ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
アンと名乗った女性は行き先を告げなかった。
ボディガードを引き受けたのだから、目的地くらいは教えてほしい、と言うと「行けばわかる場所です」といってはぐらかされてしまうのだ。
それでいて、彼女の方は様々な質問をクラウドに投げかけてくる。
「異国から来た、とおっしゃいましたが、あなたは確かに見慣れない格好をしていますね。東方から参られたのですか?」
「大きな剣ですね。これほど大きな剣を、私はいままで見たことがありません。これならドラゴンでさえ一斬りにしてしまえそう。あなたは本当にこの剣を振るのですか?」
こんな調子で矢継ぎ早に質問をしてくる。最初は律儀に対応していたのだが、もともと他人と長時間会話をするのが苦手な質である。こいうことは勘弁してほしかった。
「すまないが、質問はひとつずつにしてくれ」
「あ、申し訳ありません、私としたことがはしたない……」
アンは恥かしそうに口を押さえ、ではひとつだけ、と尋ねる。
「どうしてこの国にいらっしゃったのですか?傭兵としてのお仕事を探しているのでしょうか?」
その質問に、クラウドはトリスタニアに向かう馬車の中でジェシカに同じことを尋ねられたことを思い出した。
背中に帯びている大剣を見れば、傭兵として仕事を探していると思われるようだ。クラウドは首を振ってその質問を否定した。
「いや、雇い主は既にいる」
「まあ、ではあなたは従者なのですか?よろしいのですか、一人で出歩いていて」
「今は自由時間で、別行動中だ。ただ、この国に来たのは別に理由がある」
「それは何ですか?」
「帰り方を探しているんだ」
「帰り方?」
アンはきょとんとした顔をした。
「自分の国への帰り道がわからなくてな。トリステインにそれを知っている人間がいると聞いたんだ」
「なんですか、それ。私をからかっているんですね」
「どうかな」
クラウドが肩をすくめるとアンはくすくすと笑い出した。
異世界から来たことだけ伏せて、この国に来た目的を話したのだが、どうやら冗談だと受け止められたらしい。
「ああ、久しぶりに笑った気がします。こうやって、人と自由に会話をすることが、こんなにも新鮮だなんて思いませんでした」
「普段は自由に出来ないのか?」
「ええ、私の周りでは、なにかひとつ言葉を間違えれば、後々大きな問題になってしまうので気が抜けないんです。心安らぐことができるのは、数少ない友人とのやりとりくらいなものです」
「そうだな、会話する相手は選んだほうがいい。さもないと、またさっきみたいな連中に絡まれるぞ」
クラウドが皮肉混じりに言うと、アンは落ち込んだように俯いた。
「……誤解なさらないでほしいのですが。確かに、貴族にはあの様な横暴な振る舞いを平気で行う人間もいますが、皆がそうというわけではありません。領民や臣下に恥じない立派な行いを貫いている方もたくさんいるんです」
「良い貴族もいるが、悪い貴族もいる、何が良いか悪いかも立場によって変わるが――、そんなところか。人の良し悪しはそんな単純なものじゃない」
「そうですね……。本当にそう思います」
「………」
クラウドは、彼女との会話に違和感を抱き始めていた。
彼女の仕草をよく観察してみると、どうもこのトリステインの城下街に馴染んでいないように思えてくるのだ。
例えば、目的地までの道程を知っていると話していたが、時々考えるように立ち止まって、再び歩き出すということを先程から繰り返していたりする。
その様子はどうも危なっかしく、道に慣れているとはとても思えない。
また、服装こそ平民と似たようなもので、不自然ではないのだが、口調や仕草には市井の人間にはない上品なものを感じられる。
