ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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EXTRA-06

 翌朝になって、クラウドとタバサは屋敷に戻り、身体を休めていた。

 そんな二人の元に、なにやら慌てた様子のロドバルト男爵夫人が駆け込んでくる。

 

「騎士どの! ユルバンを見かけることはありませんでしたか? 今朝から姿が見えないのです」

 

 二人が首を振ると、夫人は頭を抱えてしまう。

 

「ああ、なんてことでしょう。きっと一人でコボルド退治に向かってしまったんだわ!」

 

 夫人は、タバサ達に縋りついた。

 

「お願いです。彼を止めてください。このままだと取り返しのつかないことになります」

 

 だが……、その話を聞いても二人はすぐに行動しようとはしなかった。

 クラウドがタバサの方を見ると、彼女は同意するように頷いた。

 

「どうしたのですか。お願いですから、早くユルバンを……」

「その前に、確かめたいことがある」

「確かめる? こんな時に何を言い出すのです……?」

「この村はおかしい」

「お、おかしいとは一体?」

 

 困惑する夫人に構わずタバサは続ける

 

「気づいた理由は二つあった。一つは村人達の様子。彼らはコボルドの脅威に晒されているというのに、何の怯えも感じられない。何の“感情”の揺らぎも感じられなかった。それが、私達には普通を装っているように見えて、違和感があった。二つ目は食事の味付けについて。この屋敷で出た料理は妙に味付けが薄かった。あなたに合わせた味付けなのかと思ったけれど、クラウドによると村の居酒屋でも同じ料理が出ていた。不自然」

「……不自然だから、何だというのですか」

「二十年前にも、この村はコボルドに襲われているらしいな。悪いが、この村の墓地を調べさせてもらった。……調べたのは、事件の後。この二十年の間で亡くなった人間についてだ」

 

 タバサはクラウドの言葉に頷き、説明を続けた。

 

「棺桶の中に、遺体はなかった。骨すら残っていない。だけど……、中には人間一人分と同等の質量と思われる土塊が残されていた。そして……“ディテクト・マジック”で調べてみると僅かに魔力反応が検知できた」

「二十年の間に寿命などで死ぬ者が一人もいなかったということはあるまい。だから死者を埋葬する墓があることは不自然ではない。だが、遺体はどこに消えた? 隠したのか、それとも……初めから存在しなかったのか」

 

 クラウドが問いただす。

 男爵夫人はもはや何も言わず、ただ黙っていた。

 

「俺達の出した結論はこうだ。この村の人間は入れ替わっている。おそらくは、二十年前のコボルド襲撃事件の後に」

 

 クラウドはロドバルト男爵夫人を睨みつけた。いや、夫人のフリをした誰かに。

 

「答えろ、あんた達は一体何者だ。何の目的でこんなことをやっているんだ」

 

 その問いに、ロドバルト男爵夫人の恰好をした“それ”は取り繕っていた表情を消して答えた。

 

「どうやら隠し立てはできないようですね。……いいでしょう。貴方達に全てをお話いたします」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 アンブランの村を出た二人は、森の中を駆け抜けていた。

 コボルド達がねぐらにしている廃坑まで普通の人間の足で一時間。

 もし本当にユルバンが先に向かっているとすれば、既に到達しているはずだ。

 シルフィードがいれば先回りすることもできただろうが、それを今考えても仕方ない。

 とにかく先を急ぐしかない。

 クラウドは横を走るタバサの顔を見た。彼女は暗い思慮の表情を浮かべている。

 

 ──この村は二十年前に全滅したのです。

 

 屋敷での会話を、クラウドは思い出す。

 あんな話を聞かされた後では、タバサの困惑も無理はないだろう。

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

「二十年前のことです。ご承知の通り、この村はコボルドの群れの襲撃に遭いました。彼らの目的はこの村の秘宝であった“アンブランの星”と呼ばれた土石でした。三十年ほど前に、今は廃坑となったあの場所で採掘された巨大な土の精霊石……。彼らはそれを狙ってやってきたのです。

