ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
虚ろな城
己の住まう宮殿を男はそう評する。
広大なヴェルサルテイル宮殿。
王家の色を湛えた靑レンガのグラン・トロワ。国中の庭師を集めて贅を尽くした三方の庭園。豪華な彫刻で彩られた大理石の道。
誰もが荘厳であると答えるであろうこの場所に、男は何の価値も抱けなかった。
無価値な城、無意味な装飾、何処までも空虚な自分の住まい。
己を王座に縛り付けるのは”虚無”以外の何物でもない。
ガリア王ジョゼフ。
王家の象徴である蒼みがかった髪と髭、そして四十を過ぎたとは思わせぬ美貌。
それがガリア千五百万の頂点に立つ男。
自らの弟を殺し、無能王と蔑まれる――男の名前だった。
・ ・ ・
ジョゼフは今、自らの自室にある十メイルの巨大な箱庭の前の椅子に座り思慮に耽っている。
職人に命じ、一か月かけて作らせた、ハルケギニアの地図を緻密に再現した模型である。
その盤上で彼はつい最近まで”一人遊び”に興じていた。国政をそっちのけにしてまでそれに熱心に取り組んでいた理由は、つまるところ暇つぶしでしかなかった。
それなりに時間と人と金をかけて劇作家になった気分を味わってはみたが、もうそれも終わってしまった。
「つまらぬ」
呟いて人形を放り投げる。盤上で赤軍の大将であった聖職者の人形は、ちょうど地図でアルビオンに当たる場所にぶつかり、無様に砕け散った。
「それで、ミューズ。我が姪と行動を共にしているという、その男の素性は掴めたのか?」
ジョゼフが語りかけたのは人間ではなく、地図の上で跪いた黒い髪の女性の人形だった。
「申し訳ありません。依然、掴めておりません」
人形はまるで生きているかのように振る舞う。
それもそのはず、それはアルヴィーと呼ばれる魔法人形で、ジョゼフは人形を通して遠方にいる己の”使い魔”の報告を聞いていたのだ。
「金髪の、恐ろしい程巨大な剣を背負う剣士。そのような目立つ風貌をしていながら、ラグドリアンで”七号”と接触する以前の目撃証言すらありません。まるで――」
「――ラグドリアンの地に突然現れたかのようだと?」
「……はい」
人形の先で肯定する己の使い魔にジョゼフはふむ、と髭を撫でた。
「もう一度聞くが、『お前と同じ』ではないのだな?」
「はい、”七号”は既に――今はオルレアンで怪我の治療中ですが――使い魔を召喚しています。メイジに仕える使い魔はひとつだけですので、その可能性はありません」
「ほう、これはまた、興味深いことになってきたではないか」
先程とは様子を変えて笑みを見せる主人に、卓上の人形は少し首を傾げる。
「ジョゼフ様……それでその、”七号”と今現在行動を共にしているその男が、ラグドリアン湖周辺で起きている事象と何か関係があるとお考えなのですか?」
「偶然と片づけるには、逆に不自然さが残るであろう。そもそもミューズ、お前自身が一番それを理解しているのではないか?」
そう確かに……と、ミューズ――人形の先にいるシェフィールドと呼ばれる彼女は内心で肯定した。
ラグドリアン湖周辺で起きている異変。彼女がそれに気が付いたのは、以前ラグドリアン湖に関わりがあったことがきっかけだった。
アンドバリの指輪というマジックアイテムを水の精霊から奪いとり、身の程を知らない愚かな聖職者に貸した――まあ、その時のことは関係がない。
問題はその後である。
再びあの地を調べてみると、ラグドリアン湖の近辺でばかり亜人や幻獣が狂暴化するという事件が多発していたのだ。
現地に派遣された花壇騎士の中には幻獣に殺された例もあったほどだ。
気になった彼女が試しに事件のあった場所を地図に当てはめてみると、見事にラグドリアン湖を囲むように事件が起きていたのだ。
その事をジョゼフに報告したところ、彼はラグドリアン湖に最も近い村、キルマ村から要請がきていたオーク鬼の討伐にタバサ――北花壇騎士七号を派遣したのだ。
湖の水位が減少したのはまさにその最中だった。
しかし、何故ジョゼフ様はこの事件に興味を抱いたのだろうか。シェフィールドは己の主の心境をまるでは掴めないでいた。
そんな彼女の内心を知ってか知らぬか、ジョゼフは独り語り出す。
「いや何、余は最初からこのような事態になるとは思ってはいなかったよ。だが、お前は違うようだな?ビダーシャルよ」
ジョゼフが話かけたのは、彼の後ろに立っていた人物だった。薄い茶色のローブを羽織った長身、つばの広い異国の帽子を被る長い金髪の男。
ジョゼフは男に目を向けると、帽子の端から尖った耳が見えた。
そう、男は人間ではない。
