ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7)   作:mu-ru

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Chapter 06

 夢を見るのは、嫌いだった。

 なぜならそれはいつだって、ちっとも彼女にやさしくなんてないからだ。

 

 悪夢の始まり。

 全てはガリア王だった祖父の死がきっかけだった。

 王宮の政権争い。

 少女の誕生日だったあの日、父は二度と帰ってこなかった。

 自分に代わり、心を狂わす魔法薬を自ら飲み干す母。

 

 やめて、母様。

 それを飲んではだめ。

 夢の中で叫ぶ声はいつだって届きはしない。

 王位を奪った叔父の、渇いた笑い声が頭の中でがんがんと響いている――。

 

――私のシャルロットを奪いにきたのね!そうはさせないわ!――

――おお、シャルロット、あなたはこの母が必ず守って見せますからね――

 

 母は変わり果て、少女は独りになった。

 違うよ、母様。

 私はここにいるの。

 そうでなければ、ここにいる私は、一体だれだというの?

 

――ガーゴイル、この人形娘めが。

 

 ああ、そうか。

 わかってしまった。

 私はもう、シャルロットではないのだ。

 

 わたしはだれ?

 わたしは人形。

 私は、タバサ。

 シャルロットに変わり、使命を果たす為に動く、心を持たない人形――。

 

――目的を果たせ。

――心を閉ざし、怒りを凍りつかせろ。

――そうすれば何も感じない。

 

 それが“雪風”のタバサの誕生だった。

 

 だが、時が経ち、トリステイン魔法学院での生活を通して彼女はまた変わっていく。

 貴族の子息達の通う異国の学院。

 男遊びが好きで、情熱のまま、自由に生きるゲルマニアの親友。

 食い意地のはる頼もしい使い魔との出会い。

 何の手違いか、人間を召喚してしまったトリステイン名家の少女。

 ハルケギニアにはない不思議な雰囲気を持つ、明るく勇敢な少年。

 馬鹿馬鹿しくも愉快な同級生たち。

 その中で過ごすことで、彼女の凍りついた心は少しずつ溶け出していった。

 

――あなたの力になりたいの

 

 キュルケが柄にもなくそんなことを言ったのは確か彼女の実家であるツェルプストー邸でのことだった。少女の事情を知っていた彼女はいつも一番近くで自分のことを心配してくれていたのだ。

 きっと魔法学院で知り合った級友達も、少女の事を知れば同じ言葉をかけてくれたかもしれない。そう思うだけで彼女の心は温かい感情に満たされる。

 

 だけど私は首を振るのだ。

 私は大丈夫、と。

 

 己の愚かな復讐に学友達を巻き込むつもりは無い。

 今の私にそんな救済は贅沢だ。

 

 私は、大丈夫。

 

――嘘。

 

 本当は、一人で前に進むことは不安でいっぱいだった。

 

 助けは欲しくない。

 でも、孤独でもいたくない。

 矛盾した感情――なら今の私は一体何を望んでいるのだろう?

 

 その時。

 夢の中、暗闇の中彷徨うタバサの頭に、ぽんと誰かが手を置いた。

 私の青い髪を不器用な大きな手がやさしく撫でる。

 顔を上げて見れば、異世界からきたというあの青年だった。

 彼はこちらには視線を向けず、闇の先を見据えていた。

 そして黙って彼女の横に並び立つと、分厚い大剣を構えるのだ。

 

 そうか、

 私は。

 私が望んでいたのは

 横に並び、共に歩いてくれる

 そんな人が欲しかっただけなのかもしれない。

 

 私だけの勇者(イーヴァルディ)

 

 なんて、幼稚なのだろう。

 でも

 その幼稚さが、今は少しだけ嬉しくもあった。

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 気が付くとタバサはベッドの上に寝かされていた。

 

「おや、目覚めましたかな」

 声をかけてきたのはキルマ村の村長だった。

 

「ここは、何処?」

「私の家の寝室です。お加減はいかがですかな」

「……」

 

 体には手当がなされていた。タバサはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「お連れの方なら先ほど出て行かれましたよ。風竜の様子を見に行くと」

 

 そう言われてタバサははっとなる。

 

「私は、どうしてここに?」

「ああ、それはあの方が――、クラウドさんと言いましたかな?昨晩遅くに気を失ったあなたを連れて戻ってきたんですよ」

 

 聞けばクラウドは、タバサと一緒に、なんと気を失ったシルフィードを背負って山道を一人で降りてきたらしい。人間の何倍も大きな竜を背負ったクラウドの姿に村人たちはさすがに驚きを隠せなかったという。

