ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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魔法学院編
Chapter 10


始祖歴6343年

スレイプニィルの舞踏会当日

 

 

AM9:12

 

 この日のルイズの朝は、いつもより一際遅かった。

 もともと朝に弱い彼女だが、今日はサイトが起こそうと身体を揺らしても、不機嫌そうな声を出していつまで経っても毛布の中から抜け出そうとしない。

 仕方なく、サイトは起こすのを諦めて、騎士隊の訓練の為に部屋から出て行ってしまった。それからもう、しばらく経っている。

その気配に気付いていたが、ルイズは声をかけなかった。

 実を言うと彼女はふてくされていたのだ。

 水精霊(オンディーヌ)騎士隊――アルビオン戦争後、アンリエッタ女王によって再編された由緒ある近衛隊の副隊長に任命されたサイトは、このところ自分の騎士隊の訓練に夢中になっている。その忙しさからか、最近ルイズに構ってくれなくなっていた。それが気に入らないのだった。

(あんたは私の使い魔なんだから、もう少しご主人様に気を使ってもいいじゃない)

 だが、それを言葉にして伝えることもなんだかプライドが許さない。

 だからルイズはふてくされるしかないのだった。

(どうせ夕方から始まる舞踏会以外は何もないし、もう少し眠っていようかしら)

 そんなことで、もう一眠りしようとしたルイズだったが、そこで邪魔が入った。

 なにやら耳をつんざく低い音が、外から響いてくる。

 なによ、うるさくて眠れやしないわ。

 布団を深くかぶり音を防御しようと思ったルイズだが、音はだんだんと大きくなり、しまいには強い振動まで感じるようになっては、そうも考えていられなくなった。

「何よ、また地震?」

 先日の地震の騒ぎを思い出したルイズだが、どうやらこの振動は先ほどから響く轟音と関係があるようだ。

 原因を確かめるため、ベッドから立ち上がって窓を開け、外の様子を確かめた。

 その時、学生寮の上空に巨大な陰が通り過ぎる。

 船のような大きな物体が、トリステイン魔法学院の真上を飛んでいた。

「な、なによ!あれ?」

 その時のルイズはまだ知らなかったが、それは魔法学院の教師、コルベールが開発した最新鋭の飛行艇『オストラント号』だった。

 

 

PM5:08

 

 

 もうすぐ夕方が訪れるという頃合い。ルイズは魔法学院中央棟二階にあるダンスホールの広いバルコニーに寄りかかっていた。

 ルイズの背後では魔法学院の使用人たちが、今夜の舞踏会の準備のため、忙しく動き回っている。

 ルイズが眺めているのは、ヴェストリの広場にできた人だかりだ。

 魔法学院の生徒たちに、学院の教師であるコルベールが囲まれている。

 コルベール教授は魔法学院がメイジの賊に襲撃された際、生徒たちのために身を挺して戦い、亡くなったとされていた。だが、実は生き延びてゲルマニアにいたらしく、今日になって帰ってきたのだ。

 そのため、襲撃の際にコルベールに助けられた生徒たちが群がり、口々に感謝を述べているのだった。

 その人だかりの中には、先程までサイトの姿もあった。

 涙ぐんで嬉しそうにコルベールと話していたサイトの顔を、ルイズは思い出す。

 無理もない、コルベールが死んだと聞いて一番落ち込んでいたのは他でもないサイトだったのだから。

 コルベールは異世界から来たサイトを認めてくれた理解者だった。

 サイトにとって世界とか立場とかを越えて心を許せる人物だったのだ。

 そんな彼を心配していたルイズにとっては、胸をなで下ろす思いであった。

 ただ、コルベールの帰還に関して、腑に落ちない点もいくつかある。

 例えば――

 

 むにゅん。

 やわらかい、全てを包み込むような感触がルイズの頭にのしかかってくる。

「やっほー、ルイズ。久しぶりね、元気にしてた?」

「……その重くて邪魔なものを、今すぐ退けなさいツェルプストー」

「あら、あなたにお裾分けをしてあげようと思ったのに」

「余計なお世話よ!」

 ルイズがまったいらな胸から声を張り上げて怒鳴ると、抱きついていた彼女は離れた。

 キュルケ・アウグスタ・フォン・ツェルプストー。

 魅惑的な艶やかな肌と燃えるような赤い髪、そしてグラマラスな体型を持つ女性だ。彼女は隣国ゲルマニアからの留学生である。

 ルイズにとっては、彼女の実家であるヴァリエール家と国境を挟んで戦争を重ねてきた一族の一員ということで、因縁のある相手でもある。

 ハルケギニアの長い歴史の中、ヴァリエール家とツェルプストー家は血みどろの殺し合いを何度も行ってきたのだから、無理もない。

 そうでなくとも、ルイズはキュルケのことが気に入らなかった。

 例えば……この胸、胸、胸!

