あの人と初めて会ったとき、私はあの人の財布を掏った。私はどうやればその人の財布を掏れるのか分かっていたから簡単だった。何の警戒も感じられないその人の財布をささっと抜き出し、それから逃走した。
でも、あの人は私を見つけ出して、それはもうぼこぼこに殴られた。殴られて蹴られて体中が熱を持って血が噴き出すんじゃないかってくらい赤黒く腫れた。熱くて、痛くて。死ぬんじゃないかって思った。
そんなこと今までに一度もなくってどうしていいのかわからずただずっと暴力を振るわれ続けた。助けてくれたのは私の事がとても苦手な母さんだった。地面に額を擦り付け、私とその人の間に入って必死に謝っていた。母が私を守ってくれた。そのことがとても嬉しかった。
それからお母さんが死んで、あの人が私を助けてくれた。私はあの人の後ろをついて歩いた。その過程で、妹が一人と使用人一つがともに後ろをついて歩いた。
私たちはたくさんの人を殺した。殺して、殺して、それでも殺すことには慣れない。私だって最初はお母さんを思い出すからとても嫌だった。妹の方は、私とは違う理由で慣れないようだった。
あの人の覚悟は、間違っている。
私はそう思っている。あの人が昔、教えてくれた覚悟は狂っているし、正しいとは思えない。私はあの人に感謝している。だから私たちはあの人の事を親しみを込めて「母さん」と呼んでいる。
小春日和だ。昼寝をするには丁度いい天気だ。可愛い妹を抱えて芝生に寝そべりながら木の下で蹲る。紫がかった髪を撫でつけながら、この人生最後かもしれないひと時を存分に満喫している。もうすぐ契約が切れてしまう。母さんがした契約だから私達で更新することは出来ないだろう。そんなことを考えながら綺麗な青い空を見上げた。二人の母さんの故郷も、同じ色なのだろうか。そんなことを最近はよく考える。
「トウキチロウ。」
最近聞くことができなくなったその名前を懐かしく思うほど時間がたったわけではない。母さんは戦争に引っ張りだこだ。今回も戦争をしに行った。けれど、戦争が終わってもう1か月近くなろうとしている。だから、少しだけ期待してしまう。追い出したのは、自分自身だというのに。すこしだけ、私の測定を乱して帰ってくる母さんを。
でも、今回私の名前を呼んだのは帰ってきた母さんじゃない。私の名前をトウキチロウなんて可愛げの欠片もない渾名で呼ぶのは、悪ふざけをした母さんかその母さんの悪ふざけを真に受けた彼くらいなものだ。
「こんなところで何している?」
「その呼び方やめて。普通にロゥって呼んでよ。それと休憩時間だよ、ちゃんと。だから、日向ぼっこ中。」
2歳年下の角の生えたその少年は、とても働き屋さんで私達なんかよりもずっと可愛らしい子だ。だから「危機感のない」という悪態は聞き逃したことにした。
契約によりこの家で傭兵として雇われている私たちと年の近い少年は少しだけ眉を寄せ私たちを見下ろしている。傭兵として雇われている二人がこんな邸宅の中庭で昼寝をしていれば、家人であるこの少年が注意するのは当然の事だった。
「nameressが行方不明になって、もうすぐ一か月になる。お前は心配じゃないのか?」
「全然、私たちは母さんの心配なんてしたことないよ。あの人の悪運の強さを知っているから。」
彼は腕を組み怪訝な表情を浮かべて私たちを見下ろした。彼は私たちと母さんとの間に血の繋がりがないことを知っている。それは私たちの容姿からも察することが出来るだろう。金色の髪に青い瞳の母さんと真黒な髪と瞳の私達ではどうあがいても人種が違う。母さんは純血で、私たちは混血だ。
「お前、nameressの事を嫌いなのか?」
「君たちと同じ、ありきたりな言葉だけど、好きだ。」
