ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
まだ湖の水が下がる少し前の事――。
一匹のオーク鬼が月明かりの下で、ラグドリアン湖のほとりに佇んでいた。
おぼつかない足取りで、のそのそと湖に近づいて湖面の前で身を屈める。
顔を水面に近づけ水を啜ると、どこか痛むのかぶもぉ、と低い唸りを上げた
湖面に映るオーク鬼の顔は腫れあがっており、全身傷だらけだ。
その己の現状を見て彼は、どうして自分はこんなことになったのかと、足りない頭で振り返った。
――最近になって、彼の属していた群れの仲間達はやけに攻撃的になっていた。
何が原因だったのかはよく分からない。そんなことを考える知能を彼は持っていなかった為、深く考えようともしなかった。
ただ彼にとってそれが己への不幸として襲いかかって来たのは、攻撃の対象が動物や人間のみならず、仲間内である自分にまで向けられたことにあった。
抵抗しようにも、もともと群れの中でも体が小さく力が弱かった彼に如何し様も出来る筈は無く、命からがら巣穴から逃げ出すだけで精一杯であった。
そして、さらに追い打ちをかける様に、森に逃げ込んだ彼を待ち受けていたのは人間達の襲撃だった。
各々が彼に向かって呪いの言葉をぶちまけながら、体中を弓で刺され、鍬で突かれ、斧で打ちつけられた。彼は仲間の行ってきた行為による恨みのはけ口にされたのだ。
突然襲われ、わけもわからず、すでにボロボロだった彼は抵抗も出来ず、ただ逃げ出すしかなかった――。
理不尽だ。
足りない頭で、そう思った。
なんで自分はこんな目に遭わねばならなかったのだろうか。
答えは単純だった。
足りない頭の彼でもわかる。
力が、無いからだ。
単純な体格の差、腕力の差、数の差。
自然界では弱い物から淘汰される。だから弱者である自分は、今こんなにも惨めなのだ。
抗えない摂理なのだと、そんなものは理解できる。
でもだからこそ、ますます憎悪が募った。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
己の弱さが憎い、不条理な世界が憎い、自分を追いだした仲間たちが、理不尽な暴力を加えてきた人間共が、憎くて 憎くて、殺してやりたい。
力。
力が欲しい。
何もかも、ねじ伏せてしまえるような、そんな力が――。
その時だった。
彼の目線の先、湖から――光が立ち上ったのは。
何事かと驚いて、彼は思わず仰け反る。
だが、すぐにそれに魅了された。
それは力の奔流だった。
それは知識の奔流だった。
ゆらゆらと湖面から立ち上り、妖しく輝いていた。
――望むのなら触れてごらん。
だれかがそう囁いた気がした。
そして彼は、
まるでそれが自分を誘うのかのように感じて、
そこに焦がれる力がある様な気がして、
淡い緑に輝く光の中に、手を伸ばしたのだった。
・ ・ ・
――落下。
耳元で木の枝の間をずり落ちていくけたたましい音。
――落下、落下、止まらない。
衝撃。
しかし、
地面に激突する瞬間何かがクッションとなり、それを遮った。
おかげで意識が飛びかけるだけで済んだ。
「うっ……」
タバサは地面にうつ伏せに倒れている自分を自覚する。
パラパラと砕けた枝が落ちているのを背中で感じていた。
いったい何が……。
森の中に落ちたのだろうか……。
「シルフィード?」
気付けばタバサはシルフィードの翼に覆われて守られていた。
その翼は――あり得ない角度に、折れ曲がっていた。
「……え」
タバサのすぐ横で、シルフィードがぐったりと横たわっていた。
腹部がべっこりと凹み、ごほごほと口から血を吐いている。
「シルフィード!?シルフィード!!」
いくら呼びかけても返事はない。
呼吸が荒い。
いつもつぶらな可愛らしいその目は焦点が定まっておらず、虚ろだった。
何が起こったのかを理解したタバサは血の気が引いていく。
私を庇って……。
急いでタバサは杖を構えた。
傷を癒す水の系統魔法を唱える。得意分野の系統ではないが、水と風を組み合わせた魔法を扱える彼女はドット、初期クラスの治癒魔法くらいは熟知している。
シルフィードの全身を巡る血の流れを感知して、怪我の具合を把握する。
――内蔵に損傷。でも、今なら、まだ、処置が遅れなければ助かるかもしれない。
だが。いくら回復の魔法をかけても傷が良くなる気配はなかった。
――きっと、魔法をかけている対象が人ではなく竜だから、効果が薄いんだ。
焦りを必死に抑え、タバサは魔法を唱え続ける。
せめて水の秘薬があれば……、自分のつたない水の魔法でも効くかもしれないのに。
癒しの魔法は秘薬と共に併用して行うことによって格段にその効果が増す。しかし秘薬は高価なこともあって、今彼女の手元にはそれが無い。
そうこうしている内にもシルフィードの具合はどんどん悪くなる一方だ。
このままでは……。
だめ!
