ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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Chapter 12

PM7:00

 

 

「ダミアン兄さん、危ねぇ!」

 

 大男が叫ぶ刹那、クラウドは金髪の少年に目掛けて大剣を振り下ろしていた。

 鈍重な金属の激突音が、振動となって空間に響き渡る。

 衝撃の反動で、ダンスホールの床に大きな亀裂が走った。

 だが、その中心で、少年の眼差しがクラウドを真っ直ぐに捕らえていた。

 

「なるほど、ドゥードゥーが敵わないわけだ」

 

 クラウドの瞳孔が驚きに見開かれる。

 少年はクラウドの振り下ろした大剣を前腕で受け止めている。その腕は、輝く銀色に変化していた。ドゥードゥーと同じ、『硬化』の魔法を用いた防御だった。

 

「はじめまして、“異邦人”」

 

 その唇が言葉を発する形になる瞬間、ぞくり、と背筋に寒気が走る。

 クラウドが反射的に身体を仰け反らせるのと同時だった。強烈な赤い閃光が下方から床ごと抉り、クラウドの肩を切り裂いた。

「ぐっ!?」

 熱気と風が肌を掠め、激痛が走る。傷口を斬られながら“焼かれて”いた。

 後退するクラウドに対し、少年は薄い笑みを浮かべて口を開く。

 

「今の一撃を避けるとは思わなかった。やはり、一筋縄ではいかないようだね」

 クラウドは肩の焼けた裂傷に触れる。ほんの少し掠った程度であったため、戦闘に支障はない。だが、何をされたのか、それがわからない。

 眼下では、金髪の少年によって切り裂かれた床の跡が炎を燻らせている。

 これは、ハルケギニアの魔法なのだろうか?だが、目の前の少年が杖を手にしている様子は全くない。こいつは、これまで戦ってきたメイジ達とは様子が違う。

 

「改めて、紹介させてもらおう。僕は“元素の兄弟”の長男、ダミアンだ。ドゥードゥーから聞いているかもしれないけれど、ある方の依頼で君を捕まえるために派遣されたんだ」

「ガリアの差し金か。一体、何が目的だ」

「察しが良いね。話が早くて助かるよ。でも、残念ながら、雇い主の目的は僕らにも知らされていないんだ。理由は直接、本人に尋ねてみるといい。答えてくれるかどうかはわからないけど。まあ、どの道、力ずくでも君を連れて行くつもりだけどね」

「はたして、そう上手くいくかな」

 クラウドは大剣を中段に構え直し、ダミアンに狙いを定める。

 

「だろうね。君は強すぎる。その強さはこのハルケギニアにおいてまさに異質なものだ。普通のメイジではまるで歯が立たないだろう。だけどね異邦人、君が今まで見てきた者達は、僕らメイジのほんの一面に過ぎない。君はまだ、メイジの裏側を知らない」

「裏側、だと」

 クラウドが訝しむ。

 

「そう、君がこれまで見てきた者達は、いわばメイジの光の部分。……君はまだ、僕らの“闇”を知らないのさ。僕らメイジは六千年もの永き時に渡って、このハルケギニアの地を支配し、君臨してきた。それを成し得たのは、魔法という力があったからだ。だが、時が経つにつれ、メイジ達のその多くが力の扱い方を忘れてしまった。僕らの操る魔法とは、単にスクウェアとか、トライアングルといった名前ばかりの称号が全てではないことを、これから君に教えてあげよう。メイジの、本当の力を――」

 クラウドの背後に大きな影が差す。いつの間にか、ダミアンの仲間の大男がクラウドの背後に回りこみ、拳を振り上げていた。

 

「――僕ら“元素の兄弟”がね」

 振り下ろされた拳を、クラウドは咄嗟に大剣で防いだ。

 再び激しい金属音。そして、衝撃に弾かれる。

 

「お前の相手は、ダミアン兄さんじゃねえんだよ!!」

 クラウドは男の殴りつけてきた拳を見た。その拳は硬い鋼鉄と化していた。

 この男も『硬化』を――、己の肉体を武器に変化させて攻撃してきたのだ。

 クラウドは吹き飛ばされ、ダンスホール入り口の扉に叩きつけられる。

 壊れた扉の上で立ち上がり、体勢を立て直すも、今度はドゥードゥーが飛び掛ってきた。

 

「また会ったね異邦人。一対一でないのは残念だけれど、昨日の雪辱、ここで果たさせてもらうよ!」

 ドゥードゥーの繰り出す『ブレイド』による強烈な突きを、上体を反らすことで避ける。だが、その青白い刃は生き物のように大きく撓ると、切っ先の軌道を変化させて再びクラウド目掛けて襲い掛かってきた。

 クラウドは大剣を盾にして『ブレイド』の一撃を受け止める。火花が瞬き、反動に足元がぐら付く。

 クラウドが負傷させたはずのドゥードゥーだが、彼の驚異的な 『ブレイド』の威力はまったく衰えていないようだ。

 

「ちっ!」

 次々と襲い来る攻撃に、クラウドは一度退かざるを得なかった。踵を返し、扉の外へ出て階段を下へ駆け下りる。

「ドゥードゥー、ジャネット!追え!俺もすぐに行く!」

「わかった!」

「まかせて、お兄様!」

 二人は頷いてクラウドを追いかける。

 

「そっちは頼んだよジャック。油断しないように」

「おう、兄さんも気をつけてな」

 ダミアンの肩を軽く叩くと、ジャックは他の二人の兄妹の後に続いてダンスホールの扉から外へ出て行った。

「さて、待たせたね。次は君の番だよ、ミス・ヴァリエール」

 ダミアンは振り返って、そう言い放つ。

 

 

PM7:03

 

 

「な、なんなんだよ、あいつら……」

 マリコルヌが呆然とした様子で言葉を漏らす。マリコルヌだけではない。才人達は皆、目の前で繰り広げられた光景に圧倒されていた。

「ねぇちょっと、どうするのよ。あいつ、こっちに来るわよ」

 ダミアンがこちらに向かって近づいてくるのを見て、モンモランシーは怯えたようにギーシュに縋り付いた。

「サ、サイトさん……」

 シエスタが才人の後ろに隠れてぶるぶると身体を震わせている。

 才人はルイズとシエスタを庇うように前に立ち、デルフリンガーを構えた。

「な、なあサイト、相手は一人だけなんだ。僕達みんなでまとめてかかれば、なんとかなるんじゃないか?」

 ギーシュの提案を真っ先に否定したのは、デルフだった。

「やめときな、お前さんたちが束になったところで敵う相手じゃねぇよ。さっきあの兄ちゃんが何で真っ先にあの小僧に斬りかかったのか、その理由がわからねぇのかい?」

「ギーシュ、デルフの言うとおりだ。あいつはヤバい」

 才人は、目の前の少年が秘めた実力の恐ろしさを正しく認識していた。

 