 村人たちはもちろん対抗しましたが、結末は全滅。そう……全滅でした。あの日、コボルドの襲撃により村は壊滅し、村人達は皆殺しにされたのです」

 

 ロドバルド男爵夫人の恰好をした“それ”が語る真相は、あまりに残酷なものだった。

 

「激しい戦いの果て、コボルドの群れはロドバルト男爵夫人の魔法によって追い払われました。しかし……彼女も戦いの中で致命傷を負い、もはや助かりませんでした。ですが、男爵夫人は死の淵に、己の魔法であるものを残したのです」

「あるもの?」

「ロドバルト男爵夫人は“土”の系統魔法の優れた使い手でした。彼女は魔法による人形造り……すなわち、ガーゴイルの作成に長けていました。ロドバルト男爵夫人は“アンブランの星”を使い、最後の力を振り絞って特殊なガーゴイル達を作ったのです。ある程度の自由意志を持ち、半永久的に動き続ける自動人形……。それが私たちです」

「じゃあ、この村は……」

 

 愕然とするタバサに“人形”は頷く。

 

「そうです。この村の者は、夫人によって作られたガーゴイルなのです。人間に似せられた精巧な模造品。年の移ろいと共に見た目は老い、体温すらある。でも、所詮は只の作り物、役目を終えれば土に戻るだけの紛い物……。あなた達が墓地で見た土塊は、役目を終えた者達の姿です」

「何の為にそんなことを。まさか……あのじいさんも、あんた達と同じ人形なのか?」

 

 クラウドの問いに、夫人の姿をした人形は首を振る。

 

「いいえ……ユルバンは違います。彼は正真正銘の人間。二十年前の襲撃の、唯一の生存者です。コボルドの襲撃の最中、棍棒の一撃を受けて早々に意識を失った彼だけが、それを幸いにしてからくも生き延びることができたのです。ですから、私たちガーゴイルは彼の為だけに存在しています」

「どういうことだ」

「それがロドバルド男爵夫人の最後の願いだったからです。守るべき村人を皆殺しにされてしまい、彼が忠誠を誓う主人は死の淵にあった。もはや覆すことのできない非情な現実をユルバンが知ってしまったら、どうなるだろうと男爵夫人は考えたのです。ユルバンは責任感の強い男です。絶望して自ら命を絶つであろうことは想像できます」

 

 夫人の人形は沈痛な面持ちで目を瞑る。

 まるで、心があるかのように。

 

「ロドバルト男爵夫人にとって、ユルバンはただの雇われ戦士ではありませんでした。幼少のころより何十年も仕えてきた顔馴染みの彼は……夫を亡くし、子供もいない夫人にとって、家族同然の大事な存在でした。そんな彼に残酷な真実を突き付けるわけにはいかない……そう考えたのです」

「……あのじいさんは、このことを知らないのか?」

「ええ。何も知りません」

 

 あまりに衝撃的な事実に二人は言葉も出なかった。

 この屋敷の窓の外に広がるのは、どこにでもあるような田舎の村の風景。

 だが、それは見てくれだけだった。ここは死者の村ですらない。

 人間の振りをして暮らす、命のない人形たちの村だったのだ。

 ユルバンが言っていた、ロドバルド男爵夫人が魔法を使えなくなった理由も当然そこにある。

 そっくり似せて作られた人形では、魔法使うことまでは真似できなかったのだ。

 

「理解していただけたでしょうか。私たちが、今回の依頼をした理由を」

「すべては、あの老人を危険から遠ざけるため……」

 

 タバサの言葉に人形は頷く。

 

「コボルド達が再びこの村にやって来たのは、“アンブランの星”を狙ってのことでしょう。しかし、秘宝はもう存在しません。ロドバルド男爵夫人が私たちガーゴイルを作り出す際に全て使ってしまいました。だから、私たちに守るべき宝があるとすれば、それはユルバンなのです」

 

 夫人の人形は二人に頭を下げて再び嘆願する。

 