大いなる意志”と共に生き、人間より遥かに強力な魔法を操る種族、エルフである。
「予兆はあった。だが、わかっていたわけではない」
ビダーシャルと呼ばれた男は鐘の様な高く澄んだ声で答えた。
「”余の部下になる”という要求と引き換えにラグドリアンの地を調べよ、などと言ってくるとは思わなかったぞ。まさかお前はそんなことの為にわざわざサハラから派遣されてきたとでも言うのか?」
「無論違うとも。そのことについては既に伝えたはずだぞ、蛮族の王よ」
「”シャイターンの門”……余達、人間の側で言う”虚無”の力を持つ人間がその門に近づかぬようにして欲しい、だったか?尚更わからぬな。”門”を守ることはお前達の宿命なのだろう、それよりも大事なことだとでもいうのか?」
「全ては”大いなる意志”の警鐘だ」
薄い青の眼を鋭くさせて言う。
「警鐘だと?」
「我らエルフが恐れる”シャイターンの悪魔”……それと同等の大災厄がこの世界に起きる可能性がある」
「それは”大いなる意志”とやらが言ったのか?お前達の神は口が利けるのだな。我らの偉大な始祖は何者も導かず教会の祭壇に突っ立っているだけだというのに」
「”大いなる意志”は我らに必要な道を示す。その啓示を私が受け取ったのだ」
「一体、何が起こる?」
「それはわからぬ。だから調べたのだ。……私が初めてこの地を訪れた時から、精霊の力が妙に歪んでいるのをずっと感じていた。そしてその中心があの湖、ラグドリアンだった」
ビダーシャルがジョゼフの眼を捕える。確固たる意志を秘めた眼だった。
「蛮族の王よ。私はそのラグドリアンの地で現れたというその人間を捕えたい。新たな”災厄”を未然に防ぐ為には男から情報を聞き出す必要がある。その為なら、お前の要求をいくらでも飲んでやる」
ジョゼフは面白そうに顔を綻ばせる。
「いいだろう。お前の頼みを聞いてやる。ちょうど新しい遊びを探していたところだったしな」
「遊び、だと?」
怪訝に眉を寄せるビダーシャルを無視して、ジョゼフは再びシェフィールドに話かけた。
「ミューズよ。例の計画の方はどうなっている?」
計画とは、以前から進めていたトリステイン魔法学園にいるとある少女――ヒラガ・サイトという人間の使い魔を従えるメイジを捕える算段のことだった。
「準備は整っております。既に我がガーゴイルがトリステイン国内への潜入し、いつでも動かせる状態です。……計画では使い魔を抑えるのに”七号”を使うとのことでしたが……。男を七号に捕えさせるのですか?」
「いや、感づかれて逃げられたら面倒だ。姪には何も伝えずによい。計画自体はそのまま進めてくれ」
「ではどうすると?」
「”元素の兄弟”を派遣する」
シェフィールドは驚き、一瞬息をするのを忘れたようだった。
「あの”兄弟”を使うのですか?”七号”と同等、いやそれ以上の実力を持つあの四兄弟を?そこまでする相手でしょうか?」
「あやつらは失敗というものを知らぬほどの手練れだ。確実性を求めるなら他に適材はおるまい。姪には計画通り”使い魔”と相手取らせることだけ命じておけ」
「……もし、七号が命令に従わない場合は」
「その時は母親ごとまとめて捕えて余の前に連れてこい」
残酷で容赦のない響きで言った。
「仰せのままに……」
シェフィルードの返答と共に跪いていた女人形がコトリと倒れた。人形による通信が切れたためだ。
するとビダーシャルは部屋から出ていこうする。
「どこに行くつもりだ?」
「私もトリステインに向かう。その計画とやらが失敗した時には私がなんとかしよう」
ジョゼフが驚きの声を上げる。
「ほう、エルフのお前が!トリステインに?お前たちは人間と余計な干渉を持ちたくないのではなかったか?」
「お前の言ったことと同じだ。私も”確実性を求めたい”のだ。私自身の目で、その男を直接見ておきたい」
「それも”大いなる意志”とやらの思し召しか?」
「そうだ、”大いなる意志”は全てに通じた存在なのでな」
「なんでもお見通しというわけか、万能だな。我らが始祖よりずっと万能だろう」
くつくつと笑うジョゼフにビダーシャルは再び眉を寄せ、疑問を口にした。
「お前は何を考えている」
「ん?何のことだ」
「お前は私の頼みを聞いた時、遊びを探していたと言った。最初に会った時もそうだ。我ら”ネフテス”はお前が数ある蛮人の中で一番交渉しやすいと考えたからこそ、こうして私がここに来ることになった。だがお前は予想と違い、蛮人特有の権力というものに欲のある人間ではなかった。その自らの神を貶める言動といい……一体、お前の目的はどこにあるのだ?」
「さあ、なんだろうな。余にもわからんよ、そんなものは」
「………」
