ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
“クラウド”
誰かの呼ぶ声。
それが聞こえて、クラウドは自分に体があることを思い出した。
地に足がつく感覚。
草を踏む感触。
目の前に広がる真っ白な景色。
足元には白や黄色の花々が咲きかえっていて、クラウドのいる位置を中心に広がっていた。
だがそれ以外は何もない。どこまでも霧がかかっているみたいで、ぼやけている。
花畑だけがその中でくっきりとした輪郭を保っていた。
世界から切り離されてしまったかのような空間。
現実と虚構の狭間。
この場所には見覚えがある。
辺りを見回してみようか、と考えていると、背中に重さを感じた。
柔らかく、温かい。
誰かが自分に寄り掛かっていた。
おそらく、自分と、背中合わせに立っている。
ふいに、鋭く、細い刃のイメージがよぎる。
思わず目をつぶって首を振る。なぜ今そんな事を思いだしたのだろうか。
“大丈夫?”
彼女は心配そうに語りかける。彼女が誰なのか、クラウドにはわかっていたが、振り返ってそれを確認しないようにした。
振り向いたらいなくなってしまうような気がしたからだ。
“クラウド 自分のこと、誰なのか、わかる?”
―ああ
“良かった”
彼女は安心した声を出す。
“クラウドあぶなかったんだよ。また心がバラバラになっちゃうところ、だったんだから”
彼女が心配している理由は、ぼんやりだが、理解することができた。
自分はおそらく、ライフストリームに落ちたのではないだろうか。
星に蓄えられた膨大な量の知識の流れ、ライフストリーム。
個体の生き物がライフストリームに落ちれば、たちまち、頭に流れ込んでくる情報の波に耐えきれず壊れてしまう。
心がバラバラになる、というのはそのことだろう。
クラウドは以前にも、その中に落ちて精神を砕かれてしまったことがある。
―助けて、くれたのか?
彼女が自分を、という意味。
“ううん、違う。そうじゃないの。……クラウド、ごめん”
しかし彼女はその問いを肯定しなかった。
―え?
なぜ彼女が謝るのだろうか。彼女に対して謝らなければならないのは、いつだって、自分の方であるはずなのに。
“そうじゃないの”
彼女はくり返す。クラウドが心の中で思っていたことへの返答にも聞こえた。この場所では口に出すことと、心の中での呟きにたいした違いはないのかもしれない。
“助けたんじゃなくて助けられなかったの。私は、あなたに形を取り戻させようとすることしか、できなかった”
―どういうことなんだ?
“あなたはただライフストリームに落ちたわけじゃない。……ごめんなさい。あまり長くは説明、できない。ここにいる私は、私の中の一部でしかないから、もうすぐ、消えてしまう。”
―よくわからない
“クラウド。聞いて”
声がさきほどよりも遠く感じた。
“あなたは目を覚ました後、周りの状況に愕然、してしまうかもしれない。……でも…………あきらめないで”
その言葉で、クラウドは彼女がもうすぐいなくなってしまうとわかった。
―まってくれ
クラウドは思わず声をあげる。背中に感じた温もりはもう無くなっていた。
そして、振り返ってしまう。
そこには彼女の顔。
懐かしい姿がそこに。
もうほとんど消えかけている。
しかし彼女は真っすぐ、クラウドに、笑顔を向けていた。
大丈夫。
そう言うかのように微笑んでいた。
“あきらめないで……。……帰る方法は……きっと、あるはずだから……”
クラウドはその言葉と共に夢から目覚めた。
・ ・ ・
薄暗い部屋の中だった。
「うっ……」
上半身を起こそうとして眩暈を感じ、起き上がるのを断念する。
懐かしい人の夢だった。
まだ内容を覚えている。あれは一体何のことなのか……。
背中に感じる感触は柔らかい。どうやら自分はベッドの上に寝かされていたようだ。
首だけ動かして、ぼやけている視界で、自分のいる空間を見回した。
壁は石造りで、床は木目でできている。
置かれているテーブル等の家具には細かい装飾が施されていて、どこか古い匂いがする。
ベッドの真横にはアーチ状の窓があった。
この場所から外は見られないが月明かりが漏れていて、部屋の中を照らしていた。
どこだここは。
どうして俺は……?
気を失ってから、記憶の前後がはっきりしない。何があったかを思い出そうとする。
たしか……、配達の帰りに襲われて……そう、あの、斬撃も魔法の通じない魔物にやられたんだった。
だれかに……助けられたのか?