「お願いします。どうかユルバンを助けてください。それが、亡きロドバルト男爵夫人と、そして……私たちの願いです」

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「あなたの言う通り、全てが偽りだった」

 

 沈黙を破り、タバサがそう言った。

 

「あの村はいわば巨大な蝋人形の館。歩き、しゃべり、笑う……。そんな動きを繰り返す人形屋敷。村の料理の味付けが薄いのもそれが理由。きっと、ユルバンに合わせたものだから。人形に本来食事は必要ない。必要なのはあの老人だけ。だから全部、同じ味……」

 

 言葉を一気に吐き出して、タバサは気分が悪くなった。

 生者のいない村。コボルドの退治も、人形達の依頼によるものだった。

 ならば、人形である彼らから依頼を受けている自分たちは一体何なのだろうか。

 タバサの内に、上手く言葉にできない嫌悪感のようなものが巡っていた。

 どうして、あんな話を聞いてしまったのだろうかと、彼女は後悔する。

 せめて任務が終わった後であったらよかったのに……。そう、考えてしまうほどに。

 

「タバサはそう思うか。あの話で全てだと」

「え……?」

 

 クラウドの言葉に、タバサは思わず聞き返した。

 

「どういうこと?」

「あの夫人の人形が言っていたことに嘘はない。本当のことだと思う。だが、全てではない。そんな気がする。まだ……、あの村には何かある」

「何かって、何が……?」

「わからない。今はまだ……。だが、あのじいさんに会えば、きっとそれがわかる」

「……」

「いずれにせよ、俺達がやることに変わりはない。そうだろう?」

「……わかってる」

 

 タバサは頷き、気持ちを持ち直す。

 そう、私たちがやることはコボルドの討伐。それは変わらないのだ。

 

 その直後、タバサは風の動きを察知する。

 ──周囲に気配、囲まれている。

 

「クラウド!」

「ああ!」

 

 タバサの呼びかけにクラウドは応えた。

 彼も、当然気付いている。

 茂みから、複数の影。

 飛び掛ってくる動作よりも早く、クラウドは動く。

 大剣の横薙ぎが、影の群れを斬り払った。

 

 ──ウギャウ!! 

 

 犬のような悲鳴と共にそれらは倒れる。

 倒れたその生き物の姿を捉えるため、クラウドは近づいた。

 人の子供より少し上背がある程度の大きさだ。

 腕と足の筋肉が異様に発達しているのが見て取れた。

 頭は人のそれではなく、犬のような顔があった。

 

「こいつらがコボルドか」

 

 タバサが頷いた。

 

「コボルトは嗅覚も犬並みに利く。おそらく、それで先に察知された」

「俺達が近づいていることがばれていたのか」

「たぶん、違う。コボルドは夜行性で、昼間は基本的に眠っている。それが起きて警戒に廻っていたということは、自分たちの住処に何か異常があったということ」

「……あのじいさんか」

 

 タバサによると、コボルドは人間を捕えると生きたまま儀式の生贄にすることが多いらしい。ユルバンがまだ生きていることを祈るならば、そうなっている可能性にかけるしかない。

 

「急ごう」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「ぐ、むぅ……」

 

 暗闇の中で、ユルバンは目を覚ました。

 起き上がろうとして、己の手足が縛られていることに気づいた。

 何があったのか……ぼんやりとしていた思考が働きだす。

 そうだ、己は囚われの身となったのだ。

 廃坑の住処に一人飛び込んでみたものの……、後ろから棍棒で殴られ、意識を失ってしまったのだ。結局、コボルトの一匹すら倒すことが出来なかった。

 あの騎士の少女と青年に大口を叩いた癖に、なんという醜態であろうか。

 

 ユルバンの顔に水の雫がかかる。

 辺りは暗いが、あちこちに篝火がたかれているため周囲の様子がわかった。

 どうやら、ここは鍾乳窟のようだ。

 

 ──坑道は迷路のように入り組んだ奥で鍾乳洞に繋がっている。

 ユルバンは昔、廃坑となったこの場所で働いていた鉱夫から、そんな話を聞いたことがある。

 ここがコボルト達のねぐらとしている本拠地なのだろう。

 