 この女の胸をひっつかんで自分の胸にくっつけられたら、どんなに良いことか……、というか、少しくらいよこしなさいよ。

 ルイズの怒りが頭の中で勝手にエスカレートしていく。

 そんなルイズの湧き上がる感情をよそに、キュルケは長い赤髪を優雅に撫でつけていた。

「どうだった、わたしのジャンの船は?」

 船とはまさしく、今朝ルイズが目撃し、コルベールとキュルケが一緒に乗ってきたあの船を指していた。『オストラント号』は現在、魔法学院から少し離れた平原に停泊している。

 コルベールが見たこともない船に乗って帰ってきたものだから、皆驚いたものだった。どうやらあれはゲルマニアの最新式の船らしい。

 先程、ルイズは見物に行ってきたのだが、確かにすごい船だった。通常の船の三倍はある長大な翼を長い鉄のパイプで支えているのだ。翼の中央には大きな煙突が二本突き出た機関室と大きなプロペラがあり、石炭を燃やして熱せられた水から発生する蒸気の力で、巨大なプロペラを回転させる仕組みになっていた。

 コルベールが発想した水蒸気機関というものらしいが、あれを実現させたのはゲルマニアの優れた冶金技術があってこそだった。百メイルにも及ぶまっすぐな鉄のパイプを作る技術は、悔しいがトリステインにはない。

 

「あれほど長くて丈夫な、船の支柱に使えるような鉄材を加工するなんて、トリステインには無理よ!わたしのジャンの設計を現実のものにするにはゲルマニアの火の技術が必要だったのよ。火のツェルプストーと炎蛇の運命の出会い!つまり愛の結晶てわけ!」

「教師を捕まえて”わたしのジャン”ね。あんたってば本当に節操がないわね」

「あら、失礼しちゃう。素敵な殿方に惹かれるのは当然のことよ。それにあたしも今回ばかりは、けっこう本気なのよ?」

 キュルケにしては珍しく誠実な、それも幸せそうな笑みで答えるものだから、ルイズの方がうっと、たじろいでしまう。

 キュルケとは、こんな笑顔見せる女だったろうか。サイトと共にしばらく魔法学院を留守にしていた間に、何があったというのだろうか。

 実は、先程から考えていた腑に落ちない点とは、大怪我を負って倒れたコルベールを今までキュルケがゲルマニアに連れ帰って介抱していたらしい、ということだった。

 

「どうして死んだなんて嘘をついてまで、先生を連れて帰ったのよ?」

「怖い銃士隊のお姉さんを騙さなくちゃいけなかったからよ。都合がよかったの」

「銃士隊って、アニエスのこと?」

「大人の事情ってやつよ。あなたは知らなくてもいいの」

 キュルケはやんわりとした口調で会話を区切った。

 

「それより、タバサを見ていない?さっき部屋を覗いてきたんだけど、まだ帰ってきていないみたいなのよね」

「それなら、今帰ってきたみたいよ」

「え、ほんと?」

 先程から広場を眺めていたルイズは、キュルケにわかるように指を示した。

 中庭を横切り、学生寮の方に向かう小さな少女がいた。遠目でも青い髪が識別できるので、間違いなくタバサだろう。

 あの子も不思議な子だ。頭がよくて、魔法の達人。でも無口で、キュルケの大の親友。

 そのくらいしか、ルイズはタバサのことを知らないが、これまで幾多の苦難をタバサの魔法に助けられている。

 

「本当だわ、今帰ってきたのね。まったくあの子ったらいっつも何言わないのだから困ったものね。……ところで、隣にいるのは誰かしら?」

 キュルケの言うとおり、タバサの隣には長身の金髪の男性がいた。

 背中にとてつもなく大きな剣を携えている。サイトのデルフリンガーより大きいのではないだろうか。服装から見て貴族ではないようだ。傭兵のようにも見える。

 

「タバサが雇った傭兵じゃない?」

「あの子がそんなもの雇うとは思わないけれど」

 二人は学院の女子寮の中に姿を消していくところだった。

「それにしてもなんだか……」

 タバサが学院の中で誰かと一緒にいる光景を、ルイズはほとんど見た覚えがない。

 もちろん親友であるキュルケとはよくつるんではいたが、その場合もキュルケの方から一方的に声をかけてくることが多い。タバサ自身はあまり誰かと一緒にいることを好まないようだった。

 だからなんというか、あの男性と歩いている姿が自然なものに見えて、タバサがあの青年を信頼しているように思えたのだ。

 キュルケも同じような感想を抱いたらしい。その光景を見てなんだか複雑そうな、寂しそうな表情をしていた。

 

「あ、いたいた、探しましたよミス・ヴァリエール」

 ルイズに後ろから声をかけてきたのは、舞踏会の準備で忙しいはずのシエスタだった。

「シエスタ。久しぶりね」

「はい、ミス・ツェルプストー、ご無沙汰しております」

「どうしたの?シエスタ、会場の準備で忙しいんじゃなかったの?」

「ええ、それがですね」

 ルイズに言われて、シエスタはごそごそと手紙を取り出した。

「ええっと、トリスタニアで働いている従姉妹のジェシカから手紙が来たんですけど……なんでも、サイトさんに会いたいっていう方がいるらしくて、この舞踏会の前後に魔法学院に来訪されるらしいんですよ」

「客人、サイトに?」

「あら、あなたの使い魔もすっかり有名人になったものね」

 ルイズは不信を抱いた。

 もともと異世界人であるサイトの知り合いは、魔法学院の外ではそう多くはない。

 外部の知り合いで思いつくのはアンリエッタ女王や、銃士隊のアニエス、マンティコア隊のド・ゼッサールといった王宮の面々、またトリスタニアの”魅惑の妖精邸”のジェシカとスカロン。その他には……アルビオンのウエストウッド村でひっそりと暮らしているティファニアくらいしか思いつかない。そんなサイトに一体、誰が会いにくるのだろうか。

