少女は黒髪の彼女、正確にはそのネームプレートを家に帰す為に、まずは情報が必要だった。少女が持っている情報は彼女が東三門幼稚園と言う場所に通っていた事だけ。ネームプレートの後ろに東三門幼稚園と書かれている。少女はそれだけを頼りに幼稚園を探しているのだ。
「昔ね、三門市に住んでいたみたいなの。それで幼稚園の先生とかに会ったらその時の事を少しか思いだすかなぁって。」
「え? 如月さんって三門市に住んでたの?」
「えぇ、でも。昔の事過ぎてあんまり覚えてないの。」
隣の席の女生徒に少女は色々な質問をした。その分、質問を返されもしたがそれは仕方のない事だと、半ばあきらめてもいた。女生徒は顎に手を当てて、記憶の中から引っ張り出す様に考え込んだ。
「幼稚園かぁ……。まぁ、あるにはあるんだけど。」
「だけど?」
「最近、近界って所から攻め込まれて色々な施設がてんやわんやだからなぁ。」
女性とは困った様に頬を掻いていた。少女も実際その混乱に紛れたからこそ中学校に通ってえている。東三門市から三門市に流入した人間は数多くいる。東三門市に在った市役所から一般市民が書類を取ってこられる筈も無く、東三門市の市役所で働いていた職員の多くも生き残っていない。
つまり、三門市はその人間が本当に東三門の住民であったかどうかなど確認のしようがないのだ。三門市は厚生労働省などから戸籍謄本などの資料の開示要求にだって本人の身分証明書が必要。一体どれほどの人間があの惨劇の中、身分を証明できる物を持ち出せたのだろうか。
学校だってそうだ。生き残った生徒達を平等に割り振らなくてはいけない。そんな中で転校生の処理など忙しくて良く見る暇など無かったのだ。
「まぁ、私が覚えている範囲で良いなら。」
そう言って女生徒は丁寧に地図書いてくれた。幼稚園があった場所に丸がついて行く。そしてその地図には赤い線が轢かれた。
「この赤い線は?」
「これは立入禁止区域の線。この線から向う側に探しに行っちゃだめだよ、如月さん。」
彼女がから地図を受け取って昨日少しだけ見て回った場所と照らし合わせていた。
「如月さんは転校生だから知らないだろうけど、近界民って本当に怖いんだから。すっごく大きくて真っ白なんだよ。」
女生徒は大きさを両腕を大きく広げて表そうとしていた。少女は数回瞬きの後、苦笑いを浮かべて『へぇ、そうなんだ。』と返した。少女は三門市民は本当の事を知らないのだな、と確信した。真実を知っているのなら、トリオン兵の事を近界民だとは言わない。あれがただの無人兵器であるという事を、彼女達は知らないのだ。
でもその心情を理解出来ない訳でもない。
戦争に行くのが自国民でないと気が楽なのと一緒で、相手をするものが人型では無いなら気が楽なのだ。そして明確な化け物こそ、誰もが明確な殺意の対象に出来る。向うは少女達の事など同種の物だと思っていないなんて、考えもしないだろう。
形が似ているから分かり合えるなんて幻想だ。
現に、人間は人間同士でさえ分かりあえていない。
自身が出来ていない事を他者に求めるなんて、呆れて物が言えない。
「でも、ありがとう。これで探しに行けるわ。」
「うん、いいの。でも、本当に期待しない方が良いよ。大規模侵攻で東三門市の方は壊滅状態だし。いなくなっちゃった人の方が多いから。」
「えぇ、分かったわ。でも、この中にあると嬉しいなぁ。」
少女は簡易的に書かれた地図を見詰めた。予鈴が鳴り、担当教科の教師が教室の中に入ってくる。教壇の上に必要な教材を置き、号令係に声をかける。先程まで話していた女生徒はしっかりと黒板の方を向いていた。少女はちらりと窓の外から家の屋根を見た。
★
「はぁ。」
お洒落なカフェテリアで頬杖を突きながら少女はコンビニの健康食品を食べていた。普通、そう言った店ではその店以外の物の飲食はご法度なのだが、誰も少女を注意しようとはしない。
「あんまり美味しくない。軍隊のレーションみたいだわ。次からは別なのにしましょう。」