記憶を呼び起こすとともに意識がはっきりとしてきた。
今度こそ、クラウドは体を起こす。
頭がくらくらする。
あの魔物から受けた精神への干渉がまだ尾を引いているようだ。
持っていた武器は……、部屋の中にはない。服は気を失う前のままだ。――ソルジャーの戦闘服をアレンジしたもの。水の中に落ちたはずがすっかり乾いている。それに、肩にあったはずの傷も塞がっていた。なぜだろうか。外はまだ夜でそれほど時間は経っていないと思うのだけれど。
クラウドはここがどこなのか確認するため、ベッドから立ち上がり、窓に近づいた。
そして、違和感に気付く。
「……?」
おかしい。
見覚えのない風景だ。
いや、これはまだいい。気のせいかもしれない。
問題は空の上にあるものだ。
あるべきものが、増えている。
なんだ、これは?
俺は……一体……。
クラウドはまだ、自分が、思っているよりもとんでもない状況に置かれているという事に気付いていなかった。
・ ・ ・
屋敷の二階で眠っていたタバサはパチリと目を開けた。
寝巻の上からマントを羽織り、杖を持つと、音も立てず部屋を出る。
優れた風の魔法の使い手であるタバサは一階で何かが動く気配を風で感じ取っていた。
おそらくは客間に寝かせていたあの男が目覚めたのだろう。
なにか動きがあった時の為に一応シルフィードに監視しとくように命じていたが連絡はない。なぜか今回、やる気を出して自分から見張りをかってでると言い張ったので任せてみたのだが……。
(シルフィード?)
(ふにゃ~、……シルフィもう食べられないのね……)
使い魔との交信から聞こえてきたのは幸せそうな寝言だった。
溜息。
考えてみれば、あのぽややんとした竜に監視など頼むのはもともと無理があったのだ。
これは自分のミスだ、と彼女は諦める。
廊下を抜けて抜き足で階段を下りる。今は真夜中だ。他に起きているものはいないらしい。この屋敷に見知らぬ者を入れることは屋敷の執事であるペルスランにも反対されたが、ラグドリアン湖の異変のこともある。母のいるこの土地に危険があるのなら早めに知っておきたかった。
一階の客間、男を寝かせていた部屋の扉の前まで来た。武器は取り上げているので、攻撃される心配はないとは思うが用心してあらかじめ呪文を唱えておく。
ぎぃ、と軽い音をたてて扉が開く。タバサは杖を構えて中へ入った。
男は立ち上がっていた。
窓の外を見ているのでこちらからは後姿しか見えない。
タバサが入ってきたのに気付いて男はこちらを向いた。
「あんたが助けてくれたのか」
男は静かに口を開く。低く、それでいて透きとおった声だった。
「そう」
タバサは短く言い返す。
金髪に整った顔立ち。その奥で、タバサと同じ青い瞳がこちらを真っすぐ見つめている。それがまるで青空のようで、思わず吸い込まれそうな錯覚を感じてしまう。
「その……、聞いてもいいか?」
「……」
「ここはどこなんだ?」
「ラグドリアン湖近くの、屋敷の中。あなたを湖で見つけて、ここに連れてきた」
「そうか……」
男の声に戸惑いが混じる。
「もう一つ、聞いていいか?」
窓を指差しながら男は質問する。
「なんで月が……二つあるんだ?」
外には、タバサの常識からすればいつも通り、赤と青の二つの月が輝いていた。
・ ・ ・
「トリステイン、ガリア、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア……、どれも聞いたことがない?」
「ああ……」
タバサの話を聞きながら、クラウドは困惑していた。
「なぁ、あんた……、さっき俺の言った場所に聞き覚えはないのか?」
青い髪の少女、タバサはふるふると首を振った。
二人は今、客間で向かいあって話をしていた。お互いに情報を欲していて、目の前の相手に聞きたいことがある為である。しかし出てくる内容はお互いの常識が食い違った話ばかりだった。
「あなたの言ったこと、地名、巨大隕石による大災害。どれも私には聞いたことのないことばかり。逆にあなたは私の言った地名、国名などをまったく知らない。あなたと私の常識は大きく違っている」
タバサが今までの情報のやり取りの結論を述べる。
「そう……みたいだな」
彼女に反論はない。しかしそれをどう受け止めたらいいのかわからなかった。
知らない地名。
当り前に存在する二つの月。
