やはり転生オリ主の青春ラブコメもまちがっている。(リメイク) 作:ヒラメもち
一度、屋外に出た。
すでに天気はよく、気温も上がってきている。
ヒトデやタコ、ナマコと言った生き物に触れるコーナーが用意されていた。休日は多くの子どもで賑わうことだろう。冷たい水に手を入れて、グニュグニュとした不思議な感触をちょっとだけ楽しむ。
「あっちはなんでしょう?」
「日替わりのコーナーみたいですね。」
「行ってみよ!」
暇そうにしていた飼育員さんの許可を貰ってゲートをくぐる。
そのときに、2本指でそっと触ることを説明されたし、あまり触りすぎるのはよくないことらしい。今日はネコザメとホシエイのようで、雪ノ下先輩が一番に興味を示している。
「ネコザメ…これが……? 手触りは舌に似ているかも。」
「いつき、これ触っても大丈夫なんですかね。どくとか。」
おそるおそる触ろうとしているいろはは飼育員さんに確認してほしい。
「ニャー……いえ、シャー、かしら……」
「えいっ!……あっ、なんだ」
エイも予想していたよりずっと大人しいようだ。
いろはは2本指をゆっくりと動かしている。
「じゃあ、あたしも……ひゃあ!?」
触ったところが問題だったのかほんの少し動くと、由比ヶ浜先輩が手を咄嗟に逃がす。同様にいろはもビクッとして、手を水から出す。
「水、かからなくてよかったですね。」
俺たちも腕捲りをして、壊れ物を扱うように優しく触れる。先輩は猫を飼っているようなので、撫で方が上手だ。もちろんそれが魚に合っているかは知らない。
さて、猫の舌とサメ肌が似ているかどうか、俺にはわからなかった。
「そろそろ、行きます?」
「…おお、そうだな。」
真剣に確認していた先輩には悪いが、飼育員さんに言われた通り手を石鹼で洗ってブースから出ていく。
「ペンギン! ペンギンですよ!」
「わぁー、かわいいー!」
先ほどまでと違って、ここには多くの人が集まっている。
どうやら飼育員さんたちによる餌やりが行われているようだ。
「やだなにこれ超可愛いんですけど。小町に写真送んねぇと。」
「いや、帰ってからにしてくださいね。」
試験中だろうに。
氷に見立てた岩山でよちよち歩きし、海水のプールで泳ぎながら小魚を嘴に咥えている。
「すごいすごい!泳いでるよ! まるで鳥みたいだね!」
「そもそもペンギンは鳥なのだけれど。」
「言われてみれば……いえ、鳥ですよねー!」
「し、知ってたもん。」
たぶん2人はペンギンが魚と思っていたのではなく、鳥とペンギンの包含関係が分かっていなかっただけだ。
2匹だけで寄り添い合っている、フンボルトペンギンの夫婦を一瞥する。
「あっ、もしかして、あっちって赤ちゃんじゃないですか!」
「ほんとだ!かわいいー!」
一般的なサイズよりずっと小さいペンギンの集団がよちよち歩きしている。まあ、飼育員さんの話によると、フェアリーペンギンという種類で、すでに大人らしい。次にオキアミの餌やりが始まったことでさらに盛り上がっている集団から、俺も離れる。
「あら、一色さんは?」
「別に、いつも一緒ってわけではないですよ。」
「……そうなのね。」
屋内に入って次の場所は『海藻の林』。
薄暗く、水槽の中では赤い海藻が鬱蒼としている。
熱帯魚やマグロ、そしてペンギンと比べて、ここの魚に華やかさはない。海藻に隠れるようにひっそりと自分の生活をしている。刺激を求めることはない静かな魚たちに、多くの人が地味さを感じることだろう。
したがって、この静寂に留まっているのは俺と雪ノ下先輩だけである。
「月村君には、どう見える?」
この水槽の中で一際目立つ魚は悠々自適に泳いでいる。
そんな魚を目で追う、雪ノ下先輩の儚い瞳を、俺は見た。
「そういうものなんだな、って。」
「どういうこと?」
「俺には、誰かの生き方を変える力なんてないですから。もし、きっかけになってくれたのなら、嬉しいですけどね。」
誰かの力になれるだとか、子どもを成長させられるとか。
そういうことをして、そういうことがしたくて、結局はその『過程』と『成果』に関わって自己満足したくて、ここまで進んできてしまった。
「でも、奉仕部もそういうものなんでしょう?」
「そうね。あくまで手助けをするだけ。願いが、叶うかどうかは……」
言葉を続けることはなく、水槽のガラスに静かに手を当てる。
「由比ヶ浜先輩のことは、好きですか?」
「ええ。」
「それなら、だいじょうぶそうですね。」
「ありがとう。」
どうやら肩の重荷が1つ取れたようだ。
もう1つについては雪ノ下先輩次第だろう。
「そういえば、あなたとこうして話したことはなかったわね。」
「まあ、そうですね。」
「初めて会った頃は、不愉快だったかしら。久しく感じていなかったことだったわ。」
懐かしそうに微笑む。
こういうときの雪ノ下先輩は、本当に楽しそうだ。
「今はマシになってます?」