 あの四人組は皆それぞれが、これまで才人が戦ってきたメイジ達とは一線を画す実力を持っていた。それでも、一対一であれば、なんとか才人でも対抗できる自信があった。

 

 だけど、こいつは違う。

 こいつは他の三人より遥かに、桁違いに強い。

 クラウドは、それを理解していたからこそ、迅速にダミアンを排除しようとしたのだ。だが、それも失敗に終わった。ダミアンはそんな簡単に倒されてしまうような生半可な実力者ではなかったのだ。

 

――こいつは、俺が今まで戦ってきた奴らの中で一番強い相手かもしれない。

 才人は自身の震えを隠すようにデルフを強く握り直した。

 

「サイト」

 ルイズに呼ばれて振り向く。彼女は才人の顔を見ると、黙って頷いた。ルイズの考えていることは、おそらく才人と同じだろう。やはりここは、クラウドの言葉に従うほうが良さそうだ。

 

「あいつの狙いはルイズだ。俺とルイズであいつを引き付ける。みんなは倒れている人達を介抱してやってくれ」

「そんな、それじゃサイトさん達が危険です!私も一緒に!」

「だめよ、シエスタ。あいつら、目的の障害になるものに対して決して容赦しないわ。あなたを巻き込むわけにはいかないのよ」

「ミス・ヴァリエール、そんな……」

「私は一緒に行くわよ。ガリアがタバサに何かさせようとしているなら、黙っていられない」

「駄目だ、キュルケ。あいつは――」

 

「――相談は終わったかい?」

 ダミアンの声がして振り向く。こちらに向かってきていたはずのその姿が、忽然と消失していた。

「相棒、上だ!」

 デルフの声に反応して見上げると、ダミアンが上空から勢い良く落下してくるところだった。

 ――いつの間に!?そう考える猶予すら無く、ダミアンが振り上げていた踵を思いきり床に叩き付ける。

 ダンスホールの床が複数に裂けて叩き割れ、才人達は分断される。

 

「きゃああああああ!!」

「ルイズ!」

 崩壊するホールの床に足を取られるルイズを抱きかかえると、才人はそのままバルコニーから飛び降りた。

「サイトさん!ミス・ヴァリエール!」

「おい、サイト!大丈夫かい!?」

「俺達は大丈夫だ!ギーシュ、シエスタ、みんなを頼む!」

 上方から聞こえるギーシュとシエスタの声に、才人は落下しながら答えた。

 だが、大丈夫とは言ったは良いものの、このままでは地面に激突してしまう。“ガンダールヴ”の力があるとは言え、無傷では済まないだろう。

 ある程度の負傷は仕方ないと覚悟した才人だったが、ぶつかる直前に浮力を感じ、ゆっくりと地面に着地した。

一緒に飛び降りたキュルケが『レビテーション』の魔法をかけてくれたのだ。

 

「キュルケ、助かった!」

「感謝は後にしなさい。それより、ここを離れるわよ」

 才人は頷く。才人、ルイズ、キュルケの三人は本塔のバルコニーから飛び降りて、学院の正門とは正反対に位置するヴェストリの広場と呼ばれる場所に降り立ったところだった。

 才人達は使用人用の通用口から学院の外へと駆け出た。通用口を抜けると前方にはうっそうと茂る森が広がっている。森の闇に紛れれば、追跡を免れることができるかもしれない。

 しかし、その時上空を何者かの影が通り過ぎる。影はダミアンだった。ダミアンは才人達の行く手を遮るように眼の前に勢い良く落下した。

 かなりの速度で落下したというのに、ダミアンは平然とした顔で立ち上がる。

 

「さあ、追いかけっこはこれでお終いかい?」

 才人達が身構えると、ダミアンは両腕を広げてとぼけて見せた。

「……なんなの、あいつ。普通のメイジではないことはわかっていたけど、何かおかしいわ。そもそも、魔法学院の床を砕いたのだって異常なのよ。この学院の構造物には強力な『固定化』がかけられているはずなのに」

 ルイズの言葉に、才人は以前彼女が話していたことを思い出した。この魔法学院は歴代の校長達によって幾重にも『固定化』がかけられているため、相当な頑強さを備えているはずなのだ。それこそ、巨大なゴーレムが殴りつけても無傷で済むほどに。それなのに、あのダミアンとかいう少年はそれを易々と破壊してみせた。才人達を回り込んでみせたその尋常ではない身のこなしといい……、普通のメイジとは明らかにかけ離れた存在だった。

 

「どうなってんだ。あいつの身体、普通の人間じゃねえ」

「……なるほどな、あの小僧、身体中に先住魔法を仕込んでいやがるんだな」

「なんだって?」

 デルフの言葉に反応し、サイトは聞き返す。

「簡単に言えばだな、あいつの身体は生身じゃねえんだ、腕、脚、関節……いたる所に先住魔法をかけているんだ。それも相当に強力なやつだ。おそらく、他の三人も同じように身体の中に先住魔法を仕込んでいるんだろう。そいつのお陰であいつらは人間離れした力を発揮できるってわけだな」

「なんだよそれ。じゃあ、あいつがさっきから杖を持っていないのも、先住魔法を使っているからなのか」

「いや……、あの小僧はさっき『硬化』の魔法を使っていた。あの兄ちゃんの攻撃を防いだときは腕に、ホールの床を砕いた時は脚にって感じにな。『硬化』を自分自身の身体にかけるなんざ、使い方が常識からかけ離れちゃあいるが、あれはれっきとしたメイジの魔法だ。先住魔法じゃねえ」

「それって……、じゃあどういうことだよ」

 先住魔法とは、人間以外の種族が用いることができる魔法の一種のことである。自然の力を借りることにより、杖なしでも魔法を行使することが可能になるという。異世界人である才人がその全貌を詳しく知っているわけではないが、このハルケギニアで杖なしで魔法を使う方法があるとすれば、考え付くものは、まず先住魔法しかない。

 だからこそ、才人は戸惑った。メイジという存在は杖と呪文の詠唱が無ければ魔法という力を扱えないというのが、このハルケギニアでは常識であったからだ。

 実際、才人がこの世界で見てきた、戦ってきたメイジとは、そういうものだった。現にダミアン以外の他の3人にしたってそうだ。彼らは確かに杖を手にしていた。なのに、この少年だけが杖もなしに魔法を操っている。

「わからねえ……、だが、どうにも、こいつには先住魔法以外の何かカラクリがありそうだ。……メイジの“闇”ってのもあながち嘘じゃねえのかもな。そもそも自分の身体に先住魔法を仕込むなんて考えからしてどうかしてやがる。ドラゴンの吐く火炎でパンを焼こうとするようなもんだ。普通なら器となる肉体の方が耐え切れなくなって壊れちまう。発想からしてイカレてやがるね。こいつらも、それに……あのクラウドとかいう兄ちゃんの身体もな」

