ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
Chapter 02
とても雄大で、魅力的な流れだった。
深緑のまばゆい光。それは突然、暗く深い底から湧きだした。
私の住まう所よりさらに底から現れたそれは、まるで誘うようにゆらゆらと、深く、それでいて力強い輝きを放っている。
最初は蜘蛛の糸のごとく細く、弱々しいものであったが、いつの間にか太く束になり、次第に辺り一帯に広がって溢れだしていた。
私は私の周りに住まう生き物たちが我先にとその光に群がるのを眺めていた。
その光景は単なる者達が見れば炎に群がる蛾を想像するかもしれない。
彼らは一心不乱に光に向かう。ある者は狂い、またある者はそれにふれた途端、苦しむこともなくあっけなく動かなくなった。
例え身を焼かれてでも近づきたくなる魅力。
その光の流れに感じるものは『知識』だ。
例え少しでもそれに触れてみようものなら、まるで荒波が襲いかかるかのように膨大な量の情報が精神へと押し寄せてくる。
とても個の存在では耐えきれないであろう重圧。
にも関わらず、触れてみたいと思うのはその光にどこか懐かしさを覚えるからではないだろうか。
私の在り様がそれと近い為であろう。
形というものを必要としない私は多少それから距離をおけば“自分”というものを保つことができた。
この流れは一体どこからやって来たのだろうか、私は興味を持った。
だから私はもう少し、
覗き見てみようと思った。
その、深緑の流れの、さらに奥を……。
02-1
その日、自称元ソルジャー、クラウド・ストライフは帰路の途中だった。
最北の町、アイシクルロッジを出て半日。
ようやく雪道を抜け、今は何もない荒野を愛車のバイク、フェンリルでひたすら南へと飛ばしていた。
空気は冷え切り、前方から凍てつくような風が絶え間なく吹き付けている。
雪道を抜けたとはいえここは世界地図で最も北に位置する大陸だ。
防寒はしてきたつもりだったが長い間風にさらされた結果、クラウドの体は凍えそうなくらい冷たくなっている。
無事なのはゴーグルのおかげで良好な視界くらいだ。
(暗くなってしまった)
日は既に沈み、闇の中で灯はフェンリルのヘッドライトだけになっている。
久しぶりの遠方への配達だった。
メテオ災害以来、人々のライフラインであった魔晄エネルギーは停止し、今までの豊かな暮らしは失われている。
荒野には以前よりも魔物が蔓延るようになり、街と街との交流は取りにくく、場所によっては物資の輸出入さえ困難な状態が続いていた。
そんな状況の中で、クラウドはストライフ・デリバリーサービスという配達屋を営んでいた。
時には魔物の出現する危険なルートを突っ切り、荷物を最速で届けるのが今の彼の仕事だ。
この仕事を始めてからも、もう随分と経つ。
フェンリルをそのまましばらく走らせ続けていると、地平線しか見えなかった荒野の先に白く、透明に輝く森が見えた。
忘らるる都の、珊瑚の森。
今日中には港に辿りつきたかったが……
あまり長い間夜道を移動するのも危険、か。
仕方ない。森を抜けた先のボーン・ビレッジで宿をとることにしよう。
これからの予定をそう決めた後、クラウドはスロットルを強く握った。
それに呼応するようにフェンリルがエンジンを唸らせると、クラウドを乗せて森の中へと入っていった。
透明に輝く珊瑚の樹々の間をフェンリルが駆け抜ける中、ふと、クラウドは座席から後部にある積み荷入れを見る。
中にあるのは今日配達した物、正確にはその残りだ。余分に持ってきたが結局余ってしまった。
だけど、足りなくなってしまうよりはずっといいはずだ。
この半年の仕事はこれの配達が一番多かった。
本来なら金で扱えるたぐいの物ではないのだが、
WROとは“星を脅かすあらゆる存在に対抗する”という意志の元、世界規模で活動している組織だ。
いまや軍隊とよべるほど巨大な組織になっているが、基本的な活動は各地への物資の支給などに留まっている。
だが、今回のような険しい土地には支援が届かない場合も多い。そのためクラウドに時々こういった依頼がまわってくるのだ。