「しかし、今回は置いてかれた。」
彼の言葉に私は彼を指さした。彼は嫌そうな表情を浮かべるが、私はそれを無視して話を続ける。
「そう、置いてかれた。それってつまりさ、用済みってことなんだよ。」
「いくら
腕を組みながらそう話すその言葉が果たして彼のただの感想なのか、それとも私たちを慰めているのか私には分からないが、私はそんなことはないと確信を持っている。あの人は、その必要があるならば私たちをあの真黒な剣で一太刀だ。
「あの人は置いていくよ。なにせ、あの人は親だからね。」
「どういう意味だ?」
「子どもが進むべき道をどうこう口を出すのは、親のすべきことじゃないって思ってるんだよ。そろそろ一人で仕事を取ってこられるようにならないとだめだってこと。殺しでも、そうでない仕事でも。好きに選べってことだよ。」
私は14歳になった。もうそろそろしっかりと自分の人生を考えていかなくてはならい。そのために母さんはここの住み込みの護衛という仕事を取った。戦場で学べないメイドや執事の働き方。一般人の考えた方を私たちに見せるために彼女はここを選んだ。
「出ていくのか?」
「当然でしょう。契約が切れたら、私たちはここを出ていくわ。」
「そうか。」
もうその発言に思わず目を見開いてしまった。数回の瞬きの後、私は思わず吹き出してしまった。隣で気持ちよく寝ている妹を起こさないようにどうにか笑いを噛み殺していた。確かにあの人は感情に名前を付けないから憎くて恨めしい
「変なヒュース。私たちは故郷を持たない流浪の民よ。」
「ここを故郷にするつもりはないのか?」
私は今度こそ、声をあげて笑った。それがどうにも煩かったのだろう。膝で寝ていた彼女は目をこすりながらゆっくりと頭を起こした。
「煩い。どうしたの、お姉ちゃん。」
「ヒュースが私たちにいて欲しいんだって。」
「違う、お前たちが敵に回るのは面倒なだけだ。」
猫のように頭を胸に擦り付ける紫の頭を撫でながら、そう説明する。紫は視線をヒュースの方に一瞬向けたが、彼女はすぐに顔を隠すように私に抱き着いてきた。その様子を面白くなさそうに見下ろすヒュースではあるもののもうここにきてもうすぐ1年だ。紫の態度にも慣れたころ合いだろう。
「もっと、訓練に付き合ってほしかったのだが。」
何度か彼のほかにも少年たちに強請られ、剣術や狙撃を教えていたがあの人の容赦ない一撃を訓練だけで会得できるのならば、あの人はあそこまで壊れていない。
「あの人は怪物だ。無情に生物を殺す。ヒュースには、まだ難しいと思うけどなぁ。」
「なに?」
「ねぇ、そろそろ行こう。」
少しお道化てヒュースを揶揄っているといい加減ヒュースがいる空間が耐えられなくなったのだろう。急に立ち上がり、私の服を引っ張る。
「はいはい。そうだね。そろそろ仕事に戻ろうか。じゃあね、ヒュース。お勉強頑張って。」
そう言って服を引っ張るくせに全然前に進まない。ゆっくりと歩く紫について行きながら、不満げな表情を隠そうともしない彼女の頬をツンツンと押して気を逸らそうとしているが、どうにも誤魔化されてはくれないようだ。
「どうしてお母さんの悪口を言うの?」
ツンとした声音で私の事を責める。私の腕を掴みながらゆっくりと歩く彼女は、こうして会話を交わしながら歩くことは滅多にない。それほどまでに彼女は今怒っているらしい。
「お母さんが無情に人を殺す、なんて。」
「本当の事だろう。あの人は感情で人を殺してない。」
長く煩わしい私の髪を弄りながら、そう答えた。間違ってはいない。あの人は感情で人を殺せない。頭で考え、理性でしか人を殺せない怪物だ。
「でも、みんな酷い。あの人は優しい人だよ。」
「どうかな。紫だってあの人の
