ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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Chapter 05-1

 空はあれほど晴れていたというのに、森の中は薄暗い。

 森の匂い、と言うべきなのか。

 湿気と共に鼻にすっと心地良い香りが辺りから漂ってくる。

 ライカ欅と呼ばれる、材木に利用される樹木のものだ。

 鉄屑と渇いた大地で囲まれた街で暮らしていた自分には久しぶりに嗅いだ新鮮な香りだ――クラウドはそう話した。

 崩壊した世界の情景。そんな言葉を聞いても、タバサにはそれがどんなものなのかは想像できなかった。

 

 ・ ・ ・

 

「あれか……」

 

クラウドの呟きが隣から洩れた。二人は茂みの中から遠方を覗き見ていた。

 森と山脈との境。切り立った岩場のちょうど根元にぼっかりと穴があいている。かなり大きな洞窟だ。なるほどこれなら体の大きな亜人でも集団で暮らすことができるだろう。

 タバサが洞窟内の様子を風の動きを感知して探る。どうやら奥も深くまで続いている。中から多くの生き物の蠢く気配が感じ取れた。かなりの数だと推測できる。

 間違いない。ここが目的の、オーク鬼の巣穴。

 

「どう攻める?」

「まずは作戦を立ててから」

 

 タバサは冷静に現状を見定めようとする。あの洞窟の中にいるオーク鬼は相当数だ。以前タルブで戦った時よりも遥かに多い。

 戦える人間は自分とクラウドの二人とシルフィードの一匹だ。だが、クラウドに関しては何処まで戦えるのかは未知数。

 どうするか。罠を仕掛けるべきか。しかし今から大掛かりな罠を仕掛けのも難しい。それにこの数で奇襲を仕掛けたところで、有利なのは最初だけで、その後がジリ貧になってしまいかねない。

 

「前にも戦ったことがあるんだろう?その時はどうしたんだ」

 

 決めかねていると、クラウドが尋ねてきた。

 

「火の煙でおびき出して、引きつけ役を使ってまとめて叩いた」

 

 タルブの時はタバサがおとり役をかって出て、残りのメンバーで仕留めるという作戦をとっていた。

 あの時の作戦は、大人数だったのが功をなしていた。もっともギ―シュが勝手に飛び出したせいで上手くいったとは言い難いものあったのだが。だがクラウドは。

「じゃあそれでいこう」と言った。

 

「え?」

「わかりやすくていい、シルフィードは今どこにいる?」

「……上空、少し離れた場所で待機している」

「よし……タバサは火をつけたら隠れて待機していてくれ、引きつけるのは俺がやる」

「本気?」

 

 タバサは唖然とする。ここに潜んでいるオーク鬼の数は尋常ではない。クラウドがマテリアを用いることで、魔法を使用できるとはいえ、それはいくらなんでも無謀すぎると思った。戦っているうちに消耗しきってしまうに違いない。しかし、彼はまるで、そんなことは何の問題にならないかのように平然とした様子で、懐から取り出した袋をタバサに差し出してきた。

 

「これは?」

「マテリアのストックだ。……さっきはああ言ったが戦闘においてはこちらの方がアドバンテージがあることもある。一応持っておいてくれ」

 

 言われるままにタバサは袋の中から小さなマテリアをひとつ摘まんだ。――ほんのりと輝いている。クラウドの説明ではこれは氷の魔法が使えるらしい。念じればそれでいいというが……。できれば自分の魔法のみで対処しようと思うが、念のために、タバサは借りておくことにした。

 

「でも、貴方の分は?」

「俺のはもうここにある」

 

 持っている武器を軽く叩きながら言った。分厚く巨大で無機質な大剣。クラウドのそれには7つまでマテリアを内蔵できる仕組みになっているという。

 

