ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
原作未プレイの方はご注意ください。
「彼が、知っていた……?」
クラウドの言葉に、タバサは衝撃を受けた。
だけど……確かに、この老人の様子を見るに他の理由は考えられない。
ならばクラウドは一体いつからその事実に気づいていたのだろうか。
「……若いの。何故、そう思った」
ユルバンが問う。
「屋敷で話を聞いた時から、ずっと考えていた。あの村の人形達は確かに精巧に作られている。俺たちも、言われるまでは本物の人間とまったく見分けがつかなかった。
……だが、あんたにとってはどうだろう。いくら精巧に作られていたとしても、二十年だ。その歳月は……あまりにも長い。
それだけの間あの村で暮らしていて、何の違和感も持たず暮らしていけるとは、とても思えなかった」
2年半前に、クラウドは仲間たちと共にニブルヘイムを訪れた。
そこには、燃え堕ちたはずの故郷があの日のままの姿で存在していた。
何一つ変わらない、まるで同じ光景であったが……何処か作り物めいていて、得体の知れない気持ち悪さを感じたのだ。
そして、実際にその感覚に間違いはなかった。
あの村は真実を覆い隠すために作られた、紛い物だったからだ。
いつも見ていた景色、馴染みのある光景。
そこにある違和感に気づかないほど、人は鈍感でいられるのだろうか。
それが生まれ故郷であれば、尚更である。
「だが、理由はそれだけじゃない。昨日、あんたと話をしたあの小屋の中の様子を思い出したんだ」
「小屋の中?」
タバサが尋ねる。
「あの夜、テーブルには食べかけの夕食が置かれたままだった。俺があの場所に行った時、あんたはそれを隠すように慌てて片付けていたが、俺には見えていた。あの食卓には、料理に味付けをするための香辛料を入れた小瓶があった」
「香辛料……?」
タバサはハッと察する。
「つまりそれは、村の何処にいっても出される味の薄い料理は、彼に合わせた味付けではなかった、ということ?」
「そうだ。そして俺から小瓶を隠そうとしたということは、少なくともあんたはその事実を知っていたはずなんだ」
「ふん……お前さんも目敏いの」
ユルバンが嘆息を漏らす。
「村の料理が薄味なのは、ロドバルド男爵夫人に由るところじゃろう。奥様は若くして、愛する旦那様を亡くされている。以来、その時のショックから味覚を失われてしまったのだ」
その言葉で、未だ半信半疑であったタバサにも、全ての線が繋がったように感じた。
村の料理の味付けが薄かったのは、
ガーゴイル達を創造した
「でも……ならば何故?あなたはその事実を知っていたのに、どうしてあの村を守ろうとするの?」
「……」
ユルバンは大岩に腰を下ろす。
彼は切なげに、山々の間を眺めている。
麓には小さな集落が──アンブラン村がある。
「ここからだと村が良く見えるだろう。儂の人生の節目はいつも、この村の眺めがあった」
老人は、自分のことを語り出した。
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若いの、お前さんには言ったな。
夢を諦めて村に帰った話を。
村に帰った儂に、居場所などなかった。
当時の村人たちは、都から戻ってきた儂に冷たくあたったのだ。
まあ、当然だろうて。
大口叩いて出て行った男がどの面を下げておめおめ帰ってきたのか……、そうなるに決まってる。
だが、そんな儂を庇ってくれたのが、彼女だった。
お嬢様は……。
いや、あの時にはもう旦那様とご婚姻されていたか。
彼女は幼くして身寄りを無くし、ロドバルド家に引き取られることになった貴族の娘でな。
若く、聡明で……なにより美しかった。
領主の跡取りたる男爵様の妻となるべく育てられたが故に、この村に来てから村の外に出たことは殆どなかったはずだ。
そのためなのか……彼女は儂に都の話をするように、事あるごとにせがんできたのだ。
華やかな都の様子。軍の訓練。つまらない雑用の仕事についても。
何から何まで……。それはもう熱心に聞いてきた。
しばらくすると彼女は、夫の男爵様とその周りの人間を説き伏せた。
そうして、儂にこの槍を与えてくださり……こう言ったのだ。
儂に……この村の門番兼警士になるようにと。
