ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
EXTRA-05
「だいぶ登って来たな……」
ガリアの山深い森の中を、目的地に向かって歩いていた。
誰が通ったとも知れない獣道をかき分けて、急な斜面を登っていく。
常に湿った空気の流れる山中において足元の土は脆く歩きにくい。
それでも、ソルジャーと同等の身体能力を備えたクラウドならば、この程度の山登りは苦にもならない。
しかし、彼は同行者への配慮を欠いていたことに気づく。
振り返ると、タバサがかなり遅れて後方を歩いている。
「すまない、速く歩きすぎた」
「……平気」
いつもなら疲れなど微塵も表さないタバサでも、息が荒いのが見て取れた。
今回の目的地は交通の便がないため、一番近い街から歩いて向かわなければならなかった。
シルフィードがいない現在、魔力を温存するという理由でタバサは魔法の使用を控えている。
彼女がいくら優秀なメイジとはいえ、魔法を使わなければ普通の少女とそう変わりはない。
大人でも歩いて三日はする道のりだ。
こんな山道でさえ常人以上の速さで移動することが出来るクラウドに合わせるのは、さすがに堪えるのだろう。
「少し休むか」
「問題ない。このまま進む」
「だけどな――」
「大丈夫だと言っている。私は疲れていない」
クラウドの言葉を遮る形でタバサは主張する。だが、それでは疲れていると言っているようなものである。
静かな印象を持つ彼女だが、意外に頑固なところがある。
そういった点は自分と似ているかもしれない。彼は内心で苦笑する。
彼女の言葉を聞かなかったことにして、クラウドは周囲を見回した。
獣道の先、少し高台となる場所に大きな岩がある。地面も比較的平らなようだ。山道の途中で自然にできた休憩地の様なものかもしれない。
「あの岩陰で休もう」
「だから――」
反論を言いきる前にクラウドはタバサの頭に手を置いた。
子供慣れしていない反動からか、頭に手を置くのが彼女とのコミュニケ―ションの手段になってしまっていた。
なるべく優しい口調で、諭すようにクラウドは言う。
「俺が疲れたんだ」
・・・
岩に背中を預けてクラウドは地面に腰を降ろす。水筒を取り出すと一口含み、喉を潤した。
タバサはどこか釈然としない様子であったが結局彼の横にペタリと座った。
「しかしまた討伐任務とは、こき使われているな」
「軍は暇じゃない」
タバサは答えると、クラウドが渡した水筒を受け取った。
彼女は両手で水筒を掴み、その飲み口をじっと見つめていたが、しばらくすると決心したように、一気に口に含んだ。
「そういえば戦争中だと言っていたな。うかつに軍隊を動かせないわけか」
ハルケギニアは今トリステインとアルビオンという国が戦争の真っただ中の状況にあるらしい。戦時中となればもちろん、隣国であるガリアでも無関係ではいられない。
現在ガリア軍隊は厳戒態勢にあり、そのために北花壇騎士であるタバサに末端の仕事が回ってきているのだ。
どこの世界でも戦争か、と溜息をつく。
クラウドの世界でもほんの数年前まで新羅カンパニーがあちこちに戦争を仕掛けていたのだ。
「タバサ?」
「……」
タバサを見ると、クラウドに寄り添い黙々と水筒を飲んでいた。
どこかぼんやりとした表情だ。
やはり、連日続く任務とこの山道で疲れているのかもしれない。
彼女の頬にほんのりと赤みが差しているのは、きっとそのせいだろう。
「おい、大丈夫か?」
「……!」
肩に手を触れるとびくん!と激しく反応する。
「な……何」
「やっぱり疲れているみたいだな。もう少し休んでいくか?」
「へいき……」
「本当か?」
「だ、大丈夫だから……」
彼女は顔を真っ赤にして、顔を伏せた。
心配するクラウドは荷物の中からポーションを取り出した。
「飲むか?体力を回復できるはずだ」
タバサは慌てた様子で首を振った。
「そこまでする必要はない。貴重な品だと聞いている。もう残り少ないのでは?」
タバサの言う通り、元いた世界から持ってきたポーションはこれで最後であった。
ラグドリアンでの一件で、所持していた大部分をシルフィードの治療に当ててしまったためだ。
だがクラウドは戦いの中でポーションに頼ること自体ほとんどなくなっている。
