ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
「……昨日はひどい目にあった」
女装の難にあった翌日の昼、クラウドは一人トリスタニアの街を歩いていた。
タバサは別件で用事があるということで出かけており、今はいない。
ヒラガサイトのいるトリステイン魔法学院に向かうのは明日になってからで、それまでの間は自由行動ということになった。
なんでも明日の夜は魔法学院で舞踏会が開かれるらしく、それに時間を合わせて帰還するのだそうだ。そういう訳で出発するまでの暇を、クラウドは一人散策に出かけることにした。
商店の集まるブルドンネ街を歩く。白い石造りの壁を背にした狭い通りは、昼間から多くの人で賑わっていた。
これでもこの街一番の大通りであるらしい。外敵から攻められた際の防衛のため、街全体の道があえて狭く作られているのかもしれない。
顔を斜め上に見上げれば、古めかしい看板が立ち並んでいる。仕立物の服屋や武器屋、メイジの杖を売る店、魔法薬を扱う店などがある。クラウドがいた世界で見られることのないものも多くあった。
通りを歩いていると、所々でメイジが作業をしている姿が目立った。石造りの家屋の基礎部分になにやら魔法をかけている。店を出る際にジェシカに聞いたのだが、どうやらクラウドがこの国に来る少し前、この地域近辺で大きな地震があったらしい。
トリスタニアには歴史の古い建造物が数多く存在している。貴族の屋敷や国の重要な機関の建物には予め“硬化”や“固定化”と呼ばれる呪文が補強のためにかけられているが、街中にある家屋などはそういった処置を行っていなかったため、一部で倒壊して騒ぎになったらしい。
そのため、商店街ではこうして、老朽化の進んだ建物の補強をメイジに頼んでいるのだそうだ。
ハルケギニア。
ここは魔法こそがものを言う世界。クラウドがいた世界にも魔法は存在したが、それ一辺倒というわけではなく、同時に科学技術も存在していた。技術自体も遥かに洗練されており、社会も複雑に出来ていた。文明全体のレベルを見ればここは、クラウドのいた世界より遥かに遅れている。
クラウドはこの世界がゴールドソーサーのアトラクションだったら良かったのに、と思うことある。
コレルエリアにある世界一有名な遊園地――今は閉鎖してしまっているが――ゴールドソーサーであれば、このような別世界を疑似体験できるアトラクションがあっておかしくはない。
実際、かつて新羅カンパニー本社のソルジャー本部には、バーチャルリアリティで現実世界を再現する施設が存在したと聞いている。
新羅の技術力があれば、このような都市を仮想現実として再現することなど容易いはずだ。
しかし、実際、ここにあるものは仮想の世界ではない。現実に人が生きる世界。人々の活気が息づいている世界だ。それを思い、改めてクラウドは自分が異世界にいるのだということを実感していた。
クラウドがこの世界に来たのは、ウィンと呼ばれる年の瀬の月だった。今はそれから4つ暦を経たティールという月になる。クラウドがハルケギニアに来てから、もう4ヶ月も経っていた。未だに、元の世界に戻る方法はわかっていない。
(ヒラガサイトに会えば、はたして元の世界に帰る手がかりを見つけられるだろうか?)
クラウドは先程、『魅惑の妖精亭』で繰り広げた会話を思い出した。
・ ・ ・
「魔法学院でうちのいとこが働いていてね。シエスタって言うんだけど、なんとサイト専属のメイドをやっているの。だからその子宛に手紙を送って、あなたがサイトに会いたがっている話を伝えておいたわ。わたしからの紹介だし、上手くいけば引き合わせてくれると思うわよ」
クラウドがヒラガサイトに会おうとしていることを聞いたジェシカは、そう話した。
ジェシカと知り合ったのは、トリステインに向かう馬車の中だった。盗賊に襲われた馬車を救ったことがきっかけで親しくなり、この街で彼女の店の宿を紹介してもらったのだ。
『魅惑の妖精亭』は多少“趣味的”な店だったことでクラウドには”個人的な”不幸もあったが、宿の世話をして貰った上、そのような提案を持ちかけてくれた彼女に、クラウドは素直に感謝していた。
「それはありがたい。しかし、専属のメイドまでいるなんて、一体どんなヤツなんだ。そのヒラガサイトは。メイジの使い――いや、従者のようなものだと聞いていたが」
「うーん、まあ只者ではないことは確かかもね」
ちょっと考える素振りを見せたあと、冗談を言うようにジェシカは笑った。