「タバサはシルフィードと連携を取りながら援護してほしい」

「……本当に大丈夫?」

「まぁ、()()()()()()()()何とかなるだろう。それに元々、最前線で戦うのがソルジャーの役目、だしな」

「ソルジャー?」

「何でもない、こっちの話だ」

 

 クラウドは目を合わせずに、そう言った。

 

 

 

・ ・ ・

 

 クラウドは静かに集中する。

 自分の戦う理由。

 迷わない為に、それはいつも自問しておかなければならないものだった。

 一つは自分の為。元の世界に戻る為の手掛かりを探らなければならないから。

 一つはあのキルマの村の為に。目の前で苦しんでいる人間がいるのを放置することを良しとはできない。

 そしてもう一つは――

 

 クラウドは思考から現実に帰還し、洞窟の方を見る。

 洞窟の傍で、タバサが集めた枯れ木に“発火”の魔法を唱えていた。

 燃え上がる炎の上に昇った煙がそのままオーク鬼の住む洞窟へと流れていく。

 クラウドは洞窟の正面に立ってそれを見守っていた。

 静かにその時を待つ。

 しばらくすると奥から豚のような声が聞こえてきた。

 

――お出ましか。

 

 クラウドが手を上げる。タバサはそれを見て、茂みの奥へ消えた。

 煙を上げてオーク鬼達を巣の外へ引きずりだす。

 ここまでは予定通り。

 

ぶきぃ!ぶきぃ!

 

 鳴き声とともにオーク鬼が姿を現した。

 豚の顔に巨躯の体。緑の肌の、醜悪と言っていい姿。

 首から何やらぶら下げている。

 オーク鬼は人を喰らう悪鬼。

 それが人の頭がい骨だとわかって、クラウドは僅かに顔をしかめた。

 

ぶきぃぃぃ!!

 

 オーク鬼の雄たけびが重なり会い、声に怒気が混ざる。

 巣穴の前に炎を放ったであろう人間を見て元々醜悪だった顔がさらに歪んでいくのが目にとれた。

 それが5体。棍棒や村人から奪い取ったのであろう斧や鍬をそれぞれが手にしている。

 彼らは覆いかぶさるような視線でクラウドを睨みつけた。

 彼らにとってクラウドは、自分達の怒りを買い、これから叩き殺される愚かな人間にしか見えていないのだろう。

 

 クラウドはおもむろに背中のホルダーから大剣を引き抜き。

 剣の柄が額に当たる所まで掲げ。

 目を瞑る。

 それはおまじないだった。

 親友が、気持ちを落ち着かせる時に、よく行っていた所作。

 それにどんな意味があるのかクラウドは知らないが、こうしていると何故か自然に気持ちが落ち着いてくる。

 

 先頭のオーク鬼の掛け声と共に、

 醜い豚面の集団がクラウドに向かって一斉襲いかかってきた。

 

 殺気を平然と受け流しつつ、大剣を構えたクラウドは考える。

 

――あいつならこの状況で何と言うんだろうか。

 

 唇の端が無意識に上がっているのに気がついた。

 そんなことを考えている自分がなんだか可笑しい。

 

 決まっている。

 きっとこう言うだろうに違いない。

 

()()()()()()()()、だ」

 

 一番近いオーク鬼に向かってクラウドは駆けだす。

 そいつが迎え撃つとばかりに、巨大な棍棒を振り上げるのが見えた。

 

 まずは様子見。

 先手は譲ってやる。

 

 オーク鬼が殺気をぎらつかせ、棍棒を振り下ろした。

 なかなか速い。

 しかしそれをしっかりと目でとらえ、

 大剣の重さを利用して、

 体を捻り、

 すれすれを避ける。

 狙いを外した棍棒は地面を砕いた。

 ズウンと、芯から揺れるような音が響く。

 怪力を利用した力まかせの一撃。

 なかなかの威力だ。

 喰らったら骨が砕けるだけでは済まなそうなくらい。

 まあ当たったらの話ではあるが。

 この程度ではクラウドの脅威にはならない。

 

