ストレンジ・ソルジャー(ゼロの使い魔×FF7) 作:mu-ru
EXTRA-01
船内に鳴り響く警笛の音。
水兵たちの走る乱れた軍靴。
叫ぶ声。湧き上がる悲鳴。
その真っ只中に、花壇騎士はいた。慎重な足取りで木造の狭い通路を進む。
目の前の空間が歪んで見える。ちりちりと、床の木板が悲鳴を上げている。
汗は止まることなく流れ、瞬く間に蒸発する。呼吸をする度に凄まじい熱気が喉に押し寄せてくる。
異常な温度だった。彼は自身の口の周りを水の魔法で保護し、せめて冷静な思考を保とうと努力した。
一体、何がどうなっている。
自分は確かに、サン・マロン港に係留された艦の中にいたはずだった。
いや、その事実は今も変わらない。この廊下の景色自体は何も変わっていないのだから。
しかし、環境が、著しく変化していた。
あのサン・マロンの凍てつくような寒さが消え、火竜山脈の火口にいるような凶悪な熱気が空間を支配している。
彼は苛立たしげに、廊下を振り返った。
横を何人かの水兵が阿鼻叫喚といった様子で駆け抜けていく。
そのうちの一人を捕まえると、彼は話を聞こうとする。
「おい貴様、一体何が起こっているのだ!?」
「き、騎士さま!!」
水兵は肩に縋り付いてくる。尋常ではない怯え方だった。
「お願いです、助けてください!突然、外の様子が変わったと思ったら『あれ』が現れたんです。……みんな、やられちまった。目の前で消し炭になって……あれは、悪魔だ……!!」
「悪魔、だと?」
大きな破壊音とともに、廊下が揺れた。甲板の方から、こちらにかけて。船の甲板が抜けて、『何か』が落ちてきたかのような音だった。
「ひぃ、来たぁぁぁぁ!!」
水兵は転がるように慌てて逃げ出した。
めきめき、と断続的な破壊音がこちらに近づいてくる。
水兵の言うとおり、そこには『何か』がいるのだ。
彼は舌打ちしながら、杖を素早く引き抜いた。冷静にルーンを唱え、戦闘の準備を整える。
上等だ。私は誉高きガリア花壇騎士の一人。悪魔だか何だか知らないが、そんなもの返り討ちにしてやる。
「来い!」
彼は叫んだ。
眼の前で廊下が大きく破裂し、巨大な腕が飛び出してくる。
「こいつは……こいつが!」
彼はその『悪魔』の顔を見た。次に炎が視界を覆った。
それが、彼の最後の意識だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
冬の軍港に雪が降る。
厚い雲は湾港へと鋭く流れ、冷たい潮風を陸地に運ぶ。
薄いブラウンの屋根に、さらりと白い壁が立ち並ぶ海岸線沿いの街。
それがサン・マロンだった。
ここはガリア有数の軍事拠点として知られている。一方を海、三方を丘陵に囲まれたこの街は、外敵に攻められた際には的確な防衛のとれる自然の要塞都市だった。
湾に伸びる桟橋に鉄塔。そして、夥しいほど戦艦の群れ。潮風と雪に白く錆びた鉄塔に括り付けられた戦艦それぞれには、空に浮かぶ浮力となる大量の風石が積まれている。
命令があれば、空へ海へと自由に駆け巡り、ガリアという大国の誇る戦争の道具となるだろう。
名を、”
しかし、始祖の降臨祭を間近に控えた年末。
その湾港で、事件は既に始まっていた。
・ ・ ・
大きな破壊音に、作戦室が揺れた。
「黒真珠号です!」
それは両用艦隊旗艦「シャルル・オルレアン」号での会議の最中。
士官のその報告は、作戦室にいた者全員に焦燥を与えるには十分だった。
「これで十五艦目です」
参謀のリュジニャン子爵が告げる。
「くそう、またか!これではわしの艦隊は戦う前に消滅してしまうではないか!」
両用艦隊の総司令官クラヴィル卿は、机に拳を叩きつけて怒鳴った。
「なぜ、犯人が捕まらないのだ!リュジニャン!先日見つかったあの花壇騎士から何か情報は聞き出せたのか?」
「いえ、依然、意識が回復しません。水メイジによると、延命で手一杯のようです。魔法を使おうにも、あれほどの重体では……」
