ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
“風が呼んでいる”
そんな気がして、ジョゼットは始祖への祈りを止めて顔を上げた。
彼女の羅紗を編み込んだような銀髪がはらりと垂れて、首にかけた銀の聖具が揺れた。
狭い礼拝堂の中、七色のステンドグラスに夕陽が差し込んでいる。
空気はどこまでも静謐で、光にさらされた埃が漂っていた。
静かだった。礼拝堂の中には、ジョゼット一人だけであった。
いつもなら彼女に纏わりついてくる修道院の少女たちが、今はいないせいだろう。
娯楽ないこの場所でいつもと違う行動をしているというだけで大騒ぎする彼女達も、日に日に元気をなくしていく様子のジョゼットに遠慮していたのだ。
彼女は扉を開けて外に出る。
吹きすさぶ強い潮風が、彼女の鼻をくすぐった。
周囲を広漠とした外界が広がっている。
猫の額ほどの小さな土地に、礼拝堂と石造りの宿舎が建てられている。
その小さな世界が、彼女の全てであった。
セント・マルガリタ修道院。ここはそう呼ばれている。
ガリアという国の北西部に突き出た細く長い半島の先端に位置する場所にあるのだそうだ。
そう、と言うのは、そもそもジョゼットは物心ついてからこの場所から出たことがないからだ。
修道院の院長から教えられたこと以外、彼女は何も知らない。
——今日こそは、来てくれる気がする。
予感を抱いてジョゼットは空を見る。
彼女の眼にはうっすらと隈が出来ていた。
ここ最近頻繁に見るようになった“夢”に、彼女は悩まされていたのだ。
それはとても、とても恐ろしい夢で、眠れない日々が続いていた。
修道院長に相談をしてみても、祈りを捧げて心を静めなさいと言われるだけだった。
だが……その悪夢はいくら祈りを捧げても消えることはなかったのだ。
“彼”なら何かわかるかもしれない。
最近になって、この修道院にやってくるようになった神官様。
外の世界からやってきたあの人なら……。
外界の彼方に小さな物体が飛び、こちらに近づいてくるのが見えた。
それは風竜であった。背中には人の姿が見える。ジョゼットの心は湧きあがった。
彼女のすぐ上空を横切り、風竜は中庭に降り立つ。
彼女は慌ててそれを追いかける。
「竜のお兄さま!」
神官服に身を包んだその彼は、到着して早々彼女に抱き着かれたことで、少々面食らったような顔をしていた。
整えられた金髪に左右色の違う瞳をもつ青年。
名前をジュリオといった。
ロマリア連合皇国の助祭枢機卿……それが彼の持つ肩書である。
「どうしたんだい、ジョゼット。いつもと調子が違うじゃないか。何を慌てているんだ」
「お兄さま、私どうしても聞いてほしいことがあるの。とても恐ろしい夢をみたの。いくらお祈りをしても、心から不安が消えないの。ねえ、私のお話を聞いてくださらない?」
「夢だって?」
彼女の剣幕に、ジュリオは驚いた。
「ジョゼット、神官さまを困らせてはいけませんよ」
傍にいた修道院長が窘めるが、ジュリオはにっこりと笑顔で対応する。
「時間をつくるよ。詳しく聞こう」
・ ・ ・
「世界が燃える夢を見たの」
礼拝堂の中でジュリオと二人きりになったジョゼットは夢の内容を語り始めた。
「私、この修道院ではないどこか別の場所にいたわ。乾いた砂の土地……絵本でしか見たことがなかったけれど、あれが砂漠というのかしら。その中にある、大きな都に私は立っていたの。
とても精工に造られた高い建物が立ち並んでいて……でも、その全てが、燃えていたわ。
遠くを見ると、何かの大きな影が、都を見下ろしているの。ドラゴン?ううん、きっともっと恐ろしいモノ……。それが人も建物も全てを燃やしてしまうの。
とても熱くて……、息苦しくて……。あちこちから悲鳴が聞こえても、私何もできなくて……」
震えるジョゼットの方にジュリオが手を添える。彼女は短く息を整える。