そのこともあり、特別大切に保存するつもりもなかった。必要であれば誰かのために使ってしまおうと考えていたのだ。
だが、タバサは改めて断り、その理由を答えた。
「ここから目的地はもう近い。一気に進んだほうがいい」
タバサが指で示す。この岩場のある場所は見晴らしが良く、遠くまでよく見える。
山々の間の窪地に小さな村があった。
アンブラン村。それが今回の任務地の村の名である。
「ならいいが。それで、今回は何を討伐するんだ?」
「……コボルトという亜人」
コボルトとは犬のような頭を持つオーク鬼とはまた違った亜人のことである。
タバサによると力も知能もたいしたことがないので平民の戦士でも戦える相手らしい。
ここはラグドリアン湖から離れているので、以前のように魔晄の影響を受けた個体がいる可能性は低いだろう。
「また苦戦しないといいがな」
「心配はしていない」
「どうしてだ?」
タバサは、ぽつりと呟く。
「貴方が、いるから」
・・・・・・・・・
アンブラン村。ガリアの南部に存在し、三方を高い山に囲まれた奥に、その村は存在していた。
周りから切り離された土地に位置し、一番近い街からも三日はかかる為、他との交流も少ない。
陸の孤島のような場所であるとタバサ達は想像していたのだが、到着してみると村は以外なほどに賑わっていた。
「おやおや!この村にお客とは珍しい!」
訪れた二人に朗らかな笑顔を向けて、村人たちが集まってきた。
「ようこそ、アンブラン村へ」
「まあ、ここまで歩いてきたのかい?それは疲れただろうに!」
「すっごい大きな剣だね!お兄さん剣士様なのかい?かっこいいねえ!」
老若男女が取り交わった、大勢の人間が二人を出迎えた。
コボルトに襲われているというのに村人たちに悲壮な感じはまるで見受けられない。
以前に訪れたキルマ村とは何もかもが違う印象であった。
「……気付いたか?タバサ」
クラウドの言葉にタバサは無言で頷く。
別に村人たちにおかしいところがある訳ではない。
ないのだが……、何かが妙なのだ。
連日の任務で疲れているのかもしれないとも思った。
だが、クラウドも同じ違和感を感じ取っているということであれば、これはきっと気のせいではない。
「こりゃあああああああ、何をやってるかああああああああ!!!」
ガチャガチャと鉄の音を響かせて、甲冑を着込んだ老人が小走りでこちらにやって来た。
真っ白な髭と髪が兜の中から飛び出ている。相当な高齢のようだ。背負った長槍が重いのか、息を切らしている。やってきた老人は、古びた長槍をクラウド達に突き付けてきた。
「怪しいやつめ!わしの許可なくしてこのアンブランに立ち入ることは許されぬぞ!」
「なんだ、あんた」
「わしはユルバンと申すもの。恐れ多くも領主のロドバルド男爵夫人よりこの槍を与えられ、このアンブラン村の門番件警士として治安を預かっている。さあ神妙に名乗れ、この村に何の用で来たのだ!」
「ユルバンさん、失礼ですよ。おそらく、この方たちはお城からいらした騎士さまでしょう」
村人の一人が呆れたように言った。
「うぬ?確かにこのお嬢さんはマントをつけておられる。とすると……」
「花壇騎士タバサ」
「それと……その従者だ」
老人に向けてタバサとクラウドが告げる。
「わたしたちは、コボルトの退治にやってきた」
「なんと!」
ユルバンは驚くと共に、悔しそうに顔を歪ませる。
「ぬぬぬ……あれほどわし一人で十分だと申し上げたのに、夫人様はこのわしが信用ならぬとおっしゃるのか!」
がしゃんがしゃんと音を立て、その場で地団駄を踏む。
老人はこうしちゃおれん、と踵を返して去っていった。
「なんだったんだ……」クラウドが呟いた。
「あのユルバン爺さんは村を守ってくれている兵隊さんなんだ。だが、見てのとおりもう年でね」
「昔は相当腕の立つ使い手だったらしいけれど、さすがにもう無理があるわよねぇ」
「いやはや、あんた達が来てくれて助かったよ。あの爺さん一人でコボルト退治に行くっていってきかないんだから。危なっかしくて見てられなかったよ」
村人たちは口々に笑いながらそう言った。その口調は穏やかなもので老人を侮蔑するようなものではない。どうやら、彼は村人たちから大切にされているらしい。
老人の去っていた方角に依頼主の男爵夫人の屋敷があると聞いて、タバサ達はそこに向かうことになった。
