nameress −改訂版−   作:兎一号

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如月結城は本音を零した

 少女は愛用の銃を握り近界民を殺した時、そこには謎の爽快感があった。すぅっと心に一つの風が吹いた様に感じた。這いつくばる大男から微弱な鼓動と共に溢れだす血液。ぴくりと微かに動く指を引き金から放し、少女は心臓を抑えた。今まで聞こえてこなかった心臓の音が酷く耳障りだった。ゆっくりと上がって行く口角は、少女の内なる思いを体現していた。少女が秘めていた願いを体現していた。思わず隠した顔を上げ前を見た。少女の異変に気が付く兵士など一人もいなかった。

 

 引かれた口角、少女は目を細めて目の前の光景を見ていた。降ろしていた銃を再び少女は彼らに向けた。少女は走り出した。持っている武器が遠距離用の物だとか、その時の彼女には関係なかった。決して主目的で付けられていない刃で人を切り裂いて行った。

 

 その時、少女は()()()()()

 

 倫理観などかなぐり捨て、拾い上げたのは残虐性。生命を傷つける事を戸惑わない鋼の様な心。熱を忘れ、他者から熱を奪う鋼鉄の心。

 少女はそれから戦場を闊歩した。たった一国滅ぼしただけの奴隷を彼らは恐れた。無くしたくない物が無くなった自暴自棄な者ほど性質の悪い物はない。そう言う物にはこの世にしがみ付いていたいだけの理由が無いのだ。

 少女は、そう、死に場所を探していたのかもしれない。

 

 明日を生きたかった彼女は死んでしまった。

 明日を生きられない少女は残されてしまった。

 

 死んだ所で彼女が生き返る訳でもない。それでも、少女はただ辛い生をこれ以上引き延ばす意味を見つける事が出来なかった。

 

 死ぬならば戦場で。

 息が続くうちは多くの的を撃ち抜け。

 

 そんな事を言い聞かせて彼女は息をしてきた。ただ、反射を意識して行う事は精神に多大な負荷をかける。

 どうして人は呼吸するのか?

 そんな物は反射で、人が意識して行っている事では無い。ただの生命維持の為の行為に意味を持たせようとすること自体が間違っている。しかし、人は時に絶望の縁で現実逃避の為に理由が必要なのだ。それでも理由など見つかるはずもない。だって、そこには初めから理由などはないのだから。

 

 故に私は()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 ライトニングという名称の狙撃型のトリガーを少女は構えていた。今までずっと使ってきた愛用のトリガーに比べれば、威力面で心もたないなどと愚痴っていた。その他にも色々不満な点はあるのだが。

 晴れて界境防衛機関ボーダーに入隊できた少女は訓練を行っていた。ここ二週間ほど狙撃銃を握る機会のなかった少女は、いくら体に沁みついた物であったとしてもその技術に些かの不安も残したくなかったのだ。重力の影響を受けないトリオンの弾。一番に知っておかなければならないのは、そのトリガーの弾速、および連射速度だ。実弾を撃つ銃と比べてコッキングがない分、どの程度の連射が効くのか知っておく必要があった。相手の走る方向に合わせてライトニングを動かすにしてもスコープの中心からどれくらい放さなければならないのかを知らなくてはいざと言う時、外してしまう可能性がある。また、弾速を知っていれば銃を向けられた時の対処もし易い。

 

 それにしても、と少女は狙撃銃を見て思う。ライトニングには、スコープが付いていない。実戦ではオペレーターから視覚補助を受けられると言っても長距離運用するならば、せめて二倍か三倍のスコープを付けてくれてもいいでは無いか、と思っていた。目測100メートル以上向こうにいる敵の急所を撃ち抜くのは至難の技だ。ライトニングの運用はボルトアクションライフルというよりは、セミオートライフルに近いかもしれない。しかしトリオンの消費量の関係から連射は出来ない。言ってしまえばスコープのないシングルアクションライフルだ。此処までするのならオペレーター無しの武器性能は100年ほど昔。そう考えると時代錯誤も甚だしい。

 威力と射程を下げてでもセミオートのように連射できる銃が欲しい所だ。

 

 まぁ、散弾銃に三倍スコープを乗せて運用していた変態はいたか……。

 

「なにが、よく当たるだ。」

「何、やってるんだ?」

 

 昔を思い出して一人呟いたところに急に声をかけられて少し体が強張った。独り言聞かれたかと、話しかけてきた青年を観察した。じっと見つめる少女に対して笑顔の青年を見て、少女は心の中で小さく溜息を吐きだした。ライトニングを構え、ただ壁に向かって撃っているだけの少女に男はそう話しかけた。黒い髪、黒い瞳。前髪長く後ろに流している。少し年上の青年だ。彼は少女と同じ様に狙撃銃を持っていた。彼の名前は東春秋。私より数か月先にボーダーに入隊した、いわば先輩だ。