 空間は広く、ちょっとした劇場ほどの大きさがあった。

 ユルバンが転がされているのは、中心にある祭壇と思しき場所だ。

 木や動物の皮、骨を組み合わせて形作られた祭壇には岩を削って作られた犬頭の像が祭られている。暗がりの中、篝火によっておぼろげに照らされる石造は、この上なく不気味に見えた。

 

「人間よ」

 

 暗闇の中から突如語り掛けてきた声にユルバンはぎょっとした。

 姿を現したのはコボルドであった。

 そのコボルドはとても奇妙ななりをしていた。鳥の羽や獣の骨でできた大きな仮面をかぶり、獣の血で黒く染まったおぞましいローブを纏っている。腐った血の臭いが、むせかえるような悪臭を放っていた。

 

「おまえは、あの村に住む人間だな。森の中で生きる術をもたぬ、愚かな毛なしの猿め」

 

 せせら笑うようにくつくつと息が漏れる。目の前のコボルドから発せられている悪態は、間違いなく人間の言葉であった。

 非常に驚いた彼であったが、これまた、かつてロドバルド男爵夫人から聞いた話を思い出す。

 コボルト達の中にはごく稀に知能が発達し、人語を解すものがいるということを。

 そういった個体は“神官”、コボルド・シャーマンと呼ばれ、メイジの魔法とは異なる異端の魔法、先住魔法を操ることができるという……

 であれば、こやつこそ、コボルドの群れを率いる親玉に違いない。

 

「貴様、儂を一体どうするつもりだ!」

「知れたこと。お前はこれから儀式の贄となる。我らの神は人間の生肝を捧げものとして好むのだ。なあ、皆の者よ」

 

 祭壇の上からコボルド・シャーマンが声を上げる。

 

 ──ウグルル! ルル! ワフバフワウ! ワフバフワウ! 

 

 興奮した獣の息遣いが、あちこちから聞こえる。

 暗がりの広い空間の中に夥しい数のコボルド達が集結していたのだ。

 

「二十年前、我らは人の群れより“土精塊”を奪うことに失敗した。いまいましい、人のけちな魔法によって我らの群れは半壊させられてしまった。だが、我らは戻ってきた。二十年の時を経て、我らの数はかつて三倍以上に大きくなった。今宵、我らは人の村に攻め入る。この人間の肝を我らの神へと捧げ、今度こそ人どもの手から“土精塊”を奪おうではないか!!」

 

 ──ウグルルルルアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!! 

 

 けたたましい獣の唸り声が重なり合って響いた。

 その数はロドバルド男爵夫人が当初予測していた30数匹などではない。

 なんという群れの数か。おそらくゆうに百を超えるに違いない。

 

 もし、これだけのコボルド達が村に押し寄せたとしたら……、

 アンブラン村は、たちまちのうちに壊滅してしまう。

 

「やめろ! 化け物どもめ! この縛りを解け!」

 

 生贄となる人間の叫びに、コボルド・シャーマンはハフハフと嗤った。

 

「ムダだ。動けぬお前に何ができるのだ。それに、化け物だと? 馬鹿をいうな。むしろ化け物は、貴様らのほうだろう」

「なんだと?」

「とぼけるな、人間よ。二十年前に我らが全滅させてやったはずの村が、当時のままで残っているのだ。これほど異常なことはあるまい」

 

 コボルド・シャーマンの怒りを込めた嘲りに、ユルバンは一瞬、言葉を失った。

 

「全……滅……? 一体何をいっておる?」

「二十年ぶりに戻ってきた時、己の眼が信じられなかったぞ。皆殺しにしてやった人間どもが、何喰わぬ顔で生活を送っているのだ。不気味極まりない。思わず恐怖すら覚えたほどだった。

 だが……わかるぞ。それを成した術が何かは。……“土精塊”だ。それ以外には考えられん。あの人間の“雌”の仕業だ……。我に深い傷をつけた、魔法を操る人間の雌め。

 たしかに、あれは強力な魔法の使い手であった。悔しいが、それは認めざるをえまいな」

 

 人間の雌……、それはロドバルド男爵夫人のことを言っているのだろうか? 