「最後には景色が真っ暗になって、どこからか、誰ともわからない声が囁くの。“目覚めよ”“備えよ”って。そうして気付くと朝になっているの」
彼女はジュリオに縋りついた。
「何度も、同じ夢を見たわ。竜のお兄さま、私おかしくなってしまったのかしら。怖いの。あの夢がいつかほんとうになってしまう気がして仕方ないの」
「大丈夫だジョゼット。心配することは何もないよ」
ジュリオは彼女を落ち着かせるように優しく話しかける。その顔は普段の飄々としたものとは違って真剣そのものだった。
「君の見たそれは、きっと始祖のお告げに違いない。夢の通りにならないようにお導きくださったんだ。話してくれてありがとう。僕はこのことを急ぎ教皇に伝えなければ」
「もう行ってしまうの?そばにいてはくださらないの?」
ジュリオはジョゼットを抱き寄せた。彼女の白い頬が赤く染まる。
「準備ができたら、君を迎えに来る。君はおそらく、今後ロマリア宗教庁にとって必要な存在となるだろう。もう少しの間、我慢してほしい」
「ロマリア宗教庁にとって……?あなたにとってはどうなの?」
「……僕にも、君が必要だよ」
そう言うと、ジュリオは彼女の頬にキスをした。
・ ・ ・
竜に乗って去っていくジュリオの姿を黙って見守る。
不安が消えたわけでない。でも少しだけ、気持ちが軽くなったような気がしていた。
あの人は私を迎えに来てくれると言った。
今は、その言葉を信じることにしよう。
「でも、期待していたものとは、少し違ったわ」
赤くなった頬を触りながら、彼女はそう思った。
・ ・ ・
ロマリア連合皇国。それは、ハルケギニア最古の国の一つ。
短くは“皇国”と呼ばれ、ハルケギニア全土で広く信仰されるブリミル教の中心地とされる都市国家連合体である。
広い外海を渡り、ジュリオはこの皇国ロマリアへと戻ってきた。相棒の翼竜アズーロを竜厩舎に預けると、ジュリオ自身は休む間もなくロマリア大聖堂へ足を運ぶ。
大聖堂に向かう目的は、この国の最高権威である教皇に報告をするためである。
彼は必要とあればいつでも教皇に謁見できる権利を持っていた。なぜならば、ジュリオには助祭枢機卿という肩書の他にもうひとつ、別の役割をもった人物であるからだ。
「聖下。このジュリオ・チェザーレ……。あなたの使い魔“ヴィンダールヴ”が只今戻りました」
教皇の謁見室に入ったジュリオが膝をつき恭しく頭を垂れた。彼の右手には“虚無”の使い魔の証であるルーンが刻まれている。
「よく戻りましたジュリオ。長旅ご苦労様です。どうでした、彼女の様子は」
ロマリア教皇聖エイジス三十一世……ヴィットーリオ・セレヴァレは己の使い魔を労う。
まだ若く……金髪の長い髪を持つ彼は、その端正な顔と声に少しだけ疲れが見えていた。
「やはり、間違いないようです。彼女には“虚無”の力を受け継ぐ資格があると見てよいでしょう」
「そうですか。我々の見立ては正しかったようですね。あのような場所に追いやったとしても、その身に流れる“血統”を誤魔化すことは出来ない、ということですね」
ジュリオは頷いた。そう……、ジョゼットはただの孤児ではない。
彼女はある王族の血筋であり……訳あってあのような場所に追いやられているのだ。
それは、今はまだ本人すら知らない秘密である。
本来ならば彼女は、あんなちっぽけな所に閉じ込められているべき存在ではないのだ。
ジョゼットに外の世界を見せてやりたい。
ジュリオはそう考えている。教皇も、彼の考えに賛同してくれた。
打算はあれど、それはジュリオの本心であった。
「“夢”を見たと、言っていました……彼女曰く“世界が燃える夢”、だと」
「世界が燃える夢……、彼女が虚無を受け継ぐものならば、彼女の見たそれは、我々が直面する異変と関係することなのかもしれません」
「何か、わかったのですか?」
教皇ヴィットーリオは頷き、こちらへ、とジュリオを促した。