「役立たずめ、王政府から仰せ使った自分の仕事も果たせぬとは一体どういうことだ」
「落ち着いてください、クラヴィル卿。批判は我らの仕事ではありません」
リュジニャンになだめられ、クラヴィル卿は疲れたような溜息を吐き、ようやく落ち着いたようだった。
「そのとおりだな。今は対策を練るべきなのだ。失礼、話を戻そうぞ、諸君」
そう言ってクラヴィル卿は、会議中だった艦隊首脳陣たちに向き直った。
「トリステイン・ゲルマニアの連合とレコン・キスタ率いるアルビオンの戦争は末期を迎えている。我らガリアがどちらに味方することになるのかは未だわからぬが、来たるべき参戦に備えなければならない今、これ以上の醜態をさらすわけにはいかん」
彼の発言に全員が頷いて同意した。
「よってわしはこの忌まわしき事態に終止符を打つつもりだ。王政府に、新たな応援を要請した。まもなく到着するだろう」
「その応援とは、一体?」
首脳陣の一人の質問に、クラヴィル卿は重い口どりで言った。
「北花壇騎士だ」
その言葉を聞いた途端、首脳陣たちはどよめいていた。
中には嫌悪の表情さえ浮かべる者もいる。
“北花壇騎士”それはガリアでは本来、存在しないとされる騎士団だった。
反乱の監視。貴族の行動の密告、暗殺、処刑に至るまでありとあらゆる汚れ仕事を実行する裏の組織なのだ。時に手段を選ばない彼らのやり方を毛嫌いする将校も多い。
首脳陣たちの反応もそれを考えれば無理からぬものだった。
「諸君らの心中は察する。しかし、我々は空の上では無敵であっても陸の上では釣られたニシンに等しいのだ。この艦隊に巣食う狡猾で邪悪なネズミどもを排除するのにこれ以上の逸材はおるまい。皆、異存はないな」
首脳陣たちを見回すクラヴィル卿に、反論する者はいなかった。
「王政府から使者が参っております」
「来たか」
扉をノックする士官の言葉に、会議室に緊張が走った。
中に通すように告げると、姿を見せたのは金髪の青年だった。
柔軟かつ丈夫そうな黒い服装に身を包み、そして将校たちが何処の戦場でも見たことの無いほど巨大で重厚な大剣を背中に携えていた。
青年がその青い眼光をで部屋を見回すと、作戦室にいた者たちは皆、異様な威圧感に襲われた。何か、人ではない者がそこにいるような感覚だった。
他の人間と同様、青年に圧倒されていたクラヴィル卿だったが、あることに気付いた。
青年は杖を持たず、貴族の証であるマントさえ羽織っていない。
つまり、この男はメイジではないのだ。
「王政府には“騎士”を要請したはずだ。平民の傭兵など呼んだ覚えはないぞ!」
クラヴィル卿が怒鳴った。しかし、仮にも艦隊を総べる司令官を前にしても、青年に怯んだ様子はない。むしろ、うんざりした様子で言った。
「違う、騎士はこっちだ」
何回間違えられるのか、という調子で青年がそう答えると、その影から年端もいかない少女が姿を現した。
青い短い髪、その小さな顔に赤い縁の眼鏡をかけている。
どこかの魔法学院のものと思われる制服を着た少女の手には節くれだった杖が握られていた。
「北花壇騎士タバサ。王命により参上」
その言葉に凍りつく作戦室の空気に悪びれた様子もなく、彼女は平然としていた。
・ ・ ・
「いきなり説教を喰らうとは思わなかったな」
「申し訳ありません。わざわざ出向いていただいたのに」
作戦室を出て、タバサとクラウドは「シャルル・オルレアン」号の廊下を歩いていた。
クラウドに上司の無礼を詫びるのは、二人の案内を任されたという甲板士官のヴィレール少尉だった。
タバサの姿を見た途端、クラヴィルとかいう総司令官が激怒したのだ。どうやら自分の面子を丸潰れにされたと感じたらしい。あの後、散々よくわからない文句をぶちまけると「さっさと仕事をして来い!」と二人を作戦室から追い出してしまったのだ。