 ユルバンの脳裏に、遥かな過去のおぼろげな記憶が蘇ってくる。

 

 二十年前のあの時……、

 屋敷の中で床に横たわっていた己を、ロドバルド男爵夫人が見下ろしていた。

 彼女は全身血まみれで、顔からは既に精気が失われていた。

 手に握られていたのは、そう……“アンブランの星”だ。

 昔、この炭坑で発掘された巨大な“土”の精霊石……。

 おぼろげな意識の中、夫人が語り掛けてくる。

 その言葉は、確か──。

 

 ──勝手を許してください。ユルバン。それでも私は

 

 コボルド・シャーマンはふん、と軽蔑するように鼻を鳴らした。

 

「あれほどの強大な“土精塊”の力を、あのような使い道に充てるとは、つくづくヒトという生き物は理解できない。だが……あの村の有様こそ、今も“土精塊”があの村に存在するなによりの証明だ。あれは、我らの手にあってこそ真の意味を成すもの。くだらぬ人形遊びに使って良いものではない」

「人形遊び、だと……?」

 

 その言葉はユルバンの逆鱗に触れた。力の限り、彼は怒りを叫んだ。

 

「黙れ!!! 貴様のような畜生が、我が主を侮辱するな!! 儂の眼が黒いうちは絶対に、あの村には!! 指一本触れさせはせんぞ!!」

 

 だがそんな叫びも、コボルド達の嘲笑と怒声に掻き消されてしまう。

 

「貴様ら毛なしの猿どもに畜生呼ばわりされる筋合いなどない。それに……お前にはなにもできない。老いた人間の雄よ。お前は我らにその臓物を捧げる贄に過ぎないのだからな」

 

 コボルド・シャーマンがユルバンの元を離れる。

 かわりに刃物を手に持った部下のコボルド達が近づいてきた。

 

「やめろ、来るな!」

 ユルバンは必死に抵抗する。

 

 だが、結われた縄はビクともしなかった。

 

 己はここで死ぬわけにはいかんのだ。

 己こそが、村を守るのだ。

 それが()()()の──

 

 

『ウインディ・アイシクル』

 

 

 突如として降り注いだ氷柱が、ユルバンを囲っていたコボルド達の脳天を貫いた。

 バタバタと倒れていく同胞に、コボルド達は騒めいた。

 

「何事だ!」

 

 コボルド・シャーマンの怒声に部下の一匹が唸り声をあげて上を指さした。

 鍾乳洞の天井に人間の少女が浮かんでいたのだ。

 それはタバサであった。

 

「あの人間を叩き落せ!!」

 

 コボルド達が上空目掛けて一斉に石を投げつける。

 だが……その程度の礫では“風”のメイジであるタバサに届きはしない。

 洞窟内の風の流れを巧みに操ることによって、石の礫はあらぬ方向へと飛んでいってしまう。

 そしてなにより、タバサはコボルド達の眼を上に向けるための囮に過ぎなかった。

 

 洞窟内に、一陣の風が吹いた。

 風の通り道のコボルド達が、次々と斬り裂かれていく。

 集会に集う亜人達をかき分けて、それは真っ直ぐユルバンのいる祭壇へ到達した。

 暗がりの中で、ユルバンの前に疾風のごとく現れたその金色の髪の男は──

 

「お主は……」

「無事だったか」

 

 クラウドが声を掛ける。

 上空にいたタバサが、彼のすぐ隣に降りてくる。

 

「目標は確保した。脱出する」

「ああ」

 

 クラウド達の周りをコボルドの大群が取り囲んでいた。

 この洞窟内で派手に戦えば、洞窟ごと崩壊しかねない。

 ユルバンがいる以上、彼を危険に晒すわけにはいかない。

 救出に成功した後に脱出を優先することは、既に取り決めていた算段であった。

 クラウドはユルバンを片手で軽々と持ち上げ、もう片方に大剣を構えた。

 

