nameress −改訂版−   作:兎一号

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アムネシアな少女
プロローグ


「ここが、如月夫婦のお墓だ。」

 

 あの空に浮かぶトリガーを撃ち落としてから、3日が経過した。

 あれから契約を結び、彼女は晴れて本当にボーダー隊員になった。味方を殺す危険性のある有紀のブラックトリガーは、許可が下りるまで戦闘で使用できないことが決まった。それについて彼女は異議を唱えることはなかった。有紀の故郷に辿り着いたならば、有紀には穏やかな眠りについてほしいと思っていたからだ。

 煙草をふかした男・林藤匠が彼女を連れてきたのは、死者を弔うための墓だった。如月の城と書かれた墓石があった。話を聞くに如月夫婦は大規模侵攻より前に死亡したらしい。

 

「大規模侵攻が起こる前、戦争があった。君も耳にはしているだろう。」

「えぇ。玄界(ミデン)の近くの……、名前は忘れたけれど。」

 

 本当は覚えている。あの時は、アフトクラトルともう一方の仕事の打診が来ていた。結局、戦争ばかりにかまけていては、子どもたちの未来の幅が広がらないと思ったからまだ戦況が悪化しないだろうアフトクラトルの方についた。トウキチロウもそれを指示した。

 

「あの時は、肝を冷やした。nameressの恐ろしい噂は近界(ネイバーフッド)では轟いていた。敵も味方も殺していく。そのnameressが敵に加担するなんて噂が飛び交ってたな。」

「そうね、依頼は来ていたわ。それは覚えている。もし、あの戦争に加担していれば、それこそ跡形もなく何もかもを殺していたでしょう。」

 

 あの時、トウキチロウがアフトクラトルの方を指示したのはこうした未来を測定できたからかもしれない。

 

「参加しなくてよかったと思ってる。知らず知らずのうちに、有紀のご両親を殺していたら……。死んでも死にきれない。」

「噂は、噂だな。nameressもそんなことを言うんだな。」

「名前、気を付けて。」

 

 そう言うと悪びれもなく「悪い悪い」と言葉を返してくる。何度も何度も呼ばれた名前にため息を隠した。

 

神崎蓮奈(かんざきれな)だったな。」

 

 赤い髪を靡かせて彼女は「そうよ」と答えた。その容姿は元の物とは似ても似つかない。

 

 nameressの存在はボーダーにとって面倒な物であったが、手放すには非常に惜しい人材であった。

 帰還者として彼女を公表するわけにはいかない。大規模侵攻があったからこそ、近界民(ネイバー)の存在が明るみに出た。彼女の存在は、大規模侵攻以前から近界民(ネイバー)が国民を誘拐していた事を示唆する。

 そして彼女が日本人ではないことも問題だ。現在、外国は近界民(ネイバー)の存在を日本だけの問題と考えている。しかし、nameressはその出自をロシアだと明言している。それを公言しなかったとしても、その容姿からも分かる通り少し調べればnameressの出自が日本ではないことなどすぐにわかかるだろう。それは日本の問題から玄界(ミデン)の問題へと拡大する。そうなれば、各国がなんとしてでもトリガーについての情報を必死に手に入れようとするだろう。これから大々的に近界民(ネイバー)の相手で忙しくなるというのに、内輪揉めをしている余裕はない。

 また、彼女は3歳ほどの時に誘拐されたこともあり、言葉を話せても読み書きができない事が問題であった。現在、太刀川と言う問題児を抱えているボーダーではあるものの彼は義務教育を修了しており、一般常識に触れてこなかった彼女との知識の差は比べるまでもない。彼女をこのまま高等教育に入学させることは、高校に迷惑をかけることになる。しかし、少女が高校にも通わず就職するというのは、何んとも世間体が悪い。

 そのため、彼女はブラックトリガーを使えること(特別な才能)を理由にS級隊員に昇格。同時に重大な病が発見されたことになった。そのため、ボーダーが提携している医療施設に入院している、と言う設定が与えられた。

 しかし、今、nameress基、神崎蓮奈は玉狛支部に居住している。本来ならば何としてで手元に置いておきたいnameressを本部はやむを得ず手放すこととなった。よくよく話を聞いてみると彼女は近界民(ネイバー)を憎んでいる訳ではないことが分かった。そのため、近界民(ネイバー)が所属している玉狛支部に住居を構えることとなった。

