ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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Chapter 04

 朝日が昇ったばかりのラグドリアン湖一帯からは水蒸気が昇っていた。

 空から差し込む陽の光と土中との温度差で発生するそれは、霧のようにも見えるが、視界が遮られるのは地表に近い部分だけで、遠くの景色は見渡せる。

 澄んだ晴空の下、水位の下がった湖と、周辺に繁茂している葦などの背が高い植物が取り残された様子がよく見え、昨晩よりも湖の状況がよくわかるようになっている。

 そんな減退した岸沿いを、クラウドとタバサの二人は歩いていた。

 湿ったままの土を踏みしめながら、やがて辿りついたのは、昨夜、クラウドが倒れていたという場所である。

 

「これはあなたの?」

「ああ……」

 

 そこにはタバサが昨日見つけてそのまま放置されていた物体があった。

 フェンリル。

 大きな車体に漆黒のボディのバイク。幼馴染の店、セブンスヘブンでの飲み食いを、一生タダにできる権利と交換に譲ってもらったクラウドの愛車だった。

 

「これは何をするもの?」

 興味ありげに聞いてくるタバサ。こちらにこういった乗り物はないのだろう。

 

「簡単に言えば、移動の手段に使うもの、だな。……それにしてもまさかここに流れ着いていたとは」

 

 あの魔物の起こした激流に呑まれた後どうなったか気になっていたが、まさか自分と同じ場所に来ていたとは思いもしなかった。

 

 クラウドはフェンリルの傍で屈んで、労わるように触れる。

 外観を損なうまでのダメージはないようだが、ボディはひどく傷付いていた。

 調べるとやはり、エンジン部分を水にやられている。

 それでも、もう走れない、というわけではなさそうで安心する。

 フェンリルはかなり丈夫に作られたバイクで、そのことは実際に乗っていたクラウドの折り紙つきである。本格的に修理を施せば再び動かせるだろう。

 しかし、ここは異世界だ。

 昨晩タバサに聞いた話から推測すると、ここでは機械による文明は発達していないようだった。

 そんな場所では当然、修理が出来るほどの設備など望めないだろう。

 結果として帰還するまでは直すことができないという結論に辿りついた。

 

「はあ……」

 

 肩を落とす。

 クラウドは配達で得た収入のほとんどをこのバイクの改造に注ぎ込むほど、フェンリルに愛着を持っていたのだ。そんなクラウドの様子をタバサは不思議そうに見ていた。

 

「後であの屋敷に置かせてもらっていいか?」

 

 タバサは無言で頷いた。

 屋敷に駐車の許可がもらえたフェンリルだが、これから調べなければいけないこともあるので、回収は任務の後、一段落ついた時にすることになるだろう。

 それまで、これ以上愛車にトラブルがないように、森の茂みの中に隠しておくことにした。

 

 ・ ・ ・

 

 フェンリルから必要な物だけ取り出して戻ってくると、タバサが湖になにやら杖を向けているのが見えた。

 

「何をしているんだ?」

「……魔法反応を調べている」

 

 彼女の身長と同じくらいの、その大きな杖からは光が放たれている。

 探査の魔法“ディテクト・マジック”というらしい。

 そこに魔法の痕跡があるかどうかを調べ、魔法による罠、盗聴を調べるなどの使い道があるそうだ。

 タバサによると、もしまだ召喚のゲートが湖の中に存在しているのであれば何か反応があるかもしれないとのことだった。

 この世界、ハルケギニアにはこのように様々な用途に魔法が利用され、人びとの生活に溶け込んでいるそうだ。

 

「便利だな」

 素直に思ったことを口に出す。

 

「あなたの持っているそれの方が、よっぽど便利」

 タバサがこちらを向いて言った。青い瞳がクラウドの背負う大剣に向けられている。

 

「これか」

 昨晩の話の後に返してもらった大剣を背中のホルダーから引き出すと、クラウドはその内部に埋め込まれていた小さな球体を取り出した。

 指でかざすと、朝靄の中それはぼんやりと不思議な光を放つ。

 タバサの杖先のものと違い、はっきりとしない淡い緑色の光だ。

 

 マテリア。

 知識の流れとされるライフストリーム、魔晄とも呼ばれるその膨大なエネルギーの一部が結晶化したものだ。

 