「しっかり掴まっていろ、このまま道を切り開く!」

 

 タバサがクラウドの背中にぎゅっとしがみついたのを確認すると、彼は一足で跳躍した。

 コボルド達の頭上を跳び超え、着地点にいる犬頭どもを斬り飛ばすと、あっという間に暗がりへと消えて行った。

 

「おのれ! 何をしている! あの猿どもを逃がすな!」

 

 コボルド・シャーマンの怒声を飛ばすが、既に遅い。

 クラウド達は迷路のような坑道をやすやすと通り抜けて、外へ脱出した後であった。

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 クラウド達はコボルドの塒である廃坑を脱出して、山中の高台にある大岩の傍まで辿り着いた。アンブラン村に訪れる前にタバサと立ち寄った、あの岩場である。

 クラウドはユルバンを降すと、偵察をしてくると言って茂みの奥へ姿を消した。

 しばらくして戻ってきた彼の手には、ユルバンの槍が握られていた。

 

「廃坑の側に落ちていた。あんたのだろう」

 

 だが、槍を受け取ったユルバンは心ここにあらずと言った様子であった。

 焦点の合わない目で、虚空を眺めている。

 無理もないだろうと、タバサは思った。

 彼はコボルド・シャーマンの口から、村の真実の一端を聞かされてしまったのだ。

 守るべき人たちが既に存在していなかったことを知ったのは、この老人にとってどれほどの衝撃であったのだろうか。

 タバサは、ユルバンにどう言葉を掛けて良いかわからなかった。

 

「かなり慌ただしく動いていた。多分、戦いの準備をしている」

 

 クラウドの報告にタバサは頷いた。

 

「おそらく、今夜にも村を襲撃するはず」

「奴等が欲しがっている秘宝はもう存在しない。それを教えてやったとしても、止まりはしないか」

「コボルドは人とは全く別の生き物。言葉が通じても、まともな意思疎通はできないと考えて良い。それに、あのコボルド・シャーマンの様子では尚更のこと無理。彼らの目的はもはや秘宝だけではない。村に対する遺恨はそれだけ強かった」

 

 あの廃坑には想定を遥かに超える数のコボルドがいた。

 長い年月の間で力を蓄え、用意周到に準備を整えてきたのだろう。

 彼らには彼らの二十年があったということだ。

 

 そして、タバサ達がやって来て、襲撃の準備をしていることを知られてしまった。

 ならば向こうもこれ以上時間をかけるわけにはいかなくなった、というところだろう。

 人間の援軍を呼ばれる前に、数に任せて村を叩き潰すつもりなのか。

 

 だが、このまま指を咥えて見ているつもりはない。

 タバサ達の任務はコボルドを倒し、村を守ることだからだ。

 たとえそれが……、偽りの村であったとしても。

 

 現在の時刻は、もう午後をかなり過ぎていた。

 日が暮れるのに、そう時間はかからないだろう。

 

「コボルドは夜行性。動き出すとすれば夕刻。それまでに、作戦を整える」

「待ってくれい」

 

 タバサを呼び止めたのは、ユルバンであった。

 彼女は、老人の顔に生気が戻っていることに気づいた。

 

「儂も行く。連れて行ってくれ」

「……できない。あなたは足手纏い」

 

 タバサは首を振った。これ以上、言葉を繕うことはできない。

 だが、ユルバンはタバサの肩を強く掴んで詰め寄った。

 

「……後生だ……!!」

 

 その剣幕に、タバサはたじろいだ。

 

「なぜ……」

 

 彼女には理解できなかった。

 彼の守るべき主人も、そこに住む人々も……もうどこにも存在しないというのに。

 一体何が、この老人を突き動かしているのだろうか。

 

「やっぱり、そういうことだったか」

 

 そう言ってクラウドは、ユルバンの前に立った。

 

「あんたは、最初から知っていたんだな。あの村には、自分以外の人間が誰もいないことを」

 

 

 

 




発売までにもう一話投稿します。
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