もうしばらくすればWROの支援体制も完全に整ってくるだろう。
クラウドの仕事は、物資の輸送が困難という時代のニーズがあって成り立っていたので、そうなるとこれから配達の依頼は少なくなってしまうかもしれない。
しかし、それでも別に構わない、とクラウドは思っている。
それならそれで家に居られる時間が多くなるのだから。
ティファ、マリン、デンゼル。
自分の帰りを待っていてくれる人達がいることが、今の彼を支えている。
本当の“家族”ではないが、もうそれを気にする必要はないのかも知れない。
クラウドの周りは平穏そのものだ。
こんな生活をいつまで続けられるのだろうか……。
時々そんなことを思う。
そう……。
あれから、あと半年で三年になる。
ジェノバ戦役。
星の命運を賭け、戦ったあの時から二年半。
その間を“もう”というべきか、それとも“まだというべきなのか、それはわからない。
しかしクラウドを取り巻く環境が著しく変わっていたのは間違いなかった。
星は傷つき、大地は荒れ果て、さらに魔晄が無くなったせいで人々の生活は一変した。
世界は確かに復興に向けて歩み出しているものの、未だ先の見えない困難な状況は続いている。
戦いの後に残された深い傷跡を前に、だれもが立ち直ろうとあがいていた。
そんな風に世界を変えてしまった責任は少なからず自分と、共に戦った仲間達にもあるのだろう。
間違ったことをしたとは思わない。
だが、払った犠牲はあまりにも大きかった。
クラウドは今でも自分がしでかしたことの重さに押しつぶされそうになる。
だが、もう逃げない。それだけは決めていた。
それが自分の“罪”だから。引きずってでも前に進もうと思っている。
しかし、それでも何度か、争わなければいけない時があったことを思うと、考えてしまう。
あの戦いは、本当に終わったのだろうか、ということを。
半年前を思い出す。
星痕症候群。
世界中に蔓延した奇病。星に溶けたジェノバの因子が引き起こした病。
突然現れたカダ―ジュ一味。
彼らの正体は、幼体、ジェノバの思念体だった。
母親を求め、彷徨った彼らが本当の求めていたものは一体何だったのだろう……。
そして
――わたしは、思い出にはならないさ――
ぞくり、と、背筋に寒さとは違う悪寒が襲いかかった。
半年前、再び姿を現したあの男の言葉だ。
まだ何も終わっていない。
心の何処かが呟いた。
そう……わかっている。
本当は、わかっている。
今の平穏はきっと、ほんの束の間のことなのだ。
「まだ何も、終わってなんかいない」
月明かりを浴びて、水晶のような美しい輝きを放つ森の中、その呟きはフェンリルの吠えるようなエンジン音にかき消されていった。
・ ・ ・
森の最深部に差し掛かった頃だった。
「……?」
違和感を覚える。なんだろうか。行きの時とは何か様子が違う。
答えは脚元に現れた。
「水が……?」
気付けば水の中を走っている。既にタイヤの三分の一は水に浸かっていた。
確かこの道は行きも使ったが、その時はこんな状態ではなかったはずだ。
ともかく、このまま進めば深い所にはまって動けなくなる可能性がある。
クラウドはフェンリルを止め、座席から降りることにした。
水が軽く跳ねる。水位は膝下くらいまであり、とても冷たかった。
「ついてないな」
回り道をするしかないだろう。帰り着くのがさらに遅くなりそうだ。
エンジンにトラブルがないことを確認したあと、まわりの景色を見回す。
少し遠くに巨大な巻き貝できた建造物が見える。
水かさが増えたせいで地形がわかりにくくなっていたが、よくよく見れば、見覚えのある場所だとわかった。
「ここは……」
カダ―ジュ一味がアジトにしていた場所。
そして、クラウドにとって大切だった人が、沈んでいった、聖なる泉。
おかしい、この道に来るはずではなかったのに。
それに、溢れ出ている水は此処から湧いているようだった。
一体何故……。
その時だった。
―ジジッ―
どこかで聞いたようなノイズ。
背中に電流が流れるかのように何かが通り過ぎる。
すぐに思考を中断。
フェンリルのハンドル下にあるレバーを引く。
ホルダーから六つの刃が飛び出してくる。
