ワールドトリガー連載再開おめでとうございます。
これでようやく先の展開が少しかわかるので、続きが書けます。
と、言っても書き直しするんですけどね。
ただ、昔のように1日一話はおそらく難しいと思います。
いやぁ、昔の私は一体何してたんでしょうね。
よっぽど暇だったんでしょうね。
如月結城は金髪少女である。
砂が混じった強い風が頬を掠める。荒野に一人黒衣の騎士が立っている。立っているのは騎士だけ。辺りに転がる者達は、誰一人として起き上がろうとはしない。生臭い血が辺りを穢し、噎せ返るような匂いが風に流されていく。積みあがった死体に一体一体剣が突き刺さっている。その剣は刃こぼれしていた。騎士は手にしていた黒い剣を突き刺した。ざりっと土蹴る音がした。
「ば、けもの……。この、化け物!!」
左腕を無くした少年がそう叫んだ。恨みを込めて、憎しみを込めて。彼はそう叫んだ。騎士は視線をその少年の方へ向けた。身体の半分以上を赤色に染め上げ、左腕からはダラダラと血が流れ出ていた。
もう長くはない、剣を突き立てるまでもないか、と騎士は少年を考えた。
「何で、何でこの国に来たんだよ!」
「何故? 簡単な事よ。この国は今、一番玄界に近い。この国を潰したら、玄界に兵器を送る国が減るでしょう? そうなれば、私のような犠牲は減るもの。」
仮面で見えない騎士の目元を見ることは出来ないが、形の良い唇は笑みを作っている。
騎士はその見た目ににつかわない思考を持っている。何かを守る事に重きをおくのが騎士ならば、目の前の黒衣の騎士は何かを壊す事に重きを置いているようだった。ただ、目の前の者はたしかに騎士だった。騎士は祖国の住民を守ろうとしていた。
しかし、それでも守るべき何かを失った騎士は、振う剣の先に何がいるのか最早気にする事は無い。向けた剣先が自分の方を向いていたとしても、騎士にはとうに過ぎた事。騎士の手の中には、騎士の命さえありはしないのだ。
「もう直ぐで楽になる。その焼ける様な憎しみから。」
もう直ぐ解放される。
騎士の言葉に少年は恨み言を吐いた。最後、少年は涙を流しながら何かを叫んでいた。しかし、彼の体の中にあるトリオン器官が侵され奪われ、少年はぐったりと倒れた。虚ろに目を開けた少年から略奪の呪いが霧散していく。騎士は少年の目に手を当てて、そっと瞳を閉じた。それを皮切りに黒トリガーは次々に死体からトリオンを略奪し始めた。多くの玄界の住民がそうされてきたように、黒トリガーは侵略し略奪をした。
この光景は何度も見てきた。まるで復讐のように、彼らのしてきた事と同じように、黒トリガーはトリオン器官を蓄えていた。
何もかも無くなってしまったその場所は、ただ孤独を強調していた。誰も住む事が無くなったこの国は、一体誰が支配するのだろうか。それは分かりきった事だ。私の後ろをぞろぞろとついて来ている軍団がいる。そいつらがこの国に残ったトリガーを回収するだろう。その後、きっと誰かが移住してくるんだろう。
突き刺さっていた剣が黒い霧となって霧散した。騎士は手に持っていた特殊なトリガーを地面に置いた。騎士はこれを手にする為だけに国を一つ滅ぼした。
これは対価。国を一つ滅ぼした、功績。
騎士は知っていた。この国を滅ぼした後は、彼の軍団が自身を殺しに来るという事を。しかし、それを知らせてくれた者がいた。大切なはずの祖国を裏切ってまで、彼は騎士に自国への帰り道を示したのだ。騎士が行方を暗ませることで、これ以上の近界の混乱を回避しようとしたのだろう。
もしかしたら、彼の軍団は彼女の自滅を目論んでいたのかもしれない。しかし、この国は元々小国。黒トリガーを所持していなかったからこそ、黒衣の騎士はたった一人で制圧できたのだ。
騎士は口には出さず、彼の紳士に礼を言った。
トリガーを起動させる。真っ黒な球体が出現した。
「この先が、玄界。」
騎士は黒トリガーを解いた。肩に付くほどの金色の髪、深い海色をした瞳。その声音は、女の物だ。若く、幼さを残した声が風が攫う。少女は黒い球状の
昔、当時の事は何も覚えていないけれど自分は確かにこれを通ったはずだ。懐かしいとも思えないその先には、やはり懐かしいとは思えない風景があった。
そこは酷く壊された、記憶にない故郷であった。
★
「初めまして、如月結城と言います。最近まで外国で生活をしていたので皆さんに迷惑をかける事が多々あるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いします。」
軽く頭を下げた少女は、綺麗な金色の髪を持った少女だった。ぱちりと開いた蒼い瞳は柔らかく細められ、少しだけ上がった口角が笑みを作り出した。外国で生活していたという割に、少女の言葉は丁寧で外国人特有の訛りを感じさせることはなかった。それでも深い青の瞳の奥は酷く深い闇だと、ある少年はそう感じた。
少女の席は窓側の一番後ろの席だった。クラスの中では日当たりの良い恵まれた部屋として人気の高いその場所はあまり少女に取って重要性を感じる事は無かった。
少女が学校に通うのはこれが初めてだったからだ。
