nameress −改訂版−   作:兎一号

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女狐の作戦①

 刈谷という名前は、もともと私のものではなかった。物心がついたころ、車に轢かれそうになった私を庇って本当の父親が死んだ。それからすぐに母親は新しい父親を見つけてきた。彼は優しい人だったし、その血を引いた兄もまた優しい人だった。でも、私はそんな彼らを好きになることは出来なかった。家族になるつもりは一かけらもなかった。そうしているうちに、母が病気で死んで、近界民(ネイバー)によって兄が殺された。残ったのは、父親と半分しか血の繋がりのない妹だけ。最初から刈谷と名乗っている人だけが残った。

 そんなになっても父親は私の面倒を見ようとしてくれている。私は、それがどうしようもなく嫌だった。

 それから10年近くたつけれど、未だに刈谷と呼ばれることに抵抗がある。早く慣れてしまえればいいのだけれど、そんなことはなかった。

 転校してきたとき、如月さんの自己紹介を聞いて嘘だと思った。私はクラスメイトに私の姓が『刈谷』だと嘘をついているのと同じように、如月さんも『如月』だと嘘をついているのだと確信した。それは、彼女の見た目が明らかに外国人だったからだ、とかそういう理由ではない。彼女の声が明らかに嘘をついていた。私がいつも刈谷と名乗るときと同じ、躊躇いのようなものを感じた。

 同類だと信じていた。彼女も何か両親に振り回された人生を送っているのだと、そんな風に彼女の人生に期待していた。

 

 だから、いつも一言聞いてみたかった。

 

「貴女の本当の名前は何ですか?」

 

 って。

 

 

 

 

 

 

 

 私は思わずため息をつきたくなった。あの男が、今、私の目の前に立っている。できれば刈谷裕子を逃がした後の方がよかったのだけれど、そうならなかったのならば仕方ない。危機感もなしに、「あの人誰だろう」なんて呟いている彼女に頭が痛くなる。

 私が彼女を背に隠し、ゆっくりと後ろに下がっていく。こちらに視線を向け、じっと観察している男はニィッと口角をあげて笑った。生身の肌は黒く染まり、元の肌色は最早見つけることは出来ない。伸びきった髪の間から見える血走った瞳は、嬉々としていて見る人が見れば恐ろしいと思うのだろう。

 しかし、どうしてだろうか。この男が笑うと、思わず私も笑わずにはいられない。死んでい嫌だが、似ていると言われるからだろうか。

 

「おい、nameress。オマエらしからぬ行動だ。そんな女、とっとと殺してしまえばいいだろう。」

 

 いつものように、そういった男は私よりも私の後ろにいる刈谷裕子に向けている。さて、困ったことになった。この男の言っていることが出来るのは事実だ。彼女が近界民(ネイバー)ならばここまで迷うことはなかっただろう。すっぱりと諦めて囮に使っているところだ。

 

「何、あの人? 如月さんの事、言ってるの?」

「キサラギ? それはお前が殺した人間の名前じゃなかったか? なぁ、おい!」

 

 それでも私が囮に使わない理由はたった一つだ。約束したからだ。今日一日、という制限付きではあるものの約束をしたからには果たさなければならない。傭兵とは契約によって商売が成り立つ。だからこそ、今日一日は確実に刈谷裕子に生きてもらわなければ困る。

 

 もし、私でなければ、御託を並べて守る理由を取ってつけるのだろうが。

 

「今日は、随分とお喋りなのね。何か良い事でもあったのかしら?」

「良い事? 嗚呼、あったさ。お前を殺す方法を、教えてくれた奴がいるんだ。これで、ようやくなくなった故郷を救うことが出来る。」

「その人は、その呪いの解き方まで教えてくれたみたいね。随分と気前のいいお友達だこと。」

 

 私はその男の言葉に警戒した。基本的に有紀のトリガーの性能を知る人間は多くない。それこそ、味方に教えられるような能力ではない。戦争のような乱戦の中で使えば、味方にまで伝染する恐れのあるその能力を開示すればすべてが敵に回る。それだけの人数を捌けるほど、有紀のトリガーは性能がいい訳じゃない。

 だからこそ、このブラックトリガーの性質は私たちの中でも極秘の扱いだった。私が近界(ネイバーフッド)に戻ったら、このトリガーの性能を知っている人型を悉く殺さなければならなくなった。

 人探しは得意ではないと、如月有紀の両親探しで分かってしまっている事なので思わずため息と吐きたくなった。

 

「刈谷さん、逃げて。」

「に、逃げてって……。如月さんは?」

「まあ、因縁の決着、かな。」

 