まあ、無理もないとクラウドは思った。期待して呼んだ“騎士”が年端もいかない少女では、失望が大きかったに違いない。逆にタバサの方は特に気にした様子もない。彼女にとってこの反応は慣れたものなのだろう。
そういう意味では、今一緒にいるこのヴィレールという若い士官は、年下のタバサに対しても侮った態度を見せないので、むしろこちらの方が珍しいのではないかとクラウドは思った。
「しかし、どうかご理解いただきたい。我々の状況はそれだけ切迫しているとも言えるのです」
深刻な雰囲気を漂わせてヴィレール士官が語る。彼もこの艦隊で起こる事件に憂いを覚えているようだ。
「トリステイン・ゲルマニアの連合国軍とアルビオンとの間で戦端が開かれている昨今、我が艦隊は、船が突如、何の前触れもなく爆発するという事件が多発しています。これまでに、十五もの艦が消失しています。これ以上破壊されれば実際の戦闘にも支障をきたしかねません」
船内の狭い廊下を出口へ進みながら、ヴィレールは報告をする。
「原因のめぼしは?」
タバサが質問する。
「人為的なものであることは間違いありません。爆発はどれも火薬庫を中心に起こっていますから。しかし、それが直接火を点けたのか、それとも魔法による犯行なのかはまるで掴めていません」
「ここまで被害が出ているのに、犯行方法さえわからないのか?」
クラウドが疑問をぶつけると、ヴィレールは苦い表情になった。
「ええ……、ですが最近になって魔法による犯行であることが有力視されてきています。実は、あなた方がいらっしゃる前に、東花壇騎士の方が一名、今回の事件のために派遣されていたのです」
その情報については任務の前に書簡により知らされていた。
この事件では既に他の騎士が任務に就いていたのだ。
「行方不明になったと聞いている」
タバサが口を開く。
「はい、一時消息が分からなくなっていたのですが、先日、重体で発見されました」
「犯人に襲われた?」
「おそらくは」
そこまで聞けば、クラウドにも予想はついた。
「つまり、魔法を使えない人間に花壇騎士を倒すことは不可能ということか」
「その通りです」
ヴィレールが頷いた。
「当初、我々は艦隊増強の際に大量に雇いいれた平民たちの中に犯人がいると考えていました。しかし、花壇騎士が倒されたとなると話は変わってきます。平民がメイジ、その中でもエリートである花壇騎士を倒すことなど、まず不可能ですからね。同じメイジによる犯行を疑わざるを得ません」
「ただ、そうなると、数は限られる。普通、メイジは貴族しかいない」
タバサが繋げて発言すると、ヴィレールが落ち込んだ顔で項垂れた。
「はい……、我々貴族士官にも疑いがかけられています。でも、貴族士官は七百人ほどいますが、昔から勤務している方が多くて、身元はしっかりしていたはずなんです。
裏切り者がいるかもしれないなどとは、考えたくもありません。内部ではこのことが原因で疑心暗鬼が広がっているくらいです」
甲板まで上がると、艦隊旗艦であるこの「シャルル・オルレアン」は周りの戦艦より一回り大きいため、サン・マロンの港をよく見渡すことができた。雪の降りしきる中、全長五十メイルにもなる戦艦が桟橋沿いに並べられていた。
これらの戦艦には船を浮遊させる風石と呼ばれる魔石が積まれており、その力で空を自由自在に航海することができるらしい。
空海両方で展開可能なハルケギニア最強の艦隊……、この現状では皮肉でしかありませんが。
ヴィレールがそう自嘲めいて答えた。
風石……その媒介を通して効果が発揮される点から、性質としてはマテリアに近い物質なのだろうか、と考える。
(飛空艇を思い出す光景だ)
眼下に広がる軍港に、クラウドは新羅軍の海の拠点だったジュノンの街を思い出していた。
新羅の兵士だった頃も、その後も、あの街には様々な機会に訪れることが多かった。
記憶に残る映像は、ジュノンの巨大なエアポートに係留された飛空艇ハイ・ウインドの圧倒的な光景。そしていつか それに乗りたいと語っていた“彼女”の後ろ姿。