「サイトはこの店で働いていたことがあってさ。私からしたら普通の男の子にしか見えなかったな。まあ、その時は一緒に来ていたルイズっていうサイトの主人の子の方が騒がしかったわね。一緒にいて楽しい連中だったけど」
「ルイズちゃんはチップレースでも毎日お客さんを怒らせていたものね。でもうちの店に営業妨害をかけてきた貴族を追っ払ってくれた時は助かったわー」
くねくねと腰を揺らしながら店主スカロンも話に参加してくる。
「でもね、サイトちゃんはとっても勇敢で、ものすご~く強いのよ。平民なのに魔法を使える貴族をバッタバタ倒しちゃうの!彼の武勇伝はトリステイン中に響き渡っているわ。タルブに強襲してきたアルビオン軍の竜騎士団を『鉄の竜』に乗って撃退!迫り来る7万人の軍隊にたった一人で立ち向かって、撤退するトリステイン軍を防衛!ん~どれも凄すぎるわ、トレビアン!」
「そう言った功績が認められて、サイトは“シュヴァリエ“って言う騎士の称号を与えられて、つまりは貴族になったの。平民が貴族になる、なんて、私たちからしたら生まれ変わることよりも凄いことなのよ」
「……本当なら確かに凄いが、どうも現実味のない話だな」
「そう思うでしょ?でも本当の話よ。だからこそ、サイトはトリステインの平民から絶大な人気があるの。私たちみたいな庶民はさ、剣一本で魔法を制してしまう、そんな空想のような出来事を実現してしまう人間が大好きなのよ」
――誰だって英雄には憧れるものでしょう?
・ ・ ・
「英雄か」
クラウドもかつてその言葉に憧れ、生まれた村を飛び出したものだ。
強くなりたい……いや、“認められたい”という想いこそが、ソルジャーになろうと考えた動機だったように思う。
だが、今となってはその時の気持ちはもはや遠い昔に埋もれた化石のようなものだった。夢を抱えて飛び出した世界に待ち受けていたのは、あまりにも過酷な現実ばかりだったのだ。
そして、現在、望みどおりにソルジャーと同等の能力を手に入れた代償に、クラウドはあまりにも多くのものを失ってしまっていた。
“英雄”という言葉に憧れる未練はもはやない。
だが、今でもその言葉はクラウドの心を引くものがあるのも確かだ。
ヒラガサイト。トリステインの英雄と呼ばれるその男は一体どんな人物なのか。
元の世界に帰る手段を尋ねる目的を抜きにしても、強く興味があった。
そんなことを考えながら歩いていると、通りの先が何やら騒がしいことに気付いた。
「どこを見て歩いているのか、この愚かものが!」
周りを囲み、遠目に眺めている見物人の一人にクラウドは尋ねた。
「何があったんだ?」
「あの姉ちゃん、貴族にぶつかっちまったのさ」
男が気の毒そうに答える。
見れば、フードを深く被った女性がおろおろとしている。その周りを身なりの良い男たちが囲んでいるのがわかった。皆、腰元に見せびらかすように杖を挿している。彼らは貴族のようだ。
リーダーと思われる男が尊大さを主張する口ぶりで言い放った。
「うおっほん!君はわたしを誰だと思っているのかね!徴税官のチュレンヌさまであるぞ!」
「ご、ごめんなさい、不注意でした……」
「フン、誤って済むと思っているのなら思慮にかけると言わざるをえんな」
女性は顔を下に向けながら謝罪した。だが、それは恐れ多くて相手の顔も見られないというよりは、むしろ自分の顔をまじまじと見られたくないといった様子である。
そんな様子を訝しんだのか、チュレンヌという男は女性の顔を覗き込んだ。
「ほほう……」
その顔に下卑た笑みが浮かぶ。
「よく見れば中々に美しい娘ではないか。この後、我々の相手をするならば、まあそれで手打ちにしてやらんこともないぞ」
チュレンヌにつられて、取り巻き達がにやにやと笑みを漏らした。
「そんな、困ります。私は、これから向かわなければならない場所があるのです」
「ならば、その予定は取り消しになった。私は女王陛下の徴税官だぞ?私に逆らうことはつまり女王陛下の命に背くことになるのだからな」
「なんですって……!」
女王という言葉を聞いた途端、女性は強い口調で言い返した。
「取り消しなさい!そんな勝手で横暴な理論を女王が認めるはずがありません!」
彼女の言葉は、まるで上に立つ人間が命令するときのような有無を言わさぬ力強さがあった。
チュレンヌは目を丸くして驚いたが、やがて平民に横柄な口を利かれたと認識したのか、激昂して叫んだ。
「平民風情が知ったような口を利くな!貴様ごときに陛下の御心がわかるとでもいうのか!」
「それは、でも、私は……」