しかし、少女は図らずともそのクラスの中でちょっとした注目の的になっていた。今は10月。日本人の感覚したらあまりにも中途半端な時期に来た転校生なのだ。それに帰国子女となれば、外国に憧れを持っている10代の子供にはあまりにも好奇心を擽られるネタだった。
それに最近、近界民に攻め込まれたばかりで人口減少の一途をたどっている三門市民からすれば、あえてこの街を選んだ人間の事を知りたいと思うのだ。それはこの街の特別な事情を知っていながらも三門市に近付いた彼女は、つい最近世間に知られた界境防衛機関ボーダーの関係者と思われるからだ。
子供達の中の想像がまた想像を膨らませた。
「如月さんって、何処から来たの? イギリス?」
「イギリス? いいえ、違うわ。」
少女は首を振って答えた。
「えぇ、じゃあどこ?」
「色々な国。沢山の国を見たわ。豊かな国や貧しい国。本当に、沢山の所を。」
少女は眉を八の字にして他の生徒達の質問に答えていった。その答えに具体性は無く、彼女はのらりくらりと質問を躱していった。そんな事をしていれば予冷が鳴り、人々はあまり熱が冷めぬまま自分の席へと戻って行った。彼女はその様子に小さく溜息を零した。少女は真新しい教科書に視線を落とした。その視線は恐ろしく冷めていた。
学校が終わり、少女は中学校についていた。一緒に帰ろうと言ってくれた生徒がいたが、今日は色々と忙しいのだと断った。仕事をしている教師以外、学校の中にはいない。先程まで校庭で野球をしていた少年たちはとっくに帰路につき、騒がしさは何処かへと連れていかれてしまった。
日が落ち、すっかり暗くなった学校の屋上に少女が立っていた。屋上は危ないと言う理由で立ち入りが禁止されている。勿論守衛がカギをきちんと管理し、いつもは誰も屋上へ上がる事は無かった。しかし、彼女は人生の中で身に付いてしまったピッキング技術を如何なく発揮した結果だった。
少女の瞳にはつい最近出来た真っ白な直方体の建物が映っていた。微かにぶれる左目がその建物を捕らえて離さない。あの子があの建物を捕らえて離さないのは、そこに怨念があるからなのだろうか。
彼女達が幼い頃、あれがあったなら、あんな目に会う事は無かった。なんて、他人任せなことを考えずにはいられない。彼女達以外にも、故郷に帰れず、苦悩し心を壊してしまう人は減った事だろう。
少女は見ていた。希望を無くした多くの人々を。希望が無くなれば最後に残るのは絶望だけだ。望みは絶たれ、先を見失う。その中で人は初めて深淵を見るのだろう。少女がいた国は時折、沢山の内臓を持ち帰ってきた。本来視認できない心臓の近くにある特別な器官。それは内臓であるのに赤みが掛かった血生臭い物では無い。しかし、しっかりと内臓なのだ。少女たちが初めてそれを見た時、臓器売買の現場を目撃させられている気分だった。
いや、実際はそれよりも性質の悪い物であるのだろうけれど。
ただ、それでも少女の隣にいた黒髪の彼女はそれを見る度に泣いていた。大量に運ばれてきたそれを見る事の出来る黒髪の彼女は、あの中に知り合いがいるかもしれない、と。少女はその度に黒髪の彼女を抱きしめて慰めた。黒髪の彼女は自分が内臓を取り出されずに生きている事を苦痛に感じていた。それは正しい倫理観だ。
少女には、その行為に何か罪悪感などを感じる事は無かった。それは、終わりの見えない戦いに身を投じざるをえなかった状況への逃避なのか、将又その時には少女の心が壊れていただけなのか。少女には判断のしようがなかった。少女は医者では無いのだから。
「帰りたい。」
生まれた故郷に、帰りたい。帰属本能はどんな動物にも必ず備わっている物で黒髪の彼女の言葉は決して珍しい物では無いだろう。でも少女にはそれが理解出来なかった。それは恐らく、少女に取って
しかし、帰りたいと思うその心は決して間違ってなどいない。正しい友好関係を結んでいた彼女だからこそ、そう望んでいたのだろう。
少女はすっかり暗くなってしまった夜空を見上げた。制服の上から逆十字のチョーカーに触れる。この中にいる彼女が故郷に帰ってこられた事で疼いているように思える。
「そんなに良い所なのかしら、玄界って。」
数日ここで過ごしているが、少女はそんな風に映る事は無かった。徹底された学力社会である玄界では、学校に通っていなかった少女が圧倒的に不利なのだ。それならば、学力の関係ない近界で傭兵生活をしていた方が、少女には幾分か生き易いのだ。それになにより、日本と言う国は調べた結果、素人が差し込めるだけの甘さが無い。戸籍のない少女にはお金を稼ぐ手段がないに等しいのだ。
「漸く、漸く帰ってきたよ。少し時間が掛かっちゃったけど、ここが貴女の生まれた町。帰りたいと願った場所。少しだけが壊れちゃったみたいだけど、大丈夫。日本は『ぎじゅつたいこく』なんだもの。きっとすぐになおしてしまうわ。貴方は何時もそう言っていたものね。」
制服のポケットの中から取り出したすすけたネームプレート。白い紙には、平仮名で『きさらぎゆうき』と丁寧に書かれている。彼女に吹き荒む風は、凍える様な冷たさを運んでくる。慣れない寒さに身震いをする。
「さて、貴方の手がかりを探さなくてはね。」
少女はそう言って屋上から出て行った。