そして、彼女と会話していると、自分が何者なのか悟られないように気をつけながら話している節が見えてくるのだ。
自分を街娘だと名乗ったが、何処までが本当なのか。
クラウドは、彼女がどこかの貴族の令嬢ではないかと思い始めていた。
先程、貴族に絡まれたときの堂々とした物言いを思い返しても、どうもその推測が正しい気がしてくる。
もし、その推測が当たっているとしたら、彼女は身分を偽ってまで何処へ行こうとしているのだろうか。
「こちらからも、質問していいか?」
「え、ええ、構いませんよ」
アンの顔が少し緊張する。
自分のことを、あまり追求されたくないのだろうか。
「あんたはどうして俺にボディガードを頼んだんだ?」
クラウドは彼女の身の上には対して関心はない。別に貴族だろうと本当に平民の街娘だろうと、どちらでもいい。ただ、さきほど彼女と対面した時の反応の理由を知っておきたかった。
「さっきも言ったが、俺は余所者で、この国に来たばかりの人間だ。そんな人間にどうして護衛を頼んだ?だれか知り合いの人間に頼めばよかったんじゃないのか」
彼女は少し言葉を探した後、答える。
「そうですね。どうしてでしょう。あなたが、異国の方だったからかもしれません」
「異国の人間がそんなに珍しいのか?」
「ええ、異国から来た方は私にいつも、別の風を運んでくれますから――あなたはヒラガ・サイトという方をご存知ですか?」
「……人並みにはな。平民から貴族になったんだろう?会ったことがあるのか?」
「はい、彼もこの国の人間ではありません。ですがあの方は先の戦争でトリステインのために戦ってくださいました。彼がいなかったらこの国は滅びていたかもしれないのです。」
アンは顔を赤らめて、ヒラガサイトのことを話す。
しかし、それは一瞬で、クラウドの顔を見ると、なぜか物憂な表情になった。
「あなたもやはり異国の方だからでしょうか。彼と似た雰囲気がある気がします」
「この国の英雄と似ているとは、光栄な話だ。だが、そんな理由で俺を引き止めたのか?」
「では、あなたとお話がしたかったというのはどうでしょう」
「どちらにせよ、無用心なことだ」
「そうですね。そうかもしれません」
アンは、少し寂しそうに微笑んだ。
・ ・ ・
やがて二人はブルドンネ街から裏道に入った。
入り組んだ狭い路地を抜け、大きな寺院の前の道へと出る。
そこは寺院の前庭のようだった。あまり手入れはされていないのか、芝が枯れて荒れ果てている。
寺院の壁面も所々剥がれ落ちてみずぼらしい有様だ。
「ここは無人になってしまった寺院です。“固定化”で補強をかけているので倒壊の心配はまずないでしょうが、人があまり近づかない場所です。目的地はまだ先ですし、さっさと通り過ぎてしまった方が良いでしょうね」
アンが説明する。
寺院自体、特に管理されている様子はなく寂れている。
これも先の地震による被害なのか。いずれにしろ、人の姿の見えない静かな通りだった。
そこに男がひとり――、道を遮るように立っていた。
黒い羽根付き帽子を被り、顔が見えない。
こちらを見ている。
アンが不安げに、クラウドの陰に隠れた。
「知り合いか?」
「いいえ……でも」
男の視線はアンではなく、クラウドに向いていた。
帽子の下にある唇の両端に、凶悪な笑みが浮かんだ。
「きみが“異邦人”だね」
魔力の迸り。
服の裾から杖が飛び出した。
「伏せろ!」クラウドが叫ぶ。
男が腕を振った。
鞭のようにしなる杖先から青白い光の刃が飛び出してくる。
とっさに剣を抜き、刃を弾く。
予想以上の威力にクラウドの身体は反動で一歩後ろに退いた。
目の前で一瞬火花が跳び、すぐ頭上を抜ける。
横なぎに寺院の壁に直撃し、巨大な亀裂とともに壁が崩壊した。