 

「はい、弾速と連射速度の確認をしていました。」

 

 少女は伏せている状態から立ち上がり、そう答えた。

 

「壁に撃ってたのか?」

「はい。ただ速度の確認なので。」

「あんまり壁に傷つけると鬼怒田さんに怒られるぞ。」

 

 少女は真っ白な壁を見た。少しすすけた場所を見て、すみませんと謝った。建物はどうせ壊れる物、戦争中は気にしなかった。自分の持ち物でもなかったから。

 ローマ字を知らない少女の代わりに親切な彼は的を出してくれた。少女は小さく頭を下げるともう一度ライトニングを構え直す。それに数発撃ち込み、アイビスに持ち替えた。それからまた数発撃ち、イーグレットに持ちかえる。狙撃銃の使用を確認し、少女は人型の的を見た。10発ほど撃った弾は全て同じ穴を通って壁に当たった。穴の先には壁がある。少女が撃った弾は全て壁に当たったという事だ。

 

「上手いなぁ、前にやった事あるのか?」

「? いえ、ありません。」

「何か、コツとかあるのか?」

「コツ……? さぁ、私には分りません。」

 

 首を傾げながら真剣に悩む少女に東は苦笑いを浮かべた。東は何も出て来なかったゲートの話を上層部からも風間からも聞いていた。金色の髪をした女。目の前の少女の容姿はそれに該当する。しかし、違うの身長だ。目の前の少女は150前後と言ったところだろうか。身長が小さいのだ。

 しかし、身長の差などどうとでもなるものだ。特に身長を誤魔化すのならヒールのある靴を履けばいいだけなのだから。ボロを着ていた女がどんな靴を履いていたのか、写真を見えていない東には判断のしようがないわけだが。

 

「ただ、」

「ただ?」

「一度撃った角度を覚えるようにはしています。チークパッドを肩に当てた時の角度、強さ、引き金を握った時の指の掛け方。全てさっきと同じになるように心がけています。」

 

 試作段階のイーグレットを抱えなが少女はそう答えた。すると突然彼女は視線を彷徨わせた。少し聞き辛そうにしている。

 

「あの、名前聞いてもいいですか?」

「え、あぁ。悪い。俺は東春秋。」

「アズマ、さん。」

「そう、君は如月結城であってるよな?」

 

 少女はコクリと頷いた。日本人ではない顔立ちにその名前はあまりあっていなかった。そう感じてしまうのは、東自身が日本人としてその顔の形に慣れ親しんでしまったからだろうか。

 

「もう良い時間だ。一緒に夕食でもどうだ?」

「夕食、ですか? 私、お金持って来てません。」

「夕食くらい奢るよ。」

 

 少女は視線を幾度か彷徨わせた後、小さく「お願いします」と言った。ほぼ呟きに等しいその声に東は苦笑いを浮かべた。

 トリガーの機動を切り、生身に戻った少女は俯きながら前を歩く東の後ろを付いて来た。東は先ほどの少女と後ろを付いて来る少女が本当に同一人物なのか少し疑問に思った。先程の少女は冷たくともはっきりと話していた。しかし、今後ろに居る少女は常に何かに怯えているようだった。人は少ないが、先程よりは賑やかになった音に彼女は顔を上げた。

 

「悪い、待たせたか?」

 

 東がそう声をかけたのは黒い髪の少年。少女と同じ様に薄暗い色を孕んだ瞳。慢性的な睡眠不足を思わせる薄らと黒く色づいた隈。少女より幾年幼い彼は「いいえ」と首を振った。

 

「如月、彼は三輪秀次。如月より二つ年下だが、同期だ。三輪、彼女は如月結城。」

「初めまして。」

 

 少女は数拍置いて、視線を逸らした。それから小さく「よろしく」と答えた。彼は私の食事を買ってくると言い、何が良いかと尋ねられた。しかし、少女は「何でも」と言った。東は困った表情を浮かべて頬を掻いた。それから「ちょっと待っててな」と言って何処かへ行った。三輪秀次と言う名の少年は数秒少女を見つめた後、東の後を追いかけていった。

 少年がいなくなった後、少女は視線を動かした。小さく溜息を吐きだした。正直、疲れたと言うのが彼女の感想だった。彼女は立ち上がり、それから東の元へと向かった。

 

「あら、新人さん?」

 

 桃色のエプロンを付けた女性がそう話しかけてきた。彼女は口元を引き上げ「はい、そうです」と答えた。

 

「待ってても良かったんだぞ?」

 

 東はそう彼女に言った。彼女は首を横に振った。東は先ほどとの違いに少し戸惑った。銃を構えていた時の彼女、それからここに来るまでの彼女とは何かが違っていたのだ。今の彼女は擦りガラスを通してみているような、そんな感覚になっていた。

 

「なぁ、如月。」

「はい、何でしょうか?」

 

