ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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Chapter 19-2

 鉄格子の向こう側で起き上がるビダーシャルを前にして、一同に緊張が走った。

 すぐさま杖を向けるコルベールに、ビダーシャルは冷静に告げる。

 

「やめておけ蛮人よ。私にそんなものを向けたとして、たいした意味は持たない」

「っ……!」

 

「貴様、いつから目覚めていた。すぐに起き上がれるような怪我ではなかったはずだ」

 

 アニエスがアンリエッタを庇うように立ち、銃に手を伸ばしたままビダーシャルを睨んだ。

 

「お前達の眼を欺きながら私自身に精霊の力を使うのは、そう難しいことではない」

 

 ビダーシャルは平然と言ってのける。

 

「いかに堅牢な牢獄であったとしても、それだけでは私を縛ることはできない。精霊の力を封じられない限り、いかようにも対処できる。少なくとも我ら(ネフテス)であれば、虜囚に対してそのような処置をとる。監獄島(シャトーディフ)と呼ばれる、大いなる意思に見放された果ての地へと閉じ込め、精霊の力そのものを遮断するのだ。この程度の場所に私を閉じ込められると思っていたのなら、傲慢な蛮人らしい愚かな間違いだったな」

「貴様、言わせておけば……!」

「アニエス!」

 

 アンリエッタが叫ぶ。

 挑発するようなビダーシャルの発言に、アニエスは銃を向けた。

 一発触発になりかける空気の中、それを止めたのはオールド・オスマンであった。

 

「銃をおろしなさいミス・アニエス。そしてコルベール君もじゃ。怪我人にむやみに武器をむけるものではないぞ」

「オールド・オスマン、しかし危険です」

「そこの痴れ者の言う通りだ、オスマン学院長。この男はエルフだ。仮にこの場で先住魔法を使われでもしたら、私たちの手に負えなくなるぞ」

「ふむ、その心配はなかろうて。先住魔法を使って脱出するつもりがあるのなら、とっくにそうしておるだろうからの。いいや、正確にはできなかったのだろう。そうではないか? エルフの……ビダーシャル殿で良かったかのう」

 

 オスマンの指摘が的中していたのか、ビダーシャルは不愉快そうに答えた。

 

「認めよう。それがいまだ私が此処に留まっている理由だ。ご老人、あなたの差し金だったのだな」

「ほっほっほ。なあに、そこにいる”異邦人”殿が儂のお願いを聞き入れてくれただけのことじゃ。のう、ミスタ・ストライフ?」

「あんたをこの場から逃さない。その点については利害が一致していた」

 

 クラウドが答える。

 この騒動の中、彼だけが微動だにもしていなかった。

 クラウドは変わらず格子に背中を預けた姿勢のまま、その場に留まっていた。

 

 そう……ビダーシャルがこの牢獄から脱出することができなかったのは、全てはクラウドがこの場所に留まり続けていたからだった。

 いくら彼が大いなる意思の加護を受けていようとも、その精霊の力を打ち破り、自身を倒したクラウドが見張り続けていた以上、逃げ出すことは不可能だったのだ。

 

「あんたには教えてもらいたいことがある。まずは、そうだな。寝たふりをしながら話を聞いていた感想からだ」

「貴様……最初から気づいていたのか」

「あんたは俺の話をまともに聞いてくれなかったからな。無理矢理にでも聞いてもらったまでだ」

「なるほどね、この場で僕らと話をしたのには、こういう意図があったわけか」

 

 ジュリオが腑に落ちたという様子で頷いた。

 あれほど不信感と警戒感を抱いていた自分に対して、彼が大人しく己の事情を語り始めたのは、ビダーシャルに話を聞かせる思惑があったからなのだろう。

 

「前にも言ったが、俺にはあんたと敵対する理由がない。俺は”災厄”ではないし、そもそもこの世界を害するつもりもない。俺の目的は元の世界に帰ること。それだけだ。……だが、そのためにはどうやらこの世界についてもっと知る必要がありそうでな。その点あんたは色々と詳しそうだ」

