件を起こした動機など、もはや言うまでもないでしょう。オルレアン侯爵側の貴族だった、ただそれだけの理由で父を殺し、家族を、地位を、わたくしの全てを奪った王政府の復讐……。わたくしは聖職者となった後もひたすらにその機会を伺っていました。そして今回、艦隊付きの神官を任されたことで、今こそ復讐の時であると考えたのです」

「その為に、15隻もの戦艦を、これだけ多くの人間を巻き込んだの?」

「他に何の理由があるというのです。シャルロット様」

 タバサの表情が凍りついた。リュシーはタバサが何者なのか気づいているのだ。

 

「わたくしにはそれだけのことを行う必要があった。その為なら、多少の犠牲など関係があるでしょうか。シャルロット様……、タバサなどと名を偽り、そうして王政府に従っているのも、お父上であるオルレアン侯爵の仇を討つためなのでしょう?わたくし以上の復讐心を胸に秘めたあなたなら、わたくしの気持ちがわかってくださると思ったのですが」

「一緒にしないで。私はあなたとは違う。私は自分の目的に他人を巻き込むつもりはない」

「それは考えが甘いのですよ、シャルロット様。何も犠牲にせず成し遂げられることなどありません。

人は誰でも知らず知らず、他人を犠牲にして生きています。生きているだけで他の誰かを侵害するのです。なら、わたくしが目的の為に多少の人命を奪うことに、何の不自然があるのでしょうか」

「あなたにとっては多少であっても、その人にはそれが人生の全て。勝手に他人が奪っていい理屈なんてない。あなたが行ったことは、例えどんな言い訳をしてもけっして許されることではない」

「……お優しいのですね、シャルロット様は。本当に、復讐者になるには甘すぎるくらいです」

「それは、あんたにも言えることなんじゃないか」

 クラウドが挟んだ言葉にリュシーはわずかに眉を寄せた。

 

「どういう意味でしょう、ミスタ・ストライフ」

「さっきからずっと気になっていた。こいつの使い方についてだ」

 そう言って、召喚マテリアを再び見せる。

「あんたは、何故このマテリアを積極的に使わなかった」

「それは……」初めて、彼女の表情が微かに曇った。

「このマテリアは、どんなものでも破壊しつくす強大な兵器だ。その気になりさえすればあんたの破壊する目的だったシャルル・オルレアン号も……いや、この“両用艦隊”そのものさえを焼き尽すことができたはずなんだ。あんたはこのマテリアの本質を知って使っていたはずなのに、どうしてそれをしなかったんだ」

 そうだ、とタバサも思い当たる。わざわざ用意周到に“制約”の魔法で平民や貴族士官を操って破壊工作などせずとも、最初から召喚マテリアを使えば、彼女はたやすく自分の復讐を達成できたはずなのだ。彼女が手段を選ばず破壊活動を行っていたとすれば、それは大きな矛盾だった。

 

「……それは、わかりません。それを実行しようとは考えました。でも……できなかったんです」

「できなかった?」

「別にこの艦隊に働く方々に温情が芽生えたということではありません。ただ、いざシャルル・オルレアン号を破壊しようと思った時になって、わたくしの脳裏には、生前の父の顔が浮かんだのです」

 リュシーは溜息をつくと、しばらく間を置いて応えた。

 

「わたくしの父は忠義に厚い人間でした。オルレアン公に仕えていることを、何よりも誇りに感じていると、よく話していました。そのせいで、あっさり捕まって処刑されてしまったわけですがね。顔もほとんど見たことがない人間にどうしてそこまで忠を尽くせたのか、今となってはまったくわかりませんが、……そんな父をわたくしは尊敬していたのだと思います。だから例え、オルレアン公の名を冠しただけの戦艦であっても、それを破壊することに若干の迷いがあったのかもしれません」

「それが、あんたを踏み留めた理由だった?」

「いいえ、それだけならきっとわたくしの中の憎しみが勝って実行していたでしょう。本当の理由はその魔石を手に入れてしまったことにあります」

「どういうこと?」

「怖くなったのですよ。自分のことが」

 彼女は自嘲するように言った。

 

「わたくしはその魔石を手に入れたとき、それが扱い次第で一国を滅ぼすことができるだけの力を秘めていることを知りました。亜人の大群を焼き払った時、花壇騎士様丸ごとサヴォア号を消滅させた時、わたくしがどう感じたと思いますか?嬉しかったんですよ。歓喜していたんです。 わたくしは“制約”の魔法を操り、自分の感情を完璧に支配していたつもりでいました。自分のことを何もかも知り尽くしたつもりでいました。だから、わたくしの知らない自分が己の中にいるのだと気づいたとき……それが、怖くて仕方なかった」

 リュシーはゆっくりと祭壇に登っていく。

 