魔法を扱える者達が支配する貴族社会。
目の前の少女が語ったことは、ここが自分の知らない場所であるという事実をクラウドにはっきり突き付けていた。
「あなたの言った事を肯定的に信じるのであれば、あなたにとって此処は『異世界』という事になる」
異世界。
この場の状況を明確に表した言葉。そしてそれを否定できる反論も今は何もない。
自分の知らない、遠い場所。
なんだ、それは。
本当なら思わず頭を抱えたくなる所だった。
だが、自分でも意外なことにクラウドは落ち着いていた。
夢で見た“彼女”の言葉を思い出していたからだ。
―あきらめないで
肉体を失った今でさえ、自分のことを支えてくれている“彼女”が伝えてくれたこと言葉。必ずなにか意味がある。
絶望するには、きっとまだ早い。
「もう一度、俺が倒れていた時の事を教えてくれないか?」
「私も、その事の方に興味がある。」
そう言ってタバサは再び、最初にクラウドを見つけた時の状況を語った。
・ ・ ・
「――それで私がシルフィードに乗せて運んだ。……あなたは何故あそこにいたの?」
「……わからない。俺が覚えているのは、配達の帰りに魔物に襲われたところまでだ」
「魔物?」
「ああ、見たことのない奴だった。水場で襲われて、水の中に落ちて、気を失った」
「水……」
タバサは顔を下に傾かせて思慮に耽る。
水場。それが、彼女と目の前にいる青年の唯一に近いと言える共通点だ。
異世界から来たという青年の言葉も、それ自体は彼女にとっても確かに興味深かったが、彼の話のみの事であるし、差し迫って聞きたいことでもない。
だが、そちらにも何か共通点があるのではないか?
そしてはっと思いつく。
召喚。
タバサの脳裏に、同級生の少女が召喚した使い魔の青年のことが思い浮かんだ。
「なにか、見た?」
「何を?」
「気絶する前。例えば、扉」
「扉……」
クラウドは記憶を辿る。
あの魔物に捕まり、決死の覚悟で一撃を加えて、泉に落ちて、そのあと……。
水の底に沈んでいく自分。
扉……。
確か、目を閉じる寸前になにかが……。
光?
「そうだ、俺は気絶する前に銀色の光を見た覚えがある」
その言葉にタバサは納得したように頷いた。
「類似する魔法がある」
サモン・サ―ヴァント。
ハルケギニアのメイジはコントラクト・サーヴァントで使い魔を召喚すること。
その時に銀色のゲートが出現すること。
そしてゲートはまれに人間を召喚することがあるということをタバサは語った。
「私の知っているなかでロバ・アル・カリイエから召喚されたという人がいる」
「ロバ……?」
「極東にあるという、未知の土地。ハルケギニアに住む私達からすればほとんど異世界と同義」
「……そいつは、俺と同じ場所から来たのか?」
「わからない。本人に聞いたことがないから」
しかし内心、タバサはその可能性の方が高いと考えていた。短くない間行動を共にしていたあの少年の雰囲気は、目の前の青年と同じようにどこか異質なものがあったからだ。尤も、二人が同じ場所から来たという確証すらないのだが。
「ラグドリアン湖とあなたのいた場所がゲートで繋がったと考えれば、辻褄は合う」
そうであれば湖の水が無くなったのも、ゲートを通してクラウドのいた側に流れていったのではないかという推測が成り立つことになる。
そのとおりかもしれない、とクラウドは思った。忘らるる都の泉の水が増水していたことを思い出したからだ。自分が召喚されたという推測にもなんとか納得できる。クラウドのいた場所でも形は違えど召喚というものは存在していた。
「……だが、ゲートはこちらの人間――メイジが儀式を行わなければ開かないんだろ?そうなると俺を召喚した奴がどこかにいることになるのか?」
「いなかった、かもしれない」
「どういうことだ」
「あなたが呼ばれたのがイレギュラーなことだった可能性もある。召喚の儀式についてはわかっていないことも多い」
「召喚者がいない召喚なんてありえるのか?」
「事例はない。けど、ありえないとも言い切れない」
元はといえば始祖の時代から習わしとして伝えられてきた儀式である。メイジが何を呼び出すのかも、個人の実力に見合ったものが召喚されるという曖昧な基準しかない。どのような原理でゲートが開かれるのかすら、明確にはわかっていないのだ。それを考えれば突然、何もない場所にゲートが出現すること可能性だって否定はできない、ということだった。
