ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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ガリア王編
Chapter 18


 私は思考する。

 "星"の、”世界”にとって害を為すものとは何であろうか。

 

 生命あるものには、己の内部に侵入してきたものに対抗する為のシステムが備わっている。

 免疫、抗体とも言われるもの……。

 それらは生命体の内部に存在して外敵を撃退する生体機能である。

 

「星」においても例外ではない。

 かの世界で、それは”ウェポン”と呼ばれていた。

 星にとっての自己防衛機能……星を守護する免疫体である生きた兵器達。

 星に仇なす悪しきものを排除する為の抗体である彼らは、他の生物とは一線を画す超大な力を備えている。

 

 ここにおいても、このハルケギニアとの共通点が見られる。

 この世界にも過去に、同じような存在がいたのだ。

 幾千の竜達を操り、世界を焼き尽くそうとした伝説の古竜……。

 かつて単なる者達に”始祖”と呼ばれた個体と戦いを繰り広げた、あの黒竜だ。

 

 今になったからこそ、わかることがある。

 あれは”虚無”の反存在。いわば、この世界の”ウェポン”だったのだろう。

 思えば単なる者達……”ヒト”は、そもそも魔法を使うことなどできない存在だった。

 だが、ある時を境にして突然、”ヒト”の中に魔法を操る者が現れはじめた。

 私はその事象を”ヒト”という種族が進化した結果だと思っていたが、実際はそうではなかったのだろう。

 おそらく……魔法を扱える“ヒト”は、この世界の外側からやってきた者達なのだ。

 その為に”始祖”を筆頭とする彼らを、世界は異物と見なしたのだ。

 

 戦いの果てに、かの古竜は”始祖”の操る”虚無”の魔法によって打ち倒された。

 だが、あれはまだ滅んだわけではない。

 傷ついた身体を癒すために、今もこの世界のどこかで眠りについている。

 

 あれ以来、古竜が目を覚ましたことは一度もない。

 ”ヒト”は幾万の月が交差する永き時をこの地で過ごし、今や世界に広く根付いている。

 これは”世界”が彼らをこの世界の一員として認めた、ということなのかもしれない。

 それでも、いつの日か”虚無”が再び世界に台頭するようになれば、あの古竜が目覚める時が来るだろうか……。

 

 星は、世界は、循環系の集合体のような存在である。

 あらゆる生命の膨大な知識が集積して生み出されるうねりこそが、星の命の正体だ。

 ”始祖”のような外来の存在であっても、やがては定着し共生していくことができるだけの資質を備えているのであれば、世界はそれを受け入れるだけの懐の広さを持っている。

 だが……その生命の流れを……星のエネルギー自体を糧とする存在がいるとしたら……。

 それは、星にとって“天敵“となりうるのではないだろうか。

 もちろん”星”には、先に言及したような防衛機能が備わっている。

 それでも……もし、それを突破できるとすれば。

 

 例えば個の生命体は”ウェポン”ほどではないが、侵入する外敵に対抗するシステムを持つ。

 それによって敵を撃退しようとするが、侵略者は時にそのシステムを欺くのだ。

 自分を味方だと誤認させる。巧妙に内部へと潜り込み、システムの一部になりすます。

 敵に騙され、気づいた時にはシステム系統を掌握されて乗っ取られてしまう。

 誤信号に抗体は混乱し、あるいは、暴走して味方を攻撃し、自らの破壊をはじめる。

 そうなってはすべてが手遅れで、その生命体に待つのは滅びだけだろう。

 

 星に対して同様の害をなすことができるものがいるとすれば、それは超常の存在。

 自身を分散させて、その一つ一つに意思を持たすことができる生命体だ。

 己の形を変えるのも自由自在。星の制御系に容易く侵入し、必要があれば再び一つになることもできる。

 

 個にして全。全にして個。

 まるで、私と同じように。

 

 ……私はもっと早く、このことに考えを巡らすべきだったのだろう。

 私が観察していたかの“星”は……自己の修復が困難なほど深く傷ついていた。

 傷は癒えることはなく、その星に生きる者たちにまで災禍となって影響を及ぼす程であった。

 その情報がもたらす結論はただひとつ。

 

 星には、敵が存在していたのだ。

 

 私には、もう何も止めることはできない。

 すべてが手遅れとなった今……私には、こうして思考する以外、行動の選択肢は残されてはいない。

 やがて……それも失われることだろう。

 

 あの時のことを思い出す。

 私は星の循環系を、生命の流れを観察していた。

 その最中に私は、星の流れの中から誰かが私のことを見ている気配を感じ取ったのだ。

 

 それは、まるでわざと気づかせるような、弱々しい信号であった。

 私は気配を辿り、星の中に潜むその正体を探った。

 

 そして、出会ったのだ。

 すべてのはじまり。

 

 星を蝕む“災厄”に。

 

 

 ストレンジ・ソルジャー18

 

 

 事件から一週間余りが過ぎたその日。

 魔法学院の正門を馬車の一団が通過した。

 物々しい雰囲気を醸し出すその集団は、トリステイン王軍の一隊であった。

 先日の事件で捕らえられた下手人を運ぶため、首都トリスタニアからやってきたのだ。

 

「全体、整列!」

 

 出迎えに並んだのは水精霊騎士(オンディーヌ)隊の学生たちであった。

 一揃いに敬礼する彼らの前に、トリステイン王国の紋章の入った馬車が停車する。

 扉が開かれて中から出てきたのは、トリステイン王国の女王アンリエッタ・ド・トリステインであった。

 

 学生隊員達は驚いた。てっきり軍のお偉方が出てくると身構えていたからだ。

 

「ア、アンリエッタ女王陛下ではないですか! なぜこちらに?」

 

 隊長のギーシュの口から、不敬ながらも思わずそんな言葉が零れた。

 アンリエッタ女王がやってくる話など、誰も聞いていない。

 先の出来事は確かに国を揺るがす大事件であったけれど、犯人の引き渡しの場に女王自らやってくるなど、一体どういうことなのだろうか? 