それを引き抜き、一つに重ね合わした。
六刃で一つの、親友の形見を模した大剣だ。
クラウドは大剣を正面に構えて、辺りを警戒する。
魔光による身体の強化で身に付けた鋭い五感と、長年の戦いで得た経験がこの場所に何かの気配を感じとっていた。
油断なく、周囲に気を配る。
不気味なほど静かだった。
脚元の水が音もなく波を立てている。
ここら一体に溢れた水はひょっとすると魔物に原因があるのかもしれない。
……ごぽ……ごぽッ。
泉の中心部から不信な音がして、水の色が暗く変色した。
来る。
水が大きく盛り上がる。
そして、それは、姿を現した。
球体、
いや、形の定まらない、液体の固まりだった。
水の上に浮かび上がったその体は半透明で黒ずんでいる。
宙に浮かんだそれは水面に向かって体から出した足のような物を伸ばしていた。
せわしなく形を変え、どこに臓器があるのかもわからない。
生き物であるかも疑わしい。
だが、こちらに敵意があることは、はっきりと肌で感じ取れた。
ど、ど、ど、ど……。
地響きがなる。
水面が大きく揺れる。
地の底から湧ような揺れが起こり、
そして次の瞬間。
巨大な水の壁が目の前を覆った。
「ッ!」
珊瑚の樹上まで一足で飛ぶ。
さっきまで立っていたところには津波が襲いかかり、フェンリルは濁流に飲み込まれてしまった。
クラウドは木の幹に垂直に着地し、体勢を立て直す。
そして重力が体にかかる前に、即座に幹を強く蹴って、反撃の為に、魔物に向かって宙を飛んだ。
ソルジャーと同等の肉体強化を施された体は
その脚力で一瞬にして魔物の目の前まで辿りつく。
「はぁっ!」
両腕で力強く、魔物の体に大剣を振り下ろした。
勢いのまま貫き、大剣は魔物を真っ二つにする。
だが、液体の中をすり抜けた感触しかなく、まるで手応えがない。
空中で回転し、体の勢いを殺しつつ、水位の浅い、反対側の岸辺に着地、いや着水した。
一つだった大剣をパズルのように分解させる。
六つの刃の軸となる剣と柄すらない欠片の剣の二刀。
この剣にはこういった特殊なギミックが幾つか仕組まれている。
分裂した魔物の体は一つに戻っていた。物理的な攻撃は通さないようだ。
水中からこちらに鋭い、槍のようなものが伸びてきた。
やつの触手だ。
飛び出てきたそれを、剣の片方でなぎ払う。
「ちっ」
水の中、つまり地上はあいつのテリトリーか。
ここを足場にするのは危険だ。
樹上まで再び飛び退く。
すぐにクラウドを追いかけるように触手が伸びてきた。
それを跳躍して避ける。
さっきまで足場だった枝が貫かれて砕けた。
さらに追跡してくる槍の束を両手の剣で対応する。
千切れた触手はすぐに元の形に戻っていく。
相変わらず手応えはない。
なら、魔法ならどうだ。
クラウドは剣を一つに戻し、狙いを定める。
精神を集中。
大剣に内蔵された魔法を使用するための機構――マテリアに、自分の力を集めるイメージ。
回復系マテリアは仲間のユフィの元に、召喚マテリアを含む危険なものは自宅に保管してあるので手元にないが、今ある魔法でも十分強力だ。
きぃぃぃ、と波打つような高い振動音。
“いかづち”のマテリア。
剣の表面が電磁波を帯びる。
そして大きく、剣を振り下ろした――。
「サンダガ!」
落雷が起きたと思わせるくらいの音を響かせ、雷属性の最上級魔法が斬撃となって放たれた。
放たれた雷光は一直線に、魔物の本体に直撃する。
目が眩むほどの閃光。
一瞬、昼間と錯覚させるほどの明るさが泉を照らし、再び沈黙。
並みの魔物ならひとたまりもない、十分な威力のはずだった。
だが。
「効いていない?」
雷撃は魔物の体の表面上を通過しただけだった。変化は見られない。ダメージは皆無の様子だ。剣も魔法も駄目とは……。
はっと思考から戻る。
四方から魔物の触手が迫っていた。
「くそっ!!」
慌てて襲撃に対応する。
襲いかかってくる勢いがさらに増している。触手の数はさらに倍増していた。
珊瑚の樹々が倒れていく中、森の中を水の手がクラウドを覆い隠していく……。
捌く、ひたすらに捌く。
手応えがない。
まだ数が増える。
……捌き、きれない!