──どうか、都に仕えて鍛えたその力をお貸しください。この槍で、村を護ってください。
温かいお言葉だった。
儂のことを必要としてくださっている。それがなによりも嬉しかったのだ。
儂は生真面目に仕事に取り組んだ。
するとその働きを見て村人たちも次第に、儂への態度を改めるようになった。
そうしていつしか、儂は村の守衛として認められるようになっていた。
それは、この仕事が己の“誇り”になった瞬間だった。
すべては彼女のお陰だ。
彼女が、この村に儂の居場所を作ってくださった。
“夢”に敗れた儂に、彼女は“誇り”を授けてくれたのだ。
儂は、誓った。
この恩に、一生を賭けて報いよう。
彼女の為に、何があってもこの村を守り抜くのだと。
男爵様がお亡くなりになり、ロドバルド家が断絶してしまった後も、儂の意志は変わらない。
ずっと彼女を支える戦士として、生きるつもりだった。
だが……、お前達も知っての通りだ。
運命はどこまでも残酷だった。
儂が間抜けにも気を失ってる間に……村は襲われてしまった。
儂は……すぐに気付いたよ。
村の見廻りで、誰よりも村の隅々まで知り尽くしていたからな。
馴染み深い村人達に感じた僅かな違和感は、あっという間に大きくなった。
気づかなければよかったのだろうか。
それとも、見えないふりをすればよかったのだろうか。
だが……儂には己を誤魔化すことは出来なかった。
村を飛び出し、森に逃げた。
無様に泣き叫び、野を駆けて、自殺できる場所を求めて彷徨った。
そうしてたどり着いたのが、今いるこの高台だった。
儂はこの眺めが好きだった。
村を出た時も、夢をあきらめて村に帰ってきた時も、此処から村を眺めた。
己の人生の節目にはいつも、故郷のこの景色があった。
だから絶望から死を選ぼうとしたあの時も、儂はここを……死に場所にしようと考えたのだ。
だが、この遠望を眺めているうちに、ふと疑問が湧いた。
彼女は、なぜ儂にこんな仕打ちをしたのだろうか。
自らが命を失った後も動き続ける、あの人形たちを創り出した理由は何か。
一体、何の為に?
そこでようやく思い出したのだ。
儂が倒れ、意識が朦朧としていた最中のことを。
彼女が語り掛けてきた言葉を。
──大丈夫。何も変わらないのよユルバン。
──あなたはこれからも何も変わらず、この村で皆と一緒に暮らしていくの。
──これからもあなたが、この村を護っていくのよ。
──ああ……もしかしたら私は、残酷なことをしているのかもしれない。
──真実を知った時、あなたはどう思うのでしょうか。
──でもね、勝手を許してください。
──それでもユルバン……。私はあなたに生きていてほしいのです。
儂は気づいたのだ。すべては儂の為にあったのだと。
彼女は儂を騙してでも儂の“誇り”を守ろうとしてくれたのだ。
儂の守るべきものを、あの村を、残そうとしたのだ。
お嬢様は、ロドバルド男爵夫人は、儂にとってかけがえのない存在であった。
恩人であり、家族とさえ思っていた。
それは彼女にとっても同じだったことに、その時気付いたのだ。
あの村はすべてが偽りで出来ている。
だが、それがどうしたというのか。
彼女が儂に残してくれたその想いだけは、偽りなく本物だ。
ならば、彼女の残してくれたものを、無碍にするわけにはいかない。
このまま死ぬことが、許されるはずがない。
儂がこれからも、あの村を守るのだ。
アンブラン村の景色を眺め、再びそう誓った。
それが、お嬢様の願いならば、と──
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「若いの。これは言ってしまえば、ただの意地なのだ」
ユルバンは自嘲するように笑う。
「“夢”に敗れ、“誇り”もとうの昔に失った。そんな老いぼれにたった一つだけ残されたものがあの村だ。それはかつての村の残滓だ。ただの、幻想に過ぎない。それはわかっている。
それでも、儂は構わない。あの村は儂が守る。なぜなら儂は戦士だからだ。理由はそれだけで十分なのだ。そのためだけに……ここにいる」
ユルバンはクラウドを見る。
その眼には揺るぎない、強い意志が宿っている。
「頼む。連れて行ってくれ」
頭を下げて懇願する老人に対して、クラウドは決断を下した。
「わかった。あんたを連れて行こう」
「……クラウド」