「“固定化”がかかった壁を、なんて威力……!」
音を立てて崩れ落ちる壁面を見て、アンは言葉を失う。
ヒュウ、と楽しげな口笛。
「やるね」
手を緩めず、男は杖をしならせる。
杖に引き寄せられるように光の刃が収縮し、再び振り下ろされた。
地面をけたたましい音で粉砕しながら、まるでのたうつ蛇のごとく鋭く襲いかかってくる。
クラウドはアンの肩を掴み、破壊された壁から寺院の中へ逃れた。
礼拝堂の裏側に出る。内部に人の気配がない。
話に聞いたとおり、この寺院は打ち捨てられて久しい廃屋のようだ。
そのまま礼拝堂の広間まで一気に駆け抜けると、クラウドは参拝者用の長椅子の脇でアンを降ろした。
「隠れていろ」
大剣を両手で持ち直し、構える。
室内ではあるが、これだけ広さがあれば剣を振るっても支障はない。
カツンカツンと、ブーツが石畳を叩く音がこちらに近づいてくる。
ゆっくりとした足取りで、敵は姿を現した。
「すごいね、僕の攻撃を避けられたのはこれが初めてだよ」
口笛と同じく軽い口調。
帽子のつばを持ち上げる。
現れた顔は、金髪の、まだ幼さを残す十代後半くらいの少年だった。
鼻が軽く上を向いていて、どこか愛嬌すらある顔をしている。
だが、クラウドを捉えるぎらついた視線が、こういった荒事になれた人間特有の気配を漂わせていた。上背が低いとは気づいていたが、意外なほど若い。
「何者だ?」
「僕は、……えーと、話しちゃっていいんだっけ」
一瞬だけ考えるように首を傾げ、元に戻す。「まあ、いいよね」
「僕はドゥードゥー。君を捕えるように命じられている」
「俺を?」
アンを横目でちらりと見る。
てっきり、どこかの令嬢かもしれない彼女を狙って来たのかと思ったが、どうやら目的はクラウドにあるらしい。
「誰に頼まれた?」
「それは君が知らなくてもいいことだ。まあ、実を言うと僕も知らないんだ。依頼主との契約は僕の仕事じゃない。僕の専門はもっぱら戦闘だからね」
それはおいといて、と獲物をしたためる視線を再びクラウドに向ける。
「さっきの大通りでの戦い、見ていたよ。見事だった。まさか剣も抜かずメイジを圧倒する平民がいるなんて思いもしなかったよ。僕は世界最強のメイジを目指していてね、君みたいな"メイジ殺し"とは是非一度、戦ってみたかったんだ」
無邪気でいて残酷な笑みを、ドゥードゥーは浮かべた。
クラウドは目の前の少年の性格を分析する。
こんな表情を向けてくる相手とは以前、戦ったことがある。
――カダージュ一味。
あの男の意志が分裂して誕生した思念体、怪物の子供たち。
目の前の少年の笑みは、彼らが戦いの中で浮かべたものとよく似ている
あれと同種の、戦い好きの戦闘狂か――。
ドゥードゥーがルーンを詠唱すると、杖に魔力が纏わりついた。
みるみるうちに膨れ上がり、先程と同じ、巨大な光の刃が創り出された。
「それはまさか、“ブレイド”!?信じられないわ、こんな巨大な刃を創り出すなんて!」
「どういう魔法なんだ」
驚くアンにクラウドは冷静に尋ねる。
「杖に己の魔力を絡みつかせて、岩をも断つ刃を作り出す魔法です。先程、あなたが戦った貴族たちが使ったものと同一の魔法ですが……、あの大きさは規格外です!」
「その通り、僕をそこいらのチンケなメイジと一緒にされちゃ困る」
ちっち、とドゥードゥーが指を振る。
「気をつけてください。この人は普通のメイジではありません。おそらくは裏の世界を生きるメイジです!」
裏の世界のメイジ。
これが先程の貴族たちが創り出した魔法と同じものだとしたら、実力はこの少年の方が遥かに格上ということである。
油断はできない。
「さあ、始めよう!」
ドゥードゥーが床を蹴る。直線上でその身体が低く沈んだ。
下段から繰り出される青白い刃のしなりに対応し、クラウドは大剣を叩きつけた。