 様子見終わり。

 力を抜いていた手を強く握り、両手で改めて持ち直す。

 水平に、

 オーク鬼の腹に向けて剣を振る。

 相手がやったのと同じに、ただ力まかせに、

 叩きこんでやる。

 瞬間、オーク鬼の体は弾けるように真っ二つ裂け、吹き飛んだ。

 

まずは一匹。

 

 上下のパーツが跳ねて地面を踊り、クラウドの背後へ勢いよく転がっていった。

 他のオーク鬼達は茫然と固まっていた。

 非力だと思っていたちっぽけな人間一匹に、仲間が一瞬にしてやられてしまったのが信じられなかったのだろうか。

 だが持ち直すのをまってやるつもりはない。

 

二匹目。

 

 地面を蹴り、ぼけっとしていた手近の一匹の首を、斜め上から下に斬り裂とばす。

 宙に刎ねた頭を見て、彼らはやっと動き出した。

 ようやく目の前の存在を脅威と認めたらしい。

 いきり立った彼らはクラウドをぶちのめそうと、一斉に襲いかかって来た。

 

単純な奴らだ。

 

 クラウドはあえてオーク鬼の集団の中に飛び込んでいく。

 彼らの武器が束になって降り注ぐのとすれ違いに、

 地面を強く蹴って宙に飛ぶ。

 腕を振り下ろしたまま、こちらを望むオーク鬼達の眼、眼、眼。

 

十分引きつけてやった。次は動きを止める。

 

 マテリアに集中。

 “ふういん”のマテリア。

 その初歩。

 逆さの状態で剣を横に構え、叫んだ。

 

『フリーズ!』

 

 言葉と共に、クラウドの真下を中心に地面がびきりと、真っ白に氷結する。

 

ぶぎぃ!?

 体の自由が急に効かなくなったことでオーク鬼たちが動揺の声を上げる。

 瞬時に地表を凍りつかせ、対象を拘束する魔法。

 それが狙い通りオーク鬼達の足元に氷が覆いかぶさり、動きを封じたのだ。

 

「タバサ、頼む!」

 

 呼ばれてタバサが飛び出すと、続けてオーク鬼達の頭上に巨大な氷柱が振りかかった。

 

“ウィンディ・アイシクル”

 

 タバサの得意とする風と水の系統を掛け合わせた魔法がオーク鬼達の急所へ正確に突き刺さる。悲鳴を上げる間もなく三つの巨体は、クラウドの着地とともに大きな音を立てて地面へ沈んでいった。

 

「いいタイミングだ。助かった」

「まだ、いる」

「わかってる」

 

 再び、豚の様な鳴き声。

 洞窟の中からはぞろぞろと後続のオーク鬼達が大量に溢れ出てきていた。

 

「結局は正面から戦うしかないな、どうする?」

 

 タバサからは軽い溜息。

 この数ではもはや不意をうつことはもうできないだろう。

 

「ここで退いたら、また村を襲う。やるしかない」

 

 オーク鬼達は、クラウドの周りに倒れている仲間に目もくれず、続々とこちらに猪突してきた。

 

(妙だな)

 ふと、クラウドはそう思った。

 このオーク鬼達から感じるものは、仲間を殺された怒りではない。むしろ、こうせざるを得ない、といった恐怖感だ。

 まだ、何か、あるのだろうか。先行きに少し不安を感じたが、振り払う。やることはどうせ同じなのだ。今ここに集中することが大事だ。

 

「了解。――団体さんだ、援護を頼む」

 

 タバサが頷くのを見るやいなや、クラウドは再び群れの中に飛び込んでいった。

 

 ・ ・ ・ 

 

――強い。

 