「どうしたの?」
途中で、ふいに立ち止まったクラウドにタバサは声を掛ける。
「いや……」
クラウドは辺りを見回す。
木造の建物。通り過ぎる人々……、何の変哲もない田舎の村のはずだ。
だが、どこか妙で、そして既視感のようなものがあった。
「この風景を、俺は知っているような気がする」
そう、どこかで……。
・ ・ ・
村の領主とされるロドバルド男爵夫人の屋敷は、小さいながらも手入れの行き届いた貴族屋敷であった。
「奥様!いったいどういうことですか!私の代わりに、王都からあのような年端もいかぬ少女を呼びつけるとは!」
ユルバンの怒鳴り声が、屋敷の外まで響いている。
おろおろとした様子の小太りの執事に案内されて、二人は書斎に向かう。
書斎にはユルバンと、彼の剣幕に困った様子の銀髪の老婦人がいた。彼女がロドバルド夫人だろう。
「ですがユルバン、あなた一人ではさすがに無理だわ」
「わたくしの腕がご不満だというのですか!私は、五十年以上もロドバルド家、ひいてはこのアンブランを守ってきた男ですぞ!コボルトごときに遅れをとるはずがありませぬ!」
「とにかく、今言った通りです。あなたには村を守るという役目があります。この村を出ることは許しません」
「私を討伐隊から外すと?納得できませぬ!先程お会いしましたが、貴族とはいえ子供でしたぞ!従者もどこの馬の骨ともしれん奴でした。おそらく碌に戦いの経験もないでしょう。わたくしを差し置いて、そのような者たちに任せるとは!」
「ずいぶんな言い草だな」
タバサと一緒に書斎に入ったクラウドが言う。
「ユルバン、遠くからいらしてくれたというのに失礼ですよ。騎士さま、ようこそいらっしゃってくださいました」
「ガリア花壇騎士、タバサ」
一連のやりとりを全て無視して、タバサが短く名乗る。
ユルバンはふん、と鼻をならすと、悔しそうに部屋から出て行ってしまった。
「失礼を許してくださいね。悪い人ではないの。ただ少し責任感が強いだけなの」
タバサはどうでもいい、という様子で頷く。
クラウドも興味なかった。まず聞きたいのは仕事の話だったからだ。
・・・・・・
食事の席で任務の話をすることになった。
ロドバルド男爵夫人が現状を説明する。コボルトの群れが住み着いたのは今より一か月前のこと。ここから一時間ほど離れた廃坑をねぐらとしているらしい。
今のところ目立った被害は出ていないが、既に偵察隊が幾度か様子を探りにやってきているようだ。
「群れの規模は?」タバサが尋ねる。
「おそらく三十匹ほどかと。コボルトは用心深いですから、こちらの防備がたいしたことがないとわかれば、一気に襲ってくるでしょう」
「なら、その前に叩くべきだな」
「あの……大丈夫でしょうか?」
クラウドとタバサが頷くと、夫人はほっとしたようで、顔が晴れやかになった。
「ああ、よかった。では仕事の話は一旦おしまいにしましょう。丁度食事の用意も出来たようです。どうぞ召し上がってください」
執事が運んできた温かい料理がテーブルの上に並べられた。クラウドはフォークを手に取り、肉料理を一口含む。そしてわずかに眉をひそめた。
味が……薄いのである。とにかく塩気が足りない。
タバサを見ると、目が合った。彼女も手が止まっている。
どうやら、クラウドの気のせいではないようだ。
ロドバルド男爵夫人は独り身のようである。年寄り相手の料理だから味が薄いのかもしれない。
出された料理に文句をつけるわけにもいかず、黙々と口に運んでいると、夫人はユルバンのことで、と言って話し始めた。
「お願いがあります。ユルバンはおそらく『自分も連れていけ』とあなたに言うかと思いますが、その際はきっぱりと断ってください」
「なぜ?」タバサが聞いた。
「ユルバンはあの通り、かなりの年でございます。正直に言って亜人相手の実戦には耐えられないでしょう。実は……今回の仕事を依頼する理由はこの為なのです。彼を危険な目に合わせないために、代わりに討伐できる方をお呼びしたのです」
「あのじいさんが、そんなに大切なのか?」
夫人は頷いた。
「彼は何十年も、わたしの幼いころからずっと、我が家のために尽くしてくれました。夫に先立たれ……子供もいない私にとって家族同然の存在なのです」
「家族同然、ね」