 たしかに、サイトは最近このトリステインにおいて、めっきり有名人になっていた。なにせ、サイトは七万人の軍勢をたった一人でくい止めるという戦果を得ている、いわばトリスタニアの”英雄”だからだ。

 ――もしかすると、サイトの命を狙いに来た刺客かもしれない。

 ルイズはつい最近、ミョズニトニルンというサイトと同じ「虚無の使い魔」に襲われたことを思い出した。

 

「ねぇ、シエスタ。その客人って誰なの?素性ははっきりしている?」

「うーん、それが、遠方から来た方、としか書かれていないんですよね。ジェシカはトリスタニアに向かう馬車が盗賊に襲われた時に助けられて、その人と知り合ったらしいです。ジェシカの人を見る目は確かだから、おそらく悪い人ではないと思うんですけど……。そうそう、その人、ミス・タバサと一緒に来るらしいです」

「タバサとですって?」

「じゃあ、さっきタバサと一緒に歩いていた人がそうだったのかしらね」

 キュルケが口を出す。

 客人とは、先程、タバサと一緒にいた金髪の傭兵めいた青年のことなのだろうか。

 ルイズはタバサの素性について、トリステイン国外からの留学生ということぐらいしか知らない。

 でもタバサがルイズやサイトに対して害意があるようには思えない。……そこまで警戒する必要はないのだろうか。

 

「ミス・タバサはもうお戻りになっているのですね。どちらに行かれましたか?ちょっとその客人の案内をしないといけないので。なにせ私はサイトさん専属のメイドですし」

「あたしも行くわ。タバサとも話がしたいし」

 キュルケがそう切り出すとシエスタは、では一緒に行きましょうと頷いた。

「それなら、私から、そのことをサイトに伝えておくわ」

「いえ、そんな、ミス・ヴァリエールにお手間をお掛けするわけにはいきませんよ。サイトさんにはわたしが話をしておきますから」

 ルイズの提案にシエスタが慌てる。

「でも、あんた舞踏会の準備の仕事もあるでしょう。そんなに全部請け負っちゃって大丈夫なの?」

「それはそうですが……」

「シエスタ、ルイズがああ言っているんだし、素直にお願いしちゃいなさいな」

「うう、わかりました。すみません、お願いします。ミス・ヴァリエール」

 シエスタが申し訳なさそうに頭を下げた。

「ルイズ、あんたも少しは融通が聞くようになったじゃない。ちょっと見直したわ」

「ふん、あんたに見直されても嬉しくないわ」

 ルイズは頬を染めて、ぷいっとそっぽを向いた。

 以前のルイズなら、貴族である自分が、どうしてメイドの仕事を手伝うことがあるのかと考えていただろう。

 でも、今のルイズは昔ほど身分の違いを気にしなくなっていた。

 メイドでも、シエスタはルイズの大事な友人だ。友達が困っているなら助けるのは当然ではないか。

 

「では、ミス・ヴァリエール、行ってきますね。ところで……」

 シエスタはそう言って近づくと、ぼそっと声をかけてきた。

「例の約束の件はお忘れではありませんよね?」

「約束?ああ……」

 思い出して、とたんにルイズの口は不機嫌に曲がる。

 それは一週間ほど前に、寝ているサイトの上で交わした約束のことだ。

「そう、スレイプニィルの舞踏会で変装しているミス・ヴァリエールをサイトさんが見つけられるかどうか、です。もし見つけられなかったら……サイトさんを一日貸していただくという約束をしましたよね」

「……あんたこそ忘れていないでしょうね。あの馬鹿が私を見つけることができたら、あいつのことをすっぱり諦めるっていう話でしょ」

「メイドに二言はありませんよ」

 ふふ、とシエスタは自信たっぷりに笑う。

「言うじゃない。せいぜい吠え面かかないようにしておきなさい」

「あら、それはこちらの台詞ですわ、ミス・ヴァリエール」

 うふ、うふふ……、と二人は笑いながら静かににらみ合っていた。

 

「……あんたたちも、たいがい仲が良いわねー」

 キュルケが、面倒くさそうな表情で、そう横から口を出した。

 

 

PM5:20

 

 女子寮に入ったクラウド達二人は、タバサの自室に向かっていた。

 学院の生徒は出払ってしまっているのか、女子寮の廊下は静かで、日の沈む頃合いも重なって、ひんやりとした空気が漂っている。

 トリステイン魔法学院にとうとう辿りついた。タバサの任務を手伝っていたためもあるが、随分と時間がかかってしまったものだ。

 さすがは貴族の子息が生活する場所と言うべきか、衛兵も多く警備は厳重だった。だが、タバサと一緒だったおかげで、苦労することなくすんなりと中に入ることができた。クラウド一人では、こうは簡単にいかなかっただろう。

 

 後は、当初の目的であるヒラガ・サイトとの接触を果たすだけである。

 それについても、トリスタニアのジェシカの手紙で約束を取り付けることが出来ている。

 ジェシカの従姉妹であるというヒラガ・サイト専属のメイドは、確かシエスタという名前だったはずだ。

 まずは彼女を探して、会合の機会を作ってもらうことが先決だろう。

 はたして、ヒラガ・サイトは元の世界への帰還の方法を知っているのだろうか。

 こればかりは、実際に会ってみなければわからないことだった。

 