青白い光と火花が眼前で飛び散り、激しく輝く。
両者の刃が弾かれる。
ドゥードゥーが上から、クラウドが下から刃を振り、再び閃光が走る。
連撃。
閃光。
鉄の響音。
鞭のようなドゥードゥーの剣戟を、クラウドはすべて捌いていく。
「はっはー、やるねぇ!でもいつまで防ぎきれるかな!」
ドゥードゥーの言うとおりだった。
彼の“ブレイド”はそのしなりを利用した反動で徐々に威力を増している。
いずれ防ぎきれなくなることは、目に見えている。
だからこそ、クラウドは前へ攻めた。
常人であれば見極めることなど不可能な、激しい剣戟の間を縫うようにかいくぐり、間合いを一気に詰める。
「ちぃ!」
ドゥードゥーの顔に焦りが浮かぶ。
距離は二歩分。
狙いは、杖。
ドゥードゥーの“ブレイド”は巨大過ぎるため、至近距離での操作は難しいと踏んだのだ。
クラウドは杖を操る腕めがけて大剣を振り下ろす。
「……甘いよっ!」
ドゥードゥーの対応が間に合い、クラウドの攻撃を力強く弾いた。
甲高い金属音と共に、大剣は上空へ打ち上げられる。
武器の喪失。
勝利の確信に笑みを浮かべたドゥードゥーだったが、次の瞬間、その顔が驚きに染まっていた。
クラウドの手にはまだ剣が握られている。
大剣がいつの間にか“二刀”に増えていたのだ。
「何!?」
ドゥードゥーの左脇に大剣が直撃し、壁まで吹き飛んだ。
壁面に叩きつけられる音がして、もうもうと土煙が立ち込める。
回転して落下してきたもう一刀の大剣を、クラウドは左手で掴み取った。
クラウドは攻撃が防がれることまで、あらかじめ予想していた。
だから六刀の刃を繋ぐ枷をあえて緩くしておき、弾かれる瞬間、二刀に分裂させて攻撃のカモフラージュにしたのだ。
狙いは見事に成功した。
だが、クラウドはドゥードゥーに攻撃を当てた感触に違和感を覚えた。
攻撃を当てた瞬間の感触が、まるで金属を叩いたような硬さだったのだ。
「いてて、やるなぁ。まさかそうくるとは思わなかった。平民の武器もなかなか面白いじゃないか」
煙の中からゆっくりとドゥードゥーが起き上がる。
まるで何事もなかったかのように。
どういうことだ?
クラウドの大剣は確かに左脇に直撃していた。
普通の人間であれば、まず立ち上がれるはずのない一撃を与えたはずだった。
「僕がどうして平気で立ち上がってくるのかわからないって顔だね。その秘密はこれさ」
ドゥードゥーは攻撃を加えられた脇腹を見せる。
クラウドの一撃によって服が一部破れている。そして、その下の肌は肌色ではなく銀色に変色していた。
「そんな……“硬化”の魔法で!?」
アンが信じられないという表情で驚く。
「まさか自分の肉体を変質させるなんて!なんて非常識な!」
「このくらいで驚かれても困るな。世間一般では非常識でも、それが有用であるなら何でも使うべきだ。それに、僕からしたら普通のメイジたちの方が常識に囚われ過ぎていると思うよ。いつまでも凝り固まった固定観念なんか大事にするから、平民に足元すくわれたりするのさ。――ま、この言葉は受け売りなんだけどね」
「その肌の色……魔法で肉体を金属に変質させたのか」
「その通り。“硬化”の魔法を自分にかけて、身体を硬質化して防いだのさ。驚いたろう?君みたいなメイジ殺しとやるときはこれが一番効果的なんだ。つまり、君の攻撃は僕にはすべて無効なのさ」
それにしても、とドゥードゥーは言葉に苛立ちを含ませた。
「今、僕に手加減をしたね?君は剣の刃ではなく、腹で僕を攻撃した。君の一撃は僕が“硬化”の魔法をかけていなければ、身体を真っ二つにしていたに違いなかった。なのに、手心を加える余裕があるなんて、随分と舐められたものじゃあないか」