一介の戦士がここまで大事にされることに、多少の違和感があった。
ユルバンは五十年以上もロドバルド家に仕えてきたと言っていた。
家族同然、というのも間違いではないのだろうが……。
何か……、そう何かが変な気がする。
――ジジッ
頭の中でノイズと共に、鋭い痛みが走った。
気分が悪くなり、目の前がぐらついた。
また、これか。
“こう”なるのは、決まってクラウドの躰に埋め込まれた存在の能力が顕現している時だった。
2年半前の旅路でも、度々このような痛みに襲われることがあった。今のこの感覚は、特にそれに近いように思われる。
これは、そう……。
忘れていた何かを、思い出そうとしている感覚だ。
だが、ここはクラウドが元いた世界ではない。
初めて来たこの場所に何かを思い出す要素など、何もないはずではないのか。
「クラウド?」
「あの、大丈夫ですか、どこか具合が悪いのですか?」
声をかけてくるタバサと夫人に対してクラウドは大丈夫だ、と短く答える。
「もうお休みになった方がよろしいかもしれませんね。どうか明日はよろしくお願いします」
夫人の言葉で、食事の席は終わりとなった。
・・・・・・
タバサは執事に案内され、用意されていた客間に入った。
明日の戦いに備えて作戦を考えなければならない。コボルト自体は大した敵ではないが万が一ということもあるからだ。それに……懸念もあった。
この村は何かがおかしい。
その違和感は村に来た時から徐々に膨れ上がっていた。
何がおかしいのかと言えば、普通過ぎる。とにかく普通過ぎるのだ。
村がコボルトに襲われているというのに、村人達は恐怖に怯える様子もなく、普段通りに生活している。
以前にオーク鬼に襲われたキルマ村の人たちの怯えようを見ているから、わかる。
ここに住む人間達には”温度”というものが足りないのだ。
何か、大きな秘密があるような気がしてならない。それは任務にも関わることである予感があった。
一人ではこんなにも早く気付くことは出来なかっただろう。クラウドも同じ疑念を抱いていたからこそ、タバサは自身の違和感に確信を持つことが出来たのだ。
しかし、クラウドは今この部屋にはいない。
先程、村を見に行くといって出て行ってしまった。
彼も、調べることがあったのだろうか。
食堂での会話以来調子が悪そうであったが大丈夫だろうか……。
クラウドがタバサの任務を手伝うようになってだいぶ経っていた。
シルフィードも彼女にとって大切な使い魔であったが、それとは違う意味で、任務の相棒として、彼ほど頼りになる人間は他にいなかった。
共に戦い、背中を守ってくれる存在がいることが、これほどの安心感をもたらしてくれるとは思いもしなかったのだ。
現状は変わらず、過酷な任務の連続ではあるが……、クラウドと一緒であれば乗り越えていけるように思える。
できれば、これからも、ずっと一緒に――
そんな考えがよぎるが、思い直す。
彼がタバサの従者でいるのはトリステイン魔法学院で才人と会うまでの間だけである。
そもそも、彼は別の世界の人間なのだ。彼には彼の、タバサにはタバサの目的がある。
帰る方法が見つかればクラウドがタバサと行動を共にする理由はないのだ。
彼と一緒にいることに、慣れてはいけない。
……寂しい、とも思ってはいけない。
そうでなければ、いつか来る別れが、きっと辛いものになってしまうから。
その時ドアがノックされる。
クラウドが戻ってきたのかと思い、ドアを開けると平服に着替えたユルバンが立っていた。
「お頼み申す。どうか、わしも明日の討伐に連れていってくださらぬか!」
「……」
ユルバンは片膝をついて時代かかった仕草で頼みこんでくる。
タバサは疑念を覚えた。どうして危険な任務に赴くことをこれほどまでに固持するのだろうか。
だが、先程のロドバルド男爵夫人との約束もある。
心苦しいが、この老人の頼みは、断らなければならない。
・・・
同じ頃、クラウドは村の中を歩いていた。
目的は村人の観察だったが、既に日が落ち始めているからか、村中を歩く人の姿は見えなくなっていた。
居酒屋を見つけた彼は、試しに入ってみることにした。
中に入ると客たちが一斉にクラウドを見る。
だが……すぐに何事もなかったように自分たちの話題に戻る。
「……」
椅子に座ると酒と一緒につまみの料理を注文する。