「心配するなタバサ。責任は俺が持つ。だが、連れていくのに条件をつける」
「条件?」
「俺は、あんたが死ぬことを許さない。コボルドとの戦いが終わったその後も、この先一体何があろうと、生きて最後まであの村を守り続けるんだ」
ユルバンは顔を上げ、驚いた表情でクラウドを見た。
己の考えを見透かされていることがわかったからだ。
「刺し違えてでも……大方そんなことを考えていたんだろう。いまさら自分の死に方を選べると思うな。あんたに名誉の戦死など有り得ない。そんなものを、俺は許しはしない」
クラウドはユルバンに詰め寄る。
「あの村は、あんたの“罪”のかたちだ。あんたは真実から逃げなかった。目を背けずに、戦うことを選んだ。それなら……最後までやり遂げて見せろ。いいか、これはあんたの戦場で、あんたの戦いだ。
償いは生き残った者の使命。生きている限りずっと続く。許されることはない。終わりなんてない。都合のいい逃げ場所なんてどこにもない。……それでも戦うしかない。戦って、戦って、足掻いて。その命が尽きる最後の時まで、戦い続けろ」
側で聞いていたタバサは思った。
その言葉は、一体誰に向けて言っていることなのだろうか、と。
ユルバンなのか、それとも他の──。
「今、ここで誓え。生き続けて、最後まであの村を守ると」
「……まったく、年寄りに酷なことを言うやつじゃ」
老人は言葉とは裏腹に、穏やかな顔で頷いた。
「わかった……誓うさ。最後の最後まで、あの村は儂の手で守る」
・ ・ ・ ・ ・ ・
夜の闇が深くなった森の中に、蠢く影があった。
塒としていた廃坑から、犬の頭を持つ亜人たちが次々と這い出てくる。
コボルド達はその優れた嗅覚ゆえに明かりを必要としない。
暗闇でも迷わず、正確に、木々の間を素早く駆け抜けていく。
──ウグルル!ルル!ワフバフワウ!!
闇の中で唸り声が低く重なり合う。
山々を越え、その先に彼らの目指すアンブラン村が見えた時……、コボルド・シャーマンは仮面に隠れた口より群れの同胞達に告げる。
『戦士たちよ。時は来た』
人とは異なる言語でコボルド・シャーマンは呼びかける。
『見るがいい。あれが人間共の村だ。……いいや違う。あれは人の村ではない。人の形をした木偶人形たちの見世物小屋。愚かな人間の執着が形になった醜い産物だ。
この時をどれほど待ちわびたことか。我は、この二十年人間どもへの怒りを忘れたことはなかった。
さあ、終わらせにいくとしよう。人形どもをすべて叩き潰せ。今度こそ全てを滅ぼせ。我らの雪辱を、この二十年を!今度こそ“土精塊”を我らの物とするのだ!!』
──ウグルル!!ウグルルルルルルル!ウグアアアアアアアアア!!!!!
雄たけびを上げたコボルド達が、一斉に駆け出した。だが、それを妨げる者がいた。
──ウグルル?
集団の先頭にいたコボルドが、前方に人間の姿を捉える。
巨大な大剣を背負ったその金髪の人間は、両手を前で組んで構え、瞑想するかのごとく眼を閉じている。
まるで、コボルド達の前に立ち塞がるかのようであった。
コボルド達は鼻で笑った。たかだが人間一人。何ができるというのか。
構う事はない、このまま押しつぶしてやる。そう判断する。
男の青い眼が見開かれ、その口から言葉が紡がれた。
──“いかづち”と“魔法みだれうち“の連結。
バチチ!と、電光が弾ける。
次の瞬間、コボルド達の眼前で青い閃光が空間一杯に広がった。
「『サンダガ』」
それはまさに、青天の霹靂。
雲一つない夜の空から、突如として無数の雷が降り注いだ。
強烈な閃光と轟音がコボルド達の目と耳を眩ませる。
青い稲妻がことごとくを焼き焦がし。
仲間が焼ける鮮烈な臭いに、嗅覚は麻痺した。
一瞬のうちにコボルド達は自分たちが誇る鋭い感覚のほとんどを奪われた。
群れは、瞬く間にパニックへと陥った。
『落ち着け!!態勢を整えろ!!』
コボルド・シャーマンが冷静になるよう、群れに呼びかける。
だがその彼でさえ、一体何を起きたのかわからない。
いったい、これは何だ。
まさか、これが人間どもの魔法だというのか。
それは長い時を生きたコボルド・シャーマンでも知る術のない、未知なる異世界の魔法だった。
『どこかに人間が潜んでいる!!見つけ出せ!!』
指示を受けてコボルド達は慌てて動き始める。
そんな彼らを今度は氷の槍が串刺しにした。