「わたくしは一体何を恨んでいたのでしょうね。王家への憎しみか、それとも何もできなかった自分への後悔だったのか……もはやそれがわからなくなってしまいました。クラウドさん、結局はあなたの言ったとおりです。わたくしは自身の押さえ切れない”感情”にただ支配されていただけなのです。悪魔はわたくしの中にいたのです。そしてそれはわたくしの意思とは切り離され、自分では止めることができなくなっていました。だから……きっと誰かに自分のことを止めて欲しかったのだと思います」

 いつの間にか、彼女の手には銃が握られていた。彼女はゆっくりと腕を持ち上げる。

「一つだけ、忠告をしておきます。シャルロット様、あなたにわたくし程の憎しみがないというのなら、悪いことは言いません、ここで辞めることが賢明です。復讐とは一生を投げ出してなお、その魂が報われることはないのですから」

 

 彼女は手に持っていた銃を頭の横で構えた。かちり、と引き金を引く音がする。

「よせ」

 クラウドが、制止の声を上げ、タバサの前を手で遮ろうとする。だがタバサは構わず、じっとリュシーを見つめた。

 

「そう、そのほうが良いでしょう。目をそむけてはいけないこともあります。あなた方に出会えたことは、始祖がわたくしに与えた最期の慈悲だったのでしょう」

 リュシーは微笑んだ。

 

「わたくしを止めてくださって、ありがとうございます」

 

 寺院の中に銃声が響く、

 そして後には、沈黙だけが残った。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 出航を告げる鐘が、サン・マロンの晴れた空に響いている。

 一つ、また一つと、風石の力によって戦艦が浮かび上がり、ガリアの空に昇っていく。

 事件が解決して程なくして、ガリア王政府より出撃の詔勅が出されたのだ。

 両用艦隊は大急ぎで再び火薬を積み直し、準備の終わった艦から順次飛び立つことになった。

 

 タバサとクラウドはその光景を軍港から離れた小高い丘の上から見送った。

 そこは異端を働いたものたちが眠る共同墓地だ。リュシーの遺体はこの場所に葬られている。雪に埋もれた土の上に石が置かれただけの、名も無き墓。知らなければ誰がここに埋まっているのかもわからない、寂しい場所だった。

 空に飛び上がる艦の中に「シャルル・オルレアン号」があった。

 そのマストの上から、こちらに手を振る人の姿が見える。ヴィレール士官だ。“制約”の魔法の支配下から解放された彼は晴れやかな笑顔を見せている。

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「今朝方、花壇騎士様が息を引き取られました。水メイジの話によると、安らかな最後だったそうです」

 出航の準備に慌しい中を、わざわざ二人に会いにきてくれたヴィレールはそう話した。

「事件が解決したことは花壇騎士さまだけでなく、今回の件で犠牲になった仲間たちへの手向けとなりました。我々貴族士官も疑いが晴れて安心しています。ありがとうございます。全部、あなた方のお陰です」

 しかし、次に彼は眉間に皺をよせて、なにやら複雑そうな表情になる。

「今回の事件では何だか、色々なことがうやむやになってしまった気がします。シスター・リュシーが犯人だったことは判明しましたが、結局“悪魔”については何もわからないままです。ひょっとすると、まだ“悪魔”はこの艦隊に潜んでいるんじゃないかって思ってしまうんです」

 

「安心していい、悪魔なんて存在しない」

「そう信じたいですね。悪い夢を覚えたままでは、目覚めも悪いですから」

 

 タバサの言葉を聞いて、彼は笑顔でそう言っていた。

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「こんなものまで、こちらに来ていたとはな」

 クラウドは指を空にかざした。その手に持っているのは、あの赤いマテリア。

 マテリアと、それが呼び出す召喚獣のことは艦隊の人間たちには秘密にすることになった。

 異世界から持ち込まれたものが今回の事件に関わったことを公にするのは、好ましくないだろう。

 召喚獣を内に秘めたその魔石は、今は力を失い、太陽の光に透けて見えている。

 

「それをどうするの」

「………」

 

 クラウドは黙ったまま、地面にマテリアを落とすと、大剣で力強く突き刺す。

 その一撃に召喚マテリアは真っ二つに叩き割れ、僅かに灯していた魔力の反応も失われる。

 

「いいの?」

 驚いてタバサが聞いた。

「持っていても使い余すだけだ。だったら壊してしまったほうがいい。必要ないしな。俺にも、そしてこの世界にも」

 その言葉に、タバサはクラウドの行動を理解する。

 あれは、最初から沢山の生命を殺す目的で作られたものだった。使用者が扱いを誤れば、国はおろか、世界さえも滅ぼしうるだけの力を備えている。

 そんなもの、存在しないほうが良いに決まっている。

 

――大きすぎる力は身を滅ぼす――

 いつか、クラウドが言っていたことだ。召喚マテリアがこの世界――ハルケギニアには無いほうが良いという彼の考えは、間違っていない。

 しかし、タバサが本当に驚いていたのはクラウドの意思の強さだった。

 どうして彼は自身も高い実力を持ちながら、その力に惑わされずにいられるのだろうか?