左肩を触手がえぐる。
「ぐっ……!」
一瞬気が削ぎれ、それが命取りだった。
触手に右手を絡め捕られる。
「しまった!」
続いて左手、胴体、右足。
「うあぁっ!」
クラウドは樹上から魔物のいる泉の中心へ引きずり込まれていった。
・・・
四肢をすべて掴まれ、抵抗しようにも身動きが取れない。
「くっ」
クラウドを捉えた魔物は拘束を更に強め、彼をさらに近づけた。
目が何処にあるか知らないがこの化け物はまるで自分を観察しているかのようだった。
なんなんだこいつは。
こんな魔物、この地域でいままで見たことがない。
――ジジッ――
目の前を再びノイズ、
今度は頭に激痛となって襲いかかった。
「がっ!?」
何かがクラウドの中に侵入してきている。
そいつは頭の中を動きまわっている。
「ぐあああああああああ!」
目が眩み、
吐き気を催し、
体の中をおぞましい何かが駆け巡る。
息が、できない。
こいつッ……何を…?
それは探るようにクラウドの頭の中を掻き混ぜていく。
並行感覚を失い、天と地が逆さになった。
自分がどこに居るのかも、わからない。
そして、その何かはクラウドの記憶を勝手に引きずり出そうとしていた。
彼の心の奥に閉まってあった記憶までも。
やめろ、
クラウドの懇願もむなしく、目の前に記憶の断片が映し出されていく――。
それを、見るな!
―― 子供の頃、クラウドはいつも遠くから同じ年頃の子供達を眺めていた
―― 俺はあいつらとは違う。そう考えるようにしていた
―― ソルジャーに憧れて村を出たのに、現実は一介の兵士。
―― 幼馴染との約束を守れそうにない、弱い自分に嫌悪した。
―― 炎に包まれた故郷。長身の銀髪の冷たい眼をした男
―― 自分の頭をなでる、親友の最後の姿
―― そして“彼女”は祭壇で
くそっ!
歯を食いしばる。もう、心を掻き混ぜられるのはうんざりだ!
抑えこまれた右手の剣をクラウドは強く握り締めた。
「ううあああああああああああああああああああああ!!」
クラウドは叫び、残す力を振り絞り、剣を持つ右腕に力を込め、魔物の束縛から強引に引き剥がした。
腕に纏わりついていた粘着質な液体が辺りに飛び散った。
その腕を、そのまま魔物の体へあらんかぎりに突き刺す。
魔物はまるで気にも止めない。
効かないとわかっているからなのか。
液体でできたその体には、やはり物理的な攻撃は効果が無いようだ。
だが、クラウドの狙いはそこではない。
―― 外側が駄目なら
「中からだったらどうだ……!」
“ほのお”のマテリア。
水中で大剣が発熱する――
「ファイガ!!」
赤い閃光が鈍く透ける魔物の体の中で走り、瞬間、それの体が弾け飛んだ。
強烈な熱に水が一瞬で蒸発し、ジュウという音とともに、視界がどす黒い蒸気に覆われた。
威力の反動で体を束縛していたものが解け、解放される。
手応えがあった。
今のはおそらく効いたはずだ。
物理攻撃も魔法も効かない上での苦肉の策。
倒せただろうか?