 

「ご本人も怪我をしていたというのに、全く意にしないようで……。正直言葉を失ってしまいました。いやぁ騎士様のお付になるような方はたとえ平民であってもあれほど鍛えているものなんですかねぇ」

 

 しみじみと感心するように頷く村長。それを聞いてタバサは内心で驚くと共に納得していた。オーク鬼と正面から太刀打ちできる力をもっている青年だ。確かにそのくらいのことはやってのけそうではある。

 

「討伐の結果については、クラウドさんにお聞きしています。あれだけ大勢いたオーク鬼を全て退治してのけるとは……さすがメイジ様です。これで死んでいった者たちも報われます」

 

 村長はタバサの手を取り、深々と頭を下げた。

 違う、あのオーク鬼の統領を打ち取ったのはあの青年だ。私は何もできなかった。

 しかし体を震わせて感謝の意を述べる村長の姿に何も言えず、タバサは複雑な気持ちで黙っていた。

 

 ・ ・ ・ 

 

 村長の家を出て、朝早くの村道を歩いているとクラウドはすぐに見つかった。村の端の少し広い空地で誰かと話していた。よく見ると初めてこの村を訪れたときに村長の家まで案内してくれたあの栗毛の少年だった。

 

「ねぇ、強くなるってどういうことだと思う?」

「どうしてそんなことを俺に聞く?」

「だって兄ちゃんメイジ様の従者になれるくらい強いんだろ?魔法もなしに、あんなおっきな竜を背負ってたし、気絶したメイジ様を守ってた。だから聞いてみたくて」

 

 実際は従者ではなく、成り行きで一緒に行動をしていただけなのだが、そんなことを知らない少年は続ける。

 

「俺んち、父ちゃんがオークに殺されて、働き手がいなくなっちゃたから、母さんの親戚を頼ってみんなでガリアの首都の方に……リュティスに行くことになったんだ。そこで俺、軍に志願しようと思ってて」

「どうしてだ?」

「家族を守れるくらい、強くなりたいから」

 

 まっすぐで力強い眼差しがクラウドに向けられる。

 

「今回のことで父ちゃんが死んで、母ちゃんはとっても悲しんだ。俺の妹はオーク鬼が怖くて夜も眠れなかった。でも俺は、何もできなくて……。悔しかったんだ。あんな想いはもうしたくない。でも、誰かを守れるようになるにはただ強くなるだけじゃ、ダメな気がしたから。俺、どうしたらいいのか本当はよくわかってないんだよ」

 

 クラウドは軽く嘆息すると、少年と同じ位置まで屈み、そして、ゆっくりと語りかけた。

 

「言葉にすることは簡単だが、本当の意味で強くなることは難しい」

 

 それは、まるで自分にも言い聞かせるような言い方だった。

 

「なぜならそれは忘れてしまうものだから。時間が経ってしまうと強くなりたいと思っていたその時の気持ちを思い出せなくなる。本当は何がしたかったのか。何を思って戦っていたのか、わからなくなってしまう。そうした目的を失った強さは実質のない形だけのもなり、意味を失ってしまうんだ。どれだけ鍛錬を重ねたところでな」

 

 理解が及ばなかったのか、少年が首を傾げると、クラウドはオーク鬼との戦いの時に見せた顔つきとはまるで違う穏やかな表情でその頭をゆっくりと撫でた。タバサの時と同じように不器用で、優しい手つきだった。それがタバサには、彼が持つ幼い子供とのつたないコミュニケーションの手段のように思えた。

 

「家族が大切か?」

「うん、母ちゃんも妹も死んだ父ちゃんも、みんな大好きだ」

「なら、その気持ちをいつまでも大事にすることだ」

「そうすれば強くなれる?」

 

 クラウドが力強く頷いた。

 

「ああ、俺よりもずっとな」

 

 少年はへへっと子供らしい笑顔を向けるとそのまま嬉しそうに去って行く。

 少年がいなくなったのを見計らってタバサはクラウドの前に姿を現した。

 

「怪我は大丈夫?」

「もう治った。これでも丈夫なほうでな……見てたのか」

「少し、意外だったから。貴方は子供に優しいの?」

 

 クラウドが苦笑した。その質問の内容をタバサに聞かれたのが可笑しかったのかもしれない。

 

「ここに来る前も引き取った子供達と暮らしていたから、多少な。……でも、本当は子供は苦手なんだ。ああいう風にまっすぐな目を向けられると一体何を話せばいいのか、困ってしまう」