 

 学生騎士隊の一同がどよめく中、二人の人物がアンリエッタの前へ進み出た。

 銃士隊長のアニエスと学院長のオールド・オスマンである。

 女王の来訪を予め知っていたのであろう二人は、その場で跪いた。

 

「陛下、お待ちしておりました」

「ありがとうございますオールド・オスマン。そしてアニエス、出迎えご苦労様です。怪我の具合は?」

 

 アンリエッタの視線がアニエスの腕に巻かれた痛々しい包帯に向けられる。

 

「この程度、何でもありません」

 

 アニエスは硬い表情のまま答える。

 その時ギーシュはアンリエッタの後に馬車から出てきた男の姿に気づいた。

 左右の瞳の色の違う月目……まだ若い、神官服を着たその青年の顔にギーシュは見覚えがあった。

 確かジュリオとかいう、ロマリアの神官だ。

 アルビオン戦争時にロマリアからの外人部隊として竜騎士隊に参加していたのを見かけていたため、ギーシュは彼のことを記憶していたのだ。

 だが、その男がなぜ陛下と一緒にいるのだろうか。

 

「トリステイン魔法学院……ここに来るのはアルビオン戦役以来だ。アンリエッタ陛下。例の彼は今この場所にいるのですね?」

「ええ、チェザーレ殿。あまり時間がありません。オールド・オスマン、早速ですが案内をお願いしますわ」

「わかりました。陛下どうぞこちらへ」

 

 オスマンが魔法学院本棟の入り口へと誘う。

 状況を呑み込めないまま呆然としていたギーシュも、ようやく察しがついた。

 事前情報のないこの来訪は、トリステイン王国に関わる何らかの重要な機密によるものである、ということだ。

 ロマリアの神官が一緒にいるのも、きっとその為だろう。

 なればこそ、敬愛する女王陛下の身に何か大事があってはいけない。

 

「レイナール。君はここに残り隊の指揮を取れ。僕は陛下に同行する。マリコルヌは僕と一緒に来い」

「りょ、了解であります」

 

 マリコルヌが慌てて頷いた。二人は女王の護衛として一行の後につく。

 本棟の入り口から階段を上り、一行は目的の場所に目指す。

 棟内は人気がまるでなく、しんとした静けさが広がっている。

 

「静かですわね……。学生達は今どうされているのですか?」

「学院は現在休校状態ですじゃ。生徒達はほとんどが帰省しましたわい。何せあれだけのことがありましたからな」

 

 オスマンが答えた。その口調は重い。

 

「昨年のアルビオン戦争に引き続き二度も賊の侵入を許したばかりか、生徒一人が誘拐されたとあっては。父兄たちも自分の子息を安心して預けることはできないと。

 まあ当然でしょうな。我々としては、なんの申し開きもできません」

「そうですか……」

 

 アンリエッタは階段の窓から外を見る。

 かつては青々とした芝生が広がっていたヴェストリの広場だが、今は巨大なクレーターに抉られた跡が残り、見るも無残な状態であった。

 

「ルイズ……」

 

 誘拐されたルイズのこと考えて、アンリエッタは顔を歪ませる。

 数少ない、大切な幼馴染が攫われたというのに、自分はなぜその時その場いなかったのだろうか。

 今すぐにでも彼女を助けにいきたいのに、私にはどうしてそれができないのか。

 女王という地位が、立場が、彼女自身の行動を妨げている。

 憤りを隠せない彼女に、オールド・オスマンは告げる。

 

「陛下、無力さを感じているのは、貴方だけではありませぬ。事件の後、我々教師達も己の力のなさに苛まれております。あの時こうしていれば……と。それでも後悔で時は戻りませぬぞ。なれば今出来ることをするしかありますまい」

「そうですね……。貴方の言う通りです。オールド・オスマン」

 

 アンリエッタは前を向く。

 そう、今ここに来たのは己にできることを為すためだ。

 絶望的なこの状況で、わずかな希望を掴む為に……。

 アンリエッタは、後ろを歩くギーシュに声をかけた。

 

「あなたは帰省されなかったのですね。ミスタ・グラモン。それに……水精霊騎士隊の皆様も」

「もちろんであります! 我々はいかなる時も陛下の騎士隊です。それに、『命を惜しむな、名を惜しめ』というのが、グラモン家の家訓ですから」

「頼もしい限りですね。ですが……本当にそれだけがここに残る理由でしょうか?」

 

 ギーシュはうっ……と、声を詰まらせた。

 彼は少し悩んだ。理由はあるのだが、果たしてこんなことを陛下に言ってよいのだろうか。

 だが、隣を歩くマリコルヌがギーシュに対して頷くのを見て、彼は決心する。

 騎士隊の生徒達がこの学院に残っているのは、皆同じ気持ちだからなのだと。

 