年配のおかみが運んできたそれを口に入れる。
「味が薄い……」
ロドバルド男爵夫人の屋敷で出されたものと同じだった。
おかみに文句をつけると、黙って塩と胡椒の小瓶を置いていった。
辺りを見回す。村人たちは薄味の料理に文句をつけるわけでもなく普通に食事をしていた。
「薄味の村、か……」
クラウドは黙って、そのまま店を出た。
男爵夫人の屋敷の料理だけ味が薄いのなら理解できる。それが年老いた夫人の為の料理だとわかるからだ。だが、その味付けが村全体にまで及ぶのは、不自然ではないだろうか。
それに……それだけではない。
客たちが一斉にクラウドを見た時の全員の表情が、まったく同じだったのだ。
まったく同じ……何の感情のない顔であった。
まるで人形のような、人ではないような……。
鋭い痛みがまた走る。
もう少しだ。
何かが、もう少しでわかりそうな気がする……。
ふと、前を見ると、クラウドが歩く道の先に、トボトボと肩を落とす老人の姿があった。
鎧姿ではなく平服だが、その老人はユルバンであった。彼はクラウドに気付くとややっと声を上げる。
「おぬしは騎士さまの従者ではないか。こんなところでひとりで何をやっておる」
「別に。ただの散策だ」
ユルバンはふむ、と何やら考えてクラウドを見る。
「おぬし、名はなんという」
「……クラウドだ」
「クラウド殿、実は頼みがあるのだが……」
「討伐になら、連れていけないぞ」
「何と、なぜわかった!?」
「その様子だと、タバサにも断られたな」
「ぐぬ……」
ユルバンが二の句を告げずに唸る。クラウドは肩を竦める。
「あんた、何でそんなに討伐にいきたいんだ」
「教えたら、連れていってくれるのかね」
「どうかな。決めるのはタバサだ」
ユルバンは辺りを見回した後、溜息を吐いた。
「もう夜も遅い。わしの小屋に来い。そこで話そう」
・・・
ユルバンが住まいにしている場所は村のはずれにあった。
とても簡素な造りの小屋だ。門番件警士である彼は、どうやら見張り小屋をそのまま住居にしているようだ。
中に入ると、手入れをきちんとされた武器や防具が壁に貼り付けて並べられていた。
几帳面な性格なのだろう。
「おっと、こりゃいかん」
テーブルの上に食べかけの食事がそのまま置かれていた。
食事の途中でタバサに懇願すること思いついて出て行ったまま、というところだろうか。
彼は食器やパン、そして傍に置かれていた小瓶を片付ける。
「……」
クラウドはその間黙ってユルバンを観察していた。
ユルバンの身体は、年の割に腕も背中も引き締まっていた。がっしりとした体付きだ。
老いてなお鍛錬を重ねている……。そんな苦労が偲ばれるようであった。
ようやく食事の後始末を終えると、ユルバンはクラウドに椅子に座るように促す。
彼は自分とクラウドの前に麦酒をどかっと置いて、座った。
「老人の一人住まいだ。碌なもてなしもないが」
「別に構わないさ」
ユルバンは酒をぐいっと口に含む
「さて、何の話じゃったか……、そう何故討伐に行きたいかだな。ふん、そんなもの決まっておろう。わしは五十年もロドバルド家に仕えているのだ。家臣として、奥様の役に立ちたいのは当然だろうが」
「だがあんた、もうかなりの歳だろう。あの夫人もあんたに無理をさせたくないから、代わりに俺達を呼んだんじゃないのか」
「奥様のお気持ちは嬉しいが……、そうはいかん」
「どうしてだ」
「この村への……恩を返すためじゃ」
ユルバンはこの村で門番件警士をはじめた事情を少しずつ話し始めた。
「若い頃のわしは、この村が嫌いで仕方がなかった。こんな人里離れた田舎の村で、死ぬまで毎日同じ暮らしをするのかと思うと嫌で嫌で我慢ならなかったのだ。昔のわしは良く言えば血気盛ん、悪く言えば向こう見ずでな。俺は皆とは違う、特別なのだと思いあがっておった。そうして武勲を上げ王宮に仕える騎士になってやるという“夢”を掲げ、息巻いて村を飛び出したのだ」
クラウドは黙って、老人の語りに耳を傾ける。
……どこかで、聞いたことがあるような話だった。
「だが現実はそうは上手くいかなかった。都に出て王軍に入ったは良いものの、碌な武勲をあげることもままならず……結局、夢を諦めて村に帰ることにしたのだ。そんな失意のわしに声をかけて下さったのが男爵夫人様じゃった。夫人はわしにこの村の守護の仕事に務めるように命じてくださったのだ。その恩義に報いるため、わしはこの村を護ることを誓った。以来50年……この仕事に務めてきた」