今はただ、懐かしい過去。
戦艦の周囲、かつてはクラウドもそこで働く一人だった場所で、士官や水兵達が作業に忙しく動いている。次はどの戦艦が狙われるのか、彼らはそれを恐れながら働いているのだろうか。
「外部の介入なしには、我々にはもはやどうしようもありません。お願いします。どうか事件を解決してください」
ヴィレールの言葉に、タバサが白い息を吐き出しながら言った。
「現場に案内して」
・ ・ ・
二人はヴィレールに案内されて、まずは破壊された戦艦を一つずつ回っていくことになった。
立ち入りを制限するためのロープを潜ると、現場の一つに辿り着いた。
見ればぐにゃりと変形した鉄塔があり、辺りには、油の強い臭いが潮風まじりに漂っている。
「こちらはグロワール号が爆破された現場です。この時は立て続けにもう一隻別の戦艦がやられました。……あの時はひどい騒ぎでした」
地面には一面、煤焦げた跡がこびりついている。爆破された戦艦の周囲は後片付けも済んでいないようで、吹き飛ばされた船の残骸が散らばっており、当時の被害の大きさが想像できる。
そのグロワール号跡で熱心に祈りを捧げている女性がいた。
近づくと彼女は立ち上がってこちらに頭を下げる。
二十歳ほどの若い女性だった。頭の上で縫い上げた金髪。藍と白の衣を羽織っている。
恰好を見るに神官のようだ。
「彼女は?」
タバサが尋ねた。
「この爆破された戦艦の艦付き神官だった女性です。シスター、こちらは今回の事件の為に新たに派遣された騎士さまです」
「リュシーといいます。騎士さま。前任の花壇騎士さまの件はお聞きしています。とても残念な出来事でした」
「あなたはここで何を?」
「この艦に乗船していた方たちへの祈りを捧げていました。戦も始まらないうちに亡くなってしまい、彼らも無念だったでしょうから」
リュシーは鎮痛な面持ちで語った。その様子はまさに死者を悼む誠実な神官そのものだ。
(……?)
しかし、なぜだろうか。クラウドはそのとき妙な違和感を覚えていた。
そんなリュシーをじっと見つめていたタバサが、唐突に質問した。
「あなたは告解を受け持つの?」
告解とは、罪を犯した人間がそれを告白することで神から赦しと和解を得るための行為である。神官はそれを聞く立場にあり、役職の中でも特に重要なものであると位置づけられている業務だ。
リュシーが頷いて肯定すると、タバサは続けて訊いた。
「手がかりになる事を聞いていたら、私に教えてほしい」
「それは……お答えできません」
「どうして?」
リュシーは目を瞑って首を振る。
「秘密の厳守です。神官であるわたくしが信者の秘密をもらしてしまえば、その方は己の罪と向き合う場所をなくしてしまいます」
「無駄ですよ、特位少佐。彼女たち神官が、告解に来た人間の秘密を漏らすことはありません。我々が捜査協力を要請したときも同じことを言われましたよ」
棘のあるヴィレールの言葉にリュシーが厳しく反応した。
「当然ではありませんか!人を正しく導くのが神官の役目です。たとえ犯罪者でも、神の御子であることに変わりはありません。貴方もご存じのはずでしょう。神の教えをなんだと思っているのですか、ミスタ・ヴィレール」
「も、もちろん、わかっていますよ、シスター。ただ、私は、そもそも犯人が神官に罪を告白などするはずがないと言いたかったんです」
「そう言わず、頼まれてくれないか?」
ヴィレールが慌てて言いつくろうところで、クラウドが口を挟んだ。
「あなたは?」
「この子に雇われている。しがない護衛さ」
リュシーに今の肩書きを名乗ると、クラウドはタバサの頭に手を置いた。
「こんな成りをしているが、この子は優秀だ。手がかりを掴みさえすれば、すぐにでも事件を解決できるだろう。どうか協力してやってくれ」
ぽんぽんと、タバサの頭を軽く叩きながら言った。
「なっ……」
「まぁ……」