「タバサの部屋は、どこにあるんだ?」

「……」

 今後の行程について思考していたクラウドの少し先を、タバサが無言で歩いていた。

 彼女を眺めながら、クラウドは現状で気がかりな、いくつかの懸案に思考を移していた。

 ひとつは昨日、クラウドを襲ってきた手練れのメイジの件。

 結局、あのドゥードゥーと名乗った少年が誰に依頼されてクラウドを捕らえようとしたのかは依然わからないままだ。

 そして、もうひとつの気がかりは、タバサのことだった。

 実は、クラウドとタバサは昨日からほとんど会話をしていない。

 何か話しかけても今のように、いっさいの回答を拒否しているのだ。理由は不明である。

 クラウドが何かタバサの機嫌を損ねるようなことをしたから、無視されているのだろうか?だが、そんな行動を起こした覚えは当然ない。

 彼女との唯一の会話は、昨日クラウドが襲われた件に関して、なにか心当たりはないかと尋ねたことだった。だがそれも一言「わからない」と告げたきり、黙り込んでしまっている。

 魔法学院に来るまでの道中も終始無言で二人の間には重い空気が流れていた。

 ……もっとも、それはクラウドが乗り物酔いのために、会話をするどころではなかったこともあるのだが。

 

 ともかく、クラウドはそんなタバサの様子に疑念を抱いていた。

 もともと会話が弾むような間柄ではないが、タバサの変化はあまりにも急すぎる。

 何かを思い詰めている様子であることはわかるのだが、それ以上はいっさい踏み込めないでいた。

 彼女は一体どうしたと言うのだろうか。

 

「あ、いたいた。タバサー!」

 背後からタバサを呼ぶ声がして、クラウドは後ろを振り向いた

 こちらに急ぎ足で向かってくる二人の女性の姿が見える。

 声をかけてきた方は、トリステイン魔法学院の制服を身につけていた。長身で褐色の肌と燃えるような赤髪をもつ、どこか扇情的な雰囲気を漂わせる女性である。一方、その後ろを追いかけるように駆けてくる女性は学院のメイドのようだ。クラウドがハルケギニアに来てからあまり見かけることのなかった、珍しい黒髪だ。ジェシカと同じ黒髪なので、クラウドは彼女がジェシカの親族――つまり手紙を送ったヒラガ・サイト専属のメイドに違いないと察した。

 

「もう、帰ってきているのなら声を掛けてくれればいいのに、あなたってば相変わらずね」

 赤髪の女性がタバサに抱きついた。

 クラウドが彼女を見ていることに気づくと、彼女はウインクを投げかけてくる。

「はぁい、タバサのお連れさん。私はキュルケ。タバサの友達よ。あなたのお名前を教えてちょうだい」

「クラウド・ストライフだ。訳あって今はタバサの従者をしている」

「“今は”?じゃあ、昔は何をしていたのかしら?」

「配達屋、その前は傭兵いや……“何でも屋”だ」

「おもしろい回答をするのね、あなた」

 キュルケはクラウドを興味深げに観察している。

「では、やはりあなたがお手紙にあったミスタ・ストライフなのですね?」

 メイドの方がクラウドに尋ねてきた。

「初めまして、私、サイト・シュバリエ・ド・ヒラガの専属メイドを務めているシエスタといいます。あなたのことはジェシカから手紙で伺っています」

 シエスタはスカートの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をした。

「こちらこそ、突然の頼みを聞いてもらって感謝している。それで、早速で悪いが、ヒラガ・サイトに会わせてもらいたいのだが……」

「え、今ですか?今夜は舞踏会ですし、その宴会の席でと思っていたのですが……」

「無理を言って悪いが、出来れば早いうちに会って話が聞きたいんだ」

 貴族のための舞踏会にクラウドが参加できるとは思えない、それにヒラガ・サイトに尋ねようと考えている元の世界への帰還方法については、内容が内容だけに、周りの耳に入ることを避けたほうが得策だろう。

 そういった理由からクラウドが少々強引に頼み込んでいると、横からキュルケが口を挟む。

「シエスタ。今夜の催しは”仮装舞踏会”だから、お客さんとの会合には適さないと思うわ。彼のお願いしているとおり、今案内してあげたらどう?サイトは騎士隊で訓練中でしょう?」

「でも、それはお邪魔になるのでは……」

「大丈夫よ、あの連中、訓練なんてしてもしなくてもポンコツぶりはたいして変わらないわ。なにせあのギーシュが隊長になることが出来るくらいなんだから」

「そ、それはミスタ・グラモンに失礼のような……。でも確かにそうですね。今夜の催しは少し特殊ですから、ミス・ツェルプストーの言うとおりかもしれません。サイトさんの方はミス・ヴァリエールからお話をしていただけると伺っていますし……確かに、今ご案内したほうが良さそうですね」

 シエスタはうん、と考え直すように頷いた。

 

「わかりました、今からサイトさんのところへ、案内させていただきますね。ところで……、ミス・タバサはご一緒になりますか?」

 シエスタは、今までの会話に参加していなかったタバサに質問を投げかけるが、彼女は無言で首を振った。

「……じゃあ、俺ひとりで行ってくるぞ?」

 クラウドが声を掛けるが、タバサはやはり返事もせず、それどころか、体を反転して、再び自分の部屋へと向かい出した。

「ちょっと、タバサ?」

 キュルケが少し驚いたように声をかけ、慌てて後を追いかける。

「あの、ええっと、これは?」

「いいんだ、俺だけでいい。ヒラガ・サイトの所まで案内してくれ」

 戸惑うシエスタにそう言葉をかけ、タバサとは反対方向に歩き始めた時だった。

 