しかし……、とユルバンは顔を曇らせる。
「わしは失態を犯した。実は、二十年前にも、この村はコボルトの大群に襲われているのだ」
「コボルトが?」
クラウドの言葉に、ユルバンは重く頷いた。
「あの時わしは一人立ち向かったが、群れを止めることが出来ず、棍棒の一撃を受けて昏倒してしまった。目を覚ました時、わしはお屋敷におった。幸いにもコボルトの群れは男爵夫人様が魔法ですべてお片付になられたおかげで村に被害は出なかった。
だがわしは……村を守る戦士の任を与えられながらも、守るべき主君に助けられてしまったのだ。なんという醜態か」
酒を仰いだユルバンはその勢いで立ち上がり、上を見て叫ぶ。
「だが、やつらは再びこの村にやって来た!神はわしに名誉を挽回する機会をお与えくださった。今度こそはわしは使命を果たさなければならない。魔法が使えなくなってしまった奥様の代わりに戦い、恩に報いなければならないのだ!」
「魔法が使えなくなった?それは一体どういうことだ」
クラウドの言葉でユルバンははっと我に返った。勢いのまましゃべり過ぎたといった表情だ。
椅子に座りなおすと誤魔化すように説明する。
「ロドバルド男爵夫人のおっしゃるところによるとコボルトの群れとの戦いは、それは苛烈なものだったそうでな。……夫人も手傷を追われその結果、神の御業である魔法を失ってしまったのだ」
怪我が原因で魔法が使えなくなるなど、ありえるのだろうか。そんな話をタバサから聞いたことはない。ハルケギニアの魔法に詳しくないクラウドではこれ以上追及することもできないが……後でタバサにも確認してみる必要があるだろう。
考え込むクラウドに対して、ユルバンはともかく、と言って話を最初に戻す。
「頼む、わしも連れて行ってくれ。お前さんからも騎士さまに言ってくれはせんか。こう見えても鍛錬は今も欠かしてはおらん。足手まといにはならんぞ!」
ユルバンはクラウドに懇願してくる。
この老人がコボルトの討伐にこだわる理由を理解することはできた。だがクラウドは、ならば尚更連れて行くことは出来ないと考えていた。
「……事情はわかった。だが、話を聞いた上で言う。あんたはこの村に留まるべきだ。」
「何故だ!?」
「俺にも、あんたと同じような経験がある。俺は昔、幼馴染に大怪我を負わせてしまったことがあった。目の前で崖に落ちて、でも助けることができなかったんだ。幸いにして無事ではあったけれど……俺は悔しかった。自分の弱さに腹が立ったんだ。その悔しさが、今ここにいる俺を形作る、大切なものの一つになっている。だから、あんたのその悔しさは俺にもよくわかる」
「ならば何故だ。何故わしの頼みを断る」
「わかるからだ。あんたには、周りがあんたのことをどう思っているのかが見えていない」
ユルバンは怯んだように黙った。
「村の為……、男爵夫人の為……、口ではそう言うが、今のあんたには、周りが見えていない。自分のことだけしか見えていない。
そういう時は無謀なことも平気でやらかして……結果また、間違えてしまうんだ。ここの村人も、あの夫人も、あんたのことあんたのことを大切に思っていた。あんたは、その気持ちを汲んでやるべきだ」
「言わせておけば……わしに何が見えていないだと!?」
ユルバンは怒りだす。
「わしの半分も生きておらんような小僧が生意気な口を聞きおって!!わしを連れて行かないと言うのならもう用はない。帰れ!不愉快だ!」
手元にあった鎧兜をクラウドに投げつけてくる。彼はそれを黙って受け止めた。
「帰れ!!」
「……わかった」
クラウドは溜息を吐くと、言われた通り立ち去ることにした。
「大切にだと……、そんなことはわかっておる。だが、それでもわしは」
小屋の外へと出る去り際に、老人のそんな呟きが聞こえた。
・ ・ ・
屋敷への帰り道を、クラウドはふらふらと歩いていた。
頭痛が酷い。
ユルバンと話をしている間も、ずっとその状態であった
目の前の景色が霞んで見える。
気分が悪い。足元に力が入らないのだ。
だが、あと少しだ。あと少しで何かがわかる気がする。
この既視感を。そう、俺は知っている。
この村と似た場所を……。