「いいから来い!言うことを聞かぬか!」
「あっ!」
チュレンヌが女性の手を強く掴んだ。
「貴様に身分の差というものを教育し直してやる。たっぷりとな!」
クラウドは頭が痛くなった。貴族だなどと偉そうに口にしているが、やっていることはチンピラとたいして変わりない。これはいくらなんでもあんまりだろう。
それをこんな人通りの多い道端で始めるのだから、どうしようもないと呆れるばかりだ。
止めるものはいないのかと、周りを見るが、見物人たちも女性が連れて行かれるのをただ見ているだけだった。
クラウドはため息を吐く。皆、関われば自分の身が危うくなると考えているのか。
社会の中で生きる人の弱さをクラウドは知っている。生きていくことは、その社会のルールに従うということだ。“内部”にいればその仕組みによる恩恵を受けられるが、それゆえにルールに縛られ、時に自由を失うこともある。この世界、ハルケギニアで貴族に逆らうことは社会の仕組み自体に逆らうということだ。“内部”で生きる術を無くすとわかっていれば、自分の身を守るためにも、黙って見ている他はない。
クラウドはそんな人たちのことを情けないとは思わない。
クラウドもまた、そんな弱い人間の一人だからだ。
だからこそ、こういう時は自分のようにはじめから“外部”にいる人間が出ていくべきだ、とクラウドは思った。冷静な人物と見られることが多いクラウドだが、このような行動をするのが自分の本質なのだと、彼は考えている。
「そのくらいにしておけ」
衆人環視の輪から前に出て、チュレンヌに言い放った。
「……なんだ貴様は、黙ってみておればよいものを。平民の剣士風情が我等に逆らうのか」
「大勢で一人をいたぶるのがあんたたちの高潔さだというのなら、それを黙って見ていられるほど人間が出来ていないんでな」
「生意気な口を!」
部下の一人がクラウドに対して杖を抜こうとした。だが、その腰元にはあるはずの杖は存在しなかった。
「探し物はこれか?」
男の杖を目の前でかざし、指でゆらしてクラウドが言う。
「なっ何時の間に――」
言い終える前に、鼻頭に拳を思いきり突き刺した。
男は吹っ飛び、ブルドンネ街の屋台の店先へと突っ込む。
「貴様!やりおったな。そいつを捕えろ!痛めつけて構わん!」
チュレンヌの取り巻きたちが一斉に杖を引き抜いた。
彼らがルーンを唱えると、杖先に風が纏わりつき、青白い刃となった。
――魔法で剣を創り出すこともできるのか。
「本当に器用だな。この世界の魔法は。だが……」
向かってきたメイジたちに、クラウドは先程奪った杖を矢のように放つ。
先頭にいたメイジの腕に、杖は鋭く突き刺さった。
「ぐあ!」
怯む男に接近し、顔面をわしづかみにするとそのまま地面に頭から叩きつけた。
「剣を抜くまでもない」
二人目を倒したクラウドに、三人目が魔法の刃を振りかぶる。クラウドはその軌道を視線から予測すると、振り下ろされた刃を難なくすり抜けその手首を掴みとった。
無理やり力づくでその腕を振り回し、握られた杖の刃で四人目を切り裂いた。
四人目が倒れるときには、三人目の鳩尾に肘を思い切り叩きつけ、気絶させている。
あっという間に、残っている相手はチュレンヌだけになった。
「な、なんだと!」
「メイジとの戦い方はもう覚えた。まず、狙うのは杖だ。攻撃の要である杖がなければ、あんたたちの武力は消失する。大衆の前で見せびらかすのは気をつけるべきだったな」
「き、貴様、メイジ殺しか!我ら貴族に逆らうとどうなるのかわかっておるのか!」
「興味ないね」
さして関心もなく、そう答える。
チュレンヌが杖を抜ききる前に、クラウドはその襟首を掴んだ。
身体が宙に浮き、手から杖が滑り落ちる。かは、と苦しそうな息が漏れた。
「わ、わたしは女王陛下の徴税官だぞ。つまりこれはトリステイン王国に逆らうことなのだぞ……」
「それ以上喚くならこの首、へし折るぞ」
「ひっ!」
クラウドに冷たい青い眼で脅された途端、チュレンヌは静かになった。
「この国の事情など興味はないし、逆らったことで俺がどうなろうとも別に知ったことじゃない。それより今は自分の心配をしたらどうだ。
弱いものをいたぶるのが好きなようだが、それが自分に降りかかってくることも想像しておくべきだったな」
クラウドがぱっと手を放すと、チュレンヌが地面に尻餅をついた。
「次は容赦しない。部下をつれてさっさと行け」
「は、はぃいいいいいいいい!」
チュレンヌは部下と共にほうほうのていで逃げていった。