「それがあればどんな人間でも魔法が使えるようになると、あなたが昨日言っていた」

 

 ハルケギニアで魔法を使えるのは貴族と呼ばれるほんの一握りの人間だけとされている。

 しかしクラウドの持つマテリアを使えば、誰でも魔法を使えるようになってしまう。

 例えば魔法が使えないという理由で地位の低い平民達でさえ、魔法を使うことができるのだ。

 ハルケギニアに住むタバサからしてみれば、魔法の価値を覆してしまうほどのマジックアイテムである。

 しかしクラウドは首を振る。

 

「……そんなに応用の効くものじゃないんだ」

 

 彼が否定するのは自分の居た場所の魔法と比較したからだった。

 魔光と共にマテリアは社会に大きな利益をもたらしていたが、マテリアの大部分が兵器としての利用されていたのだ。

 

「誰でも使えるからこそ、危険でもある。俺のいた所では戦いに使うものばかりだったから、こっちの魔法の方が、俺には魅力的に見える」

 

 大きすぎる力は身を滅ぼす。

 クラウドの世界を崩壊させた原因が魔光やマテリアにあったからこそ、彼はそれを実感していた。

 

「治療に使えるものはない?」

「ないことはないが、種類は多くないな」

「……解毒に使えるものは?」

 

 一瞬だけ、タバサの眼が鋭くなったように見えた。

 

「……“エスナ”と呼ばれる魔法があるが、戦闘中に負った毒なんかを治療するものだから、あまりに重いものは無理だろうな」

「……そう」

 

 タバサはそれを聞くと、また湖の方に目を向けてしまった。

 手持無沙汰になったクラウドは今の会話に首を捻った。

 

 タバサにはこの世界、ハルケギニアの常識、知識などはある程度教えてもらったが、自身のことについてはあまり語らなかった。

 クラウドが知っているのは、せいぜいがデンゼルと同じくらいの年頃の、無口な少女、ということ。あとはガリアという国に属する騎士であるということくらいだ。

 だからクラウドは彼女が何故その歳で騎士などという職に就いているのかもわからない。

 

 もし……、それがこの世界で一般的なことでないとしたら、彼女には何か事情があるのだろう。

 先程見た彼女の蒼い瞳の奥には、何か強い覚悟が宿っていた。

 なぜその幼さで、そのような覚悟を背負わなければならなかったのか。

 クラウドは気持が重くなるのを感じていた。

 

(俺はこのくらいの頃、なにをしていただろう……)

 

 確か、ソルジャーになる為に故郷のニブルヘイムを出たあたりの頃だったはずだ。

 何も知らず、ただただ愚かだった。

 ……本当のところは、同じ頃だった自分の姿と比べて、彼女を眩しく感じているだけなのかもしれない。

 

 ・ ・ ・

 

 それからしばらくして、タバサの杖の光が収まった。

 

「どうだった?」

「……召喚のゲートと思しき反応は検知できない」

「そうか……」

 もしまだ水底のゲートが残っているなら、そのまま湖に飛び込んでしまえばいいと思っていたがそう上手くはいかないようだ。

 

「まだわからない。湖の隅々まで調べることはできなかった。それに、ディテクト・マジックで検知できるのはメイジの魔法だけ。先住魔法が使われている場合はわからない」

「先住、というのは確か人間以外が使う特殊な魔法のことだったよな?」

「大雑把に解釈するなら、そう」

 

 ハルケギニアでは魔法の種類がメイジの魔法と先住魔法とで大きく二つに区別されている。

 人間が魔法を使えるのはメイジの始祖、ブリミルの血筋とやらのおかげらしいが……。

 さすがに異文化の宗教のことにまで深く首を突っ込もうとクラウドは思わなかったので詳しいことは知らない。

 ともかくは探知の魔法は先住魔法を調べるのには役に立たない、ということらしい。

 しかしだ。

 

「俺の場合それに当てはまらないんじゃないか?」

「……なぜ?」

 

 疑問を投げかけるタバサにクラウドはマテリアを再びかざした

 

「倒れていた俺を調べた時、俺と、このマテリアから反応があったんだろう?」

 

 マテリアはライフストリームの中の知識が結晶になったものだ。

 ハルケギニアから見れば先住の者達の言うところの精霊の力に近いエネルギーと言える。

 しかし、その魔力の反応をディテクト・マジックは探知できたのだ

 