「気をつけて」

 

 タバサの声がして、振り返る。

 彼女はキュルケを連れだって、曲がり角に姿が消えていくところだった。

「どうかしましたか?」

 シエスタが不思議そうに尋ねる。

「いや、何でもない」

 クラウドは首を振り、再び学生寮の入り口に向かって歩き出した。

 

(……そうか、そういうことか)

 タバサの一言で、気づいたことがある。

 トリスタニアの街で襲ってきた、あのドゥードゥーという少年――彼はクラウドのことを”異邦人”と呼んでいた。

 つまりあの少年はクラウドが(クラウドが異世界人であることを知っていたかどうかはともかくとして)このハルケギニアの外部から来た異端者であることを知っていたのだ。

 クラウドの情報を、ドゥードゥーはどうやって知り得たのだろうか。これはドゥードゥーの雇い主が伝えたと考えるのが打倒だろう。

 では、その雇い主は、どこでクラウドの情報を知り得たのだろうか。ここが、今までわからなかった点だったのだ。

 クラウドが異世界から来た人間であるという事実は、クラウド自身が口に出さなければ、まず外部に伝わることはない情報である。

 

 クラウドが自身の素性を包み隠さず話した相手は、タバサ以外にはいない。だとすれば、――今まであまり考えないようにしていたことではあったが――情報が他人に漏れたのは、タバサが話したからとしか考えられないことになる。

 ならばなぜ、タバサはクラウドの情報を外部に漏らしたのだろうか。彼女はクラウドのことを誰かに金で売ろうとしているのだろうか?だが、彼女が金で動く人間だとは、これまで一緒に行動してきた中で考えると、到底思えない。

 ならば、彼女は誰かに従わされていて、そのことを話さざるを得なかったのではないかと、クラウドは考える。

 では、タバサから情報を聞き出すことのできる相手とは一体何者なのだろうか。

 ここまで考えれば、思い当たるのはひとつだけだった。

――ガリア王国。

 タバサの父親を殺し、母親の心を狂わせ、今なお彼女を北花壇騎士として過酷な任務に使役している国家組織。

 クラウドを狙っているのは、ガリアと見てまず間違いないだろう。

 そうであれば、タバサの昨日からの態度の理由にも説明がついた。

 タバサがクラウドとの会話を拒否していたのは、クラウドに何か情報を話すこと自体禁じられていたからではないだろうか。

 なぜガリアがクラウドを捕らえようとしているのか、その理由はいまだ不明のままだ。クラウドには懸賞金も掛かってはいないはずだから、単純に金が目的というわけでもないはずだ。あるいはクラウドが“異邦人”であること自体に何か価値を見出しているのかもしれないが、いずれにしても憶測の域を出ない。

 

――気をつけて。

 あれは口を封じられた彼女の、精一杯の忠告だったのではないか。

 昨日クラウドを襲ったドゥードゥーは、他に仲間がいることをほのめかしていた。

 つまり、クラウドを狙う人間達が、何か事を起こそうとしているのかもしれない。

 この、トリステイン魔法学院で。

 

PM5:25

 

「あの人放っておいていいの?あなたが連れてきたんでしょう?」

 キュルケが追いついて声を掛けるが、タバサの反応はない。

 キュルケは溜息を吐いた。

 この子の無反応は今に始まったことではないけれど、最近はだいぶ角がとれて以前より反応が柔らかくなっていたのに……、こんな調子では逆戻りではないか。

 

「わたしね、あなたが帰ってきたら、一言お礼が言いたいと思っていたのよ。ありがとうね、先生を、ジャンをわたしの実家まで運んでくれて」

 反応のないタバサに向かって、キュルケは話を切り出した。

「……ねぇ、あの時、あなたと話したことを覚えている?私ね、あなたのことが心配なのよ。あなたがわたしのことを助けてくれたのと同じように、あなたの力になりたいと思っているのよ。わたしだけじゃない、きっとルイズやサイトだって、あなたの事情を聞いたらきっと助けになってくれるはず。みんなあなたには助けられているのだから当然よ。わたしが言いたいのはね、あなたは一人じゃないってことを、理解してもらいたいってことなのよ」

 キュルケの言葉に反応して、タバサは不意に立ち止まり、彼女を見た。キュルケはタバサの無表情な顔の奥で、その蒼い目が戸惑いに大きく揺れていることに驚いた。

 タバサはキュルケに何かを言おうとして――しかし、思い止まり、強く目を瞑ると、一言つぶやくだけに終わった。

「……ごめんなさい、今は一人にしてほしい」

「ちょっと、タバサ――?」

 キュルケが言い終える前に、タバサは自室に入り、ドアを閉めてしまったのだった。

「タバサ……」

 キュルケの小さなつぶやきは、廊下の石畳に染みこんで消えていった。

 

PM5:27

 

 タバサは自室に入るとドアの前で立ち尽くしていた。

 命令では、時間になるまで自室で待機。合図をまって行動を開始するように言われていた。

 時間になれば、ルイズは捕らえられ、それを追いかけてくるサイトをタバサが殺す。そしてその間にクラウドは“元素の兄弟”に捕らえられる。そういう計画だった。

 

 クラウドはあの一言で、タバサの意図に気付くだろうか。

 いや、きっと彼ならば気付く。

 タバサはクラウドを高く信頼している。その戦闘能力についても。不意打ちでもされないかぎり、彼がハルケギニアのメイジに後れをとることはないだろう。

 あの“元素の兄弟”が相手でもクラウドならきっと勝てる。もし勝てなくても、逃げてくれればいい。せめて事が始まる前にクラウドはサイトと会って当初の目的を果たしてくれればと、そう願っていた。

 あとは、タバサ自身の問題だった。

 タバサは迷っていた。このまま、言われるがままガリアの命令を聞いていても良いのだろうか?