耳鳴りのようなノイズが、頭に響く。
何も、見えない。
聞こえない――
・ ・ ・
「ねぇ、この村に何をしに来たの」
「きたの?」
幼い声が聞こえた。
目を開けるとクラウドの前に二人の子供が立っていた。
姉と弟の、小さな姉弟。
どこかで見たことのある顔であった。
辺りには深い霧が漂っている。
気付けばクラウドは、アンブラン村とは別の場所に来ていた。
「ねぇねぇ」
「ねぇねぇ~?」
姉の後に、弟が舌足らずに真似をして繰り返す。
クラウドは答える。
「俺は……、コボルトの討伐に来たんだ」
「モンスターをやっつけるの?」
「つけるの?」
「ああ、俺はソルジャーだから……」
答えた後で思い直す。
俺が本物のソルジャーだったことは一度もない。
それはあくまで自称、偽りの記憶なのだ。
あの時は、本当はただの一介の新羅兵だったではないか。
あの時――だがそれは、いつのことだ?
霧が晴れて、景色が見える。
そこは家屋に囲まれた円形の広場だった。
広場の中心には古ぼけた給水塔がある。
塔の上で小さな風車が、からからと回っている。
己の胸が締め付けられるようだった。
知っている。
ここが何処なのか、クラウドにはわかる。
「ニブルヘイム……」
それは、ニブル山の麓にある小さな片田舎の村。
新羅カンパニーの魔晄炉の初号機が建設された場所。
古い神羅の研究施設があるくらいがせいぜいで、これといった見所はない寂れた村。
ミッドガル以外に魔晄炉が建造されている土地は大概がこんな風な感じで、似通っている。
そう――他にはなにもないのだ。
クラウドの生まれ故郷も、そんな村の一つだった。
村はひっそりとしていた。皆、モンスターを恐れて閉じこもっていたのか。
それとも……。
そうだ……とクラウドは思い出す。
ここは、今から七年前のニブルヘイムだ。
「しんら?」
「ちんら~」
「ソルジャ?」
「そるざ!」
姉と弟の二人は同じ言葉を繰り返し、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
この二人のことは知っていた。近所の家の子供だ。
仲が良い姉弟で、いつも一緒にいたのを覚えている。
二人は駆け出して、クラウドから離れていった
「待ってくれ!」
だがクラウドは追いかけることが出来なかった。
目の前の景色が溶けるように消えて、行く手を激しい炎が遮ったのだ。
「ううっ!!」
二人の子供の姿は消えて、闇夜となった村は一面の炎に覆われていた。
クラウドの生まれ故郷が、ニブルヘイムが燃えている。
走りだそうとしても、身体が思うように動かない。
そうだ……。
あの日も俺は、この光景を見ていることしかできなかった。
燃え落ちる家々の間で。
逃げ惑う足音。
叫び声。
泣き声。
怒声と悲鳴。
そして、命乞い。
やがて……全ては聞こえなくなる。
炎の奥に長身の男が立っていた。
全身黒のロングコート。肩下まで伸びる銀色の髪。
火に照らされた男の肌は、氷のように白い。
身の丈を遥かに超える長刀を持ち、その刃に血が滴り落ちる。
血まみれの村人達が、男の周囲で倒れていた。
縦に鋭く伸びた、鮮やかな緑色の瞳孔。
男はただ、虚空を睨みつけている。
まるでこの世の全てを、憎むかのように。
その口元は狂気に満ちて、薄く嗤っていた。
「――――――――――――――ッ!!!!!」
クラウドは叫んだ。
口から発せられたのは、男の名前かそれとも単なる怒声か。
だが、どちらにせよそれが届くことはないと分かっていた。
これは記憶で造られた世界であり、既に起きてしまった過去の再現に過ぎない。
過去を変えることは、クラウドにはできないのだ。
男は背を向けて炎の中に消えて行く。
そう、あの日……。
あの夜に、村はこうして終わりを迎えたのだ。
炎に巻かれたまま……。
狂気に取り憑かれた、英雄によって。
景色が歪み、また場面が変わる。
クラウドは村の広場に立っていた。
見た目は以前と同じまま、同じ風景が広がっている。
だがクラウドは知っていた。
もうここは……自分の故郷ではない。
二年ほど前のことだ。
五年ぶりに戻ってきた村には、クラウドが一度も見たこともない人間たちが住み着いていた。
彼らは村を訪れた人間の監視を行い、また何かを研究して――観察していた。
――何を?