「……俺はたぶんライフストリームに流されてここにやって来た。ゲートが俺のいた場所と繋がっているならその流れは検知できるんじゃないかと思う」

「……」

 

 タバサは言葉には出さなかったがその推測に納得した様子だった。

 だがそれは同時に、今現在水底に召喚のゲートが存在しないといことになる。

 ゲートが開いたままでいて欲しかったという、クラウドの当初の望みは打ち砕かれてしまった。

 が、実はそこまで都合のいい事を期待していたわけでもない。

 だからクラウドは切り出した。

 

「こちらはもういいから、タバサの任務の方に行こう」

「いいの?」

 

 もう少し付き合っても良いとタバサは考えていたのだろう。

 それを見てクラウドは力を抜くと、つい、ごまかすように彼女の頭を軽く撫でてしまった。

 タバサは頭を触れられた時、一瞬身じろぎしたが、その後拒否するような反応は示さなかった為、クラウドはそのままタバサの青い髪をしばらく撫でていた。

 子供らしい、柔らかい髪。一緒に暮らしていたマリンやデンゼルの顔が浮かぶ。

 あの二人は時々、こうやって撫でられると嬉しそうな顔をしていたのを思い出した。

 今頃どうしているだろうか。

 まだ自分がいなくなったことに気付いてないかもしれない。

 

「そっちで他に重要な話が聞けるかもしれないしな。まだまだこれからさ」

 

 言いながらタバサの頭から手を離す。

 そう、まだ始まったばかりだ。ここで立ち止まっているつもりなどクラウドにはない。

 

「……わかった」

 

 タバサはなぜか顔を隠すように頷くと、口に指を当てて、クラウドに背を向ける。そして周囲に響き渡る口笛を鳴らした。

 鳴らし終えると、景色の遠くに見えていた森の端が大きく揺れ、何かが飛び出してきた。

 すごい速さで空を飛び、こちらに近づいてくる。

 

 それはクラウドとタバサの真上で停止すると両翼を大きくはばたかせ、強い風を辺りに撒き上がらせながら降りてくる。

 美しい青い鱗で覆われた、大きな竜だった。

 

「私の使い魔、シルフィード」

 タバサに紹介され、その竜、シルフィードが図体に似合わないつぶらな瞳できゅいと、可愛らしく鳴いた。

 

 使い魔。本来の召喚の儀式で呼び出されるメイジに従う生き物達。

 昨日の話で、召喚の儀式で呼び出される使い魔はメイジの技量によって決まると聞かされている。実力のあるメイジの前にほど、ふさわしい生き物が現れる。

 タバサはそれだけ優秀な魔法の使い手なのだろう。

 

「すごいな」

 思わず漏らした言葉に反応したのか、シルフィードは誇らしげに鳴いていた。なんだか胸を張っているようにも見える。人の言葉を理解できるほど知性も発達しているようだ。

 しかし、タバサはというと、自分の使い魔について褒められたというのに何の反応も示さない。そして、ふりふりと翼をゆらして喜んでいるシルフィードに近づいていく。

 何をするつもりだろうか。クラウドがそう思っていると、タバサが手に持った杖を掲げ、思いきり振り下ろした。

 

 ごつんっ

 

「きゅいん!」

 頭部を杖で叩かれ、シルフィードが悲鳴を上げる。

 すごく、痛そうだ。

 シルフィードは恨めしそうに自分の主を睨むが、対するタバサは冷ややかな眼を崩さない。

 それに気圧されたのか、やがてシルフィードは落ち込むように頭を垂れ下げてしまった。

 

 言葉を用いていないようだが、彼女とこの竜はお互いの意思疎通ができているらしい。

 

(見張ってなかった。ごはん抜き。あと、しゃべっちゃダメ)

(……きゅい)

 

 竜とその主の睨みあいが、主人の勝ちに終わると、タバサはシルフィードの首に跨った。

 そして、あっけにとられていたクラウドに、何気ない風にこう言った。

 

「乗って」

 

「……なんだって?」

「ここから村までは距離がある。飛んでいったほうが早い」

 

 飛ぶというのはまさか、この竜のことだろうか。

 いや今の状況からすれば、それしか考えられない。

 考えられないのだが。

 