「我らの友人達がちょっとピンチな状況でしてね。助けてやりたい、と思ったのですよ」

「あいつを放っといて僕らだけが家に帰るのもなんか、ね」

 

 ギーシュとマリコルヌの言葉に、ジュリオがふっと声を漏らした。

 

「何だ。今きみ、僕たちを笑ったのか?」

「まさか、とんでもない。君たちを勇敢だと思っただけさ。本当に」

 

 ジュリオは大げさなリアクションをとって訂正する。

 

「……良い仲間を持っているね。ガンダールヴ」

 

 誰にも聞こえない声で、ジュリオは少しだけ羨ましそうにそう呟いた。

 

 ・・・・・・

 

 階段を登りたどり着いたのは、魔法学院の宝物庫であった。

 分厚い鉄の扉の前には、見張りの教師が立っていた。

 

「過去に”土くれ”のフーケの侵入を許しはしましたが……それでもここは学院で最も堅牢な場所です。”あれ”を捕らえておくのにここ以外の場所はありませんでしてな」

 

 オールド・オスマンは扉の前で見張りをしていた教師たちに声をかける。

 

「ミスタ・コルベール。そしてミスタ・ギトー。見張りご苦労じゃのう」

 

 二人の教授がアンリエッタを見て一礼する。

 アニエスはコルベールを睨んだが、彼の表情は変わらなかった。

 

「ミスタ・コルベール。これから中に入るが同席しなさい。君の知見が必要じゃ。ミスタ・ギトー。君はそろそろ交代して休みなさい。代わりの教師が来るまでの間、この水精霊騎士隊の二人を見張りに立てよう」

「いいえ、オールド・オスマン。私はこのまま見張りを続けます」

「そうは言うても、君は昨日も一晩中見張りに立っておったではないか。あまり無理をするでない。身体を休めることも必要じゃ」

「……わかりました」

 

 オスマンに諭されると、ギトーは渋々従う。

 

「あの偏屈な男が、妙に生真面目な所があるものじゃのう」

「生徒が連れ去られたことに、ミスタ・ギトーも彼なりに責任を感じているようです。……それはもちろんこの私もですが……」

 オスマンにそう答えたのはコルベールだった。

 

 大扉にかかった巨大な錠前が解かれる。

 ギーシュとマリコルヌを扉の前に残し、アンリエッタ達一行は中へと入った。

 かつては様々な品が無造作に置かれていた宝物庫の中は、教師たちの”錬金”で拵えた鉄格子によって仕切られていた。

 入口からまっすぐ続く通路の左右には、以前からここに保管されていた物品が整理されて収納されている。

 そして、一番奥の部屋には一際分厚い鉄格子で囲まれた牢獄があった。

 牢獄には一週間ほど前にこの魔法学院で大事件を起こした犯人が入れられていた。

 男はエルフであった。

 ベッドに横たわり、全身に包帯が巻かれている。

 

「あれが、砂漠(サハラ)のエルフですか。彼らの先住魔法は我々メイジの操る魔法を遥かに上回ると聞きます。よく捕らえることが出来ましたね」

 

「いいえ、我々ではありません陛下」

 

 アニエスが口惜しさを滲ませて答える。

 

「あの夜に現れた”元素の兄弟”も”エルフ”も……我々や魔法学院のメイジ達では到底太刀打ちできませんでした。奴らをすべて倒したのは、この男によるものです」

 

 牢屋の柵に、金髪の男性が寄りかかっていた。

 傍らには、身の丈ほどもある巨大な剣が立て掛けられている。

 どちらにも、アンリエッタには見覚えがあった。

 男は顔を上げて彼女を見ると、少し驚いたように僅かにその青い目を開いた。

 

「あんたは……」

「またお会いしましたね。ミスタ・ストライフ」

 

 そこにいるのは、トリスタニアの城下町で出会ったあの”異邦人”の青年であった。

 彼の存在こそが、アンリエッタがこの場所に来た目的であった。

 

 ・・・・・・

 

「本当に女王だったんだな」

「あら、疑っておいでだったのですか?」

「そういうわけではないが……」

 

 言い淀むクラウドにアンリエッタはくすりと笑うが、その顔はうかない表情に変わる。

 

「私としても、あなたとこのような形で再会することになるとは思いませんでした」

 

 クラウドは次に、アンリエッタの横にいる神官姿の青年に顔を向けた。

 

「あんたは、誰だ?」

「初めまして、僕はジュリオ・チェザーレ。ロマリア連合皇国より教皇の命で派遣された特使さ。君が例の”異邦人”だね」

 

 ジュリオが握手を求めてくるが、クラウドは無視した。

 ”異邦人”という言葉に警戒を強めたからだ。

 ロマリアとは……確か、この世界で広く信仰されるブリミル教の総本山の国であったはず。

 クラウドには自身との接点がまるでない。

 

「俺に何の用だ?」

 

 クラウドの素っ気ない反応にも、ジュリオは意に返さない。

 

「君と敵対するつもりはない。君のことはアンリエッタ女王陛下から聞かせてもらった。それで、いろいろと聞きたいことが出来てね。陛下に同行させてもらったのさ」

「あなたのことについて勝手に教えてしまったことを謝罪します。ですが、これには理由があるのです。それは後で説明させていただきます。今はそれよりも……」

 

 アンリエッタは誰かを探すように牢屋の周囲を見回した。

 