謁見室の壁面はすべてが本棚である。並べられているはずの蔵書の数々は、ところどころ穴が開いている。その抜き取られた本は、机の上にどっさりと積み重ねられていた。
“異変”に気づいて以来、ヴィットーリオは寝る間も惜しんで過去の書物を調べ続けていたのだ。
「まずは、これを見てください」
ヴィットーリオが机に取り出したのは、紐模様の枠のついた小さな古ぼけた鏡だった。何の変哲もない物のようにも見えるが、それはただの鏡ではない。古より伝わる虚無の秘宝の一つ……“始祖の円鏡”であった。
ヴィットーリオが触れると鏡が光輝き、その一面におびただしい量のルーン文字が現れた。
「何なのですか。これは、まさか……」
「そう、“虚無”の呪文です。この円鏡が、あの“災厄”に対する啓示を示して以来、このような状態となりました。ここには、全ての“虚無”の呪文が現れています」
「全て、ですって?そんな馬鹿な!?」
担い手よ、心せよ
その災厄は、地の底、深い奈落からやってくる
滅茶苦茶な文法で形作りられ、まるで無理矢理吐きだされたような警告文を思いだす。
あの時、鏡に表れたそれを見た時と同じ衝撃が、今再びジュリオに蘇っていた。
現れたルーン文字は上から下に流れて次々を虚無の呪文を現していく。
“爆発”、“幻影”、“解除”、“世界扉”、“加速”、“忘却”、“分解”……そうして最後に記された呪文の名は……。
究極にして最後の虚無の呪文。
“
そしてその魔法を行使するために必要な最期の使い魔。
“記すことさえはばかれる”とされた存在。
“リーヴスラシル”
そこには、その事実が記されていた。
「“生命”、そして最後の使い魔“リーヴスラシル”まで………」
この六千年秘匿され続けてきた虚無の魔法のすべてが、こうもあっさりと明かされてしまうとは——。愕然とするジュリオにヴィットーリオは告げる。
「このロマリアに伝わる過去の様々な文献を調べましたが、同じ事象は存在しませんでした。これはこの六千年の時の中で初めて起きた異変です」
「一体……何が起きているのですか?」
「このようなことは前例にありません。ならば、今起きている事象と、我々が知りうる事実を基に推測するしかないでしょう」
ヴィットーリオがジュリオに向き直る。
彼は、自身が知りうる虚無についての事実を整理して説明していくことにした。
「“虚無”の力はかつて、四つの国に分かたれました。それは現在のガリア王国、アルビオン王国、トリステイン王国、そしてこのロマリア連合皇国の四国にあたります。“虚無”の力は始祖ブリミルの三人の子と一人の弟子の血族にのみ扱う資格が与えられたものです。しかし、実際に“虚無”の魔法を行使するためには、さらに始祖から受け継いだルビーと秘宝が必要となります」
「誰が担い手に選ばれるのかまではわからない。虚無の魔法は、担い手が必要とする時に、必要な呪文が現れる。それが、虚無の継承でした」
「そうですジュリオ。始祖はなぜ“虚無”の力を四つに分けたのか。そして、なぜ“虚無”の行使にルビーと秘宝を必要とするという“枷”を嵌めたのか。今、その意味を考える必要があるのです」
ヴィットーリオは言葉を続ける。
「理由は二つあると考えます。一つは後世に確実に“虚無”を継承させる為です。長き時の中で四つの国のいくつかが滅亡したとしても、使命を全うする後継者が未来に残るようにしたのです。
そしてもう一つ……“枷”を嵌めたのは力の悪用を防げるためでしょう。始祖の秘宝を所持できる“権威”と“血”を受け継いだ者にのみ力を扱う資格を与え、さらに使用できる虚無の魔法を限定させることで、たとえ“虚無”に目覚めた者に悪しき意志があったとしても、その強大な力が無暗に扱われるリスクを少しでも減らすことが目的だったのではないか、と。ですが……ジュリオ、ごらんなさい」
そう言うと、ヴィットーリオは呪文を唱え始めた。
——ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ……
その呪文を聞いているうちに、ジュリオは心に安らぎのようなものを感じていた。
ジュリオはすぐに直感した。これは、“虚無”の呪文の一節ではないかと。
——ハガス・エオルー・ペオーズ……
ヴィットーリオは詠唱を途中で打ち切った。虚無の魔法には膨大な魔力を必要とする。不必要な消耗を控えたのだろう。それでも、杖を振った先にその効果は表れていた。
「銀の光の鏡……」
ジュリオが呟くその先には、キラキラと輝く光が浮かんでいる。
「“
「ですが、聖下は“始祖の円鏡”のみで新たな呪文を授かることができた。“枷”が外れている……いや、緩められている、ということでしょうか?」
「ええ、そう見るべきでしょう。以前とは違い、始祖の秘宝のひとつさえ手元にあれば呪文を授かることができるようです」
ヴィットーリオが杖を軽く降ると、銀の輝きは瞬時に消失した。
「今回現れた啓示は、始祖が後の世界に残した安全装置のようなものが発現したためではないかと、私は考えています。我ら虚無の担い手の使命……、"聖地"の奪還という目的を阻む、強大な災禍が出現した場合に備えて、対抗手段を残しておいたのではないかと思うのです」
「強大な災禍とは、一体?」
「始祖ブリミルの生まれ故郷から来たもの想定していたのか、それとも別の場所か……。いずれにせよ始祖の出自を考えれば外世界からの侵略があった万が一のことを想定していたとしても不思議ではありません」
「災禍……、地の底からやって来る災厄……」
思考するジュリオの言葉を引き継ぐようにヴィトーリオが答える。
「それは言うなれば、世界の敵です」
世界の敵。
もし、そんな存在が本当に実在し、このハルケギニアに潜んでいるのだとすれば、それはどれほどの脅威なのだろうか。すべての虚無の魔法を解放しなければ対抗できないほど、恐ろしい存在なのだろうか。
「我々が行うべきことは二つ。ひとつは四の四に分かたれた虚無の担い手をその使い魔を集めること。そして、もうひとつは“災厄”の正体を掴むことです」
「しかし聖下、災厄の正体など、見当もつきません」
「いいえ、ジュリオ。私には思いあたる節がある。連日ハルケギニア各地で頻繁している地震……、それが何か関わりのあることなのです。急ぎ観測隊を派遣し調査を行っていますが、その結果が出るまでにはもう少し時間がかかるでしょう」
「地震ですか……。確かに、想定より遥かに早く進行しています。しかし聖下、原因はすでに判明していたではないですか。その理由があるために、我らは“聖地”を目指すのではなかったのですか」
反論するジュリオにヴィットーリオは首を振る。
「いずれ、わかるでしょう。しかし今はそれよりも優先して対応しなければならない事があります」
「これ以上に一体何があるというのですか」
「始祖の円鏡に起きたこれらの現象は、我々の元のみに起きていたわけではないだろう、ということです。それがどういう意味かわかりますか」
ジュリオははっと気づき、青ざめた。
「まさか……、始祖の秘宝を持つ他の“虚無”の担い手の元にもこれと同じ啓示が現れているということですか」
現代に蘇った虚無の担い手は四人。
ロマリアはその諜報力によって、使い手達の居場所を既に把握している。
一人は、このロマリア皇国の教皇ヴィットーリオ。
一人は、トリステイン王国のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
一人は、アルビオンの辺境に住む少女、ティファニア・ウェストウッド。
そして最後の一人こそが、今日のハルケギニア各国に戦火をもたらし、虚無の力を悪しき目的に利用している男……、ガリア王国の“無能王”ことジョゼフ一世である。