「まさか……それに乗るつもりか?」

「そう」

 

 返ってきたのは簡潔なイエス。

 冷や汗が流れる。

 

「歩いて、いかないのか?」

 

 他に代案が無いのか聞いてみる。

 

「ここから目的の村までは距離がある。飛んでいったほうが早い」

 

 なるほど納得のいく理由だった。この湖は広い。なにせ反対側の岸辺が見えないほどなのだから、湖に近い村と言ってもかなり離れた場所にあるのだろう。

 しかし、しかしだ。

 

「……竜に乗るのは初めて?」

 

 あきらかに動揺しているクラウドにタバサが声をかける。

 

「ああ……」

「怖い?」

「いや!……そういうわけじゃ、ない」

 

 そう、怖いなどという理由でクラウドは戸惑っているわけではない。

 問題はその竜に乗ること自体にある。

 

 ……酔うのだ。それもひどく。

 フェンリルに乗っている時など、自分が運転する時は平気になったが、クラウドは元々乗り物に酔いやすい体質だった。

 そんな彼にとって初めて乗る竜という乗り物に不安は隠せなかった。

 特にこういった動きの激しそうな生き物に乗るのは。

 しかしタバサは、クラウドが乗るのを怖がっていると判断したようだった。

 

「大丈夫、怖くない」

「だから、そうじゃなくてな……」

「安全」

「……」

「乗って」

「……」

「……」

「……ダメ、か?」

「早くして」

「……」

 

 覚悟を決めるしか、なさそうだ。

 我慢比べに負けたクラウドは諦めの溜息を吐いた。

 おそるおそるシルフィードの背中に手をかける。

 シルフィードがくすぐったそうに目をつぶった。

 

(揺れたり……まぁ、するよな)

 

 クラウドは思い切って、シルフィードの背中に飛び乗った。

 そして、二人を乗せたシルフィードは、目的地へ向かうため、地面を離れるのだった。

 

 ……結果として、

 短い空の旅は、それでも、思ったよりは快適であったことだけは確かだった。が、

 

 できればもう乗りたくない。

 それが、へろへろになりながら地面に降りたクラウドの、正直な感想だった。

 

 ・ ・ ・

 

 キルマと呼ばれるその村は、ラグドリアン湖から森に入って少し奥にある集落だ。

 村人たちは山地で栽培できる作物の他、自然の樹木を伐採して日々の生計を立てている。

 数十年前から、ハルケギニアのあちこちで作られていた開拓村の一つで、ラグドリアンの豊富な水源によって守られた静かな村のはず、だった。

 

「ひどいな……」

 

 辿りついた村は悲惨さに満ちていた。

 自然の木材を利用したと思われる木造の家々は、へこみ、ひしゃげ、砕け、ねじきれ。

 傷付いていない家屋は存在していない。中には倒壊してしまったものまである。

 台風でも来たかのような有様だった。

 湿った空気に混じって血の匂いがする。

 破壊は最近のことだったのだろうか。

 いまだに鼻について漂っている。

 

「これが例の、オーク鬼ってやつの仕業なのか?」

「……おそらく」

「随分と好戦的な魔物なんだな」

「……」

 

 道を歩く人間がいないので一見すれば打ち捨てられた廃村にすら見える静けさだ。

 しかし、いまだ形を残す家々の中からは息遣いとこちらを覗く視線を感じ取れる。

 そんな家々の一軒から、女性が呼びとめる声と共に少年が飛び出してきた。

 栗毛の少年はこちらに駆けだしてきてクラウド達の前で立ち止まる。

 

「オーク鬼の討伐にきたメイジ様ですか?」

 

 たどたどしい敬語で少年はタバサではなく――クラウドに話しかけてきた。

 一瞬戸惑うものの、この奇妙な二人連れでは自分のほうがメイジらしく見えたのだろうと思いなおす。

 

「俺はメイジってやつじゃない。こっちだ」

 と、タバサを指して訂正する。

 

「ガリア花壇騎士、タバサ」

 タバサが名乗り出る。その途端少年が驚いたような顔をした。

 それを見て、やはり彼女の歳で騎士をやっているのは珍しいことなのだとクラウドは確信する。少年はしばらくまじまじとタバサを見ていたが、彼女が杖を手にしているのを見てどうやら納得したようだ。

 

「こっち、村長の家まで案内、します」

 