「サイト殿はどちらにいらっしゃるのですか? 私はてっきり貴方と一緒にいるものとばかり思っていたのですが……」

「サイト君であれば、ミス・タバサと一緒にラグドリアン湖に向かいました。陛下」

 

 彼女の疑問に答えたのはコルベールだった。

 

「ラグドリアン湖? なぜ、そのような場所に?」

「タバサの母親をここに連れてくるためだ。俺は今ここを()()()()。だから俺の代わりにタバサについていくよう頼んだんだ」

 

 アンリエッタはクラウドの顔をじっと見た。

 

「以前トリスタニアでお会いした時、貴方は帰り方を探しているとおっしゃいました。この学院にその方法を知っている者がいるとも。それはサイト殿のことだったのですね。そして貴方は……サイト殿と同じく異世界からやってきた」

「……だとしたら?」

「目的は、果たせましたか?」

「さあな……」

 

 誤魔化すクラウドに、アンリエッタは懇願した。

 

「お願いします。私がここに来たのは、貴方の話を聞くためなのです。我が国は現在、深刻な問題に直面しています。それを解決する鍵が、貴方に……いいえ、()()()にあると私は考えています」

「俺に何を話せと?」

「貴方がこの世界に来てしまってから今までの経緯を、どうか教えてください」

「……あんたはともかく、この場では話したくはないね。信用できない」

 

 クラウドがジュリオを指すと、彼は弁明するように言った。

 

「事態は急を要するんだ。もはやこれはトリステイン一国だけの問題じゃない。放っておけばこのハルケギニア全体の危機へと波及し得る。どうか僕にも教えてはくれないか。協力してくれるのなら、ロマリアが君を支援するよう僕から教皇聖下に献言する。約束しよう」

「我々としても聞かせてもらいたいのう。ミスタ・ストライフ。君には感謝しておるが……儂はこの魔法学院の責任者。あの事件が起こった経緯に関係があるというのなら、話を聞かないわけにはいかないじゃろう」

「私の力が及ばなかった“元素の兄弟“を貴方は倒してくれた。貴方にはとても感謝しています。才人君たちの為にも、私個人の力ではありますが、協力は惜しみませんぞ」

「……」

 

 オスマン、コルベールからも嘆願されて、クラウドは沈黙した。

 彼はエルフのいる牢屋の方を見る。

 しばらく何か考える素振りを見せた後、彼はようやく頷いた。

 

「いいだろう。だが、少し長くなるぞ」

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

「きゅい〜、お姉さま達と空を飛ぶの、久しぶりなのね! 嬉しいのね!」

「落ち着いて。また傷が開く」

「きゅい! 大丈夫よお姉さま。シルフィは平気なのね! る~る~」

 

 その頃、ハルケギニアの空には、大きな翼をはためかせて飛ぶシルフィードの姿があった。

 シルフィードの背中には、タバサ、キュルケ、才人が乗っている。

 三人はタバサの母親を安全な所に匿うため、ラグドリアン湖にある旧オレルアン邸へ向かう途中なのであった。

 

「知らなかったわ、あなたがこんなにお喋りだったなんて」

「韻竜ってやつなんだっけ? 喋れる竜がいるなんてなあ。驚いたよ」

「きゅい、今まで秘密にするように言われていたのね! でも、お姉さまのお許しが出たのね!」

「私はあなた達を信頼している。もう隠し事はしない」

 

 キュルケと才人にそう告げると、タバサはシルフィードの背中に優しく手で触れる。

 

「迎えに来てくれて、ありがとう」

「きゅい、きゅい! こんな怪我もうへっちゃらなのね! お姉さまの為ならどこへだって駆けつけるのね!」

 

 シルフィードは嬉しそうに声を上げる。

 

「怪我といえば、キュルケは大丈夫なのか? あいつらに腕をやられてたじゃねえか」

「ええ、まだ少し痛むけど。もうすっかり平気。あの“元素の兄弟“のおちびさん、ご丁寧なことに本当に関節だけ綺麗に外してくれたみたいだわ」

 

 才人の気遣いに、キュルケは肩を軽く回しながら答えた。

 

「手痛いのは杖を折られちゃったことね。代わりの杖を用意するのに時間がかかるから、しばらく魔法が使えないわ。向こうにいても出来ることはないからついてきたけれど……。私の心配するより、自分の心配をしなさいな。サイト、あなたこそ本当に大丈夫?」

 

 才人は俯いた。

 

「……全然、大丈夫じゃねえ。ルイズが今どこにいるかわからないし。……でも、何かしていないと落ち着かないんだよ」

 

 才人はガンダールヴのルーンが刻まれた手で左目を押さえてみた。

 “虚無“の使い魔たるガンダールヴは、主人に危機が迫っている時に、主人が見ている光景を“見て“察知することができる。

 だが……今は何の景色も見えてこない。

 あまりにも距離が離れすぎて見えないのか。それともルイズに意識がないのか。

 もしかしたら、その両方かもしれない

 

「くそっ」

「落ち着きな相棒。お前さんの左手のルーンが消えていないってことは、少なくとも娘っ子はまだ死んじゃいねぇよ」

 

 背中の鞘に収まるデルフがカタカタと音を鳴らしてサイトを宥める。

 

「シルフィがいない間にそんな大事件があったなんて。ガリアはお姉さまにも酷いことばかりするから許せないのね! でもルイズを拐うのは何故? あの娘、何かすっごい秘密でもあるのかしら?」