ヴィレールとリュシーが目を丸くする。タバサに対する態度が、まるで子供に接しているような気軽さだったためだ。少なくとも、雇い主である貴族にするようなものではない。
「………」
タバサは無言、しかし、どうやら不服そうであった。
それを見て、リュシーはクスクスと笑いだした。
「とても仲がよろしいのですね。従者さん、あなたのお名前を伺ってよろしいですか?」
「クラウド・ストライフだ」
クラウドは手を差し出して言った。
「わかりました。ミスタ・ストライフ。さすがに告解の内容は語れませんが、気がかりなことがありましたら、お二人にお伝えします」
リュシーがその手を握って握手を交わした。
そのとき、ズキン、と。
わずかな頭痛がクラウドに起こった。
一瞬、何かの光景が映る。
炎。
紅い光。
佇む大きな影。
「どうか、されましたか?」
立ち眩むクラウドに、リュシーが不思議そうな表情で訊ねてくる。
「いや……なんでもない」
「大丈夫ですか?……捜査のあまり無理をなさらないようにしてくださいね。どうか、あなた方に、神のご加護がありますように」
彼女は優しい笑顔を浮かべてお辞儀をすると、その場を去っていった。
「……まったく、相変わらず仕事熱心だ。それも彼女の出自のせいかもしれませんが……」
「出自?」
リュシーの後ろ姿を眺めて呟くヴィレールに、クラウドが問いかけた。
「ええ、彼女は神官になる前は貴族の子女でしてね。ある事件をきっかけに洗礼を受けて出家した経歴があるんですよ」
「ある事件、というと?」
「それを私の口から述べるのはちょっと……」
ヴィレールはばつの悪い表情を浮かべる。
「実は彼女、その経歴が理由で、今回の事件の当初に取調べを行っているんですよ」
「容疑者の一人だったのか?」
「いえ、今は疑いが晴れています。魔法による尋問を行ったのでそれは確かです。ただ、我々にとって神官を疑うというのは少々後ろめたいものがありまして……、詳しく知りたければ捜査資料を伺ってください。……しかし、貴方はクラヴィル卿に謁見していた時もそうですが、何というか、肝が太いですね。いえ、皮肉ではなく」
「図々しいくらいが丁度いいんだ」
クラウドは適当にはぐらかすように答えた。
「はぁ、そんなものですか……。私にはわかりかねますね」
クラウドはリュシーの祈っていた場所を見る。
彼女に触れたときに見た光景。
あれは、一体何だったのだろう。
・ ・ ・
「もう少し立場を考えてほしい」
拗ねたように、ぶすっと頬を膨らましてタバサが言った。
「何がだ?」
「あなたは従者。人前であの扱いは、私の示しがつかない」
夜になって二人はシャルル・オルレアン号に宛がわれた客室へと戻り、食事をとっていた。
食事のメニューは塩漬けの肉にナツメヤシ、そして硬いパンという、貴族士官の食事にしては貧相なものだった。おそらく、あの艦隊総司令官の遠回しな嫌がらせなのだろう。
もしこの場にタバサの使い魔がいれば、彼女なら全力で抗議したかもしれないが、クラウドもタバサもそんなことにいちいち不服に感じる人間ではなかったので、特に気にせず食事にありついていた。
それよりもタバサは昼間の子供扱いについて文句を言おうとしていた。だが肝心のクラウドはなにやら羊皮紙を眺めていてタバサを見てもいない。
無視されている。そう感じてタバサは腹が立った。
仕返しとばかりに、クラウドの皿にある塩漬け肉をひょいと奪いとってやる。
彼はまだ気付いていない。いい気味、とタバサは密かに思った。
ところで、クラウドが今手にしているのは、爆破された船のリストが記されたものである。
この世界に来た当初、クラウドはタバサたちハルケギニアの人間と普通に会話することはできたが、文字を読むことは何故かできなかった。
これについては、ルイズの使い魔であるサイトも普通に会話ができていたことから、召喚のゲートをくぐる時にこちらの世界の人間と意思疎通ができるように何らかの仕掛けが施されているのではないか、とタバサは推測している。