「なるほどな……。それで、その」
クラウドはここにきて言葉に詰まる。
彼にとっての本題。
一番聞きたい事で、今まで話をしていて口にすることができなかった事だ。
「……俺は、もと居た場所に帰ることができるのだろうか?」
クラウドが真正面に目の前にいる青い髪の少女を見つめる。
この少女に聞いても答えはでてこないかもしれない。異世界から来たなんて気が狂った人間の戯言であるなんて返されるかもしれない。しかしクラウドは尋ねるしかなかった。
情けないことではあるが、今クラウドが頼れるのは、その答えをもらえるのは――彼女しかいなかったのだ。
タバサは少し間をおいた後、口を開いた。
「本来の召喚の儀式では、使い魔を元の場所に返す方法はない。だけどあなたが例外的にここに召喚されたとするならば、“現時点”ではわからないと言える」
「現時点?」
「調べてみなければわからない、ということ。あなたが倒れていた湖は何か異変が起きていた。それはあなたと関係があるかもしれない。ラグドリアンは私の領家の近く。だから明日、任務と兼ねて調べようと思っている」
「任務?一体……」
「私は、ガリア王国の騎士。今はオーク鬼という魔物の退治を命じられている。」
「騎士って……」
クラウドはタバサの口から出てきた言葉に驚いた。こんな小さな少女が?
「もと居た場所に帰る為の手掛かりを探すというのなら、任務のついで、という形であなたに協力できるかもしれない。少なくとも湖を探るという点であなたと私は同じ目的を持っているから。」
「あんたは……」
「何?」
「俺の言ったことを信じてくれるのか?」
「……あなたから聞いたことは興味深い。しかしそれはあなた本人からの話だけであるし、確証もない。私にとってあなたが異世界から来た人間かどうかは正直にいえば、どうでもいい」
「じゃあ、どうして、協力してくれる気になったんだ?」
「あなたが、真剣だったから」
クラウドの疑問に対して、タバサは無表情で、なんの迷いもなく答えた。
タバサにとってこの青年に協力する必要は本来なら無かった。
彼が今回のことに深く関わっている可能性が高いのはわかるが、ここから後、湖を調べることは彼女一人でもできてしまうからだ。
彼の言うこと、異世界の話は、筋が通っていても常識から考えれば荒唐無稽としかいいようがない。
しかし、彼女は周りの人間には無愛想で通している為、冷たい性格であると見られがちだが、元来は心根の優しい少女である。
それを表に出せないのは、今の彼女を取り巻く環境のせいでもあるが、それはともかくとして、目の前に困っている人間がいて、彼女がほうっておけるわけもなかったのだ。
それに……。
青年は真剣だった。
異世界から来たというのが本当ならその場で茫然と立ちすくんでしまっても当然なのに、彼にそんな様子は見られない。しかし必死に、自らを取り巻く状況をなんとか解決しようとしているのが彼の態度からよくわかる。
それを見て、タバサは協力しようと決意したのだ。
彼女はどんな状況でも前に進もうという意志を持つ人間が嫌いではなかった。
自身と重ねてしまった、というのもあるかもしれない。
彼女も過酷な状況の中前に進もうという人間なのだから。
この人が希望を捨てていないなら、協力してあげてもいい。そう思ったのだ。
「どうする?」
タバサが、問いかける。
タバサの短い一言が、クラウドにはありがたかった。
自分の話を完全に信じてくれたというわけではないだろう。それでも見ず知らずの男に協力してくれるというのだから、この提案を断る理由などありはしない。
討伐か……。
オーク鬼とやらがどんな魔物なのか知らないが、それが戦いであるならばクラウドの得意分野だ。問題ない。
今は一刻も早く元の場所に帰る手掛かりが欲しい。
目を瞑る。
浮かぶのはマリン、デンゼル、ティファの、家族。そして共に戦った仲間たちの顔。
自分の帰るべき場所。
必ず、帰る。
「わかった。こちらの事はよくわからないが、俺にできることがあったら協力させてくれ」
クラウドは立ち上がって手を差し出す。タバサもそれに答えた。
「そういえばまだ名乗ってなかったな……。クラウド・ストライフだ。よろしく頼む」
「タバサ。……よろしく」
二人は夜明け前の客間で、互いの手を取り合った。