村の中を、全身ローブで覆った黒い何かが徘徊している。
「ああ……リユニオン。いきたい……」
「聞こ……える。……の、声……」
「あれを……届けに……」
「どこですか……ロス様」
ぶつぶつと呟いている。
どれも、聞き覚えのある声だった。
――知りたくない。
――だが、知らなければならない。
端の方でうずくまる、二つの小さな黒い塊があった。
二つの塊はモゾモゾと蠢いている。
「……リュニ……ヨン」
「……………ヨン……」
片方の塊の言葉を発すると、もう一つの塊が真似をするように言葉を漏らした。
「……チンラ……」
「……」
「……ソルザ……」
「……」
小さな塊の語り掛けに、もはや一切の反応はなかった。
「……オネ……チャン」
掠れて漏れ出た幼い子供の声。
クラウドは唇を噛み締め、首を振った。
彼は二つの塊に近づいて、その黒いフードを取り払おうとする。
そこにあったのは――。
「目を覚まして!」
・・・・・・
「クラウド」
呼びかける声に、クラウドは意識を取り戻した。
そこは夜のアンブラン村の道中であった。
気付けばクラウドは仰向けに寝かされており、タバサが心配そうに覗き込んでいる。
「俺は……どうなっていた?」
「帰りが遅いので探しにきたら、貴方がここで倒れていた。……何があったの?」
「……」
クラウドは仰向けのまま、夜空を見る。
いつか、給水塔の上から眺めた、あの満天の星空を思う。
だが……曇に隠れて、星は見えなかった。
「俺はずっと、この村と似ている場所を知っている気がしていた。それがわかったんだ」
「似ている場所?」
「俺の故郷だ」
「故郷……?」
七年前のあの事件によってニブルヘイムの村はすべてが焼き払われた。
生き残りはクラウドを含めてほんの僅か。
クラウドやティファは無事であったが、他に生き残った村人達は……ほとんどが、神羅カンパニーによって口封じをかねた実験体としての末路を辿ることとなった。
そして、事実はすべて隠蔽された。
事件の後、神羅は村を同じ形に再建して見せた。建物もその配置まで以前とまったく同じように……。そうして事件のあった証拠を何もかも消し去ったのだ。
わざわざ入植者を集い、金で雇って村人の振りをさせてまで……。
まるで何事もなかったかのように見せかけていた。
この村は、ニブルヘイムと同じだ。
すべてが「嘘」で出来上がった見せかけの村だ。
だが……誰が何の為に、こんなことをしているのだろうか。
ニブルヘイムがああなるに至ったのは、神羅という組織が抱えた「狂気」そのものが原因だった。
神羅は元々、兵器の開発や製造を行う小さな一企業に過ぎなかった。
それが魔晄エネルギーの力を利用することで、急速に発展し、強大な財力、軍事力、権力を有したことで国家以上の支配力を持つ、世界的大企業となったのだ。
彼らは専権的な企業支配を世界中の人々に強いて、圧制の末にその命を奪った。
彼らは企業の繁栄という目的の為なら、禁忌を犯し、倫理を捨てることも厭わなかった。
そういった世界の歪み、淀みが積み重なり溢れだした結果があの夜の惨劇であった。
神羅は己が業の果てに、とうとう
後に世界すら焼き尽くすこととなる、あの怨嗟の炎を。
だが、この村には、そういった狂気の類のようなものが感じられない。
何故だろうか。
何か……別に理由があるのだろうか。
その理由をクラウドは知りたいと思った。
彼は起き上がると、タバサに言う。
「手を貸してほしい。少し調べたいことがある」
番外編です。タバサと老戦士より
時系列はトリスタニア編前。
令和前に投稿出来てよかった……。