「……?クラウドさんが何だって?」

「さてね、後で本人に聞いてみるといい。お互い無事であればだけどな。とにかく相棒、今回ばかりはこっちの分が悪いぜ」

「何言ってるんだよデルフ。そんなの、いつものことじゃねえか」

 才人はダミアンに向けてデルフを構え直した。

 

「サイト……」

「ルイズ、退がっていろ。こいつは俺がやる」

 才人は自分の心を強く、奮い立たせる。

 自分の大事な人を――ルイズを守りたい。その強い心の奮えが、“ガンダールヴ”の力となるのだ。

 才人の感情に呼応するように、左手の甲のルーンが強い輝きを放つ。

 その輝きを見て、ダミアンが反応する。

 

「その左腕のルーン文字……、なるほどね。君が彼女の“守り手”というわけか」

「ルイズには手出しさせねえ!俺が相手だ!」

「困ったな。君と戦うことは、僕らの仕事の対象外なんだ。むやみにやり合うわけにもいかないんだよ」

「こんだけ好き勝手にやっておいて、今更何を言ってやがる!」

「ふむ、ごもっとも。だが、筋を通すところは通さないといけないのが、この手の仕事の道理というものでね。まあ、いいだろう。少しの間、相手をしてあげるとしよう。かかって来るといい」

 ダミアンが挑発する。

「この野郎!舐めやがって!」

「よせ、相棒!不用意に飛び掛るんじゃねえ!」

 デルフの忠告は間に合わなかった。 

 “ガンダールヴ”の力で強化された身体は、一瞬にしてダミアンとの間合いを詰める。

 才人は上段から勢い良く斬りかかった。

 しかしダミアンはガンダールヴ最速の一撃を難なく回避する。空振った剣筋が地面に刺さる瞬間には既に、背後に回りこまれていた。

 

「なっ……」

「――さすがに速い。だが、まだまだ単調」

 ダミアンの振り上げた蹴りが、才人の腹部に直撃する。

 才人はゆうに10メートルは飛ばされて、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「サイト!!」

 悲痛なルイズの叫びが夜の闇に響きわたる。

 

「……うっ、がああああああああああああああああああああああ!!」

 腹部に走る激痛に才人はのたうち回った。

 呼吸が乱れ、口から吐き出された咳には血が混じっていた。

……駄目だ、強すぎる。力だけじゃない。こいつはスピードさえも“ガンダールヴ”を遥かに上回っている。

だが、これは……。

 

「どうしたんだい?『硬化』は使っていないから、まだ立てるはずだよ。それともまさか、これで終わりではないだろうね。君を殺すことは僕らの仕事には入っていないからね。間違って死なせてしまうわけにはいかないんだけど」

 そう、ダミアンは『硬化』を使っていなかった。ただの蹴りでこの威力なのだ。もし、『硬化』を使った一撃を喰らっていたとしたら……、既に才人の命は無かったに違いない。

 そのことが、才人に否が応にもひとつの事実を気付かせていた。

 

――こいつ、手を抜いてやがる。

 

 ダミアンはどういう訳か、才人の事を殺さないように手加減を加えて戦っていたのだった。

 圧倒的な実力の差だった。

 今の俺じゃあ、こいつには勝てない。

 わずかな戦いの間で、才人はそれを悟る。

 

 それでも、そうだとしても。

 才人は身体を起こして立ち上がり、震える手を握り直してデルフを構えた。

「それでも、俺が諦めるわけには、いかねえんだ!」

 才人の叫びに、“ガンダールヴ”のルーンが共鳴して輝く。地面を蹴り上げ、再びダミアンへと迫る。

 

「その不屈の精神。なるほど、なかなか見応えのある少年だ。でも残念だけど、ここまでだ。君の相手はもともと僕じゃないんだよ――」

 危機を察知したデルフが叫んだ。

 

「相棒!横だ!」

 ダミアンに斬りかかる寸前で、才人は真横からの突風に叩きつけられた。この感覚は知っている。“風”の魔法『エア・ハンマー』だ。

 側面からの衝撃に打ちのめされながらも、才人はなんとか体勢を立て直して地面に着地した。

 

「くそ、今度はなんだ!?」

「上から来るぞ!」

 デルフの言う通り、氷の矢の群れが才人目掛けて降り注ぐ。才人は剣で払ってそれらを叩き落した。

 この魔法も知っている。『ウインディ・アイシクル』だ。

 この氷の魔法は――。

 その時、地面すれすれを素早く滑走しながら、接近してくる影があった。

 影が手に持つ大きな杖で才人の喉元を突こうとするのを、咄嗟に防ぐ。

 視線が交わる。闇に沈むような蒼い瞳。その姿は――

 

「タバサ!?どうしてお前が!?」

 才人に攻撃を仕掛けてきたのは、タバサだった。

 久しぶりに会ったタバサからの突然の襲撃に才人は戸惑い、問いかける。

 だが、彼女の返答は、魔法だった。

 

『ウインド・ブレイク!』

「うわあっ!」

 吹き荒れる突風に、才人は成すすべなく飛ばされる。そのまま、学院はずれの森の茂みの中に突っこんで、姿が見えなくなった。

 

『その少年の相手は、あなたに頼んだわよ、“北花壇騎士七号”タバサ』

「……」

 ダミアンの肩に乗ったシェフィールドの人形に掛けられた言葉に反応を示さず、タバサは森の中へ消えた才人を追いかけていった。

 

「そんな、何でタバサが?……」

 タバサの行動に困惑したのはルイズも同じだった。一体何故彼女がサイトに攻撃を仕掛けたのだろうか?だが、ダミアンはそんな戸惑いの暇さえ与えてはくれないようだった。

 

「さて、ミス・ヴァリエール。これで君を守る“盾”は取り除いた。そろそろ観念してもらおうか」

 ダミアンがルイズに再び向き合う。そこに、今度はキュルケが立ち塞がった。

 

「あなた達、タバサに何をしたの?」

 キュルケはダミアンの肩に乗るシェフィールドの人形を睨みつける。

『あら、何をするも何も、あの子は元々こちら側の人間よ?私たちの命令に従うことに何か不都合があって?』

「嘘をおっしゃい、あなた達が無理やり従わせているんでしょう!」

「だとしたら、どうするのかな?」

 ダミアンが涼しい顔で問う。

「決まっているわ。私の友達に手を出すことは、許さない」

 キュルケが呪文を唱えた。

「キュルケ!駄目よ!」

 ルイズが制止の声を上げる。

「燃えなさい!『フレイム・ボール』!」

 キュルケの杖先から巨大な火球が出現し、ダミアンへと一直線に飛んだ。

 だが、その火球がダミアンに触れようとする直前、突如として急激に膨れ上がると、一気に燃え上がり、そのまま燃え尽きてしまう。

「なんですって!?」

 炎の霞を切り裂くように、ダミアンが飛び出してきた。

 予想外の自体に驚くキュルケは次の呪文を唱えるのが遅れてしまう。

 それが、命取りだった。

 

「遅いよ」

 

 赤い閃光が、キュルケの杖を真っ二つに切断した。

 

 