そのため、クラウドは旅の途中で空いた時間を見つけてはよく文字の読み書きを練習するようになった。最初はタバサが教えていたのだが、彼は驚くほど覚えが早く、今では一人である程度までハルケギニアの文字が読めるようになっていた。
「それで」
クラウドが羊皮紙から顔を上げたので、タバサは素早く表情を隠し、食事に戻った。
ここは船の中だが、クラウドが船酔いしている様子はない。乗り物酔いも船が停泊している分には平気なようだ。
「どうやら、事件が始まってだいぶ経っているみたいだが、これからどうするんだ?」
タバサはテーブルの上にフォークを置くと、まず結論から述べた。
「犯人が誰なのかは、すぐにわかりそうな気がする」
「本当か?」
「私、優秀だから」
多少の皮肉を込めて、タバサは自慢げにその小さな胸を張る。
それを見て、クラウドは思わずといった様子で笑いを零した。
「……何か、おかしい?」
「いや、な、今の表情が似ていたんでな」
「誰に?」
「シルフィード。初めて会ったとき、俺に褒められてそんな顔をしていたんだ。
使い魔と主というのは似ているものなんだな」
タバサの脳裏に、己の使い魔が、バカっぽく、ぴょんぴょん楽しそうに跳ねている姿が思い浮かんだ。
あれと、同じ?
「………」
「なんだ、嫌そうな顔して――「そんな顔はしていない」
上から言葉を重ねて、タバサは即座に否定する。
「そうか」
「そう、似てはいない」
「………」
一時の沈黙。
こほん、と空咳。
「……話を戻す」
「そうしよう」
クラウドが同意した。
「王政府に恨みを持つ人間は星の数ほどいる。ただ、ある程度には大別できる。一つは新教徒」
「新教徒?」
「ブリミル教から派生した新宗教派の人たちのこと。主に貧困層で布教が広まっている。現在の寺院と貴族が強く結びついた体制に不満を持っていて、寺院の改革を目指している。でも、それが原因で禁教として迫害されている立場にある。彼らはこれまでにも数々の事件を起こしていて、今回の件でも関係が疑われているはず」
宗教が権力者の為に存在するのは、よくある話ではある。
「動機としては十分か。ただ、貧困層に広まっているなら平民が主体だろう。メイジが犯人だと疑われている今回の事件には関係ないんじゃないか?」
タバサは首を振る。
「そうでもない。貴族の妾の子など、メイジの血が混じることで魔法が使える平民も珍しいことではない。おそらく、この艦隊の士官たちは未だにその可能性を信じているはず」
「成程、身内を疑わなくていいからな。それで、次は?」
「二つ目は現在起こっている戦争の関係国。トリステインとゲルマニアの連合軍、もしくはアルビオン軍のどちらかの勢力。ただ、これは考えづらい。交渉次第で味方になるかもしれない国に対してこれほど過剰な破壊工作をしてくるとは思えない。そして三つ目の勢力は――」
ここでタバサは俯いて言葉を区切った。
「どうした?」
「……私は、この三つ目の勢力が今回の事件に関わっていると考えている。ここは、まだ上手く話せない。これ以上は私の中でも上手く考えがまとまっていない」
それでも、はっきりしていることだけを告げる。
「でも、もしそうなら、おそらく私の髪の色が答えを教えてくれるはず」
「……そうか」
それを聞くと、クラウドは大人しく引き下がる。
「どちらにしろ、犯人はじきに知れると思う。ただ、まだよくわかっていないことがある」
「例の花壇騎士か」
タバサが頷いた。
「私たちよりも先に、この事件に関わっていた彼が何をしていたのか。それを調べる必要がある。もしかすると犯人に関する情報を掴んでいたかもしれない」
「了解した。じゃあ、俺もしっかり自分の役割を果たすとしよう。だから、どうか今日はその塩漬け肉で勘弁してくれ」
気づかれていたか。
タバサはぷいとそっぽを向いて、何のことかわからない振りをした。