 彼の強さは、己を律する理性や、また、誇りとはまた別の観点から導き出されたもののように思える。

 

 クラウドは、彼は、どんな経験を経て、今の“彼”になったのだろう?

 タバサはそれが知りたかった。

 

 ぼんやりと、戦艦が飛び立っていく空を眺める。

 これから戦場に向かうあの戦艦の群れは、どれだけの憎しみを生むのだろうか。

 どれだけの復讐を作るのだろう。

 自分のような人間を……。

 

 私は今でも、復讐のために生きている。

 それは今もタバサの中で息づく感情そのものであるし、生きる指針でもある。

 けれど、リュシーの最後を見てしまった後では、考えてしまう。

 彼女はあまりにも多くのものを憎んでしまったため、自分のことがわからなくなったと言った。

 私も、彼女のようになってしまうのだろうか?このままでは、彼女と同じように目的さえ見失い、哀れな最後をむかえるのかもしれない。そう考えると怖くなる。

 

 クラウドはどう考えているのだろう。リュシーの復讐を、タバサの復讐について。

彼は自分のために戦っていると言った。彼はタバサの目的が復讐であることを知りながら、それを咎めるようなことを一度もしなかった。だからこそ、クラウドの考えを聞いてみたかった。

 しかし、そんなタバサの考えを見透かしたように、クラウドは言った。

 

「止めてほしいのか?」

 彼の言葉が冷たく響く。水面に写る青い空のような瞳で、クラウドは逆に尋ねてくる。

「私は……」

 私は、どうしたいのだろう。その答えが見つからない。だから口を開くことができない。いや、違う。始めから彼女の中に答えなど存在していないのだ。タバサはクラウドの眼を見ることができずに俯いてしまう。

 そこで、上方からふ、と息を抜く音が聞こえた。

「少し、意地の悪い言い方をした。悪かった」

 ポンと、クラウドがタバサの頭に手を置いた。不器用な手でぎこちなく、彼女の青い髪を撫でる。タバサは顔が熱くなるのを感じていた。子供扱いされることは、あまり良い気分ではない。それでも、悪い気持ちでもなかった。彼に触れられるたびに感じるこのくすぐったいような感覚は何なのだろう?

 

 自分のことなのに、わからない。

 でも……本当の自分を知っている人間がどれだけいるというのだろう。

 本当の自分と向き合える人間が、一体どれだけいるというのだろうか。

 

「俺は誰かに人生を説けるほどできた人間じゃない。何をすべきかなんて偉そうに述べることもできない。だから、これから語るのは、俺が自分の経験から得たことだ」

 クラウドは背中のホルダーから大剣を取り出し、額の前で掲げた。

 

「かつて、俺は一人の男を殺すために旅をした。文字通り、地の果てまで追いかけて旅をした。

なぜなら、そいつは俺の大事なものをたくさん奪っていった奴だったからだ。

その男は俺から故郷を、母さんを、友人を、そして大切な人を奪った。……だから、決して、許せなかった。

けれど、その旅は、俺に別のものも与えた。旅路の途中で様々な人間に出会うことで、俺に本当の自分のことを知る機会を与えたくれた。

 そして……これは旅が終わった後で感じたことだったが、俺がその男を倒す本当の理由は、怒りや憎しみではなく、結局のところ自分のためでしかなかったことがわかったんだ」

「あなた自身のため?」

「そう……それが復讐だったといえば、その通りだろう。だけど俺は、あの男と決着を着けなければ、前に進むことが出来なかった。自分の運命を切り開くことが出来なかったんだ。

俺は自分が間違っていたとは思わない。だからといって、正当化することも出来ない。

だから……、お前の復讐が正しいかどうかもわからない。それは、タバサ、お前自身が決めるしかない」

「私自身が決める……」

「結論を急ぐ必要はないさ。けれど、いつか答えを問われる日は、必ず来る。だから、その時までに後悔しない答えを見つけておいた方がいい」

 

 クラウドが顔を上げ、空を見つめる。

 戦艦が港を離れ、遠くなっていく。

 クラウドの横顔を見ながらぼんやりと考える。

 いつか答えを問われる日。その時も彼はそばに居てくれるのだろうか。

 もしかすると彼は、タバサがその答えを手にするのを見たくて、それを見届けるために自分と行動を共にしているのかもしれない。

 そう、タバサは思うのだった。

 

 





11/29補足。
作中の時系列について

半年前:湖に異変が起こり始める
      ↓
四か月程前:作中のラグドリアン湖編
      ↓
タバサと軍港編
      ↓
アルビオン戦役終結
      ↓
      ↓(この間、タバサと一緒に他にも任務を受ける)
      ↓
プロローグ アニエスの湖調査。クラウドとタバサがトリスタニアに向かう。

執筆を始めた当初は見切り発車だったこともあり、今更ながら時系列に矛盾した記述に気づいたためpixivと双方訂正させていただきました。申し訳ございません。
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