「そりゃあるわよ。ルイズはあの伝説の”虚無”の系統だったんですもの。それでもって才人は伝説の使い魔”ガンダールヴ”だし。まあ、伝説なんて言われてもいまいちピンとこないわよね」

 

 シルフィードの質問に、キュルケが答える。

 才人もタバサと同じように皆を信頼して、今まで隠してきたルイズの”虚無”の系統と”ガンダールヴについて一通りの説明をしていたのだ。

 

「……私のせいで、ごめんなさい」

「タバサは何も悪くねえよ。ずっと大変だったんだろ? それに……俺が今ここにいるのは、頼まれたことなんだ。クラウドさんに」

「クラウドが?」

「ああ……」

 

 才人はその時のことを思い出しながら、頷いた。

 

 ──俺が宝物庫(ここ)にいる間、タバサの事を頼む。

 

 クラウドはそう言って、才人に頭を下げたのだ。

 才人としては、断れる筈もない。

 彼がいなければ、あの日の事件でもっと多くの人が死んでいたかもしれないのだ。

 クラウドが元素の兄弟のダミアンを圧倒する姿を振り返り、サイトは改めてそう思った。

 

「あんな強い人が、俺に頼みごとをするなんてびっくりしたよ……。でも、これはきっと俺の為に言ってくれた事なんじゃないのかって思ったんだ。

 ルイズが拐われて、何もせずじっとなんてしていられない俺の為に、今できることを授けてくれたんじゃないかって」

「そう……」

「うーん、そうかしら。シルフィは違うと思うわ。シルフィの見立てでは、クラウドは乗り物に弱いからシルフィに乗りたくなかっただけだと思うのね!」

「まさか、クラウドさんが乗り物酔い? 嘘だろ、それ」

「嘘なんかつかないのね。前に乗った時はヘロヘロだったんだから。ね、お姉さま」

「本当。彼は乗り物にとても弱い」

 

 あれは確かクラウドと出会ったばかりの頃の出来事だ。

 ラグドリアン湖から任務先のキルマ村に向かう際、シルフィードに乗ることを彼は頑なに拒んだのだ。

 その理由がまさか乗り物酔いとは、タバサも驚いたものだった、

 あの時のことがなんだか随分と昔のことのよう感じて、タバサは懐かしくなった。

 

「なんか……タバサ。少し雰囲気変わったな」

「変わった? 私が?」

「うん。なんていうか、表情が柔らかくなったていうか。明るくなったような……」

「何か、変?」

「いいや、今のほうがずっといいと思うぞ」

 

 才人はそう言って嬉しそうに笑った。

 タバサは両手で自分の頬に触れる。

 私は、何かが変わったのだろうか。

 自分のことは、よくわからない

 

「しかし、そうなのか……。あんな強い人にも弱点があるんだな」

「二人とも、そろそろ目的地よ」

「きゅい! ラグドリアン湖が見えたのね!」

 

 上空からラグドリアン湖の景色が見えて……一行は言葉を失った。

 

「何だよ……これ」

 

 ラグドリアン湖には、かつて才人も訪れたことがあった。

 とても綺麗な湖で、緑に溢れた素晴らしい場所であった。

 

 だが……今は、あの頃の面影はまるでない。

 周囲にあった森の木々は軒並み枯木となり、葉はすべて散ってしまっていた。

 湖の水は涸れて、ただの剥き出しの大地だけが広がっている。

 

「一体、何があったんだよ……」

「シルフィにもわからないのね。水の精霊がいなくなってから次第にこうなってしまったの。あの森には凶暴になった幻獣や亜人がうろついていて、とても危険。だから、この辺りに住んでいた人達はみんな別の場所に移ってしまったみたい」

「唯一安全なのは空路だけってことね。私達にとってはある意味都合がいいわ。もしガリアがタバサのお母様を連れ去ろうとしていたとしても、うかつに近づけない筈。チャンスだわ」

「きゅい! シルフィは屋敷にいたけれど外から来る人は全くいなかったの。でも、あの場所もこれ以上留まるにはいろんな意味で危険なのね」

「ガリアの軍が来ないうちに、お母様とペルスランを連れて帰る」

 

 一行はタバサの言葉に同意し、オルレアン邸を目指した。

 

「……」

 才人は変わり果てた湖を眺めた。

 水の精霊がいなくなったなんて。この場所に何があったのだろうか? 

 

 かつて、ルイズと一緒にラグドリアン湖を訪れた時に才人は水の精霊と対面している。

 あの時、水の精霊と約束をしたのだ。

 水の精霊の秘宝を……盗まれたアンドバリの指輪を取り返すと。

 水の精霊はいつまででも待つと、確かにそう言っていた。

 自分には、今も未来も過去もないからと……。

 それなのに、一体どこに消えてしまったのだろうか。

 

 才人は胸騒ぎがした。

 この世界の見えないところで何か、とんでもないことが起きようとしているのではないか……。

 そんな嫌な予感がするのだ。

 左手に刻まれた、ガンダールヴのルーンを見る。

 才人は、魔法学院で交わしたクラウドとの対話を思い返した。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

「わからない?」

 

 それは、魔法学院の事件があった後間もなくの事……。

 医務室のベッドの上で目覚めた才人は、元の世界に帰る方法についてタバサを交えてクラウドと対話していたのだった。

 

「ごめん。俺も、元の世界にどうやったら戻れるのかなんて知らないんだ。そりゃ俺だって何度も帰りたいと思ったけど……、どうやったら帰れるかなんて、全くわからなくて……」