 援護に集中を固め、戦いの中心から少し距離をとりながら、タバサはクラウドの動きを感心して眺めていた。

 速さはあの使い魔の少年――サイト以上だ。気を抜くと長年経験を積んだタバサでさえ見失いかねないスピードだった。それだけでなく、動きに無駄がない。オーク鬼達の間を疾風のように動き周り、次々とあっさり仕留めていく。

 タバサが心配していた体力の消耗すらなく、身の丈程のある大剣をまるで体の一部の様に扱い、亜人達の体を吹き飛ばしていく。

 魔法が使えるといっていたが、最初の氷の魔法以来、ほとんど使用していない。クラウドにとって魔法は補助でしかないようだ。

 そして最も驚くべきはその腕力だった。

 クラウドはオーク鬼が振りかざした棍棒を何の苦もなくはじき返し、逆に斬り倒していく。

 戦士五人がかりでなければ勝つこともできない怪力を持った化け物相手に、この青年は()()()から力で打ち勝っているのだ。

 

信じがたい。

 おそらくは、ルイズの使い魔として力を与えられたであろうあのサイトでさえ、ここまでの動きはできないだろう。

 一体どれほどの経験を積めばこの様な動きが出来るようになるのか。

 いや、本当に鍛錬だけでここまで超人的な力を得ることができるのだろうか。

 

(おねえさま、あのおにいさんの体、何か魔法の力が働いているのね)

 

 タバサの眼を通して、戦況を見ていたシルフィードが言った言葉に反応する。

 

(魔法の力で、体を増強しているの?)

 

 そういった人間がいることをタバサは本から得た知識で知っていた。メイジの中には、リスクを覚悟で体の中に肉体を強化する先住魔法を移植して、驚異的な身体能力を得る者達が稀にいるのだ。彼もその一人なのだろうか。

 

(あれは、そんな生易しいものじゃないのね。……あの人、体が魔力の塊みたいなものになってる。きっとその力を還元して体を強化してるんだわ。 でも、無茶苦茶すぎるのね。どうやったらあんな状態になってしまうのかしら。普通、人間の体はそんな大量の魔法の受け皿になったら心が先に壊れて死んでしまうはずだもの。)

 

 だけど彼はそんな状態で、実際に生きている。

 タバサは考える。異世界から来たという青年。その力は強さを得る為に彼が自ら欲したものなのだろうか。

 

(ソルジャー)

 彼の言葉、それを口にした時のあの寂寥の籠った表情。あれは何かを背負い、それを乗り越えた人間の顔だった。

 

(大きな手だった)

 彼に頭を撫でられた時の感触。いつも自分を気にかけてくれるキュルケとは違う、不器用な手つき。タバサは何故か、父を思い出した。ああやって、子供の時のように接してもらったのはいつ以来だっただろうか……。懐かしい過去を思いして、少し胸がちくりと痛んだ。

 

(――さまっ!おねーさま!聞いてるの?)

 シルフィードの呼びかけでタバサは現実に戻る。

 眼の前でオーク鬼がタバサめがけて斧を振り下ろさんとしていた。

 

 バックステップ。

 斧が地面に突き刺さる。

 すかさずルーン。

 体が硬直した一瞬をついて、タバサの氷柱がオーク鬼の頭蓋を貫いた。

 

(もう、戦いの最中にぼーっとしないでなのね!ひやひやするのね!)

(危なかった――ありがとう)

(ほんと、このおちびは、シルフィがいないと駄目なのね)

 

 ふふーんと尊大な態度をとる使い魔に少しむっとする。

 

(調子にのらない、寝てたくせに)

(あ、あれは、……でも頑張ってはいたのね!)