 振り返ることなくそう告げると彼女は少し迷ってから、私達から離れるように走り出した。どうやら危機管理能力はある程度持っていたらしい。これで心置きなく彼を殺すことが出来る。

 そして煽っていたにしては彼自身も刈谷裕子を邪魔だと思っていたらしい。近界民(ネイバー)主義の彼からしたら、私以上に刈谷裕子を殺そうとしてもいいだろう。そうなると思っていたから彼女を一刻も早くこの場から離したかったというのに、拍子抜けだ。

 

「お前、変わったな。人間臭くなった。でも、安心しろ。俺は化け物を殺す唯一の男だ!」

 

 唐突に男は恨めしそうな声でそう言った。独り言のようで、そうでない私に向けられた苛立ちの言葉に私は笑みを浮かべたまま答えた。

 

「馬鹿言わないで。怪物だって、待てくらいは出来るのよ。」

 

 私は彼と一緒にされることには我慢ならない。私は怪物で、彼は怪物ではない。少なくとも私の定義の中であれを怪物とするのは難しい。それに私はここまでお喋りじゃない。

 有紀のトリガーを換装し、彼もまたトリガーを換装した。相も変わらず貴族としての振る舞いが抜けないらしい。

 

「私は、ローレンス公国辺境伯バッカっ!」

 

 私が何も言わず剣を構え、斬りかかるとシールドでそれを防いだ。

 

「名乗りも最後まで聞かずに、マナーの成っていない奴だ!」

「戦場でマナーを語られても、ね!」

 

 黒ずんでいくシールドをたたき割るためにもう一度剣を振り上げる。シールドが割られることが目に見えている男は、シールドを外し散弾銃を撃ち込んできた。シールドではなく、少しばかり大きめの銃弾を切り伏せる。その時、男は何かを取り出しこちらに投げてきた。

 すると視界に溢れたのは真っ黒な景色だった。トリオンによる煙幕だ。普通のトリガーならばここまで警戒する必要はなかった。トリオンの濃さを黒の濃淡で見ることが出来るトリガーでは、この煙幕が本当に煙幕なのかどうかさえ分からない。ただのトリオンが散布されただけならば、この景色を見ているのは私だけということになるからだ。

 

 これは、随分と詳しく有紀のトリガーについての秘密を教えたやつがいるな。

 

 仮面を外したとき、目の前はやはり思っていた通りクリアな景色だった。そして確認できた前に迫っていた二発の銃弾だった。一つは頭。もう一つは狙いが外れたのだろう。左側の腹部を目がけて飛んできていた。

 

 腹部は最悪妥協する。しかし、頭を撃たれるのはダメだ。

 

 重心を後ろに傾け背を逸らしながら、体を90度捻る。剣を持っていた右手を離し、地面についてバク転する。男と距離を取り、相手の様子を確認する。腹部の甲冑を掠ったのだろう。少しだけ傷がついていた。

 こちらに撃ち込んでくる弾を弾く。どうやら誰かに入れ知恵されたらしい。何時ものような獰猛さは感じられず、敵の狙いは良し。的確に急所を当てようとしてくる。先ほどの銃弾だって後方に反った位置に二発目の銃弾を撃とうとしていたのだろう。随分と練習したようだ。

 その中で一歩踏み込み、途中で出現したシールドをガリガリと削りながら力任せに斬り上げる。切先と彼の胴体の間にもう一枚のシールドでガードする。

 しかし、侵食されるシールドはその強度を奪われていく。銃を持っていない左腕に切先が掠る。お互いに距離を取り、相手を見る。

 

「それにしても、驚いたわ。貴方が銃なんてものを持ち出してくるなんて。貴方言ってなかったかしら? 剣で戦うことこそ、何とかって。」

「nameress、お前のトリガーの性質を聞き知ってから剣でお前と戦うことがいかに無謀かよくわかった。お前こそ、よくもそんな卑怯な能力を顔色も変えず使えるものだ。化け物め。」

 

 その言葉に私は笑みを浮かべた。彼の言葉を否定することは出来ないだろう。だって、その通りだ。トリオン体での戦闘は死ぬことがない。生身よりはもう一度がありえるのだ。そうしたメリットを持って開発されたはずなのに、トリオン体であったがために死んでしまう。そんなトリガーは卑怯だろう。

 

 しかし、それがどうしたというのだろうか。そんなことが悪い事だろうか。

 この世の善悪は所詮、その人間の匙加減だというのに。

 