「そうか……」

「力になれなくて、すみません」

「いや、別にあんたが謝ることじゃない」

 

 クラウドはそう言うものの、落胆を隠すことができない様子であった。

 それを見ると、才人もますます申し訳なくなってしまう。

 

「情報を整理する」

 

 そう言ったのはタバサだ。

 

「才人、あなたが元いた場所はクラウドとは別の世界。そう考えて良いの?」

「ああ、それは間違いない。俺のいた地球には魔晄なんてものはなかったし、マテリアなんて便利なものも存在しない。巨大な隕石が落ちてきたなんて話も……。少なくとも、俺のいた日本は平和な国だったんだ」

「“地球“か……。俺がいた世界ではそんな呼称はしない。俺達は自分たちの住む世界をただ単に“星“と呼んでいた」

「ですよね。やっぱり違う世界みたいだ……」

 

 ここに来るまでの間は、クラウドは才人がウータイの人間なのではないか考えていた。

 話に聞いていた才人の身体的な特徴や『ヒラガ・サイト』という名前など、ウータイの出身者のものと似通った部分があったためだ。

 だが……才人は地球という世界からやってきた人間で、クラウドと同世界の出身ではなかった。

 まさか、ハルケギニアの他にもさらに別の異世界があるとは、クラウドも想像だにしていない事実であった。

 

「結局、またふりだしか」

「う〜ん。なあ、デルフ。お前なら何かわかるか?」

 

 才人はベッドの脇に立て掛けられていたデルフリンガーに尋ねた。

 デルフはカタカタと気の無い音を立てて答える。

 

「俺に聞かれてもなあ。まあ異世界の一つや二つあってもおかしくねぇんじゃないの?」

「そうじゃなくて、元の世界への帰り方についてだよ。お前、始祖ブリミルの時代に造られたんだろ。何か聞いたりした覚えはないのか?」

「無茶言うなよ相棒。前にも言っただろ。昔のことなんか殆ど覚えちゃいねえよ。何せ六千年前も経ってるしなあ」

「どんなことでも構わない。何かわかることはないの?」

 

 タバサがそう言って食い下がると、デルフは鞘を揺らしてうーん、と唸った。

 

「まあ……兄ちゃんがどうしてこの世界に来ちまったのかぐらいなら、わかると思うぜ」

「本当か?」

「なんだよ、やっぱり知ってるじゃん。勿体ぶるなよ」

「違えって。言っとくけどな、俺は本当に相棒と出会った後のことしかはっきり覚えてることはないんだぜ。でもよ、それだけの情報でも、ある程度の推測ができるんだよ」

「それって……どう言うことだよ?」

「相棒。お前さんは今までにも、異世界から来ちまった人間の話を聞いたことがあるはずだ。それを試しにこの場で言ってみな」

「え? えっと……」

 

 才人は、思い出せる限りのことを話す。

 才人が知っている事例は二つだ。

 一人は、トリステイン魔法学院の宝物庫に保管されていた『破壊の杖』の持ち主で、三十年前にオールド・オスマンを助けて死んでしまったという人物。

 もう一人はシエスタの故郷、タルブ村に眠っていた『竜の羽衣』……本当の名前は『ゼロ戦』という大戦時代の戦闘機と共にやってきた日本海軍の佐々木武雄少尉。シエスタの曽祖父にあたる人だ。

 

「そう。それにお前さん自身とクラウドの兄ちゃんを加えると、異世界から来た人間は合わせて四人いることになる。さて相棒に問題だ。この四人の中で一人だけ仲間はずれがいるんだが、誰だかわかるか?」

 

 デルフが何を言いたいのか、全くわからなかった。

 そんな質問に迷うことなど何もないではないか。

 

「そんなのクラウドさんに決まってるじゃないか。一人だけ地球以外の世界から来たんだぞ」

「ぶーっ。残念、はずれだ」

「えっ、なんでだよ!?」

「いや、まあ相棒が言ってることも本当は間違いじゃねえんだ。だが、俺が言いたいところと相棒は見ている点が違うのさ」

「見ている点? 言いたいところ? デルフお前何を言ってんだ?」

「見るべき視点は、召喚者の有無」

 

 答えたのはタバサであった。

 

「サイトはルイズのコントラクト・サーヴァントによってこのハルケギニアに呼ばれた。四人の中で誰が召喚したのか判明しているのはサイトだけ。だからこの場合、仲間はずれはサイトになる」

「正解だ。タバサの嬢ちゃん」

 

 デルフが頷くようにカタカタと揺れた。

 

「嬢ちゃんが言うように、相棒を召喚したのはルイズだ。勝手に呼ばれてお前さんからすりゃ迷惑この上ないだろうし、娘っ子も別に呼ぼうと思って召喚したわけじゃないだろうが。それでも、相棒をこの世界に連れてきたのは間違いなくルイズ自身なんだよ。そこがお前さんと他の三人の決定的に違う点なのさ」

「勝手にとか……違うだろ。俺はもうそんな事思ってない」

「まあ、とにかく。四人の中で誰が召喚したのかはっきりしているのは相棒だけだ。他の三人に召喚者は存在しない。そう仮定すると見えてくるものがある」

「詳しく教えてくれ」

 

 クラウドが続きを促した。

 

「俺が知っている限りで召喚のゲートが開かれる条件は二つある。一つはメイジがコントラクト・サーヴァントによって使い魔を召喚する時。そんでもう一つはブリミルが過去に残した古い魔法によるものだ。“槍“を呼び込むための召喚ゲートさ」