タバサの『ウインディ・アイシクル』だ。
嗅覚を始めとした感覚を奪われているため、コボルド達は襲撃を察知できずにバタバタと倒れて行った。
コボルドの一匹が、茂みの中に隠れているタバサを見つけ、群れに呼びかける。
姿を捉えた彼らは、怒りのままに彼女に襲いかかる。
我先にとその爪で、その牙で、タバサを切り裂こうとする。
だがそれは叶わない。彼らの前に、大剣の黒い影が覆いかぶさった。
鉄の塊の殴打による鈍く激しい音。
クラウドの大剣がコボルド達を薙ぎ払う。
亜人たちの体は千切れて四方に弾け飛んだ。
飛び散る血飛沫の間で、青い眼光が群れの主たるコボルド・シャーマンを捉えた。
そのとき、コボルド・シャーマンはようやく気づいたのだった。
周囲に満ちる精霊達が、あの存在に対して恐れを抱いていることを。
──
「化け物め……!」
激しい怒りに顔を歪ませ、ギリギリと歯軋りしたコボルド・シャーマンは、大声で叫んだ。
呼びかけに応えて生き残りのコボルド達の全軍がクラウド達を取り囲む。
そうして、コボルド・シャーマンは彼らを囮りにして自身はその場から逃げ去ったのだった。
すべては、作戦通りに進んでいた。
「……さて、ここからはどうする」
大剣についた血肉を振り払いながら、クラウドが聞いた。
「私たちの役目は群れの注意を引き付けること」
「つまり具体的に、どう動けば良い?」
「しいて言うなら……“好きに暴れろ”」
「まかせろ。そういうのは得意だ」
「……敵は大群。それでもやれる?」
「さあな。あと一匹増えたら苦しいかもしれない」
杞憂だったか。
タバサは溜め息を吐く。
「その時は、私が一匹多く倒す」
「そうだな。頼りにしている」
どこか楽しそうに、クラウドが言った。
クラウドが大剣を構える。背中合わせに、タバサは杖を構えた。
「取りこぼしは頼むぞ」
タバサが頷くのを確認すると、彼はコボルド達の群れへと飛び込んでいった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「おのれ……人間どもめ」
森の中、コボルド・シャーマンは二匹のコボルドを護衛につけて敗走していた。
「このままでは終わらんぞ……。二十年も待ったのだ。何度でもやり直せばよい。また時を待ち……力を蓄え、その時こそあの村を滅ぼしてやる」
息の切れた身体を祈祷用の杖で支えながら、爪が食い込むほど強く握り締めて呪詛を吐く。
「いいや、ここで終わりなのだ。貴様は」
前方の森の暗がりが、突如として明るくなった。
コボルド・シャーマンが目を凝らすと、そこには人間が立っている。
「先刻は背後から攻撃を喰らい気を失った。二十年前もそうだった。いつもそうだ……儂はお前達を相手に不覚を取ってばかりだった。だから……今度は儂がお前達の背後をとるのだ」
そこにいたのは、コボルド・シャーマンが生贄に捧げようとしていたあの老いた人間。
ユルバンであった。
古ぼけた銀の鎧を全身に着込み、背中に長槍を、片手に松明を掲げていた。
その明かりが、コボルド・シャーマン達の姿を闇の中から照らし出す。
コボルド・シャーマンは老人を見て嘲笑う。
「お前か、老いぼれの猿め。邪魔だ、そこを退け。今はお前に構っている暇などないのだ」
老人は答えない。長槍をもう一方の手に持ち替え、構える。
あくまで戦うつもりのようだ。
その態度がコボルド・シャーマンは気に食わなかった。
「殺せ」
護衛のコボルドに指示する。
2匹のコボルドが爪を牙を立ててユルバンに襲い掛かった。
ユルバンが自ら松明を地面に落とす。
無駄のない、自然な動作で長槍を両手に握り直すと、そのまま前に突き出した。
まるで空気の隙間を縫うような槍の突きは、愚直に突進してきたコボルドの喉を正確に貫いてみせた。
もう一匹のコボルドが側面から飛びかかってくるが、彼は落ち着いて対応する。
長槍を手前に引き、その反動で身体を半歩下がらせる。
コボルドの爪を空振りさせたところで、死体が貫ぬかれたままの長槍を回し、槍の柄で相手を地面に叩きつけた。
頭を強く打ち付けて怯んだコボルドの首を、彼は甲冑を着込んだ足で思い切り踏み抜いた。
ゴキン!と首の骨が折れる音が響き、そのコボルドは動かなくなった。
「なんだと?」
予想外の反撃にコボルド・シャーマンは動揺する。