 ・ ・ ・

 

「騎士さま。ありがとうございます。もうお国に見限られたのかと思っていたところだったのです」

 

 村長だと名乗った老人が深々と頭を下げた。今回のことによほど頭を悩ませているのか、疲れた気配を漂わせている。部屋の暖炉に灯る火も、どこか弱々しい気がした。

 二人が案内された村長の家は、破壊を免れた、村の中でも一番大きな木造の建物だ。

 少年が去った後、中に入った二人は用意されたソファに腰掛ける。村長の妻と思われる老婆が運んできた香りの薄い紅茶が、古びた銀でできたカップに容れられてテーブルへと並べられる。

 

「オーク鬼のせいで村は生活がままならなくなってしまって……、最近では食糧も蓄えがつきかけています。……大したおもてなしも出来なくて心苦しいのですが」

 

 そう言った後、村長はクラウドと立てかけてある大剣を交互に見る。

 

「お連れの方は……?横にあるものを見るにメイジ様ではないようですが」

「私が雇った傭兵。今回の任務に同行する」

 

 タバサの説明に、村長ははぁ、と息をもらしただけだった。間違ったことも正しいことも言っていないので、クラウドも特に訂正はしない。

 

「それより、何があったのか教えてほしい」

 単刀直入にタバサが切り出す。

 

「ええ、もちろんです。お話します」

 

 ・ ・ ・

 

「一か月程前からでしょうか、森に木を切り出しに行く男集がたびたびオーク鬼に襲われるようになりました。オーク鬼自体は昔からこのあたりにゃあいましたが、最近になって頻繁に襲われるようになったのです」

「それで依頼を?」

「ええ、……幸いこの村は湖から離れた場所にあったおかげで、二年前からの増水の害を受けずに作物の生産も衰えず、お国からある程度の信頼を保たれていました」

 

 ですが……と言葉を区切る。

 

「実はそのすぐ後に、村の若い連中が、メイジ様なしでもオーク鬼なんか倒してやるって、いきりたって武器を持ちだしてしまったのです」

「魔法を使えない人間があれに立ち向かうのは危険」

「おっしゃるとおりです。ですが……森に行く度に襲われて仲間が何人も殺されて我慢ならなくなっていたのでしょう。もちろん魔法も使えないしがない村民が亜人なんて倒せるはずがありません。若い連中は森の中で出会ったオーク鬼一匹を10人がかりでも仕留め切れず逃してしまったそうです」

 

 今考えると止めるべきだったと後悔しています、と、村長は言葉を区切り、そして、ぶるっと体を震わせた。

 

「……その一週間後の朝でした……オーク鬼が集団になって、村に襲ってきたのです。……20……いや30匹はいました。皆なすすべもなく、食われて……殺されて……」

 

 後ろにいた老婆が呻き声を上げて床に崩れ落ちた。村長が老婆にかけよって慰める。

 

「すみません……その時ウチの後取りも殺されてしまって、私らもまだ気持の整理がついていないのです」

 

 それが今の村の惨状に繋がるわけか、と窓の外を見ながらクラウドは呟いた。

 しかし……、倒壊した家を見ながら思う。

 これではまるで報復のようではないか。

 亜人とはいえ、野生の生き物がやることにしては凄まじすぎる。

 老婆のすすり泣きが収まるまで待った後、タバサが言った。

 

「聞いておきたいことがある」

「ええ……何でしょうか」

「オーク鬼のことの他で何か変わったことが起きていなかった?」

「変わったこと、ですか……。そういえば……、湖に水を汲みに行く仕事をしているもの達が最近湖がおかしいとか言ってましたな」

「本当か?」

 

 クラウドが身を乗り出した。

 

「え、ええ……、なんでも暗くなると湖が光り出すとかって話です」

 

 老人はクラウドの反応に少々驚いた様子を見せながらも続ける。

 

「淡い緑色に湖面が輝くんだそうです。それがなんだか薄気味悪いって……精霊様がお怒りになってるんだっていう話でした。夢でも見たんじゃねえかって思ったんですが、村の中に何人もそれを見たって奴がいるんで一応、夜は湖に近づくなと言い聞かせていました」

「それはいつから?」

「二か月ほど前からでしたかね。そんな話が出る様になったのは」

 