「……そう」

「シルフィードの様子を、見に行くか?」

 

 タバサは黙って頷いた。

 

 

 ・ ・ ・ 

 

 むしゃむしゃもぐもぐ。

 

「血が足りないのね!」

「……」

 

 村人が用意してくれた、シルフィード用にあてがわれた家畜小屋の中にタバサが入ると、いっぱいに積まれた肉に格闘するタバサの使い魔がいた。

 

「肉~!お肉~!!足りないからもっと持ってきて!」

「へ、へい!」

 

 言われるがままに慌てて出ていく村人。途中で「あれ、竜って喋るんだっけ?」と疑問を浮かべるように首を傾げていた。

 その疑問は正しい。竜は普通喋らない。

 横ではクラウドが唖然としていた。

 

「あ、お姉さま!」

 

 タバサに気付いたらしいシルフィードはケロリとした表情で話しかけてくる。

 

「見て見て!こんなにお肉がたくさん!村の人がくれたのね!シルフィお腹が空いてたから今とっても幸せなのね!」

 

 ぴしりと、タバサの頭に亀裂が走った。

 ぷるぷると震える拳を必死に抑え込む。

 

 なにこれ。なんでこんな元気なんだ。

 心配していたと言うのに、一体これはなんだ。

 

「お前、喋るんだな」

「あ!……こ、これは……その……」

 

 クラウドの突っ込みに、今頃になって己の過ちに気付いたらしいシルフィードが慌てて弁明し始めた。

 

「ち、違うのね! これはご飯が食べられることがつい嬉しくて、じゃなくてシルフィは韻龍でもないからガーゴイルでその……ってあれ?」

 

 きょとんとした表情でクラウドを見た。

 

「お兄さんあんま驚いてないのね?」

「俺の仲間に似たような奴がいたんだ。そいつは狼だったが」

 

 クラウドはかつて共に戦った仲間のレッドⅩⅢのことを話した。聞けばシルフィードは遥か昔から生きる大いなる存在と共に生きてきた龍の一族の末裔らしい。レッドⅩⅢも自分のことを「星を守護する一族」だと言っていたので、世界は違えど同じような存在なのかもしれない。

 

「きゅる!すごいのね!会ってみたいのね!」

 クラウドの話を聞いてシルフィードは興味深く目を輝かせていた。

 ……すっかりタバサのことを忘れて。

 

 ぶちっとタバサの中で何かが切れる音がした。

 つまり、タバサはキレた

 

「この、この……ばか使い魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!!」

 

ばちこーん!

 

 力強く握った杖がシルフィードの脳天に直撃する。

 

「痛っ……たぁぁああああああ!?怪我人に何するのね、このおちび!」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「ふふぇっ!?お、お姉さまその言い方なんだかあのピンク娘みたいなのね!?」

 

 タバサは自分でも言っている言葉が幼いと自覚しながらも、構わず勢いのままに怒鳴った。

 

「大怪我負って!心配かけさせて!なのに元気で!しかも約束破って人前で喋ってる!」

「あ……それは忘れてて……ごめんなさいなのね」

「あなたはいつもそう!そうやって能天気で何も考えていない!だから、だから……」

 

 タバサはずいとシルフィードの元に近づくと、手当された腹の辺りに触れた。

 

「お、お姉さま?」

「痛くないの?」

「う、うん。まだ少し痛むけどもう大丈夫なのね」

 

 今度は包帯を巻かれ固定されている翼を擦る。

 

「翼は、治る?」

「うん、シルフィ達の種族は寿命が長い分、それだけ丈夫にできているのね。治るまでに時間はかかると思うけど、また空を飛べるようになるのね」

「……そう」

 

 タバサは、ぎゅっと、シルフィードに密着して顔を隠した。

 ぐじゅ、と

 鼻を啜る音が聞こえた。

 

「よかった……生きていてくれて」

「お姉さま……」

 

 先ほどまでの怒りはどこへ行ったのか萎んでしまい、今度は打って変わってタバサは体を震わせている。シルフィードは困惑していた。これほど感情を顕にするタバサを見るのは初めてだったからだ。

 

「私のせいで死んでしまうと思った。私の前からまた、誰かがいなくなったら……あなたが、いなくなってしまったら……そう思うと、とても怖かった……」

 

 それはタバサの本心から出た言葉だったのだろう。それを聞いてシルフィードはこの小さなご主人は自分のことをこんなにも心配に想ってくれていたのだと、温かい気持ちに包まれとても嬉しくなった。