 本部に彼女を置いておくことが出来ない理由は、彼女が呪われている事にある。現在、彼女の肉体には直径20センチほどの黒いシミが出来ている。トリオンでできたものがそれに触ると伝播し、トリオンが変質していくことは実験済みである。建物がトリオンで構成されている本部にとって彼女はあまりにも脅威であった。ボーダー上層部が彼女のブラックトリガーを強襲し奪わないのは、使用者さえも食い潰すあまりにも組織での使用に向かないトリガーだからだ。

 

 そのため、神崎蓮奈が誕生した。

 肩までの長さの赤毛の髪に黒い瞳の彼女は、少し強気な表情をしている。その容姿に合わせるように彼女の服装も白のTシャツに短パンにモスグリーンのパーカーを羽織っている。彼の姪が用意したらしい服を着ている。

 小南と言う少女と嬉々として服を選び着せ替え人形でいることに疲れ、荷物持ちとして連れてこられた青年が終始嬉しそうだったのが気持ち悪かった。

 

「あっちでの有紀は、どんなんだったんだ?」

 

 彼は持ってきていたビニール袋の中を探りながらそう尋ねてきた。

 

「最初はよく殴られたわ。」

「殴られた?」

「えぇ、当時の私はまだ言葉が話せなかったし。こんな容姿だから、彼女には私が近界民(ネイバー)に見えたのでしょうね。でも、他の近界民(ネイバー)とも容姿が違う。彼女はきっとあの場所で私が一人だって気が付いた。だから、意地悪しても私が何も言わないことを少しずつ理解していったんだと思う。」

 

 だから、ちょっとした悪戯からだんだん殴るなどの暴力が加わっていった。そう話すと彼は少し申し訳なさそうな顔をして「悪いな」と謝った。

 

「別に、私は何とも思ってなかったから。きっと心細いと思っていたし。」

 

 私は私を維持するためにあの子を守ろうとしていた。私は自分のために彼女を利用しようとしていた。あの時流しかけた涙だって、本当は私のものではないのかもしれない。

 

「彼女は私に言葉の基礎を教えるために一緒にいることが多くなった。私たちは一緒にいることが多くなった。ある日、彼女の態度が急変した。泣きながら謝ってきたわ。たぶん、私も連れてきたんだって聞いたんでしょうね。」

 

 かわいらしい顔を悲しそうに眉を顰め、涙を流していた。その様子を見ていると思わず泣いてしまった。二人して涙を流し、その日も次の日も授業を行うことなくただただ故郷を懐かしんだ。あの時の私には、まだ朧げに故郷の記憶があり、途切れ途切れに覚えていたことを伝えあっていた。

 

「でも、半年してある時彼女は言ったよ。『誰も迎えに来ない』って。」

 

 彼女は玄界(ミデン)に到着するまでその言葉の本当の意味に気が付くことが出来なかった。その言葉に細い緑色の何かの束を取り出していた彼がピクリと動きを止めた。そして彼女を見下ろした。

 

「そして彼女はそれからすぐに脱走して、拷問を受けて、死んだわ。」

「そうか。」

「あの時の彼女を、私は忘れたことはない。」

 

 ゆっくりと心臓を撫でられたような、ふわりと何かが包み込まれるようなそんな感触。あの時からずっと彼女はずっと心臓にこそばゆい何かが引っ付いたような感覚を未だに忘れられない。そのおかげで彼女は自分を見失わずにいられる。

 迅悠一と初めて出会ったあの日の夜、彼女は一つの仮定が浮かんだ。彼女は彼が肩に付けていたエンブレムを見たことがあった。それは如月有紀がいつか教えてくれた家族が働いている場所のマーク。三つの四角の下に大きな四角と丸が一つずつ。

 考えてみれば可笑しいことがある。彼女は何故、ブラックトリガーになることが出来たのだろうか。彼女があの国に来てトリガーと言うものを知っていても、ブラックトリガーにたどり着くことはないだろう。あの国の人間は連れてこられた人間にそこまで期待していない。捕虜がブラックトリガーになれるほど、命を懸けるほどの選択を取るなんて誰も思わない。

 それに拷問に合っている人がブラックトリガーになることもない。戦力を敵に渡すようなそんなことはしないだろう。彼女がいた一年間でブラックトリガーになったやつもいなかった。そして彼女と一緒にいるようになってからブラックトリガーの情報を与えている奴を見たことはなかった。

 

「私は、彼女の言葉を単なる絶望だと思っていた。でも、貴方達のエンブレムを見て、ようやく得心がいったわ。」

 

 墓を睨みつけながら彼女は続ける。

 

「あの子は、玄界(ミデン)の人がいつもどこかで期待している『誰かが助けに来るかもしれない』と言う願望を信じることが出来なかった。最初から近界(ネイバーフッド)がどういった場所で、これからどんなことが起きるのか知っていたのね。」