首を傾げるジョゼフを不審な目で見つめたまま、ビダーシャルは部屋を後にした。
・ ・ ・
誰もいなくなった個室で、ジョゼフはハルケギニアの箱庭をぼんやり眺めた。
当たりに散らばっていたシェフィールドの女性人形以外の人形をかき集め、そこに放り投げる。
懐からオルゴールを取り出す。
”始祖”のオルゴール。
遥か6000年前から伝わる国宝級のマジックアイテム。
アルビオンの内乱に乗じて奪い取ったものだ。
きりきりと薇を回すと、オルゴールが美しい音色を奏で始める。
それに合わせて、ジョゼフは謳うようにある呪文を唱え始めた。
「”エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……”」
それは、火、風、水、土……、ハルケギニアのメイジが扱うどの魔法とも違う呪文だった。
ひとつ言葉を紡ぐごとにジョゼフの心は深淵よりも深くなっていく。
「”オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス……”」
その呪文を唱える度に、ジョゼフは自分の中身が空っぽであることを自覚する。
――何を考えているか、だと、俺は何も考えてなどいない。
「”ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ……”」
――しいて言えば、そう、退屈なのだ。俺は退屈で仕方がない。
「”ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル!”」
ジョゼフは膨れ上がった空虚な心を外に吐き出すように、その呪文の名を言った。
「”エクスプロージョン”」
ゴウッという音と共に、光が膨れ上がり、目の前にあった箱庭に向かった。
箱庭を乗せた机が光に飲まれると、火柱が立ち上り、強く輝いた。
次の瞬間、そこには大きな穴が開いていた。
十メイルの精巧な地図も、模型も、人形も、跡形もなく消え去っていた。
”虚無”
どの系統にも属さない、伝説の魔法。
エルフが悪魔と恐れる秘儀。それがジョゼフの扱う魔法だった。
「エルフも”大いなる意志”とやらも大したことはないな。目の前に6000年の宿敵がいるというのに気づきもしない」
愉快そうに笑うとジョゼフは天井を仰ぐ。
「ああ、退屈だ。俺と対等に遊べる相手など何処にもいない。だから俺はずっと一人遊びに興じるしかない。そうだ、対等だったのはシャルル、お前だけだった」
まるで嘆くように、彼は言った。
「シャルル、何故死んだ?どうして俺の傍にお前がいない」
答えは既に出ている。
俺が、殺したから
「そうだ、俺が殺したんだ。お前が優しすぎるから!お前を差し置いて王になった俺に!何の嫉妬もない顔で!”おめでとう兄さん”だと!?お前はどこまで俺に優しいのだ。お蔭でお前を殺してしまったではないか!」
ジョゼフは天井に喚きながら泣いていた。泣きながら、心は空虚なままだった。
「ああ、俺の心は空っぽだ。お前を殺して以来、俺は何の感情も抱けなくなってしまった。喜びも、悲しみも、憎しみさえも。だから俺は取り戻そうと決めた。世界を玩具にしてやろうと決めたのだ。お前の妻を魔法の薬で狂わせた。欲深い貴族達を操ってアルビオンを潰した。戦争を起こしたりもした。だが、俺はまだ心を取り戻せない」
泣き、怒り、笑う。目紛るしく表面情の顔は変わっていくが、心はどこまでも動かなかった。
「新しい遊びを始めようと思う。箱庭は燃やしてしまったしな――。この世界には”虚無”が俺を含めて4人いるそうだ。4人だ。そいつらを争わせてみたらどうなるだろうか? まずは前座からだ。トリステインにいる”虚無”に刺客を送った。我が自慢の使い魔に、ガリアの北花壇騎士の手練れ、それにエルフだ!面白そうだろう。そうそう、お前の娘も参加させるぞ。お前に似て魔法の才に秀でている。あいつに学友を殺させたらどんな顔をするだろうか」
ジョゼフは、気づかない。
「感謝するぞ、異邦人。お前のお蔭で舞台が早く整いそうだ。お前がどこから来たのかなど興味はないが、不確定要素には違いない。ゲームは先が読めないからこそ楽しめるものだ。お前が俺の盤上でどのように踊るのか、せいぜい楽しませてもらうぞ」
ジョゼフは、気づかない。
不確定要素の読み間違いに。
自らが唱えた魔法により立ち上る火の音のせいで、オルゴールの曲が変わっていることに。
オルゴールの音色は美しいものから、いつのまにか、まるで無理やり鉄を捻じ曲げて作りだすような不快な音に変わっていた。
それは言葉だった。
そして、警告だった。
”担い手よ。心せよ”
”その災厄は、地の底、深い奈落からやってくる”