考えてはいけない。
最悪の想像が頭の中に思い浮かび、振り払おうとする。
――おねえさまはシルフィのありがたみを知らないのね――
――何かあっても守ってあげないんだから――
「駄目……死なないで……」
私の傍から、また大切な人がいなくなってしまう。
眼にじわりと涙を浮かべ、必死で呪文を唱え続けた。
ずしん、と背後で何かが着地した音が聞こえた。
振り返る。
あの赤いオーク鬼がこちらを見下ろしていた。
「うううう……ああああああ!!」
感情の高ぶりのままに、タバサは大量の氷柱を空中に現出させた。
いくつもの氷柱が赤いオーク鬼に降り注ぐが、棍棒のひとなぎでその全てがあっけなく叩きおとされてしまった。
「そんな……」
――どうして。
タバサはその場にしゃがみ込んでしまう。
こんなところで、私は終わってしまうのか。
まだ何も成し遂げていないというのに、私はこんなところで死んでしまうのだろうか。
己の才能を信じて、タバサは一人現実と戦ってきた。
すべては叔父への復讐、そして魔法の毒薬で狂ってしまった母を治し、無くしたものを取り戻すために。
従姉妹に命じられるまま任務に明け暮れる日々。
ガリアから遠く離れたトリステイン魔法学院への入学。
心からの親友もできた。
キュルケ、そしてほかにも……。
仮の住まいだったはずの学院が、いつの間にか居心地の良い場所に変わっていた。
上手くやってきたつもりだった。
ずいぶんと遠くまで歩んできたつもりだった。
だが、何も変わっていなかったのだろうか。
私は今、ここで果てようとしている。
唯一の武器だった魔法はこの化け物には届かない。
大切な使い魔を救う力さえ持ちえない。
私は――無力なままだ。
タバサは、自分がまだシャルロットだった時に、キメラ退治を命じられ、ファンガスの森で成すすべなく殺されようとしていたあの時に、戻ってしまったような気がした。
赤いオーク鬼が邪悪な笑みを張り付けて、こちらにゆっくり歩いてくる。
まるでタバサの絶望の表情を見て、愉悦に浸っているかのようだった。
とどめの一撃を振る為に棍棒を振り上げる。
もはや逃げようとする気力すら失っていたタバサは、ただうつむいてその時を待つしかなかった――。
――ガキン、と
鋼の弾ける音が響いた。
驚いて、顔を上げる。タバサの眼の前で、クラウドがオーク鬼の一撃を受け止めていた。
「あ……」
「ぐ……、タバサ、無事か!?」
両腕でオーク鬼の棍棒を抑えながら、クラウドが叫んだ。
衝撃でクラウドの足が地面にめり込み、鍔先がカチカチと音を立てている。
「おおおおおおおおおおおお!!」
気合いと共に押し返し、赤いオークが仰け反った。
「『ファイガ』!」
続いて、爆裂。
目の前を炎柱が勢いよく覆った。
“ほのお”のマテリアの上級魔法が零距離で直撃し、さすがにたまらなかったのか、赤いオークは距離をおいた。
「あなた……その怪我」
クラウドは額からとめどなく血を流していた。
赤いオークはさっきの魔法を警戒してじりじりとこちらを窺っている。
それから目を離さず、クラウドはタバサに向かって話しかけた。
「すまない、……少し気を失っていた。そんなことより、シルフィードは大丈夫か?」
そうだ、とタバサははっとする。
振り向くとシルフィードはタバサの後ろで今もまだ血を吐いたまま倒れていた。
「私の魔法じゃ治癒しきれない……このままだとシルフィードが!」
「落ち着くんだ」
いつもの平静さを欠いて取り乱すタバサをクラウドはたしなめた。
「俺にできることがあったら、言ってくれ。だが、ここでお前が冷静にならなければ、誰もシルフィードを助けられない」
「……!」
「大切なんだろう?だったら、諦めるな」
クラウドの言葉が、タバサの心に力強く、活力となって沁みわたる。
そしてなにより、共に戦ってくれる人の存在に温かいものが満ちた。
そうだ、何を私は諦めているんだ。
絶望なんてあの時に置いてきたはずではないか。
戦うと決めたのだ。
取り戻すと決めたのだ。
あの時とは違う、もうこれ以上失ったりなんて、決してしない。
涙をぐいっと拭き、タバサは力強い眼差しでクラウドを見た。
「水の秘薬が必要なの」
「秘薬?」
「それを用いることで、治癒の魔法は格段に効果を増す、それさえあれば……」
「なら、これを」
クラウドが差し出したのは、細長いカプセル状の円筒型の物体。
「これは?」
「エクスポーション。怪我の治療に使っている薬剤だ。それだけでも十分な治癒力があるはずだ。使ってくれ」
タバサは頷きポーションを受け取ると、すぐさまそれをシルフィードの半開きの口に流し込んだ。効果はすぐに現れる、荒かったシルフィードの呼吸が少し収まったのだ。
続けて再び治癒の魔法をかけると先程とは見違えるほどの速度で傷が癒えていくのがわかった。
これなら……いけるかもしれない!