PM7:03

 

 

 魔法学院本塔の階段を、幾条もの雷電が所構わず炸裂して破壊する。

 クラウドは壁面や天井を蹴って空間を四方に使い、雷を縫うように回避しながら、階段を下降していた。

 

「逃がすか!」

 クラウドを追跡するドゥードゥーの杖先から稲妻が迸る。風系統の魔法、『ライトニング』だ。再び雷撃が辺りに四散し、そのうちの一つが後方にいたジャネットに危うく命中しそうになる。

「ちょっと、危ないじゃない!こんな狭い屋内で狙いの定まらない『ライトニング』なんて使わないで頂戴!」

「そんなこと言ったって、“異邦人”に逃げられちまうよ!」

 クラウドは階段の最下層に辿り着こうとしていた。このままでは本塔の入り口から屋外に脱出されてしまう。

「もう、ドゥードゥー兄様ったら、不器用なんだから」

ジャネットが呪文を詠唱すると、杖先から大量の水が溢れ出した。

『アイス・ウォール!』

 杖から噴出した水が、あっという間に凍結していく。氷は壁面をつたってクラウドを先回りし、入り口の扉を氷漬けにして閉鎖する。

「ナイスだ!ジャネット!」

「さあ、これで外には出られないわ!」

 ここでクラウドを逃さず、一気に仕留めてしまうとする二人だった。

 だが、クラウドは動きを止めず、凍結した扉に向かって大剣を構えた。

――『ほのお』のマテリア、その最上級魔法。

『ファイガ!!』

 大剣から放たれた巨大な火炎が氷の壁に直撃すると、一瞬にして氷が蒸発して入り口の扉ごと消し飛ばした。

「うそぉ!?」

 ジャネットが驚きの声を上げる。

 クラウドは先程ジャックによって倒されたギトー教授の脇を駆け抜け、破壊した入り口から夜の外に出る。

 そこは、魔法学院の正門に程近いアウストリの広場と呼ばれる場所だった。その芝生の広場に出ると、クラウドは敵対者と向き直る。ハルケギニアの双月の明かりの下、その蒼い双眸がドゥードゥーとジャネットに強い敵意の眼差しを向けている。

 

「……トリスタニアの時は“土”系統の魔法。更に、さっきの“風”魔法に加えて“火”の魔法まで使えるなんてね。今の威力、スクウェアクラス相当だったじゃない。こんなに自由自在に様々な魔法を使えるなんて、インチキもいいところだわ。私たちだったら一つの系統魔法を極めるのが精一杯だっていうのに。ドゥードゥー兄様ったら、よくこんなのと一人で戦おうと思ったわね」

「相手が強大な程、燃えるものなのさ。男っていうものはね」

「馬鹿みたい、理解できないわ」

「格好つけても、負けてちゃあ世話ねえけどな」

「げっ、ジャック兄さん」

 後方から追跡していたジャックが、二人に合流する。

 ジャックは異邦人を観察した。彼は油断なく大剣を構えている。隙あらば、躊躇無く仕掛けてくるつもりだろう。こんな強敵と戦うのは、これが初めてかもしれない。

――こりゃあ、狩りがいのある獲物だな。

 ジャックは気分が高揚するのを抑えられなかった。

 いかんいかん、とジャックは自制する。これでは、ドゥードゥーの阿呆と同じではないか。……尤も、結局は同じ穴の狢であることに変わりはないが。

 

「ドゥードゥー、ダミアン兄さんの魔法薬は持ってきているか?」

「ここにあるよ」

 ドゥードゥーが懐から液体の入った小瓶を出してジャックに示した。それは、ダミアン特性の魔法薬で、飲むと使用者の魔力を爆発的に増幅させることができる薬だった。決して、むやみやたらと多用できるものでは無いが、戦闘時の魔法の威力を何倍に膨れ上がらせる効力には絶大なものがある。

「よおし、お前はそれを飲んで、しばらく魔力を溜めておけ。とどめの一撃はお前にやらせてやる。それまでの間、俺があの“異邦人”を相手にして時間を稼ぐ。ジャネット、お前は“雲”を出して俺たちのサポートだ」

「わかったわ」ジャネットが頷く。

「了解だ、兄さん!じゃあ早速……」

 ドゥードゥーは小瓶の中の液体を一気に飲み干した。途端に、ドゥードゥーの様子が変わる、彼は内側から湧き上がる力を抑え付けるように笑みを浮かべると、呪文の詠唱を開始した。

 手に握る杖からは、先程までとは比較にならないほど強烈な雷光が激しく迸っていた。

――あれを、放っておくのはまずい。クラウドの中で警鐘が鳴る。

 すぐにでも詠唱を阻止しようとクラウドは動きだす。

 

「あら、駄目よ。そっちに行ったら」

 ジャネットは妖艶に微笑むと、静かに杖を振るった。杖先から霧がもの凄い勢いで噴出し、あっという間にクラウドの周囲を覆う。

 また『スリープ・クラウド』かと、クラウドは咄嗟に手で口元を隠した。

 

「安心しなさい、これは『スリープ・クラウド』ではないわ。私の魔法で作り出した、ただの霧よ。これはあくまであなたを逃がさないためのもの、そして――」

 クラウドは『エアロラ』の魔法を使い、先程と同じように霧を吹き飛ばそうとした。しかし、霧は勢い良く舞い戻ってきてしまう。今度はクラウドの魔法ですら、霧を晴らすことはできなかった。

「無駄よ。あなたの魔法の威力は理解したわ。ならば、その威力を上回る勢いで霧を作り出すまで……。あまりハルケギニアのメイジの実力を甘く見ないで頂戴。――私はジャネット。元素の兄弟の一人にして、四大元素の一角“水”を掌る者。どう、周りが何も見えないでしょう?これで、私たちの居場所もわからない――」

 霧は周囲を覆い、視界を遮る。近くにいたはずのジャネットも、詠唱を続けるドゥードゥーの姿も、霧の中に見えなくなった。

 この霧はクラウドの視界を奪うためのものだったのだ。ドゥードゥーの魔法の詠唱が完了するまでの時間稼ぎのつもりなのか。ならば、なおさらここで先に仕留める必要がある。

 すぐさまドゥードゥーが消えた方角へと駆け出したクラウドだったが、目前の霧の中から巨大な影――ジャックが姿を見せた。

 

「おっと、お前さんの相手は俺だよ、“異邦人”」

 ジャックが杖を振ると、地面から土で作られた人形が次々と姿を現した。

 土系統の魔法『クリエイト・ゴーレム』だ。

 騎士の格好をしたゴーレム達は束になって襲いかかってくるが、クラウドは剣の一振りで一蹴する。ゴーレム達の身体が吹き飛び、破裂した四肢が辺りに飛び散る中、クラウドは速度を緩めずにジャックに向かう。