ドゥードゥーは“ブレイド”の刃を激しく振り回し始めた。刃は上下左右にまるで生き物のように不規則に、そして激しく動きまわり、その軌道を捉えさせようとはしない。
「ちょっと痛めつけるだけにしようと思ったけれど、気が変わったよ。君の四肢をズタズタに切り裂いた後で、ゆっくり連れ帰ることに決めた!」
激しく動き回る刃は、曲線を描きながら猛スピードでクラウドに向かってきた。
「これで終わりだ!“メイジ殺し”!」
「もう駄目です!逃げてください。平民のあなたではとても敵いません!」
悲鳴ともつかないアンの叫びが響く。しかし、向かってくる青い閃光を前に、クラウドは冷静だった。
「ひとつ、訂正しておこう」
右手の刃に秘められたマテリアに、魔力が灯る。
“だいち”のマテリア。
その初級魔法。
刃を、クラウドは地面に突き立てた。
『“クエイク”!』
巨大な岩盤が、大きな揺れと共にせり上がり、ドゥードゥーの“ブレイド”の刀身を丸ごと包み込んだ。
「なっ!魔法!?」
驚くドゥードゥー。
クラウドは地面を蹴り上げ、懐に迫った。
「くそ、抜けない!」
ドゥードゥーが一旦魔法を解除し、再びルーンを唱えようとした。
しかし、クラウドはその顔面目掛けて蹴りを飛ばして呪文を阻止し、ドゥードゥーを再び壁際へと押し込んだ。
「ぐっ、このぉ!」
クラウドが残る片手の大剣を左下段に構えたまま斬りかかる。
「そんなもの!また“硬化”で防いでやる!」
ルーンが今度は間に合い、再び身体を硬質化させる。
だが、クラウドは剣を振るわなかった。
その場で思いきり踏み込み、大剣の柄頭を真っ直ぐに、ドゥードゥーの喉元へ押し込んだのだ。
壁に激突。
踏み込んだ衝撃で足下の床が砕け。
割れた石が飛び散る。
そして、クラウドの腕力と突進したエネルギー、そのすべてがドゥードゥーの喉元に集中した。
鈍く、金属が叩き割れるような音が響いた。
「俺は平民でも、メイジ殺しでもない。ソルジャーだ。――自称だがな」
口から血を吐き出して、ずるずると、ドゥードゥーは前のめりに崩れ落ちた。
もう、動く気配はない。
それを確認すると、クラウドは地面に突き刺した片割れの大剣を回収した。
「そんな、まさか倒してしまうなんて……、それに、今のは魔法?でもこんな魔法は見たことが……」
突如出現した岩の柱を目の当たりにして、呆然とした表情でアンが言う
「ぼさっとしているな。説明は後だ。今はここを離れるぞ」
クラウドが大剣を背中のホルダーに戻しながら急かした。
「でも……、あっ」
クラウドに腕をつかまれ、アンは引っ張られるようにして走り出す。
倒れたドゥードゥーを置いて、二人はその場を立ち去った。
・ ・ ・
「道はどっちだ?」
「あの……だから、待ってください!」
先程の寺院から大分距離を置いた街路で、アンがとうとう我慢できずにクラウドの手を振り払った。
「そろそろ、説明してください。さっきのは一体何だったのですか?」
「そうだな、大分離れたし、もういいだろう」
周囲を見回してクラウドが言った。
とっさのこととはいえ、マテリアを使ってしまったのだ。
心中では何処まで話したらいいものか、と考えを巡らす。
「先程あなたがあの男に使った魔法は、いったい何なのですか?あんな魔法はハルケギニアに存在しません。あなたは平民ではないのですか?」
我慢しきれない様子でアンが質問を浴びせてくる。
彼女はクラウドが魔法を使うところをはっきり見てしまった。
それに今の言葉と先ほどの戦闘の際の言動を鑑みるに、魔法に関する知識を持ち合わせているようだ。誤魔化しは利きそうにない。
正直に話してしまっても良いかと、考えを改める。
マテリアの使用を避けていたのは、あくまで目立たないようにするためであって、人前で絶対に使わないと考えていたわけではないのだから。
クラウドは彼女を制しながら、落ち着いて答えた。