――グゥオオオオオオオオオオオオ!!!
おぞましい雄たけびが森の中に響いた。
怪物――赤いオーク鬼が怒りの声を上げている。
ぶちのめしたはずの人間が生きていたことに腹を立てたのか、魔法に焼かれたことが気に食わなかったのか、淡いグリーンの裂けた眼光に殺気をみなぎらせている。
「その眼……そういうことか」
クラウドが呟くのをタバサは聞いた。
圧倒的な怪力と、魔法すら退ける強大な肉体を持ったそれを前にして、彼は揺らいでいなかった。
「あいつは俺が相手をする。タバサはシルフィードの治療に集中してくれ」
「……大丈夫なの」
クラウドはぶん、と、友の形見を模した大剣を振り上げると、右上段に肩で支えるように持ち上げ、切先をオーク鬼に向けて構えた。
「言っただろ、攻撃が通じるなら、何とかなる」
タバサが存じることはなかったが、それは、クラウドの宿敵ともいうべき男の構えに、良く似ていた。
・・・・・・・・・
――殺す。
赤いオーク鬼の頭にはそれしかなかった。
この力を手に入れて以来、彼はそうやって全て己の思いのままに行動してきた。
自分を痛めつけた同胞を恐怖で支配し、
人間どもの集落をめちゃくちゃにしてやった。
驚異的な筋力。
同胞や人間共の攻撃など全く苦にしない強靭な肉体。
そう、俺は“力”に選ばれたのだ。
誰も俺に逆らえなどしない。
この力がある限り俺は無敵だ。
なのに、何故だ。
だから彼には眼の前の金髪の人間の存在が気に喰わなかった。
こいつは何故倒れない。
なぜそんな反抗的な目つきを俺に向けてくる。
気に入らない。
だから殺す。今度こそ確実に。
ぱぁんと、思いきり大地を蹴り、
一足で距離を詰め、襲いかかる。
先程、この人間に仕掛けた一撃と同じように。
こんどこそ無事ではすまないはずだ。
雄たけびと共に、あらん限りの力で棍棒を振り下ろした。
だが、
カァン、と甲高い音と共に、人間を叩き殺すはずだった己の棍棒は弾かれた。
彼は目を見開いた。
人間は無事のまま、変わらずこちらに切先を向けて剣を構えていた。
今こいつは何をしたのだ。まさか俺の棍棒をその武器で退けたのか?
そんなはずはない。今の一撃は本気だった。俺の力がこの人間を遥かに上回っているのは歴然。であれば、武器ごと叩きつぶされるか、よしんば耐えきれても先程の様にその場に踏みとどまるのが、せいぜいのはずなのに。こいつは何故平然と立っていられる。
何かの間違いだ。
そう、今度こそ。
彼は低く唸りを上げながら、2撃目の棍棒を振るった。
だが、これもあっさりと弾かれる。
何故だ!