シックで落ち着いた雰囲気の場所であまりにも似使わない物を食している少女は、ため息交じりに愚痴をこぼした。少女が食べている物は多くの栄養素を手軽に摂取できるように作られた所謂栄養調整食品だ。しかし、少女はそれを求めていた訳では無い。今までずっと読み書きが出来なくとも良い生活をしていた彼女は文字と言う物を知らない。ましてや、7歳までしかいなかった玄界の文字などとうの昔に忘れた。今はまだ帰国子女という事で学校では大目に見てもらっているが、いつか襤褸が出そうだ。少女としてはとっととこの玄界からおさらばしたい所だった。
少女は疲れていた。毎晩毎晩、学校終わりに市内を徘徊し目的の建物を探し歩いているのだ。彼女は精神的に疲れていた。お目当ての物は安全区域内には存在しないようなのだ。これは危険区域内を探すしかない。あの女生徒は丁寧に危険区域内の場所にまで丸が付いている。人目につかない時間帯になるまでカフェテリアで時間を潰した。
しかし、野外で活動するには私の髪色はどうしても目立ってしまう。それに一着しか持っていない制服を万が一にも汚す訳にはいかない。今までは安全区域内だから多少は良かったが、次は見つかれば即アウトな危険区域だ。界境防衛機関がどのようにその地域を守護しているのか分からない以上、目立った行動は出来ない。せめてパッと見他の日本人と区別が難しいように髪色を変えるべきだろうか。
私は外国人なのだそうだ。昔から連れて来られる人間は黒髪ばかりで、同じ様な金色の髪など見た事が無かった。少女の意識の根幹にこびり付いた異端と言う二文字。その二文字が少女を取り囲むように壁を作り上げた。誰もその壁を超えられた事は無い。少女でさえ、その壁を超えられていないのだから。
「髪、どうにかしなきゃ。」
現代に置いて少女ほど無知な人間はいないだろう。髪を染めたければドラックストアに行けばいい。しかし近界にはそのような便利な場所はまずなかった。彼女の中の常識は戦場の中でのみ通用するものだった。そんな少女でも、この日本に置いて殺人は罪に問われるという事を知っていた。それはたった7年間であったが玄界で過ごした彼女の中の常識だった。
その余計な常識は彼女を擦りきらす原因となったのだけれど。
少女は椅子から立ちあがり、調べ物をする為に図書館に向かった。そこに残されたのは少しだけ轢かれた椅子だけだった。
「あれ? あそこにいた人……。」
アルバイトの一人がそう呟いた。あそこにはたしかに誰かが座っていたような気がするのだ。それがどんな容姿であったのか、服装をしていたのかその一切がはっきりしない。アルバイトは引かれたい椅子を元に戻した。
少女自身、その力に気が付いたのは大怪我をした時だった。どこぞのお人よしが拾って育ててくれるまで、少女は無意識にそれを使っていた。知ってからは物を盗むのに大変重宝していた。
少女は自身の寝床に戻ってきた。少女は管理人が夜逃げしたマンションの一室で生活していた。勿論、電気は通ってないし、水道もない。しかし、コンビニが近いので食料には困っていない。あるとしたら銭湯が少し遠いくらいだ。それでも暖かな湯に浸かることが出来ること自体、戦場じゃ珍しかったので玄界での生活は裕福だと感じていた。それに外を常に気にしなくて良いというのも中々である。
ただ、何時もそうしていたせいだろうか。少女の意識は常に自身より高い所から誰か見下ろされていないかという事に注意していた。それは今までの生活の習慣のような物で、それを怠ると一発で頭を撃ち抜かれる可能性があった。他人から見れば気の張った生活であっても、少女からしたら日常だった。その日常が今は崩れている。少女にはそれがストレスとしてのしかかっていた。
そう、寧ろ誰かいてくれた方が楽なのだ。その誰かを仕留める事でストレスが発散される。ほら、自分は正しいと自己肯定に浸れるのだ。だのに、今はただたまる一方だ。しかし、警戒地域に出現するトリオン兵を倒す訳にもいかない。今は鳴りを潜めなければならないのだ。
ボーダーは
少女はただ大人しく、相手が引きさがるの待つしかない。前回いた場所と違って日本を滅ぼしに来たわけでは無い。少女はただ、彼女の願いを叶えに来ただけだった。戦闘の意思はない。それで向うが納得してくれるとも限らない。