(肝心な時に役に立たない)

(むっきー!言わせておけば!おねえさまはシルフィのありがたみを知らないのね!この、何かあっても守ってあげないんだから)

 

 シルフィードが憤慨しているのを無視して、タバサはクラウドを見た。

 死屍累々のオーク鬼の山、ほぼ全滅――その上にクラウドは立っていた。あれだけ動き回っていたのに、息一つ乱していない。――静かに揺れる金髪と、揺れる事のない静かな表情で先を見据えている。目線の先にいるのは一体だけ生き残った最後のオーク鬼だ。それはクラウドに睨みつけられると慌てて洞窟の方へどすどすと逃げていった。

 

「あれで終わり?」

「いや、まだだ」

 

 緊迫したクラウドの声に少し驚く。その顔を窺えば、タバサと同じ青い瞳孔が洞窟の奥に注がれていた。そして遅れてタバサも肌で感知した。

 奥に、まだ何かいる。

 

 

 

ぎゃああああああああああああああああ!

 

 

 

 苦痛の悲鳴が森に響いた。逃げていったはずのオーク鬼の声だった。

 そして、――そいつは、ぬぅっと洞窟の中から現れた。

 

 普通のオーク鬼より一回り小さい、しかし異常に盛り上がった全身の筋肉。

 下顎の犬歯が肉食獣の牙のように大きく発達している。

 真っ赤でゴテゴテした肌色――全身に人の骨や頭がい骨、更には仲間であるはずのオーク鬼の頭部まで、グロテスクなネックレスを幾重にもクロスさせて全身に纏っていた。

 

 赤いオーク鬼。

 片手に棍棒。もう片方に先程逃げたオーク鬼を掴んでいる。

 先程の悲鳴は万力のような力で頭を握りこまれたせいだろう。ぎりぎりとめり込む痛みに必死で暴れているオーク鬼を見て、赤い亜人はにやにや笑うとそれの首に大きく齧り付いた。

 ぎゃう!という短く低い悲鳴、ぼとぼとと垂れる赤黒い血とぐちゃぐちゃと汚い音。

 掴まれていたオーク鬼はびくびくと痙攣した後動かなくなり、地面に投げ捨てられた。

 

「……っ」

(な、なんなのね、あいつ)

 

 共食い――というよりは、玩具を弄るといった動作。仲間を仲間と認識していない。他のオーク鬼と明らかに異質な存在だった。

 

間違いない。

 タバサは確信する。

 こいつが、オーク鬼達の異常の元凶。

 

「まずいな……」

 クラウドがタバサの方へ振り向く。

 

「タバサ、シルフィードに乗って空に――」

 その時だった。

 ぱぁんという弾けるような音。

 それがあの赤い亜人が地面を蹴った音だと気付いた時には、クラウドの背後に襲いかかっていた。

 

「前!」

 タバサが叫ぶ。

 

 赤いオークの棍棒、縄のごとく分厚い筋肉で振るわれる痛恨の一撃。

「くッ!」

 とっさにクラウドは大剣で身を守った。

 

 しかし――

 

 巨大な鐘を叩いたような鈍い音。

 次の瞬間にはクラウドが大剣ごと地面に叩きつけられ、バウンドする。

 そのまま森の奥へ勢いよく吹き飛び。

 木が砕かれる音。

 そして、沈黙。

 

「……!」

 

 絶句するしかなかった。

 一撃。あれだけ強いはずの青年が、

 たったの、一撃で。

 

「お姉さま!」

 

 交信ではないシルフィードの肉声が、遠くで聞こえる。

 赤いオークはゆったりとこちらを向いた。

 考えている暇はなかった。

 タバサは素早く杖を構え、ルーンを唱える。

 距離は30メイルほど。

 

あの腕力。

あいつを絶対にこちらに近づけてはならない。

 

『――ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウインデ』

 巨大な氷の槍が現出した。

 

「『ジャベリン!』」

 

 水と風と風。三乗のトライアングルスペル。タバサの切り札の一つだ。

 ごう!という音。

 矢よりも早い速度で風を切り、赤いオークめがけて勢いよく投擲された。

 だが、

 赤いオークはその氷の槍を、別に取るに足らないことのようにあっさりと、手で掴み取った。

 

「!?」

 