いくら振り回そうと、彼の棍棒は一向に届かず、大剣に弾かれていく。
そんな馬鹿な、なぜこんなことが――
「どうやら頭の中身までは良くなっていないようだな。」
クラウドはオーク鬼に向かって言葉を発した。
「ライフストリームに近づいたんだろう?その眼の色は魔晄の影響を受けた特徴そのものだ。並みの生物を凌駕する筋力も耐久力もその恩恵……。その力は最近手に入れたのだろう?だからこそ、お前の弱点はそこにある」
振り下ろした一撃は、とうとう空振り、地面へと外れた。防御のみに専念していたクラウドが突如、攻撃に転ずる。気付けば押されているのはオーク鬼の方だった。
「上段からの振り下ろし、横からの薙ぎ払い……。お前の攻撃の軌道はすべて同じ、単調だ。それがわかれば動きを読むことができる」
クラウドが構えを変えたのは、攻撃を受け流せる間合いを見極める為だった。長い大剣の切先を相手に向けて距離をはかることで、最適な間合いを見ていたのだ。それは、少なからず戦いの経験がある者なら誰もが知っているセオリーだ。しかしこの赤いオーク鬼相手にそんな芸当ができるのは、クラウドにソルジャーとしての驚異的な身体能力があるがゆえにほかならない。
「お前の速さと怪力があれば、今まで避けられることなど一度もなかっただろうな。だからお前は気付けなかった」
向かってくる棍棒の軌道を剣先で僅かに逸らして、クラウドはそのままオーク鬼の懐に潜り込み、その腹に手を当てた。
マテリアに集中。
内蔵された“ほのお”のマテリアが、大剣の中で発熱する――。
「『ヘルファイガ』!」
炎の固まりが膨らみ、3発、爆発した。
またしても零距離で発動したそれは、不気味な緑色の煙を上げて赤いオークを巨体ごと吹き飛ばした。
「!!!!………!?!!」
焼けつく痛みと、強烈な痺れが赤いオークの全身に襲いかかる。
爛れてしまうかのような、あまりの苦しさに口を開けるが、赤いオークは悲鳴を上げることもできなかった。息を荒げ、穴という穴から液体を垂れ流しながら地面をのたうちまわった。
“ほのお”の最上級魔法を応用した毒の炎。それは爆炎と同時に対象に死の苦しみを付加する凶悪な魔法だった。
「お前は“貰いもの”の力を、己の力だと思い込んだ」
クラウドはゆっくりとした足取りでオーク鬼に近づいていく。
「力を使いこなすためには相応の精神と経験が必要だ。それを無視して簡単に手にした力など、見せかけだけの薄っぺらいものでしかない。……かつての俺がそうだったようにな」
赤いオークは喘ぎながらも後ずさり、己に止めを刺そうとする人間から離れようとする。
なぜこうなるのだ。
俺はただやり返しただけじゃないか。
なのにどうしてこんな目に遭わなければいけないんだ。
「おまえはやり過ぎた。それだけのことだ。力を振りかざしたところで、それはさらに大きな力に押しつぶされる。それを自覚するべきだったな。俺がお前に与えるものは一つだけだ」
クラウドの青い目が冷たい光を帯びる。
「絶望を受け取れ」
一閃。
クラウドの大剣が大きく、袈裟切りに振るわれ、
赤いオークの意識をその肉体ごと根こそぎ刈り取った。
崩れ落ちる赤いオークの体を何の感慨も湧かない表情で見届けると、クラウドはすぐに、シルフィードを治療するタバサの元に向かったのだった――。
・ ・ ・
「あのオーク鬼はおそらく大量の魔晄を照射された個体だろう」
クラウドは治療を続けるタバサの背中に話しかけた。
「魔晄……ライフストリームと呼ばれる精神エネルギー。星の、俺の住んでいた世界を流れる命の流れ。魔晄を浴び続けることは、通常ならばあり得ない変化を生物の心身に起こさせる。人間なら超人に、それ以外の生き物を怪物に作りかえることもな。あのオーク鬼がどういった経緯で魔晄に触れたのかはしれないが、今回のオーク鬼の凶暴化の原因の一つなのは間違いないと思う」
タバサの必死の治療のおかげか、シルフィードは何とか一命を取り留めていた。折れた翼を木の枝で簡単に固定している。クラウドの手持ちのポーションを全て使い切った結果でもあるだろう、今は落ち着いた寝息を立てていた。しかし、タバサは未だシルフィードの元から離れようとはせず、治療の魔法を唱え続けている。
止めても聞こうとはしなかったので、クラウドは気の済むまでさせてやることにしたのだった。
「すまない……今回のことは完全に俺の油断が原因だ。そうでなければシルフィードがこんなことには――」
「そんなことはない」
タバサがぐずっと鼻を啜る。
「タバサ?」
タバサの頭がぐらりと揺れ、シルフィードの体に倒れる。
「私も、この子も。もう駄目だと思った。ここで終わってしまうのだと思った。けど、貴方がいてくれたおかげで私は諦めずに……すんだ……だから」
ありがとう。
そう呟いて、タバサは眠ってしまった。きっと魔力を全て使いきってしまったのだろう。
「……感謝したいのは、こっちのほうだ」
寄り添って静かに眠る少女と竜を見守りながら、クラウドは穏やかな表情でそう言うのであった。