「この程度の木偶じゃあ、足止めにもならねえってか……!」

 クラウドの大剣がジャックの首筋目掛けて振るわれる。しかし、それはまたしても『硬化』の防御によって弾かれてしまう。

 反動に仰け反った姿勢のまま、ジャックが地面に杖を向けていた。

 

『アース・ニードル!』

 ジャックの周囲の地面から先端が鋭く尖った岩石群が飛び出し、クラウドを貫こうとする。追跡してくる岩の剣山を、クラウドは後転しながら回避し、再びジャックから距離を置いた。

「いやあ、今のは危なかった。しかし本当に強いな。あんた、遠い異国から来たんだっけか?ハルケギニアの腑抜けた貴族どもとはえらい違いだ。ドゥードゥーがお前さんに固執する気持ちがよくわかったぜ」

「……」

 クラウドは沈黙したまま、大剣の切っ先をジャックに向けて構える。

「おいおい、そう急くなよ。まずは、そう、お前さんの値段を教えてやろう。異邦人、俺はな、仕事の前にそいつに掛けられた値段を教えてやるのよ。自分にどれだけの価値があったのかわかれば、少しは気が晴れるんじゃないかと思ってな。ま、俺なりの優しさってやつだ。それで、お前さんをとっ捕まえるのにガリアが掛けた金額はいくらだと思う?なんと十四万エキューだ!小ぶりな城が三つも四つも買える値段だぜ?こいつはすげえだろ!?」

「……それは良かったな。俺にはその価値がいまいち理解できないが、きっと病院の治療費の足しくらいにはなるのだろう。せいぜい居心地の良いベッドでも買うことだ」

「おいおい、言ってくれるじゃねえか!今までお前さん程の値段がついた奴はいなかったんだぜ。だが、確かにそうだな。その値段でも、お前さんと戦うのは割りに合わねえよ。実際に戦ってみてそれがよくわかった。……だけどな “異邦人”結局のところ、俺は金なんてどうでもいいのさ」

「何が言いたい」

「俺みたいな傭兵崩れは、所詮戦いの中にしか生きられない。だからこそ常に好敵手を求める。生と死の駆け引きの戦場こそが俺の居場所なのさ。ダミアン兄さんの“夢”に付き合っているのも、結局はそれが理由だ。荒事に事欠かず、退屈しねえ。それに、お前さんみたいな相手とやり合えると来たもんだ。平穏な日常での暮らしなんか、真っ平ごめんだ。お前さんも俺と同類のはずだ。この気持ちわかるだろう?」

「……かもな。だが、あんたと一緒にされるのは心外だ」

「お前さんは俺が今まで出会った奴の中で最も強い。だからこそ、全身全霊を持って挑ませて貰おう」

 ジャックが両腕を左右に広げて構えた。

――双方の手には、杖が握られている。

 

「二本の杖、だと?」

 クラウドは驚く。メイジが契約を交わせる杖の本数は一人につき一本だけであると、タバサから聞いていたからだ。

「俺たちに普通のメイジの常識は通じない。ダミアン兄さんが言っていただろう?俺たちはメイジの”闇”なのさ」

 ジャックがにやりと笑う。

「俺の名はジャック。元素の兄弟の一人にして、四大元素の一角、“土”を掌る者。さあ、お前にこの世界のメイジの本当の実力を見せてやろう。そう簡単にやられてくれるなよ!」

 ジャックが右腕に握る杖を下方から掬い上げるように、力強く振りかぶった。

『アース・ニードル!』

 先程と同じ岩の剣山が地面から盛り上がり、直線上に襲い掛かってきた。

 クラウドは横に移動して回避するも、ジャックは既に先を読んで行動していた。

 

「そこだ!『土弾』!!」

 もう片方の左腕に持つ杖をジャックが振るうと、拳大の大きさの無数の土礫がクラウド目掛けて弾丸のように飛んできた。

――杖を二つ用いることで、魔法の連撃の速さが格段に増しているのか。

 素早く動いて、土の弾丸を躱す。ジャックは霧にまぎれて次々と土弾を放ってくるが、クラウドは音と気配のみで察知して全て叩き落して見せた。

「ほう!器用なもんだな!だが、忘れちゃあいねえだろうな!お前さんの相手は俺だけじゃねえんだぜ!なあ、ジャネット!」

 ジャックが霧の中に向かって吼える。

 

「ええ、その通り。もう準備は整ったわ」

 ジャネットの宣言と同時に、下方から上方に向けて突如として強風が湧き上がる。周囲を覆っていた霧が勢い良く上昇し、魔法学院の上空で巨大な雲を形成した。見る見るうちにどす黒く染まった暗雲は、月明かりを遮ってしまう。

辺り一帯が一層深い闇に覆われた。

「これは、一体……」

 暗雲によって作り出された闇の中で、青白い閃光が瞬く。

 先程までは霧の中で見えなかったドゥードゥーが姿を現していた。

 既に呪文は完成しており、増幅した魔力を注ぎ込んだその雷光は、放たれる瞬間を今か今かと待ち臨んでいるようだった。

「やあ、“異邦人” 以前にも一度名乗っているけれど、皆に合わせて言わせてもらうよ。僕はドゥードゥー、元素の兄弟の一人にして、四大元素の一角“風”を掌る者。

――さて、待たせたね。僕の杖に宿るこの雷は、“風”の高位魔法、『ライトニング』と言うんだ。こいつは扱いが難しくてね。このまま使うと何処に飛んでいくかわからない。だから普通は小さな雲を作り出して遠隔的に発射するんだ。雲を媒介とすることで威力を増幅し、確実に相手に命中させることが出来る……、一石二鳥さ。準備に時間がかかるのが難点だけどね」

 ドゥードゥーは自分が唱えた魔法についてつらつらと説明すると、首を傾けて凶悪な笑みを向けた。

「さて、ここで問題だ。僕の『ライトニング』とジャネットが作り出した特大の雲。これから何が起こると思う?」

 クラウドは周囲の空気が急激に低下していることを感じ取っていた。

 まさか、こいつらは始めからこれを狙っていたのか。

 この位置はまずい。この場を脱出するために、クラウドは駆け出した。

 

「もう遅い、これでチェックメイトだ!」

 上空を覆う巨大な雲に向けて、ドゥードゥーが『ライトニング』を放った。

 先程までの攻防で繰り出したものよりも数倍は強大な雷光が、雲に吸い込まれる。

 

『ライトニング・クラウド!!』

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 

 暗雲が爆発するような輝きを放ち、幾条も発生した雷電が一つの巨大な束となった。

 あたりは光に包まれ、爆発と破壊の渦が地上にいるクラウド目掛けて炸裂する――。

 

 この世を引き裂くような轟音が辺りに響き渡った。

 

 

PM7:13

 

 

「魔法学院の方角です!」

 銃士隊の隊員の一人が馬上から叫んだ。

 アニエスは銃士隊を率いて、馬で魔法学院に向かう途中だった。

 彼女達は、突如として出現した巨大な暗雲が上空を覆い、凄まじい轟音と光を放出した稲妻が魔法学院へと落下する光景を目の当たりにしたのだ。

「遅かったか!」

 アニエスは歯噛みし、昨晩アンリエッタとの謁見での出来事を思い返していた。

 