「老いぼれと見縊っておったか?狭い洞窟の中でなら兎も角、槍を振るう広ささえあればコボルドなどに遅れを取りはせん。儂はこの二十年鍛錬を欠かすことはなかった。全てはこの日の為に」
その槍捌きは長年の研鑽と経験を積まなければ出来ない、まさに老練の技巧であった。
ユルバンは突き刺さったコボルドの死体を引き抜き、血を払う。
地面に落ちた松明の火は、消えずに枯葉へと燃え移っていた。
じわじわと広がる炎の明かりの元、ユルバンは二十年前の悲劇を引き起こした因縁の相手に槍の切先を向けた。
「残りはお前だけだ。諦めろ」
「まだだ。“土精塊”を手に入れるまで、絶対に終わりはしない」
「“秘宝”などもうありはせん。あんなもの、とうの昔にロドバルド男爵夫人が使い切ってしまった」
「嘘をつくな!!あの村の木偶人形共は“土精塊”で作り出したのだろう!まだその力は残っているはずだ!まだあるはずだ……貴様のごとき猿の戯言など信じるに値しない!」
「言葉は通じても意思の疎通はできぬ。騎士さまの言った通りじゃ。ならば、これ以上話すことは無い。覚悟せい!」
ユルバンはコボルド・シャーマンへと掛かっていく。
「猿風情が調子に乗るな!!」
コボルド・シャーマンは被っていた仮面を投げ捨て、口語を叫んだ。
『我が契約せし土よ!礫でもって敵を打て!!』
無数の石のつぶてが浮き上がり、ユルバンに襲い掛かった。
それは散弾のごとく飛び散る。
ユルバンは防ぎようもなく、その土礫をまともに浴びることになった。
全身を覆う鎧がボコボコに陥没し、頭部のヘルムが弾け飛んだ。
コボルド達の神に仕えるコボルド・シャーマンが操る“先住魔法”。
その強大な威力を前にユルバンはなす術もなく地面に倒れた。
「ぐっ……」
手放した槍を掴もうとするユルバンの顔面を、コボルド・シャーマンは大杖で殴り飛ばした。
「ククク、クハハハハハハハハ!!!クヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!」
コボルド・シャーマンは狂ったように笑いながら何度も何度も何度も何度も何度も、ユルバンを殴りつづけた。
やがて……息を切らしたコボルド・シャーマンはようやくその手を止める。
老いた獣の相貌の奥にある眼は赤く血走り、叫ぶ口から汚い泡が漏れていた。
亜人の長は興奮した息遣いで、足下に転がるユルバンに対して語りかける。
「まだ息があるな。言ったはずだぞ……老いた人間の雄よ。お前には何もできない。村を守ることも、二十年前の仇討ちも果たせずに死ぬ。これがお前の結末だ」
コボルド・シャーマンはぐったりとしたユルバンの髪を掴み罵る。
「あんな人形だけの村を護る衛兵とは、お前も哀れな奴よの。お前の鍛錬とやらは全て無駄だったわけだ。枯れて、痩せ衰え、皮と骨だけになり、朽ちるだけだ……。このまま消えるのは寂しかろう。そうだな、最後に我らがどうやって村の人間共も殺したか教えてやろうか。皆醜く泣きながら逃げ惑っていたぞ……。悔しいか?悔しかろう!さあ、せめて口惜しむ顔を我に見せて死ぬがいい!!」
顔面血塗れでボロボロになったユルバンが何かを言おうとしていることに気付いて、コボルド・シャーマンは顔を近づけた。
「何だ、聞こえんぞ」
「……馬鹿め、迂闊に近づきすぎじゃ」
ユルバンは腿のプレートの裏に仕込んでいたナイフをコボルド・シャーマンの脇腹に突き刺した。
「ギィヤアアアアアア──────────────ーッ!!!!!!」
コボルド・シャーマンが叫び、その場から後ろに退いた。口を開けるとゴボッと赤い血が噴き出す。苦しげな様子で、しかしそれ以上に怒りから、コボルド・シャーマンは声を荒げた。
「おのれ……!猿が、猿が、猿が、猿が、猿が!!許さんぞ、これで終いだ!我らが神に授かりし奇跡の前にくたばるが良い!!」
先住魔法を唱える直前。
口語を唱えるため大きく開いたコボルド・シャーマンの口の中に、ユルバンは先程浴びせられた大きな石礫のひとつを押し込んだ。
「モガッ!!!?」
詠唱を中断させられたコボルドの顎に目掛けて、ユルバンはあらん限りの力で殴りつける。
パァン!と破裂する音。
ユルバン の甲冑に覆われた鉄の拳が、顎の骨を砕く。
口内にあった大石が、コボルド・シャーマンの歯を粉々に破壊する。