効果の有無を確認しようにもクラウドにそれ以上の力は残っていなかった。
身体が……動かない。
重力に逆らえず、クラウドの体はそのまま泉の中に落下していった。
・ ・ ・
深く、深く、クラウドは沈んでいく。
力が抜けていく。
苦しくはない、さっきまでの痛みもない。だが体はとても重く、冷たく、瞼が勝手に閉じていくのがわかった。
頭に浮かぶのは自分に関わった人たち、共に戦った仲間、そしてエッジにいる“家族”の姿だ。
こんなところで終わるわけには……
マリン……、デンゼル……。
ティ…ファ…。
クラウドが意識を失う最後に見たものは、
泉の底で輝く、どこか緑色の混じるまばゆい銀色の光だった。
02-2
その夜、とある湖の湖上から一筋の光が昇った。
深緑の美しく、妖しく、なおかつ力強いその光は、一瞬にして消え去った為、それを目撃したものはいなかった。
だから光が消えた後に倒れていた青年のことも
その後湖に起こった異変にも、
そしてこれから起こる異変にも、
その時はまだ誰も気付いていなかった。
二つの月が輝くハルケギニアの空。
その中を青い鱗の竜、シルフィードは、主人を乗せて飛んでいた。
夜のひんやりとした風はシルフィードの体に心地よくなじんでいく。
彼女は今とても気分がいい。
この高度まで昇っての飛行は約一週間ぶりだからだ。
「気持ちがいいのね~」
思わず声が出てしまう。でも構う事は無い。ここは空の上だ。主人の他に自分の声を聞かれることはない。
シルフィードは人語を操ることができるほどの高度な知性を持つ存在、伝説の韻龍である。既に200年は生きているが、これでも幼生体であり、それに応じて精神年齢もまだ幼い。
シルフィードが喋れることは他の人間には秘密にすることになっている。秘密を知っているのは彼女の主人だけだ。
シルフィードは顔を少し傾けて、自分の首のつけ根部分にまたがる少女、つまり自分の主人を覗き見る。
彼女の名はタバサ。短い青い髪。眼鏡の奥の瞳もまた、夜にとけるような青。いつも無表情の、シルフィの尊敬すべきお姉さま。
しかし、今日はいつもと違う点を見つける。普段であればタバサはシルフィードに乗っている間はずっと本を読んでいるのだが、今は本を閉じ、月明かりを頼りに、1枚の羊皮紙に目を通していた。
「お姉さま、何を読んでいるの?」
シルフィードが質問すると、タバサは目だけこちらに向けて、短く言った。
「書簡」
その一言でシルフィードは思い出す。
ああ確か、あばずれの屋敷で受け取ったやつなのね。
あばずれとは、タバサの親友、キュルケのことだ。
つい先程まで、タバサとシルフィードはゲルマニアの彼女の実家のツェルプスト―邸にいた。トリステイン魔法学院でのある事件の後でキュルケに頼まれ、学院の教授であるコルベールという男を気絶したままの状態で彼女の実家まで運んでいたのだ。
その後はしばらくは留まっていたのだが、タバサが書簡を受け取り、任務の為にキュルケに別れを告げて飛びだしたのだ。それは今シルフィードが空を飛んでいる理由でもある。
つまりタバサは、これからの任務の内容を確認していたということになる。
そこでシルフィードは、自分が疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「ねぇ、お姉さま。シルフィは言われた通りお屋敷の方に向かっているけど、どうして?」
そう、このままいけばラグドリアン――タバサの実家の方に着いてしまう。
任務に向かうにしては妙だし、屋敷に一旦戻るとしても、その場合はいつも馬車を使うはずだからだ。
「任務地はラグドリアン」
「ラグドリアン? また?」
「そう。屋敷には、戻らない」
きゅいーとシルフィードは低く元気なく鳴いた。シルフィードが自分で言ったように、タバサは以前にも、実家オルレアン領近くのラグドリアン湖で任務に就いたことがある。その時はキュルケも一緒だった。
「今度の任務はオーク鬼の退治」
「きゅい。なんだ、お姉さまなら楽勝じゃない」
オーク鬼とはハルケギニアに住む亜人の一種だ。亜人とはいってもほとんど怪物と等しい存在で、力が強く、人を喰らう悪鬼である。平民の剣士が5人がかりでやっと太刀打ちできるという化け物だが、優れた魔法の使い手なら、倒せないことはない。
トライアングルという高位のクラスであるタバサは、その優れたメイジであり、以前にもオーク鬼の退治をしたことがあるので大丈夫だろうとシルフィードは考えていた。
しかしタバサはその考えに首を振る。
「今度はひとり。油断はできない」
「あ、そっか……」
オーク鬼は群れをなすことを好み、数が多くなるほど戦うのは難しくなる。
あの時はトリステイン魔法学院の学友達としっかり作戦を組んで挑んだからこそ、退治できたのだ。