 昨日の女王アンリエッタとの謁見の際、アニエスの報告に動揺した様子の彼女に理由を尋ねたところ、アンリエッタはアニエスが追っている二人組みのうちの一人と接触していたことを告白したのだ。

 聞けばアンリエッタはお忍びでアルビオン戦争戦没者の慰霊碑に向かう途中、下級貴族に絡まれてしまったところを、その青年に助けられたのだという。そして青年に慰霊碑のあるトリスタニアの軍人墓地までの同行を依頼したというのだ。

 彼女の行動は一国を預かる身である女王として、決して褒められたものではない。だが、家臣であるアニエスにそれを咎める資格はない。また、アンリエッタが先の戦争に心を痛めていたことをアニエスは十分に理解していた。

 今聞いている話は全て己の胸に秘め、決して口外をしないことを誓うと、アニエスは話を促すことにした。すると、さらに驚くべき話を聞くことになったのだった。

 

 目的地に向かう途中になんと、“元素の兄弟”の一人と思しき少年の襲撃にあったというのだ。

 その少年はアンリエッタのことなど眼中になく――おそらくは、平民に変装していた彼女がまさかトリステインの女王だとは思いもしなかったのだろう――はじめから青年のみに狙いをつけて襲い掛かってきたのだという。

 だが、その青年は未知の魔法と常人離れした体術を用いて、襲い掛かってきた“元素の兄弟”をあっさり返り討ちにしてしまったということだった。裏家業を生業とする“元素の兄弟”を撃退できる人間がいるなどとは、にわかには信じがたい話ではあったが、それが女王アンリエッタの口から語られたとあれば信じざるを得なかった。

 

 クラウド・ストライフと名乗るその青年は、人を探してこのトリステイン王国にやって来た、と話していたそうだ。

 二人組のもう一人がトリステイン魔法学院の生徒である事実を鑑みれば、彼の目的地は、トリステイン魔法学院である可能性は高い。

 アンリエッタの証言から“元素の兄弟”がラグドリアン湖の水位減少に関わる二人組を追っているという己の推測に確信をもったアニエスはアンリエッタに了承を取り、銃士隊を率いて魔法学院に向かうことにしたのだ。

 だが、“元素の兄弟”が魔法学院で事を起こす万が一の場合に備え、隊の編成と準備に時間を掛けたことが逆に仇となってしまった。

 

(まさか、ここまで早く、しかも直接的に仕掛けてくるとは……!)

 先の稲妻は自然に発生したものではなく、明らかに魔法の力で起こされたものだった。あれほどの大規模な魔法はいくらスクウェアクラスのメイジといえど、とても使用できるものではない。もし今の稲妻を引き起こしたのが“元素の兄弟”だとするならば、その実力は想像以上に計り知れないものがある。

 アニエスは魔法学院にいる者達の安否を心配した。あそこには“虚無”の魔法の使い手であるミス・ヴァリエールとその使い魔であるサイトがいる。彼女達は”虚無“について周囲に隠しているようだが、アニエスは幾多の交流の中で既にその事実に気付いていたのだ。

 数々の困難を潜り抜けてきた彼女達ではあるが、はたしてあの元素の兄弟相手に”虚無”がどこまで通用するかはわからない。

 

 「急ぐぞ!」

 アニエスは隊に号令をかけ、魔法学院へと馬を急がせた。

 

 

PM7:13

 

 

「くそ、なんなんだ、今の稲妻は!?」

 才人は魔法学院のはずれにある森の中から、その光景を目撃した。

 巨大な暗雲が上空を覆ったと思ったら、見たことも無い程の大きさの稲妻が凄まじい音と光を発して魔法学院へと落下したのだ。自然発生したものではないのは明らかだ。あれはどう考えたって魔法の力で引き起こされたものだった。 一体、向こうでは何が起こっているのだろうか。

 

――鋭く風を切る音が耳に届く。

 

「相棒、また来るぞ!」

 才人が素早くバックステップすると、先程まで立っていた場所に氷の矢が次々と突き刺さる。

 才人の背後に回りこんでいたタバサが、今度は杖による突きを繰り出してくる。才人がかろうじて防御すると、タバサはすぐにその場を離脱し、森の中にその身を隠してしまう。

 真正面から才人と戦うのは、力の無いタバサにとって不利という判断からだろう。彼女は常に才人の死角から攻撃を仕掛けてくる。

「くそ、どうしちまったっていうんだ、タバサの奴!」

 何故、タバサが襲ってきたのか、才人にはわからない。元々無口なやつで何を考えているのかわからないところはあったが、それでもタバサには今まで様々な場面で助けられてきたのだ。盗賊フーケとの戦いから、アルビオン、タルブやラグドリアン等々、彼女の力がなければ窮地を切り抜けられなかったことも多々あった。感謝こそあれども、戦う理由なんてこれっぽっちもなかった。

 

「おい、タバサ!もう止めてくれ!俺はこんなことをしている場合じゃないんだ。それに……俺はお前とは戦いたくなんかないんだ!」

才人の必死の呼びかけに反応したのか、タバサが森の奥から姿を現した。

「……」

 タバサが再び呪文を唱え始める。才人はくそっ、と舌打ちし次に来る攻撃に身構えた。

 しかし、彼女が杖を振っても氷の矢は飛んでこない。代わりに、森の木々の擦れや虫の音といった周囲の一切の音が消失した。

「これは……」

「相棒、こりゃあ『サイレント』だ。周囲の一切の音を聞こえなくしちまう魔法だ。あの娘っこ、一体どういうつもりだ?」

「……これで、私たちの会話は外部に漏れない」

 外部から音が遮断された空間の中、タバサが真っ直ぐに才人を見据えていた。

 

「あなたに、お願いがある」

 タバサは決意を秘めた表情で語りかけてきた。

 

 

PM7:13

 

 

「なによ……、今の落雷」

「今のはドゥードゥーの仕業だね。どうやら、向こうも派手にやっているようだ」

 ルイズが巨大な暗雲から放出された落雷を見て放心する。対するダミアンは、感情を込めずに呟いた。

 

「くっ、この……離しなさい!」

「キュルケ!」

 ダミアンの下にはうつ伏せに拘束されたキュルケの姿があった。

 キュルケの杖を破壊したダミアンはその後、彼女をあっという間に捕らえて見せたのだ。

 拘束されたキュルケは悔しげに拳を握り締める。キュルケの杖を破壊して見せた赤い閃光の魔法。なんらかの魔法を使ったと思われるが、一体どうやって行使しているのか、その正体が未だに掴めないのだ。

 

 だが、一つわかったことがある。

――こいつは、”火”の系統を操るメイジだ。

 初見時にクラウドに反撃した際に繰り出した赤い閃光、あれはおそらく今さっきキュルケの杖を切断したものと同様の攻撃だ。床を切り裂いた時にくすぶっていた炎の跡を、キュルケは見逃していなかった。あれは明らかに”火”の力を用いたものである。