粉砕して弾けとんだ石が、口の中をズタズタに切り裂いた。
「!!!!──ー!?!!ホギィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──────────────ッ!!!!!!」
想像を絶する地獄のような激痛に、コボルド・シャーマンは声にならない悲鳴を挙げた。
前後不覚になるほどの耐え難い痛みに転げまわる。
血だらけの口から折れた歯を吐き出し、苦しんだ。
──ガシャン、ガシャン。
重い、甲冑の音が近づいてくる。
コボルド・シャーマンは怯えた様子で顔を上げた。
松明から溢れた火は、辺りに燃え広がる炎となっていた。
その炎に、炙り出された黒い影がある。
ユルバンが槍を杖代わりにして立ち上がっている。
老人は冷たい眼で、コボルド・シャーマンを見下ろしていた。
「ハヒ……ヒィ……ヒィィィィイイイイ!!!!」
口が聞けずもはや先住魔法も使えない。身を守る術をすべて失ったコボルド・シャーマンは唯々その男に恐れ慄いた。
コボルド・シャーマンには、その男が、その人間が、今まで見たどんな生き物よりも恐ろしく思えた。
なぜなら、その人間が己の理解の範疇を逸した存在だったからだ。
何だ、一体何なのだこの人間は。
なぜ、ここまでしてあのちっぽけな村を守る?
もしこの人間の言う通り、あの場所に宝が無いと言うのであれば、同胞が死に絶えたあの村にあるのはあの人形どもだけ。
あんなもの、ただのガラクタではないか。
そこまでして守る価値が何処にある?
この得体の知れない。異常なまでの執念は、一体何処から来るのだ?
「お前にはわかるまい、コボルドの長よ……」
ユルバンが呟く。
「愛した人々が死した後に、何もかもが失われるわけではない。身体が朽ち果て失われようとも──託された想いは、願いは、受け継がれる。儂はそれを受け取った。だから儂はそれを護るため戦うのだ……!!」
ボロボロの身体を突き動かし、ユルバンは槍を構える。
「我が名はユルバン!!ロドバルド男爵夫人からこの槍を与えられたアンブラン村の門番兼衛士である!主君の槍をもって、アンブランを脅かす悪き敵を、今ここに成敗いたす!!」
口上を叫び、最後の力で長槍を振るう。
槍がコボルド・シャーマンの心臓に深々と突き刺さる。
最期の断末魔が響きわたり……静寂が訪れた。
それは、およそ二十年に及ぶ因縁に決着がついた瞬間であった。
「やりましたぞ……奥様。今度こそ……やり遂げました。儂が……村を守ったのだ……」
決着と同時にユルバンのその身体が崩れ落ちる。
──ここで死ぬわけにはいかん。
──最後まであの村を守る。そう誓ったではないか。
地面に倒れようとするユルバンの身体を受け止める誰かがいた。
「……よくやった。あとは任せろ」
金髪の若者の声を聞いて、ユルバンの意識はそこで途絶えた。
・・・
コボルドの大群を壊滅させた後……。
ユルバンのもとに駆けつけたタバサとクラウドは、燃え広がっていた炎を消火し、ユルバンをその場に寝かせて手当をしていた。
「……どうだ?」
「傷が深い」
『
コボルド・シャーマンとの戦いは、老体にとって堪えただろう。
ユルバンの身体は、かなりの重症であった。
「私の魔法だけでは助けられない。村に戻れば何とかなるかもしれないけれど、それまで彼の身体が持つかどうか」
「それなら、これを使ったらどうだ?」
「それは、あなたの……」
クラウドが手に持っていたのは、アンブラン村に来る前に彼がタバサに使おうとした、あのポーションであった。
「あの時、使わずに取っておいてよかった」
元いた世界から持ってきた、最後のポーション。
これを使うに相応しい時は、きっと今より他にはないだろう。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ユルバンが目を覚ましたのは、屋敷のベッドの上であった。
「う……ここは……?」
「ああ、ユルバン!目を覚ましたのですね。よかったわ!」
意識が戻ったユルバンに声がかけられる。
「奥様……」
「話は騎士様より伺いました。コボルドの長と一騎打ちなど……、何という無茶をしたのです。どれほど心配をしたことか」
ユルバンの頭には包帯が巻かれていた。
身体にも丁寧な治療が行われたであろう跡がある。