確か、宝探しの時だったけ……キュルケが炎で巣穴からおびき出して、女好きのギ―シュが功を急いで失敗して、それであの使い魔の少年――サイトがとどめをさして…………あの時くっついてきたメイドのお鍋はおいしかったのねー
多少脱線しながらもシルフィードは思い出していく。
こう考えると、タバサにも、いつの間にか友人と呼べる人達がたくさんできていたということに改めて気付いた。
タバサ自身も、少しずつではあるが、変わってきている。
ずっと一人で戦ってきた彼女の事を知っているシルフィードからすれば、それはとっても喜ばしいことだ、と思う。
でも、
それでも彼女は、任務に就く時には友達を頼ることはない。
だれかに助けを求めたっていいはずなのに、彼女はそれをしない。
自分の復讐に、危険なことに、大切な友人を巻き込んでしまいたくないから。
それが理由なのだろう。
いつも口数は少ないけれど、本当は誰よりも優しい。それでいて自分には厳しい自分の主人。
一人で戦う。彼女のその決意をシルフィードは知っている。知っているから何も言えない。
だけど……、
「お姉さま」
「なに?」
「お姉さまは一人じゃないのね。シルフィもいるもん。オーク鬼なんてお姉さまとシルフィにかかればケチョンケチョンのパーなのね!」
だからこそ、せめて、お姉さまがだれかの力を頼れない時は自分が頼りにされたいとシルフィードは思う。
「……ありがとう」
タバサがシルフィードにお礼を言う。そのことは嬉しいけれど、彼女の顔は、やっぱり無表情だった。
ああ……この顔に太陽のような笑みが浮かぶようになる日は一体いつになるのかしら。
彼女が笑顔を向ける相手は、誰になるのだろう。
そんな想像をしながら、シルフィードは主人を乗せて目的地に飛ぶのだった。
・ ・ ・
ラグドリアン湖はハルケギニアでも随一とされる名勝である。
ガリア王国とトリステイン王国との内陸の国境に位置するその湖の面積はおよそ六百平方メイルにも及ぶ。
緑の鮮やかな森と清んだ水のコントラストはまさに自然の生み出した絵画のような美しさで、古より人びとに愛されている。
だが。
「あれ……お姉さま? なんか前来た時よりも湖が小さく見えるのね?」
「……」
タバサは返事を返さないが既に気付いているようだ。
タバサの顔に困惑と警戒の二つが混じる。
雄大な水の情景は狭まり、岸辺が後退している。水の底であったろう部分の多くが露出し、月明かりに黒く鈍く照り返している。
ラグドリアン湖の水位が目に見えて激減していたのだ。
・ ・ ・
シルフィードは湖の縁に沿って滑空する。
「何があったのかしら?」
在りし姿の半分以下となってしまった湖はかろうじて美しさを保っているものの、絵画のような景観のバランスは大きく崩れてしまっていた。
ふと、シルフィードは気付く。
なんだか静かなのね。
古くから生き続ける韻龍の一族である彼女には、大いなる存在、人の言うところの精霊の気配を敏感に感じることができる。
本来ならどこにでもあるもので、タバサのようなメイジが魔法を使役する際に用い、シルフィードのような先住のころから生きる者が力を借りる、この世界を構成している大いなる力だ。
しかし、今この場に感じる気配はとても弱々しかった。
これは一体どういうことなんだろう――。
「あれ、お姉さま?」
考え事をしている間にタバサが背中からいなくなっていた。
見ればシルフィードの遥か下で、自らに浮遊の魔法“レビテーション”をかけて地面に着地しようとする最中だった。
「降りるなら一言声をかけてくれればいいのに、もうっ」
つい文句を言ってしまったが、いつものことだと思い直して、シルフィードも地上に降りていくことにした。
・ ・ ・
タバサがゆっくりと降り立つと、両足が土の中にぐしゃりとめりこんだ。
今彼女が立っている場所は水の干上がった部分にあたる。取り残された水草やらが泥だけになって辺りに散らばっている。水が引いてからまだあまり時間が経っていないようだ。
背後に強い風を感じる。
シルフィードが追いついてきたのだろう。
ずしん、という音が響き、泥が大きく跳ねる。
「いたいのね~」
すんすんと泣きそうな声が聞こえた。どうやらバランスを崩して着地に失敗したらしい。
翼を大きくばたつかせ、その度に泥が飛んだ。
タバサは溜息をついた後、短くルーンを唱える。
「お姉さま、ありがとう!」
タバサの浮遊の呪文に助けられて、どうにか立ち上がることに成功したシルフィード。その体は泥だらけだった。
その様子に関心を見せず、タバサにさっさと歩いていってしまう。さっきシルフィードが飛んでいた反対の方向だ。
「どこにいくの?」
シルフィードの質問に、タバサは答えない。
今回の任務とこの異変は何か関係があるのだろうか?