 

 クラウドは格子に寄りかかっていた身体を起こし、ビダーシャルに向き直った。

 

「あんたの知っていることを俺に教えろ」

 

 対するビダーシャルは、胡乱な眼差しをクラウドに向けたままだった。

 それは、彼の疑念の表れだった。

 

「お前はまだ肝心なことを説明していない。今もその身体の内で飼っている化け物についてだ」

「化け物とは、一体……? ミスタ・ストライフ、この方は何のことをおっしゃっているのですか?」

「それは……」

 

 アンリエッタが問いかけるも、クラウドは言葉を濁し沈黙する。

 

「質問に答えろ異邦人。それともこの場では喋れぬとでも言うつもりか」

「……いいだろう、あんたたちにも教えておく必要があるだろうからな」

 

 ビダーシャルの問いにクラウドはついに沈黙を破り、その存在の名を言葉にする。

 

「空から来た災厄、”ジェノバ”。そう呼ばれている。かつて俺たちが戦い、倒した存在だ」

「ジェノバ?」

「俺もあれについて知っていることはあまりない。わかっていることは、他者の”記憶”を読み取る能力があること、例え肉体を細切れにされても再生できる強靭な生命力を持つ化け物だということぐらいだ」

 

——太古の昔の遥か数千年前の地層に封印されていたという知的生命体。

——隕石と共に飛来した、星の命を糧に生きる外宇宙からの侵略者。

——高い攻撃性を持ち、記憶を読み取ることで他の生物を騙し、心を侵す狡猾な戦術を本能として備えた生き物。

——驚異的な再生能力を持つ怪物で、分裂した細胞の一つ一つが意思を持ち、たとえ肉体がバラバラになろうとも、やがて再集結(リユニオン)し復活することができる。

 

 クラウドはジェノバという存在について、そう説明した。

 

「俺の世界では、その化け物を使った様々な実験が行われた。この身体もその実験の産物の一つだ。”ソルジャー”という、魔晄を照射された人体にジェノバの細胞を移植する、いわば強化兵士を造りだすものだ。……もっとも俺が本物のソルジャーだったことはない。だが、ある別の実験の過程で、この身体にもまったく同じ行程の施術を施されている」

「強化兵士……君は身体を改造されたというのか」

 

 ”元素の兄弟”たちのことを思い出したコルベールが、そう言葉を零した。

 

「そうは言っても、俺は失敗作だった。ジェノバの細胞は意思を持っている。強い精神力を持たない弱い人間は、ジェノバの支配に負けて自我を保てず廃人となる。ビダーシャル、あんたの懸念はある意味では正しい。俺はかつて自分を失い、ジェノバに操られていた只の人形だった。でも、今はもう違う」

「どう違う? それを証明できるというのか?」

「出来ないだろうな。ジェノバの細胞は今も俺の中にある。だけど、俺はもう自分を見失ったりは絶対にしない。それが、俺のせいでいなくなってしまった人達に示せる、ただひとつの覚悟だからだ」

 

 偽りの記憶の中で造り出した理想の人格は、その矛盾が露呈し真実にさらされた時、あっけなく崩壊した。

 クラウドはそこから本当の自分を認めて、立ち上がらなければならなかった。

——幻想はもういらない。俺は俺の現実を生きる。

 それは、かつてライフストリームの底で記憶の中を彷徨い、大切な仲間達に救い上げられて見出した覚悟だった。

 

「貴様の言葉を信用しろというのか」

「あんたが信用するしないはどうでもいい。俺はあんたの質問に答えただけだ。それに、あんたにとって重要なのは、俺の中にある細胞の一片のことなんかじゃない。問題なのは、おそらくはジェノバの本体の一部、あるいはそれに関係する何かが、この世界に入り込んでいる可能性があるということだ」

「何だと?」

 

 ビダーシャルが息を呑む。

 クラウドの言葉にざわつく一同の中で、ジュリオは注意深く、クラウドの言葉に耳を傾けた。それがロマリアの——ヴィットーリオ教皇の懸念する問題の核心に触れる内容であったからだ。