この屋敷にはこんな辺境の村にしては充実した治療設備が整っていることを彼は知っていた。……それが、己の為だけに用意されたものであることも。
ユルバンは身体を起こし、周囲を見回した。
「……奥様。あの二人はどこに?」
「もう既にこの村を発ちました。あなたがこうして一命を取り留めたのは、あの方々のおかげだと聞いています。あなたが目覚めるまでは、と引き留めたのですが……」
「……左様ですか」
身体を再びベッドに預けて、物思いに耽る。
あやつらめ、礼も言わさずに去りよって。
心の中でそう悪態を吐いた。
──その命が尽きる最後の時まで、戦い続けろ。
ユルバンはクラウドがその言葉を告げた時の、己に向けられた顔を思い出していた。
あの青年はまるで自分のことのように、辛そうな顔をしていた。
詳しくは聞けなかったが、おそらくは……あの青年も何かを背負っているのだろう。
きっと、果ての見えない、贖罪の道を歩いているのだ。
ユルバンと同じように。
彼の進む道先に少しでも救いがあることを、ユルバンは願った。
「ユルバン」
彼女がユルバンに声をかけ、その手を取る。
温かい、手の感触が伝わってくる。
「許してください。あなたをこのように危険な目に合わせてしまって。私は、ただあなたに傷ついてほしくなかっただけなのに……。本当にごめんなさい」
「奥様……」
この手の温もりも、優しい言葉も、そのすべてが本物ではない。
だが今、自身に向けられているこの想いに嘘がないことも、彼は知っていた。
ユルバンは彼女の手をそっと、優しく握りなおした。
「何を言うのですか。この村が無事であること、そして奥様。いいえ……
彼女の顔が、驚いた表情を形作る。
しばし悩んだ後、彼女はユルバンに尋ねる。
「ねえ、ユルバン。一つだけ教えてください」
「なんですかな」
「あなたは今、幸せですか?」
ユルバンは優しく微笑む。
「ええ、もちろんですとも」
老人の言葉を聞いて、彼女は両手を胸に当てる。
心を持たぬはずの瞳から静かに、涙が零れ落ちた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
アンブラン村を一望できるあの岩場から、タバサとクラウドは村を見下ろしていた。
二人はロドバルド男爵夫人の人形に、村の秘密を決して口外しないことを約束した。
人形たちはユルバンの死と共にその活動を止め、土に還る。
彼の歳を考えれば、その時はきっと遠い未来ではない。
ユルバンは男爵夫人が遺した愛情に包まれていた。
その愛情はとても純粋で、彼を残酷な真実の痛みから遠ざけようとしていた。
だが、彼はそれを良しとはしなかった。
己の業を覚悟へと変えて、ユルバンは命ある限り、村を守り続けるのだろう。
「これで本当に良かったと思うか?」
クラウドの言葉に、タバサは彼の顔を見た。
「どうして、そう思うの?」
「俺はあの爺さんに自分で決着をつけるように仕向けた。だが、そんなことをあの村の人形達は望んでいなかったはずだ。結局俺は必要のない危険な目に巻き込んだだけなのかもしれない。そう考えていた」
もし、クラウド達がこの村の真実に気づかず、ロドバルド男爵夫人の人形に問いたださなかったとしなかったら、一体どうなっていただろうか。
きっと、何も変わらなかったはずだ。
ユルバンを救出して、コボルド達を二人で退治して……それで終わりだ。
あの老人は何も変わらず、心の内に秘密を秘めたまま村を守り続けただろう。
結局自分たちがしたことは余計なお節介だったのではないだろうか。
しかしタバサは首を振る。
「私はそうは思わない。彼は言っていた。『夢に破れ、誇りも失った』……でも、あの老人はきっと”誇り”を取り戻すことができたんだと思う。あなたは彼の”誇り”を守った。それは決して無駄ではない」
「どうかな……」
タバサの言葉を受けても、クラウドの心はまだ晴れない。
「タバサ。お前が同じ立場だったら……どう思う?真実を知りたいと思うか?」
タバサは頷いた。
「私は……真実を教えてほしいと思う。それが何であっても。どれだけ……傷つくことであっても。それは、誰にでもできることではないけれど……少なくともあの老人は立ち上がった」
「そうだ。あの爺さんは残酷な真実から逃げずに立ち向かった。……俺には、できなかったことだ」