 母の心を取り戻すことと、それとも自分の居場所であるこのトリステイン魔法学院。

 どちらが大切なのだろうか。

 どちらも、かけがえのないものだった。

 

――あなたの力になりたいの。

 キュルケの言葉を聞いて、タバサの心は動揺していた。

 わたしは、どうすればいい?

 気持ちばかりがぐるぐると巡って、考えに結びつかない。

 いつの間にか、杖を両手で強く握りしめていることに気付き、タバサは我に返る。

 タバサは杖を自分の額の前に掲げると、目を瞑り、祈りを捧げるような動作をとった。

 

 それは、クラウドの真似だった。彼が時々行う、心を落ち着かせるおまじない。

 それにどんな意味があるのかは、クラウドも知らないということだった。ただ、死んだ親友がよく気持ちを静めようとするときに行っていた動作を、真似しているのだという。

 なんだか、おかしくなった。クラウドはその親友を、タバサはクラウドの真似をして、このおまじないをしている。

 ひょっとすると、そのクラウドの親友だったという人も、誰かを真似てこのおまじないを始めたのかもしれない。

 あるいは、そうやって受け継がれていく精神のようなものが、この動作には込められているのだろうか。

 

「……クラウドなら」ぽつりと、呟きが漏れる。

 タバサにとって、クラウドは自分が未来にそうありたいと思う姿だった。

 大事な人を失い、それでも立ち止まることなく戦う彼の姿に、タバサは憧れを抱いている。

(彼なら、私と同じ境遇に立たされた時、どんな道を選ぶのだろうか)

 

――答えを問われる日は、必ず来る。だから、その時までに後悔しない答えを見つけておいたほうがいい

 

 答えを問われる時、それが今だった。

 彼は、今までタバサが自分で自分の道を選んできたのだと言ってくれた。

 ……でも私は今まで、本当に自分で道を選んでいたのだろうか。

――わたしが言いたいのはね、あなたは一人じゃないってことを理解してもらいたいってことなのよ

(わたしは……、私の選ぶ道は)

 閉じていた目をタバサは静かに開いた。その青い瞳に静かな決意を秘めて。

 覚悟はもう、出来ていた。

 

 

PM6:17

 

 

「困りましたね……」

 シエスタが呟く。クラウドとシエスタは魔法学院本塔入り口の前で立ち止まっていた。

 二人はサイトに会うために水精霊騎士団が日々訓練を行っている広場を訪れたのだが、今日は舞踏会があるため訓練自体が早く終了しており、サイトはすでに会場に行ってしまったということだった。

 サイトに会うためには本塔二階のダンスホールに入らなければならないのだが、その場所には貴族しか入れない。入り口は警備の衛兵が立っており、会場に出入りする人間を監視していた。

「なんとか、中に入れないか?」

「私だけならともかく、クラウドさんは難しいですね……。やっぱり、舞踏会が終わった後では駄目でしょうか?どうしても、今じゃないといけないですか?」

「少し事情が変わったんだ」

 タバサの一言から、クラウドは自分がガリアに狙われていることを自覚していた。彼らが場所も手段も選ばず狙ってくるとしたら、クラウドはいつ襲われてもおかしくはない。

 もし、このトリステイン学院にいる間に襲撃を受け、何か騒動を起こしてしまった場合、どうなるだろうか。きっと明日の朝までこの学院に留まれるという保証もないだろう。

 ならば今のうちにどうしても、ヒラガサイトと会っておく必要がある。そうしなければ自分は元の世界に帰る方法を永遠に見失ってしまう、そんな予感があったのだ。

 

「あなたたち、こんなところで何しているのよ?サイトに会いに行ったのではなくて?」

 声をかけられて振り向くと、そこには先ほど女子寮で出会った女性――キュルケが立っていた。彼女は先程の制服からパーティ用の派手なドレスに着替えていた。

「あんたは、さっきの……」

「どうしたのシエスタ?サイトにはもう会えたの?」

「それが実は……」

 シエスタが経緯を説明する。

「ふぅん、それで会場に入ろうとしていたってわけね。わかったわ」

 そう言うと、彼女は入り口の衛兵たちに近づいていった。

「この人、私の友人のお客様なの。中に通してあげて」

「いや、しかし、部外者を通すわけには・・・・・・」

「堅いことを言わないで頂戴。せっかくの舞踏会なんだから。大丈夫よ、何か問題があったときは責任は私がとってあげるから」

 そこまで言うのならば……、と衛兵たちは渋々了承し、入り口への道をあけた。

「さ、これで入れるわ」

「ありがとうございます。ミス・ツェルプストー」

「すまない、感謝する」

「あー、いいのよ、別に、実は私あなたに用があったの。そのついでよ」「用、俺に?」

「そうよ。……あなたにタバサのことを聞きたくてね」

 