 それに、さっき『フレイム・ボール』を分解した現象……あれはキュルケの放った『フレイムボール』がより強力な炎に飲み込まれたことにより、その形を維持できなくなってしまった故に起きた現象だった。

 そんな現象を意図的に引き起こせるのは、火の扱いを熟知する火の系統の使い手のみ。それもトライアングルクラスの火のメイジであるキュルケの『フレイム・ボール』を打ち消せるとしたら、キュルケ以上の使い手である。

 少なくとも、ダミアンはスクウェア・クラス以上のメイジであることは間違いない。……あるいは、それよりももっと格上かもしれない。

 こんなやつが、このハルケギニアにいるなんて――。

 キュルケはあまりにも違う実力の差に愕然とする。

 

『ふふ……すごいわ、圧倒的じゃない。トリステイン魔法学院のメイジ達や、以前はあれ程煮え湯を飲まされたガンダールヴでさえ、あなたには手も足もでないなんて。まったく、いい気分だわ』

 ダミアンの肩の上でシェフィールドの人形がほくそ笑む。

「この……!」

 ルイズが杖を構える。

「おっと、止めておいたほうがいい、ヴァリエールのお嬢さん。君が魔法を放っても、僕はそれより速く動いて回避することができる。むしろ君の魔法は、君の友達に直撃することになるだろう」

「くっ……」

 ダミアンの言葉にルイズが躊躇する。

「そうだ、それが賢明だね。……実のところ、人質なんてなくても、君を捕らえることは容易い。だけど、任務の対象である君を傷つけたくはないし、出来ることなら自分の意志で僕らについて来てほしいと思っているんだ」

 

「……冗談じゃないわ」

 キュルケが拘束されながら呟く。

「キュルケ、お願いだからじっとしてて」

「駄目よ、ルイズ。こんなやつらの言うことなんて聞く必要ないわ。それに……憎っくきヴァリエール家の人間に人質として命を助けられたなんてことになったら、私はツェルプストー家の末代までの恥よ」

「なるほど、トリステイン学院の教育機関はどうやら優秀なようだ。こんな女性まで肝が座っているとはね」

「あら、どういたしまして。ところで坊やは、淑女の扱いがなっていないわね。そんなんじゃ将来――」

 

 ――ダミアンがキュルケの肩を掴み、捻る。

 ゴキッ、と人体が損傷する嫌な音が響き、キュルケの肩から先があらぬ方向を向いた。

「――――ッ!!」

「ふむ、はしたない悲鳴を上げないあたり、君は確かに淑女のようだね。言っておくけれど、僕はこう見えても君よりは年上だよ」

 悶絶するキュルケに、ダミアンが冷めた声で告げる。

「キュルケ!!あんた、なんてことを!」

「肩の関節を外しただけだ。そんなに騒ぐことはない。もっとも、君が言うことを聞いてくれないようであれば、この学友がさらに傷付くことになるだろうね。さあ、次はどうしようか。腕を折るか、肌を裂くか、それとも――命か」

 キュルケの髪の毛を掴んで持ち上げる。苦悶に満ちたキュルケの顎の下を、ダミアンの指がゆっくりとなぞる。一切の感情を込めない冷徹な眼差しがルイズを捕らえていた。

 

「君が決めるといい、ミス・ヴァリエール」

 ルイズは痛感する。この少年は本気だ。ルイズが言うことを聞かなければ一切の躊躇い無くキュルケを殺すだろう。もはや、ルイズに選択肢はなかった。

 

「わ、わかったわ、おとなしく従うわ!だから――」

 その時だった。ダミアンの周囲を、突如現れた細長い炎が幾重にも囲む。

 ダミアンがおや、と驚いた顔をする。彼が出した魔法ではないのだ。

 細長い炎は生き物のように体をうねらせると、その先端がとある生物を模り始める。

――蛇だ。

 炎の蛇は蜷局を巻き、一気にダミアンを締め上げようとする。ダミアンはキュルケを手放すと、素早くその場を脱出した。

 炎の蛇はそのままキュルケを包み込み、大きく膨れ上がると、役目を追えて弾け飛ぶ。

 飛び散る火の粉の中から、キュルケを抱きかかえた壮年の男性の姿が現れた。この学院の教師、”炎蛇”の二つを持つメイジ――ジャン・コルベールだった。

「コルベール先生!」

「ジャン……」

 キュルケがうわ言のように彼の名を呟く。

 

「私の生徒たちを、傷つけてくれたな」

静かな怒りを込めて、コルベールはダミアンに向けて杖を構えていた。

 

 

PM7:15

 

 

「なあ、ドゥードゥー。お前、今回の任務の内容、言ってみろ」

 アウストリの広場に出来た大穴を眺めながら、ジャックが尋ねた。

 ドゥードゥーによって放たれた稲妻により深く抉られて出来た大穴の中は、凄まじい放電の熱により赤黒く焼け焦げ、視界を遮るほどの蒸気が立ち昇っている。

 

「……“異邦人”を生け捕りにして、ガリアに連れて行くこと」

「そうだ、よく覚えていたな。それで、その“異邦人”はお前の魔法で一体どうなっちまったのかね」

 ドゥードゥーは目の前の焦土を見てぼそりと呟いた。

「……黒焦げ?」

「黒焦げじゃねえよ、消し炭だよ!この大馬鹿野郎!これで俺達はどうやって任務を果たしゃあいいんだよ!」

「いたい、ごめん、蹴らないで。あの、ほんとすみません」

 ジャックが怒鳴り散らしながらドゥードゥーをげしげしと蹴ってなじる。

「だって、ダミアン兄さんが殺す気でやれっていってたじゃないか!なあ、ジャネット」

「言葉の綾とも言っていたわよ。まったく、どうしてドゥードゥー兄様は加減っていうものが出来ないのかしら」

 はあー、とジャネットは深い溜息を吐いた。

「仕方ないわ。とにかく、異邦人を探しましょう。なんとか生きていれば私の魔法で治療すればいいし」

「生きているわけないじゃないか。僕の全力の一撃を喰らったんだぜ。きっと跡形も残っちゃいないさ」

「何偉そうにほざいてんだ。お前もさっさと探すんだよ!」

「痛い!」

 ジャックはドゥードゥーの頭をすぱーんっと叩くと、憤りながら大穴の方へと近づいていった。

「もう、ジャック兄さんもいちいち殴らなくたっていいじゃないか――」

――そこである事に気が付いて、ドゥードゥーは頭を摩っていた手をぴたりと止めた。

 風系統のメイジである彼は空気の流れを敏感に読みとることができる。

 彼は深い蒸気の中からこちらに急接近してくる足音を察知した。

 