クラウドは自分の故郷のことを振り返る。
実験体となったニブルヘイムの村人達はその後、何かに駆り立てられるように北を目指した。
最期は皆、大空洞の冷たいクレバスの中で息絶えたという。
彼らを看取ったのはニブルヘイムの事件の後に村の入植者となった女性だった。
自身の命をかけて、最後まで村人達の面倒を見てくれたのだ。
彼女が残した被験者リストの中には、あの幼い姉弟の名前もあった。
後に知り合いとなった彼女の息子から、クラウドはその事実を知った。
ニブルヘイムにはその後も神羅に雇われた研究者と入植者達が暮らしていたが、その彼らも今はいない。
メテオが落ちてきたあの運命の日、村がライフストリームの通り道となってしまったことが原因で、そのほとんどが命を落としていた。
今や住む人間がいなくなり空き家ばかりとなったあの村には、居場所をなくして流れてきた人々が集まり、勝手に住みついてしまっている。
もはや、残っているのは形だけで、あの村の成り立ちを知る人間は誰一人として存在しない。
クラウドのことを待つ者は、あの場所にはもう誰もいない。
立ち寄ってみても、懐かしさを感じることもない。
ただ、過去に引き戻されそうになるだけで……。
クラウドには、あの場所を故郷だと思うことは出来なかった。
自分は、真実の重みに耐えられなかった。
耐えられないから……、逃げて、逃げて……その果てに偽りの自分を作り出したのだ。
だが、あの老人のように真実から目を背けなければ……何かが変わっていただろうか。
友達という言葉。
遠ざかる背中
忘却された、生きるという約束
祈り重ねる指
祭壇に解け落ちるリボン
最期まで絶やすことのなかった、彼女の微笑み。
それらの何か一つでも、失うことはなかったのではないだろうか。
ぼすん。
思い悩むクラウドの背中に軽い衝撃がのしかかった。
それはタバサだった。
彼女はクラウドの背中をよじよじと登り、クラウドの肩に到達した彼女は、その上に顔をちょこんとのせた。
「……なんのつもりだ?」
「疲れた。のせていって」
「……」
ぺちぺちと、クラウドの頬を叩く。
「行きは歩いただろう」
「あなたに合わせるのは大変。これ以上体力を消耗すれば、いざという時に魔法を使えない。あなたは従者なのだから、私の言うことに従うべき」
「お前な……」
尤もらしいことを言うが、結局は歩くのが面倒くさいということらしい。
村に来る前の道のりではあれほど意固地になっていた癖に。
どういう心境の変化なのか。
クラウドはやれやれとため息を吐く。
それ以上は特に逆らうようなことはせず、大人しくタバサを背負って歩き始めた。
「お腹がすいた」
「そうか」
「山を降りたら、どこかで美味しいものを、お腹一杯食べる」
「そうか……」
「今日は、あなたが決めて」
「俺が?」
「そう。今日は、あなたが食べたいものにする」
優しい口調で、タバサは語りかける。
「……ねぇ、クラウドは何が食べたい?」
「そうだな……」
思い出すのは、故郷に戻った時に食べた母の料理だった。
親友を招いた、あの夜の最後の団欒。
「そうだな、俺は……シチューがいい」
「わかった……」
「タバサ」
「何?」
「ありがとう」
お礼を言われて、なんだか恥ずかしくなったタバサは、彼の背中に顔を埋めた。
それ以降、山を降りるまで、二人の会話はなかった。
人は過去には戻れない。
何かを失いながら、傷つきながら、それでも前に進むしかない。
クラウドも……そしてタバサも。
クラウドは、タバサには知る由もない大きな悲しみを背負っている。
彼はこれからも、その悲しみを背負って生きていくのだろう。
たとえ、その道がどれだけ過酷であろうとも。
彼は一人で進み続ける覚悟があるのだ。
けれど、時には立ち止まる時がある。
一人ではどうにも出来ない時だって、あるはずだ。
そんな時は誰かの助けを借りればいいのだ。
タバサにそのことを教えてくれたのは、クラウドなのだから。
きっといつか別れの時が来るのだろう。
これは、彼の歩む道の最中、その片時。
それでも、今一緒にいられることを。
少しでも、彼の力になれることを。
タバサは、嬉しく思った。
アンブラン村が遠ざかる。
老戦士が守る、大切な箱庭が。
ようやく番外編完結です。
これで思い残すことなくミッドガルに旅立てる。
……鈍亀でごめんなさい。