周りで見ていた通行人たちがわっと歓声を上げた。
「すげぇ!貴族をのしちまいやがった!」
「ニイちゃんやるなぁ!」
歓声を聞いて、クラウドは内心で舌打ちをした。
この街で目立つ行動を取るつもりはなかった。ならば最初からトラブルに関わり持たなければ良いのだが、その考えは既に度外視している。いざというとき、彼は後先を考えない。
ただ、マテリアの使用は控えるように気をつけていた。タバサからもたびたび注意を受けていたが、ハルケギニアには存在しない魔法を衆目でさらして注目されることはさけたい。だからこそマテリアはおろか大剣さえ使わずに戦ったのだが、この観衆の沸きようを見るに、この世界においてただの剣士がメイジを倒してしまうというのは、クラウドが想像している以上に驚くべきことなのだろう。
クラウドは地面にへたり込んでいた女性に近づいた。女性は目の前で起きた光景に呆気に取られているようだった。
「大丈夫か?」
クラウドは女性に手を伸ばした。
「え、ええ、ありがとうございます」
その時、フードに隠れていた顔が初めて見えた。
かなり若い。歳はまだ17,8くらいだろうか。白く透き通った肌にほっそりとして整った顔立ちの女性だった。栗色の髪を後ろで束ねてポニーテールにしている。
クラウドの手を握り、起き上がった時、彼女と目があった。
何かに驚いたかのような表情。薄い水色の瞳を見開いている。彼女はそのまま、しばらく呆然としたようにクラウドを見つめていた。
「ウェールズさま……?」
彼女の口から無意識のうちに言葉が漏れる。
「おい、どうした?」
「え、あの、ごめんなさい」
呼びかけられて、ハッと我にかえったように声を出す。
その様子に、クラウドはやれやれと呆れた顔になった。
「まったく、そんな調子で歩いているから、さっきみたいのに絡まれるんじゃないのか。早く家に帰るんだな」
そこまで言って自分の役目を終えたと考えたクラウドは、その場を後にしようとした。
「あ、あの!待ってください!」
立ち去ろうとするクラウドの背中に、女性が慌てたように声をかける。
「私はこれから、どうしても行きたいところがあるのです。だから、私は、まだ帰るわけにはいきません」
「……それで?」
「私と一緒にその場所まで着いて来てくださいませんか?」
「道案内なら他に頼め」
「道ならわかります。そうではなく、一緒について来てくれるだけでいいのです。そう……、言うなればボディガードでしょうか。あなたと一緒であれば先程のようなことに巻き込まれずに済むでしょうし。それに……なにより、助けていただいたお礼をしないと」
クラウドは眼を瞑って首を振った。
「別に、感謝して欲しくて助けたわけじゃない。そもそも見返りとはなんだ?言っておくが金は受け取らないぞ」
そう返すと女性は言葉を詰まらせた。どうやらそこまで考えていなかったらしい。彼女はどうにかしてクラウドを引き止めたいらしいが、何が彼女をそこまで駆り立てるのか、クラウドには全く理解できなかった。
しばらくして、――ようやく思いついたのか、それともとっさに考えたのかわからないが――彼女は顔を赤くしながら、緊張した声で言った。
「デート一回、というのはどうでしょうか?」
「なっ……」
予想しない返答にクラウドは言葉を失う。そんな彼をよそに周りから歓声が飛んだ。
すっかり失念していたが、ここは街一番の大通りだ。多くの人間にこのやり取りを見られていたのだ。
「ヒューヒュー!いいぞ!ネエちゃん!」
「せっかくのお誘いだ!ニイちゃんも付き合ってやんな!」
身勝手な野次を聞いて、面倒なことになったと内心で頭を抱えた。適当にトリスタニアを散策したら魅惑の妖精亭に戻ろうと考えていたのに。
このまま誘いを断ってしまっても良いが、この様子では、このまま立ち去るとこちらが悪者のようになってしまうではないか。
クラウドは眉に皺を寄せ、やれやれと頭を掻いた。
――じゃあねぇ、デート、一回!――
あの時は、ボディガード代は安くないと言ってそう返されたんだったか。
今回は状況がまるで違うが。
周囲の雰囲気に逆らわないようにするためとは言え、どうも、自分はその言葉に弱いらしい。
「……わかった。ただ、こっちも時間に限りがあるからな。それまでの間だ」
「本当ですか!ああ、ありがとうございます」
女性がぱっと顔を輝かせた。
「私は……、アンと言います。街娘のアンです。そう呼んでください」
女性に乱暴をはたらく連中がいます。
Q:あなたならどうする?
A:やめなよ(物理)
そんな話でした。