 

「この世界に来る前に襲われたモンスター。そいつから俺は、微かにジェノバの気配を感じ取った。俺はそのモンスターとの戦いで気を失った後、この世界に来る召喚のゲートを通ったらしい。……俺が辿り着いた先のラグドリアン湖の惨状を見るに、あの場所には以前から召喚のゲートが存在していて、奴はそれを通って俺のいた世界に来た可能性がある」

 

 クラウド自身が”武器”として呼ばれたというのであれば、あの存在がクラウドの世界に渡ってきたのは別の召喚ゲートによるものと考えるしかない。

 それが何のきっかけで開いたものなのかは、推察する材料が足りない今は答えを見つけることは出来ないだろうが。

 

「だ、だがクラウド君。きみの話ではジェノバは既に倒されたのではなかったのかね?」

 

 動揺したコルベールの質問に、クラウドは首を振って否定した。

 

「完全に倒せたわけじゃない。再集結(リユニオン)の能力を持つジェノバは限りなく不死に近い。条件が整えばすぐにでも簡単に復活するだろう。実際、既にそれは起きている。俺がこの世界に来る半年前のことだ」

 

 クラウドは思い出す。

 あの運命の日から後の、2年間の出来事を。

 

 メテオ災害の後、世界の各地で噴き出した黒い水。

 黒い水に触れた人々は、不治の病に倒れ、次々と命を落としていった。

 ジェノバの一部が思念となって星に溶け込み、浸食したことで生じたもの。

 それが、”星痕症候群”と呼ばれる世界に蔓延した奇病の正体だった。

 

 星痕に侵された子供達を集め、再集結(リユニオン)を画策していた三人の思念体たち。

 神羅カンパニーの残党達が隠していたジェノバの肉体。

 そして、復活を遂げたあの男……。

 

 昨日の事の様に鮮明に思い出せる事件だ。

 戦いはまだ、終わってなどいない。

 自分にはまだやる事が残っている。

 それに、なによりクラウドには、自分の帰りを待つ大切な”家族”がいるのだ。

 

「俺は帰らなければならない」

 

 クラウドはビダーシャルに向けてそう宣言する。

 

「元の世界にはやり残したことがまだ沢山あるからな。あんたがその邪魔をするというのであれば、俺はまたあんたと戦うことになるだろう。……だが、もしこの世界に異変が起きていて、その原因がジェノバだとするならば、このまま見てみぬ振りをするつもりもない」

「……」

「別に俺のことを認めろとは言わない。だが、協力はしてもらうぞ」

「……いいだろう」

 

 ビダーシャルはようやく頷いた。

 

「私は本国(ネフテス)から災厄の根源を探るために派遣された身だ。お前からの情報でその一定の解は得られただろう。”異邦人”……いいや、名前はもう知っている。クラウド・ストライフだったな。お前の聞きたいことにも答えてやる」

「それなら——」

「ただし、こちらの要求も呑んでもらう」

「要求だと?」

「私を解放しろ。お前との情報共有の後、私は本国へ帰る。お前から聞いた情報を本国に伝えなければならないからな。それが条件だ」

「あんたを信用しろと?」

 

 自身の言葉を皮肉で言い返されて、ビダーシャルは微かに笑った。

 

「タダでとは言わん。さらに別の見返りを用意する」

「待て、貴様ら何を言っている」

 

 アニエスが横から口を出した。

 

「ビダーシャル、貴様はトリステイン魔法学院に侵入した罪人だ。我が国の法を無視してそんな勝手が許されると思っているのか」

「蛮人の女戦士よ、私はこの男と取引している。私をここに閉じ込めていたのは誰か? それはお前達ではない。私にとってこの程度の牢を抜け出すことは造作もないことは既に説明しただろう。私を閉じ込めていたのはこの”異邦人”だ。ゆえに交渉の権利を持つのはこの男だけというわけだ。そもそも蛮人の法に私が従う道理はない。——それはこの男にとっても同じではないのか?」