 やはりだ、と東は思う。柔らかくなった表情は、先程まで違って薄気味悪いとさえ感じてしまう。

 

「おむらいすってありますか?」

「え? えぇ、あるわよ。ちょっと待ってね。」

 

 彼女は楽し気に体を揺らしながらオムライスが来るのを待っていた。「東君は何にするの?」と聞かれたため、東は定食を頼んだ。彼女はじっと出来上がった黄色の卵に包まれたそれを嬉しそうに見つめた。トレーの上に乗ったそれを持ち、彼女は東の後ろに下がった。東の後ろを付いて回った。トレーを持った三輪とも合流し、彼の夕食代も東が払った。三輪は申し訳なさそうにしていた。

 

「いただきます。」

 

 両手を合わせて彼女はそう告げた。彼女はとても美味しそうにオムライスを頬張った。その表情は何処かそれを懐かしんでいるように思えた。東は隣に座っている三輪を見た。三輪も彼女の変わりようを驚いている。先程から自身の食事に手を付けていない。こちらの様子に気が付いたのか、彼女はこてんと首を傾げた。

 

「如月先輩は、どうしてボーダーに?」

 

 居心地の悪さから話しかけたのは三輪だった。彼女は数回瞬きをした後、「誘われたの」と一言返した。もう二口オムライスを食べてから「その子、落ちちゃったけどね」と続けた。

 

「先輩自身には理由は無いんですか?」

 

 その言葉に彼女は一瞬手を止めた。彼女はゆっくりと視線を上げた。三輪はじっとこちらを見ていた。

 

「そんな事聞いて、どうするつもり? 私自身に何か理由があったとして何が変わるの?」

「玉狛支部って知ってますか?」

 

 彼女は三輪から出てきた言葉を頭の中で転がした。それから首を横に振った。助けを求めるように東の方を見ると、苦笑いをして玉狛支部について教えてくれた。

 

「それは、また稀有な考えを持った人たちもいたものね。」

 

 彼女の口から零れたのは、本心だった。そしてその言葉の端から隠そうと必死な殺意にも似た憎しみを三輪と東は確かに感じた。

 東が彼女を食事に誘ったのは、三輪が彼女に興味を持っていたからだ。人はまだまだ少ないし、その割に大きなこの建物の中で毎日見かける彼女を当然三輪も見かけていた。それに何より、彼女が持っていた重火器のトリガーを扱うセンスは新人の中ではずば抜けていた。一度狙った場所から決して別の場所を撃つことはない。新人の三輪にとっては目指すべき目標だった。

 ただ、三輪は誰かと積極的にコミュニケーションをとる性格ではないし、彼女自身も『話しかけるな』とオーラがにじみ出ていた。そこで年長者である東が救いの手を差し伸べたのだ。初めはただ彼女の持っている技術について教示してもらおうと思っただけだった。ただ、三輪の口から零れてしまったのが、先程の「玉狛支部」の事についてだった。

 

「三輪君がどうして私にそんな話題を振ったのか見当もつかないのだけれど、まぁ、安心してよ。どんなに努力しても私はその答えにはいきつかないから。相手にどれ程の徳を積んだ近界民がいようとも、敵であるのならば私にとっては撃ち抜くべき的でしかない。」

 

 彼女は残りのオムライスを口の中に放り込んだ。それから水を煽る様に呑み込む。「戦争って、そういうものでしょう?」と言って彼女はトレーを持って返却口に戻しに行った。返却口に向かう彼女をじっと三輪は見ていた。それから戻ってきた彼女は、仲良く談笑しながら食事をする気はないらしく自身の荷物を持つとここから立ち去ろうとした。

 

「あの!」

 

 帰ろうとする彼女に話しかけたのは三輪は、何処かそわそわしていた。

 

「どうしたら先輩みたいに、撃てますか?」

 

 振り返る事は無かった。ただ、彼女は立ち止まった。

 

「銃弾に必要以上の感情を乗せない事。必要なのは目の前の的をどうやって撃ち抜くかという思考だけ。恨み辛みは判断を鈍らせ、指先を鈍らせる。」

「忘れろというんですか?」

 

 その言葉に彼女は振り返った。凍えるような冷たい瞳で彼女は彼らを見た。

 

「いいえ、私はそれが忘れられるような物では無いと、知っているわ。秘めろと言っているの。」

 

 それから彼女は「それに」と続けた。

 

「あれらなんて時々血が出るなんてオプションのついた、ただの的でしかないんだから。そんな物に一喜一憂するなんて、馬鹿馬鹿しいじゃない。」




長らくお待たせして申し訳ありません。

お待ちしてくれていたお気に入り登録さん、ありがとうございます。
これからもマイペースに更新していきます。
なるべくなら4月中には更新したいです。
まだ一文字も書いてないんですけどねぇ……。

サブタイトル書き換えるの忘れてました。
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