・ ・ ・

 

 クラウドとシエスタ、そしてキュルケの三人は本塔の入り口から階段を登り、二階のダンスホールへ向かう。

「ところで、サイトを探すんでしょう。さっきも話したけど、今日の舞踏会の会場で彼を捜すのは、少し難しいかもしれないわよ?」

「いえ、サイトさんはたぶん“仮装”していないと思いますよ。変装したミス・ヴァリエールを会場で見つけだすって約束をしていたはずですから」

「ああ、さっきのあなた達の話のことね」

「何のことを言っているんだ?”仮面舞踏会”と言っていたが」

「あれのことよ」

 クラウドが尋ねると、キュルケがダンスホールの入り口の方を指で示した。ダンスホール入り口の中心に黒いカーテンがかかった場所がある。中にある何かを隠すために、周りを覆っているようだ。

「何だ、あれは」

「あれこそが、今日の舞踏会の目玉よ」

 キュルケは辺りを伺い、誰もいないことを確認すると、いたずらっぽい笑みを見せた。

「もうみんな、会場に行っちゃったみたいね。せっかくだし、あなたも”変装”してみたら?」

「何を言っているんだ?」

「いいから、中に入ってみればわかるわ」

 キュルケに押されるようにして、クラウドは黒いカーテンをくぐった。

 薄暗い空間の中にあったのは、派手なレリーフなどが一切ない、シンプル作りの鏡だった。鏡には、上から一枚の布がかけられている。

 

「その鏡を覗いてみなさいな」

 カーテン越しに誘導するキュルケの声に従い、クラウドは布を持ち上げて鏡をのぞき込んだ。

 鏡に映ったクラウドの姿が、虹色の光に覆い尽くされる。

 その強い虹色の閃光に、クラウドの眼は眩んだ。

 やがて光は消え、元の薄暗い空間に戻った。

「一体、何が……」

 閉じていた眼を開いたクラウドは、鏡に映る自分の姿に言葉を失った。

 

 そこに立っていたのは、クラウドではなかった。

 逆立った黒い髪、

 クラウドと同じ、蒼いソルジャーの瞳、

 頬にうっすらと残る十字に刻まれた傷の跡。

 その全てが、記憶に残るあの姿とまったく同じだった。

 クラウドのよく知る、今はもういないソルジャーの姿が、そこにはあった。

 

「驚いた?これは真実の鏡といってね。鏡に映るその人間が本当に心の底から憧れる人間の姿に変えてしまう鏡なの。今日のスレイプニィルの舞踏会では、これを使って自分が一番憧れている人間に仮装するってわけ」

 カーテンの中にキュルケとシエスタが入ってきて、戸惑うクラウドに説明する。

「わあ、本当に姿が変わってしまうんですね。私、初めて見ました。その人がクラウドさんの憧れている人なんですね。……あの、どうか、したんですか?」

 クラウドは答えなかった。しばらく呆然と目の前の鏡に映るその姿を見つめていた。まるで、失ってしまった記憶の断片を不意に見つけてしまったような感覚があった。

 

 憧れ……。

 そうか、

 そうなんだな。

 懐かしいような、安堵のような感情が巡り、やがてクラウドは納得した心持ちになる。

 

「俺は今でも、あんたを追いかけているんだな」

 届くことのなかった、あの背中を。

 鏡の中の親友に、クラウドは手を伸ばす。

 

――ザックス。

 彼は小さく、親友の名前を呟いた。

 

PM6:30

 

「もう・・・・・・、舞踏会始まっちゃったじゃないの」

 ルイズは自室でため息とともに言葉を漏らした。

 ドレスにもう着替えているが、サイトを待っていたのだった。

 シエスタから頼まれた客人のことをサイトに伝えようと思い、学院の中を回ったのだが、騎士隊の訓練場にサイトはおらず、いくら探しても見つけることが出来なかったのだ。

 この部屋になら一度は戻ってくるかと思い、着替えをしながら待っていたのが……結局待ちぼうけを食っただけであった。

「ご主人さまが直々に使い魔を探してあげていたっていうのに。どこで何をしているんだか――。最近は夜部屋に戻ってきてもすぐ先に寝ちゃうし、というか、もっと私に構ってくれてもいいじゃない……」

 思わず漏れてしまった本音にはっとして、ルイズは当たりを見回した。

 デルフリンガーは……、いない。サイトが持ち出しているらしい。

 知恵を持ち、口を聞く武器“インテリジェンスソード”のデルフリンガーはサイト愛用の剣であり、彼の頼れる相棒でもあった。

 ときどきルイズの言動を(本人としては壁に立てかけられているだけなのだが)盗み聞きして、彼女をからかってくるので、もし今のつぶやきを聞かれていたらどうしようと思ったのだが、その心配はなさそうだった。

 安心した彼女は机に仕舞われている、とある古い書物を取り出し、ベッドの上に座ると、それを何となく眺めた。

 

 それは“始祖の祈祷書”と呼ばれる、古から伝わる書物だった。

 ぺらぺらと何ページかめくって見るが、何も書かれていない。この本は虚無の使い手以外の人間が読んでもただの空白しかない本に過ぎない。虚無の魔法使いが自分の内に秘められた力に目覚め、その力を必要とする時に文字が浮かび上がってくる仕組みなのだ。