 タバサとクラウドは目を合わせる。クラウドが無言で頷く。

 

「ラグドリアンの水位が下がっていることは知っている?」

「ええ、その事ならもう知っています。突然のことで……。私たちも騎士様たちが来るまで村中で話のタネになっていました。あの、それが今回のことに何か関係があるので?」

「まだわからない。今そのことも調査している」

 

 すっとタバサが立ちあがった。クラウドもそれに倣う。

 

「話はわかった。オーク鬼の住処がどこかわかる?」

「ええ、山を入った所にある洞窟をねぐらにしているんじゃないかという話です。森に出ていた連中に聞けばもう少し詳しいことを知っていると思います」

「了解した」

「あの、どうかよろしくお願いします」

 

 村長と老婆が、頭下げて二人を見送った。

 

 ・ ・ ・

 

 その後二人は村を回って話を聞き込みをした。

 するとオーク鬼はやはり山の奥にあるという深い洞窟をねぐらにしており、その場所はここから半日ほどかけた場所にあるという話が聞けた。

 他にもクラウドはラグドリアン湖の異変についても尋ねてみたが、そちらに関しては村長が話してくれた事とさほど差のない内容だった。

 

「どう思う?」

「異常」

 

 二人は歩きながら会話していた。

 

「オーク鬼は群れで行動し、人を襲う。でもそれは森の中であって人里を襲うということはありえない」

 

 オーク鬼も森に住まう獣の一種に含まれる以上、人の気配が多い場所を避けるのは当然だ。

 そしてなにより、人が多いということは、人の身でありながら彼らに対抗できる力を持つ、彼らの天敵と言ってもいい存在――メイジがいる可能性がある。

 そんな場所を好き好んで襲うはずがない。普通ならば。

 

「だが現実にこの村は襲われている。どういうことなんだ?」

「わからない。考えられることはこの村にメイジがいないという確信があったのか、もしくは……メイジを恐れる理由がないほどものが彼らにあるということ。」

「……オーク鬼達に何かがあったということだけは間違いないんだろうな」

 

 クラウドは会話を反芻しながら、今まで聞いた情報を整理していた。

 

「そういえば、村長の言っていた精霊っていうのは何なんだ?」

「あの湖に古くから住んでいる存在。強い魔力を持っていて、水を操ることができる」

「水を?じゃあそいつが今回の事に関わっているのか?」

「可能性は高い。水の精霊は以前、湖の水位を上昇させたことがある」

 

 それを聞いてクラウドはハルケギニアに来る前の事を思い出していた。

 ラグドリアンと忘らるる都の底が繋がっていたとしたら、逆にハルケギニアのものがクラウド達の世界に来ることも出来てしまう。

 ここに来る前に遭遇したあの魔物。

 ひょっとすると……あれがその精霊だったのだろうか?

 あの正体不明な魔物の濁った体とおぞましい気配を思い出す。

 

 いや……、考えすぎか。

 少なくとも、クラウドにはあれが精霊なんて高尚な存在にはとても見えなかった。

 横を見るとタバサも何やら思考に耽っている。

 クラウドと同じ疑問に辿りついているのかもしれない。

 

 ラグドリアンの水位の減少。

 凶暴化したオーク鬼達。

 クラウドが此処にいるということ。

 そして、淡い緑色の光。

 もし、それがライフストリームだとしたら……。

 いや……

 ここから先は、自分の眼で確かめるしかないのだろう。

 

「ここから先は私一人でやる」

 

 タバサの突然の提案にクラウドの思考が止まった。

 

「今回のことはわからない事が多い。危険」

「……今更だな。一人でやる方が危険だと思うが」

「問題ない。それに、もともとこれは私の任務」

 

 頑な態度のタバサ。

 彼女が今になって態度を変えたのは、おそらくクラウドの身の心配をしてくれたからなのだろう。もしくは足手まといだと思っているか。だとしたらこの上ない心外であるが。

 

「協力すると言っただろう。これは俺自身の問題でもあるんだ。ここまで来たら最後までついて行くぞ」

 

 こちらから引く気は全くないという意志を持って、クラウドは自分と同じどこまでも青い瞳を真っすぐに見つめた。

 

「……わかった」

 

 しばらくして、諦めたようにタバサが返事をする。

 どうやら今度の我慢比べには勝利できたようである。

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