 

 あの言葉は両親を恋しく思い、故郷を懐かしむことで出てきたものだ。しかし、彼女は玄界(ミデン)から簡単に近界(ネイバーフッド)を訪れないことを知っていた。あの場所が地球上にない事を正しく理解していた。政府も関知していない土地で唯一の希望は、何もかもを知っているように思える両親だった。

 

「1年たって彼女は理解した。えぇ、どこかから聞き及んだのかもしれない。誰かがそう唆したのかもしれない。『玄界(ミデン)の衛星軌道上を通り過ぎていたこと。衛星軌道上に居なければ玄界(ミデン)との行き来が難しいこと。星の軌道が大きく玄界(ミデン)に近づくのが大分先になること』。」

「もう、誰も迎えに行けないことに気が付いてしまった、か。」

「だから彼女は、生き急いだ。」

 

 緑色の長細い束に火をつけ、彼はそれを墓の前に置いた。白い煙と共に少し懐かしさを覚える匂いが漂ってきた。思い出されるのは、大量の死体が放置された安置所。あの場所の腐臭を誤魔化すために焚かれる大量のお香。その匂いに少し似ている。

 彼女は仕事柄あの部屋の中で籠って仕事をすることが多々あった。処刑人としての仕事場も拷問の仕事場も如月有紀は訪れることはなかった。けれど、死体を焼却するあの仕事場だけは嫌がる態度を取ってはいたっけれど好んで訪れていた。

 

「そう、あの匂いは貴女の故郷の匂いだったのね。」

「どういう意味だ?」

「似た匂いがする部屋に彼女は好んで訪れていた。その理由が分かったってだけ。」

 

 煙を上げるその束を網の上に乗せた。拳を額に当て、じっと墓を見つめた。。私は手を握り、彼らの冥福を祈った。この姿でもう訪れることはないだろう。今日が最初で最後の挨拶だ。手を組むのやめ、隣に立っている彼を見上げると墓を見つめていた。

 

「終わったか。」

「えぇ、大丈夫よ。行きましょうか。」

 

 踵を返した。墓参りをするような季節ではないのか、夕暮れだからなのか。人の気配は感じられない。どうやら日本人は積極的に墓参りに来ないようだ。やはり最初にいた国がおかしいのだろう。死者を忘れず、その痛みを忘れない。

 

「神崎のいた場所ではああやって死者を弔うのか?」

「みんな、死者を土に埋葬してからそうしていたわね。どんな意味があるのか知らないけれど。」

 

 しかし、きっといい意味で行われていたのではないだろう。あれは捕虜を殺した後に行われていたから。それでも彼らの表情は決して強張っていたわけではない。

 

 

 

 彼の運転する車で川の中に建てられた建物へと帰宅する。すっかり辺りは暗くなり、危険区域が隣なることもありあまり電灯が設置されていないこの河川敷は視界が悪い。そこを慣れているのか、こちらに話しかけながら車を走らせる彼に少しばかり苛立ちと不安を感じながら適当に受け答えをしていた。

 

「着いたぞ。」

 

 車から降り、私は玄関のドアを開けた。中に入り、トリガーの換装を解いた。視界の端に映っていた赤は金色となり、視線も少しだけ高くなる。

 

「おかえい!」

 

 私たちを出迎えたのは、幼い少年だった。雷神丸と言う犬に引っ掛かるようにして移動していたようだ。

 元気よく振り上げられた手に、林藤は手のひらを合わせた。奥から現れた金髪の男が「おかえりなさいませ」と声をかけていた。

 

「おう。」

 

 と、返事をする林藤。私は「ただいま」と言うだけだ。食事の用意はもうできているようで席には青年が一人座っている。変な形の眼鏡を首元にかけている迅悠一だ。小南と言う少女がいうには、彼には未来予知の副作用(サイドエフェクト)があるらしい。あのメガネはてっきり、それを制御するためのものであると思った。かけていた方がはっきりと未来が見えたりするのだろうか。

 ぞろぞろと集まるこの家の主人たち。食事に口を付け、私は未だに慣れぬと思っていたこの土地の食事に舌鼓を打ちながら、健忘症であるこの子どもの設定を思い返していた。




昨年の終わりごろからAPEXを始めました。
BFと同じようにスナイパーを持って戦場を駆けずり回っているのですが、チャージライフルは画期的ですね。敵が動いても当てられる可能性がある。
いい武器だ、と思いながら使っています。トリプルテイクもいい。

何か活かせないかなぁ、と思っています。
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