「知ってる。でも、優しい人だよ。私の事、育ててくれたもん。」
その言葉に私は「そうだね」と言った。紫は名前が付けられる前に親を殺されている。彼女は私や母さんとは違い、純血の
「あの人はいい人さ。でも、殺し方は普通じゃない。だから、いつか。私達にも剣を向けるかもしれないことを忘れちゃだめだよ。死にたくなかったら、あの人と同じようにちゃんとあの人を殺せるようになっておかないと。ヒュースもそうだけど。あの人も敵にならないとは限らないんだから。」
「そうかもしれないけど。」
「別に裏切ったってかまわないんだよ。母さんのいる方につくのだって生き残るための一つの手段だ。」
「
少し言葉遣いが投げやりになり始めていた。普段、彼女は私の事を姉と呼ぶ。だからこそ、私の事を本名で呼ぶのは珍しい。よっぽど私の態度を不安に思ったのかもしれない。
「不安なんだ。あの男に持たせたトリガーも壊されてしまったし。ラッドがもう一匹残っているとはいえ、私たちの『計画』がやり辛くなるでしょう。」
「死んじゃったの?」
「嗚呼、母さんに殺されてしまったよ。あの人がもう少し、君の言葉を聞いてくれたらよかったんだけど。結局、忠義よりも自分の復讐を取ったんだよ。」
私の言葉に彼女は残念そうに肩を落とした。彼女とバッカスは同郷だ。彼の人となりも彼女からすると祖国への忠誠心が強いと映っているのだろう。それにバッカスは特に彼女に好意的に接していたから、出会う旅に殺し合う彼女達を心配そうに見ていたから。
「お姉ちゃんは相変わらず、あの人の事恨んでるんだね。ちっとも悲しくなさそう。」
「嫌いだよ。あの人は私の母親の仇だからね。でも、恨んでない。母さんは恨んでるかもしれないけど。」
「なんで?」
「罪を憎んで人を憎まずって言うのよ。その人がしていることに怒りを感じることはいいけど、その人自身を憎んじゃだめなのよ。」
まだ10歳の少女には難しい話であったようだ。小首をかしげて可愛らしい瞳で私を見上げている。しかし、その可愛らしさが曇ってしまうような難しい顔をしていた。
「その人にはその人の事情があるってこと。あの人は国の、王様の命令で母親を辱めて、殺したけど。でも、あの人だって好きでそんなことしたわけじゃないかもしれない。あの当時、戦争に負けて国はお金が必要だった。そのためには労働者が必要で、でも、異星人を好まない国王の事情で民族浄化政策が行われた。」
あの国の王様は連れてきた人間ではなく、連れてきた人間が生んだ子供に期待をした。20年近く成長が伸び悩むかもしれない。それでも、国に対して忠誠心のない母のような人よりも、育てた子供の方が期待できたのだ。その方が国民も納得しただろう。
「それに、母親を殺したことは許さないけど、彼らは決して僕に意地悪をしていたわけじゃない。彼らにとって母親は国民を不当に盗んだ卑しい
そういうと彼女は嬉しそうに私の腰に抱き着いてきた。急に乗ってきた体重に少しよろけながらもなんとか体制を立て直し、彼女の頭に手を置いた。
だから、彼が母親を殺したことに怒るが、彼自身を憎んではいない。私は彼を死地に追いやった。それは彼を殺してやりたいと母さんのように憎んだからじゃない。私は彼が犯した人殺しの罪に怒り、そして殺した。有り体に言うならば、罰を与えた。
それに譬え母さんがあの男に憎しみを抱いていたとしても、その憎しみが母さんの感情であるとは
私たちは
『
私、
取り敢えず、序章?が終わりました。
随分とお待たせしてすみません。
二つとも書いてあったんですけど、気に入らなくてポイっと時間を置いていました。
ワートリも放送が始まってちゃんとやらなきゃなぁ、と思って書きました。
これからもよろしくお願いします。