「始祖ブリミルの、召喚ゲート……?」

「相棒、ティファニアの嬢ちゃんのところにいた時に聞いた歌を覚えてるか? ブリミルが故郷を想って奏でた、あの望郷の歌だよ」

 

 デルフが口早に歌の一節を読み上げる。

 

 ── 『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』 ──

 

 それは、アルビオンの辺境にあるウエストウッド村に住んでいた、ティファニアという名前の、ルイズと同じく“虚無“の力を持つ少女が奏でてくれた曲だった。

 

「ああ……確かに、そんな事言ってたよな。でも、それが何の関係があるんだ?」

「ガンダールヴは左手の剣で主人を守る。そんでもって右手で敵を攻撃をするんだ。その時代に考えられる最強の“武器“でな。“槍“はブリミルが生きていた当時は最強の武器だったんだが……時代が経てば武器の形も概念もどんどん変化しちまう。だから、ブリミルは後世にガンダールヴとなるお前さんみたいな使い魔のために、“武器“を召喚するゲートを残したのさ」

「それが、“槍“なのか?」

「そうさ。実際、お前さんの役に立っただろう? 『破壊の杖』や『竜の羽衣』は」

 

 それは確かにデルフの言う通りだった。

『破壊の杖』は“土くれ“のフーケの巨大なゴーレムを倒す決め手になったし、空を自在に飛行する『竜の羽衣』は、タルブ村やアルビオンでの戦争で戦艦を打ち破る大きな助けとなったのだ。

 

「相棒以外に地球から来たっていうその二人に関しちゃあ、おそらく武器の召喚に巻き込まれたんだろうな。本人達には気の毒だけどよ。探せば他にもそんな“武器“はまだまだ沢山あるはずだぜ。ま、もしかしたらロマリアあたりがいっぱい隠しもっているのかも知れねえが」

「クラウドも同じだということ? 確かに彼は黒い鉄の乗り物と一緒にこの世界にやってきた。でもそれは……」

「まあ、その可能性もなくはねえだろうけどよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()タバサの嬢ちゃんも、今まで一緒にいたならもうわかってんだろ」

「……」

 

 その言葉でタバサは口をつぐんだ。

 それはつまりクラウドの場合に限っては、()()()()()()()()()()()()()()と言っているのだ。

 だが……確かに、デルフの言う通りだった。

 彼の尋常ではない強さは、明らかに常人のそれとは一線を画すものだ。

 その事実が示す答えは一つしか考えられない。

 タバサは言いづらそうに、しかし誤魔化すことはなく、その真実を口にした。

 

「……クラウド自身が“武器“。それが、彼がこの世界に来た理由」

「おい、ちょっと待て何言ってんだよ。クラウドさんは道具じゃない。人間だぞ。いくら何でもそんなことって……」

 

 だが反論しようとした才人も、その言葉を否定し切れない自分に気づいていた。

 なぜなら、クラウドと初めて会ったスレイプニィルの舞踏会のことを思い出したからだ。

 あの時……クラウドと握手した時に、左手のガンダールヴのルーンは確かに光輝いて反応したのだ。

 あれは、つまりそう言うことだったのだろうか? 

 ルーンは、クラウドのことを“武器“として認識していたと……。

 

「今思えば、こうして兄ちゃんが相棒に会いに来たことも必然だったのかもな。虚無の使い手は運命によって己の使い魔を選ぶなんて言われてる。ガンダールヴと“武器“が出会うのだって、ある意味運命づけられてることなのかもしれねえ」

「……気に喰わないな」

 

 クラウドがそう言った。

 

「なんだ兄ちゃん、武器扱いは不満かい」

「いや、そっちじゃない」

「……?」

 

 それ以上、彼は答えようとはしなかった。

 

 ──運命。

 

 それはクラウドには、受け入れがたい言葉だった。

 だが……それは何故だろうか? 

 右腕の黒いベールの下にある腕に巻かれた誓いのリボンを、彼は意識する。

 

 

「あの……クラウドさんは怒らないんですか、自分が“武器“だなんて」

「……俺はソルジャーと同等の施術を受けた人間だ。魔晄を浴び、モンスター(ジェノバ)の細胞を植え付けれられた改造人間なら、“人間兵器“と言っても差し支えはないだろうからな」

 

 クラウドは皮肉混じりにそう答えた。

 

「ほーん、なるほどね。お前さんの身体の妙な感覚はそう言うことかい。どおりで化け物染みてると思ったぜ」

「デルフ、そんな言い方はないだろ!」

「そうは言ってもな相棒。いまさら誤魔化すような事でもないぜ」

「その通りだ。お前が気にすることじゃない、それよりも俺が“武器“ならお前がその使い手になるわけだが……。サイト、試しに俺を使って見るか? そこのお喋りな剣を振り回すよりは役に立つかもしれないぞ」

「や、冗談でもやめてくださいよ。そんなこと出来るわけないじゃないですか」

「なんでぇ、俺はお払い箱かよ」

 

 デルフはクラウドに同調して、カタカタと刀身を揺らして笑った。

 二人にからかわれていることに気付いて、才人は顔を赤くした。

 