 ドゥードゥーには信じられなかった。

 そんな馬鹿な。僕の最高威力の一撃を喰らって生きていられるはずがない。それどころか、まだ動けるなんてありえない。

 まさか、あの一撃を回避したとでも言うのだろうか。だが、ピンポイントに狙いを定めた雷撃を躱すなんて、一体、あいつは何者なんだ。

 

「駄目だ、兄さん!そっちに行くな!あいつが、いる!」

「なんだと!」

 ドゥードゥーの制止の声にジャックが振り返ろうとした、その時だった。

 

 大穴から湧き上がっていた蒸気の気流が、内側の一点に吸い込まれる。

 最初に見えたのは、巨大な剣の刀身だった。

 大剣を真正面に突き立てたクラウドが、蒸気を蹴破って現れる。

 クラウドの大剣が、ジャックの胴体に突き刺さった。

 

「うおおおおおおおおおお!?」

 金属の衝突音が甲高く鳴り響く。

 ジャックは間一髪『硬化』を用いて己の身を守った。

 だが、いくら『硬化』の魔法が肉体を硬質化させることが出来るとは言っても、それはあくまで皮膚の表面までの話。生体機能に関わる内面の臓器までは硬化することが出来ない。

 激しい衝突の衝撃に耐え切れず、ジャックはその巨体をくの字に曲げて膝をつき、口から胃液を吐き出した。

「かぁ……!効いたぜ、畜生!」

 よろめくジャックの様子を隙と見て、クラウドが追撃に移る。

 カチリ、と枷を外した大剣が分裂し、二刀に分かれた。

「二刀だと!?」

「兄さん、気をつけて!そいつの武器は複数に分裂するんだ!」

「そういうことはもっと早く言え、この馬鹿!!」

「ジャック兄様、私も加勢するわ!」

「来るな、ジャネット!ここは俺がやる」

 ジャックが両手の杖をクラウドに向けて構えた。

「ようは近かづかせなきゃいいだけのことだろう!『土弾』!!」

 無数の土礫がまるで散弾銃のように襲いかかる。だが、クラウドはその全てを易々と回避して見せた。

――こいつ、さっきよりも動きが速くなってやがる!?

 砲煙弾雨をくぐり抜けて接近したクラウドが、剣の間合いへと到達する。

 

「リミット」

 両の手に持つ刃が青白いオーラを纏った。

 放たれた強烈な殺気にぞわりと、戦慄が走る。

――まずい!

 ジャックは全身を『硬化』でガードした。

 

「“画龍点睛”」

 

 猛烈な勢いで体を回転させながら、クラウドが二刀の刃で凄まじい連撃を繰り出した。

 その威力は、先程の刺突さえも比較にならない。

 上方から下方へ、左から右へ。太刀筋の文脈すら無く、まるで竜巻のような剣戟の乱舞が転回する。

 一撃喰らうたびに、鋼鉄と化したはずのジャックの肉体が上下左右に振り子のように激しく振れ、金属音が狂乱して響き乱れる。

 

――硬化がっ……、持たねえ!

 

「この、野郎ォ!」

 ジャックが『硬化』した拳で反撃を繰り出すも、クラウドは右の刃で拳を捌いて受け流す。

 そして、腕が完全に伸びきった所を見計い、肘関節に左の刃を叩き込んだ。

 ボキ!と鈍い音を立てて、ジャックの腕が関節可動域とは正反対に折れ曲がる。

 全身を『硬化』で覆っているとはいえ、関節まで固定しては肉体を動かすことはできない。クラウドにそれを看破されたのだ。

 脆い関節部を破壊され、ジャックが悲鳴を上げた。

 

「うがあああああああ!!てめえェ!調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

 失いそうになる意識を取り戻すため、ジャックは怒りの雄叫びを上げる。

 折れていない方の腕を振り、クラウドの顔面目掛けて呪文を放った。

 

『土弾!!』

 パァンと、風船が破裂する様な音を弾ませて、土の弾丸が顔面に命中し、クラウドは頭部から仰け反った形で吹き飛ばされた。

 だが、クラウドの肉体は途中で『土弾』の勢いを相殺するように自ら回転すると、体勢を崩さず、地面に膝を着く形で着地した。

 

「なっ……!?」

 ジャックは息を切らしながら、唖然とした表情でそれを見た。

「ジャック兄様、腕を見せて!すぐに治療するわ!」

「あ、ああ……。すまねえ、ジャネット」

 駆け寄ってきたジャネットが、折られた腕に『治癒(”ヒーリング”)』の呪文を掛ける。強力な治癒の呪文により骨折部分がみるみるうちに元通りに癒えていく。

 だがその間も、ジャックは着地したクラウドに向けた杖を離せないでいた。

 先程までドゥードゥーを叱り付けていたジャックが、咄嗟のこととはいえ、同じように殺意を込めて『土弾』を放ってしまったのだ。

――だが、人体を容易く破壊する威力の『土弾』を受けていながら、なぜこいつは生きていられるんだ。

 クラウドが臥せていた面を上げると、ジャックはうっと息を飲んだ。

 拳大の大きさの土礫を、クラウドは己の歯で受け止めていた。

 摩擦で生じた煙が、彼の口の中でまだ燻っている。

 クラウドは土礫をパキパキと噛み砕くと、血反吐と共に地面に吐いて捨てて見せた。

 

「おいおい、いくらなんでも冗談だろう……」

「な、なによこいつ……本当に人間なの?」

 ドゥードゥーもジャネットも、恐れ慄いた様子を見せる。

 二人共、ジャックと同じ感想を抱いたようだ。

 そう、こいつは先住魔法で肉体を強化している俺達以上に人間離れしている。

 いや、もはや人間ですらない。これではまるで――。

 

「……なるほど、昨日の怪我もそうやって治したのか。半端な攻撃を加えるのは、どうやら無駄なようだな。あんた達の言うとおりだ。どうやら俺は、メイジというものを甘く見過ぎていたらしい」

 魔法で治療されるジャックの様子を見て、クラウドは独り言のように呟く。

 

 立ち上がりながら人差し指を立て、ジャックを指差した。

 

「だが一つ壊したぞ。これでまた一本になったな」

 宣告と同時に、クラウドに向けていたジャックの杖が分断されて地面に墜ちた。

 

 ジャックの全身がぶわっと粟立ち、汗が吹き出した。

 

「てめえ、いつの間に俺の杖を……!」

 クラウドは二刀の刃を両手で構え、少しずつにじり寄る。

 その眼光は、空のような蒼色から鮮やかな緑色に変化していた。

 眼の奥にある縦に裂けた鋭い瞳孔が、ジャック達に冷たい無慈悲な眼差しをむけている。

 

 ジャックは思った。

 獲物だったのは、一体どちらなのだろうか、と。

 

――ダミアン兄さん。俺達の前にいるこいつは、もしかしたら本物の怪物(モンスター)かもしれないぜ。

 

「メイジの”闇”とやらを教えてくれた礼だ。あんた達に、ソルジャーの戦いを見せてやる」

 クラウドは、そう宣言した。

 

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