「ひとつずつ答えていこう。まず、俺が使ったのは間違いなく魔法だ。ただ、あんた達が使っているものとは大分違う」
クラウドは大剣を背中から引き出した。
「俺の武器であるこいつにはマテリアというものが仕込まれている。そいつが魔法の源だ。こいつを媒介に俺は魔法を使うことができる。この国のメイジたちは自身の中の魔力を源に魔法を使うのだろうが、これがあれば、どんな人間でも、平民と呼ばれる連中でも魔法を扱えるようになる」
「平民でも魔法を――?そんなこと、聞いたことがありません!」
「だろうな。二つ目の質問だが、それは俺がこんなものを持っていることからもわかるだろう。俺は平民でも、メイジ殺しとかいう奴でもない」
自称元ソルジャー、と言いたいところではあるが、この世界の側からクラウドを指す言葉があるとすれば、さっき襲ってきた少年が最初に言った名称が当てはまるのだろう。
「俺はハルケギニアの人間ではない。しいて言うのなら……“異邦人”だ」
「“異邦人”、ではあなたは……いえ」
“異邦人”とアンはその言葉を反芻する。しばらく考え込んだあと、彼女は問いかけた。
「……先程の相手はあなたを捕えるつもりだと話していました。それは一体どういうことだったのですか?」
「それについては、さっぱりだ。身に覚えがない」
クラウドの中でそれが一番の疑問だった。タバサと共に北花壇騎士の任務をいくつかこなしたが、その中であのような連中に目をつけられるようなことは今まで一度もなかったのだ。
ただ、あの暗殺者の少年がクラウドに言い放った“異邦人”という言葉自体が気にかかっていた。
あの少年は、クラウドがハルケギニアではない遠い場所からやって来たことを、知っていたのだろうか。
もし、それを知る者がクラウドを狙って来たというのなら、それは一体何者なのか。
クラウドの衣装は確かにこの世界のものとは大きく異なっているし、巨大な大剣を携えた風貌も目立つに違いない。
だからといって、一見はメイジであるタバサに付き従う剣士にしか見えないはずのクラウドをわざわざ誰が狙うというのだろうか。
推測を重ねたところで今は答えが出ない。
クラウドは目下この状況をどうにかすることを考えた。
「さて、俺はあんたのボディガードをすることになっていたが……、ここまでにしておいた方が良さそうだ。もしかすると新手がくるかもしれない」
「新手?どうしてそれがわかるのですか」
「奴が言っていた、自分は戦う専門だと。依頼主と契約をするのは自分ではないともな。つまりは複数人で仕事をしているのだろう。あいつの様子を見るに単独行動だったのだろうが、後から誰かが駆けつけてきてもおかしくはない」
「あなたは、あの人を殺したのですか」
「そのくらいのつもりでやったけどな。最初から殺すつもりなどなかったさ」
肩をすくめて言う。
「攻撃する瞬間、また皮膚を堅くしてガードされた。さすがに完全に防ぐことは出来ずに気絶したようだ。だが、当分復活は無理だろう」
あの硬化という魔法はなかなかやっかいだ。もしまたあの少年に襲われることがあったら、今度は“手加減する”ことは難しいかもしれない。
「さあ、そういうわけだ。俺と一緒にいるほうが危ないのなら、護衛の意味がないだろう?」
アンはしばらく考えこんだが、首を振った。
「いいえ、ここまで来たら目的地まであと少しですし、最後までお付き合いしてください」
「しかしだな……」
「構いません。あなたは自身の素性について、包み隠さず話してくれました。ならば私も正直に、本当の私の正体を告白しなければならないでしょう」
「正体だって?」
アンは決心した用に深呼吸をすると、一息に告げた。
「わたしの名はアンリエッタ・ド・トリステイン。このトリステイン王国の女王なのです」