 めきめきと、タバサの放った氷の槍が赤いオークの握り締める手で簡単に砕け散る様子にタバサは愕然とする。

 

そんな馬鹿な。

 一撃必中の魔法が――ジャベリンを素手で受け止められたことなど、タバサの経験の中ではこれまで一度もなかった。

 あり得るはずが、ないのだ。こんなことが。

 じわじわと恐怖がタバサの中に芽生えていく。

 

違う。

こいつはオーク鬼ではない、もっと別の恐ろしい何かだ。

 

「おねえさま乗って!」

 

 シルフィードが上空から降りてくる。

 タバサは迷わず飛びこんだ。

 ぱぁん、と赤いオークが大地を蹴る、蹴られた土が弾け飛び、一足にしてタバサとシルフィードの目の前に距離を詰めてきた。

 

「ひ、ひいぃぃ!ま、間に合わないのね!」

「……!」

 

 咄嗟にタバサは懐から、マテリアを引っ張りだした。

 頭の中で、いつも使っている氷の魔法をイメージする。

 

“れいき”のマテリア

 その中級魔法。

 マテリアは強く輝き、タバサは叫んだ。

 

『ブリザラ!』

 大気中の水分が瞬時に凝結し、飛びかかってきた赤いオークの真下から巨大な氷柱が伸びる。

 

ギャウ!

 

 赤いオークの足に地面に伸びた槍が突き刺さった。

 わずかにひるんだ声。

 大したダメージは無い。だが、一瞬の隙。

 

「飛ぶのね、掴まって!」

 

 その間にシルフィードは翼を広げ、一気に急上昇する。間一髪で、その場を脱出した。

 

「ふい~、ぎりぎりだったのね、さすがおねえさま」

 シルフィードの安堵の声が耳元で聞こえる。

 

「……」

 タバサは手に持ったマテリアを見た。

 ルーンの詠唱なしの瞬時に唱えられる魔法。これに助けられた。

 今の状況はメイジの魔法では対応できなかっただろう。

 応用できる幅は低いと言っていたが、確かに戦闘においてのみはメイジの魔法よりも確実に有用性があるとタバサは感じた。

 

そうだあの青年は――。

 

 上空から森を見下ろした。

 陽がもう沈みかけている。

 ここからではその姿を確認できない。

 

「おねえさま、どうする?」

「あの人を見つけたら、一旦退く」

「でも、あのおにいさん生きてるかしら?」

 

 無事であることを祈るしかない。しかし、地上に降りればまたあのオーク鬼と相対することになる。あれをいかに欺くか――そう考えながらオーク鬼のいた方を見て、視線が合った。

 はるか下の地面でぐぐっと屈み顔だけ上に向けている。赤黒い体に、似合わない小さな淡いグリーンの眼。その瞳孔はまるで蛇のように裂けていた。

 タバサは息を呑む。

 

 それは、地上からタバサ達を見上げて、笑っていたのだ。

 

 ぱぁんと、赤いオークが真下の地面をぶち壊すように蹴りあげる。地面がべこりと陥没し、上空にその巨体が勢いよく跳び上がった。そして次の瞬間には――

 

「うそ……」

 

 目の前に、空中に、脚力のみでシルフィードの制空権まで到達した、赤いオーク鬼の姿があった。

 撓る腕。

 振り下ろされる棍棒。

 魔法が、間に合わない。

 

「だめぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 シルフィードが、その翼で、とっさに、タバサを庇った。

 そして、

 赤いオーク鬼の棍棒が、

 シルフィードの翼に、タバサの自慢の使い魔の翼を、めしゃりと、へし折り、

 シルフィードの、美しい青の鱗で覆われた、皮膚に棍棒がめり込み、

 ごきりと、嫌な音を立てた。

 

「シル……!」

 

 強い衝撃。

 体に圧力。

 

 落下。

 

 森の、中に――。

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