 

「心配かけて、ごめんなさい。でもシルフィードはお姉さまの使い魔だから……勝手に死んだりなんかしないのね」

「うん……」

 

 小屋の中で、身を寄せ合う主従の邪魔をしないように、クラウドはそっと、その場を抜け出した。

 

 ・ ・ ・ 

 

 日差しが柔らかく降り注いでいる。

 クラウドは見晴らしの良い丘の上に立つとそこからラグドリアン湖を眺めた。湖の水位は変わらず低く、依然としてそこにある。湖面から吹く風が丘の上の背の短い草を撫でて静かな音を奏でていた。

 

(結局、帰る方法は何も判らず終いだったか)

 クラウドはここに来てから今までの事を思い返す。

 元の世界に帰る手がかりを探す為に、タバサに付き添って行動してみたものの成果は出なかったといっていい。

 しかし、気になることはいくつかあった。

 

(タバサの言っていた召喚のゲート。それは間違いなく存在していた)

 

 すべての線を繋ぐ根源は一つ――

 

(ライフストリーム)

 

 湖の水位の低下も、クラウドがこの世界ハルケギニアにたどり着いたことにも、そしてオーク鬼の狂暴化にも、それは確実に関わっていたはずだ。

 クラウドの世界を流れる知識と命の源。星の命のうねりがもたらす精神エネルギーの本流。この世界で目覚める直前に、クラウドはライフストリーム特有の感覚を覚えている。

 原因はわからない。だが少なくとも、ライフストリームが世界の垣根を越えてこちらの世界にまでたどり着いていたのは確かだ。

 

(それがわかったところで、その肝心の原因が判明しなければどうしようもないな)

 

 ため息を吐いた。それだけでは結局帰る手段は見当がつかないのだ。

 今のクラウドにせいぜい思いつくことと言えば、ラグドリアン湖に召喚のゲートが再び開くことを期待してこの場所でひたすら待つことぐらい。

 しかし、そんな不確定な希望にすがっても再びゲートが開く保障はどこにもないし、なによりクラウドにとってただ待っているだけというのは、正直言って性に合わない

 ならば、俺は、これからこの見知らぬ異世界で、一体どうすればいいのだろうか。

 

 実は、考えがないこともない。

 というよりも、今この状況でクラウドに実行できる選択肢は他にはなかった。

 ならば試してみるべきだろう。そう考える。

 わからないことだらけでも行動すべきことが明らかならば、それで十分。今は迷わず進めばいい。

 その楽観的ともいうべきクラウドの考えは、間違いだらけの人生を歩んできた彼の数少ない得たものの一つだった。

 風の音に混じって背後から誰かの草を踏む音がかすかに聞こえた。

 

「タバサか」

「……」

 

 タバサは黙ってクラウドの横まで来ると草の上に腰を下ろし足を丸めて座った。

 

「貴方がいなければ私とシルフィードは死んでいた」

 タバサがポツリと語り始めた。

 

「貴方には感謝してもしきれないほどの借りができてしまった」

「貸し借り云々ならお互い様だ。ここに来てから、お前には助けられてばかりだ。それに、オーク鬼のことは俺は自分のやりたいようにしただけだ。別に気にしなくていい」

「……どういう意味?」

「俺は、もう誰かが死ぬのを見たくない。守れるものは守りたい。そんな個人的な感情から来る動機で、俺は自分のために行動した。それだけさ」

 

 その言葉の中にタバサの琴線に触れるものがあったのか、続けて質問する。

 

「誰かが死んでしまったことが前にあったの?」

「ああ……目の前でな」

 

 クラウドは遠い目で湖を見つめ、その時の記憶の一端を思い出す。

 独り、戦場で散った親友を。

 祭壇で胸を貫かれ命を落とした、大切な女性のことを。

 

「どちらも見殺しだった。助けられたかもしれない命だった。それは、その後悔は俺の中で、決して消えることのない罪となってずっと残っている。俺はその罪を一生背負って生きていかなくてはいけない」

 

 償いは生き残った者の務め。それはクラウドに与えられた消えることなく圧し掛かる責務だ

 

「……だけど、それでも、そんな俺でも、目の前で危機に瀕している命であれば守ることができるかもしれない。なら、それは決して取りこぼしたくないと思った。だから俺は今回お前達のことを助けられたことに、妙な言い方だが、逆に感謝しているくらいなんだ」

「……」

 