「大変ではないですか!野望多きガリアの王が“虚無”の秘密の全てを知ってしまったとしたら。もしあの男が“生命”の魔法を使いでもしたら、それこそ、このハルケギニアを滅ぼしかねない!」
「いえ、あの男に“生命”は使えないでしょう。なぜなら“生命”には最後の使い魔“リーヴスラシル”が必要不可欠であり、そのルーンが最大限の効力を発揮するためには、使い魔との深い絆が必要になるからです」
ヴィットーリオは落ち着きはらったまま答える。
そう……、ヴィットーリオにはジョゼフという男の智謀の恐ろしさがわかる。
だが同時に、あの男の心の底が見えてもいた。
なぜ、ジョゼフが各国の戦争に暗躍し、このハルケギニアに混沌をもたらしているのか……。
すべてはあの男が“愛”という感情を失ってしまったことに要因があるのだ。
だが......、“愛”を知らなければ、“生命”を使うことはできない。
「ですが、あなたの言う通り、楽観できる状況ではありません。我ら本来の目的である“聖地”の奪還を果たす上でも、ガリア王は大きな障害でした。なによりもあの男は危険すぎる。我々ロマリアが想像だにしない“虚無”の使い方を見つけてしまうかもしれません。事を急がなければ勝ち目が薄くなるでしょう」
ジュリオはヴィットーリオの言葉に頷いた。
他の虚無の使い手ならば、説得のしようなどいくらでもある。だがジョゼフ王は、あの男だけは絶対に味方になることはないだろう。
なればこそ、一刻も早く排除しなければならない。それこそが最優先事項である。
そして、ジョゼフの代わりとなる新たな“虚無の担い手”を目覚めさせ、味方として迎え入れるのだ。その時迎え入れられることになるのは、おそらく……ジョゼットとなるだろう。
「“聖戦”の開始を早めなければなりません。ジュリオ、あなたには早速動いてもらうことになります」
「聖下の仰せのままに——」
だがその時、謁見室の扉が開かれた。
慌てた様子で入ってきたのはジュリオと同じ助祭枢機卿の肩書を持つバリベリニ卿であった。
彼のもたらした報告は、二人にとって、先手を取られたも同然の内容であった。
「トリステイン王国のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢が、ガリア王国の手の者によって誘拐されました」
・ ・ ・
ガリア王国。
その中心の都市リュティスのヴェルサルテイル宮殿。
ジョゼフ王の私室に、オルゴールの音色が響いていた。
普通の人間には聞こえることのないその音色に、彼は聴き浸っている。
初歩の初歩の初歩、“エクスプロージョン”
中級の中の上、“世界扉”……。
“加速”……。
“幻影“……。
”分解“……。
メロディの中で伝えられる虚無の呪文の数々を聴ききながら彼は思考にふける。
オルゴールの音色が終わりに差し掛かる。
最後の呪文…… “
聞けば聞くほどに、凄まじい威力を持った呪文であった。
「“生命”などと……何の皮肉なのか。笑わせるな、始祖よ。何を考えてこんな呪文を残したのだ。お前は、後の子孫に一体何をさせるつもりだったのだ」
彼は独り言のように呟く。
「始祖よ。お前には“愛”とは何か、わかっていたのか」
彼は自室の床を見た。そこには一人の女性が倒れ伏していた。
胸をかきむしり、苦しそうに呻いていた。
彼女の視線がジョゼフに突き刺さる。
「なぜ……ですか。陛下」
その言葉を最後に女性は力尽きる。
彼女の名前はモリエール。
ジョゼフの愛人であり、彼のことを“愛している”と告げた女であった。
ジョゼフは彼女の死に対して何の感情を持つこともなかった。
だが……彼女の胸元で輝いていた光の灯火が消えるの見た彼は、
微かに……確信の笑みを零したのであった。
次章、ガリア王編に続きます。
その前にタバサの冒険の番外編を投稿予定。
タバサと軍港編後~トリスタニア到達前くらいの時系列のものになると思います。