「ぐっ……貴様!」

「もうよしなさい。アニエス」

 

 憤るアニエスをアンリエッタが制止する。

 

「しかし陛下、こんなことを許して良いのですか!」

「私は構いません。そもそも私たちがここに来たのはこの方を断罪する目的ではありません。私たちには彼を止める術がないことも、悔しいですが事実ではあります。ここはビダーシャル殿の処遇をミスタ・ストライフに委ねます。チェザーレ殿もそれでよろしいでしょうか」

外国人(ロマリア)の僕が口を挟める内容ではありませんね。女王陛下がそうおっしゃるのなら、僕も従いますよ」

 

 ジュリオは肩をすくめて、そう答えた。

 話の中心は再びクラウドとビダーシャルに戻る。

 

「……見返りとはなんだ?」

 

 クラウドの問いにビダーシャルは表情を変えずに答える。

 

「お前の連れ……ガリアの王族に連なるシャルロットという娘であったな。あれの母親の心を元に戻す薬を調合してやろう」

「……!」

 

 それはクラウドにとって予想外の内容であった。

 

「ガリアの王があの娘の母親に飲ませた薬は”心身喪失薬”という。もともとは我らが調合していた薬で、対象者の心を奪う作用を持ち、罪人への刑罰として用いているものだ」

「タバサの母親を狂わせた薬は、あんたたちエルフが造ったのか」

「あれほどの持続性を持った薬は蛮人では調合できぬ。ゆえに、その解毒薬を調合できるのも我らだけだ。私ならばその薬を調合することができる。特殊な薬ゆえ調合に数日の時間がかかるが、完成するまでの間にお前の質問に答えてやる。これでどうだ」

「……」

 

 クラウドはタバサのことを考えた。

 この世界——ハルケギニアに迷い込んだ自分を助けてくれた小さな女の子。

 自分はどうしてタバサにここまで肩入れするのだろうか。

 この世界に来てから彼女にはずっと助けられてきたが、きっとそれだけが理由ではないはずだ。

 

 出会ったばかりの頃、タバサは復讐のために生きていると言っていた。

 父親を殺されて、母親の心を奪われて、彼女はすべてを失った。

 だからタバサは失ったものを取り戻すために戦っていた。

 その小さな身体には、余りにも過酷な道のり……。

 それでもクラウドとは違い、彼女は逃げずに選び取ったのだ。

 生き延びて、戦う道を。

 そんな彼女をクラウドは眩しく思っていた。

 

 だが、一緒に行動するようになってから、タバサの事が少しずつわかったきた。

 本来の彼女は争うことを好まない、優しい性格なのだ。

 それゆえに、すべてを抱え込もうとしてしまう。

 誰にも言わず、孤独に一人で戦おうとする。

 その姿はクラウドにはとても危うく見えて、手を貸さずにはいられなかった。

 彼女を見ていて、自分がそう感じるのは、なぜだろうか? 

 

 それは、きっと彼女が自分と似ていると感じていたからなのだろう。

 だからクラウドには、その不器用なあり方が、彼女が内に抱える孤独と不安が、理解できてしまう。

 そのために、手を貸してやりたいと思ったのかもしれない。

 

——タバサの抱えている事情を知った時、それがあの子の本当の姿ではないとわかったの。

 だから私は、あの子の笑顔を見てみたい。その為にあの子の力になりたいと思っているわ。

 

 スレイプニィルの舞踏会の日の、キュルケとの会話を振り返る。

 思えば自分は、タバサが笑ったところを見たことがあっただろうか。

 彼女は、どんな顔で笑うのだろうか。

 その笑顔を見てみたいと、自分が望むことはできるのだろうか。

 

——今の俺がタバサの為にできることは、何か。

 

「返答を聞こうか。クラウド・ストライフ」

 

 その答えは、もう決まっていた。

 

「条件を飲もう」

 

 クラウドはビダーシャルの要求に、そう言って了承した。

 


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