 クラウドの語った話にタバサは自分と似た境遇を感じとっていた。

 私と違うのは、彼がその人生の根底を失ってなお、その絶望から立ち上がったことだ。

 例えばもし今回のことでシルフィードを死なせてしまったら。私はどうなっていただろうか。それは恐ろしくて考えたくもなかった。

 この人は本当に強い。肉体だけでなく、その心も。

 だから、少し、話を聞いてもらいたくなったのかもしれない。

 

「私は、復讐の為に今この仕事についている」

 

 タバサは自分の事を語った。

 父が叔父に殺されたこと。

 母が毒を盛られ心を病んだこと。

 そして死ぬのが当然の任務を与えられ続けてきたことを。

 

「最初は死のうと思っていた。でもそれは……逃げているだけなのだとわかった。そのことを教えてくれた人が私の目の前で死んだ時、私は生まれて始めて“戦おう”と思った」

 

――あんたなら、きっとできる。あんたはもう立派な狩人だ。

 

 キメラが蠢くファンガスの森で出会った狩人の少女ジルは、息を引き取る際にそう言った。自らも家族をキメラに殺されて、その仇を取るために生きていた彼女は最後にタバサに生きる力を与え、タバサの中に眠る魔法の力を気付かせてくれたのだ。

 

「けど、今回、唯一の武器だった魔法があのオーク鬼に敵わなかったとき、私は自分の無力さを知った……結局私は弱いままだったのかもしれない」

 

 いくら魔法の才能に秀でていても、所詮それだけでは何もできないのではないか……そんな思いがタバサを落ち込ませていた。

 タバサの抱える現実。彼女がなぜ騎士を務めているのかを知ったクラウドは、タバサの言葉に答える。

 

「そうだとしても、お前の道は変わらない」

「え?」

「諦めてはいないんだろう?母親を救うことも、仇を討とうという思いも」

「それは……そうだけど」

「他に選択肢がなかった様に言ってはいたが、お前には、他にも選択肢があったはずだ。自殺することだってできたろう、復讐も母親も何もかもを投げ出して、自分だけ逃げ延びる道だって、きっとあったと思う。だけどお前はそれをしなかった。タバサ、お前はちゃんと選びとったんだ。逃げずに戦う道をな。だから、例えきっかけは魔法の才能だったとしても、それがお前の全てを否定することには絶対にならない。」

 

 復讐に関して思うこともあるが、それを止める権利はクラウドにはない。

 あるはずも、ない。

 全ての記憶を忘れて幻想の中に逃げ出した自分には。

 結局逃げきれないと悟ったからこそ立ち向かうことを選択したクラウドには。

 だから、同じ轍を踏まず既に選択肢を選びとっているタバサだからこそ、知り合って間もないあの時とても眩しく感じられたのだと、今はっきりわかった。

 

「己の弱さを自覚することは恥じゃない。だからタバサ、お前は強いんだ。そして、落ち着いて考えて見るといい。魔法の他に、お前が得たものは、本当に何もなかったのか?」

 

 私の、得たもの?

 そんなの――。

 

「あ……」

 言われて、タバサは思い当たることができた。

 

 

 初めて親友ができた日のことを。

 召喚の儀式の日にシルフィードに出会った嬉しさを。

 盗賊討伐の時から親しくなった貴族の少女ルイズと、使い魔の少年サイトの凸凹な主従との関わり。

 ギーシュや、モンモランシといった学友達。

 

 一緒にアルビオンに行った。

 皆で宝探しにも出かけた。

 トリスタニアの酒場で働くルイズを冷やかしに行ったことだってあった。

 

 温かい魔法学園での日々――。

 それは、間違いなく、今のタバサが手に入れた居場所で、

 かけがえのない、大切なものだった。

 

――私、独りじゃなかったんだ……。

 とっくの昔からそうだったのだ。なのに私は勝手に距離を置いて、見ようとはしなかった。

 そんな場所は自分には贅沢だなどと決めつけて。

 でも、彼らはタバサが助けを求めればいつだって助けてくれたはずだった。

 そう思うとまた、喉の奥から熱い感情がこぼれてきそうになる。

 

「仲間が、ちゃんといるんだな」

 タバサはこくんと、頷いた。

 

「だったら、もっと周りに頼ってみてもいいじゃないか。きっとお前は何もかも自分独りで背負いこんでしまいすぎなんだろう」

「うん……」

 

 

 その時、バサバサと音が聞こえて、一羽のフクロウがタバサの前に手紙を落としていった。

 広げて中を見るタバサの表情は険しくなる。

 