「でも、クラウド……あなたが“武器“として呼ばれたなら、帰る手段なんて存在しないことになる。あなたは本当にそれで良いの?」

「別に、元の世界に帰ることを諦めたつもりはない。こちらの世界に来る為の召喚のゲートがあるというのなら、その逆もきっとあるはずだ。帰る方法は必ずどこかにある。それよりも今は、タバサのおかげで元の世界に帰る手がかりが掴めた。一歩前進だ」

 

 心配するタバサにクラウドは相対する。

 彼は屈んで彼女に視線に合わせると、その手で青い髪を撫でて優しく語りかけた。

 

「ありがとう。俺を、ここに連れてきてくれて」

「……うん」

 

 タバサは何も言えずに頭をくしゃくしゃとされていた。

 その光景は、才人にとって初めて見るタバサの姿であった。

 一番年下なのにいつも冷静で誰よりも大人びていたあのタバサが、今はまるで年相応の小さな女の子のようではないか。

 

 ──まるで年の離れた兄妹みたいだ。

 二人の間には自分とルイズとは違った形の深い絆があるのだと、才人は気づいたのだった。

 

「デルフリンガー」

「あん?」

「俺が“武器“だということはわかった。だが、それでもまだ疑問が残る」

「……言ってみな」

「最初の、異世界から来た人間のうち誰が仲間はずれかという質問についてだ。召喚者がいるのは確かにサイトだけだ。だがサイトの言う通り、俺だけが地球と言う世界以外から呼ばれたと言う事実も変わらない。……このことは何を意味すると思う?」

 

 始祖ブリミルの残したゲートが“武器“を呼び込むと言うのなら、“武器“には戦うべき明確な“敵“がいるはずなのだ。

 地球から召喚された武器たち、それとは別の世界から呼ばれたクラウド。

 別々の世界から呼ばれた“武器“に想定された目的は、果たして共通しているのだろうか。

 

「“武器“が戦う為に存在するならば、俺は、一体何と戦うためにここに呼ばれたんだ」

「……悪いが、それはわからねえな」

 

 歯切れの悪い様子でデルフは答えた。

 

「ガンダールヴの“槍“は主人を守る為のものだ。主である“虚無“の敵が“ガンダールヴ“の敵でもあると言って良い。エルフ……あるいは、砂漠(サハラ)の聖地の先にいるかも知れねぇ何か。……だが確かに、それらは兄ちゃんの“敵“ではないのかもな。お前さんが戦うべき相手は、他にいるのかもしれねえ」

 

 自分が、この世界にきた理由。

 戦うべき“敵“。

 それがわかれば、元の世界へと帰還する手がかりとなるだろうか。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

「あなたが“武器“ですか。まさか、そのような事があるなんて……」

 

 アンリエッタは、そう言葉を漏らした。

 場所はトリステイン魔法学院、その宝物庫を改装した牢獄の前。

 クラウドは、自分がハルケギニアに来てからの一連の経緯を話していた。

 

 自分が才人とはまた別の異世界から来たということ。

 謎のモンスターに襲われて気を失い、気付いた時にはラグドリアン湖にいたこと。

 そこでタバサに助けられ、凶暴化したオーク鬼の討伐を手伝ったこと。

 それ以来、魔法学院を目指しつつ、タバサの任務の手助けをして一緒に行動していたこと。

 才人との対話で、どうやら自分が“武器“としてこの世界に呼ばれたらしいこと……。

 

 説明を聞いた者たちの反応は様々であった。

 

「ううむ、俄かには信じがたいのう……」

「ですがオールド・オスマン。彼の説明は一通りの筋が通ります。ふうむ“竜の羽衣“がガンダールヴの“武器“だったとは、言われてみれば納得できる話だ。……いや、しかし興味深い! 魔晄にマテリア! まさか、魔法を誰にでも使用できるように物質として加工するとは、素晴らしい技術だ。それに君が乗っていたというその乗り物についても、是非とも教えてもらいたいのだが……!」

「そこまでにしろ痴れ者が。陛下の対話を妨げるな」

 

 好奇心で前のめりになったコルベールをアニエスが叱責した。

 

「デルフリンガーはこの世界には他にも“武器“が来ているはずだと言っていた。……ジュリオだったか。あんたは“武器“について何か知っているか?」

「確かに我らロマリアはそう言った物品を保管してる。僕らは“場違いな工芸品“と呼んでいるけどね。だが君のように生きた人間が“武器“として呼ばれた例は今までにないだろう。おそらく、君が初めてだろうね」

「それだけか?」

「始祖ブリミルに関わる歴史にはわかっていないことがまだまだ多いんだ。力になれなくてすまない。でも、君がガンダールヴの“武器“であるならば彼と一緒にいればそのうち何かわかるかもしれないね」

 

 要領を得ない答えだった。

 ──この男はまだ何か隠していることがありそうだ。

 クラウドの直感は、そう捉えていた。

 問いただしても構わないが、今はアンリエッタへの質問を優先することにした。

 

「俺は知っていることを話した。アンリエッタ、そろそろあんたにも説明してもらいたい。俺が異世界からきた事とこの国の危機とやらに一体何の関係性があるんだ」

「そうですね......」

 アンリエッタは静かに頷いた。

 

「……本当はサイト殿にも一緒に話をしたかったのですが、仕方ありません。これはまだ国内では公表されていない事実なのですが。……単刀直入に言いましょう」

 

 アンリエッタは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガリア王国が、我がトリステインに対して宣戦布告を行いました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました。ようやく新編です。
先の展開の都合によってが整合性をとるため文章を修正するかもしれません。
ご都合主義で申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

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