 

「私が魔法を使えるようになって、ずいぶん経つのね。あれだけ魔法を使いたいと願っていたのが、もうずっと昔のことみたい。私が伝説の“虚無”の使い手だなんて」

 ルイズは自分のことを振り返る。

 サイトを使い魔として召喚したことが全ての始まりだとしたら、この始祖の祈祷書を読めるようになった時が、ルイズの運命の分岐点だったのかもしれない。

 ルイズは子供の頃から、周りの貴族たちと違い、魔法を使うことができなかった。

 両親は多くの高名なメイジを家庭教師に手配するなど、あらゆる手を尽くしたが、ルイズには魔法を使える兆候すら見えなかったのだ。

 いつしか周りも、しまいには両親さえもルイズを見放し、彼女に向けられるのは深い失望だけとなっていた。(もっとも、それはルイズの勘違いであったのだが)

 あの頃の劣等感は今でも忘れられない。

 それが、この始祖の祈祷書と巡り会うことではじめて、自分が伝説の”虚無”の魔法使いだと知ったのだった。

 以来ルイズは己の”虚無”の力を幾度となく使うことになった。

 タルブでは巨大な戦艦を撃墜し、ダータルネスでは敵軍隊をまるごと幻影で欺いて見せた。世界を巻き込む己の力の強大さを思いだし、ルイズは思わず身震いする。

 私と、――サイトには、これからいったいどんな試練が待ち構えているんだろうか。

 ルイズには、自分の未来が見えなかった。

 

 その時、ルイズの手の中で、ぼんやりと祈祷書に魔法の光が点った。

 

担い手よ、心せよ

 

「え?」

 

 空白だったはずのページに、突然文字が浮き上がる。

 そこに書かれている内容に、ルイズは目を見開いた

 

担い手よ、心せよ。

 

恐ろしき、ものが、この地に、近づいている。

 

大いなる災厄、を凌ぐ、恐ろしき災い、が

 

あらゆる、不吉を、はらんだ、禍々しき、ものが

 

この始祖の、地に、降りかかろうと、している。

 

「なによ、これ」

 それは今まで、始祖の祈祷書に浮かび上がってきたどの文面とも違っていた。

 デルフリンガーは以前言っていた。虚無が必要とする時、祈祷書には呪文が浮かび上がってくるのだと。

 初めて祈祷書を読むことが出来たとき、ここに浮かび上がってきたのは、虚無の力を扱う際の心構えを説いた序文であった。

 だが、今ここに浮かび上がっている文章は何かおかしい。

これは、心構えを説いた序文でも、虚無の呪文を記す内容でもない。

 

その災いは、全てに、滅びを、もたらそうと、している。

 

大地の力は、枯れ果て、奈落の底へと沈み、精霊の意志は、根絶される。

 

やがて、すべての生命は、死に絶える、だろう。

 

防ぐ手だては、“虚無”、のみである。

 

 

 ルイズは違和感の正体に気付いた。ここで浮かんでいる文章には文字と文字の繋がりというものがないのだ。

 祈祷書に浮かび上がってくる古代ルーン文字は、今この時はじめて書かれた内容ではない。六千年もの大昔に始祖が書き記し、残したものを、この祈祷書を読む虚無の使い手の力量に反応して浮かび上がらせているだけに過ぎないのだ。

 だが、今ルイズが読んでいるものは、まるで祈祷書の中にある文字を切りとって張り付けて無理矢理文章として繋げたような感じがして、文章としてとても不自然に見えた。

 書かれている内容についても、何やら差し迫った危機を伝えようとしているものだ。

 つまりこれは、もともとこの祈祷書の中に含まれていない事柄を、この書自身がどうにかして伝えようとしているのではないだろうか。

 

担い手よ、備えよ

 

担い手よ、心せよ

 

その災厄は、地の底、深い奈落からやってくる。

 

「なんなのよ、これ」

 ルイズは震えた声で立ち上がった。

 こんなことは今まで一度もなかった。どう考えても普通じゃない。

 始祖の祈祷書がここまでして虚無の使い手に伝えなければならない何か異常なことが、このハルケギニアに起ころうとしているのだ。

 誰かに、このことを伝えなければならない。

 誰に?こんなことを話せる相手は一人しか思いつかない。

 

「サイト、サイトはどこ?――サイト!」

 ルイズはサイトを探し求めて、部屋を飛び出していた。

 

 

 

PM?:??

 

 

 トリステイン魔法学院の正門を、フードを深く被った4人組がくぐろうとしていた。

 一瞬後には、彼らの姿は闇の中に消えていた。

 後に残されていたのは、彼らを制止しようとして命を絶たれた衛兵たちの死体だけだった。地面には、一滴の血痕さえ残ってはいなかった。

 

 

 水面下で進行していた事態は表面に浮かび上がり、

 今、物語の道筋を大きく書き換えようとしている。

 そして、事件は起こる。

 

 

 




ゼロ魔、FF7共々、独自設定全開の章となります。
元素の兄弟は独自設定により大幅な能力強化をしています。表面的なキャラ付けは原作に近づけたつもりですが、中身は別人に近いものとなっています。それにより元素の兄弟が使う魔法には、私が勝手に考えたものが多分に含まれています。ご了承ください。
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