 どちらが合図したわけではない。この男とは5回ほど戦闘になり、生かしていた。それゆえにお互いがお互いの攻撃に出るタイミングを知っている。私は男の元へ、男は私と距離を取るように動き出した。

 数発の弾丸を斬り落としながら、男の懐に入る。突き刺そうとする剣を男は避けようとするそぶりを見せない。

 とった、とは思わなかった。違和感しかないその行動に相手の策に乗ってやるものか、思考が目の前の敵から外れる。しかし、ここまで勢いづいた腕がそう簡単に止まるわけがない。

 途端、背後から私を押しつぶそうとする圧力を感じた。仮面をつけていないから背後に何があるのか確認はできない。しかし、本能ではなく理性が告げる。

 

 避けなくてはならない。

 

 回避行動に入ったとき、利き手である右手を男は掴んだ。黒ずんでいく男の手だが、崩壊させるには伝染の速度が足らない。私は右手に持っていた剣を離した。そして地面に落ちようとしている剣の柄を右足で蹴る。男の左腕を斬り離し、そのまま右側に避けようとする。

 相手は明らかに自滅を計画している。いや、彼だけ助かる道があるのかもしれないが、どちらにしろこの男はあの空から降ってくるトリガーを使う。

 

「落ちろ!」

―――シールド!

 

 その言葉の瞬間、男が光に飲み込まれた。ガツンと上から押しつぶされるような重みにギシギシと鎧が音を立てる。私は奮い立たせるように声を荒げる。地面にめり込み、膝をついた。鎧がパキンと嫌な音を立てた。

 強烈な光が次第に収まり、目の前に風景が広がる。剣を作り直し、地面に突き立て支えとする。ガチャンと、砕けた鎧が地面に散らばって落ちる。

 脳髄を狙った銃弾を素早く頭を傾け避ける。頬を焼ききったトリオンが何かの金属にあたり、地面に落ちたのだろう金属音が聞こえた。

 左腕と左足が無い男がこちらに銃を向けている。不機嫌そうに舌打ちをする。気色悪い展開だ。こうも行動が裏目に回ることがあるだろうか。未来が決められているみたいで、既視感を覚える。

 

「だが、漸く、その装甲を剥がせた。」

 

 あれだけのものを本人のトリオンだけで供給できるものだろうか。それが出来ているのならば、この男は最初の段階で剣技以外の行動をとってもいいはずだ。こいつにトリガーの情報を売ったやつが味方していてそいつが今の撃ち降ろしてきたのか。

 

「これで、お前に攻撃が通る。」

 

 もう一度あれを撃ち降ろしてくるのだろうか。それとも他に何か策でもあるのか。私は警戒の色を強めた。少しの間、お互いにお互いを睨みつけた。今までにない状況だ。それぞれ相手の心理状況を測りかねていた。

 私は、男の背後から小さなものが近づくのを確認する。それはゲートを発生させるための小型トリオン兵だった。ゲートが開くのは計算上は明日であったはずなのに思った以上に早いトリオン兵の行動に心の中で舌打ちをする。

 トリオン兵にはゲートを作成できる一定量のトリオンを確保できれば、トリオン反応を探り私の元へと戻っていくようにプログラミングがなされているという説明を受けていた。

 

 タイミングが悪い。

 

 私が壊さないように気を付けることが出来ても、目の前の男が壊さないとは限らない。それに、男はこの玄界(ミデン)から脱出する手段を持っている可能性が低いのだ。それはこの男が呪われていることもあるが、ここを玄界(ミデン)と気が付いていない時点で、他の星への船が出ていると考えている可能性だってある。

 私の中の優先順位が目の前の男から脱出用のトリオン兵の確保へと切り替わった。

 一先ずトリガーを切り替える必要がある。ブラックトリガーでは、トリオン兵を触ることは出来ない。だからこそ、目の前の男をきちんと殺す必要がある。

 

 鎧が無くなった分、私が男に近づく速度は速くなった。目の前に迫った私を見て男は驚いた顔で私を見下ろしている。左肩から右わき腹にかけて一筋の裂け目がその男の体に出来上がった。大量に溢れる光の粒子に視界が多少不鮮明になる。

 男は最後の一発ばかりに私の右足に銃弾を撃ち込む。最後の一発となったそれは先ほどまでのスラグ弾とは違い、普通の散弾だった。

 刹那、右側から突然の爆風に巻き込まれた。急いで退避しようとするが、力強く踏み込んだ右足がビキリとひびが入る。男が不敵な笑みを浮かべて、私たちはお互いに爆風に吹き飛ばされた。




展開が気に入らなくて書き直していたら随分と時間が経っていました。
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