「そうね、変われたみたいね。」
たぶん独りのままでは、変わることはなくそのまま卒業していた。
「もうっ、先に行ってたんですかー?」
「ゆきのん! ここってなんなの?」
「カリフォルニアの海を再現しているみたいよ。」
「へぇー、なんか森みたい!」
一際目立つ魚には、今は数匹の魚が寄り添うように泳いでいる。
ゆったりとした1つの空間をこの5人で楽しむ。
「……次、行くか?」
「うん!」
「ええ。」
最後のブースは、東京の海の生き物のようだ。
建物内はずっと明るくなっていた。
「えへへー」
「ちかい……」
先輩の口元がほころんでいた。
さっきまで見てきたブースより、ありふれた感じがする。
多くの人が満足げに少し早足で出口へ向かっていくが、俺たちは1つ1つ大事に見ていく。
「ゴール!」
レストランやショップがあるフロアに出る。
出口と入り口は隣り合っていて、またハンマーヘッドシャークのところまで戻るようだ。
「先輩、お腹空いてませんか?」
「まあまあだ。」
時間は16時を過ぎている。
昼食を食べるのが早かったこともある。
「食べていきましょうか。」
「さんせーい!」
さて、普段のいろはなら、値段が高めに設定されている観光地レストランで食事をするのは避けるだろう。それでも、この水族園で夕食を済ませようとする理由は察することはできるし、俺たちも同じことを考えている。
マグロカツカレーかマグロカツスパゲッティを、各自注文した。
****
駅の改札口を抜けてすぐ見ることのできた観覧車だ。
平日夕方ということもあって、俺たちくらいしかいない。
110m以上の大きさを持つ観覧車を見上げるだけで、足がすくむ。
先輩たち3人と、俺たちに分かれて乗り込んだ。
少しずつ上がっていく高度に、俺もいろはもそわそわする。
「ジェットコースターとか、大丈夫じゃなかったんですか?」
「いや、あれは別物だから。」
このゴンドラが落ちないかどうか不安になる、そういうことが言いたい。
長時間拘束され続けるこちらが、ヒヤリハットである。
風でゴンドラが揺れ、ヤバい音が聞こえてくるのは気のせいだろうか。
公園の各地で工事をしていたし、老朽化もありえる。それある。
「今、どれくらい?」
下の景色を見たら、さらなる醜態を見せてしまうだろう。
またそんな不安に駆られる。
頬に柔らかい感触が当たった
「ん……ふふっ、隙だらけですね。」
白くて綺麗な頬が、夕日に染まっていた。
「そろそろ、一番上ですよ。」
彼女を視界にちゃんと入れて、その風景として千葉の街並みを見る。
「いつも、助けてもらってばかりだな」
「わたしも、ずっと、いつも……」
染まる頬、潤んだ瞳、優しい香り、ふわっとした亜麻色の髪、
一度見えなくなる。
柔らかい唇、熱だけを感じる
「……もう、終わっちゃいますね」
「続きはまた今度だな」
「はい」
ゴンドラを降りて、先輩たちと合流する。
言葉はなく、由比ヶ浜先輩が先導してたどり着いたのはクリスタルビューである。
水族園に来た時よりも、夕日によってさらに海は綺麗になっていた。
「少し、あっちに行ってましょうか?」
「ううん、いろはちゃんやツッキーにも聞いてほしい。いいよね?」
確認を取り、雪ノ下先輩も頷いてくれる。
一歩下がって3人の行く末を見守る。
「これから、どうしよっか? あたしたち。」
「……どういうことだ?」
2人がポーチから出した物を、先輩の手をそれぞれ取って、その上に置く。
「「これ……」」
無色透明のセロハンの袋が2つ。
不揃いな形のクッキーと、綺麗な形のマカロンが手渡された。
優劣などはない。
努力や真剣さ、そして想いを籠めている。
『好き』と、言葉で伝えない。
誰よりもずっと先輩のことを知ろうとしているから、わかるのだろう。
「いろんなこと、あったね。」
「ええ。今まで生きてきた中で、一番早く過ぎていった1年だったわ。」
「……結構、早かったな。」
俺の青春もいつからか圧倒的に加速した。
停滞していたいけれども、この日々は、手から零れ落ちるように思い出となっていく。
「ゆきのん、あたしね。ここにいるみんなが好きなんだ。だから、どうすればいいか全然わからないの。」
「私もよ、由比ヶ浜さん。これだけじゃない。姉さんの後ばかり追ってきたから、将来のこともだわ。」
「俺も……」
先輩は、俺たちの方を一度見る。
そして、真剣な表情で2人にまっすぐ向き直る。
「俺も、ちゃんと考える。だから、ちゃんと考えてほしい。」
どうしても『本物』を求めてしまうから。
「わかった!」
「待っていて。」
黄色い菜の花は、今ちゃんと咲いている。
しかし春に咲くチューリップの色は、俺たちはまだ知らない。
「ゆきのん、がんばろうね」
「そうね、がんばりましょう」
今わかることは、
先輩がどの選択をしたとしても、2人の絆は決して途切れることはないということだ。
そこだけは、もうまちがわない。