それに少女は玄界での用事が終われば、近界に戻るつもりでいた。少女にはここがあまり居心地の良い場所では無かったからだ。また、あちら側で玄界のために戦えばいい。そう考えていた。
真夜中、黒いパーカーを調達し少女は夜の街に繰り出した。地図を片手に人気のない路地裏を歩く。少女は安全区域と危険区域に境界線を見た。鉄格子の向こう側からは最早安全が保障されていない。少女はその事実に安堵の息を漏らした。ただの平穏より少しだけ恐怖があるほうが若干気が落ち着いたのだ。
これから先、少女は誰にも見つかってはいけない。トリオン兵にも、ボーダーにもだ。トリオン兵と出くわせば、必然的に夜勤の任務に当たっている兵士に会う危険性だって高まる。何よりトリオン兵を壊せば、黒トリガーのトリオン反応を探知されてしまう恐れがある。玄界の技術が近界に比べてまだまだひよっこだとしても、油断はしないほうが得策だ。
話に聞けば、
「ここから先が、危険区域。」
少女は家の塀を飛び越えた。視線をちらり電柱の方へ向けるとそこには監視カメラが設置されていた。当然、監視のカモフラージュということはないだろう。
あれの位置も把握して動かなくてはいけない、か。
と、ため息を吐き出し、それから気合いを入れるようにパンパンと頬を叩いた。少女は目的以外に少しだけ楽しんでいた。緊迫した状況において少女は楽しさを感じるようになっていた。それは一種の現実逃避にも似ていた。こうなれば徹底的に彼らの目を欺いてやると変な意気込みを少女はした。
しかし、それでも少女は迅速に行動した。少女はそれほどまでに幼稚園を見つけたかったのだ。最早、少女にとって最後の生存理由といっても過言ではないほど、少女は追い詰められていた。監視カメラに気を付けながら少女は町の中を歩いた。地図に監視カメラの位置と向きを書き込みながら一番近場の幼稚園を目指した。その間、誰かから見られている感じはしないし、その気配も無い。
「尚更、見つからないようにしないと。」
少女は小さく呟いた後、白い建物に目を向けた。
「流石、ぎじゅつたいこく……、と言ったところかしら。」
どうして、とバカげた考えは直ぐに無くなった。そして少女の中で必ず約束を守ると強い決心に変わった。少女は深く息を吸いこみ、その場から立ち去った。
★
「では、報告を。」
深夜、一人の男がそう言った。近界からの大規模侵攻以降、忙しくはしていた幹部たちが緊急事態を受けて一様に介した。
「あぁ。」
報告を促したのは顔に傷のある男。その男の言葉を受けて報告を始めたのは小太りな男だ。どちらも中年で子供の一人や二人、いても可笑しくない年齢だろう。他にも四人、計六人の男が一つのテーブルを囲んでいた。
「この前発生した、何も出てこなかった
「確か、風間隊員が
細身であまり健康そうでは無い男が小太りの男の発言に被せて言った。
「あぁ、その時間帯の監視カメラをすべてチェックが漸く終了した。」
小太りの男はテーブルの中央に一枚の写真を投げ出した。そこには襤褸を被った人間が映し出されていた。写真から辛うじて分かるのはそれが160㎝後半の身長で、襤褸から少しはみ出している髪を見るには金髪だということくらいだろう。しかし、外見の情報などあまりあてにならない。トリガーによっては全くの別人に成りすます事だって可能だという情報を彼らは既に持っていたからだ。故に、この情報を元に目撃情報を集める訳にはいかない。
それ以外にもボーダーが隠している情報の為にこの女性を彼らは公に探すことは出来なかった。
「近界民、か?」
「その確認は取れておらん。しかし、一般人が警報が鳴った直後にこんな小汚い格好して警戒区域に居るとは考えられん。」
小太りの男の言葉に対して否定的な意見は出なかった。
「これよりこの女の捜索を命じる。敵であれ味方であれ、正体不明のままでは判断のしようがない。」
顔に傷がある男はじっと写真の人型を睨みつけた。
お疲れ様です
タグに捏造と恋愛要素を追加しました。
タイトル修正しました。