歩いているうち、タバサの頭に最初に浮かんだ疑問がそれだった。
オーク鬼の退治などという、“表”の花壇騎士でも処理ができそうな仕事が自分に回ってきたことを考えると偶然とは思えない。
騎士としての経験から来る勘が「ある」と告げていた。
油断はできない。
任務に就くのは、一旦休んで準備を整えてからにしようと考える。
とりあえず今は、さっき上空から見えたものを確認することだ。
シルフィードに乗っていた時、奇妙なものが目に映ったのが気になっていた。
このあたりだったはず
目線の先に、岸辺に横たわる、大きな黒い物体。
――あった。
タバサはしゃがんで、それを調べる。
「なに、これ?」
「……わからない」
タバサにとっても見たことのない物体だった。
濡れた土にめりこんで横たわるそれは、彼女の身長の倍はありそうに思われた。手で触れてみると、冷たくて、硬い。
これは……鉄?
よく見れば車輪のようなものが二つ取り付けられている。これは乗り物だろうか? そう思えば、見えなくもない。
タバサの脳裏に、自分が在学している学院の同級生である少女の、使い魔が乗っていた“竜の羽衣”とよばれる乗り物のことがよぎる。
形は違うが、この物体はあれと近いものに感じる。
もう少し調べようという時、後にいたシルフィードが声を上げた。
「お姉さま、人が倒れているのね!」
タバサが反応して、シルフィードの見ている方を向くと、暗がりに横たわる、人のシルエットが見えた。彼女は謎の物体については一旦切り上げ、そちらを優先することにして、倒れている男に近づいた。
若い男だ。タバサよりだいぶ歳上ではありそうだが、せいぜい20代前半といったところだろう。シルフィードが見つけなければ気付かなかったかもしれない。金髪に上下とも黒い服装。左の肩にえぐれたような跡がある。そして、右手には身の丈ほどもありそうな巨大な剣を握っていた。
「うっ……」
男からうめき声が漏れる。
まだ生きている。
タバサは短くルーンを唱え、杖を振る。
探査の魔法“ディテクト・マジック”だ。
すると、男と、手にする大剣から魔力を探知する。
この男、メイジだろうか? 服装だけ見れば、傭兵にしか見えないのだけれど――。
「この人、不思議な感じがするのね」
シルフィードが横から口を出す。
「不思議?」
「うん」
「どういうこと?」
「うーん……なんていうか、いろいろ混ざりあった気配がするのね。だから、なんか不思議」
「具体的には?」
「わかんない」
「……」
不思議な気配。
シルフィードの言葉を聞いて、少し悩んだが、タバサは決心する。
男に杖を構え、またルーンを唱えた。浮遊の魔法“レビテーション”だ。
そして浮かんだ男の体をシルフィードの背中まで運んだ。
「この人、どうするの?」
「屋敷につれていく」
「えっ、お屋敷に?」
驚いてシルフィードが疑問を投げかける。今回は屋敷に立ち寄らないはずだったこともあるが、もともと、タバサが実家に他人を入れることはめったにないからだ。
「放っておくわけにもいかない。それに」
タバサは湖を見る。
その青い瞳は鋭く細い。
「何か関係があるかもしれない」
触手プレイから始まる異世界転移。
クラウドさん精神攻撃には耐性弱いです。