「任務の手紙か?」

「……そう、行かなくてはいけない」

「シルフィードがいなくても、大丈夫なのか?」

「……」

 

 そう、命に別状はなかったがあの大怪我では、シルフィードを一緒に連れていくことはできない。

 タバサはこれから一人で任務に向かわなければいけないのだ。

 

「それでも、逆らうわけにはいかない」

「そうか……」

「平気。貴方が大切なことを気付かせてくれたから、大丈夫」

 

 いつものような冷静な無表情。しかしタバサのそれは、少し無理をしているようにも感じた。

 

「それより、あなたは、どうするの?これからあてはあるの?」

 

 そんな彼女を見て、クラウドは既に決心していた。

 

「……そのことだが、タバサ、無理を承知で頼みたいことある」

「何?」

「――お前に、連れていってほしい場所があるんだ」

 

 ・ ・ ・ 

 

 翌日、タバサ達はオルレアン邸に戻ってきていた。

 

「それじゃあ行ってくる」

 屋敷の庭先でタバサはシルフィードと屋敷の老執事ペルスランに別れの言葉をかけた。

 

「シルフィードと母様のこと、お願い」

「承知しました、お嬢様もどうか、お気をつけて」

 

「ごめんなさい、お姉さま。お姉さまの傍にいられなくて」

 

 ペルスランの横で、シルフィードはどこか気落ちした様子でそんなことを言う。

 それを見てタバサは彼女の顔を寄せて優しく手で包んだ。

 

「使い魔と主は一心同体。体は離れても心は離れない。今は自分の体を癒して。私は大丈夫だから」

 

 シルフィードは怪我が治るまでこのオルレアン邸で療養をとることになった。

 まだ動けないシルフィードを運んでくれたのはキルマの村人たちだ。

 恩人の為だと、樹木の切出し用の大きなソリで屋敷近くまでシルフィードを運ぶことを彼らは喜んで引き受けてくれた。

 しかし彼らに屋敷を見せるわけにはいかなかったので、その後はクラウドに背負って貰うことになった。クラウドに背負われたシルフィードの姿は不恰好で少し面白かった。

 

 しばらくして、クラウドが戻ってきた。森に置いてあったフェンリルをこの屋敷へ運ぶ作業が終わったのだろう。こちらも既に準備は済ませているようだ。

 

「待たせたな、そろそろ行こう。陸路だと時間も掛かるんだろう?」

「……あなたは本当にあの条件で良かったの?」

 

 タバサは改めてクラウドに再度意志の確認を取る。

 

「ああ、シルフィードの傷が癒えるまでの間、俺がタバサの従者をやろう。報酬はいらないが、その代わりに魔法学院にいるヒラガサイトという少年に会わせてくれ」

 

 そう、それがクラウドの掲げた次の指標だった。

 タバサとの会話の中で何回も話題に上がった異国から来たという使い魔の少年。

 彼が果たしてクラウドと同じ世界から来た人間かどうかはわからないが、似た境遇にあるその少年から話を聞けばなにかがわかるかもしれない。

 トリステイン魔法学院。そこに少年はいる。ただし魔法学院は有力貴族の子息達が通う場所なので素性の知れない人間は近づけない場所だ。

 だが、学院の生徒であるタバサの従者としてならば堂々と中に入ることができる。タバサも次の任務が片付き次第魔法学院に戻ろうとしていたので都合が良いと言えば良い。良いのだが。

 

(本当にそれだけでいいんだろうか)

 

 タバサからすれば命を救われた借りもあるわけで、もうちょっとクラウドの為に何かしてあげてもいいと考えていたため、少し釈然としない。

 でも――。

 

「これからしばらく、よろしく頼む。タバサ」

 

 クラウドの大きな手がタバサの青い髪を撫でながら言う。

 やっぱり不器用で、優しい手。

 もうしばらくこの人と行動できることは、ほんの少しだけだけど、嬉しい、かもしれない――。

 

 ふと我に返って振り返るとシルフィードがにやにやと笑っていた。

 それに気づいて、タバサの顔が真っ赤になる。

 

「ふふーん、お姉さまにも春がやってきたのね?」

 

 問答無用で、ぶんなぐった。

 

 

 こうして少女は、この異邦人の青年と行動を共にするようになった。

 そして

 それとはまた別に

 事態は水面下で少しずつ進行し、

 誰にも気づかれないまま、

 この世界の道筋を変化させようしていた。

 

 

 




時系列は02~06→01となります。
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